魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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純白01

 

 

 

 

 

 何故、こんな待遇を受けているのだろうかという何度目か分からない今さら無意味な自問自答を、男はまた抱く。

野菜と干し肉の入ったキラキラした具沢山の湯気のあがるスープに、ふわふわのパン。そして水滴のついた新鮮な黄色い果実が丸ごと一つ。それらが目前の皿の上で、ただ食われる時を待っているのを男は呆然と見ていた。

 男は、スレイン法国の戦士として最後まで戦おうとし、あえなく魔導国側に捕まった哀れな捕虜である。一つの部隊を率いる隊長でもあり、南東に向かったと報告があった魔導国の白い馬車を追いかけ、偵察する役目を担っていた。

 

 

 

 

 

 スレイン法国内の南東、広大な平野にあるその都は、中央の城に見守られる美しくも堅牢なる城塞都市と謳われていた。

 

 なだらかな丘を中心に円形に広がるその都市は、田舎の長閑さと都市の利便性を兼ね備えた豊かな場所だった。多くの自然物が街中には残されており、それらと人工物の融合した景観が素晴らしいと法国内でも評判が高く、知らない者は少ない。

 生い茂る植物は人々の居住地に鮮やかで生き生きとした彩りを添え、四季折々に様々な色と香りを生み出していた。当然人々はそれを愛で、大切な街の一部としていた。その都市に暮らす人々にとって、自然との優しい共存は当たり前のことであり日々の癒やしでもあったのだ。

 そしてそこは、戦時にも役に立つ構造となっていた。

 その城郭は、国境警備につく勤勉かつケチな某領主も協力して出来上がった堅牢さを誇り、隙が無いものとなっていた。聳え立つ中央の城は単なる飾りではなく、伐採して見晴らしをよくした平野一体を見張る監視塔の役目も担っている。

 また、美しいと評される街中も、乱戦に備えて造られた物だ。

自由に育った植物とわざと区画整理されていない建物で迷路になった街は、住み慣れたはずの住人すら普段行かない区画では迷ってしまう程だ。仮に門と壁を敵に突破されても、簡単に中央の城へと導かせない造りになっていた。更には中央に近づくにつれ壁も、一部の者達が把握する隠し通路も無数に増えていく。内部に入り込んだ敵を確実に屠る罠が、そこには数多用意されていた。

 

 

 

 それ故に、男は呆然とし、愕然としていた。

信じられない一心で彼も、偵察隊の部下達も何度も瞬きを繰り返す。しかし彼らが何をしても、城塞都市の無残な姿と中央に高々と掲げられた敵国の紋様が入った巨大な旗は消えやしなかった。

 中央の崩壊した城に掲げられた旗は、紛うことなくアインズ・ウール・ゴウン魔導国の国旗。それ以外の無数にある旗は、男の見知らぬ紋様の入った細長い燕尾型の旗である。その燕尾型の旗は輝く様に白く、青い縁と剣のシルエットが描かれていた。

 

 遠目からでも嫌でも分かる、法国側が完全敗北をした姿に、男も部下も膝から崩れ落ちるしかない。

 彼らが把握する限り、魔導国側の馬車が法国の城塞都市に到着してから、おそらくは一日から三日しか経過していないはずだ。それなのに、かの堅牢な都市は敗れている。城壁と都市内部、そして中央の城を巨大な獣に喰われたかのように穴を空けられ、占拠されている。

その事実と現実に横たわる光景は、恐ろしいという言葉では足りず、逃げ出したいと彼らが思うには充分すぎる程だ。

しかしそれでも、絶望した部下達を奮い立たせ、法国の兵士として男は最後まで戦おうと決意した。

情報を欠片でも集めて本陣に戻る、その使命を全うしようと熱い闘志を滾らせたのだ。しかし、そんな彼らは次の瞬間には魔導国のモンスターに取り囲まれ、虚しい程に簡単に捕縛されてしまう。

あまりに呆気ないその結末に男は怒りすら覚えるも、どこか諦めの気持ちにも襲われる。あまりに圧倒的な力を目にしてしまったせいで、抵抗することの意味に疑念を抱いてしまったのだ。

