3→2→1はわざとです。時系列1、2、3ですが、物語の締めには1を持ってきたかったので、こうなってしまいました。
小さなその身をさらに縮こませて、子供達は草むらの中を移動していた。周囲を警戒しながら、未知を知る為に危険を顧みずに前へと進む彼らは、小さな冒険者である。
彼らの心は、不安と、それ以上のどこからかわき上がる高揚感に支配されている。その高ぶる気持ちは、彼らの鼓動を早めさせていた。
「……ねぇ、やっぱりやめない?」
そよ風に紛れ込みそうな声が、先頭をずんずん行く友にこわごわと問いかける。雲一つ無い晴天だけが原因ではない汗を拭う子は、不安そうな顔を晒していた。
「今さら臆病風に吹かれたか!未知はもう目の前だぞ!」
伝説の勇者であるモモンの真似をして声を荒げたわんぱくそうな子を、その隣にいる蜥蜴人の子が慌てた様子で注意する。
「シーッ! 大声を出さないで。立入禁止区域にもう入ってるのよっ」
「あ、やべ……」
「ねぇー、やっぱり帰ろうよぉ……。見つかったら怒られちゃうし、それに、法国の人間なんて怖いよ……。きっと魔導国民の僕達を見つけたら酷いことしてくるんだよ、うぅ」
「いや、それを言うならお前よりも蜥蜴人のこいつの方が怖がるべきだろ」
気の弱い友の発言に、さすがに呆れたといった風に男の子は返す。情けない声を出していた彼も、言われてみればその通りだと亜人種の友に怖くないのかと問いかけてみる。
しかし蜥蜴人の彼女は平然と、怖くなどないと答えてみせたのだった。
「きっと平気よ。そういった危ない人達はもういないって話だったじゃない。ここにはもう、私達と同じ魔導国民として生きていく人達しかいないのよ」
「そ、そうかもしれないけど……」
それでも怖いと小さく呟く気弱な友の手を、鱗に覆われた手が励ますために握り締める。
「いつか私達、冒険者になるんでしょう? なら、勇気と好奇心を持たなきゃ!」
「……そう、だね。……ごめん、ありがとう」
「それより、ほら、早く行こうぜ!あっちに建物が見える!」
「ほら、行きましょう!」
「う、うん……!」
先に勝手に進んでいた男の子の呼び掛けに、蜥蜴人も人間も好奇心を隠せない表情へと変わる。そうして、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の無垢な子供達は、仲良く走り始めたのだ。
その小さな後ろ姿を、不可視の存在がじっと見つめていることなど、知らぬままに。
魔導国と、今は亡国となったスレイン法国との間にかつて存在した国境線。それを跨ぐ平野にて、その造りかけの街は存在した。
建築途中の建物や道が沢山あり、街をぐるりと囲む長い壁も未完成。だが、いずれ来る繁栄を匂わせる程に、そこはとても賑やかで活気がある場所であった。
その賑やかな場所は、魔導国が保護した法国民の一部の者達が新たに暮らし始めた大きな街である。
そこでは、沢山の人間と山小人、そしてゴーレムやアンデッドが街の完成を目指し一丸となって、せっせと働いていた。
建造することに秀でた才能がある者達と力は無いが計算はできる人間、そして彼らを支える単純な労働力が無数にいる光景。それは忍び込んだ魔導国の子供達にとってはごく当たり前の、見慣れた光景だ。だがしかし、彼らが知るそれとは少しばかり違う所もあった。
それは、人間の表情だ。
人間ではない存在に対して、どの人間もビクつきながら、まるで油断すれば食べられてしまうかのように怯えた顔をしていた。
その怯えた表情を遠目に眺め、物珍しく思いながら、子供達は草むらや積まれた物資の裏に潜んで街の奥へと進んでいく。
暫くして、資材置き場らしき誰もいない開けた場所に到達したため、魔導国の子供達は物陰で一息つくことにした。
とても大きな丸太やレンガの山がいくつも置かれた静かな場所の奥、丸太の山の後ろにて地面に腰掛け、彼らはお喋りを始める。
