連載中のゲームの一幕ですが、本筋にはおおよそ関係ないお話です。
だけど連載中のゲームうんぬんとか読まず単品で読んだら「?」ってなると思います。
ピクシブにてリクエストを受け掲載していましたが、ハーメルンでの掲載を完全に忘れていました。そして後から途中に差し込めることに気付いたので差し込みます。
それは、パンドラズ・アクターの気紛れから始まった出来事。ゲーム開催中に起きた誰も知らぬ一幕の話。
何となく、断る理由もなく、してはいけない理由も無いために。そして彼の興が乗ったから。それだけで起きた物事だ。狭間の物語ですら無い。言わば、舞台裏の休憩時間である。
己を創造した父を何よりも愛する彼の、その愛と信仰心の結果、動物が二人死んだ。
これは唯それだけの、日常のおはなし。
現在、絶賛開催中のゲームにおいて、パンドラズ・アクターは進行側である。より正確に言うと黒と白の陣営、どちらの味方でもありどちらの敵でもない、協力者だ。
彼はどちらの味方もせずに、アイテム管理の担当者として望まれるままに働くだけである。
例えば、黒陣営側がノコギリが欲しいと言えば用意し、白陣営側が包帯が欲しいと言えば用意する。片方が水が欲しいなら水供給アイテムを渡し、もう片方も同じく欲しいと言うなら必要数を確認して同じく渡した。東西南北どこへだって、呼ばれれば駆けつけ、望まれれば渡した。あるかないか尋ねられれば答え、無ければ代わりの物を渡した。
そして現在、ナザリック地下大墳墓にあった物だけではなく、スレイン法国国土全般にあった物も、続々とパンドラズ・アクターの管理下に入ってきている。
利用できる物とできない物、破壊すべき物と分配すべき物と、いくつかに種別された物品は、彼の手によってナザリックの者達へと流通していく。
ただし、あくまで物だけが彼の管轄内だ。人命は、彼の管轄外である。だから、彼は未だゲーム内で人殺しはしていないし、今後も行われないことになっている。
その事実は永劫に、変動しない。
その日のパンドラズ・アクターの気紛れは、黒陣営中心拠点、骸骨で構成された砦にあるテントの内の一つから始まった。
釘と開口器、それから針を大量に運び込む仕事を終えたパンドラズ・アクターは、転移の前にふと、漂う甘い香りが気になって足を止めた。失礼ながらも場違いに思える花の香りに、彼は目に見えぬそれの発生源を嗅いで探す。
鼻が無いのに分かるのかと、嘗て愛しい父に問われた疑問をなんとなしに思い出しながら彼は場所を嗅ぎ当てると、空洞のような目と思われる部位でそちらを見遣る。
それは、ピンクとライトブルーの可愛いらしい色合いの縞模様のテントであった。そこの出入り口の垂れ幕は微かに開いており、そして何か小さな物が幾つか落ちているのが遠目からでも視認できた。
「これは…、花びらですね」
気になって近寄り、出入り口に落ちていた数枚のうち一枚をパンドラズ・アクターは拾い上げる。人と比べ細長すぎる指の先で、甘い香りを纏う花弁が弄ばれた。
「…お邪魔致します」
好奇心に負けたパンドラズ・アクターは、一言述べてそのテント内に入っていった。
黒い垂れ幕がいくつか退いた向こう側へ進む程、甘やかな匂いは濃くなっていく。最後の一枚の向こう側、テントの中では、さらに濃厚な一際甘ったるい香りが彼を迎え入れ包み込んできた。
「おお、これは…!」
真っ白で滑らかな花弁を持つ花々が、テントそのものがまるでそれの花束の如く、そこには溢れ返っていた。息苦しいとすら思える程の濃厚な甘い香りは、最早質量をもって襲ってくるかの如くと錯覚させる程だ。
「おや、どなた様かと思えばパンドラズ・アクター様!如何されたのでしょうか?」
プルチネッラから声を掛けられ、ひとまず勝手に入った無礼をパンドラズ・アクターは大袈裟なアクションとともに侘びた。そして甘い香りがして、花びらまで落ちていたから気になってと言葉を続ける。
