魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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純黒04

 

 

 

 

 

 晴れ渡る青空の下、潰された家屋しかないゴーストタウンに優しいそよ風が吹く。

 

 地べたに転がる屋根の上で、ウルベルト・アレイン・オードルは酷くつまらなさそうにしていた。

彼を包む黒檀のマントは垂れ落ち、派手に装飾されたシルクハットがその顔に暗い影を落としている。

晴天、爽やかに広がる青空。囀る鳥たちと、薫る風。全てが悪魔を皮肉りからかうべく世界を奏でているように、彼には感じられた。

創造主が抱く憂鬱を察したその背後に控える悪魔が、そっと気遣いから声を掛ける。

「ウルベルト様…」

「あーあ、どーしよっか」

自身が創造した悪魔のデミウルゴスに返す言葉が投げやりなことは、ウルベルト自身も自覚している。しかしそれも仕方が無いだろうと開き直りたくなる程に、現在続いているゲーム内容はウルベルトにとって退屈極まりないものだ。

全くもって、憂鬱なる気分であった。

「はあー。……たっちさん、面倒くせぇ」

銀の尻尾を垂らす悪魔は困り顔をして、沈黙で返答する。

きっとあの騎士は今頃ドヤ顔で嬉しそうにしているのだろうと思い、ウルベルトは更に不愉快になる。そしてまた彼は、なんとなしに足下に居る一匹の動物を眺めた。

その顔に純粋な生命体としての表情しか浮かべない、アインズ・ウール・ゴウン魔導国に迎えられるべき、一匹の生き物を。

 

 

 

 現在、ゴーストタウンが散らばる森林地帯と連なる山脈の一部にかけて、黒と白の両陣営で互いの足を引張り合いながらの地味な作業が続いていた。自身の陣営側に法国の者達を追い込み殺戮もしくは捕縛、人間を食料にするか人間に食料を与えるかの、仕分け作業が。

 スレイン法国側としては、潜伏が容易いために廃村が散らばる森林地帯や山に潜伏しているだけだろう。しかしそこは偶然、黒と白のどちらにも属さない空白地帯になっていた。そのために黒も白も、まずは自分の陣地に追い込むというワンクッションを余儀なくされていた。

ゲームがとうとう最終局面に差し掛かった盛り上がるべき頃なのに、最後の最後に残されたのがつまらない作業。何とも地味な展開だ。

 そんな現状に、ウルベルトは大変悩まされていた。発狂しそうな程に退屈極まりなさ過ぎて、嫌になっていた。正直言って付き合ってられないのだが、しかし、真面目に作業を熟す白陣営側の思うままに事が進むのも面白くない。そんな捻くれた理由で、ウルベルトは地味でつまらない作業を何とか熟してきた。

 そうして何とか苛立ちを抑えてきたウルベルトがそろそろ我慢の限界に達しそうだった時、その拠点は見つかった。ウルベルトが望む盛大な花火の打ち上げが可能となる、一手が。

それは気落ちしていた彼を一気に機嫌よくしたが、しかし、つい先程に届いた報告はまた容易く彼を苛立たせた。思わず舌打ちをしてしまい、ナザリックの者を怯えさせてしまった程に。

白陣営側に万単位の人間が流れたという報告は、それで某騎士がはしゃいでいるのかと思えばウルベルトにとって腹立たしくて仕方がないことである。しかし、そのこと以外に関しては心底どうでも良いことだった。後もう少し待てば、あの正義厨にとって不愉快極まりない展開になる予定なのだから、今更少し白陣営に取られても、気にはならなかった。

だからこそウルベルトは今、目前の新しい玩具で暇潰しを試みているのだ。

 

 本来の役割上なら有り得ない位置にある屋根は、ウルベルトが破壊し崩壊させた家屋の屋根である。土台を無くしたそれは本来なら触れるはずのない土の上で、悪魔に腰掛けられていた。

壊れたそれは、元から粗末な物であった。崩壊しかけの建物が崩壊している建物に変わっただけと言っても過言ではない程に。だからこそ奇麗な衣服を纏う彼が、これまた上等な敷き布を挟んでまでボロ屋根の上に腰掛ける姿は、あまりに奇妙な光景に見える。

