アインズ・ウール・ゴウン魔導国が通達した開戦の狼煙が上がる朝は、今までと何一つ変わらない、日常の風景と共に訪れた。
太陽は問題なく狂い無く昇り、空は濃紺から水色へと変わっていく。風も優しく吹いて、花は光を得ると同時に咲き始めた。しかし、より正確に言えば、変わらないのは自然界だけだ。
スレイン法国の人間達は誰もが顔を青くし、今にも吐き戻しそうな顔色をしていた。
法国の神都城内一室で、地図を広げ、駒を動かし、戦略を見直していた軍師は重たい溜め息を吐き出す。
「……」
ありとあらゆる最悪のパターンを考えたが、それでも彼には、考え足りない気がしていた。
城内に留まるため急遽用意された今は軍師の部屋となっている元は来賓が宿泊する用の一室は、地図と今までに判明している魔導国の戦力が記載された紙などが散らかっている。その散らかっている、推論まで含む膨大なデータを頭に叩き込んでも、勝利ではなく敗北と属国宣言を目指していても、それでも不安が彼には強く残っていた。
眉間にしわを寄せ、唸っていると、唐突に部屋の扉が乱暴に叩かれ彼は目を見開く。こんな朝っぱらから何事だと、眠れずに結局は徹夜をしてしまった不機嫌さそのままに応える。しかし、小さく唸るようなその声は扉の向こうに届かなかったらしく、激しい音は止まない。
「喧しい!!何事だ、入れ!!」
朝の洗面一式や着替えの準備をするメイド達は、文字通り実家に帰ったのか消えてしまっている。男は苛立たしげに、適当にベッドのくたびれたシーツで顔を拭った。
「し、失礼致します!早朝からの無礼は緊急事態であるが故お許し」
「ええい、いいから要件を言わんか!!」
「そ、外に魔導王がいます!!」
暫し呆然とした後に、男は部屋から飛び出す。呆然とする兵士を怒鳴りつけて先導させ、そして必死に走りながら怒りのままに叫ぶ。
「なぜだ!一日目だぞ!魔導国側との国境には幾重にも兵が、いやそれどころか神々の遺産すらもあったはず!」
法国の戦力を見せつけながら神都にゆるゆると後退、それが一日目から大凡三日から五日かけて行われる予定だった。幸か不幸か最終決戦を神都でと定めていたので、そこまで危機的状況ではない。だがしかし、あまりに唐突で、想定外な出来事というのは戦局に予想外の影響を与えるものだ。
長い廊下に舌打ちと罵声を浴びせながら走り、案内された城壁上へと汗だくになりながら階段を上がり、彼は到着する。
到着してすぐに、バケモノはどこだと軍師はわざわざ尋ねなかった。呆然と見つめる兵士達の視線の先を追えば、そこに当たり前の様にして死の象徴が居た。
「あれが……」
何をぼんやりしているのだと怒鳴ることも忘れ、彼もつい、その圧倒的存在に視線を奪われた。
東の空、朝焼けを背に、まるで後光を背負うように魔導王陛下が中空にいた。
空に浮き、黄金の杖を持ち黒いローブをたなびかせるその様は、まるで死の神がお迎えにきてくださったかのようだ。誰も彼もが、敵に対する感情ではなく、神に抱くような、ただの畏怖をその胸に抱いていた。
そして、魔法で拡声された魔導王の声が響く。それによってやっと、法国の幾人かが我に返った。
「やぁ…、おはよう、スレイン法国の諸君!」
ばさりと深紫のローブを翻しながら片手を上げるその大仰な仕草は、戦時中の敵対国の王が現れたというよりかは、何か舞台が始まったと錯覚しそうな程だ。
「いや…、これからの君達の末路を思えば、おやすみ、の方が正しいかな?」
戯けた調子のブラックジョークに、一気に法国の者達は怒りを覚え、やっとのことで憎悪と共に骸骨を睨んだ。神経を逆撫でするには充分すぎる態度と発言に、呆けていた者も怯えていた者も、沸き上がった怒りを原動力に立ち上がる。
