魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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審判 03

 

 

 

 

 

 少し前に世界を揺らすような音と閃光があったのが嘘のように、澄み渡るコバルトブルーの空はとても綺麗だった。

 

 その爽やかに広がる空を、自動人形は不安そうに見ている。 

 

 音がしてからそれなりの時間が経過しているが、原因が何だったのか詳細報告は未だ無い。変わらずに仕事を続け、何か起きた時は報告をと指示が出ただけだ。その指示通りにプレアデスの一員である彼女、シズ・デルタは仕事をこなしていた。

だが、原因不明の事態を無視しきることはとても厳しかった。何よりも尊い存在が、大切な姉妹が、ナザリックのゲーム参加者が、無事であるのか不明な状況では。

そのせいでシズは、仕事の合間合間に晴れ渡る青空を不安そうに眺めているのだ。また何か起きてしまうのでは無いかと、懸念して。

 

 現在開催中のゲームにてシズが任されている仕事は、白の陣地内の巡回だ。各拠点、陣地内全般の管理状況を見て回りチェックを行っている。

 白の拠点には、沢山施設がある。黒側と違い生きた人間が自由に過ごせる拠点も、自由にはできなくとも軟禁されているだけで元気に生きている人間も、沢山いる。その各施設に問題が無いか見て回り、問題があれば対処する。それが彼女のやるべき仕事だった。

 施設からの脱出や暴動を目論む者達の報告を受けた場合は、わざと逃して仲間の場所まで泳がせ敵を殲滅した。仲間の所に行かなかった場合は、国境に近づいた時点で殲滅としていた。

とはいえ、敵を殲滅しているのは現状、死の騎士だけである。死の騎士で構成された三千の軍は、今回のゲームにおいて彼女の配下として与えられたものだ。小手調べとしてその軍の一部だけでも突貫させれば、シズの仕事は何も残らなかった。

そのため、シズ自身は自分の仕事をまるで散歩のように感じていた。広い公園の中を散策し、不審者がいれば警備員に指示を出して消してしまう。彼女にっての認知はその程度の、楽な仕事であった。

そうして、拠点内に紛れ込んだ何者かの排除も、拠点から出るなという言いつけを破ろうとしていた者も、全て消されて、無かったことにされてきたのだ。

 しかし勿論、至高の存在であり慈悲深く御優しい今はモモンガと本来の名を名乗る方から指示された通り、舐めてはかからない。

『油断はせずに気を付けるんだぞ、シズ。何かあれば、私かたっちさんにすぐ言いなさい』

ゲーム前に御方から掛けられた気遣いの言葉を思い出せば、モヤモヤしていた胸の内が軽やかになるのをシズは感じられた。

「…きっと大丈夫」

自らに言い聞かせるように呟いて、シズは足を進める。そうして進んだ方向から徐々に聞こえてきた音に、しかし彼女はまた億劫な気持ちになるのであった。

 

 ドンドンと、扉を叩く音が響く。

 

 わざと目を逸らしていたシズは、仕方無くちらりとそちらを見る。その拠点を訪れる度に必ず行われているその行為に対して飽きないのかと思いつつ、仕事なので渋々と彼女は足をさらに進める。

 シズが訪れたその拠点は、収容所としても保護施設としても微妙な規模と位置のために使われていない場所だ。白の拠点となっていることを示す旗と、見張りのアンデッドしかそこには配置されていない。

それに何よりも、その町は元々が貧しかったのか、どの建造物もボロかった。それこそ、その拠点のことを思い出したシズが先程の衝撃の影響で崩れていないか心配になって訪れる程だ。

 幸い崩れていなかったそこは、本来なら施設として使用されていないのだから、シズ以外に音を出す生命体の存在など有り得ない場所だ。強いて言えば、ナザリックの護衛ぐらいしか動く者などその拠点にはいないはずなのだ。

ドンドン!ドンドン!