それに対して恥じ入りたくなるような開き直りたくなるような複雑な気持ちのまま、男とその部下達は連行された。死よりも無慈悲な何かが待っているのだろうと、彼も部下達も仕方なしに覚悟を決める。

しかし、彼らが連れて行かれたのは地獄ではなかった。

 

 

 

 そこは、法国の城塞都市に元々あった建物の一つ。

 元は宿屋兼食事処だと思われる屋内は荒れた様子もなく、不快どころか快適に暮らせる環境である。外に見張りがいることを除けば、普通の広々とした建物でしかない。

二階に並ぶ個室のベッドも撤去されておらず、眠る場所には当然まったく困らない。それどころか、病で倒れるなど何かあった時の為にと、緊急時用の呼び鈴まで丁寧な説明書と共に設置されていた。

 暫し呆然とした後、食堂だったのであろう場所に放置されていた椅子に男も部下も戸惑いながら腰掛けた。

清潔で広い室内には、見張りが居ない。彼らが自由に喋ってみても、移動しても寛いでも、何か起きることは無かった。連れて来られた場所は普通の、ただ快適に過ごせるだけの家屋であった。

王族でも金持ちでも何でも無い、法国の一兵士でしかない自分達を何故こんな待遇で扱うのか、男にはさっぱり意味が分からなかった。黴びた地下牢にぶち込まれたほうが自然で、もしかしたらそちらの方が落ち着いて過ごせたかもしれないと思える程である。

 

 挙げ句の果て、食事まで出てきてしまったのだ。

複数の人間と亜人種一体が協力して運び込んできたその食事は、捕虜に与えるにしては随分と贅沢なもの。野菜と干し肉の入ったキラキラした具沢山の湯気のあがるスープに、ふわふわのパン。そして水滴のついた新鮮な黄色い果実が、丸ごと一つ。

それらをじっと、男は見ていた。そして彼の部下達も、疑わし気に食事を睨んでいる。

彼らの混乱は極まるばかりだ。隊長である彼だけではなく、部下の兵士達にも平等に食事が行き渡っているのだから尚更である。彼らにとってそれは、有り得ないことだった。

男は再度、目前の美味しそうな食事を睨みつける。

「………」

やはり怪しく思えて、何か仕組まれているのではと再度辺りを見渡す。すると、可愛い部下達の縋るような目と視線がぶつかってしまう。そんな目で見られれば、隊長として、これ以上悩むだけの煮え切らない姿は見せられない。

覚悟を決めざるを得なかった。

「ええいっ、食うぞ!どうせ捕まったんだ!これを食って、死んでも、バケモノに変わっても、知るものか!!」

「た、隊長…!」

意を決して、隊長として叫び、勇ましくスープを飲み始める。

時間の経過で少し冷めていたが、とろける野菜と肉から溢れる旨味が、しびれるように舌先から疲労した体へと染み渡っていく。どんどん口に、喉に流し込み、そして彼は椀をやっと机上に戻した。

「………美味い」

その間抜けな感想と鳴った誰かの腹の音を合図に、見ていただけの兵士達が一斉に食事にがっつき始める。毒が入ってるとか、バケモノに変わってしまうだとか、散々な憶測も、空腹の前には無力である。

暫くして、いや一瞬で、パン屑まで残さずに彼らは完食した。

食べ終わったら食べ終わったで、異常が無いか不安になって兵士達は互いに体を確認し始める。だが何も問題は現れておらず、各々ほっとした表情に戻っていった。

「すげぇ旨かった…」

「…なぁ、なんで俺達こんな良い待遇うけてんだ?」

「し、知るかよ…。バケモノが考えることなんか」

僅かに心に余裕が出来た部下達が話し始めるのを聞きながら、隊長の男も周囲を眺め、もう何度目か分からない疑問を抱く。

押し込められた場所の設備は、生活に不便が無いようにと、どう考えても気遣われている。確かに監禁はされているが、それでも、代わりなど幾らでも居る一兵士に与えるには贅沢すぎる環境なのは間違いなかった。