「あぁ、この飾り付けわウルベルト様の指示でさせて頂きました。おそらくわ気遣われてのことでしょう!人間は、ましてや幼き者わ脆弱ですから」
「ウルベルト様が…。あぁ、失礼。どうぞ仕事を続けてください、プルチネッラ殿」
「お気遣い頂き感謝致します。それでわお言葉に甘えて、仕事を続けさせて頂きます」
丁寧なやり取りを挟み礼を述べてから、プルチネッラは手を止めていた仕事を再開した。テントの中央に設置された巨大な檻の中にいる彼の仕事は、そこにいる人間達への食事の配膳である。黙々とプルチネッラは、人数分の食事を次々と机上に置いて並べていく。
檻の中には簡素な長椅子と長机があり、そこに腰掛ける人間達は皆、祈りの真っ最中かのように項垂れている。そんな者達の前に置かれたのは、肉も野菜もたっぷり入ったシチューに、ふわふわの白パン。彼らは震えながらも、しかし黙々と、与えられた者から順に食事を始めていた。
その全員が、保護しなければいけないゲームルールの規程年齢以下の人間であることを、その待遇の良さからパンドラズ・アクターは察する。
「…少し、近くで観察をしたいのですが、宜しいでしょうか?勿論手は出しません。ゲームの進行側、協力者として、ルールは遵守します」
「構いませんとも、パンドラズ・アクター様。しかし、そこまで面白い見世物はありませんよ」
首を傾げつつプルチネッラは、まだ配膳の済んでいない一列へとワゴンごと移動する。
「少しばかり、見るだけです」
白い花に包まれた檻への道を、パンドラズ・アクターは進む。
濃厚な甘い香りを切り裂きながら近寄ってくる彼を、檻の中の一人がやっと視界に入れ、その顔を凝視した。驚愕と恐怖に彩られた顔をしたその人間に周りもつられて、俯くのを止めてしまい、それを見てしまう。
人のようで、人でない顔を。
檻の中に入ってきた新たな人外に、人間はその身を震わせ視線を逸らす。それに対してパンドラズ・アクターは、顎に手をあて何やら考える仕草をした。そして、おもむろに一人の側に歩み寄る。
「っ…!!あ、ぁ…!!」
保護されている一匹の頭を掴み、自分の顔を見るようにその細長い指で固定しながらパンドラズ・アクターは呟く。
「不思議ですねぇ…」
「何がでしょうか?」
プルチネッラはのんびりと聞き返す。怯える人間の声など気にも留めないどころか、聞こえていないかの様だ。実際には聞こえているのだが、仕事中の彼にとってそれはリアクションすべき対象ではなかった。牢屋内の者達を白陣営側が引き取りにくるまで問題なく生かすことが、彼の仕事だ。つまり、生きているならそれだけで良いのだ。どれ程に恐怖しようと、生死には無関係なのだから。
「私には牙も無い。角もない。どちらかといえば人間に近い顔をしている。それなのに人間は恐怖する。アッシュールバニパルにあった本によると、人間は、人間のようで人間ではない何かに気持ち悪さを感じるらしいのです」
どちらかといえば人間に近いという発言に、近くないと言える者はいない。プルチネッラは新たな知識を得たことに感謝するだけで、人々は当然怯えるばかりである。
「…さてと!私もそろそろ仕事に戻らなければいけませんね」
戯れにトラウマを植え付けた相手を、彼は簡単に手離す。それが今後どう生きようが、アインズ・ウール・ゴウン魔導国に、尊き父君に逆らいさえしなければ、それだけで良かった。それ以外に彼が心を割く余地など、在りはしない。
「パンドラズ・アクター様、お土産に一輪いかがですか」
「ええ、貰いましょうか」
「よくお似合いで!」
咲き誇る無数の同じ花の中から特に意味もなく選ばれた一輪。それをその細長い指先で手折り、左の胸ポケットへと彼は差し込んだ。黄色の軍服を背景に、優雅に咲き誇る白い花をパンドラズ・アクターはそっと撫でる。
「私も、これは気に入りました」
麗しき花と、やつれた人間を見遣り、とある悪魔の胸の内に彼は思い馳せた。割れない果実を実らせる花の名前、それをかの父の友たる彼が知らぬ訳がないと、パンドラズ・アクターは確信していた。なにせ、なかなかに彼は好ましい程に悪趣味なのだから。