見窄らしい屋根に、煌めく布地はあまりにそぐわない。とてつもなくチグハグで、無理に繋ぎ止めた様にしか見えない光景である。

 そんな景色の中に、まるで、その留具のような存在が一つ。いや一体、いや一匹、はたまた一人いた。

数え方に悩むそれは、右足の膝から下が無く手の指が六本あることを除けば、一般的な人間の形をしている。地べたに這いつくばるその生き物の瞳は、ウルベルトの隣に置かれた綺麗な皿ではなく、それに盛られた骨付き肉だけをじっと凝視していた。ウルベルトがわざわざ用意させたそれは、鳥の骨付き肉で、油が光り焼き立ての香ばしく空腹を誘う匂いを漂わせている。

 ウルベルトが骨付き肉を手に取り、振ってみると、それに合わせてその生き物の目が追いかけ動く。そして彼が肉を放り投げれば、当然それは落下してゆく肉を追いかけて、口でキャッチした。

その見事な芸に、ウルベルトの気持ちが少しばかり持ち上がる。愉快そうに彼は笑った。

「はは、上手、上手」

山羊頭の悪魔に褒められていることも、後ろに控える銀の尻尾を持つ悪魔から汚物を見るような目で見られていることも意に介さず、それは無心で肉を貪り始める。

「ウルベルト様…、それは、殺さないのですか?」

デミウルゴスが、餌を貪る動物を睨みつけながら尋ねる。

嫌悪感を剥き出しにして睨むそれは、つい先程、念の為と憂さ晴らしの為に見つけた村の家屋を彼らが片っ端から潰していた時に小屋から這い出て来た存在だ。

「規定の年齢に達してるか分からないからなぁ、コレじゃ」

またウルベルトが肉を放り投げると、嬉しそうに食らいつくそれは、確かにあまりに人らしく無く年齢推測が難しい。小柄で背が低いが、それは栄養不足が原因なのか年相応なのかも判別が厳しかった。また、支配の呪言を使って問い質しても、当の本人が自信の年齢を理解していなければそれは無意味な行為にしかならない。

「別にいいだろ。一匹ぐらい趣向を変えて遊んでも。それに、規定の年齢以下かもしれないのに殺したことが知られたら、鬼の首を取ったようにたっちの野郎から糾弾されるぞ」

「それは、確かに…、その通りですが…」

ほんの少し前まで、非常に悍ましく、そしてとてつもなく汚らしい姿で地べたを這っていた生き物をデミウルゴスは苦々しげに見る。

 与えられる肉を貪るそれは、ほんの少し前までは、まるで汚物が自我を持って集まり蠢いているような醜悪な生き物だった。吐き気を催す臭気と腐敗臭を帯びて、伸び放題の髪が虫の住処になっているような、死にかけの汚物と言い捨てても問題ないような無価値の動物だったのだ。

当然デミウルゴスは即座に殺すべきだと判断した。至高の存在の御前に、出るべき存在ではないと。しかしその殺害を止めたのが、当のウルベルトであった。

更にはウルベルトの命令によってアンデッド達の手で野良犬のように洗われ、さらには魔法も使用しての完璧な清掃がそれには施された。膿んでいた傷口も魔法で治され、その身体が身につけている服らしき物も魔法で綺麗になった襤褸布へと変わった。

今は食事を与えられているその生き物は、今ではすっかり無臭になっていて、見た目だって初めに比べれば雲泥の差である。だが、ボサボサで伸び放題の髪はそのままで、荒縄で襤褸布を胴体に巻き付けることでなんとか服の体を成しているその姿は、ガリガリの身体もあって得体の知れない未知の生き物のようだ。

「…………ウルベルト様が、望まれるままに」

独り言の様な呟きは、完全に悪魔が悪魔自身に言い聞かせる言葉であった。

 言葉を濁し面白くないと表情だけで訴える息子にちらと視線をやり、ウルベルトは苦笑する。目前の家畜をちょっと可愛がっただけで嫉妬する様は、可愛くもあり、鬱陶しくもあった。

