魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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SUPERBIA GULA INVIEDIA 1

 

 

 

 

 

 まるでRPGゲームの使い古されたラストシーンの様だ。

そんなことを思いながら、たっち・みーは朽ち果てた城の階段をのんびりと上がって行く。

 

 廃墟どころか遺跡と化した有様のスレイン法国の神都は、ほんの数日前には沢山の人達が暮らしていたと言われても、にわかには信じられない姿を晒していた。

 都市にあった厳かな建造物は尽く朽ち果て、廃墟の隙間からは人類が残した瓦礫の山を呑み込もうとするかのように植物が溢れている。生き生きとした物言わぬ生命体は太陽光を受けて輝き、色とりどりの花弁は風に誘われて揺れていた。

まるで墓前に添えられた花のように、無意味な慰めの如く麗しい花々は笑うように咲いている。もしも本当に笑い声を出す器官が花々にあったなら、けらけらと、きっと無邪気に、子供のように晴天の下で花達は笑っているのだろう。

 崩れ落ちた城壁の外に広がるには、相応しいとも言える景色。隙間から流れ込むそよ風を受けながらそんな景色を眺め、たっちは癒やされていた。

悪魔に災厄を与えられ、不死者と淫魔のお茶会の場所ともなった哀れな都市に、人間の気配は欠片も無い。その為にそこはとても静かで、穏やかだ。だから、多忙と喧騒に囲まれた今までと違うそこは、疲れていたその身にはとても心地よかったのだ。

「……ああ、すまない。今行くよ」

少し足を止めて外の風景を眺めていたたっちに合わせ同じく足を止めていた影の悪魔に、彼は謝罪し足を進める。

それを見て、頭を垂れた後に影の悪魔は歩みを再開した。その案内役の悪魔がたっちを誘おうとしている場所では、死の支配者が待っている。

 廃墟にて来訪者を待つ死の支配者と、そこに向かう聖騎士。

本来なら緊迫感のあるBGMでも流れるべき瞬間なのだろうが、実際に流れているのは穏やかな空気と爽やかな自然物の香り、そして鳥の囀りばかりだ。そしてそれは場違いという訳でもなく、たっちの心情に合うものでもあった。

 

 最上階、かつての栄華を感じさせる細かな装飾の入った内装が朽ち果てている広い一室にて、彼は独りで居た。

 頭を下げてから何処ぞへと消えた影の悪魔を一瞥し、たっちは部屋の中へと歩みを進める。かつては頑丈だったのであろう厚い木製の扉は朽ちて、役割を果たせぬ姿で床に伏していたので、ノックはできなかった。しかし気にせず、黙したままにたっちは友の背中へと近寄って行く。

 縦に長いアーチの向こう、青空を背景に蔦に覆われたテラスにいるその姿は、まるで絵画のようであった。

宵闇の色を纏う白骨の友は、死神のような風貌には似合わぬ随分と美しい深く輝く青空の世界にいる。その存在は、朽ち果てた建造物と青い空を背景にしてなお一層、輝くように目立っていた。

 アインズ・ウール・ゴウンのスタッフを持ち王として佇む彼、その背に歩み寄っていく白銀の鎧を身にまとう自身。

 ああ、しかし、仮に己が勇者なのだとしたら笑えない話だと、たっちは、ほくそ笑んでしまう。

世界を半分くれてやろうどころではない、世界を共に統治しようという彼の申し出を、聖騎士はこれから受けることになるのだから。これがゲームなら、そのレビューはきっと大荒れになるであろう。

しかしそれでも、世界が揺るぎない幸福に浸れるならばなどと、だいそれた言い訳を使うつもりは勿論たっちにはなかった。

 ただ一つの反論を言うならば、これはゲームではなく現実なのである。

誰かが望み造りあげなければ、美しい物語など何一つ生まれずに弱者は死に絶え沈黙するだけの、ただの不条理な現実(リアル)

劇的でなく美しくもない、賛美されるような苦戦ではなく、笑える程にどうしようもなく合理的な現実への対処ばかりのこれが、彼の望む正義が導き出した、正善なる答えであった。

「モモンガさん」

無防備に背中を晒して景色を堪能する友の名をたっちが呼ぶと、遠くの景色を眺めていた彼はゆるりと振り返った。第三者ならば気のせいだと言うだろうが、その変わらぬはずの顔が嬉しそうに笑ったのをたっちは感じ取っていた。

