魔が注ぐは無償の愛   作:Rさくら

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※ウルベルト・アレイン・オードル様がナザリック地下大墳墓に帰還した時の御話です。


主演:捧げる者達 1

 

 

 

 緑と水色。

 視界いっぱいに生い茂る枝葉、その間から見える知らない綺麗な天空。ひとまず頭はそれを視認だけした。続いて風、知らない青い匂いを感じる。

「…………は?」

 訳が分からないながらも、いつまでも寝転がっている訳にはいかない。ゆっくりと、死んだはずの身を起こす。

 そう、確かに死んだはずなのだ。衰弱しきった身体を横たえ、体温がとどまるところを知らずに下がっていき、恐ろしさも悲しさも超えた空虚が身を包んでいく、死に足先から浸っていくあの感覚。

 あれは、嘘ではなかった。

「…………天国、なのか?」

 しかしそれは、自分の人生と価値観を思えば随分と縁遠い場所のはずだ。しかしだからといって、ここが地獄のようにも思えず首を傾げる。

「……………………………ん?」

 自身の体に違和感を感じる。視界に入った、やっと思考回路が正常に判断した、“目前の自身の腕”に息を呑む。そして、息を荒げながら、腕を、胴を、脚を、顔をべたべたと触っていき、心臓がどんどん早鐘を打つ。

 その感触は、彼の記憶にある懐かしいアバターを簡単に想起させた。

「まさか、まさかまさかまさかまさか……!!」

 嘘だ、ありえない、そんな馬鹿な、色んな言葉が浮かんでは脳内で消えていく。大慌てでアイテムボックスから取り出した姿見に映る自分自身に、ただ、愕然とする。

「っ……、ウルベルト・アレイン・オードル……!?」

 なんで、どうしてという言葉すら喉奥から出てこない。

 しかし映っているのは間違いなく、かつてウルベルト自身がユグドラシルで愛用していたアバターの姿だ。しかも、記憶に誤りが無ければユグドラシルをやめた時の姿である簡素な装備まで完全に再現されている。

「いやいやいや、そりゃ、最期に、確かに、モモンガさんともっと遊びたかったとか、考えたり思ったりはしたけど……!!」

 ふるふると必死に頭を振る。

 これは夢、走馬灯、死に際の妄想、ありとあらゆる可能性が出てきては一瞬で消去されていく。あまりにはっきりしている、自身を取り巻く環境全てが、これは現実なのだとウルベルトに突き付けていた。

「ありえないだろ!!」

 そうして暫くの間パニックのまま立ち過ごし、深呼吸をし、そうして漸く、かろうじてウルベルトは僅かに落ち着いた。だが、自分が無意識にアイテムボックスから当然のようにアイテムを取り出したことに気付き、再度頭を抱える。

「ありえない! ありえないだろ!? おかしいだろ!? ……クソッ! だいたいッ、ここはどこだ!!?」

 叫んでも、当然答えなど返って来ない。

「……ッ、……糞ッ!!」

 ひとしきり悩み抜き、そして、ひとまずウルベルトは待ってみた。何かが現れる可能性を考えての行動だったが、何も現れない。

ならば行動するしかないのだが、大自然の中でどうすれば良いのかなど、ウルベルトには全く分からなかった。その肝心の大自然が枯れ果てていた世界で、そんなことが学べる訳もないのだから。

「こんなことになるなら、ブルー・プラネットさんの話をもっと真面目に聞くべきだったな……」

 周りを見渡してみても、知識の無いウルベルトにはデータ上で見たことのある木と草と土と青空としか分からない。そこから得られる情報など、ある訳がなかった。

「……はあー……」

 魔法を使うという発想が出なかったウルベルトは、手近にあった木の枝を折る。そしてそれを地面に垂直に立てると、ぱっと手を離した。風と重力と枝の凹凸が絡んで、棒は一方に倒れる。

「あっちかぁ……」

 枝が倒れた方へ、半ば自棄糞気味に、ウルベルトは足を進めた。

 

 

 

 暫く歩いて、ウルベルトは自身の強運を噛みしめる。

 山羊の耳に入ってきたのは自然物の音ではない、人工の音だ。

 ちなみにこの時から始まるラッキーが原因で調子に乗り後々大怪我を負うことになるのだが、それはまだこの時のウルベルトの知る所ではない。

 カンカン、何かを指示する大声、どすん、どすん。また大声。何か大掛かりな取り組みをしていると分かる方へ、ウルベルトはどんどん足を進める。

 暫くして進行方向の先に、森林ではない明るく開けた平地と、建造物らしき姿が僅かに見えてきた。そして大量の動く生命体を視認すると、ウルベルトは一旦その足を止めた。

「……さて、どうするかな」

 誰かがいることに、安堵と同時に警戒心を抱く。何の情報も無いのに飛び出しても、下手をしたら殺されるだけかもしれない。何かしら先に手を打たなければいけないと考え、そこでやっと、魔法が使用できるのではないかとウルベルトは思い至った。