「うー、あっ、にくうー、くらっ」

必死に手を伸ばしギラギラと目を輝かせて強請る様は無様で、見ていて恥ずかしくなる程だ。しかしウルベルトは心底楽しそうに笑うばかりである。

「はは、素直だなぁ。お前も見倣えよ、デミウルゴス。これぐらい素直に、我が侭を言っても良いんだぞ?」

「なっ…!?」

明らかに自分より遥かな下位にいる存在を見習えと創造主に言われてしまったデミウルゴスは、驚愕と絶望に顔色を染める。

「ほら」

ウルベルトは再度、皿から肉を取り出し、放り投げた。

「っ!あう!」

嬉しそうに飛びつくその生き物は、四足動物のように動いていた。本来ならば二足歩行を行うはずの動物だが、そんなことなどしたことが無いそれは、器用に四足で歩く。平均体重よりはるかに下まわるであろうガリガリの身体と、どんな目にあってきたか語るようなギラギラした瞳が相まって、人間よりも獣寄りに更に思わせる姿だった。

犬食いをする姿、舌っ足らずな言葉を並べるだけで上手く喋れず、知恵も無さそうな有り様。

戦火に追われ逃げ出した村人が、何故これを飼っていたかは分からない。だが、何故ぼろ小屋の藁の中にこれを捨てて置いて行ったのかは、語られなくても誰にでも分かる話だ。非常時に逃げる時には、荷物はなるべく減らすべきなのだから。

また一つ、ウルベルトは肉を放り投げた。そして、気落ちした息子に呆れつつ、声を掛ける。なるべく優しい声音になるよう、気をつけながら。

「あー…、言っておくがな、デミウルゴス、お前のことはちゃんと愛してるからな?」

ウルベルトが送ったフォローの言葉に、露骨にしょんぼりしていたデミウルゴスの尻尾が持ち上がる。

「ま、真に、で御座いますか?!」

「当たり前だろ。つーか、なんでお前達の思考はそう極端なんだ。ゼロかイチ、どころか、−100か+100ぐらいの差があるよな…」

呆れたような口調に、デミウルゴスの尻尾がまた垂れ下がる。偉大なる造物主から見捨てられることや呆れられることは、生み出された者達にとっては耐え難い苦しみだ。

 デミウルゴスの分不相応な我が侭を許し、聞き届けてくれたこと。そして、自分のことを贅沢にも息子の様に可愛がってくれていること。それらの事実から、抱く感情が不敬ともとれる杞憂だとはデミウルゴスも充分に解っている。それでも、恐ろしい可能性を、頭が考えるのを止めてくれないのだ。

「この家畜に興味を持ったからって、お前達への好意が急に無くなる訳がないだろ?」

「……申し訳、ありません」

悩んだ末にデミウルゴスが苦し気に絞り出した答えに対し、ウルベルトは肩をすくめるだけだ。

ウルベルトの興味は彼が指を指した先で、最後の肉をほうばり終えた生き物へと移る。それは這い蹲って、ウルベルトに近付こうとしていた。

「あー、うっ、ぅ」

しかし少しずつ近付こうとしたそれに対して、ウルベルトは待ったをかける。ステッキの先で、伸ばされた左手をぺちりと叩いたのだ。それにびくりと過剰に反応した生き物は、その場で大人しくなり蹲る。

「そうそう、ペットは主人の足元で大人しくしておくものだ」

その躾の言葉に、ぴくりと今度はデミウルゴスが反応した。

「………ウルベルト様、また人間を飼われるおつもりですか」

「ん?うーん、どうしたもんかな。前のはそこそこ使い道もあったし、愉快な人間だったけど、これは何も能が無さそうだしな。しかし…、ペットってのは役に立つ役に立たないで飼うものでもないしなぁ」

ウルベルトの返事に、デミウルゴスの尻尾は項垂れたり弾んだりと忙しい。ちらりと、悪魔は蹲る生き物を視界に僅かに入れる。至高の存在にかまわれている塵屑の存在が、非常に不愉快で仕方なかった。

天が落ちるのではないかという不安の前に、愚かと自認しつつも彼は感情を押し殺すことができず、とうとう、恐る恐ると、素直に吐露し始めてしまう。

「恐れながらウルベルト様…、私は、嫉妬してしまうのです。貴方様の興味がナザリック以外に向かう度、捨てられてしまうのではと、不安になってしまうのです、どうしても…。貴方様が、私の絶対であるが故に」