「巫山戯おって…!」
直ぐにでも出撃をと、軍師の周りの兵士達が沸き立つ。それを軍師は喝を飛ばし、諌めた。
「落ち着け!今ここで突貫したらあのバケモノ共の思う壺だ!」
その叱責の声に部下達も冷静さを取り戻し、続く命令の言葉を待った。
「至急、神都全戦力の戦闘準備!城壁の魔法防御を展開させろ!そこの伝令兵、宿舎で寝てる奴らに水を被せて叩き起して来い!全門、全壁に配置させろ!」
伝令役は短い気合の入った声で応えると、その自慢の足で全速力で駆けて行った。
「偵察隊も準備でき次第即刻出せ!」
力強い兵士達の応える声が轟き、一斉に臨戦態勢へと動き出し始める。防御や精神系の魔法が飛び交い、戦士達の目が次々に爛々と闘志を燃やしていく。しかしまた、絹を裂くような悲鳴が上がり、彼は苛立ちを隠さず舌打ちした。
「ああっ!あれを!あれを!!」
壊れたように絶叫する一兵の指示す先、小高い丘の上に現れたそれは、認めたくないが、確かにイキモノらしく歩行していた。
しかしそれはきっと、生まれてきてはいけなかった何かだと、それを見てしまった誰もが確信した。その黒く醜いバケモノは、その見た目にはそぐわない愛らしい仔山羊の声で鳴いている。そんな生き物など存在しても許されるのかと、怒りを覚えるほどに醜悪だ。
「あ、あ、あれはまさか伝承に聞く、七万の軍を瞬殺したという、魔導王が飼う山羊、なのか!?」
「ふざけるな!あれのどこが山羊だ!?」
ヒステリックな声は留まるところを知らずに、城壁全体へと広まっていく。先程勇ましく応え、勇ましい表情を見せていた者達すらも、呆けて手を止めバケモノを見つめてしまっている。
「落ち着かんか!!あれぐらいなら、神都の内にいる我らは恐るることなど無い!!」
その再度の喝に、そうだとそうだとやっとまた兵士達に僅かながら活気が戻る。
「そもそも見ろ!山羊はたったのニ匹!!嘗ての惨事では五匹も居たと聞くのに、あの有様!!この戦争も、弱ってきた自戦力に焦った魔導国側の必死のあがきに過ぎぬぞ!!滅ぼせ!!戦え!!我ら人間こそが神に選ばれた種族だ!!」
全ででっち上げ、適当に思いついたそれらしい言葉を並べただけの、はったりだ。しかし、死線を目前に控える兵士達は当然、何も言わず考えずに勢いの濁流に乗っかる。気合を入れるために、咆哮がいくつも上がった。目前の悪を討ち滅ぼすためだけのことを、思考しようと、兵士達は武器を握りバケモノへの殺意を滾らせる。
「ん…?」
魔導王が身動ぎし、どこからか唐突にその手いっぱいに収まる玉を取り出していた。それは何か禍々しいオーラを出している訳でもなく、ただの透明な、微かに光を内包する綺麗な硝子玉にしか見えない。
「おい、魔法知識のある奴で何か分かる者は居ないのか!」
その呼び声に、誰も答えぬまま、その硝子玉はひょいと軽く放り投げられる。するとそれから魔法陣が浮かび上がり、そして次の瞬間、閃光が弾けた。
何が起こるのかと睨み続けた法国の誰もが、直ぐ様に後悔することになる。光が、痛いほどとなった所でやっと目を瞑ったが、それはあまりに遅すぎた。文字通り真っ白な世界が生まれ、それをもろに見てしまった神都にいた者達は皆、視界を潰されていた。
「くっそ…!!誰か!!誰か無事な者は居ないか!?下に居た、目が潰れていない者達は上がってこい!!」
激しく痛む頭部に歯を食いしばりながら、軍師は叫んだ。しかし、慌ただしい足音、うめき声ばかりが巻き起こるだけで、事態は最悪の一言だった。パニックになってしまったのか近くで何かが崩れる大音までして、彼は舌打ちする。
