魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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まだ人なのか 04

 

 

 

 ギルド長モモンガの、本人曰く広すぎて落ち着かない私室に、転移した部屋の主人とウルベルト・アレイン・オードルは揃って大きく息を吐き出した。片方は正確には吐き出したふりだが。

「いやー、あっという間に時間って経ちますね、モモンガさん」 

「いや本当に、怖いですねー。デミウルゴスが言い出したってことは、もうゴミ箱がいっぱいなんですよね、きっと」

「うーん、もう少しでいっぱいになるって意味じゃないですか?」

「あ、なるほど」

 椅子に座り、アインズとウルベルトは支配者勉強会を開始する。

 支配者勉強会と言っても、今まで起きた物事、政争、闘争、事件、そして実際にナザリックがした対処方法と結果などを書きまとめ、それを復習しているだけだ。ほんの少しでも統治者としてマシになろうとしているだけであり、また記憶を整理するための会でもあった。

「……法国も滅ぶんだなぁ」

「はい、油断しない。ウルベルトさん、調子に乗ったら怒りますよ」

「分かってますよ~、アインズ様~」

「ウルベルトさん?」

「いや本当に調子乗りません……、すみませんでした」

 睨まれたウルベルトは苦笑し、話題を変えるべく“スレイン法国弱体化計画”と、書かれた羊皮紙を取り出した。

「まぁ、この一件は忘れてないから概要を読み返さなくても平気なんだけどね」

「シャルティアの件で恨んでいるのに加え、この頃にウルベルトさんが帰ってきましたからね、忘れられないですよ」

「懐かしいなぁ」

 ウルベルトは自身が帰還した際の天地をひっくり返さんばかりの大騒ぎを瞼の裏に思い出す。

 ウルベルトの帰還は、ナザリック地下大墳墓を揺るがす大事件だった。下手をしたら、アインズ・ウール・ゴウンの終わりを迎えかねないほどの。

 その轟の始まりは、焦燥するマーレの一報。蜥蜴人以外の亜人も数多暮らし、百年、二百年前に比べ異常とも言えるスピードで文明レベルを発展させたコキュートス直轄領にて、ウルベルトを発見し保護したという一報だった。

 それから、本当に様々な問題が勃発した。そしてその様々な問題や騒動を挟み、世界の災厄そのものたる悪魔のウルベルトはアインズ・ウール・ゴウンに正式に帰還し、モモンガの世界征服に友として協力することになったのだ。

「……懐かしいですねぇ、モモンガさん」

「皆を巻き込んで壮大な茶番をして謹慎処分になったことがですか?」

「違いますよ」

 まだ言うんですかとウルベルトが不機嫌そうに歯を剥き、モモンガは笑って謝った。

「ほら、この法国弱体化計画は自分達で立案した作戦じゃないですか」

「覚えてますって」

 当時、ウルベルト帰還に伴うゴタゴタが終わりアインズが法国についての思案を思い出したのと、ウルベルトが今までの報告書を読み漁り抱いた感想。それらが合致し偶然生まれたのが、“法国弱体化計画”だった。

 とはいえ難しい計画ではない。むしろ、至極単純な話だ。

 全ての人間が環境の変化に耐えられる訳ではないという、真っ当すぎるほどに真っ当な話だ。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の行った政策は、あまりに単純で、そして平等すぎた。ナザリックとそれ以外。そしてそれ以外の中にあるのは特異な才能の有無。

 その世界は、ヒエラルキーの下層にいた者達には有り難いが、上層にいた者達には堪ったものではない世界だ。今まで見下していた者達と並べられ、さらに才能まで平等に見比べられる。今まで築き上げた空虚な自尊心がガラガラと悲鳴をあげ崩れるには、充分な事象だ。そして、その被害者面した元ヒエラルキー上層者達の燻りは、ずっと国内にあり続けた。

 爆発できず溜まるだけの苛立ちは、じわりと魔導国の足を引張り空気を悪くしていたのだ。

 ウルベルトはそれを指摘した。まだ上位悪魔になったばかりの、あの世界を憎んでいた彼だからこそ指摘したその事実に、モモンガはヒントを得た。

 その無能達の燻る火種をみな、法国に押し付けてやろうと。

 最初は魅了や催眠を裏で使うことになったが、段々と火種は勝手に法国に行くようになった。不満はあるが無力で爆発できない彼らは、勝手に法国を人間の理想郷とし逃げ場を作り出したのだ。結果、そこに行けば救われると信じて、無能ほど我先にと命をかけ法国へと亡命して行った。