自身の胸中にある不安を取り出し、形を確かめながら、デミウルゴスは告げる。

「貴方様が、モモンガ様が、別の何かに興味を抱く度、どうしても、私共は、私は、もう不要だと、思われるのではないかと」

本当に言ってしまった、という焦りを抱きつつ、悪魔は告白を止められなかった。

「貴方様方に、これ程愛され想われた、分不相応な幸せを与えられながら、卑しくもこの欲望には底が無いのです…!」

その決死の告白に、ああと感嘆の声をウルベルトは漏らす。

「デミウルゴス、やっぱり俺は、お前が、ナザリックの皆が大好きだよ」

ぱちくりと、喜びと驚きにデミウルゴスは目を瞬かせる。微かに濡れた悪魔の眼窩に嵌められたダイヤモンドが、太陽光を受けて一瞬きらりと光った。

ウルベルトがまた、蹲る生き物を指し示し、そして無感情に述べた。

「あれが、人間の本質だ」

嫌そうにするわけでも、好ましそうにするわけでもなく、ただ現実を受け入れ読み上げるように、淡々と。

「それなのに、さも清廉潔白の様に振る舞って偽って、大嘘の大義名分を掲げて、汚いものには蓋をして先送りにして…。そうして繰り返した果ての果て、それでも綺麗な上っ面だけで汚い現実の全て覆い隠そうとするような、醜悪な世界」

天空を見上げ、吸い込まれそうな高く澄んだ青空をウルベルトは見上げる。当たり前のように澄み渡り、生物を育む空気を流し、鳥が飛ぶ大空を。

「星すらも巻き込んだ傲慢が蔓延る世界」

その言葉には、呆れにも怒りにも諦念にも似た感情が滲む。そしてどこか、酷く疲れ果てたような声にも感じられた。

「俺はな、そういう最果ての、終わりから来たんだ」

デミウルゴスはただ、その告白を聞いていた。彼が吐露する、憎くて難くて悪たらしい、醜いどこかの世界の話を。

「だから、俺がこういう人間をかまいたくなるのは、当然のことなんだよ」

口角を上げるウルベルトは、どの悪魔よりも最も悪魔らしい魂と表情をしていた。全てを嘲嗤い、全てを見限るような無感動な瞳。身勝手で横暴で傲慢な、暗い失望。それらがそっと、その顔には現れている。

表情も感情も読めない様な悪魔のそれに、なぜか、確かに。

「だから、お前達が何よりも愛しいんだ。愛しい存在以外は心底どうでもいい、素直なお前達が。あぁ、可愛くて堪らないよ」

美しくて美しくて心底賛美したいのに、何よりも醜悪にも思え顔を逸らしたくなるような、そんな微笑みをウルベルトは浮かべる。

そんな彼に愛されている事実は、デミウルゴスにとって何よりも誇らしく思えた。そして、その深き愛をまた、彼は確信できたのだ。

 

 

 

 腹がいっぱいになったから、寝る。正に動物的単純なる思考のまま、ぐーすか寝る動物をウルベルトはぼんやり見ていた。

そして、指示されなければいつまでも棒立ち状態であっただろう、命令されやっと横に腰掛けたデミウルゴスに顔を向け、問いかける。

「なぁ、遅くないか?子供服の買い物なんて、そんなに時間がかかるものなのか?」

それは話題作りにも近い問いかけで、少し気になったので口に出した、ウルベルトにとってその程度のものである。しかしそんな問いに対し、想定外の返事が行われる。

「ウルベルト様の御眼鏡に適うものを人間の街で探しております故、なかなか見当たらないのでしょう」 

「…えっ」

さらりと返ってきたその返答に、驚き、そして失敗したとウルベルトは内心焦る。

 少し前に、『審判側に許可を貰ってから、〈転移門〉を使って人間の街で子供服を買ってきてほしい。適当に見繕ってくれ』と、ウルベルトはデミウルゴス配下のドッペルゲンガーに確かに指示を出している。

しかしその命令は、本当の本当にテキトーなものだったのだ。

襤褸布ファッションをこれ以上見続けるのも嫌だが、ナザリックにある衣服をわざわざ与える程に温情をかける程でもない。ならば人間の街で子供服を買えば良い。ただそれだけの思考で出されたものである。

そもそも、適当な服と曖昧な指示を出したのは、某鳥人間みたいに変態趣味があるわけでなく子供服に関する知識が無いから任せただけなのだ。子供服に関するまともな知識のありそうな人物に心当たりはあるが、ソイツに頼ることだけはウルベルトにとって死んでもご免であった。