「なんか怖いな。俺達、あの魔導国に捕まったんだよな?」

「…なぁ、もしかしたら俺達を太らせて、油断して寝てる時に頭から食うつもりなんじゃねぇか?」

「おまっ、恐ろしいことを言うなよ…!」

「でも、アイツらはバケモノだぜ。それぐらいのことするかもな…」

不安がる部下達に何か言いたいが、掛ける言葉が見つからず隊長であるはずの男は口を閉ざす。

 弟だったら、何か言えたのだろうかと、この場に居ない人を彼はふと思い出した。口がかなり悪いが、どんな場面でも軽口を叩くことができ、場を和ませるのに長けている自慢の弟を。

「皆、落ち着け。敵が何を考えているかは不明だが、休める時に休むのは悪いことじゃない。交代で横になり、回復を図ろう」

兄貴の演説は堅いなぁ、弟がよく言ってたぼやきを彼が思い出したその時、扉がノックされる音が響いた。

部下達が一斉に緊張し、身構える。それを片手で制し、扉前に隊長として彼は進み出た。緊張する彼は目前の扉が開かれるのを、死を覚悟すらしながら睨みつけた。 

 

 姿を現したのは、意外なことに人間で、彼は少し安堵する。しかしその立派な執事服から、敵側だと判断して緊張はしたままだ。

 顔付と白髪から推測する年齢には不釣り合いな、逞しい体付き。その身を深い黒衣にて包んだ老人は、背筋もやはり兵隊の如く真っ直ぐだ。

その油断ならない執事は、刺すような視線で隊長として進み出ていた人間と、室内を一瞥する。そして何も問題は無いと判断したらしく、扉を押さえながら身をわきに避け、恭しく頭を下げた。

そうしてやっと扉向こうから現れた太陽光を背負う真っ白な騎士に、男は目を見開く。

 白銀の見事な鎧は、まるでその高潔さをあらわすかの如く曇り一つ無い。実戦用なのか疑いたくなる程に、綺麗に輝いている。その左肩にかかるマントも、白銀の輝きにに負けず鮮やかだ。まるで血で染められた様な赤には、染み一つ無い。その全てが、敵に対して自ら此処に居るぞと主張するような出で立ちである。

認めたくないが、そのバケモノには人間には持ち得ない壮麗さがあった。恐ろしく近寄り難くいて、しかしどこか、心奪われるような。

「この中の隊長さんと話したいのですが、…貴方ですか?」

丁寧な物腰と口調の、これまた魔導国の有力者と思われるにしては随分とイメージからかけ離れた存在。まるで品の良い上流階級の人間を相手にしているようで、男は自分の薄汚れた格好が少し恥ずかしくなってしまう。

「あぁ、そうだ。…話とはなんだ」

しかし隊長として部下達の前で、しかも敵国の者に対し負けを認める態度に出る訳にはいかない。頭を下げず、胸を張りながら彼は答えた。次の瞬間には首が飛ぶかもしれないなと、危惧しながら。

「ここで立ち話も何でしょう。こちらにどうぞ」

一兵士に過ぎない捕虜が媚び諂わないことに対して、騎士は何も感じていない様子だ。丁寧な物腰も揺るがないまま、扉の外へとあっさり招かれる。

深呼吸を密かに済ませ、男は一歩進む。すると、まるで断頭台に上がる者を見送るかのような悲痛な声が、後ろにいる部下達から聞こえた。

「落ち着け、お前達。少し話すだけだ」

体が震えるのを必死に堪え、彼は言葉を絞り出す。魔導国のどんな歓待が待ち受けているのか怖くて仕方ないことを、ひた隠しにしながら。部下達に情けない姿を晒したくない一心で、彼は必死に耐えていた。

「えぇ、話すだけですよ。ところで…、皆さん、食事のお代わりはいかがですか?遠慮なく言ってくださいね。そちらと違って、こちらには余裕がありますから」

「ばッ、馬鹿にしてんのか!?」

「テメェ、隊長に何かしたら絶対許さねえからな!」

「止めないか!!」

器を投げてきた血気盛んな若者ニ人を、慌てて男は怒鳴りつける。

その態度が回り回って自分に返って来ると思えば、可愛い部下達も一瞬で憎たらしく思えた。しかし、おそらく取り押さえた先輩隊員から小声でそれを指摘されたニ人が共に顔を青褪めさせたのを見ると、やはり男には憎みきれなかった。打って変わって、しおらしく土下座まで始めている姿はやはり守ってあげたくなるものだった。