先程見た景色や、どこまで忍び込もうか、それとも帰ろうかという話から、なんだかお腹が空いたなという雑談までとりとめなく話して、そして、蜥蜴人が、そういえばと切り出した。
「お父さんとお母さんがお役人様と話しているのを聞いたのだけどね、ふふ…」
何やらもったいぶる彼女の言葉を催促する子供達は、続いた言葉に目を見開き興奮する。
「スレイン法国があった所に、冒険者のためのおっきな都市ができるんですって!」
「ぼ、冒険者のため?」
「何だそれ、スゲーじゃん!」
確か、南東にある法国の城を元に造り直すって言ってたわと語る彼女の言葉に、冒険者を夢見る子供達はキラキラと瞳を輝かせて聞き入る。
「それにね、なんでも魔導王陛下の御側付きの騎士様が、そのお城に住むみたいなの」
「へぇー、そいつはすげぇな!」
「魔導王陛下の御側付きなんて、すっごく強いんだろなぁ…!」
「きっとアダマンタイトの強さよね!」
「俺もなりてぇなあ!アダマンタイトの冒険者!」
「……なにしてるの?」
話に夢中になっていたところに不意に現れた第三者の声に、子供達は慌てて振り向く。
彼らが視線を遣った先では、彼らより一つか二つ下と思われる齢の幼子が、ぽかんとした顔をして立っていた。その手に、少し萎れた白や黄色の花をいくつも握り締めながら。
見つかってしまったことに慌てふためく彼らを無視して、人見知りをしない質なのか、幼子は平然と近付いてくる。
「あのね、お母さんが元気ないから、お花をあげるの。でも、花を輪っかにしたいのに、できないの」
その困り顔を見て、彼らの中で一番気弱で、そして一番指先が器用な子供に蜥蜴人と人間の注目が集まる。
「あっ、えっと、貸してみて」
幼いながらに一生懸命なんとかしようとしたのであろうが、草臥れただけで花冠にはなっていない無数の花を彼は小さな手から受け取る。そして、受け取った花束を器用に編み込んで花冠へと仕上げていった。
花々が綺麗な輪になっていくのを見て、眉を八の字にしていた幼子はみるみる顔を明るくさせた。
「貴方のお母さん、病気なの?」
「わかんない。ご飯沢山食べられるのに、なんだかお母さん、ずっと元気無いんだ」
「なんだそれ? 何かあったのか?」
「お母さんは何でもないってしか、言わないの」
「何か怖いものでも見ちゃったのかな?」
「僕は何も見てないけどなぁ。すごく優しいお兄ちゃんが、馬車の中でずっと遊んでくれて楽しかったし……」
「へえー!」
幼子の言では細かなことはよく分からないが、やはり魔導王陛下はお優しい方なのだと、話を聞いて魔導国の子供達は誇りに思った。
敵である法国民を救うために魔導国の冒険者達を沢山雇ったという話は、幼い彼らでも知っている。だから遊んでくれたお兄ちゃんというのも、きっと魔導国の冒険者のことであろうと子供達は考えたのだ。
「……貴方達、何してるの?」
自分達が憧れ目指す者の話を子供達がもっと催促しようとした瞬間、またもや知らぬ第三者の声が不意に現れ、完成していく花輪とお喋りに夢中になっていた子供達は驚いて振り返る。
「あっ、お母さん」
線の細い女性は、自身を守るかのように厚手の布でぎゅっとその身を包みながら子供達の様子を少し離れた所から窺っていた。
魔導国の子供達は大人に見つかってしまったと、かたまってしまう。だが、完成した花輪を手にした幼子は母の元へと無邪気な笑顔で駆け寄って行った。
「ほら、かんむり!作ってもらったの!お母さんにあげる!」
「……そう、だったの。……貴方達は、魔導国の子供達よね?」
ちらと、蜥蜴人を一瞥して女は尋ねた。
それに、こくりと魔導国の子供達は頷く。
女はじっと魔導国の子供達を見つめ、そして自身の子に目を遣り、その頭を安心させるように撫でてから、魔導国の子供達へと再度視線を遣った。
「…………貴方達は、魔導国に生まれて、幸せ?」