「あー、えっと、《不可視化》、……できているのか今いち分からないな。それから……、ええい、どうとでもなれ! 《飛行》!」

 浮かび上がる体に驚きバランスを崩しつつ、なんとかウルベルトは体勢を整える。

「あははっ、マジか!」

 魔法使用に問題は無い。意識を自身の内に向ければ、MPもスキルも魔法も全て、手足を動かす感覚で把握できている。それらに驚きと興奮を覚えつつ、ウルベルトはその場から一気に上昇した。

「おー、すごい!本当に大掛かりな工事してるな!」

 つい大声を出してしまったウルベルトの方へ、工事現場にいる見目から人間ではないが二足歩行している者達が視線をやる。おそらくは知的生命体だろう、衣服を纏い武器をぶら下げた者もいる。ぎくりとするが、首を傾げるだけで作業に戻っていったため、《不可視化》に問題は無いようだ。ウルベルトは、ほっと一息つく。

 眼前に広がる工事現場は、新しく都市を作ろうとしている様子だ。

 森の中に、開拓したのか円形の広い平野が拡がり、そこに五芒星の形をした建築途中の城郭があった。

 超巨大な城塞都市、だが別に戦争を想定している訳ではないらしい。外壁はそこまで高くなく、未完成だが壁画や堀細工などの装飾を施している。

 更には防御力より交通の利便性が優先のようで、五芒星の内、先端3点には小さな門が作られそれと反対側の凹み部分には正門らしき巨大な門が構えられている。門と合わせ、どこかに続く石畳の道も鋭意製作中の様子だ。

「はー、すっげぇなぁ、王族の城とかなのか? 文明は……、中世レベルって所か? 現代的な機械は見当たらないし……。おっ、魔法を使ってる。ふーん、魔法が当たり前の世界なのか……」

 城壁内の工事現場に向かい、さらにウルベルトは近くで調査することにした。

 どうやら、街には多くの水路を作る予定のようだ。上空から見えた瓢箪形の池と繋ぐつもりだろうか、それとも魔法を使うのか。詳細は不明だが建築途中の橋や白壁が完成し澄んだ水が街中を流れたら、きっと綺麗な景色が出来上がるのだろうと、無関係なはずのウルベルトも期待してしまう程に既に完成形の美の片鱗を覗かせている。

 都市中心では、背の高い塔のような城も建築中だ。既に完成した時の厳かな美麗さを想起させる佇まいの城は、全体的に青と白を基調とする予定のようだ。タイル貼りの複雑な紋様の壁画が、無数の職人によってせっせと完成を目指し作られている。

「おーい、そろそろ休憩だー!」

「南の現場は遅れてるって話はどうなった?」

「そっちは大丈夫だ。それよりエ・ランテルまでの道がな、道幅広げるかって話になってるらしいぞ」

「人手足りるか?」

「ここが終わった後からの改修予定らしい。ドワーフの応援もあるみたいだから、大丈夫だろう」

 見た目からバラバラの種族が集まっているが仲が悪いわけではない様子だ。また奴隷のように働かされている様子は一切なく、休憩まで取っている。

「……理由は分からないが言語は通じるみたいだな。動物系人外とアンデッドとゴーレムしかいないけど、さて、今の“俺”は果たしてどう見られるのか…」

 一気に高さをとり、ウルベルトは現場の指揮官を探し始める。

 そして、城壁外側に大木で組まれた高さのある足場を見つけた。その屋根には日差しと雨避けのために綺麗な赤い布が張られており、さらにその近くには立派なログハウスまで建てられている。

「あれかな……。まずは様子見で、大丈夫そうなら魔法を披露して売り込んでみるか」

 どんなお偉いさんがいるのだろうかと緊張しつつウルベルトは降りて中を覗き込み、そして、驚愕する。

「えっ、」

 そこにいるのは、想定外の、しかしとても良く知っている懐かしい存在。

 氷柱を連想させる二足歩行する大きな昆虫と、庇護欲を煽るようなか弱い少女にしか見えないミニスカート姿のおどおどした態度の少年、だ。

「まっ、マーレ……!!? それに、コキュートスまで!?」

 ナザリック地下大墳墓の階層守護者であるはずのコキュートス、そして、マーレ・ベロ・フィオーレ。とても懐かしい存在が、あり得ない場所であり得ないことをしていた。

 大声を出してしまったが、思考はそれどころではない。しかし当然、守護者達はウルベルトの大声に気づいてしまっている。共に目を通していた広げた設計図からガバリと顔を上げ、ウルベルトのいる辺りを守護者達は睨みつけていた。

