魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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まだ人なのか 03

 

 

 

 感嘆の声を漏らし、たっち・みーはバハルス帝国の誇る大市場を眺めた。

 

 帝国内に入ってからも初めて見る街の景色に興奮していたが、道を進んだ先に突如現れたこの帝国大市場には更に血が熱くなるのを感じる。

 この世界に来てから感動と驚きの連続だが、人がごった返す大市場には大自然に抱いた感動とはまた別の力強い感動があった。

 屋台が無限に続くのではと思わせるほどの広大な円形に広がる敷地には、様々な人と亜人がいる。屋台の構え方も品物も千差万別で、この世のありとあらゆる形と色と匂いがここにあると言われても信じられるほどだ。

 きっと欲しい物が一つはあるはずだと、その賑わいを前に誰もが思うのだろう。

 自分達のいた世界は本当に灰色だったのだと痛感させられる、鮮やかな輝きに目が焼けそうな程だ。煩いほどに皆が笑い、語り、怒鳴り、生きている。 

「何をぼんやりしてるんだ」

 話しかけられ、たっちは我にかえる。

「あっ、いえ、驚いてしまいまして、あまりの凄さに」

「……何か買ってやろうか?それが今回の報酬ということで良いだろ?」

 ニヤニヤ笑って尋ねてくる小太りの男が自分を騙そうとしていることはさすがに分かり、たっちは苦笑する。

 旅の途中で偶然出会ったその男は、荷馬車が脱輪し困っていた行商人一行のトップであるはずだが、どうにも小物臭い男だった。

 宿探しに行った護衛仲間達を荷馬車と一緒に男と待っているのだが、早く戻ってきてくれと祈りを捧げてしまう程に、たっちは内心辟易していた。

「いえ、欲しい物は特にありませんので、金貨で謝礼を頂きたいです」

「遠慮するな! 私が良い物を見繕ってやるから!」

 脱輪修理の手助けをしてから帝国までの残りの道の護衛をたっちは務めたのだが、どうやら男は報酬支払いをケチっているようなのだ。二束三文の品を買って、無知なたっちを騙してやろうという思惑が透けて見えている。

「こんの馬鹿もんが!!!!!」

「「!!?」」

 突如響いた怒声は、五月蝿いぐらいの市場を一瞬だけだが静まり返らせた。

「ひ。あ、え!? お、お、お、叔父さん!!? なんで!?」

「まったく貴様には呆れて物も言えん! いや! 言う! 言うぞ! 死ぬまでにその腐った性根を叩き直してやる!」

 ぽかんとするたっちの肩に手が置かれる。振向けば、僅かな間だが共に旅した仲間達がいた。

「お疲れ様、たっちさん。もう大丈夫。あの人がちゃんとした報酬を支払ってくれるから、安心してほしい」

「さすがに目の前では言えなかったけど、あの坊っちゃん一族の問題児なんだ。本当はもっと護衛雇えたし馬車も良いのが用意出来たはずなのに、あの坊っちゃんが女や酒に使っちゃったんだよねぇ、予算を」

 帝国に着いてすぐに空いてる宿屋を探してくると去った二人は、たっちを挟んで呆れた声を出す。どうやらこの二人はお目付け役だったらしい。道理で、旅の途中で男にたっちが困らされている時に助け船を出してくれたはずだ。

 事情を知り納得していると、説教をひとしきり終えた老齢の男が背筋をぴんと伸ばしたまま近付いてきた。

「先程は突然失礼した、たっち・みー殿。あまりの恥ずかしさと怒りに、つい大声を出してしまった」

「いえ、気にしないでください」

 実際、後ろで小さくなっている男を見て若干すっきりしていたたっちは本心からそう伝えた。

 それからたっちは、改めて互いに自己紹介し合った。

 有り難いことに相手商人は、帝国の店を基盤に冒険者達が見つけた薬草や鉱石の採掘場と帝国領と魔導国領を行ったり来たりしていて、どの国にも詳しかった。さらには亜人のたっちにも礼儀正しく接してくれたうえ、一族の恥を払拭するためと今後のことまで共に考えてくれた。