 そもそも、魔王と聖騎士は友であるという設定がある時点でレビューは大荒れ決定か、などとくだらぬことを考えて兜の下でひっそりたっちは笑みを零す。

「たっちさん、お疲れさまです」

「お疲れさまです。ゲームも無事終了しましたね」

「えぇ、無事に終わりました。何事もなくて良かったです」

ボス戦が始まることもなく、変わらぬBGMのままに互いに歩み寄る。モモンガが、たっちの後から続く存在がいないことを気にしたのを見て、たっちは答える。

「ウルベルトさんなら少し遅れて来ますよ。二人きりで話したいと伝えましたので」

「……そうでしたか」

たっちの申し出に、モモンガは大して驚いた素振りもない。昔から、彼はそういうことを察し汲み取るのが得意だ。だからこそたっちは彼がギルド長になるように仕向けたのだ。

現に今、周りにナザリックの者達を誰も控えさせていないのも、薄々何かあると察していたのだろう。

そんな友の察しの良さに、身勝手ながらもたっちは苦笑してしまう。

「……モモンガさん」

「はい」

まるで裁判を受ける人間のように、モモンガが真面目に返答する。そんな友の様子を、たっちは些か複雑な思いを抱きつつ見つめた。骸骨の眼球代わりの揺らめく炎の光が、たっちを見返す。

「ウルベルトさんの拷問趣味が酷くなっているのを、知ってて、わざと止めなかったでしょう」

沈黙を金とするか銀とするか、それはあまりに不明確で安定しない価値観だが、しかしひとまず、モモンガの沈黙は雄弁であった。その沈黙こそが、純然たる答えであった。

「……俺は、本当に我侭なんだなって、改めて思い知ったんです」

自白が始まったなと、たっちは懐かしい思い出に浸る。しかしそれは大半が苦々しい思い出で、彼はそれを意識の奥底に戻して友の自白を聞き取ることに集中し始めた。

此度の自白は嘘でも茶番でもなく、真摯な語りなのだから、たっちはきちんと聞き届けてあげたかったのだ。

改めてモモンガに向き直り、たっちは異形の耳を傾ける。

「人間をやめて、長い月日が経って、どんどん何も感じなくなっていったのに。ナザリックの皆が幸せならって思っていたのに。……ウルベルトさんが、ここにいることを選んでくれたのが嬉しくて、それから、」

モモンガの顔が動き、彼が先程まで見ていた外へと再度顔を向ける。そうして彼は、遠くの地平線を見ながら言葉を続けた。

「出て行かれるのが、嫌だった」

それは、短くも確かな感情のこもった声だった。

笑って良いですよと、彼は自嘲混じりに言葉を続ける。

「前に説明した通り、あんなカッコつけしたくせに……、結局ダメでした。すごく、嫌でした。ウルベルトさんが、ナザリックを出て行くかもしれない可能性が。だから、せっかく戻ってきた友達が残り続けてくれるなら、それなら、ナザリックの皆以外は、心底どうでもよかった、から、」

必死にモモンガが取り繕おうとするように話しているのは、自分を前にしているからだろうとたっちは察していた。目を逸らしてしまってからは、一向に目を合わせようとしない彼はずっと、気まずそうに視線を彷徨わせている。

「だから、」

「モモンガさん」

遮って強く呼びかけると、モモンガはやっとたっちに再度視線を合わせた。

「俺は今さら、貴方の今までの苦労を何も知らない身で、どうこう言うつもりはありません」

どこかほっとした様子の彼に、たっちは言葉を続ける。もう人では無いのだと諦めるように語った彼に、己は悪魔だと逃げるように言うた男へと同じく、苦しみを伴う救いを提示する。

「モモンガさん、俺達は確かに人間をやめてしまったけど、これからも“元人間”であるのは、ずっと変わらないですよ」

「……元、人間」

「俺達は、異形です。それと同時に人間でもあり、そして世界が望む理想の神としても、偽ることができる」

たっちの言葉に、眼窩で揺らめく赤い炎がまばたきのように点滅する。そして、短い笑い声のような音が、その頭蓋から漏れた。

至高の支配者として偽るのも一苦労なのにと、モモンガが困ったように零す。しかし、たっちの提案を否定するような言葉は続かなかった。

「モモンガさんは、これからもずっと玉座にいてください。そして、この世界を導いてください。俺達と、共に」

たっちの最後の締めくくりの言葉に、モモンガがぴくりと反応する。言い間違いなどではなく、それが結論であり、紛うことなくたっちの意志なのかと伺うように見てくるモモンガに、たっちは、その手を差し出した。