母親の問いかけに、魔導国の子供達は暫し呆けた後に、眉間に皺を寄せる。
「幸せに決まってるじゃない!」
「そうだぜ!」
「ど、どうして、そんなこと聞くの?」
戸惑いと、子供ながらにも侮辱されたと感じた彼らからの返答に、女は苦笑する。そして、独り言を零す。
「そうよね。貴方達は、祝福されているものね」
少し離れた距離で立っていた女は、魔導国の子供達に自ら歩み寄りに行く。戸惑いつつも、どうして良いか分からぬ子供達はその場に足を縫い止めたまま、近づいて来る彼女をただ見ていた。そして彼女は、その膝を地面に自らついて視線を小さな彼らと合わせると、また儚げに微笑んだのだ。
「花冠を、ありがとう。……私も、魔導国の民になれて幸せよ」
何やら含みのある言い方だったが、無垢な子供達がそれを汲み取れる訳もない。子供達はただ素直に、心底嬉しそうに、おめでとうと心よりの祝福を微笑む彼女に送るだけであった。
そうして彼女は、少しくたびれた花の冠を頭にして、子供を引き連れて帰っていった。
魔導国の子供達は、とても良いことをした気分で、その後姿を見送った。
それから資材置き場から移動して、次に魔導国の子供達が見つけたそこは綺麗な広場だった。
白いタイルが敷き詰められ、中央には簡素な噴水が設置されているそこは、屋根付の木製の長机と椅子がいくつか準備されている。おそらくは休憩所の一つと思われるそこには、中途半端な時間帯故か、たった一つの人影しかいなかった。
そして、そこに居たのは、綺麗で明るいその場の雰囲気にそぐわない、随分と陰鬱な男であった。
その独りの男は、噴水を睨みつけられる場所にぽつんと設置されたベンチに腰掛け、子供達が進もうとしている茂みには背を向けている。
少し悩んだ後、結局子供達はその男の背後をこっそりと進むことにした。
「俺は、なんで生きているのだろう……」
ぶつぶつと呟く男を気味悪く思いながら、子供たちは足音を殺して進む。
「国が滅ぶきっかけを作って……」
声は若い風なのに、項垂れたその姿は草臥れた老人のような男の独り言は続く。
「……俺が、あの時、上官殿をお止めしていれば、良かったのか」
ぶつぶつと呟き続けるその男を少し哀れにも思いながら、子供たちはそこを立ち去った。
暫く歩いて、とても小さな小屋を見つけた彼らは、そこに入り込んだ。
「……物置、みたいね」
掃除道具などが仕舞われているそこは、灯りもなく薄暗く、砂埃の舞うあまり綺麗な場所ではない。鍵がかかっていないのではなく、どうやら鍵をかけるまでもないような場所らしかった。
「勝手に入って大丈夫かな? み、見つからないかな?」
「へーきだって!」
根拠の無い自信に溢れた男の子の言葉と同時に、ギィと扉が開いて彼らはぎくりとする。
「あー、なにしえ、う、の?」
よろよろと妙に危なっかしい足取りの細いシルエットの子供が、出入り口にてドアにもたれ掛かりながらそこにいた。
また見つかってしまったことに子供達は焦るも、出入り口は一つしかなく、どうしたものかと焦るばかりだ。ひとまず逃げようと彼らが口にした時、出入り口にいた細身の子が唐突にぐらりと前に倒れた。
その倒れた身が硬い床にぶつからぬように、優しい蜥蜴人の女の子は咄嗟に飛び出し、その細い体を抱きとめる。そして蜥蜴人の女の子は、その危なっかしさの原因、痩せぎすの子の片足の膝から下の代わりとなっている白い義足に気がつく。
「あなた、うまく歩けないの?」
「う、だーら、はこぅ、もあった!」
「……は、こ?」
にこにこ笑う子供の言葉が理解できずに、子供たちは顔を見合わせる。ひとまず、開きっぱなしになっていたドアを閉める為にも子供達はその不思議な雰囲気の義足の子の側に近寄った。
「ん? お、ソイツ、指が六本あるぞ!」
ドアを閉め、目について気が付いたことを男の子は大声を出して叫んだ。しかしそれは、嫌悪感からくる叫びでなく、珍しいものを見た時の驚嘆のそれであった。