全て知っていて、解っていて、飾り付けさせたのだろう。そう思うと、パンドラズ・アクターは自分でも驚くほどに愉快な心地に浸れた。
「貴方達は、幸せ者ですよ!」
そう朗らかに言い残して、仕事中の仲間に軽く会釈をした後、彼はその場を足取り軽くも去っていった。
甘い花の香りを、その軍服に纏わせながら。
そうして移動先で仕事を終わらせつつあったパンドラズ・アクターは、気付いてしまうと無視できないような事態に直面してしまっていた。
そこは、占拠済みだがアンデッドの見張りが置かれているだけの拠点。陣取りゲームのために陣地として占拠されたが、使い道がないため放置されている場所だ。
しかしそれでも、物はある。そのためにパンドラズ・アクターはそこに赴いて、働いていた。
領主の、周りの民家と比べれば豪邸と言えなくもない家屋内を、彼は護衛兼手伝いの悪魔とアンデッド達とともに漁っていた。ナザリックの者達にとって目ぼしい物は見当たらないが、白陣営側に協力している冒険者達への報酬にはなる金品を、彼らは黙々と回収していたのだ。
一通りの検分を終わらせ、残りの細かな確認は手伝いに任せ外に出たパンドラズ・アクターは、そして気が付く。気付いてしまうと無視できない、魔導国の御旗が傾いているという些細な事態に。
偉大なる父が支配するそれが傾いていることに、彼は不愉快になる。いや、所詮はたかが旗なのはパンドラズ・アクターにだって分かっている。だがそれでも嫌だったのだ。不快で、どうしても見過ごす気分になれなかったのだ。
「……また、御借りしますよ」
そう言ってパンドラズ・アクターは、以前にも借りたことのある背中に翼が生えた至高の御方の姿を借りる。ばさりと羽ばたくと、領主の家屋の上に彼は降り立った。
そして元の姿に戻ったパンドラズ・アクターは、領主の館の上に設置されていた旗を真っ直ぐにする。そしてついでにと、他の若干傾いていた旗も直し、緩んだ支えを締め直した。うまくバランスを取りながら移動して、器用に仕事を進めていく彼の様子はまるで曲芸師のようだ。そうして働いて、満足ゆく仕上がりになったところで、もう一つの仕事へと彼は渋々と向き直る。
「…まぁ、無視する訳にはいきませんよね。後から何かあって責任を追求されても嫌ですし」
アイテムボックスから先程家屋内で回収したばかりの宝石、ナザリックの者達にとってはただの石ころを取り出す。そして、100レベルの肉体能力を全力で駆使して、彼はそれを投げた。
ひゅんと、音をたてたそれは木々の向こう側で何かにめり込んだ音をたてて止まる。
「隠れても無駄ですよ」
ひょいと屋根から飛び降り、パンドラズ・アクターは華麗に着地する。まるで階段を一段飛ばしただけかのような軽やかな着地は、その軍服も胸にある花も乱さない。
そして、藪の向こう側から飛び出てきた男を、つまらなさそうに彼は見た。その奥にいる血まみれの左腕をかばう女も、軽く一瞥する。ただその存在を、認識だけする。なんの感慨もなく。
「まずは様子見、ですかね」
男が振りかざし、全力で振るってきた剣を数度避けた後に、パンドラズ・アクターはアイテムボックスから黒いレイピアを取り出した。複雑に絡んだ金属の持ち手に、細く長い指が絡む。
片手で構え、まるでハンディキャップのようにもう片方は背後にまわされ腰に当てられた状態のまま、彼は男を相手取る。その様は、胸に添えられた花のせいで踊るようであり、まるで襲ってきた男に剣を教えるようでもあった。
当然舐められた男は息巻いて、猛然と更に勢い良く斬り込んでくる。しかしそれでも、平然と、優雅に、踊るようにパンドラズ・アクターは受け流す。
男は段々と、息を荒げ動きを鈍らせる。そして文字通り何も変動しない顔を持つ軍服の彼とは正反対に、顔をどんどん青褪めさせ歪めさせていった。
「っ!」