そして、これは法国内のパニックではなく、敵からの攻撃だと分かる轟音が軍師の体を揺らした。さすがに硬直してしまい、息を荒くする軍師の肩に、突然手が置かれる。
「軍師殿!!」
「報告しろ!!何が起きている!!」
「な、何か分かりませんが、先程丘上の空に何か、人間ではない、魔導王でもない、異形がいたのを一瞬見ました!!けど、もう何も居ません!!」
「…はぁ!?何を馬鹿なことを!!気でも狂ったか!!ここまできて、撤退したというのか!?」
それは有り得ないことだった。唐突の事態に法国側は未だ混乱状態が続いているのだから、攻め時と言っても誤りはないはずだ。仮に途中で去るとしても、法国の混乱が収まるまでは可能な限り攻め込み、戦力の調査と削りを行うのが常套手段だろう。
この惨状を前に狂った兵士からの報告かと、男は呆れと怒りを抱く。しかし、嬉しそうな報告は止まること無く続いた。
「本当です!!確かに先程攻撃を受けておりますが、しかし、余り被害はありません!攻撃も止んでおります!」
そこまで言われ、やっと彼も周りが徐々に静かになっていることに気が付いた。最初の攻撃から続くような衝撃が一切無いことにも、やっと頭が回る。
「城壁から落下した者、何か巨大なものが貫通したと思われる城の破壊跡、瓦礫に潰された者が居ますが、ですが、魔導王も何もかも、丘周辺から消えているのです!!」
「なに!?」
軍師は必死に痛む目を細め、先程までバケモノどもがいた場所を睨みつける。霞む視界ではよく見えないが、黒い何かが無いのだけはボケた視界で辛うじて理解できた。まるで悪夢から覚めることができたように、ただの朝日といつもの風景だけがそこにはあった。
「まさか、本当に弱っているのか…?」
自分の言ったことが、当たっていたのではと思い至り、もはや彼は興奮を抑えられなかった。雄叫びをあげて、その握りこぶしを天に突き上げる。
その握り拳の先、天空で〈完全不可知化〉を使ったモモンガと、〈不可視化〉効果のあるアイテムを纏うウルベルト・アレイン・オードルは〈伝言〉を使い会話していた。その声音は、友と語らうには相応しい、朝焼けのなか駆けてゆく風のように爽やかで優しく、落ち着いたものだ。
『久し振りに見られますね、ウルベルトさんの魔法が』
『えぇ、楽しみにしててください、モモンガさん。これからお見せする究極の災厄は、魔導王陛下への、プレゼントですよ』
唐突なプレゼント発言に、モモンガはきょとんと自分より下に居るウルベルトに視線を遣る。スキルで見えているモモンガと違い、ウルベルトは適当に見上げているだけなので視線は噛み合わない。だが、ウルベルトは愉快そうに笑っていた。
『魔導王陛下就任祝、そう言えば、送っていなかったでしょう?』
そんな冗談を交わしている場合ではないのだが、注意もせずに楽しそうにモモンガも笑い返す。
『あははっ、そうですね。ありがとうございます、ウルベルトさん』
『物凄い出世ですよねぇ、社会の底辺かつ平社員から王様って…』
『もうそれって出世って言わない気がしますけどねぇ』
のんびりとした会話を交えながら、モモンガはその出世祝とされるプレゼントが渡される瞬間を待った。その心内にあるのは、純粋な喜びと、予想外のことが起きないことを願う少しの心配ばかり。
そして、ウルベルトがこれから使用する予定の魔法はとても好きだったため、純粋にモモンガはわくわくしていた。テスト使用時も相も変わらずの破壊力を誇っていたあれが、この神都に齎す破壊は如何程のものなのか、楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。
