魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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まだ人なのか 05

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第五階層から第六階層に続いている転移門から、怯えながらも素直に歩く人間と亜人達が次々と出てくる。

 少し歩いた後、細い通路に膝をつくよう指示され従う窶れた彼らは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国内の犯罪者達だ。

 まだ拷問官達の手にかかっていない者達だが、傍らでずっと悪魔の音楽会を聞いていたため既にその眼は絶望に染まっていた。

「下等生物って、どうしていつもこんなに愚かなのかしら?」

 犯罪者達を眺める冷めたアルベドの声に、呆れをたっぷり含んだ溜息が返ってくる。

「あまりの慈悲深さに何か勘違いをしてしまったのではありんせんか? 罪な方でありんすね、モモンガ様は」

 溢れる色香を纏う堕落に誘う肉体に相応しい色っぽい声、白磁の肌につぶらな紅玉の瞳と縁取る輝く銀髪に相反するような無垢で残酷な可愛い少女の声。

 贅沢なそれを、集められた人間と亜人達はただ震えながら聞いていた。

 膝を地に付き俯く彼らに、その色香を楽しむ余裕など全く無い。縛られておらず自由だが、だから何とかできるはずと思う愚か者は先ほど一瞬で首と胴を切り離されていた。

 面倒だから後でまとめて処理しようと彼女達が判断したため、死体の近くの者達は膝を血で濡らしている。それは不愉快ではあったが、それでも誰も文句を言わず動きもしなかった。体を支配する恐怖の方が、遥かに強かったからだ。

「感謝しなさい。あなた達下等生物が、最期に偉大なる御方のお役に立てることを」

 啜り泣きが漏れ始め、次第に嗚咽の声が酷くなってきた。

「お許しを、おねが、いします……! どうか、お許しを……!」

「もう魔導王陛下の御意志に逆らうことなどしません、お許しを……!」

「どうか御慈悲を……!!」

 重い溜息が零れ落ち、そして鈍い音が響く。そして、アルベドの足近くの地面に液体と肉が飛び散った。

 上半身が吹き飛んだそれは腰から僅かに背骨を出し、何かの手違いのように下半身だけが腰を降ろしている。その周りにいた者達は呆然としたまま、自身の浴びた液体と臓物を、ただ温いと感じていた。

「あら、いけない。不愉快すぎて殺しちゃったわ。シャルティア、秘密にしてくれるかしら?」

「もちろん、構わないでありんす。だいたい私もあんまりな言い分と無様な姿に苛々していたから、むしろ助かったでありんすよ」

「本当に、愚かすぎて苛々するわね。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の統治下に入る、それだけで身に余る慈悲を頂いていると理解もせず、己が欲望を貫き通すなんて」

 もう啜り泣きも嗚咽も懇願も聞こえず、沈黙しかない。

 そこにいた罪人達は、自分達自身の愚かさを呪った。一人は、一時の快楽のためエルフの娘達を強姦した。とある一族の者達は、勝手に奴隷制度を続けていた。悪党集団達は、違法薬物を使い拡め売っていた。とある亜人は人間を浚いこっそり食っていた。

 その快楽は、味わっている恐怖に比べ何と小さいことだろうと、誰もがあまりに釣り合わないと痛烈に後悔していた。

「アルベド様ぁ、シャルティア様ぁ、モモンガ様とぉウルベルト様のぉご準備が整いましたぁ〜。連れて来てくださぁい」

 ひらひらした袖を振る妙に甘ったるい声を出すメイドが、細い通路の向こうに現れる。罪人達のいる暗い通路と違い、向こうは明るいが、それに今さら彼らは希望など感じ取れなかった。

 そんな彼らだが、心底可哀想なことに、未だ正気だ。肉体に傷はなく、昨晩は質の良い食事を与えられたため普段より元気なぐらいだ。だから誰もが正常な思考で、先程からとある疑問を抱いていた。恐ろしくて口に出せなかっただけの疑問を。

 “モモンガ”とは、“ウルベルト”とは、一体誰のことなのか、偉大なる御方とはアインズ・ウール・ゴウン魔導王のことではないのか、と。

 隠されている事実を、わざわざ罪人に伝える者などナザリック地下大墳墓には居ない。切り札として隠されている、“ウルベルト・アレイン・オードル”の存在を知ることは死ぬことと同義であるということも含め、誰もその愚か者共に教えてやろうとはしない。これから殺す虫にわざわざ、今からお前は死ぬのだと伝える人間など、いないように。

