魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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審判 01

 

 

 

 

 

 静かな青い空の下、爽やかな風が吹き抜ける。

 

 気温は少し汗ばむ程度、穏やかで心地の良い過ごしやすい日和だ。お出かけしましょうよと親しい誰かに誘われたくなるような、そんなお昼時だった。

 

 

 

 だからだろうか、スレイン法国兵士の彼女は報告ができなかった。その眼で、見たことについて。

 彼女は、超遠隔視というタレント持ちの兵士だ。

彼女が知る任意の場所にピントを合わせ、拡大して覗き見ることができるという優秀な能力持ちである。その能力には、一定の距離まで近付かないといけない、遠方の視認中は目を瞑り無防備のため護衛は必須といったデメリットもある。

だが、それでも彼女は稀有なタレント持ちとして重宝されてきた。そして実際に、タレントを使用して偵察などの任務を成功させてきた実績と実力があった。

だからこそ彼女は、神都の現状偵察という重要な任務を任されたのだ。

 

 遠く離れた丘の上から、まるで直ぐ側で覗き見している様に、神都の詳細光景を彼女は既に捉えている。目を閉したまま視認する彼女の周りにいる兵士は、遠くに見える廃墟と化した神都の存在を方角と旗の存在から辛うじて分かる距離で。

よく知るそこを、彼女は既に視認していた。

 当然、護衛の兵士達には神都の様子はまだ分からない。彼らは周囲を警戒しながら、青褪める彼女が何を見たのか説明するのを只管にじっと待っていた。

「……おいっ、何を見たんだ!」

木立が風に撫ぜられる音が聞こえる程の静寂が、突如として破られる。

焦れて我慢できなくなった一人が、耐えかねて叫んでしまったのだ。沈黙を破ったその兵士を諌める者は現れず、皆が無言で催促を始めてしまう。

 彼女と長く付き合いのある兵士も、戸惑うだけで無言の催促を止めない。彼女をよく知る者にとっても、それは不思議な光景だったからだ。

 その生まれ持った才能で今まで淡々と報告をしてきた彼女が、無言を貫く様は。冷徹に、彼女は今まで任務を熟してきた。どんな場面でも、見て把握して報告するという作業を彼女が滞らせたことなど、仲間達は一度も見たことが無かった。

「………………る、わ」

「は?」

その在り来りな光景を報告するまでに、彼女は一帯どれほど時間をかけたのか。彼女自身も戸惑いながら、ゆっくりと唾を飲み込み、やっと口を開く。

「……魔導王が、お茶してるわ」

「…………………………………は?」

「…お、茶?」

呆けた兵士達の返事を無視して、彼女は淡々と何を見たのか話を続けた。どこか温度が無い、投げやりな態度で。

「神都に人間は、一人も居ない。アンデッドが代わりに沢山いるわ。それから骸骨が、旗を持って並んでいたわね。城は、綺麗に半分切れていたの。…断面が、見える様に、綺麗に。周囲の壁も無くなってた…。はは…、防御魔法なんて、無意味だったのね…。…何もかもが……、」

「お、おい…。大丈夫か?」

「てっぺんの、神の間も見えたわ」

気が触れたかのような彼女の有様に、眉間に皺を寄せていただけの彼らも心配そうな顔に変わる。しかし周りからの気遣いの言葉も無視して彼女は、報告というよりかは独り言に近いそれを零し続けた。

「そこで、お茶してたの。正確には魔導王は香りを楽しんでいる様子で、相席している白いドレスを着た綺麗な女性が、すごく繊細なティーカップを持っていて絵になったのだけど…。ああ、本当に、綺麗な人だったわ…。いえ、頭に角が生えてたから、人ではないのでしょうけど……」

「なぁ、おい、しっかりしろよ」

「崩壊した神都は、まるで神秘的な庭園みたいだったの…。壊れた建物がもう植物で溢れていて、綺麗なお花もいっぱいで…。そうそう、まるで金持ちが飼ってるペットみたいに、黒くて大きな訳の分からないバケモノも歩いてたわ。ふふ、何アレ…。ほんとに意味わかんない…」