「う?」
首を傾げながら義足の子が差し出してきた六本指の手の隣に、五本指の手が並ぶ。
「ほら、五本なのよ、私達」
「そ、そんなに指があったら、とても器用そうだね」
「いや、それは関係ないだろ」
「関係ないと思うわよ」
「う!」
最後に、おそらくは意味もよく分からないままに声をあげた不思議な子に、笑い声があがる。
けらけら笑い合う子供たちは床に座り込むと、ほらと互いの手を差し出して見比べてみる。薄暗く、小窓から差し込む日光だけが頼りでも、その違いというものは意外とよく分かるものだった。
蒼白い肌と、鱗の光る肌、よく日にやけた擦り傷だらけの肌に、少し湿疹のある肌。子供達はただ純粋な好奇心から、自分とは違うそれを観察していた。
「そういえば、うまく歩けないみたいなのにここまで一人で来たの?」
人気がない場所を選んできたので疑問に感じたリザードマンの女の子が問うと、痩せぎすの子供はきょろきょろと何かを探すように辺りを見渡し始めた。
「えーと、えーと!」
何もない虚空に向かって、まるで何かを呼んでるように声を掛けるその姿に、子供達は首を傾げる。
そんな彼らが瞬きをした次の瞬間、とても大きな蜘蛛のようなモンスターが視界に現れた。
瞳を妖しく光らせるそのモンスターは、前触れもなく義足の子の隣に、当たり前のように現れたのだ。
呆然とし沈黙した後、我に返った子供達は揃って大きな悲鳴を上げる。
「「「ぎゃあああああ!!!?」」」
吃驚した子供達は思わず、何も考えずに小屋から飛び出して一斉に走って逃げ出した。その後姿を、ぽかんとした表情の義足の子に見られているとは知らずに。
無我夢中で走って走って走って、走れなくなるまで魔導国の子供達は走り続けた。そうして限界を迎えて立ち止まり、息を整えると、別の問題にぶつかってパニックを起こしてしまう。
「どどど、どうしよう! お、お、置いてきちゃった!」
冒険者を目指す心根の優しい彼らにとって、モンスターがいる所に義足の子を置いて逃げるなど許されることではない。半泣きの彼に、しかし冷静な蜥蜴人の彼女は反論する。
「おっ、落ち着いて! きっと大丈夫よ! だってあの子が呼んだら来たじゃない、アレは!」
「……あれ!? ちょっと待て! それじゃあアイツ、何者なんだ!? 法国のやつじゃないだろ!?」
「……やだ、嘘。もしかして、魔導王陛下の、いえ、魔導国のお役人様とかの、関係者なの!? 私達が勝手にここに来たことバレちゃうの!?」
蜥蜴人の発言に、子供達はみるみる顔を青褪めさせていく。
「は、早くお家に帰ろうよ!早く、」
「君たちが、立入禁止区域に入り込んだ魔導国の子供達かな?」
またもや、第三者の、今度は妙に耳障りの良い声が、彼らの会話に割って入ってきた。
小さな悲鳴を漏らし青ざめた子供達が振り返ると、派手な色合いのストライプ模様のスーツを着こなす、銀の尻尾を持つ男がそこにはいた。
建築途中の城近くに設えられたその真っ赤な巨大なテントは、その警備の厳重さと掲げられた巨大な幾つもの御旗から、誰が来訪しているのかよく分かるものだった。
そのテント内は、外側からは想定できない広さと、豪華さと明るさに満ちた場所であった。床はチェス盤のような黒と白の市松模様の上質な毛並みの良い絨毯が敷かれ、中央では永続光によって自ら輝くような白銀のシャンデリアが吊るされている。
その煌めくシャンデリアの下にて、大理石でできた重厚な円卓を囲む異形達はいた。
「冒険者の階級による割引制度は良いですが、偽装や虚偽発覚時の罰則も考えないといけませんね」
ウルベルト・アレイン・オードルの発言に、書類を捲る手を止めて聖騎士はとても悲しそうに溜息を吐く。
「残念ながら、そういった人達は少なからずいるでしょうからね。ところでこの、冒険者訓練プログラムですが、実戦だけではなく技術的なことも学べるようにした方が良いと思います」