しかし間違いなく響いているその音は、怪奇現象ではない。ただの唯一の例外だ。今後どうするか決められていないその男は、倉庫の一室にてずっと仕舞われている。

「出せ!!ここから出せ!!弟の所に行かせろ!!」

近づくと、相変わらずの言葉の羅列を男は叫んでいた。ドアの小窓に必死にしがみついて顔をめり込ませ、これまた相変わらずの様子で、男は叫んでいる。

食事や水を運んでくる度に見せる表情と、叫ぶ内容が、一切変わらない。その事実に、シズは嫌気が差してしまう。

「…………飽きないの?どんなに叫んでも、私はそこを開けない。落ち着いて、冷静に考えて、何が一番最善か」

シズは、感情のない声で淡々と、黒の拠点に行かせろと叫ぶ男を、取り敢えず、説得していた。至高の存在たっち・みーに頼まれて行われているそれがあまりに業務的で相手を苛立たせているなど、当然彼女は知らない。

「……止めた方が良い」

「ここから出せ!!!」

話を欠片も聞いていないとよく分かる返答に、鉄面皮の彼女の眉間に皺が寄る。聞かれていない説得は、壁に向かって話すような無意味さではないかとシズは虚しく思う。だが、至高なる存在の一人であるたっちから、取り敢えず説得を試みてくれと言われているのだ。それならばシズがすることは唯一つである。取り敢えずの説得を続けるだけだ。

「実力が無いなら、死ぬだけ。…訂正する。死ぬよりも酷い目に遭う」

「いいから俺を開放しろ!!人を何だと思ってんだ!!救う地域と殲滅する地域を別けただぁ!!?一体全体何様だ!!このバケモノ共が!!」

「元々全部殲滅予定だった。救われる数が増えたのだから、喜ぶべき」

「ふざけんな!!!」

「唾が飛んだ。汚い。最悪…」

どんどんテンションが下がっていくシズとは真逆に、男の罵声はヒートアップしていく。そしてその罵声が、絶対に罵ってはいけない相手を罵ろうとした瞬間、第三者の声が現れた。

「お疲れ様、シズ」

この場にいないはずの存在、別拠点で仕事中のはずのユリ・アルファがいることに驚きつつも、シズは内心ほっとする。なぜ姉がいるかは不明だが、ちっとも成功しない説得の成功率が上がりそうなことは素直に喜ばしいことだった。それに何よりも、仕事の都合でなかなか会えていなかった姉と会えたことが、シズは純粋に嬉しかった。

「ユリ姉、どうしたの、急に」

「ごめんなさい、シズ、説明している暇は無いの。色々あって…、その男を急いで連れて行かなきゃいけないの」

姉から蔑ろにされたことに、むすりとシズは不満そうに頬をふくらませた。

「さっきの爆発も、理由を教えてもらっていない…。それに…、それは、誰からの御命令?」

姉を疑う訳ではないのだが、自身に下された至高の御方からの命令を軽んじる訳にはいかずシズは尋ねる。

「ごめんなさい、シズ。話すと長くなってしまうの。でも、ちゃんと解決したから、安心して頂戴。後で全て説明するわ。それから、これは独断ではなく至高なる御方からの御命令よ。モ…」

秘匿されている名前を言い掛けて、ユリはちらっと男を見る。少し悩んだ後に、彼女は咳払いして言葉を続けた。

「アインズ様からの御命令で、…えーっと、聖騎士様も納得されてるわ」

「そう…。分かった」

愛する姉が、我侭を言った妹を気遣ってくれた。そして、至高の存在からの御命令を賜ってきた。シズにとってそれは充分な、いや十二分に過ぎる理由だ。

シズはユリに手招きされドアから離れ、姉の隣に並び立つ。男は未だ何事か喚いているが、それはもう彼女にとってどうでもいいノイズにすぎない。

ユリが引き連れてきた死の騎士が、扉を開け飛び出して来た男を何の問題なく捕まえる。それを見ながら、シズは元気だなとぼんやり思っていた。俵担ぎにされた男は、まるで駄々を捏ねる子供のようだ。手足をばたつかせ、なんとか開放されようと足掻いている。

「まだこんなに元気だったのね。それに…、」

男が握っていたナイフに、ユリは呆れたと溜息を零す。この男の体は、隠し武器だらけなのだろうかと。

「シズ、今まで説得を続けていたなんて、頑張ったわね」

「…ん、がんばった」

よしよしと頭を撫でられ満更でもなさそうな可愛い妹に、姉もほんわかと癒やされる。

「さて、至高の御方々を御待たせする訳にはいかないわ。早く行かなくっちゃ」

少しばかり名残惜しそうにしつつ、離れようとしたユリに、最後にとシズが尋ねる。

「でも、なんで?説得はもういいの?」

首を傾げるシズに、ユリはちらと担ぎ上げられたまま暴れる男を見る。そして、彼女はただの事実を答えた。決定された物事を、何の感慨も挟まずに妹に教えたのだ。

「交換条件ってことに、なったのよね」

人間と、人間を。

続いた彼女のその淡々とした物言いに、その中身に、目を見開いたのは人間だけだった。

「そうなんだ」

知った事実に対して、ただそれだけをシズは返す。そうしてシズは、抱えていた業務の内一つを終わらせたのだ。その胸中にあるのは、ずっと抱えていた嫌な荷物をやっと降ろせたという安堵感のみだ。