そしてそれは、ウルベルトも同じことだ。
目の前にある神都は、人間が大多数の人間のために、身勝手な取捨選択を繰り返し栄えた、虫唾の走る国の都。切り捨てた存在を、無かったことにした事実を、必要な犠牲だったと宣う国。
それを、悪魔の無慈悲な暴力で無に返し、ぐちゃぐちゃにできるのかと思えば、腹の底からどす黒い喜びが湧き上がってきた。
そしてウルベルトにとって何よりも楽しみのは、その国の屍の上に幸福の国を築くことだ。
黄金と蜜で満たされた豊かで幸せな国を創り上げ、未来永劫に法国の努力を、その殺戮を、その正義を、嘲笑ってやれるのが、楽しみで愉しみで仕方がなかった。
「おやすみ、最期の時に最高の悪夢を…、ゆっくりと、」
悪魔が、優しい声音で空から、寝かしつける母のように語りかける。そしてニヤアァと、神都一つ平らげるに相応しい牙を剥き出しにして獰猛に、嗤った。
「たっぷり、愉しんでくれたまえ、スレイン法国の諸君!」
歪んだその口元から、終極の言葉が告げられる。
「――――〈大災厄〉」
それは、ワールド・ディザスターを最高レベルまで修めることで得られる、最大MPの60%を使う超大技。かつてユグドラシルで使用された時には、80~90代レベルの体力満タンだった強大な精霊と星霊を一瞬で消滅させ、それを召喚したボスの体力まで大幅に削った、超位魔法を凌ぐ力。
世界から零れ落ちた葉の憎悪によって形作られた、物理的な現象となるまで圧縮された呪詛、純然たる破壊エネルギーの渦。
それが、神都に、落ちた。
一体誰が、その世界を地獄以外の何かで例えようとするだろうか。
それは、まるで神の筆で一瞬で世界が上書きされ、塗り替えられた様だった。
先程まで確かにあったはずの命の気配は消え去り、残ったのは静寂。全ての生命体は生きることを投げ捨て、人はその顔に拭い難い絶望を刻み込んだ死に顔を晒していた。建物ですら、まるで何百年も昔の遺跡のように風化し、つい先程まで法国の富と力を誇示するために在った物だとは、とても思えない有様だ。
死と絶望と憎悪が行脚し、蹂躙し尽くした果の終局、それがこれだと説明しても足りぬほど。そこに救いは無く、命は灯らず、希望の御旗は掲げられない。ただ一言、終わりとはこれのことと言われた方が、人々は納得するかもしれなかった。
ある種の美しい光景に、賛美の拍手が響き流れる。
骸と廃墟の上で拍手を送る相手に、ウルベルトは自身を隠していたアイテムを外し、軽く会釈し、誇らしげにする。
「やっぱり格好いいですね、ウルベルトさん!」
「ありがとう、モモンガさん。自分も久々にこれが使えて嬉しいです」
はしゃぐモモンガだが、しっかりとやるべきことは済ませている。
門番の智天使を召喚して待機させており、周囲を警戒させていた。下では〈転移門〉から仔山羊とナザリック・オールドガーダーが現れ、神都内と周囲の探索と警戒を開始していた。
「それじゃあ、皆待っているだろうし行きますか」
「お迎えも来たようですよ」
ウルベルトが指した方向に顔を向ければ、彼の生んだ悪魔が飛んでくるのがモモンガにも見えた。やって来た悪魔は空中でも丁寧にお辞儀をすると、さっそく賛辞の声を並べ立てた。
「大変素晴らしい魔法で御座いました、ウルベルト様!その偉大なる御業を拝見できただけでも、このデミウルゴス、歓喜に打ち震えております…!」
すっかり興奮した様子の悪魔に、アンデッドも力強く頷き同意する。