「おい!正気に戻れ!敵が居るかもしれないんだぞ!」

「あはははっ!だから何!?勝てる訳が無いじゃない!!」

怒りすら滲ませた仲間の叱咤の声に、彼女の狂気が滲んだ怒声が返される。予想外の返答に、目を見開いたと同時にぼろぼろと大粒の涙を流す彼女に、兵士はぎょっとする。

「ねぇ、私が、戦況を報告したと思う!?私は思わないわ!私はね、敵陣じゃなく他人のお庭を覗き見したような気分よ!これは戦争と言えるの!?ねえ、こんなのが!?」

彼女の問に答える人間は居なかった。女兵士の抱く疑問は、彼らもずっと密かに抱えてきたものだからだ。あまりに悲惨な現状に、これは本当に戦争と言えるのだろうかと彼らも内心ずっと疑問を抱いていた。

「あははっ、違うよー。これは戦争じゃなくてゲームだよ、おばさん。ねっ、マーレ」

「そっ、そうだね、お姉ちゃん」

可愛らしい子供の声が残酷に無邪気に答え、けらけら笑う。

 堂々と、隠れもしないで現れたダークエルフの双子に、その愛くるしい見た目に、法国の兵士達は唖然とする。あまりに唐突で、あまりに敵意が無くて、戸惑いながらも彼らは剣を構えた。

「審判側を覗き見してもつまらないでしょ?あっ、でもさぁ…、モー、じゃない、アインズ様を拝見できるだけ、下々の存在には有難いことなのかな」

「こ、この人達は、至高の御方のゲ、ゲームの盤上に立てただけでも感謝しないといけないんじゃないかな、お姉ちゃん」

弟の言葉に、姉はなるほどと力強く頷く。

「うん、そうだね、マーレ。この人達は既に幸せ者だったね」

あははっと大きく笑うその幼い姿は、ただの遊んでいる子供のようである。戦時下で見るはずがない、日常の中に在りそうな姿だ。

どうして自分達は剣を握って子供と対峙しているのか理解できないまま、しかし他に手段が無いために、兵士達は覚悟を決めた。これは一体何だと惑いながらも、一斉にその子供達に斬りかかったのだ。訓練通りに、大きな失敗もなく、統率された完璧な動きで。

「弱っ」

心底驚いたような物言いを、斬りかかられても身動ぎしなかった子供が零す。そんな子供達の目前に無様に横たわり、まだ微かに息のある兵士達は悲しさと悔しさに目を見開いた。

 ダークエルフの背後から飛び出した魔獣達によって、兵士達はその剣の切っ先を少しも姉弟に届かせることなく倒れ伏していた。一部は喉笛に噛み付かれ即死し、一部は爪や尻尾によって深い傷を負い虫の息だ。立っている者は一人もおらず、無傷なのは唯一人。