「気にしないでください。隊長思いの、良い部下じゃないですか」

嘘偽りを感じさせない朗らかな声が騎士から出てきて、また唖然とする。これがあの、死を撒き散らす邪神の如き凄惨で勝手な王の部下なのか。信じられない思いで男はぱちくりと瞬き、その騎士を見た。

最早そこに居るのは、ただの高潔なる騎士にしか男には思えなかった。

 

 

 

 これ以上驚くことはないだろうと思っていたのに、監禁場所から出て暫く歩いた先で、また男は驚くことになる。処刑場にでも連れて行かれるかと思っていたのに、彼が招かれたのは居心地が良い広場だった。

 

 騎士と執事に男が前後をはさまれる形で緩やかな石畳の坂を昇った先、そこにその邸宅と庭園はあった。

 開かれた鉄の門の先にて現れた眺めの良い庭と豪邸は、元は法国の金持ちが所有していた物だ。

植物と綺麗に融合する街並みを眺められる広大な庭と、赤煉瓦の大きな邸宅。芝生が敷き詰められたその庭には、大きな彫像が幾つか設置され小道として石畳も敷かれている。そして、色とりどりの花々も様々な種類が植えられていた。横に広い邸宅は二階建てで、丸みを帯びた白枠の窓がいくつも並んでいる。どれも嘗ては、持ち主の財力自慢に使われていた物だ。

しかし今は、庭は雑草だらけで、美しい花々は大変不服そうにしている。邸宅の赤煉瓦の一部は蔦で覆われ、完全に開けなくなっている窓もあった。庭の装飾品も傷んでいる状態で、ゴミの様に隅に移動させられていた。

 少し前までは所有者の自慢だったろうに、今は見窄らしいだけの邸宅と庭。さらに、その場は今、魔導国の者達によって全て開放されている。客人として踏み込み眺めることも許されなかっただろう人々に、自由な出入りと使用が許可されていた。

広大な庭の芝生の上で寝転がったり食事を摂る法国民は、金持ちも貧乏人も関係なく数多そこに居た。当然のように子供達も多くいて、元気に走り回って遊んだり昼寝をしたりめいめい自由に過ごしている。厳かさのある邸宅も、今は宿泊施設兼倉庫扱いをされていた。一階の大きく広がる両開きのドア辺りには木箱が溢れ、煩雑に物が置かれている有様だ。

そして、腹が空く様な良い匂いが、どこからか漂ってきていた。

 

 腹一杯に食事したばかりのはずの男も、思わず唾を飲む。誘導されるまま足を進めて行く先で、美味しそうな匂いはますます濃ゆくなっていく。男は、腹を鳴らしてしまいそうだった。

「お代わりー!」

「まだ食べていない人が優先です。そして並ばないと駄目です」

「ほらほら、並んで、並んでー」

「まだ食事を受け取っていない人はいませんかー?」

声のした方に彼が顔を向ければ、信じられない程の美女がそこにいた。周りの亜人も人間も無視して、思わずその美女ばかりを彼は視界に入れてしまう。

 くるりと巻かれ纏められた滑らかに艶めく黒髪、そして黒いロングドレス、輝くような白磁に人形の様に端正な美しい顔。黒いドレスを着こなす美しい人だと、逆上せて勘違いしてしまう程の美貌。少しの間を経て、男の脳はやっとエプロンとホワイトブリム、そして見落としてはいけないはずの細腕に似合わぬ凶悪なガントレットを認識する。

 そんな恐ろしくも美しいメイドもさることながら、魔導国側として働く者達にも遅れて彼はギョッとした。

恐ろしい見目の亜人種と人間、そしてアンデッドが、共にあくせくと働いていた。先程監禁場所に食事を運んできた一匹どころではない、信じられない数の亜人種がそこにはいた。

法国の人間に食事を配っている彼らは、忙しなく大鍋からスープをお椀に注ぎ、群がる子供達や静かに並ぶ大人達に次々と渡していく。一体どこから調達してきたのか、大量のパンと果物が入った籠や大鍋に入ったスープを抱えて運び込むのは、大柄な亜人とアンデッドだ。

 同じ法国の人間だとすぐに分かるほど、大人達の表情は一様に引きつっている。空腹にならない体なら列に並ばないのに、と分りやすい苦々しい表情を晒していた。しかし子供達はすっかり慣れた様子で、おかわりを強請りまくっていた。