「気を付けてね、ユリ姉」

「ありがとう。シズも気を付けてね」

大好きな優しい姉に対して心を込めた見送りの言葉を妹は送り、姉も嬉しそうに礼を返した。そうして彼女達は微笑みあった後に、それぞれの仕事に戻っていったのだ。

 

 

 

 

 

 アンデッドによって運ばれてきたスレイン法国の兵士は、怒りを忘れ歓喜に震えた。一人の兵士として、兄弟の兄として、魂を震わせて神に感謝する。

 

 憎き敵国の王が、無警戒にも見目麗しい女のバケモノ一匹だけを共立てて戦場に立っている。その光景を男は、神より与えられた好機と受け取った。ナイフを握り締めたままの自分を縛りもせずに地面に投げ捨てたアンデッドも、それを許可した自惚れの激しいバケモノ達も、自分が屠るべきなのだと。

 自分こそが世界を救う存在なのだと、根拠も無い可愛らしい勘違いをする。

 彼は立ち上がると、ゆっくりと身構えた。しかし、殺意を向けられる王は焦りもしない。

王の傍にいる人ではないと分かる見目の美女も、少し離れて立つ漆黒の立派な衣服を着た山羊頭も、白銀の外装だけは素晴らしい騎士も、兵士に対して恐怖するどころか興味すら向けていなかった。

それに対して今に見てろと悔しく思いつつ、男は、武技を発動させる。

「〈限界突破〉!〈痛覚鈍化〉!〈肉体向上〉!〈剛腕剛撃〉!」

男が重ねて武技を発動させようと、反応は何もない。その様子に歯ぎしりしつつも、己の四肢に全身全霊の力を込め、兵士は駆け出す。

「死ねぇ!!バケモノがぁ!!…〈斬撃〉!!」

魔導王目がけて彼は駆け抜け、跳躍し、持てる力全てを注いで斬りかかる。

 真紅のマントを纏う聖騎士が挙手したことも、真紅のステッキを持つ山羊頭の悪魔が順番を譲るように手を動かしたことにも、彼は気付いていない。そして、訳の分からないままに彼は吹き飛ばされていた。

焦げた土の上で、人間が転がる音が派手に響く。

「たっちさん、捕まえた奴の教育ぐらいきちんとしておいてくださいよ」

「すみませんね。こっちはウルベルトさんと違って悪趣味な子がいませんから、教育とやらが出来ていなくて」

軽口を叩く聖騎士は、そう言って鞘に入ったままの剣を腰の定位置へと戻した。男が死なぬようにと配慮した彼は、抜刀せずに対処したのだ。

 兵士は愕然と、切れた瞼から流れる血で視界を赤く染めながらそれを見ていた。打ち付けた背中が激しく痛み、頭と視界がぐらつきながらも男は何とか立ち上がろうと試みる。口の中で、鉄錆を味わいながら。

そうして男が一人で格闘している間に、アインズ・ウール・ゴウン魔導王とお付きの女性は、その場を去ろうとしていた。

「それじゃあ、俺とアルベドは定位置に戻ります。たっちさんもウルベルトさんもゲーム終了まで後少し、頑張ってください。勿論、ルールを守りながらですが」

「えぇ、当然です」

「安心してください。どっかの誰かさんよりかはルールを遵守してますよ」

その会話は男に対する警戒などなく、気の抜けたものだ。騒ぐ兵士一人など眼中に無く興味も無いのだと、露骨に告げている。

「そうだ、ゲームが終わったら神都でさっそくお茶でもしましょうか。マーレが頑張ってくれて、随分と綺麗な庭園にしてくれたんです」

「それは良いですね」

「楽しみにしていますよ。お茶会ですけど、ワインの準備もあると嬉しいですね」

「はいはい、準備させておきますね」

気のおけない仲だと伝わるその長閑なやり取りを聞きながら、男はますます立ち上がる気力を失っていく。一体全体自分は、何と戦っているのだろうかと。何を必死になっているのだろうかと、また、視界が揺れる。