 腰を抜かして涙を流す、タレント持ちの女性一人だけだ。

「ねぇ、おばさんはタレントを持っているのかな?」

姉と呼ばれているのに少年のような格好をしたダークエルフが、彼女に尋ねる。口から声をだすこともできず、彼女は首を縦にふるだけで精一杯だった。

「そ、それなら僕達と一緒に来てください。タレント持ちの人、集めているんです」

気弱そうな中性的な雰囲気の少女らしい格好をしたダークエルフが、穏やかな声でお願いしてくる。その問いにはやっと、彼女は震え声で答えられた。

「はっ、はぃ、わか、わかりました…」

まるで犬が玩具を咥えて遊ぶかのように仲間の腕を咥える魔獣と、自分の顔を覗き込んでくるあどけない笑顔の可愛らしいダークエルフの子供達。

地面にへたりこんだままの女はそれを見て、やはりこれは戦争ではないのだと確信した。

「なんだか大人しいね。でも、演技かもしれないし、ちゃんと折っておこうか」

平然と開始されたそのやり取りは、あまりにも温度が無くて、女はその言葉の意味を理解できずにいた。

「片足だけでいいかな、お姉ちゃん」

「うん、右足だけ」

「うん、右足だけだね」

続く会話からやっとその意味を察するものの、彼女は信じられない思いのままに姉弟を見つめるだけだ。その平坦な声音は、笑えない冗談を言っているだけではないのかと。

「それじゃあ、いきます」

愛らしい見目にそぐわぬ無骨な杖が、小さく柔らかそうな手によって振りかぶられる。そして杖は、彼女の右足へと吸い込まれるように落下した。

ぐしゃり。

耳を塞ぎたくなるような音と、骨を砕かれた女の絶叫が、穏やかな日和に木霊した。

 

 

 

 崩壊した神都、そこにはまるで神都の全てを吸い付くして成長したかのような大木があった。

 城の半分が綺麗に抉られ消えてしまうことで剥き出しにされた最上階の神の間には、その大樹の木陰が広がっている。まるで遥か昔に滅びた遺跡のようなそこでは、木漏れ日が死んだ栄華を照らし、清涼な風が流れていた。

 

 そんな場所で、骨の魔王と黒い翼を腰から生やす淫魔は楽しいお茶会をしていた。

 楕円形のガラス製テーブルには、レース刺繍が施された薄く透けるラベンダー色の布が掛かっている。その席についている片方は飲食不可能な体なのに、その机上にはティーセットとスイーツ、そして軽食がずらりと並んでいた。

 ティーポット、シュガーポット、ミルクポット、カップ、ソーサーは一揃いで、下側からミントグリーンのグラデーションが入り白色の細やかな花と蔦模様が描かれ、金の縁取りと装飾が施されている。控えめな華やかさと儚さを兼ね備えた、美しい陶磁器だ。

 用意された軽食も食欲をそそるだけでなく、まるで机上の彩りのために用意されたかのようだった。様々な種類のフルーツジャムが添えられたスコーン、きゅうりと卵のサンドイッチ、生クリームやチョコ、ラズベリーで飾られた何種類もあるタルトとケーキ、ほうれん草のキッシュ、そしてカラフルで可愛いらしいカップケーキが並んでいる。

机上にて並んだそれらに囲まれる形で、机の真ん中には法国の地図が置かれていた。地図上には、黒と白の置石やインクで拠点が示され、陣地についてメモ書きがされている。

「アウラとマーレが来ました、アインズ様」

傾国の美とはこれと言っても過言ではない微笑を浮かべ、アルベドはその長い睫毛に縁取られた黄金の視線を愛しい殿方からその奥に遣る。

「モっ、…アインズ様!」

うっかりいつもの癖で呼びそうになったアウラに苦笑しながら、モモンガは椅子に腰掛けたまま振り返り、両手を広げて双子のダークエルフを出迎えた。

「お疲れさま、アウラ、マーレ」

「ありがとう御座います、アインズ様!」

「あ、ありがとう御座います…!」

にこにこ笑う双子が望むまま、モモンガは二人を膝に乗せる。初めて膝に乗せた時から多少は肉体成長した姉弟が二人乗る事自体は、レベル100でかつアンデッドのモモンガにとっては何も問題は無い。だがどうしても、これが褒美になることは疑問でしかなかった。

「なぁ、やはり普通に腰掛けてお茶した方が休憩になるんじゃないか?」

「嫌です!この御膝が一番癒やされます!」

アウラがきりっとしたドヤ顔で堂々と言い放てば、モモンガも黙らざるを得ない。今回だけでなく、今までにもモモンガは何度も別の褒美をと提案し、尽く御膝が一番だと拒否されている。そしてそれは姉だけではない。弟も、弱気で困り顔だが、それでも別の褒美を代わりに所望することはなかった。

「ご迷惑でしたか…?」

「いや、お前たちが望むならそれで良いんだが…。…アルベド、睨むのはやめろ。マーレとアウラは休憩や報告の時間以外は林で潜伏させているんだ。これぐらいは許すという話で落ち着いただろう」