そしてとうとう、男の剣が弾き飛ばされた。剣は空に弧を描き、どすりと地面に突き刺さる。味気ない幕引きに、拍手は無い。
「…これで終わりですね。さて、ここの拠点はどちらの物でしたか…。…あぁ、さっそく報告をしなければ」
顔を男に向けて、パンドラズ・アクターは独りごちる。仕事が増えたと愚痴るつまらなそうな彼は、男を見ているが見ていない。
「クソが…。気持ち悪い…」
男も、憎々しげに零す。人間という名称が付いた物品を見る目だと、瞳と呼ぶには些か疑念を抱くその黒い二つの点を睨みつける。その腹立たしい巫山戯た顔面に対して、男は叫ぶ。感情に任せて、叫んでしまう。
「なんなんだよ、その気持ちの悪い顔は!!ふざけやがって!馬鹿にすんじゃねェよ!魔導国のクソバケモノ共がッ!こっち見んじゃねぇよ!!気色の悪いバケモノめ!!」
「ねえ!逃げましょうよ!そんな気持ち悪いの放っといてさぁ!早く逃げましょう!!」
それは、負け犬の遠吠えだ。深い意味もない悔しさからの罵声でしかない。そして背後の女も、能天気故か現実逃避故かの愚かな発言でしかない。しかしそれでも、その言葉は重かった。
彼らがしたことは、狂信者に向かって信じる神とその創造物を侮蔑したことに等しい行為なのだから。
「……気持ち悪い、ですか」
愛すべき偉大なる父君に創られた創造物として、そして信仰者として、彼は世界のルールの如く当たり前に思う。磔刑に処さねばと。罪人は贖罪を経て、死なねばならぬと。
「あぁ、そういえば!」
低い声を出したかと思えば突如として明るく大きな声をあげた相手に、人間はきょとんとしている。しかしパンドラズ・アクターは目前の人間など無視して、その怒りに既視感を覚えた己の心境を理解し、納得したと手を叩く。
「何かずっとモヤモヤとすると思ったら、そうでした、そうでした!私、お預けを食らっているんですよ!」
某拠点にて、茨に包まれながら御旗を支える職務に励んでいる罪人達を、パンドラズ・アクターは思い出していた。未だ贖罪の完了してないその罪人達は、罰が与えられると決まってはいるが、今はまだ手を出せていない状況だ。
やっと己の心境を具体的に理解することができた彼は、何も変わらぬ顔で嬉しそうな声を出す。
「あれを開けて遊べるのは、ゲーム終了後になってしまう…。それで苛ついて、妙に余計な行動ばかりしてしまっていたんですね!」
気紛れで動いたり細かなことを気にしたりしていた己の行動理由に、パンドラズ・アクターはなるほどなるほどと得心する。
そして、彼は思考を巡らせる。
目前の人間を知っているのはパンドラズ・アクターだけであるという事実。これからの多忙な生活を前にストレスを抱え続けるのは良くないだろうという懸念。ストレス発散の為に少しだけなら遊んで良いかという欲求。
それらを頭の中でかき混ぜて、彼は、心中で舌なめずりした。
「へ、」
バケモノの顔を指し示していた己の指、その指先から伸びた腕、肩までを、レイピアが貫いた。それを男が理解するのと、絶叫し蹲るのとは同時だった。
「さぁ、贖罪の時間ですよ!罪を贖い、ついでに少しは愉しませて頂きましょうか!」
痛みに叫ぶ倒れた男を無視してパンドラズ・アクターは、しゃがみ込んでいた女の元へと軽い足取りで駆け寄る。まるで恋人を追いかけているかの様に。異形の指が、しゅるりと女の背後から伸びてくる。男の逃げろだとかいった叫びが、虚しく響いた。何の意味もなさずに。
「あ、やめ、離しっ、」
細長い指に無造作に掴まれた、滑らかな曲線を描く金髪。優しく恋人に梳かれるのがお似合いなそれが、乱暴に掴まれ彼女を引きずるための道具と成り果てる。
「人間は、このような顔を一般的には美しいと言うのですかね」
無感動に言い放つ彼に、人間は今更情に訴え悲痛な声を上げた。
「やめろ…!!彼女を離せ!!いや、離してくれ!頼む…!!」
「これを、愛しているのですか?」