別の書類を見ていた死の支配者は、たっち・みーから指摘された書類を手に取り中を見て同意する。
「言われてみれば……、他の都市の冒険者組合でやってる実戦訓練を広く大きくしただけですね、これ。そういった+αも考えないとですねぇ」
モモンガの発言に、書記官の手が素早く動いていく。その筆記音をBGMに、彼らはまた書類を捲り目を通していく。
現場の視察と、現場から提出された今後の計画の確認。それが本日の彼らの仕事である。
遊び終わった後のゲーム盤もきちんと有効活用すべく、法国跡地には冒険者の為の城塞都市が造られる予定になっている。現在造りかけとなっている街を足掛かりに、かなり巨大なものを数年を掛けて建造する予定だ。
ちりんとベルが鳴る音がして、真面目に話し合っていた彼らは一旦手を止める。それは来訪者の合図だった。
死の騎士が、出入り口の垂れ幕を開く。開かれたそこから、コートを翻し軍靴の底を綺麗に鳴らしながら、その名前の如く役者のように領域守護者が入ってくる。
「只今戻りました、たっち様。ご報告が御座います。申し上げてもよろしいでしょうか?」
二重の影に名を呼ばれたたっちと、モモンガとウルベルトが、些細な任務から大仰に帰還したパンドラズ・アクターに視線を移す。
「ありがとう、パンドラズ・アクター。報告してくれ。彼らは今どこに?」
「はっ。ちょうど人気のない林におりましたので、デミウルゴス殿が現在、件の侵入者の動きをそこで止めております」
その報告に、大して興味もなさそうにモモンガとウルベルトは緩慢に反応する。
魔導国の子供達が侵入したことは、不可視化が使える見張り役の下僕達から彼らが侵入した時点で報告され、ナザリックの者達は全員が把握していることだ。そしてモモンガとウルベルトは、その小さな侵入者達に対して興味を示すことも警戒することもなかった。
なにせ、面倒なトラブルが起きぬようにという配慮の為だけの立入禁止だ。落ち着いたら自由な出入りが許される街に、特段見聞きされて困るものなど当然何一つ無い。
しかし、たっちは何故か小さな罪人達を迎えに行くようにと指示を出したのだ。しかも、よりによって指示を出した相手は、パンドラズ・アクターとデミウルゴスだった。
今日は妙に大人しい自称息子に、モモンガは視線を遣る。そして、やはり子供の出迎えには向いていないメンバーだなと内心独り言ちた。
「ただの造りかけの街が広がるだけの光景を見れば早々に帰るかと思ってたんだがな」
「子供は好奇心が強いですからね」
「その言葉の意味、最近よく分かりましたよ」
モモンガが頬杖をつきながら述べた感想に、同じく緊張感の無い意見と雑談が返ってくる。
「……それで、たっちさん、子供達を彼らに迎えに行かせたのはなぜですか?わざわざ捕まえなくても、何も問題は無かったと思いますが」
「魔導国の子供達と、少し話しをしてみたいなと思いまして」
たっちの言葉に、モモンガは少し考えてから、ウルベルトへと顔を向けた。
「たしかに、滅多に無い機会ですね。良いですか、ウルベルトさん」
構わないと、ウルベルトはどうでも良さそうに答える。
「パンドラズ・アクター達は…、」
「下がらせなくても良いでしょう、この国の子供達なら、きっと何も気にしませんよ。それに、下がる気も無さそうですし」
たっちの言葉に、パンドラズ・アクターは恭しく頭を下げ朗々と言葉を紡ぐ。
「モモンガ様のお傍から離れることなど有り得ぬこと。しかし、モモンガ様が望まれるならば、話は別に御座いますよ、たっち様。モモンガ様が望まれるならば、私は全てに耐え、全てに応えてご覧に入れましょう」
「……本当に、父親想いの良い息子だなぁ」
「たっちさん、パンドラをこれ以上からかうのは性格が悪いですよ。それに、パンドラはパンドラなりに、たっちさんに応えているじゃないですか」