その手を、モモンガは信じられない想いで見つめる。かつて、ゲームで初めて会った時に地面に倒れ伏していた自分に差し伸べてくれた彼の手を、モモンガは思い出していた。

「たっちさん……」

随分と、意味合いも、何もかもが変わってしまったその手に、戸惑いを抱きつつ、しかし確かにモモンガは、喜びを抱いていた。

それは確かに、強欲なる彼が望むものであったから。

そして、肉も皮も温度も無い骨の手は、似たような硬質な鎧の手を握り返す。

「安心してください。貴方が本当に、欠片も人ではなくなった時には、俺が殺しに行きますよ」

「はは、それはとても……、安心ですね」

嫌味でも皮肉でもなく、本当に心の底より安堵した様子の友に、たっちも心が穏やかになるのを感じた。

柔らかな風は祝福するように流れ、賛美歌のように鳥が囀る。麗らかな昼下がりにて、異形の愛は祝福される。それはなんとも、美しい友情であった。

「お話は終わりましたか?」

テラスの上から聞こえてきたその声に、モモンガもたっちも顔を上げ、空中にいた友の名を呼ぶ。

「ウルベルトさん」

「立ち聞きしていたのですか、ウルベルトさん」

「さっき来たばかりですよ。どっかの騎士様が俺の友達を殺すとか言ってるところからしか聞いてません」

「その悪意ある言い方、止めてくれませんか?」

「はてさて何のことやら」

たっちの追求にすっとぼけながらウルベルトは優雅に舞い降りて、風通しの良い建物内へと足を進める。そして、モモンガが用意させていた廃墟を背景にしては違和感を覚えるほどの豪華な食べ物や飲み物が並ぶ机に近寄ると、ワインボトルを手に取った。

「モモンガさん、ワイン、ありがとう御座います」

きゅぽんと、小気味いい音とともにウルベルトはコルクを抜く。

「どういたしまして。まぁ、準備してくれたのはナザリックのメイド達ですけどね」

そっちにも後で礼を言っておきますねと、グラスにワインを注ぎながらウルベルトは応える。机上のグラスに赤黒い液体を注ぎ終えると、彼はコルク栓を元に戻し茶会の席に腰掛けた。