「も、申し訳ありません…。つい…、羨ましくて…」

もう何度目か分からないやり取りだなと、モモンガは遠い目をする。アルベドは、注意されると毎回心底申し訳無いという顔をして謝っている。演技ではないのなら毎回毎回嫉妬が抑えきれないだけなのだろうなと考え、それはそれでどうなんだとモモンガはどうにもならない思案をする。

「……次は、気を付けるんだぞ」

「はいっ!」

先程注意した時と同じリアクション、同じ流れに、しかしモモンガは強く出られない。既に彼女の本当の想いを知ってしまっているからだ。

 友が帰還した時に起きた一件を経て、アルベドの純粋な愛をモモンガは受け止めた。そしてそれからずっと、保留にしている。友から度々せっつかれるも、元々の恋愛経験値の無さと特殊な状況がモモンガの足を止めていた。

ナザリック地下大墳墓内で、一応王のような存在になってしまっているモモンガにとって妻と子供は、いわゆる正妃、世継ぎというものになる。さらに万が一、何かの手違いと勘違いで第二后、側室なんてものを持つことになったらと考えると、恐ろしくて堪らなかった。

 一般的な恋愛すらしてこなかったモモンガにとって、ナザリック内でのその手の泥沼を問題として抱えることになってしまうのは、あまりに辛すぎる。だからこそ、保留を続けているのだ。

有り体に言えば後回しにしているだけのことなので、思い出す度にモモンガはちくりと罪悪感に苛まれる。告白され、その答えは考えさせてくださいでずっと返答しないままであることが最低なのは、恋愛経験が無くとも分かることだった。

「嫉妬したいのはこっちの方だよ、アルベド!モー、じゃなかった、アインズ様とずーっとお茶会なんて役得すぎ!羨ましい!」

そんなモモンガの複雑な内情など知らず、膝上のアウラは頬を膨らませ素直にアルベドを羨んでいる。

「あら、さながら王と女王みたいに、ずーっと、そうずーっとお茶会をしているのだって、“餌”としての立派なお仕事なのよ。それに私だって、モ、んんっ、アインズ様の護衛として常に緊張しているのよ!呑気にお茶をしているだけではないわ!」

「えー、そうは見えないけどな…」

さながら王と女王みたいに、というワンフレーズは要らなかったのではないかとモモンガは思うが、藪蛇なので突っ込まなかった。

それよりも話を進めようと、大人しくしているマーレにモモンガは話を振った。つい先程に見つけ捕らえた法国の偵察隊にいた女から、何か有益な情報は聞き出せたかと。

「あっ、えっと、ウルベルト様とたっち様がいらっしゃる辺りの情報が聞けました。何でも、この辺に大きな横穴が拡がっているらしくて…」

先程捕らえてきたタレント持ちの女から聞き出した情報を、机の真ん中にある地図を指し示しながらマーレは報告する。

「その、軍隊を幾つかに別けて潜伏して、さらに細かく散って、各自拠点襲撃が作戦だって言ってました。そ、それから国民を連れての国外脱出を考えているとも、言ってました」

「あぁ、成る程。随分と長くウルベルトさんもたっちさんもそこで小競り合いが続いているのは、そのせいか」

「空白地帯になっているうえ、その状況では、長引くのも仕方ないですね。その地帯だけ全体把握がどちらもなかなか完了しない理由が、はっきりして良かったです」

真面目な顔に戻ったアルベドも、マーレの報告に耳を傾け意見を述べる。そしてくすりと残忍さを滲ませた綺麗な嘲笑いを零す。

「何かしらの魔法、アイテムの使用をしているかもしれないという考えは、とんだ杞憂だったようですね」

「そうだな、アルベド。潜伏している兵も民も出尽くせば、他と変わらず全て完了するだろう」

モモンガは、地図を見渡し満足気に頷く。ゲームもそろそろ終盤であった。

 対戦者同士が、盤面を自身の陣営色だけに塗りつぶそうとするかのように数を競い拠点を増やし、続々と大地を覆い尽くしてきた。そしてもう間もなく、覆い尽くし終わる。法国領土内にて、ナザリックの者達が掌握しきれていない国土は、もはや残り僅か。