 その結果、頭を抱えることになったのは法国だ。

 人間こそが神に選ばれたと宣うかの国は、魔導国と属国になった帝国から流れてきた無能達を、受け入れざるを得なかった。さすがに門を開けず、神が選ばれたのは有能な人間だけだとは言い出せなかったのだろう。結果彼らは数多の無能を抱え、どんどん豊かになる魔導国とは真逆の道を行き始めた。宗教理念と喧しい国民のせいで法国は魔導国に媚びた取引も行えず、緩やかな衰退を迎えるために日々を過ごし始めたのだ。

 追い打ちのように魔導国が法国出身の人間でも有能ならば雇い始めた時点で、法国の中心人物者達は胃に穴を開け始めただろう。

無能が集まり、有能で勇敢な人物達が出ていく。国にとっては地獄の光景だ。

 それと同時に宗教の力も、国力の低下と同時に著しい低下を迎えた。神に選ばれたと自身を慰めるのにも限界を迎え、実際にそれなりの才能があるのにろくな仕事も報酬も無くなった六色聖典の者達の離反が始まったのだ。特に、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の暗殺などという無茶な仕事がとどめだった。

 とうとう一人の裏切り者が出て、その人物が魔導国に受け入れられた後は堰を切ったように裏切り者が続々と溢れ出た。

「…………一体何年経ったんだろう」

「それを考えるのは止めましょう、モモンガさん。アンデッドと悪魔に寿命なんて無いんですから」

「……衰えとか感じないですか?」

「全く。時の経過を感じないほどです」

「俺も同じく、ですね」

 ぱらぱらとモモンガは法国を裏切った人物リストを眺める。

 確かに、もう法国は用済みだった。有能で行動力ある人間は魔導国に充分すぎるほど流れ込んだ。今あの国には、アインズ・ウール・ゴウン魔導国には不要な思想と人物と愚鈍な愚者ばかりが集まっている。

 もはや国ではなくただのゴミ箱。後は中身を燃やし尽くすだけで良い。ゴミが溢れて汚されるのも不愉快なので、なるべく早めに終わらせようと、モモンガは決心する。

「まだまだ油断はできないけど……」

 シャルティア洗脳の主犯達にも法国自体にも無様な末路を迎えさせることができそうで、なかなか悪くない復讐になった。モモンガの機嫌が良くなるのを感じ、ウルベルトは笑う。

「楽しみですよね?」

「えぇ、そうですね」

 直ぐ様肯定したモモンガを、ウルベルトはこっそり笑う。

 モモンガは、自覚している以上にナザリック地下大墳墓の者達に対して激甘だ。本人は全くの無意識なのだろうが、シャルティアを殺すことになってしまった原因の国を滅ぼせることに対し、それなりに浮かれている。

 これは本当に自分がしっかりしなくてはと、ウルベルトは自戒する。

「……ウルベルトさん、勉強会が終わったら手合わせしませんか? その後は倉庫のまだ活きが良い人間を闘技場に放って、乱戦練習しましょうよ」

「お、良いですね。モモンガさん、殺る気満々ですねー」

「まぁ、たまには子供達に良い所見せないといけないですし……」

 ブハッとウルベルトが吹き出し、その肩を振るわせる。

「くくっ、古典ラノベあるあるの子供の運動会に張り切るお父さんみたいですよ」

「……よーし、お父さん頑張って皆殺しにするぞー」

「ちょっと! 法国戦でシリアスな時に笑っちゃったらモモンガさんのせいですよ!」

「支配者として相応しくないので耐えて下さいね」

「はー……、笑ったらダメと思ったら沸点低くなるのは悪魔になっても変わらずかー。モモンガさんは骸骨だから良いですよねー」

「でも、笑っているのも悪魔っぽくないですか? なかなか不気味と思いますよ?」

「なるほど、言われてみればそうですね。相手もかなりムカつきそうですし。……どうです?」

 にやりと不気味さを意識してウルベルトは嗤って魅せた。

「……オレ、ウルベルトさんの装備もアバターもずっとカッコイイと思ってたから、不気味と思えないなぁ」

「そっかぁ~、今度拷問部屋で表情による反応変化でも見てみるかなぁ」

「悲鳴をあげることには変わりないんじゃないですか? というか雑談になっちゃってますよ! 支配者として、ちょっとは頑張って勉強しましょう!」

「ん、そうですね。頑張りましょうか」

 うんと背伸びして、ウルベルトは姿勢を正すと机に向かった。モモンガも改めて座り直す。

 そうしてやっと、血腥い雑談を挟んで、支配者勉強会が開催された。

 