「そうですね……。すまなかった。許してくれ、パンドラズ・アクター」
たっちの言葉に、パンドラズ・アクターは首を横に振り、頭を垂れたままに応える。
「貴方様が謝罪されることなど、何一つ御座いません。それでは、御方が望まれるままに、子供達をここに連れて参りましょう」
そう言って、パンドラズ・アクターは優雅な一礼を披露した後に、外へと出て行った。
その背が見えなくなり、垂れ幕が下がったところで、モモンガは先程に追求できなかったことを追求する。
「……たっちさん、パンドラズ・アクターのこと、嫌いですか」
モモンガは、たっちの後ろに控えるセバス・チャンを見る。創造主の後ろに控える被造物は、恐ろしいほどじっとしている。つい先程まで、ウルベルトとモモンガの後ろでもずっと似たような被造物がいたことを思い出し、モモンガは彼らがたっちにとって目障りだったのだろうかと懸念したのだ。
「まさか。モモンガさんが造った良い息子さんじゃないですか」
たっちの言葉にモモンガは複雑そうにし、ウルベルトは相変わらずだなぁと呟きながら机上のチョコレート菓子を手に取り口に放り込んだ。
「嫌われているのは俺ですよ、モモンガさん。俺が、何の宣誓をしたかお忘れですか」
たっちの言葉に、様々なことを思い出し、モモンガは納得せざるを得なかった。被造物が抱く創造主への愛の重さ、それは今までに嫌と言う程に学んできたことだ。
「モモンガさんは妙なところで鈍感だ」
ウルベルトの指摘に、モモンガは首をかしげる。そんな不死者に、悪魔は聖騎士の腰の剣を指差し答え合わせをしてくれた。
「パンドラズ・アクターも、デミウルゴスも、たっちさんの指示で、剣を持つ完全武装したたっちさんと共にいる俺達の傍から、離れたんですよ」
やっと、全ての意味を理解し、そして、自身がその愛の重さを完全には理解しきれていなかったことに気づいて、モモンガは骸骨の口を、唖然とした様子でぱかりと開ける。
「本当に、良い息子達だ。俺達には勿体無い程に」
しみじみと零すウルベルトが何を思い出しているのか、それはモモンガにもよく分かった。
全てを加味して考えれば、きっとデミウルゴスもパンドラズ・アクターも心から理解し割り切っている訳ではないだろうということもモモンガはやっと察しがつき、成る程たしかに、自分には過ぎた息子だとウルベルトに同意した。
「……パンドラズ・アクターは、妥協してくれたのか」
パンドラズ・アクターの言葉を思い出し、モモンガは独りごちる。
疲労とは無関係のはずの骨だけで構成された身がどっと疲れたような気がして、不要なはずの溜息のようなものをモモンガは口から漏らした。
「ん? どうかしましたか、モモンガさん」
モモンガからの視線に気付き、ウルベルトが問いかけると、モモンガはなんでもないと草臥れたように答えた。
「俺もチョコが食べられたらなぁと思っただけです」
骸骨のその愚痴に、悪魔がくすりと、妙に優しく笑った。
真っ赤な巨大なテントに連れてこられた魔導国の子供たちは、目前の光景に目を白黒させる。
赤いマントにも白銀の鎧にも汚れ一つ無い輝くような騎士と、顔の半分を鳥のような仮面で覆った山羊頭の黒衣の存在、そして、骸骨の魔導王陛下がいる、嘘のような光景に。
騎士の後ろには、背筋を伸ばした執事が、おそらく亜人ではない山羊の頭をした存在の後ろには自分達を誘った銀の尻尾を垂らす存在が控え、陛下の後ろにはもはや何かも分からぬ存在が立っていた。
その並び立つ威圧感に畏れを抱きながらも、用意されていた仲良く並ぶ三つの椅子に彼らは腰掛ける。これ以上に心臓が跳ね上がる瞬間はあるまいと思う子供達だったが、次に衣擦れの音とともに背後から現れたその存在達には普通に驚愕してしまった。
「あー!」
「「「え!?」」」
にこにこと笑いかけてくる痩せぎすの子に、子供達は揃って目を見開く。