地図上に記されたモノクロの両者の拠点は、ぱっと見ただけではどちらが多いか不明な程に拮抗していた。

「後少しでゲームは終いか。…ふ、やはり接戦だな」

「やはり、ですか…?」

「ん?なんだ、意外だったか?」

ぽろりと零したアルベドの疑問に、モモンガも不思議そうに尋ね返した。恐れながらと、アルベドは言葉を返す。

「その、私めはてっきり、たっち様はゲームに乗じて人助けをなされたいだけかと思っておりましたので、この接戦は意外でした」

「ふむ…、アルベドは、たっちさんは陣地確保と人命保護を優先しゲームの勝ちは最初から捨てると思っていたんだな?」

こくりと頷くアルベドに続き、モモンガの両膝の上からも彼女と同意見が述べられる。

「私もそう思っていました。勝ち負けはどうでも良く思われているのかと」

「僕もそう思ってたけど…。あっ、あの、もしかして、負けて命令を聞くことが嫌、なのかな?って。ほら、助けた人達を全員皆殺しにしろって命令されたら…」

マーレが出した意見にしかし、姉は賛同せず首を傾げ否定する。

「うーん、それは無いんじゃないかな。一度捕虜にして魔導国に流れた人達は、さすがに殺せないよね、アルベド?」

「そうね…。魔導国内にわざわざ悪い噂の種を植えることになってしまうから、私も、きっとデミウルゴスも、その願い事の許可は出しかねるわ」

「あぁ、勿論、私も許可しない」

姉と守護者統括、さらには至高の存在にまでハズレと言い渡されマーレは涙目になる。しかし、うつむくその頭に、ぽすりと優しく骨の手が乗った。

「しかし、マーレの答えは正解でもある」

きょとんとするのはマーレだけではない。アウラもアルベドも、どういう意味なのか理解できず首を傾げている。

「単純な話だ。どっちも、対戦相手には絶対に負けたくないんだよ。さらに言うなら、負けた挙句に相手の言うことを聞くなんて絶対に嫌だって、両者ともに思っているだろうな」

「え、それって…」

「ウルベルト様とたっち様の仲は…、あまりよろしくないのですか?」

「あぁ、仲良くはないな」

モモンガの答えに、すぅっとアウラとマーレは顔を青褪めさせた。アルベドも、硬い表情に変わる。至高の存在の不和にトラウマしかないNPC達は揃って、顔を見合わせ互いの抱く憂いを悟る。そして不安そうに、救いを求めるように、縋るように彼らはモモンガを見た。

「なに、心配するな。仲は良くないが、」

「至急の伝令!!」

唐突に現れた影の悪魔に、NPCが即座に反応する。勢い良く立ち上がり椅子を倒すアルベドと、膝から降りて身構えるアウラ、マーレ。そんな彼女と彼に守られた尊き存在が、伝令に向き直る。

「たっち様とウルベルト様が対峙、険悪な雰囲気です!!ユリ様が審判の仲裁を求めております!!」

それに対し驚愕の顔をする三者とは真逆に、やっぱりかといった風にモモンガは落ち着きはらってる。

「そうか、一回ぐらいは喧嘩するだろうと思っていた。急ぎ仲裁に行こう。場所はどこだ?」

立ち上がったモモンガに対して、アルベドが驚きに満ちた声をあげる。

「そんなっ、モモンガ様を呼びつけるなんて!しかも喧嘩の仲裁だなんて、そんなことで!」

「止めないか、アルベド。私は気にしない。それに、」

モモンガの言葉は、続く轟音によってかき消された。否、その地を揺らし空気を震わせるそれこそ、モモンガの口に出そうとしていた懸念だ。遠くから届いたとは思えないその衝撃の強さは、発生地の悲惨さを濃厚に伝えてくる。