育ち盛りがあれ程美味な食事を貰ったのだから、それは仕方ないことだろうと男は思う。しかしさすがに全ての子供達がという訳ではないようだと、男はちらりと辺りを見渡しそれに気づく。

庭の隅や、邸宅の窓の向こう側に、進んで歩み寄ろうとはしない様子の暗い表情の子供達も多く見えた。ふと、男は大人の数に比べて子供の数が多いのではないかと気付く。戦争孤児だろうかと考え、自身と法国の子供達の行く先を考えてしまい彼は眉間にしわを寄せる。

「……しかし、ここは…」

しわを寄せながら、男は、どう見ても誰も苦しんではいない周囲に困惑した。

アンデッドが何体も歩いているが、人間になど興味ないと言わんばかりにその存在を無視して黙々と働いている。庭をよく見れば魔獣と思しき存在も隅で徘徊している。

見るからに人間を捕食しそうな亜人もモンスターも近くにいる状況で、普段通りなのだ。子供達は自由に駆け回り、大人達も騒ぐこと無く食事をしている。

「何なんだ、ここは」

敵陣と形容するには、違和感を抱いてしまう様な場所だ。敵国のモンスターだけでなく、法国の人間があまりに沢山そこには居た。しかも、何不自由なく。あまりに虫が良すぎる扱いで。

「なんでこんな…。ま、まさか…、あんたら、法国の子供達を連れ去って食うつもりなのか!?」

顔を青褪めさせ糾弾する男に、騎士は変わらず落ち着いた様子のまま語りかける。

「…ここにいる子供達は、魔導国の孤児院に保護者の方と一緒に移ってもらう予定です。貴方達兵士も含め、法国民の方々も改心してもらえれば魔導国の施設に務めてもらう手筈になっています」

その言葉に、男は目を丸くする。言われている意味が理解できず、ぽかんとしてしまう。

子供達はともかく、敵兵であるはずの自分達にすら勤め先を用意するとは、信じられない高待遇だ。

何か引っかかる所があったが、それを見つけ出す前に騎士から声を掛けられ、男の思考は途絶えた。

「さぁどうぞ、掛けてください」

 

 騎士が促すその先には、地面に刺さる大きな空色の日傘の下に、純白の丸机と椅子が置かれていた。ただの一兵士を招くにしては、やはり立派で綺麗すぎるそれに、男は尻込みしてしまう。

執事は戸惑うだけの男を無視して椅子の側にさっと近付き、無粋な音をたてることもなく、騎士の腰掛ける椅子を引く。そして、騎士が腰掛けてからなんと、その反対側にある男が腰掛ける椅子も引いて男が座るのを待ったのだ。

「…!?」

執事に腰掛ける準備をされるなど、勿論彼にとって生まれて初めてのことだ。しかも敵陣でなど、想定していなかった事態すぎた。困惑を隠しきれないまま、ぎこちなく男は腰掛ける。

「セバス、お茶と茶請けを」

「畏まりました」

男が口を挟む隙もなく、執事は足早に去ってしまう。

「あの、いや、話をするだけでは?」

「せっかくですから食べて行ってください。あの子達が作る菓子は美味しいですから。きっと気に入りますよ」

「は、はぁ…」

すっかり出鼻を挫かれた男は、気のない返事をして曖昧に笑い返した。

「…警戒する必要など無いということは、そろそろ解って頂けましたか?」

その問いかけに、男はぎくりとする。それがどういった意味なのか、どのような返事が最適解なのか、思考を巡らせる。

「……………それは、」

「この光景を見て、貴方達が少し、勘違いをしているだけだと解ってくれれば嬉しいのですが」

「………」

「アインズ・ウール・ゴウンの名のもと、全ては平等です。生まれも育ちも関係ない、当然、元は敵国の人間だったことも」

「……」

耳障りの良い甘言に何かしらの返答を男が行う前に、ワゴンを押しながら執事が戻って来てしまう。男は結局、ただ目を泳がせただけだった。

「お待たせ致しました。レモングラスティーと、夏橙とブルーベリーのクリームチーズタルトで御座います。それから、お好みではなかった時のためクッキーも用意させて頂きました。レモングラスも、お口に合わなければ申し付けくださいませ」