そして、ぞくりとして顔を上げると角の生えた美女が、男を見ていた。汚らしく醜いモノを見るかのような、見下した憎悪のこもった視線で。

背中側からも何故か冷やりとした嫌な気配が漂ってきて、男は恐怖から動けなくなる。

結局、男は立ち上がることのできないままに魔導王とお付の美女が去って行くのを、ただ見送った。立ち上がることもなく、ナイフを向けることもないままに。

「……クソッ!!」

悔しさに、そして情けなさに地面を睨む男は、大地に落ちるすぐ近くの影に気づき、顔を上げる。

 

 その視線の先には、商品の品定めをするかの如く男を見てくる二つの存在が居た。魔導王とともに去ったと思っていたのに何故か残り続けていた彼らに、男はなぜか嫌悪感を、おぞましさを感じていた。

ぞくりと、男は鳥肌を立たせる。温度の無いその視線に、更に己の足場がぐらつくのを感じて、彼は思わず怯んでしまう。自分が泣きだしそうな顔をしていることを、男は知らない。

「さてと、それじゃあソイツは約束通り俺が貰って行きますね、たっちさん」

その人を人とは思わない横暴な物言い、そして陣地が別れているという話から男はハッと気付く。

「もしかして、お前が弟を捕まえている奴か…!?」 

醜い山羊頭のバケモノを睨みつけながら男は、咄嗟に立ち上がり、問い質す。弟のことを思い出した瞬間に、彼の中から情けない感情は消え失せていた。熱い血が体を巡り、体の支配権を恐怖から取り返す。大切な弟への想いが、彼を、兄として奮い立たせていた。

「弟ねぇ…、捕まって、死んだのか、食われたのか、拷問室送りになったのか、」

「っんだと…!!テメェ、許さ」

「―――『平伏したまえ』」

唐突に割り込んできた命令に、為す術もなく男はまたもや地面と仲良くすることになる。土と煤に汚れきった彼の視界に、つややかな革靴と汚れ一つ無い明るいストライプ模様のズボンの裾が入ってくる。

「…ウルベルト様、…たっち様、御話に割って入る無礼をどうか、お許し下さい。…しかし、一体いつまでコレに慈悲をお与えになり、自由に、勝手にさせておくおつもりなのでしょうか?」

その声の主が怒っていることなど、顔を見ずとも男には理解できた。そして、先程の女が自分を何故あのような眼で見て、その後に大人しく王と共に去ったかも男はやっと理解した。

忠義を捧げる王を殺そうとした存在のその不敬さに、あれは怒ったのだ。そして男の背後にいる存在達も同じ怒りを抱いていた。だから、大人しく女は去ったのだ。自分が手を下さずとも、仲間が代わりに仕事をしてくれると、よく解っていたから。

「いと尊き存在を害そうとした、己が分を弁えず偉大なるその御心と慈悲を理解できぬ愚か者がのうのうと息をしているなど……、腸が煮えくり返る思いに御座います」

怒りに満ちているのに何故か耳触りが良い不気味なその声に、男は腹の中から急激に冷えるような恐怖を感じてしまう。呼吸すら乱れ始めたことを自覚し、彼はつうっと冷や汗を流す。

「…歓迎するなら、拠点に戻ってからでも良いだろ。落ち着け、デミウルゴス」

「っ、失礼致しました。…御身の前で感情的になる醜態を晒した無礼を、お詫び申し上げます」

深々と頭を下げたデミウルゴスをウルベルトは許し、頭を上げるように促す。

場にあった緊張感が解け、そこで男はやっとまともに息ができるようになった。そして、続いて視界に入った白銀の鎧の足元に男は眉間にしわを寄せた。その脚に、唾を吐きかけたくて堪らなかった。

「…今なら間にあいます。行くのを止めませんか」

たっちが男に持ちかけた提案にはしかし、その相手からではなく、横から気の抜けたからかう様な返答がくる。

「たっちさーん、トレード、交換って意味、分かりますかー?」

「分かってますよ。ただ、最後に慈悲を与えたいだけです」

「だから、それが、」

「私が殺します」

その言葉には、人間も、人間ではない存在も黙ってしまう。

「…………は?」

傍で聞いていた男は、間抜けな声を思わず口から漏らす。

騎士が吐き出したその理解不能な発言のせいで、唐突に会話が途切れたように男は感じていた。前後の意味が繋がっていない、滅茶苦茶な騎士の言葉と提案に理解が追いつかず、頭が混乱していた。