アウラもマーレもぽかんとし、アルベドも目を見開いて轟音と閃光がした方を呆然と見ていた。

「…早く行こうか」

モモンガの脱力したような呟きに、再度アルベドが慌てて止めにかかる。何よりも尊く、そして愛しい存在の為にと柄にもなく声を荒げた。

「お待ち下さい!御気持ちは分かりますがしかし、まずは様子を探ってからでないと危険です!」

「いや、急ぎ出発する。転移後も現場へ即座の移動だ。偵察は念の為に送るが、帰還は待たない。移動しながら報告を聞く」

「っ、畏まりました…」

納得いかないといった様子ながらも、アルベドは頷き黙る。そして、モモンガから指示を受けた通りに変わらず仕事を続けるようにナザリックの者達へと伝令を出す仕事に取り掛かり始めた。

続いてモモンガは、真剣さと不安を混ぜた表情の双子に向き直る。

「アウラ、マーレ、この場を一旦任せたぞ。パンドラズ・アクターが戻って来たら、私が帰ってくるまでは各拠点の移動を中止し、ここに留まるように指示を出してくれ」

「畏まりました!」

「アインズ様、お、お気をつけて…」

緊張した面持ちの姉と、泣き出しそうな弟にくすりと笑い、モモンガはその両手で姉弟の頭を撫でた。

「いってくる」

振り返り、机上の地図をモモンガは拾い上げる。その地図にて影の悪魔が指し示した場所から一番近い、〈転移門〉で移動可能な拠点を見つけると、よしと頷く。

そして、未だ不満そうなアルベドに対してどうするか悩み、彼女から強請られたからという言い訳ができてから、モモンガはアルベドの頭も優しく撫でた。

ただ撫でられただけで蕩けた顔をするアルベドに、モモンガはまた罪悪感に苛まれる。しかしそれどころではないのだと心中で言い訳して、アルベドから目を逸らし、魔法を行使した。

「〈転移門〉」

モモンガが広げた門に、お茶会をしていた者達は足を向ける。しかし、その中へと入る前に足を止めたモモンガは振り返ると、暗い顔をした姉弟の名を呼んだ。

「アウラ、マーレ、そこにある菓子も紅茶も待っている間、好きなだけ食べていいからな。何も心配することはない。あれは、いつものことだ」

「は、はい!ありがとうございます、モモンガ様」

「有難く頂きます…!」

気遣われたことに心底嬉しそうにする姉弟を微笑ましく思いながら、モモンガはゲートへと飛び込んだ。またもや羨ましそうにしていたアルベドを、窘めながら。

 

 

 

 拠点に着き、休む間もなくモモンガもアルベドも移動を開始しようとした。しかし、アンデッドの馬に乗ろうとして、ドレス姿のため横乗りしようとしたアルベドはモモンガに止められる。

見た目の不安定さ故に心配になってしまったモモンガはつい、自身の前に横乗りするよう指示を出したのだ。

「あぁッ、モっ、んんっ、そんなっ、アインズ様と一緒になんて…!」

「……嫌なら、無理は」

「いいえ!喜んで同乗させて頂きます!くふー!」

先程までの拗ねた子供はどこへやら、一気に機嫌をよくしてアルベドは、馬に跨るモモンガの前、手綱を握るその腕の間に嬉しそうに収まる。

今までにも騎乗する動物に守護者と同乗したことがあるため深く考えていなかったが、あのアルベド相手の対応としては間違いだっただろうかとモモンガは少し悩んでしまう。しかし今更、撤回はできない。

「…行くぞ」

「はい!アインズ様!」

案内役の影の悪魔を先導させ、モモンガとアルベドを乗せたアンデッドの馬は駆け出した。その駆けるスピードは、周囲の警戒が疎かにならないギリギリの速度を保っている。

それでも危険が無いかは、斥候からの報告が無く周囲に潜む護衛が静かであることから、おそらく危険ではないと判断できる程度だ。そんなところをモモンガに進ませていることに、アルベドは歯ぎしりしたかった。