つい先程、巨大な蜘蛛のようなモンスターに驚いて小屋に置いてきてしまった子供が、そのモンスターの上に乗って現れたのだ。想定できるはずがない驚愕の事態であった。
しかもそれは真っ直ぐと、魔導王陛下と席を共にする、何者かも分からぬが、きっと雲の上の存在であろう御方の傍へと向かっていく。
唖然としたままに子供達は、その後ろ姿を見ていた。
「運んでくれてありがとう、八肢刀の暗殺蟲。さぁ、おいで、」
黒と赤の衣装を背景に煌めく金細工を身に纏う山羊頭の存在が、その子に手を伸ばすのを、子供達はなぜかとても緊張しながら見ていた。
「ツアレ」
その名が出た瞬間に妙な空気が流れたような気がして、子供達は辺りを見渡す。だが、表情の分からない骸骨と兜では理由が汲み取れない。それぞれの後ろに控える者達も渋面と笑みがそのままか、変動なしの三つの穴なので当然何も分かりやしなかった。
「その子に、よりにもよってその名前を付ける辺り本当にウルベルトさんらしいですよ」
「お褒め頂き恐悦至極、魔導王陛下」
「それで、その子は、これからはウルベルトさんが飼……」
不自然な間の後に咳払いをする魔導王陛下に、子供達は首を傾げる。
「……育てるんですか?」
「それも悪くないかなぁと思ったけど、やっぱり孤児院に入れますよ。この子、どんどん自分を慕ってくれるから…、堪えきれる自信が無くて」
くすくす笑うその姿になぜか恐ろしさを覚え、子供達は鳥肌をたたせる。
その頭部と違い人型をした手で膝に乗せた幼子の首の下を、彼は掻いてやっていた。それは猫を可愛がるような姿にも、柔い喉首を掻き切ろうとする姿にも何故か思えてしまうものだった。
突然白銀の騎士が立ち上がり、山羊頭の膝上にいた子供を抱き上げると自身の膝上に移動させた。移動させられた当人は不服そうにしつつも、成されるがままだ。
「ほうらね、さすがにマズイでしょう?」
「まぁそうですね。さすがにその子のことでたっちさんが怒ることになったら、俺も止められないですし」
無言で睨み付ける騎士に、飄々とした態度を崩さず彼は肩をすくめ答える。
「今のはただの冗談ですよ。その子を孤児院に入れるのは、その子の言語学習のためです。どうやら話せないのではなく、まともな環境にいなかったせいで成長できなかっただけの様子ですから」
元いた場所に戻ろうとする子供の義足を視界に入れ、たっちは尋ねる。
「この足は、治らないのですか」
「産まれついてそれだったみたいですよ。もともと無かった足は、魔法でも生えませんからね」
会話をぼんやりと聞いていた子供たちは、置物のように固まっていた。魔動王陛下が目の前で何やら楽しげにお喋りしているのを、夢のように彼らは感じていた。
そんな子供たちに、騎士が唐突に声を掛けてくる。
「ところで、法国との戦争について、君達の親は何か言ってたかな?」
まさか話を振られるとは思っていなかった子供達は驚き、その肩はビクリと跳ね上がる。そして困惑しきった顔を見合わせ、大人たちの会話から溢れ聞いた話を子供たちはぽつりぽつりと話し始めた。
「え、えっと、魔導国に宣戦布告して、陛下をた、倒すために法国の都市にいた人達全員を、い、生贄に禁呪を使おうとしたって聞いてます…。酷いです…!」
「あ!そのせいで魔導王陛下が、倒れたって聞いたけど、大丈夫なんですか…?」
「ん?……ああ、平気だ。五日ほど法国都市から離れられなかったが、今は何も問題は無い」
陛下の無事に、子供たちは純粋に喜び、顔を綻ばせる。照れてしまったのか、顔を背けた陛下に対し、話に聞いていた通り上に立つ存在とは思えないほどに奥ゆかしい方なのだと子供達は感動してしまう。
「陛下は本当に、慈悲深きお優しい御方です…!」
「法国は酷い国なのに、魔導王陛下はそんな国の人達も助ける努力をされているって、親が感動してました!」
「陛下は僕らの誇りです…!」