 結果から見れば、たっちにとっては大儲けだった。

「大変な境遇に身を置かれているようだが、安心されると良い。魔導国に身分は無い。仕事も生活もなんとかなるだろう」

「魔導国だけが、人間以外の種族も受け入れているのですか?」

「本当に何も知らぬのだな、たっち殿は」

 心底驚いた風に言うと、ふむと考え込み、そして人差し指を立て、彼は提案を始めた。

「やはり、貴殿は魔導国王都に行った方が良いだろう。たっち殿、今この市場の様に種族間に差別なく平等に栄えているのは、魔導王陛下の御力あってこそなのだ。陛下が現れるまでは、この土地一帯にも奴隷制度があったのだからな」

「奴隷……、制度……」

 法律で認められた人権の剥奪。それが少し前まで自分が立つ土地で行われていたことに、たっちは動揺する。

「魔導王陛下の御力で改革は進んだが、まだ完璧ではない。愚か者というのはなぜか一定数必ず現れるものらしい。不愉快な思いをしたくないなら魔導国王都に足を進めた方が良かろう。戦う力があるのなら、冒険者になる道もあるしな」

「……いえ、すぐに魔導国に向かうのではなく、暫く、帝国を見ていたいです」

 たっちが何かに対し逡巡しているのは感じ取ったはずだが、見てみぬふりをしてくれるらしい。それには触れずに、嬉しい提案をしてくれた。

「では、暫くはこの近くの宿屋で働き、お金が貯まったら魔導国に行くのはどうだろうか? 実は私の知り合いが力仕事をしてくれる者を探しているんだ」

「口利きをしてくれるのですか?ありがとうございます……! この御恩は忘れません」

「気にするな。あの馬鹿の醜態を忘れてくれればそれで良い」

 後ろでずっと小さくなったままのお目付け役に挟まれる男を睨むその姿に、たっちは苦笑する。ふと、そのさらに後ろからニ人の女の子達が駆け寄ってくるのが見えた。

 きっと姉妹だろう。尖った耳を金糸の隙間から晒しながら軽やかに駆けて行き、笑って屋台の隙間をぬって行く。

微笑ましい光景を、思わずたっちは視線で追った。

「あのエルフ達も、一昔前ならあんな風に笑って自由に走れなかった、奴隷階級の者達だ。かつては、奴隷であるエルフの耳がよく切り落とされていたらしい」

女の子達の笑い声と共に聞こえたその言葉とそれが指し示す意味を、たっちは理解したくなかった。

 

 

 

 そうして、帝国の宿屋にてたっちが住み込みの仕事を貰ってから数日経った。

初めは慣れない仕事に戸惑ったが、小さな宿屋の主人である老夫婦は根気よく仕事を教えてくれたため今はそれなりに宿に貢献できている。

 主に力仕事を任され、時折雑務もこなし、隙間時間には老夫婦からこの世界についての知識や言語を勉強した。

そうしてまた一日の仕事を無事に終え、老夫婦と簡単な食事と会話を済ませ、与えられている屋根裏部屋に戻ったたっちは屋根の低さに合わせ小さく背伸びをする。今日もよく働いた、明日に備えて寝ようと現実逃避をしようとして、月明かりに照らされる床に落ちた地図が目に入る。

「……はあぁぁ」

 ベッドに向かおうとしていた足を必死に努力して、それに向け動かす。そうして薄っぺらなそれを拾い上げると床に座り込み、そして、地図を片手に頭を抱えた。

「一体どうしたら良いんだ……。なんで普通に死なせてくれなかったんだ、神様とやらは」

 いくら寝ても醒めない夢だな、などという現実逃避も、とうの昔に限界を迎えている。それに何よりも、この世界が夢だとしても、アインズ・ウール・ゴウン魔導国に背を向け無視することはできない。それはたっち自身の問題だけでなく、異形の見た目で魔導国から遠く離れれば生きていくのが厳しい現実的な問題もある。

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国……、か……」

 地図の中には、一応アインズ・ウール・ゴウン魔導国以外の国名もある。だが、大概の国々の頭には“魔導国属国”という頭文字がもれなく付いており、現実ではどの属国も事実上の魔導国領土と化していると、たっちは老夫婦から聞いていた。そして老夫婦だけでなく宿の客人達からも話を聞く限り、特段それに不満を覚えている属国の国民はいないらしい。知識を教えてくれた老夫婦は随分あっさりと、いずれ自分達の国名は地図から消えるのだろうと言っていた程だ。