「エントマ、死体が出たでありんす。食べるでありんすか?」

「わぁ~、良いんですかぁ?」

 たったっと罪人達の方に駆けてくる女の子はとても嬉しそうな足取りで、ひらひらしたメイド服を靡かせる姿はとても可愛らしかった。しかしその可愛い声の発する言葉の意味と、次に近くで聞こえるむしゃむしゃという音が何を指すのかは、罪人たちは必死に俯き意識しないようにした。

 その頭上から、美しい声で死の宣告が降りかかる。

「立ちなさい。そして喜びなさい。あなた達はこれから偉大なる御方の視界に入り、その御手で殺される栄誉を賜るのよ」

 誰も立ち上がらなかった。逆らっているのではないということは、アルベドの溜息一つで肩を揺らし、泣き出した者までいることで分かる。

「────立ち上がり、こちらに向かって歩きたまえ。場内に出て、待機だ」

 とても心地の良い声が響くのと同時に、一斉に罪人たちは立ち上がり細い通路の先に向かい歩き出した。その先にいる逆光を背に立つ尻尾のある細身の男が何者かなど、何も考えずに。

「あら、デミウルゴス。……嫌だわ、もしかしてモモンガ様をお待たせしちゃったかしら!?」

「それは大丈夫だよ、アルベド、私が勝手に様子を見に来ただけだから。それから、腹立たしいのは分かるが、私が居ない時のことも考えて、もっと上手く制御した方が良いと思うよ」

「だって……、ねぇ?」

「あれは仕方ないでありんすよ」

「こんな時には結託するんだね、君達は……」

 苦笑するデミウルゴスがいる円形劇場への入口に、口を尖らせたアルベドとシャルティアが近づく。

「後は私がやっておきますよ。……エントマ、食べるのは既に死んだ者だけだ」

「はぁ~い。死体だけを、片付けますぅ~」

「ありがとう、助かるわ、デミウルゴス、エントマ」

「お言葉に甘えて、先に席に行かせてもらうでありんす」

 シャルティアがゲートを開き、アルベドと共に観客席へと移って行った。

 通路から全ての罪人達が円形劇場内に出て来たのを確認したデミウルゴスは、指示を待つ愚者達に再度『自由にして良い』と声を掛け、“支配の呪い”から彼らを解放した。

 傀儡だった者達に一斉に自我が戻り、恐怖と絶望も戻ってきた顔を見渡し、彼は満足げに頷く。

 一仕事終えた悪魔は観客席に向かい軽く跳躍し着地すると、既に席で楽しそうにしている仲間達の近くに腰を降ろした。

 

 自分達はまだ希望していたのだと、真の絶望を見て罪人達は知った。

「っ、あ……」

「いやだ、いやだいやだいやだ!!」

「うそ……だ、こんな……」

 もしかしたら助かるかもしれないなど、無意識の奥で考えるのすらも烏滸がましかったのだと痛感する。半狂乱の泣き声と笑い声が響く。座り込んでしまった者すらいた。

「おやおや、練習になりますかねぇ?」

 嘲り笑われても、それが当たり前すぎると腹立たしいとも思わないのだと彼らは知った。

 捻じくれた山羊の角、歪んだ金の瞳、美しい衣装は黒く滑らかに輝き、細やかな金装飾具と胸元にあるバラや衣装の差し色である赤をより鮮明に美しく引き立てている。

 そして、美しく歪んだ笑みを見せる悪魔の如く嗤う山羊の隣にいるのは、まさに死の具現。その髑髏の眼光に宿る赤い炎は見る者自身の命の灯火に思える。一目見ただけで自身の命の軽さを感じさせる、絶対の存在である死の支配者。

「……まぁ、的にはなるでしょう」

 その支配者の言葉に、周囲から笑い声が返ってくる。

 見渡し、観客席に異形の者、人間に見える者達がいるのにやっと彼らは気付いた。そして自分達の立場というものも、嫌々ながらも理解をし苦い唾と共に飲み込んだ。

 モモンガとウルベルトは頷き合い、互いに背を向け歩き出す。そして、闘技場の隅に向かい合う形で立った。

 目前の聳え立つ死と悪魔に、罪人たちはこれから何が起きるのかと涙を流し絶望する。すると、目の前に突然現れた歪みから金髪のメイドが現れ、なんとその艶めかしい体から、泉に石を投げ入れた時のように波紋を広げて大量の武器をがらがらと零したのだ。