横たわる男の背中を踏みつけ、パンドラズ・アクターは男の視界に入るよう女を地面に投げ捨てる。背中に押し付けられた脚一本だけで身じろぎできない男は、震える声で叫ぶ。
「愛している!だから、頼む!!」
この世で最も尊き存在を侮蔑した愚かなその口で愛を語る下等生物に、パンドラズ・アクターは怒りを通り越して憐れみをとうとう感じた。その罪を断罪してやらねばと、心よりの同情と優しさから決意する。
そしてそれと同時に、燻る嗜虐心が牙を剥き、涎を垂らしていた。
「それでは、とくとご覧あれ」
まるでその言葉が合図かの様に、背中にある足の重みが変わり、地面に落ちる影が変化し始めたことに男は驚く。影のシルエットだけは、指の長さを除いて人間らしかったそれが、影すらも異形へと変わっていく。
それは、悪夢の始まりだった。恋人達の顔が絶望に染まる。
異様に爪が長いバケモノの手が女の金糸を掴み、持ち上げるのを男はただ見ていた。そして、その鼻孔に場違いな甘い香りが届く。まるで男を慰めるかのような、甘ったるい花の香りが。
「ひぃ、いやだいやだ止めて止めてやめ、ぁああぁぁあぁああ!!」
美しい彼女の空色の瞳が、真っ赤に染まる。
左側の眼球が収まっていた場所で、バケモノの爪が弧を描く。突き刺さった爪の刃によって彼女の肉も皮も取り除かれ、そこは空洞になった。続いて、右側の眼窩も同じように処理された。続いて、開いたり閉じたり鬱陶しい口の部分にも、爪が刺さり愛らしい唇と小さな歯が取り除かれた。
そうして愛する女の顔面にできた、ぽっかり空いた三つの穴。それから目を離すこともできず、男は呆然としていた。いつの間にか止んでいた悲鳴と、未だに残る甘い香りと混ざる強烈な血腥い臭い。その意味を、起きた出来事を、男は飲み込めていなかった。
「あぁ、これも取らないといけませんね」
うっかりしていたと彼は零し、そして、最後に顔に残っていた小さな彼女の鼻が削がれた。
それをきっかけに、やっと男は目を逸らし、吐き戻した。もともと空に近い胃袋の中にあったなけなしの胃液全てを、げえげえと吐き出す彼の上から、労るような声がふってくる。
「おやおや、貴方の恋人でしょう?多少目鼻立ちが変わったからといって吐くなんて、あんまりではないでしょうか?」
恋人。その言葉に、男は目を見開く。そして何も無くなった愛しい相手の顔にまた目をやり、そしてまた視線を逸した。
「…まぁ、貴方の愛だの恋だのに、興味など無いのですがね」
異形の影がまた蠢いて、指の長さ以外は至って凡庸そうな人の形へと戻る。そしてその長い指は男の右腕へとのびる。
「返してもらいましょうか」
男の体に刺さりっぱなしだった武器の回収をすると、女の着ていた衣服でパンドラズ・アクターは血潮を拭った。
抜き取る瞬間は相当な激痛だったはずだが、もはや悲鳴をあげる力も残っていなかった男は静かなものである。呻き、身体を跳ねさせるだけだ。
後は衰弱し死んでいくだけのそれの憐れな姿にやっと、パンドラズ・アクターは心落ち着かせることができた。愛する父を貶しめる愚者の末路が悲惨であることに、心より彼は安堵していた。
それこそが麗しき世界であり、正しい光景なのだと。
そうして暫くして、漸く帰ってきた理性によって、ゲームの進行側、協力者側としてはよくないことをしたと冷静に判断し、反省会をパンドラズ・アクターは行う。少し前の発言が完全に大嘘になってしまっている事態は、さすがにバレたらまずかった。
「……まあ、アンデッドにすれば解決ですけどね!」
何も問題なしと、頷くパンドラズ・アクターは胸元の一輪をポケットから取り出す。哀れな存在への手向けにと、少し萎れ始めていた花を放り投げれば、それはひらりと空を舞って、地面に落下する。横たわる恋人同士の間に。まるで、男が女に花を手渡すように。
それを見て、パンドラズ・アクターは肩を震わせる。何も変わらぬ空虚な顔で、彼は大笑いした。
血溜まりに眠る恋人達に添えられたその花の名は、くちなし。
甘く香る、白い花。