「それで、ゲームの勝者は?」

手にしたワイングラスの中の液体をとぷりと揺らしながらウルベルトは尋ねる。ちらりとたっちの様子を窺いつつ、モモンガはゲームの結果を伝えた。

「黒の、勝ちです」

「おめでとう御座います、ウルベルトさん」

ウルベルトの勝利に、即座にたっちは祝いを述べた。それに対して、元々たいして嬉しそうにしていなかったウルベルトは、不愉快そうに顔を顰める。

「素直に祝うなよ、糞たっち。気持ち悪いな、何を企んでやがる」

「貴方は俺が言うこと全て、歪曲して受け止めないと気が済まないんですか」

「ウルベルトさん、たっちさん、建物が崩壊するからPVPは外でお願いしますよ」

呆れた声が二つ続き、戦闘態勢に移りつつあったたっちとウルベルトは、多少渋々としつつも戦いを取り止めにした。

「まぁ……、何も企んでいないと言えば、嘘になります。一つ、提案があります」

その穏やかな声に、しかし悪魔は露骨に警戒の色を滲ませていた。

「提案、ですか?」

ウルベルトに続き、たっちも用意されていた茶会の席へと歩み寄る。

そして、赤ワインの隣に置かれていた白のボトルに手を伸ばすと、コルクを抜き、ワイングラスへ淡い黄色の透き通る液体を注いだ。

グラスの中で液体が跳ね、きらりと踊る。

「俺を、死刑執行官としてナザリックに復帰させることを、ウルベルトさんの願い事としてくれませんか」

たっちがウルベルトへ差し出したワイングラスの中で、白ワインが波を立てた。

「……胸糞悪い。俺へのあてつけですか」

「何もナザリックにいる罪人全員を殺すとは言ってないでしょう。玩具として遊べるぐらいや、食料分は残しますよ。生きて、償うべき者達だって居ますからね」

「……分かってますよ」

不機嫌そうなままに、差し出されたグラスを無視してワインを嚥下する友と、苦笑してグラスを引っ込め机に置いた友に、交互にモモンガは視線を送る。

「自業自得の者達には、変わらず地獄にいてもらいますが……、話を聞いて、慈悲を与えるべきと判断したら殺せる権利が欲しいですね」

たっちの言葉に、ウルベルトが否定はせずに、しかし不快そうに思案するのを見て、モモンガが先に口を開く。

「その提案は、さっきオレに言ってくれたこと含め、全てをナザリックの皆に伝えるつもりですか?」

その問いに、勿論と、事もなげに彼は言い放つ。

「ウルベルトさん、モモンガさん、ともに世界を征服して、この世界を幸福と正義で支配しましょう。俺は、あの世界とは違う幸福な正しい世界が欲しい」

ぐっと拳を握りしめ、かつては惨たらしい程に夢のまた夢の絵空事でしかなかったそれの、輪郭を確かめるように彼は言う。

「その為なら、貴方が、ウルベルトさんが、道を踏み外してしまったら、俺が殺してでも正します。そして俺も、俺が誤った時にはどうか、貴方達が、この俺を殺しにきてください」

友からの、友であるが故の血なまぐさい頼みごとに、すぐさまの返答はなかった。しかしその沈黙が、渋りや、否定や拒否を現すものではないと理解しているたっちは同じく沈黙し、返答を待つ。

「……分かりました。ウルベルトさんも、構いませんね?」

静かに、受け止めたと答える心が落ち着くような不死者の返答の後に、相手を不快にしてやろうと試みる悪魔の返答がやってくる。

「勿論、構いませんよ。たっちさんを殺せそうな提案に反対する訳ないでしょう」

「ウルベルトさん……」

「冗談ですよ」

嗜めるギルドマスターの声に、肩をすくめウルベルトはこたえる。彼の返答に苛立ちは感じても、彼がいつもどおりであることに安堵するたっちは特に突っかかることもなく、それをスルーした。

「それなら、これから三人で始める世界征服を前に、乾杯を」

「ははっ、前祝いですか?たっちさんにしては良い提案だ」

「それじゃあ、俺もグラスを」 

「赤ワインにしますか、白ワインにしますか?」

「空でいいですよ、オレは骸骨なんですから、勿体無いでしょう」

「つれないなぁ」

空のグラスを傾ける友を赤ワインを揺らして友が誂う。

「モモンガさんらしいですけどね」

「それもそうですね」

「たっちさんとウルベルトさんも、それらしいですよ」

軽口を交わし、彼らは杯を持ち上げた。三つの、中身はてんでバラバラのワイングラスが、ぶつかって、思いの外綺麗な音をたてる。

「「「乾杯」」」

特別タイミングを見計らったわけでもなく、なんとなしに口にしたそれが、これまた綺麗に重なり合って、なんだか可笑しくって彼らは妙に笑い転げてしまう。

 誰もいない廃墟に、とても愉快そうな笑い声が響き渡る。誰にも聞かれないその笑声に誘われるように、花々は踊っていた。

 

 体の都合でそれが不可能な存在を除き食べて飲んで、そして語り合って時間はあっという間に過ぎていった。机上にあった食事も無くなり、ワインボトルも三分の一にまで減った頃合いに、たっちが机上に置いていた兜に手を伸ばす。

「それでは、俺は事後処理にそろそろ戻りますよ」

たっちの言葉に、モモンガも外を伺い時間経過を気にした。しかし彼が気にしているのは正確には時間ではなく、先程たっちが剣を預ける際に随分と睨みつけてきた彼女のことだろう。そんなことを考え、かぶり直した兜の下でたっちはひっそり笑う。