「何か問題がありましたでしょうか?」

「あー…、いや、大したことじゃないんだがな、」

本当の本当に、適当な街に入って適当な店に入って適当に子供服を買って帰ってくれれば、ウルベルトにとってそれだけで良かったのだ。しかし冷静に考えれば、自分が出した指示をナザリックの者達が軽いノリで承って遂行する訳がないのである。

具体的な指示を出さないのはダメ上司!、モモンガから借りた本に記載されていた一文が頭に流れ、ウルベルトは反省する。上司としても、彼らに敬愛される至高の存在としても、赤点の対応であった。

「……デミウルゴス。ドッペルゲンガーに伝達」

首を傾げつつ、デミウルゴスは頷く。

「そうだな…、ワンピースとかならサイズが多少違ってもたぶん大丈夫だろうし、服は無地で、光ってるとか派手な柄がすごい入ってるとか、悪目立ちしないものなら、別に高価な良い品じゃなくて良いって伝えてくれ。これが着れるなら、何でも良いからって」

「畏まりました」

恭しく頭を下げたデミウルゴスは、立ち上がり、少し離れた場所へ移動する。そうして買い物を任されたドッペルゲンガーにさっそく〈伝言〉を送り、対話を始めた。

別に隣で話し込み始めても気にしないのだが、あの自身が創った悪魔の堅苦しい対応に関してはそういうものだと諦めてしまおうかと、少し投げやり気味な思考がウルベルトの頭に浮かぶ。

「いやいや、ダメだな。なんだか思考が怠けているな。しっかりしないと…」

自身を叱咤して、ウルベルトはアイテムボックスから取り出した地図を広げる。

その地図には、白側の陣地と黒側の陣地、それからそれらを繋いで出来上がったどちらの領土扱いとなっているかが沢山書き込まれている。

その中から残り少ない未探索の部分の確認を始めるも、最早拠点にできそうな何かしら有りそうな土地は残り少ない。互いの陣地も複雑に絡み合って、自由にできる土地も白のいやらしい陣地設置によって削られまくっている。

どこもかしこも、後は虱潰しか地味な作業を続けていくだけかと、なりつつあった。

それでも、ゲームはまだ終了していないのだ。だから今は、殺戮とゲーム勝利に向けて尽力すべき時であるとウルベルトも分かっている。解ってはいるのだが、それでも、つまらなくて仕方がなかった。

「あー…、やる気でねぇー」

黒と白の両陣営で行われている互いの足を引張り合いながらの地道な作業。偵察を放っては潜む者達を見つけ、適当なモンスターに襲わせて自身の陣地に追い込むという、なんとも地味で面倒な作業。

こんな作業に熱意を燃やせるあの虫野郎はどうかしていると、また勝手な罵倒をウルベルトは心の中で吐き捨てる。

『ウルベルト様、突然申し訳ありんせん。シャルティアでありんす。デミウルゴスに繋がらなかったので、直接〈伝言〉を飛ばさせて頂きんした』

「どうした、シャルティア」

ちらりと先程離れていったデミウルゴスを見ると、確かに話し中であった。随分と長く話し込んでいるなと思いつつ、シャルティアの要件をウルベルトは確かめる。

『実は、ナザリックの倉庫が一杯になってきたと報告が上がりんした。アインズ様からは、どうしてもと言うなら倉庫を増設しても構わないと許可を頂いているでありんす。如何致しんしょうかえ?』

その報告に、ウルベルトはぱちくりと目を瞬かせ、驚いた表情を浮かべる。

「そっか。けっこう殺していたと思ったけど、送ったやつもそれなりに居たか」

『はい、実験用に確保する必要があった武技の使い手、魔法使い、タレント持ちも、必要数は確保できんした。食用と玩具の分も含め、倉庫がいっぱいと聞いてるでありんす』

少し考え込んで、ウルベルトは首を横に振った。犯罪者も徐々に減りつつある現状で、倉庫増設許可は魅惑的だが、あまり我が儘ばかり言うのは良くないだろう。残された人間らしさのようなものが、良い上司であろうと戒める声に耳を傾け、ウルベルトは決断する。

「いや、増設は止めよう。コキュートスの階層をこれ以上圧迫するのは申し訳ないからな」

倉庫一杯の状態ならば、当面ナザリックで人肉を食する子供たちの分には問題ない。家畜として飼っている分も含めれば充分過ぎる程だろうから、趣味に関しては少し楽しむ程度に落ち着ければいい。