「まぁ、それも当たり前か……」

 この国で実際に暮らし感じた限りは、魔導国の民は属国の民も含め皆豊かに暮らしている。

 公共施設は充実し、国が様々なものに潤沢な投資をし、スラム街も差別も無い、お世辞抜きで素晴らしい国だ。しかし当然それだけでは無く、圧倒的な力による支配を感じられる国でもあった。陛下に逆らう者が愚か者だと皆が盲信し、反逆に対し死と苦痛が与えられることに何の疑問も抱いていない様子なのだ。

 魔導王に対する反抗勢力の存在有無を尋ねただけで、あの柔らかい笑みを優しい皺とともにつくる夫人が、初めて酷い顔を見せたほどだ。そのようなことは決して口にしてはいけないと、たっちは老夫婦からきつく言い聞かせられた。

「でも……、皆が幸せなのは事実だ。だいたい国に反逆しようとして罰せられるのは、別におかしなことではないし、そもそも幸せだから誰もそんなことを考えていないみたいだしな……」

 それでも、この完璧を体現したような国がたっちには不気味で仕方がなかった。

 “アインズ・ウール・ゴウン”。

 全ての真実がその名が示す通りなのだとするならば、この国が真に味方するのはきっと人間でも亜人でもない。その確信が、どうしてもたっちの中で薄気味悪さとしてこびり付いている。

「……ギルド内にいるNPC達はどうなったのだろう」

 たっちの頭の中に、ギルドメンバー達が作り上げたうろ覚えのNPC達の顔が浮かぶ。

 わざわざ、おそらく陛下として王都にいるのであろう彼がギルド名を名乗っているということは、他ギルドメンバーもしくはNPC達が共にいる可能性もある。あれは生きていないはずのただのデータだったが、それを言ってしまえばたっち自身が存在しなかったはずの異形の肉体で今生きていることも否定してしまう。存在している可能性は、零ではないだろう。

「俺が創ったセバス以外は……、たしか、プレアデス、各階層守護者、それから領域守護者がいて……、メイドもたくさん作ってたな……」

 たっちが抱く不安の原因は、思い浮かべたNPC達の“設定”だった。

 異形種ギルドに相応しく、かなりの極悪キャラクターを作っていた仲間達がいたことは、たっちも覚えている。あの人食い設定や嗜虐趣味などが都合良く消えているなど、思ってはいけないのだろう。

「仮に、NPCと、“あの人”がいるとして……」

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の最奥で、血溜まりの饗宴が開かれていたとして、たっち自身は何をするのが正解なのだろうか。

 戦うべきなのだろうか。魔導国の民は皆、とても幸せに暮らしているのに。

「く、はは……、この姿で、こんなことを考えないといけないなんてな」

 情けないと感じていても、最早自嘲するしかなかった。

 かつてその姿を纏う時、たっちは自由だった。しがらみも、利権関係も、自身の今後も、何もかも全て関係なく、困っている人を助けるという大好きな当り前のことができた。しかし、今はできない。

 たっちだって、全くの馬鹿ではないのだ。話し合いだけで全てが平等に、全てが平和的に解決するとは思わない。そんなことができるのなら、あの世界はあそこまで淀み、腐らなかっただろう。終末までの暗い道を人間同士で蹴落としあいながら進むような末路には、きっと至らなかっただろう。それぐらいは、たっちも理解していた。

「仮にだ……、ナザリックの者達が人を殺しているとしても、犯罪者など消えても何の支障も無い存在のみのはずだ……。推測でしかないが」

 しかし国民に行方不明者が出ているという噂など全く聞かず、そして異常なほど治安が良い理由を考えればそれしか思いつかない。それに一国を幸福で支配しようとしているのだから、それぐらいは狡猾に考えるだろう。

 あくまでこの推測が当たっていたならばだが、仮にたっちが暴れ、わざわざ全てを表沙汰にして騒ぎ立てても、救われるのは助ける価値の無い罪人の命だけだ。誰も幸せにはならない。