自分のことでなく第三者によることで頭を悩ませるのは、とてもモモンガらしかった。

「それじゃあ、ウルベルトさん、俺達も仕事に戻りますか」

モモンガの問いかけに、グラスに僅かに残ったワインを揺らしてウルベルトは答える。

「いいえ、ワインが後少しだけグラスに残っていますので。……今暫くお付き合い頂けませんか、ギルマス」

「……えぇ、構いませんよ」

腰を上げかけたモモンガが座り直したのを見届け、たっちは声を掛ける。

「それでは、俺はお先に。お疲れ様です、モモンガさん、ウルベルトさん」

「はい、お疲れ様です」

「……お疲れ様でーす」

あぁ、言い忘れていましたと、立ち去りかけていたたっちが振り返る。

「負けてしまいましたが、久しぶりに対戦できて楽しかったですよ」

そう爽やかに言い残して、聖騎士は元来た道を赤いマントをたなびかせながら帰っていった。

 

 聖騎士が立ち去り、静かになったその場に悪魔の不快そうな声が響く。

「……本っ当にムカつく奴だな、アイツは」

「ウルベルトさん……」

もう何度目か分からないギルドマスターからの窘めの言葉に、変わらぬ調子の分かってますよという返事をして、ウルベルトはワイングラスを傾ける。

ワインを嚥下してウルベルトが話し始めるのを、モモンガは大人しく待っていた。

「……モモンガさん、街に行くのを最近サボり気味でしたが、また定期的にちゃんと行くとしますか」

「えぇ、そうですね。そうしないと、きっとたっちさんに怒られてしまう。……あ、たっちさんも誘いましょうか」

提案を聞いて露骨に嫌そうな顔をしたウルベルトに、モモンガは思わず笑ってしまう。そのスタンスが変わらぬことに面倒だと思う気持ちも、ほっとする気持ちもあった。

「ちょーっと、サボってたけど」

「はい」

「世界征服、頑張りますよ。前に言ってた教育機関の件、あれ俺がやります」

ワイングラスをまた傾け、ウルベルトは残りの赤黒い液体を飲み干す。

「不要な発展を全て、滅ぼします。この世界が未来永劫、幸せで在り続けるために。健康的に堕落し続けるために。要らないモノは全て、俺が滅ぼします」

「…ウルベルトさんらしいですね。頼もしい話です」

どこか暗い雰囲気のモモンガが、つうと骨の指先で空のグラスの縁をなぞる。少し耳障りで硬質な音が、静かな朽ちた部屋に響いた。

「……ウルベルトさん、俺は、貴方達とは違って、」

「どうしたんですか、魔導王陛下らしくない」

からかうような軽い調子の声音に、モモンガは顔を上げた。

「アインズ・ウール・ゴウンの繁栄と幸福のため、ついでに世界を支配し幸福にする、それぐらいの貪欲さで、貴方はちょうどいいんですよ」

その身勝手な物言いに許された気分になったモモンガは、安堵の息を短く吐く。

「なぁに、安心してください。この悪魔が友達なんですから。幸福に堕落した退屈な世界でも、きっと永劫に遊べますよ」

「…それはとても、楽しみですね」

空になったグラスを手向けたウルベルトに、モモンガも応え乾いたグラスを手にとる。

カン、と短いぶつかり合う音が響いた後に、くすくすと笑い合う声が廃墟の部屋にて静かに流れた。

 

 

 

 悪魔も聖騎士も居なくなった廃墟のお茶会が開催されていた寂しい場所にて、不死者は暫く何をする訳でもなく、ただ腰掛けていた。しかしその淋しさと空虚さを表すような絵面に反して、彼は得も言われぬ充足感に満たされていた。

モモンガは、変わらぬ骨の顔だが、心で微笑する。その空の頭蓋は、満ち足りた想いでいっぱいだった。

「……たっちさん、ウルベルトさん、……貴方達が、望むなら」

友達が腰掛けていた空席に、モモンガとしての優しい声を掛ける。

「全て、手に入れてみせる。全て、成し遂げてみせる。望む、全てを」

モモンガが手を伸ばしたことで、乾いた骨の音が飢えた者の唸り声のように鳴る。

 

 嗚呼、世界は美しい。そんな、らしくもないことを彼は外の世界を眺めて思う。上機嫌故だろうか、モモンガは、彼が無償の愛を注ぐ唯一から零れる程度のほんの僅かほどならば、世界も愛せそうだと思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 醜悪なる嫉妬より、死にたくなるほどの歓待を。

 

 厳正なる傲慢より、生きたくなるほどの慈悲を。

 

 満ちぬ貪食からは、輝かしき黄昏と黄金の時を。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの玉座から、愛を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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