「うんうん、分かるぞ。やっぱりウルベルトさんの魔法はかっこいいよな。最後のとどめって感じがまた…」
「いやだなぁ、褒めても何も出ませんよ。それよりも、下で皆が待ってるから行きましょうよ。褒め言葉は、後でゆっくり頂戴しますから」
「そうですね。ゲームが終わったら皆でまたお茶会しましょう」
指摘され本来の目的を思い出したデミウルゴスが、慌てて手を地上に向ける。
「失礼致しました。皆が待っております。さぁ、どうぞ、こちらに御越し下さいませ」
デミウルゴスが先導し、モモンガもウルベルトも移動を開始した。
招かれた先の丘の上では、天空から下りてくる愛しい殿方を見つめるアルベドと、腰にある剣に手をかけるたっち・みーが待っていた。
その後方、丘を下りた先のなだらかになった場所には、六台の馬車と数多のアンデッドが並んでいる。
馬車は純白と漆黒の三つずつ左右に分かれているが、配色の違い以外は同じ装飾と大きさ、造りの物だ。
一台は異様に大きく、アンデッドの馬が四体繋がれている。少し傾いた半円状の屋根がない乗車部分を中心に、前に御者の席があり、後ろには中心より高いところにある座席と、その背からカーブを描き被さる幌があった。その幌は滑らかに輝き、垂れる半透明の薄地と宝石飾りがそれはそれは美しいものだった。だが美しいだけでなく、その垂れ下がる宝石一つ一つに、攻撃の反射をする魔法が仕込まれており、薄地には向こう側に居る存在の認知を阻害する術がかけられていた。
残る二台は二頭引きであり、半円の上に四角い箱が載せられた形状だ。前の高い位置に御者の席が、後ろには荷を入れるための箱が備え付けられている。
そして、それぞれの馬車には所属陣営を示す細長い燕尾型の旗が掲げられていた。
漆黒の馬車の旗は、黒地に赤い縁と細い十字架が描かれている。
純白の馬車の旗は、白地に青い縁と剣のシルエットが描かれていた。
そんな馬車の周りに居るのは、死の騎兵と蒼褪めた乗り手達、アンデッドだ。馬車が風変わりなせいもあって、軍の隊列というよりかは曲芸団の一座の方に感じ取れる雰囲気は近かった。
そして、馬車の一団より丘上に近い所で、各陣営に参加するナザリックの者達が、同じく出立の時を待っていた。その参加者達も、自身が所属する陣営側に、左右に分かれて立っている。
純白の馬車側に立つのは、ナザリック地下大墳墓の執事であるセバス・チャン、第九階層戦闘メイドであるユリ・アルファ、そして同じくシズ・デルタ、それからメイド長のペストーニャ・S・ワンコである。
漆黒の馬車側に立つのは、第一、第二、第三階層守護者であるシャルティア・ブラッドフォールン、第九階層戦闘メイドであるソリュシャン・イプシロン、そして同じくエントマ・ヴァシリッサ・ゼータであった。
たっちを除いて、皆が恭しく頭を下げている中に着地し、ひとまずモモンガは頭を上げるように指示を出した。そして、自身と同じくゲームの審判を務める側のアルベドに問い掛ける。
「さて、現状何も問題は無いということで良いか、アルベド」
「はい、計画通りで御座います、モモンガ様」
よしと頷き、モモンガはウルベルトとたっちにそれぞれに順に顔を向ける。
「いよいよゲーム開始ですね、モモンガさん」
「いつでもどうぞ、準備は出来ていますよ」
ウルベルトとたっち、それぞれから、ゲーム前の興奮を隠せない様子の高ぶった声が返ってきた。
「わかりました。早速始めましょうか。それじゃあ…」
そう言って、モモンガが取り出したのは銃身が太く短いピストルだ。それを天に向けて構えれば、何をしようとしているか分かったウルベルトとたっちが愉快そうに笑った。