その執事が何を言っているのか、男にはさっぱり分からなかった。

あまりの事態におろおろしながらも、並べられた綺麗な皿と菓子を食い入るように男は眺める。その陶器の美しさと質の良さ、そして高価さは、何も知らない彼でも見て伝わる程だ。

それに乗せられた食べ物とは思えない品の良い見目をしたそれらも、口にしなくても美味いと伝わってくる。

「…こ、これは、食べてもいいの、か」

執事が用意したティーカップや菓子が乗った皿は、間違いなく男が居る側にも置かれている。しかしそれでも、本当に食べて良いのか分からず、マナーにも疎い自覚のある彼は躊躇ってしまったのだ。

笑われても仕方ないと、発言してしまってから男は顔を赤くする。しかし、騎士は笑いもせず優しく声を掛けてきた。

「私のことは気にせず、好きなだけ召し上がってください」

その言葉と、漂ってくる甘い匂いに思わず唾を飲む。

 まず最初に、小皿に乗っている見たことがない繊細そうな菓子に男は目を遣った。

キラキラと蜜が光り、それに包まれた美味しそうな黄色い果実と紫の小粒の実がふんだんに乗った三角形の食べ物。白いもったりした何かが、焼かれたパンのような美味しそうな焼き色の生地の上にのっている。

真ん中にある大きめの深皿には、クッキーと執事が言っていた品がある。

随分と可愛らしい見た目をしているそれは、平べったく様々な形をしていた。黒と白に分かれた生地で模様まで作られていて、食べてしまうのには勿体無く感じる程だ。何枚かには、ジャムと思われる赤く輝くものが中央にある。よく見れば、ナッツが混ざっているものまであった。

誇りと好奇心と食欲と疑念とが、男の中でぐるぐる渦巻く。

しかし結局は誘惑に負けて、フォークで不器用に崩し、まず三角形の何かを男は口に運んだ。

「…うまっ…!!」

口内に瑞々しい果物の甘酸っぱさとクリームチーズの濃厚な甘さが広がり、美味しすぎて彼は驚愕する。目を見開いたまま、こぼしていた固い生地部分も拾い上げて彼は口に入れる。

そのサクサクした生地部分と、濃厚なクリーム、そしてフルーツの酸味。それらが合わさり口の中で広がると、バラバラに食べた時よりもっと美味しく感じられ、彼はうっとりする。

もう一口と食べたところで、細い持ち手のティーカップから漂う香りに誘われ、男はそっとカップを持ち上げた。その陶磁器の細やかな模様と金細工に驚愕しつつ、彼は口をつける。口の中に残っていた甘味が消え、爽やかな香りと味が口と鼻孔いっぱいにひろがり、彼は自身の立場も忘れ心底ほっとしてしまった。

口いっぱいに広がる幸せな味を、男はただ噛み締めていた。そして、近くから突然した子供の声に男は仰天し、やっと我に返る。

「甘い匂いがするー!いいなー!」

いつの間にか近づいていた子供が無遠慮に皿へと手を伸ばし、菓子を取ろうとしていた。男がギョッとしてる間に、おそらくは母親と思われる女が向こうから走ってくる。

 青ざめた顔をした彼女は、子供を抱きしめて引き止めると、必死に地面へ頭を擦りつけ詫び始めた。謝罪の言葉を繰り返す母親に、男は内心同情しつつ、どうやって事態を収めるか焦りながらも思案する。