 だとすれば、わざわざ闇に隠された部分を無理に露呈させて、一体何の意味があると言うのか。

 それのどこに正義があるのだろうか。

 抱いた疑問は、たっちの胸を深く刺した。

「…………貴方は、何を考えているのですか」

 癖のあるギルドメンバーをまとめ上げていた、優しいギルド長の名をたっちは呟く。逆に困ってしまうほどに我侭を言わない、遠慮ばかりする人だったのに、たっちの知らぬ間に今は世界なんぞを求めている。

「一体、何のために」

 それは直接聞かなければ分からない。たっち自身も、自身がどうするべきかなど、その答えを聞かなければ決められない。

「……覚悟を決めよう」

 小さな窓の向こうにぽつんとある月を見上げ、たっちは深く息を吸い込んだ。

 誰かが困っていたら助けるのは当り前、その残された意志を捨てたくないことだけは確かだった。

 

 

 

 老夫婦の経営する小さな宿屋は、大市場から少しばかり離れるかわりに宿代が安いのが売りだ。しかしそれでも、小さな宿屋とはいえ、ほぼ毎日の様に満室なのは国が豊かである証拠なのだろう。

「ふぅ、今日も凄かったなぁ」

 昼飯時を過ぎた頃、やっと宿屋一階の飲食店には落ち着きが出始めた。人もまばらになってきている。

 食後の空き皿を積み重ね、たっちはその腕力で一気に持ち上げる。ふと、僅かなどよめきが遠くから聞こえてきた。一体何事かと、たっちを始めとした周りが首を傾げる。すると突然、一人の女性がバン!っと勢いよく扉を開け駆け込んできた。

「!?」

 彼女はまだゆっくりと食事をとっていたぽかんとしている仲間の机に駈け寄ると、興奮冷めやらずといった風に口を開く。

「陛下が! 魔導王陛下が大市場に来て下さっているの!!」

「おお! 本当か!?」

 周囲が一気に嬉しそうにどよめく中、たっちは心臓が握り潰されたような錯覚に陥った。落としそうになった大量の皿とコップのバランスを慌ててとり、たっちは早足で洗い場に向かう。

「あ、あの! すみません! 魔導王、陛下に会い、じゃなく見に行っても!?」

 いつも落ち着いていて礼儀正しい彼の珍しい姿に、洗い場にいた宿屋の主人は驚く。しかしすぐに笑って、早く行っておいでとたっちを送り出してくれた。

「ありがとうございます!」

 その言葉を合図にたっちは、大市場に向けて必死に走りだした。

 これからどうすれば良いのか明快な答えなどなく、最悪の事態を考えると心底会いたいわけではない。だが、会わなければいけないという焦りだけは確かにあった。

 しかし、あまりの人集りに大市場を前に足を止めることになる。元々闘技場も近いこの辺りは観光客が多いのだ。噂を聞きつけ集まった人々が、すっかり分厚い壁になってしまっていた。

「アインズ・ウール・ゴウン陛下万歳! アインズ・ウール・ゴウン魔導国、万歳!!」

 聞こえてくる声に何なんだと眉をひそめつつ、たっちはひとまず人混みに無理に入っていくのを諦めた。自身の腕力が人間離れしているのは既に分かっているので、怪我人を出したくなかったのだ。

 何か手段が無いかと、周りを見渡す。すると少し離れた所に高さのある物流倉庫が目に入った。方向転換し、そちらに向かってたっちは走る。

 人を避け路地裏側に入り、誰も見ていないことを確かめてから人ではありえない跳躍をする。そうしてニ階の出窓に一旦捉まると、たっちは腕力だけで自身の肉体を屋根上に弾き飛ばした。着地後に直ぐ様身を伏せて辺りを観察し、そして、人集りの中心によく知っている懐かしいアバターの姿を認識する。

 眼窩に紅い灯火を宿す、骸骨の不死者の姿を。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と称賛されるその姿は、よく知っているはずの姿なのに、まるで生まれて初めて見た存在のようにたっちは感じた。

「モモンガ、さん……」

 一体どうしたら、一体何が正しいのかと、愕然とするたっちには、天空から見下ろす悪魔が自身をじっと見遣っているのに気付く余裕など、なかった。

 

 

 

 

 

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