「遊びすぎるとモモンガさんに怒られるしなぁ」

『モモンガ様にでありんすか?』

「そうそう、慢心は、堕落と崩壊への一歩だからな」

別に誰それの名言とかでなく、口から出てきただけの言葉にも、さすがは至高の御方と称賛の声が返ってくる。それに対して複雑な心境になりながら、ウルベルトは残る人間全員の殺戮命令を出した。

『了解でありんす。それでは、残りは全て殺し尽くすでありんすえ』

愉しそうな声音につられて、ウルベルトも楽しそうに返事する。穏やかな調子の声が、全て殺しつくそうと謳う様は、何かの手違いかのように長閑な空気が漂っている。

「あぁ、そうしてくれ。そっちは順調そうだし、楽しそうで良かったよ、シャルティア」

『はい、ウルベルト様。間も無く西南一帯の確認が終了しそうでありんすえ』

「西南か。あぁそういえば、そっちは白陣営の邪魔も無くて良さそうだな。羨ましいよ」

地図を広げ、陣地を確認したウルベルトは心の底から羨ましく思い、ついうっかり本音を零してしまう。黒陣営ばかりのそこは鬱陶しい邪魔もなく、爽快であろうと。

『ウルベルト様が居られる所は、確か、面倒になってしまっているとデミウルゴスが言っていた場所でありんすか…?』

「あぁ、面倒くさい所だ。初めは少しは楽しめていたんだがな…、もう飽きたし、誤魔化すのも限界だよ。つまらなくて仕方ない」

『うぅ…、私ばかり楽しんでいるのが申し訳ないでありんすえ…』

自分ばかりが楽しんでいることに気がついたシャルティアは、気落ちした声を出す。しかしそれをウルベルトは笑い飛ばした。

「気にするな、シャルティア。後少しで、一気に殲滅だ」

それはそれは嬉しそうに、牙をむき出しにしたウルベルトの声は弾んでいて、それを感じ取ったシャルティアもはしゃいだ声を出した。

『あぁ、ウルベルト様と遊べるデミウルゴスが羨ましいでありんす!』

「そっちが早く終わったら、こっちに来ると良い。それじゃあ、」

自身の会話を終えウルベルトの傍で跪いて終わりを待つ悪魔に視線をやって、ウルベルトはシャルティアに別れを告げた。

「シャルティア、楽しんで」

『ウルベルト様も、そちらが愉快なことになるよう、お祈りしているでありんすえ』

可愛らしい少女の声で行われた残虐なる祈りに耳を傾けながら、ウルベルトは視線を動かす。その金色の山羊の眼の先にいた深々と頭を垂れるその悪魔の様子に、ウルベルトは、準備が整ったのだと察する。

「話し終えたのか」

「はい、服を買いに行った者と、それから忍び込んでいる者とも話し終えました。間も無く開始される手筈になっております」

「そうか。そうか…、ははっ、ハハハ」

ひとしきり嗤い終えて、ウルベルトは至極嬉しそうな感極まる震え声で事実を噛みしめる。もう間もなく、この辺り一帯を燃やし尽くすことができるのだと。

「やっと終わりか」

何かを察したのか、それとも偶然か、悪魔のペットが目を覚ます。その真に無垢な瞳は、邪悪の笑みを見詰めても、首を傾げるだけであった。

 

 

 

 美しく、爽快に、晴れ渡り広がる青空。雲ひとつ無いそこに、ゲヘナの炎で区切られた一帯に放たれる予定の、超位魔法の魔法陣が広がる。

「デミウルゴスのおかげで愉快な光景が見られそうだな」

「お褒め頂き光栄の極みでございます!」

にたっと悪魔たちは、その背景に見合わぬ碌でもない笑顔で心底愉快そうに笑い合う。これから全てを破壊し尽くすことが、楽しみで楽しみで堪らないといった風に。

その笑い声に対して悪魔に抱えられた子供は、きょとりとした後に、しかしつられて首を傾げながらも表情を真似て笑顔になる。片方はそんな子供の無邪気さに歪んだ笑みをつくり、もう片方は露骨に眉間に皺を寄せた。