心の中でひっそりと次に酒場で会った時には文句を言ってやろうと、とある存在に対して彼女は決意する。

 暫く移動して、周囲に黒く燃え盛る炎が現れ始めた。しかしそれでも馬を止めぬ愛する殿方に、アルベドはひりひりと心焼ける想いで問いかける。

「何やらお急ぎの御様子ですが、いかがされたのでしょうか」

アルベドの問い掛けに、なんてことはないとモモンガは返す。

「あまり喧嘩を長引かせたくないんだ」

その答えに、アルベドはとうとう、ぎりと歯ぎしりする。片方は自分の恋路を応援していることは知っているが、それでも、愛しい殿方から大切に想われている存在がいることには苛立ちを感じざるを得なかった。自分だけが特別だったならばと、どうしたって彼女は夢想してしまう。

「御優しい方…」

「いや、そうじゃなくてだな」

嫌味にもとれてしまいそうな儚い呟きに、モモンガのあっさりした否定が返ってくる。きょとりとしたアルベドの見上げる先で、この場にはいない者達への溜息をモモンガは思い切り吐き出した。

「喧嘩が長引けば長引くほど互いに引っ込みがつかなくなって、しかも、どっちも絶対に謝ろうとしないから物凄い泥沼になるんだよ…」

その声に滲んでいるのは、疲労感が滲む優しさだ。それには何故か、アルベドはあまり嫉妬しなかった。

「泥沼に…」

「早めに仲裁しないと軽微な被害の内に止められないんだ。覚えておくと良いぞ、アルベド」

「か、畏まりました…」

経験則から語られるそれによって、アルベドは察する。今までも、きっとこうだったのだろうと。

そう思うと可笑しくて、そして自身が嫉妬を止めた理由がすとんと理解できてアルベドは口角を無意識にあげた。それはきっと、アルベドが欲しい愛の形ではない。いやもしかしたらそれは、そもそも愛などという御大層なものではないのかもしれないと、アルベドは思う。

「…仲は良くないけれど、悪くもない。これが正解でしょうか」

「いや…、あれは、説明するのが難しいな」

「ならば、男同士の友情、なんていかがでしょうか?」

「ははっ。そんなことを言ったら、ウルベルトさんもたっちさんも仲良く怒りだしそうだ」

「言葉にしない方がよろしいのでしょうか。難しいですね」

「そうだな。あえて言うなら…、仲間で良いんじゃないか。少なくともオレはそう思っているし、きっとウルベルトさんも、たっちさんも、そう思ってはいるだろう。…まぁ、ウルベルトさんとたっちさん同士は、認めはしないだろうがな」

愛しい殿方が自ら語るその名称には、アルベドは嫉妬を覚えた。決定づけられた、想い入れのある名称が与えられていることに。だからだろうか、ついぽろりとその色っぽい唇の隙間から、彼女の素直な声が漏れてしまう。

「私は、モモンガ様の、」

出してしまい、しまったとアルベドは焦る。愛しい殿方が意地悪で返事をくれない訳ではないと、その優しさから、彼の友人の助言からアルベドは知っている。それなのに催促するような真似をして、嫌われたらとアルベドは顔を青褪めさせた。

「モモンガ様…」

「アルベド、今は“アインズ・ウール・ゴウン”だ」

「も、申し訳ありません…」

「いや、謝るのは私の方だ」

その優しい声に、またアルベドは心臓をとくりと跳ねさせる。そしてその頬を、喜色のままに染めた。

「…答えを出さなくてすまない。しかし、お前のことを大切に思っているのは、事実だ。だからこそ、時間がほしい」

「っ…!はい、モモンガ様…!」

「アルベド…」

「も、申し訳ありません…!つい、嬉しくて…」

「そうか…。まぁそれなら、仕方がないか」

「…アインズ様はやはり、御優しい方です」

「そうか…?」

戸惑うモモンガに対し、穏やかに、純朴な乙女のようにアルベドは微笑んだ。黒い炎に包まれる中で、美しくも、その恋心も伝わるような可愛らしい笑みが咲き誇る。

 

 恋の炎を身の内で滾らせる乙女は、愛しき殿方の全てを肯定する。貴方様は、お優しいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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