「よ、よさないか。そのように褒められるような、大したことはしていない」
魔動王陛下は困ったように顔を背けてしまい、そして山羊頭の方がなぜか愉快そうに笑い騎士も微かに肩を震わせているのを、子供達は不思議そうにきょとりと見た。
「ああ、それで、君達はなぜ忍び込んだんだ?」
笑顔だった子供達の顔が続いた質問によって一気に困り顔となる。しかし男の子だけが、果敢にも声を張り上げた。
「俺達、冒険者になりたいんです!知らない世界を見たいんです!だ、だから、駄目だっって言われたけど知らない世界を、見たくて、その、」
尻すぼみになっていく子供の弁解を聞いて、くすくすと微笑ましそうな声を兜の向こうから漏らす騎士に、子供達はまたきょとりとする。
「とても冒険者向きですね」
「まぁ、こんな所まで来たその根性と好奇心には感心しますけどね」
「ウルベルトさんに認められたんだから、きっとすごい冒険者になりますよ」
「それ素で言ってんのか、分かっててそう返してるのか、分からないんですよ、モモンガさんは」
「素ですよ?」
「ははっ、モモンガさんは相変わらずですねぇ」
たっちが笑って返したところで、ぽかんとしつつこちらをじっと見ている子供達にモモンガは気が付く。そしてモモンガがどうかしたのかとなんとなく尋ねると、意外な答えが返ってきた為に、モモンガだけでなくウルベルトとたっちも黙り込むことになってしまった。
「あの、えっと、三人共、仲が良いんだなって…」
無垢な子供からの指摘に、気恥ずかしさを感じ、それぞれが黙り込む。しかし我に返ったウルベルトは、たっちを指さして否定の言葉を放った。
「いや、待て、コイツとは仲良くないからな!決して!」
「ウルベルトさんは子供ですねぇ。まあ同意しますが」
「ウルベルトさんは喧嘩売らないで、たっちさんは喧嘩買ったうえに煽らないでくださいよ」
喧嘩が始まってしまった様子に、何か言ってはいけないことでも言ってしまったかと焦った子供は慌てて謝る。項垂れて、とても申し訳なさそうにする子供達は、何かが動く音を聞き、そして見つめる床の視界の端に、深く黒いローブを見た。
頭を下げている子供達はそれを見て、何も言わずに目を瞑った。それが正しいことだと、本能のように静かな気持ちで受け入れていた。
「たっちさん、そろそろこの子達は帰しましょう。もう、充分でしょう」
「えぇ、そうですね。お願いします」
「だいぶ慣れてきたとはいえ、疲れるし大変なんですよ、これ」
「はは、俺もモモンガさんもたっちさんの我が儘に振り回されちゃいましたね」
「わざわざ人聞きの悪い言い方しないでくださいよ、ウルベルトさん」
「はいはい、喧嘩は帰ってからでお願いしますよ」
目を瞑って大人しくしていた子供達だったが、会話の途切れ目に、また謝罪の言葉を口にした。立入禁止なのに入ってごめんなさいと、真摯に謝る彼らに何も気にしなくていいとモモンガは返す。
陛下から許された事実に、子供達は喜び、安堵した。
そして子供は、その小さな頭蓋の上に骨の手が置かれるのを感じ、それもまた、ただ受け入れた。
「……このまま、魔導国で幸せに生きて、逝けば、それで良いのだから」
とても優しいようで、どこか突き放すような声だと、子供達は思った。
立入禁止区域に入った魔導国の子供達は、迎えに来た両親に引っ張られながら夕暮れのなか帰って行く。
散々怒られ、親が頭を下げる姿を見て意気消沈していた子供だったが、やはり気になって後ろを振り向いてしまう。
振り向くと、魔導王陛下と銀髪の若い執事と、騎士の後ろ姿が見えた。
それはたぶん百人中百人が、ただの陛下と付き人だと答えるだろう光景。それなのに、きっと彼らは仲が良いのだろうなと、何故だか子供はぼんやりとそう思ったのだ。
それに対してどうしてだろうと思った男の子だったが、その日の晩ごはんを口に入れる頃には、そんなことは忘れていたのだった。