 つい先程まで、悪魔と悪魔のペットがいたゴーストタウンは、黒陣営側に広大な黒の陣地を齎してくれる拠点であった。偶然良い位置に密やかに在ったそれが黒の拠点となり、空白地帯だった場所を黒く塗り潰したのだ。

しかし、追加陣地表明をウルベルトは即座に行わなかった。偶然発見した彼は、村人から捨てられたそこに黒の陣営拠点となった証明の旗を打ち立てて隠蔽だけを行ったのだ。

拠点の追加、陣地の変更表明を行わなければ、審判側も白の陣営側も把握していない拠点なのだから当然無効である。黒の新しい陣地が認知されていないのだから当たり前のことだが、どちらの陣営にも所属しない空白地帯扱いのままであることにも変更は行われない。

 空白地帯での地味な作業に嫌気がさしていたウルベルトが、新たに見つかった拠点を即座に申告しなかったことには理由があった。

申告してしまえば、確かに黒の陣地は一気に増える。しかし、今まで行ってきた通りにきっと、直ぐ様に白陣営側が嫌がらせをしてくるに違いなかったのだ。

 フレンドリーファイアが解禁された今、このゲームでは同士討ちは禁止事項とされている。モモンガが主催なので当たり前だが、事故や精神攻撃は仕方ないとして、意図してのナザリックの者に対する攻撃は絶対の禁止事項なのだ。

そのため広範囲殲滅型の魔法を打ち込むには、その攻撃範囲内に入りそうなナザリックの者達を一時撤退させる必要があった。そして、その殲滅を希望するウルベルト側にとって障害だったのは、斑に入り混じった陣地や拠点にいる白陣営側のナザリックの者達だった。

しかし、一時撤退を頼んでも、リーダーの指示で白陣営側のナザリックの者達が遅々として動かないのだ。実際に今までも白陣営側がわざと黒陣営側に食い込む形で陣地を拡げたり、わざわざ通らなくて良い時に陣地内をゆっくり通過したりと妨害してきている。そのせいで黒陣営側は広範囲魔法が撃ち込めなかったり、最悪の時は逃げられたりもしている。

勿論抗議はしたが、相手拠点内の人間には手を出していないということで、不問に付され終わってしまった。

 そのために、ウルベルトは見つけた拠点を隠していたのだ。何の対策もせずに今の黒陣営の陣地拡大を伝えただけでは、またもや広範囲魔法の妨害をされかねなかった為に。まず間違いなく邪魔が入ってくることが、簡単に予想ができた為に。

当然、『今からこの辺り一帯を殲滅するので白陣営は少し退いて離れていてください』と馬鹿正直に頼む訳にはいかない。それならば、自らの意思で退いてもらうしかないのだ。

「さてと念の為だが、見張りの悪魔達から報告は何もないな、デミウルゴス」

「はい、何も問題は御座いません。どうぞ御楽しみくださいませ、ウルベルト様」

最後の確認を済ませ、ウルベルトとデミウルゴスは互いに頷きあった。主人の望む結果をお渡しできたことに喜ぶ悪魔はしかし、その崇拝する君の腕の中の存在に露骨に嫌悪感を向ける。

「そんなに睨むなよ」

「…下に置いてくればよろしかったのに」

「死んじゃうだろ」

発動するために展開され動き続ける超位魔法の陣を、それは目を輝かせながら追っていた。

「思ったより大人しくしてるじゃないか」

抱き上げていた人間を、脇の下から両手で支える形でぐいっとウルベルトは持ち上げてみる。ウルベルトが気まぐれで手を離せば落下して死ぬのに、それはきょとんとするだけである。

「…いや、何も分かっていないだけか」

「ぁ、う?」

「無能ですね」

吐き捨てるようなデミウルゴスの言葉にウルベルトがクツクツと笑った時、より一層、魔法陣が輝き、超常の力が終焉の来訪をその輝きでもって訴えた。

「大人しくしているんだぞ」

片手で抱き上げ、自身にもたれかかるよう促して、ペットの位置をウルベルトは調整する。

そして、アイテムボックスからステッキを取り出すと、振るい、そして、開放の時を待つ超位魔法を唱えた。

 それに応え、黒の陣地内に、それは落下していく。まるで黒い雫の小雨、小さく無数の水滴。それが、高く高く伸びた木の先端に触れた瞬間、その木は黒い炎の薪となり燃えあがった。 