しかし、それは無駄な思考になる。なんと、騎士自ら跪いて母親の肩に手を置き、落ち着くように優しい声音で宥めたのだ。

「気にしないでください。ほら、取り合わないで、ちゃんと分け合うようにするんだぞ?」

どう考えても薄汚れた子供に気軽に与えてはいけないような深皿ごと菓子を子供に与え、騎士は満足そうにして席に戻って来た。

 恐縮しきりの母親は何度も頭を下げ、子供と一緒に離れて行く。そして、不安そうに集まっていた人々の所に戻ると、戸惑いながらも菓子を配り始めた。

余程それは美味しかったのだろう。それを貰った皆が皆、信じられないと言わんばかりに顔を輝かせている。

「さてと、肝心の話をしましょうか。ああ、どうぞ食事は続けられて構いませんよ」

まるで幸福と正義を具現化したかのようだと、男は思う。

今の今まで自身が一体何に怯え、恐れと敵意を抱いていたのか、法国の兵士であるはずの彼には最早分からなかった。それはもう、滑稽な程に。

「あっはっは!」

突然笑いだした相手にたっちは驚き、執事も警戒をする。しかし、続けて頭を下げた法国兵士を見て、その心情変化を察して彼らは嬉しそうに表情を緩めた。

「降参だ。笑っちまうぐらいにな。死ぬ覚悟もしていたのに、ここの様子を見て安心しちまうなんて…、あぁ、バカバカしい。一体全体、俺達は何を恐れてきたんだろうな…」

「それでは…、考えを改めて、これからは魔導国の民として生きてくれるのでしょうか?」

顔を上げた彼は、胸に手を当て深く頷く。

「あぁ、勿論だ。俺の部下達も説得してみせるぜ。いや、失礼致しました。説得してみせましょう」

日差しの中で駆け回る子供達を眺め、男は決意を固めた。たとえ売国奴だのバケモノに魂を売り渡したと可愛い部下達に蔑まれても、彼らを生かしてみせるのだと。

「あぁ、それにしても本当に安心しました。これなら、別部隊を率いてる弟も無事そうで……」

陽光に照らされる深い緑を眺め、草原のような弟の瞳を男は思い出す。あれも今頃は腹一杯に食事をしているのかもしれないと思い馳せ、口角が上がってしまうのを男は感じた。

「弟さんが、別部隊を…?」

「はい、弟は西の方の偵察担当なんです。黒い馬車を追いかけて行きました」

表情の読めないはずの兜の下、その顔が引き攣ったような気がして男は首を傾げる。何故黙り込んでいるのかと問うても、今までのように明朗な優しい答えは返って来ない。

会わせてあげようと言いそうな清廉なるはずの騎士は、ただ黙り込むだけだ。

焦燥と不安に押し潰されそうになりながら、弟の無事を祈る兄は立ち上がった。

「おい、何を隠している!?」

「落ち着いてください」

冷静な声はしかし、弟は無事だとは言わない。むしろ逆の、諦めろと諭すような、突き放すような声音だった。

そこでやっと男は途絶えていた思考を再開させ、引っ掛かりに気がついた。目前の騎士は、“ここにいる子供達は”と、言ったのだ。ならば、ここにいないならどうなるというのか。

ここに居ない、法国の人々は。

「おい…、ふざけるなよ!!」

「たっち様!!」

たっちに飛び掛かった男を抑えられる者など、周りには山程いた。しかし最上位の存在が自ら手を出すなと叫んだせいで、誰も動けずに成り行きを見守ることとなる。

振りかぶった男の拳が、たっちの兜にぶつかった。鈍く、痛々しい音が、その場を支配する。

「っ…!!」

たかが人間の握り拳が、その兜に傷を付けられるわけがなく、男の血が舞う。しかし男も、伊達に隊長を名乗る者ではなかった。

殴りかかったのはフェイクだ。すぐに拳を反転させ兜の縁に指を引っ掛ける。外すことが出来れば御の字、ズラせば視界を潰せると打算し死にものぐるいで彼は痛む手を動かした。兜がズレたのを視認し、男は隙間から隠しナイフを差し込むべく掴みかかる。

運が良ければ、騎士だけでも殺せる可能性に全てを賭けて。

「くそがあああああああ!!」

弟のように口汚く勢いで叫び、猛進する。しかし騎士もまた冷静に対処した。何の躊躇なく自らズレた兜をするりと外し、目前に迫るナイフを冷静に躱したのだ。

現れた人間ではない頭部に、周りから隠しきれない悲鳴があがる。男もその姿に驚き、それと同時に簡単に組み伏せられた。

とてもじゃないが、それは人間には視認も対応もできない速度だった。

ナイフを叩き落とされ、後ろ手にまとめ上げられ、身動きを男は完全に封じられる。

「バケモノが…!!クソッ!!」 

 

 知る限りの罵詈雑言を叫び、騎士を毒付きながらも男は祈る。

どうか、弟はどこかで無事に生き延びていてくれと、ただそれだけを。

 

 

 

 

 

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