 

 

 その数日後、久方ぶりに、モモンガとウルベルトは帝国領土に出かけることにした。

 特別用事があるわけではない。何か欲しい物があるわけでもない。

 そもそも、各階層守護者をはじめとするナザリックの者達皆は、モモンガとウルベルトが揃ってナザリックから外出するのをあまり快く思っていないのだ。特に、召喚した智天使だけを供にして支配者達だけで街中を歩き回るような外出時は、くしゃくしゃに顔を歪める。

 しかし至高の存在たる支配者達は、この外出については一歩も譲らなかった。

 これはモモンガとウルベルトの話し合いで決定した『たまには外出し、街と人を直に見ること』という、2人で交した取り決めを守るためだ。

 一応それらしい理由として『自身が支配者であると自覚するためだ』とは伝えたが、ナザリック地下大墳墓の者達にとってモモンガとウルベルトが絶対の支配者であるのは当然のこと。皆一様に理解ができないという顔をしていた。

 しかし、それではいけないのだ。モモンガもウルベルトも、自分達が堕落するのを恐れ、自惚れてしまうのを警戒していた。

ナザリック地下大墳墓の中では、モモンガは全て肯定されてしまう。ウルベルトも、悪魔として拷問を楽しみ過ぎても誰も止めようとはしない。今はまだ人間の残滓が多少は自戒してくれるが、その自制心が永遠である保証などどこにも無い。

しかし自身の堕落や自惚れなどでナザリック地下大墳墓を危機に陥れるなど、モモンガにとってあってはならないことだ。また、ウルベルトにとっても、自身が愛する“悪”を自身の手で汚す真似など御免だった。

 ただ醜く血塗れた狂王などに、成り下がるわけにはいかないのだ。

 そのための『たまには外出し、街と人を直に見ること』という取り決めだ。人間に対する親しみが深くなることは今さら無いが、人間を一つの生物として見ることはできるようになる。

 さらに言うなら、ナザリック地下大墳墓の者達には絶対秘密だが、外出時には短時間だが交代で人間に化け国民と直に話している。

 傅かれずにただ話すこと、ふとしたことでかつてのギルドメンバー達と話した人間だった頃の日常を思い出すこと。

 その大切さを感じる限り、モモンガもウルベルトもまだまだ続けていくつもりの大事な習慣の一つだ。

 たとえ、あのアルベドとあのデミウルゴスが、モモンガとウルベルトの見送り時にずっと『納得がいかない』という不満顔を隠しもせずしようともだ。

 

 魔導国から帝国に向かう石畳を颯爽と駆け抜ける馬車は、地面を蹴るというよりは波の勢いで進み行く船の様だった。実際、馬車内は全く振動せず乗車している者達を不快になどさせていない。

 モモンガもウルベルトも、自室のように楽しく談笑していた。

「どうですか?」

「いいですね、ムカつくほど格好いいですよ」

「ふふん、そうでしょう、そうでしょう」

 モモンガの目の前にいるのは幻術を使い人間に化けたウルベルトだ。銀髪を後ろに撫で付け釣り上がった金色の瞳を愉快そうに捻じ曲げている。すこし不気味と感じるのは、歪んだ笑みなのに美貌であると思わせるからだろうか。

 服装がセバス・チャンを参考にした執事服なのは、表向きの設定が『モモンガはアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下』、『ウルベルトは魔導王陛下の執事』だからだ。

「ウルベルトさん、色々化けられるけど必ず美形になりますよね」

「わざわざ醜男になんかなりたくありませんよ。だいたい、昔の顔もイケメンだったでしょう?」

「うーん、オフ会の時……、うわあ、全然顔が出てこない。もうウルベルトさんの顔が山羊で固定されてる……」

「……、……俺も髑髏で固定されてますね。なんか……、幸薄そうだったのはぼんやり覚えているんですが」

「幸薄そうって……、そこは記憶から削除してくださいよ……」

「否定しないんだ」

 くだらない言い争いをモモンガとウルベルトが笑いながら交していく。

 そうしているうちにバハルス帝国領土内の目的地が見えてきて、馬車の速度が緩んだ。馬車と並走していたモモンガが召喚した“門番の智天使”達も速度を落としていく。

「今日もウルベルトさんは市場は見に行かないで上で待機でしょう?」

「ええ、モモンガさんが市場を見て回る間は、上で待ってますよ」

 モモンガは何か珍しい物があるかもしれないので大市場を直接見て回るのは好きだが、ウルベルトは群衆の中があまり好きではない。そのため、モモンガが大市場を見て回る時には、ウルベルトは不可視化の魔法と《飛行》を使い上空で守護天使の一体と共にいつも待機しているのだ。