「あはは、さすが凝り性のモモンガさん」
「懐かしいですね、それ。確か肝試しの時に使ったヤツですよね」
「ん?あぁー、ペロロンチーノさんが物凄い悲鳴あげてた、あの時のか」
「あの時のタブラさんと茶釜さんのタッグはえげつなかったですからね…」
「あれはさすがにペロロンチーノさんに同情しましたね、トラウマになったって本人も言ってましたし」
懐かしい話題を挟み、和やかな空気が場に流れる。それに対して守護者や戦闘メイド達も、その微笑ましい光景を嬉しそうに見守っていた。特に、自身の造物主の話題が出てきた吸血鬼は、そわそわと聞き耳を立てている。後でおねだりすれば詳しく聞かせてもらえるだろうかと、ひっそり彼女は思案していた。
「あの時みたいに、それで一斉にスタートですか?」
「えぇ、やっぱりゲームのスタートは分かりやすい方が良いでしょうから」
「審判の合図で両陣営が一斉にスタート、ですね」
了解したと、たっちが頷き、そして横目でウルベルトをじとりと見る。
「幻覚とか使ってフライングしないでくださいね、ウルベルトさん」
「わざわざそんな姑息なことしませんよ。たっちさんこそ、独自ルールじゃなくて話合って決めたルールを守ってくださいね」
スタート前から反発し合う各陣営リーダーに若干不安を覚えながらも、モモンガは声をあげる。
「ほら、位置についてー」
その声で、各陣営の馬車とアンデッド達が動き出す。漆黒の馬車一行は北西を、純白の馬車一行は南東へと先頭を向けた。
ゲームのルールは単純明快。より多くの陣営を設置できた方が勝者だ。ただし、各チーム毎に設定された中心拠点があり、その拠点の設営完了がされていなければ陣営が多くても敗者となってしまう。
そのため、どちらもまずはゲーム開始前に伝えられた各々の中心拠点を目指した方向を目指しているのだ。
「行くぞ、デミウルゴス」
歩み出したウルベルトに、デミウルゴスは嬉しそうに応え、追従する。
「勝つぞ、セバス」
歩み寄り、その肩に手を置きながら語りかけてきたたっちに、セバスもまた喜びと緊張の滲んだ声で応え追従した。
各陣営の死の騎兵が一等大きな馬車の垂れる布を乗車時に邪魔にならないように動かし、歩み寄る偉大なる御方に頭を垂れる。
ウルベルトは《飛行》を使い優雅にその高い座席に着席する。たっちは腰の剣をアイテムボックスに仕舞うと、軽い跳躍だけで簡単にその座席へと腰掛けた。
魔法の効果によって内部から外部はクリアに見えるようになっている。ウルベルトもたっちも、追従し馬車に乗り込む自陣営の者達を上から見守った。そして、最後に自身と同じ馬車内に乗り込んできた己が生み出したNPCと目を合わせる。そうして、その眼から力強い忠誠を、彼らは確かに受け取った。
全員が乗り込んだことを見届けたモモンガは、ピストルを持つ手にぐっと力を込める。天空に向けられた不躾な銃口は、太陽光を浴びてきらりと光った。
「用意、…スタート!」
引き金が引かれ、パンッと、乾いた空砲が鳴る。それはまるで、祝砲のように。
人など一切居ない一団が、自己本位の想いを抱きながら圧倒的な力を振るい進みゆく。まさに、それこそ正義の一団であった。
片方は蹂躙を、片方は救済を掲げて、法国の領土を踏みつけて行く。
その一団をこよなく愛する骸骨は、その小さくなっていく姿を見えなくなるまで見送った。それからやっと、審判としての仕事へと取り掛かり始める。その仕事を共に務められるサキュバスは、とても嬉しそうにその頬を赤らめていた。
斯くして、一国を盤面にした陣取りゲームは勝手に開催されたのであった。