「ルールを説明します」

 まるで何事もなかったのように、淡々とメイドは語る。

「一撃でも、至高の御方に与えることができた場合、あなた達は開放されます」

 何を言われたのか、それが事実なのか、最早過ぎた恐怖と絶望に脳が麻痺した罪人達には判断が出来ない。しかし、のろのろと彼らは武器を握った。

 それが抱いてしまった希望からなのか、逆らうのが怖いという感情からなのかは、最早彼らにも分からなかった。

「チャンスですよ? 今は疲れてますからね、訓練終わりで」

 悪魔の甘い囁きが、円形劇場内にて響く。それは確かに、嘘ではなかった。先程までウルベルトとモモンガは互いの魔法能力の把握、組み合わせ検討、超位魔法発動までの時間をアイテム無しで凌ぐ戦闘訓練をしていた。実際にMPはそれなりに消費している。

 あくまで彼らにしては、だが。

「うおおおおおおおおおお」

 一人の狂戦士が悪魔の垂らした蜘蛛の糸に勢いよく飛びついた。彼の目に、悪魔の歪んだ口元は目に入っていない。

「《魔法の矢》」

「《火球》」

 放たれた魔法が知っている魔法だった、それだけで最早狂人と化している罪人達は突貫して行く。たとえ目の前で火達磨になった人間が悶えても、頭から足の先まで貫かれ苦悶の表情を浮かべながら死ぬ亜人が積み重なってもだ。

 ウルベルトとモモンガはわざと手を休め、周りを取り囲まれるのを待った。

「《龍雷》」

「《死》」

 それはフレンドリーファイアの解禁された現状で、乱戦状態になっても同士討ちをしないように魔法を放つ訓練の為だ。周りを取り囲まれ、魔法を放つと互いに当たりそうな場所に敵がいる。その状態こそが訓練に求めている環境だ。

 ちなみにレベル差がありすぎるということで縛りプレイとして、罪人達を逃がしてはいけない、攻撃を受けたら即死と思い必ず避け逃げながら攻撃をすること、という2つの縛りがある。

 そのため、攻撃を必ず避け周りを確認し逃亡者がいたら率先して殺し、と、なかなか難しいゲームになっている。

「ウルベルトさん! 右手後方に逃亡者!」

「了解、《火球》!」

 立ち位置的に狙うのが難しい敵は、互いに補佐しながら殺していく。そうして更に、放つ魔法の距離感、威力、狙えるかどうか、狙えるとして精度はどれぐらいか、それを知り、学び、練習していく。

「《魔法位階上昇化・魔法の矢》」

「《現断》、《火球》」

 モモンガがウルベルトの背後から斬りかかろうとしていた男を真っ黒焦げにする。

「おっ、上手くなりましたね、モモンガさん! ありがとうございます」

「練習の成果です! ウルベルトさんの攻撃も、さっきからすごく正確ですよね」

「いやー、上達するもんなんですね。なんだろう、ボールを投げる練習……、みたいな感じしません? 《魔法位階上昇化・魔法の矢》」

 放たれた矢は美しい軌跡を描き、壁を上り必死の逃亡を試みていた者達を続々と貫く。お見事です!と、観客席から熱い拍手が響いた。

「確かに、そんな感じですね。《火球》。最初の頃は俺達、互いに攻撃しちゃって大変でしたもん」

「モモンガさんを攻撃してしまった時は本当に焦りましたよ。おや、もう挑戦者はいないみたいですね」

 死体が積み重なり、勇敢な者は死に絶えた。後は半狂乱で泣き叫びながら背を見せ逃げる者達だけだ。モモンガも周りを見渡し肩をすくめると、一斉に逃げに転じ始めた残りの罪人達に見切りをつけた。

 訓練は終了し、生き残りの罪人達の殺処分が開始される。

 燃やされる肉の匂い、焦げ臭さ、悲鳴、肉の上に肉が重なる音が絶え間なく続く。そうした果てに、可哀想なことに、どんな不運が重なったのか一人だけで生き残っている人間がいた。