「着いたみたいですね、モモンガさん」

 大市場近くのため、やはり国民の賑やかな声が多い。馬車を中心にどよめいているのが振動で伝わってくる程だ。

 モモンガがウルベルトを一瞥すると、問題ないと頷き返された。ノックされ、モモンガはそれに対し魔導王陛下であるアインズとして応える。扉が開かれ、死の騎兵が姿を見せる。一度頭を下げた死の騎兵は、恭しくその場に片膝をついた。

 アインズ・ウール・ゴウンとして、モモンガは豪奢な馬車からゆったりと威厳を持って降り立つ。先ほどのざわめきは嘘だったかのように、その場は静かになった。

 六体の守護天使の内三体が馬車より少し高い場所に、残りは陛下の周りに侍る。死の騎兵は一番後ろから追従してきた。そうして陛下が一、ニ歩と歩いたところで、天使が一体、上空に移動を開始した。急な動きに周りが驚愕し、感嘆の声が上がる。

「さて、いつも言っていることだが、私のことは気にせず普段通りに過ごしてくれ。賑やかな大市場が私は見たいのだ」

 初めの頃とは違い、すんなりと皆が笑って日常に戻って行く。最初の頃は一気に国民が干上がったため随分と寂しい市場になったものだが、人も亜人も異形種も、環境には慣れる生き物だ。

「陛下! 魔導王陛下!」

 日に焼けた肌の夫婦が頭上で果物が入った籠を抱えて、笑顔でモモンガに駆け寄って来た。

「アイグーン夫妻か、元気そうで何よりだ」

「な、名前を……!? 光栄で御座います、魔導王陛下!」

「突然申し訳ありません、陛下。しかし陛下がお恵みくださった果物が豊作で、どうしても御礼を伝えたかったんです!」

「あの果樹園が軌道に乗り出したことは報告で聞いている。……ふむ、食べられないのが惜しいな」

 ふと、モモンガは近くにいるこちらを見上げる視線に気付く。視線の先を辿ると、エルフの幼い姉妹がじっとこちらを見ていた。ナザリックにいる可愛い双子を思い出し、思わずモモンガはその子供達に近付き頭を撫でた。ぱちくりと大きな眼を瞬かせるニ人はドキドキしながらも、されるがままだ。

「その果物はいくらだ?」

「え、いえ! 陛下から代金など頂けません!」

「妙な遠慮をするな。入れておくぞ」

 慌てる夫人の頭上の籠に、モモンガは金貨を多めに入れる。ちなみに、不足するのは問題になるが多いなら問題にはならないだろうというザル勘定で入れた大量の金貨だったが、夫婦は後でその金貨に気付き卒倒することになる。

 籠から果物を取り出したモモンガは、その握力で黄色く大きな果実を半分に容易く割った。中からは、みずみずしい果実が姿を現す。

「どんな味か教えてほしい」

 自ら屈み果物を手渡す陛下に、エルフの姉妹は戸惑いながらも素直に受取り、おずおずと果物を口にした。

「お、おいしいです……!」

「甘酸っぱい! です!」

「そうか、それは良かった」

 モモンガは一つ満足そうに頷き、また市場の中に足を進め始めた。その後ろでは、果樹園を営む夫婦が突然の千客万来に嬉しい悲鳴をあげていた。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の皆が笑っていること、豊かであること、その事実にモモンガは満足し頷く。アインズ・ウール・ゴウンを名乗る国内で、貧しいことなどあってはならない。支配者として、アインズ・ウール・ゴウンを名乗った者として、その御名に泥を塗ってはいけないのだ。

「全ては、アインズ・ウール・ゴウンのために、だ」

 何気なく呟いた言葉だったが、周りから勝手に続々と熱い声が返ってきた。

「はい、陛下!」

「仰せの通りです!」

「陛下のおかげで我々は幸せなのです!」

「アインズ・ウール・ゴウン陛下万歳! アインズ・ウール・ゴウン魔導国、万歳!!」

 国民の歓喜の叫びは濁流となり、一気に拡がっていく。そこにいる国民は、絶対なる神を愛する敬虔なる信徒のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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