そんな男の前に堂々と恥ずかしげもなく立ち続けている聖騎士は、当たり前のことと言うかのように提案を続ける。

「この人が、この私の手を取ってくれるなら、あの女性も、そして彼女の子供も、私が、苦痛無く一瞬で殺します」

その言葉が何を意味しているのか、兵士には当然全く理解ができない。しかしそれでも、それが悍ましい事実であることは嫌でも解ることだった。

「一は一と。0は0と交換で、いかがですか、ウルベルトさん」

穏やかな声音で語る騎士の皮を被っただけのバケモノに対して、男は怒りと吐き気がこみ上げてくるのを感じていた。それのどこが救いなのかと、頭がおかしいのかと、男は頭の中で何度も鎧ばかりが綺麗な聖騎士を罵る。怒りと興奮で血が頭に上り、口は開いたり閉まったりするだけで、なかなか言葉が出なかった。

「ふざ、ふざけん」

驚愕と怒りに文字通り言葉を失いつつ、やっとの思いで罵ろうとした男の言葉はしかし、ウルベルトの笑い声にかき消された。

愉快で仕方ないと、滑稽な劇を見たかのように、腹を抱えて彼はゲラゲラ笑う。

ひーひーと、呼吸が苦しくなるまでひとしきり笑って、ウルベルトはやっと落ちつく。そして、まだ笑いが耐えられないといった風にしつつも、ウルベルトはデミウルゴスに支配の解除を指示した。

そして、聖騎士の隣に、悪魔が並び立つ。

「はー…、たっちさんの発言でこんなに笑える日が来るとはなー。滅茶苦茶面白かったですよ、アハハッ!あー…、暫くこれで笑えるわー…」

笑いの波が去って落ち着いた様子で、しかし口角の釣り上がりはそのままに、彼は了承する。大嫌いな男が提案した愉快な救済に、その確かな慈悲深さに、にやけながら同意する。

「…良いですよ、それで。一は一に、0は0に交換しましょう」

交換条件も、ゲームのルールも、両方共に成立すると嗤うウルベルトは、次に兵士へと向き直った。

「良かったな、最期の救いだ」

その声音が優しいことに、兵士は震える。それが本当に救いだとバケモノ達が信じていることに、彼は怒りながらも、確かに怯えていた。

「俺に付いて来るか、たっちさんの手を取るか、好きにしろよ」

それだけ言うと、後は勝手にしろと言わんばかりに背を向けてウルベルトは歩き始めた。たっちも、無言のままに兵士の返答を待つ。

好きな方を選べと、放置された男は、何も言えなかった。言いたいことも、罵りたいことも、叫びたい想いも山程あるはずなのに、何も言葉が出てきやしなかったのだ。

「…」

目前にあるその光景に、選択肢に、信じられない想いを抱きつつ、よろよろと男は体を持ち上げる。真っ黒になった大地と晴れ渡る青空の違和感のせいで、まるで全てが夢のように男は感じていた。

そして男は、無防備に背を向け去って行く悪魔を見た。その隣には、なぜか子供を抱えている銀の尻尾の人外がいた。

そして次に、悠然と佇み赤いマントをけぶる風にたなびかす白銀の聖騎士を見る。その傍へと歩み寄り侍るのは、人の姿をしたきっと人ではない存在。

執事が抱える気絶した女性と、メイドが抱える子供に、騎士の発言を思い出した男は顔を顰める。

『死ぬよりも酷い目に遭う』、ずっと続いていた説得の言葉も脳内で再生され、男は頭の中を掻き回されているような気分だった。

 

 救われるために死ねと宣う一方と、その提案を愉快としつつも確かに救いだと同意するもう一方。どちらも既に、金輪際視界に入れたくないほどにおぞましい存在だ。

しかし、男は選ばなければいけなかった。そしてそれ以外に選択肢など、ありはしなかった。

「…弟を、探しに行く」

「…そうですか。それは、残念です」

聖騎士から離れ、小さくなりつつあった悪魔の背を目掛けて男は駆け出す。

「貴方も救いたかった」

本当に、心底残念だと気持ちが伝わってくる、吐き気をもよおすような見送りの言葉を背中で受けながら、彼は、ただ走った。

弟の無事を、神に祈りながら。

 

 

 

 

 

 

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