 モモンガとウルベルトは、共にその残りモノに目を遣る。

「う、あ、あぁ……」

「《龍雷》」

「《魔法位階上昇化・火球》」

 まさにオーバーキル。悲鳴をあげることもなく、その人間はただの炭に成り果てた。

 そして、嬉しそうな声を上げながら観客席から一斉にナザリックの者達が飛び下りてきた。

「さすがはモモンガ様! 一太刀も浴びずに終わらせるとは、なんと素晴らしいのでしょう!」

「ほんに凄すぎるでありんす!」

「マサニ至高ノ御方。コノキュートスモ、鍛錬ニ一層励ミタク思イマス……!!」

「大変素晴らしい……! 勉強になりました! このデミウルゴス、まだまだ至らぬ身であると痛感いたしました……!」

「あ、あの、モモンガ様もウルベルト様もかっこよかったです……!」

「最後に殺された罪人は幸せものですね! あんなに凄くて綺麗な魔法で死ねたのですから!」

 キラキラ輝く瞳と熱い羨望を向けられ、モモンガは照れてしまう。絶対の支配者が賞賛されて気恥ずかしくなるわけにはいかないので、咳払いで誤魔化した。

「う、うむ。皆、ありがとう。これは賛辞に対する礼ではなく、訓練準備を手伝ってくれた礼だ」

 言う前から分かっていたことだが、守護者達は一斉に礼など不要だと慌てた。それでもモモンガは、礼を言うべきと判断したら言い続けようと決めている。しかしそこに突っ込むと互いに譲らず堂々巡りになってしまうので、触れずに流し話を続けた。

「お前達も乱戦訓練をした方が良いかもしれないな。私とウルベルトさんも最初は上手く連携が取れていなかったのは見ていただろう?」

 笑顔だった守護者達の顔が一斉に真剣味をおびる。

 乱戦訓練初回、ウルベルトの威力上昇させた特大の《火球》をくらい、モモンガは久方ぶりにHPを大幅に減少させたことがある。その時のことを思い出したのだろう、下手な世辞は出ない。

 ちなみにこの事件時、モモンガは難しいゲームに挑戦できたことがむしろ愉快で笑って許したのだが、守護者達の方が暫く落ち込んでいて大変だった。

「牢獄の罪人達は好きに使って良いから、お前達も乱戦や共闘などの経験を積むと良い。後は、そうだな……。最悪に最悪の事態を想定して、一般メイドを後方で守りながら戦ったりとかだろうか……。ウルベルトさん、……ウルベルトさん?」

 他にどのような事態を想定できるか聞こうとした相手が近くにいないことに気付き、モモンガは首を傾げる。

「どうしたんですか、ウルベルトさん?」

 モモンガから少し離れた所で、ウルベルトは死体の山から何かを探していた。

「モモンガさん、これ、貰っても良いですか?」

 死体の山の中から、虫の息の男をずるりと取り出したウルベルトは、それをずるずると引きずりながらモモンガに近づく。

「また拷問ですか? 遊びすぎは駄目ですよ。最近、増えてませんか?」

「違いますよ。後で、ちゃんと理由含め報告はします。デミウルゴス、エントマ、少し一緒に遊びに行こう」

「はっ、お供させて頂きます」

「畏まりましたぁ~」

 声を掛けたメンバーから考えるにやっぱり拷問じゃないのかと、モモンガは少し呆れる。しかしこれ以上指摘はしない。元々死ぬはずだったのだから、間に拷問が挟まろうと大した差は無いのだから。

「ソリュシャン、先ほどの訓練は守護者達だけでなくプレアデス、いやナザリックにいる戦闘員全員が希望するなら可能であると伝えろ。ただし、訓練時は私もしくはアルベドに許可を取り、万が一に備え観客席には必ずレベル八十以上の者を最低ニ名は置くことを厳命する」

「はっ、畏まりました」

 ふと、モモンガはナザリックの者達皆が寂しそうな顔をしているのに気付いた。原因は、先ほど去ったウルベルトとデミウルゴスだ。自身の造物主がいないことに、やはり彼らは寂しさを感じてしまうのだ。

 一応モモンガからもウルベルトに対しデミウルゴスばかりをかまわないように伝えている。だが自身の作成したNPCを気に入り拷問趣味もマッチしているからか、どうしてもウルベルトは比較的デミウルゴスとよく遊んでいる。

 そうなるとやはり、造物主がいない子供達をサポートするのはモモンガの役目だ。少しはその寂しさを埋めてやりたくて、直接の生みの親代わりにと、度々モモンガは気遣っていた。

 遊びに行こうと誘ったり、欲しい物がないか気にかけたり、何かしたいことはないか聞いてみたりと色々している。

「ところで今日は皆暇か? 急ぎの仕事を抱えていないか?」

 しかし結局、モモンガにとってできることは、子供達に寄り添うことぐらいである。

 皆が口々に時間があると言い、モモンガの気遣いを察して、はにかみながらも嬉しそうにそわそわし始める。

「そうか。それなら皆でお茶でもしよう。私は飲食できないが、皆と語り合うことはできるからな。ソリュシャン、暇な姉妹がいるなら誘ってくると良い」

 わっと嬉しそうに笑顔が咲く。その笑顔を見てモモンガも嬉しくなった。

 

 彼らが幸せならそれでいいと、それだけを心底思っていた。

 

 

 

 

 

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