見つけたばかりの廃村と元々あった自陣営と結んで生まれた多角形の黒の陣地へと向けて落下していくそれは、ウルベルトの下にあった林を焼き尽くしていく。燃え広がる炎の中で何かが蠢くが、それが四足歩行の動物だろうが二足歩行の動物だろうが、ウルベルトにはどうでも良かった。

「き、あ、」

これまためいいっぱい目を見開いて地上の炎に感動する無邪気な動物に、凄いだろうとウルベルトは話しかける。そしてニヤリと笑い、これだけじゃないんだぜと自慢げに地上を指し示す。

「ほら、生まれるぞ」

ウルベルトが指し示す地上にて渦巻く黒炎から、ぐるりぐるりと狂ったように渦巻きながら突如現れたのは、真っ黒な蜥蜴である。

それは、その巨体と、その体が触れた場所が発火していくことと、その口から炎を吐き出すこと以外は普通の見た目の蜥蜴だった。

「殺し尽くせ」

召喚主のウルベルトの指示に従い、地上の全てを蜥蜴は燃やし尽くしていく。生きとし生けるもの全てを灰にするべく、炎を吐き出し、踏み潰し、燃やし、溶かし、破壊していく。

燃え移っていく炎も、蜥蜴が吐き出す炎も、白陣営にはみ出ているが、そこにナザリックの者達が誰もいないことは確認済みだ。そのうえ、釘を刺すため白陣営に影の悪魔を送っている。死ぬかもしれないと解っていて、妨害のためだけにナザリックの者を送れば、立場が悪くなるのは確実にあちら側である。

「あぁ、やっとスッキリしたな、デミウルゴス。これでこの一帯の掃除が終わりだ」

「左様でございますね」

炎に呑み込まれた世界の全てが真っ黒な何かになり、大地が、岩が、熱で変形していく。その地獄の上空で、悪魔が歪んだ笑顔で見守る。

「おっと、白陣営側や空白地帯にも炎が燃え移ってしまったか」

「それはそれは、不幸な事故で御座いますねぇ。隠れている者達が生き延びると良いのですが」

燃えたぎる世界で生き残る者など、居るわけがないと知りながら、白々しい会話がのんびり行われる。

見た目と合っていない綺麗で高価そうな服を着た人間は、無垢な瞳のまま見詰めていた。

「く、ぉ」

「お前を飼ってた奴らも、死んだかもしれないなぁ」

「し、だ?」

きょとんとするそれにクスクスウルベルトが微笑う。そして彼は、黒い炎が焼き尽くし黒く染め上がっていく大地にて、見晴らしの良くなったそこに、染みのように目立つ白銀を認める。ウルベルトはますます愉快そうに、にたぁと顔を歪めた。

「行くぞ。デミウルゴス」

白銀の騎士へと、とても爽やかに、朗らかに、上空から降りながらウルベルトは話し掛ける。

「あれぇ、たっちさんじゃないですか、奇遇ですね!」

「…」

世界を黒く塗り潰すのを尽く邪魔してきた相手は、沈黙で返すだけで非常に不愉快そうな様子だ。だからこそ、街中で親しい友人にすれ違った時のように、親しみを込めてウルベルトは声をかけたのだ。その声音が、ただでさえ不愉快そうな騎士を、ますます不愉快にさせるものだと知りながら。

「えぇ、本当に、奇遇ですね」

にたにたと笑う心底愉快そうなウルベルトとは真逆に、兜の下でどんな面を彼が晒しているのか簡単に想像できて、ますます悪魔は笑みを深くした。

「人間が、居たんですか」

たっちの抱える人間を視界に入れるも、それは白陣営側のモノとすぐに分かりウルベルトは視線を逸らす。そして、女を視界にとらえた。じとりとその目は、殺すべき対象を見た。

「それじゃあ、そっちの規定年齢より過ぎてる女、こっちに寄越して下さい。殺しますから」

それはウルベルトからしてみれば、嫌がらせでも何でもなかった。元々全て殺すつもりだったのだから、それを殺すことに、生命を一つ終わらせることに、意味も目的もなく、ただの作業であった。

だから悪魔は、騎士を一瞥して堪えきれずに笑ってしまったのだ。ただ一人殺すと言っただけなのに、酷く重苦しい様子になった騎士に対して。

そんな至極不愉快そうな騎士が余りに愉快で、ウルベルトは、全くもって爽快な気分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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