「なんで……」

 訝しんでいたマーレがコキュートスと何か言葉を交わし、そして攻撃態勢に移行してるのに気付いたウルベルトは慌てて惚けるのを止めた。

「待ってくれ、俺だ!!」

 《不可視化》を解除し、コキュートスとマーレの近くにウルベルトは降り立った。くりくりしたオッドアイと、深い蒼の複眼に山羊の姿が映る。

「え、えっと、分かるかな? ウルベルト・アレイン・オードル、だ」

 名乗りを上げたところでマーレとコキュートスが自分を知っている確証は無いと気付き、ウルベルトは冷や汗をかく。

「っ……、ウルベルト・アレイン・オードル様……?」

「ウルベルト・アレイン・オードル様……、ナノデスカ……」

 相手の口から出た言葉にウルベルトがホッとすると同時に、驚愕の事態が起きた。

 マーレとコキュートスが、ウルベルトに対し片膝をつき頭を下げたのだ。まるで、王に忠誠を誓い頭を垂れる騎士のように。それだけでも充分にウルベルトは、だいぶぎょっとしてしまったのだが、静かになった周囲を見渡し、更に目を見開くことになる。

 マーレとコキュートスが片膝をついた姿を見た周りが、次々と平伏を始めだしたのだ。まずは足場近くの者達から始まった波は、どんどん広がっていき作業員の手を止めていく。先ほどまであった煩いぐらいの音が、嘘のように静かになっていった。

 気付けば、周囲全ての二足歩行の生物が、ウルベルトに平伏していた。

 それは、明確な上下関係を示唆していた。彼らより上位に君臨するのが“マーレ”と“コキュートス”で、そしてその更に上に君臨している存在こそが、“ウルベルト”なのだと。 

「え、と……」

 ひくりと顔が引き攣ってしまったのだが、仕方ないだろう。ウルベルトが姿を現しただけで、一帯が静まり返ってしまったのだから。そしてまたウルベルトが何かしなければ、この沈黙が終わらないのも明白だ。

 愚図る頭を必死に働かせ、正解か分からないまま言葉を続ける。

「か、顔を上げてくれ、マーレ、コキュートス。それから、ここで何をしているのか教えてくれないか?」

「は、はい! ウルベルト・アレイン・オードル様……、えっと、僕は……う、ひぐ、」

「えっ、なんで!?」

 大きな瞳から、これまた大粒の涙をぼろぼろと零し始めたマーレにウルベルトは大慌てだ。何かしてしまったのかと問うと、マーレも慌てた様子で涙を散らしながら頭を横に振った。

「違うんです! す、すみません、まさか、ウルベルト・アレイン・オードル様に会えるなんて……! 僕、本当に嬉しくて……!!」

 気遣わし気にマーレを伺うコキュートスが、恐る恐ると言った風に口を開く。

「ウルベルト・アレイン・オードル様……、」

 それを一旦静止し、ウルベルト呼びで構わないと先程からフルネームで連呼し続けるコキュートスとマーレにウルベルトは言い聞かせた。

「デハ御身ノ寛大ナル御言葉二甘エテ、ウルベルト様……、ナゼ、ウルベルト様ハ、ココニ居ラレルノデショウカ。他ノ……、他ノ至高ノ方々モ、居ラレルノデスカ?」

「ここに来たのは俺一人だけど……、至高の方々って誰のことだ?」

 至高の方々とは、ナザリック地下大墳墓の創造主である四十一人、つまりはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーのことだとコキュートスの説明で理解し、ウルベルトは頭を抱えた。

(そりゃ作ったのは作ったけど、ゲームデータだぞ!? それで神様みたいに扱われても逆に困るだろ!!)

 頭の中で絶叫しつつウルベルトは、あることに気付く。

「……コキュートス、マーレも、“ユグドラシル”のことを覚えているのか? いや、ここはもしかして、“ユグドラシル”そのものなのか?」

 自分がゲームの世界に来てしまったのではないかと確信しウルベルトは問うたが、しかしその問いは直ぐに否定された。

「ナザリック地下大墳墓ガ元々アッタ土地ノコトナラ、覚エテオリマス。毒ノ沼地ニ囲マレテオリマシタ。ソシテ、ココハ、“ユグドラシル”トハ別ノ地デ御座イマス」

「は、はい、コキュートスさんの言う通りです。“ユグドラシル”とは違う土地……、“ユグドラシル”には無かった、武技やタレントという存在もあります。そして、み、皆、至高の方々のことは当然覚えております……!」

 ゲームの世界でもない、異世界。

 そんな世界に自分がいることも衝撃だが、それよりもウルベルトには気にすべきことがあった。

「そ、そうか……、そうだったのか……」

 “ユグドラシルのことを覚えている”ということはつまり、ウルベルトが途中からログインしなくなった、すなわちナザリック地下大墳墓を、アインズ・ウール・ゴウンを見捨てたのも記憶しているという意味だ。

「……それはつまり、」

 もしかしなくとも彼らは自分を恨んでいるのではないかと推測し、青褪める。ナザリック地下大墳墓で作られたNPCのカルマ値の低さは、ウルベルトもよく知ってる所だ。

 突如黙り込んだウルベルトに、コキュートスが恐る恐る話し掛ける。

「ウルベルト様、先程ノ問イニ対シオ答エシテモヨロシイデショウカ?」

 何のことか忘れつつあったのでウルベルトは適当に頷く。

「コノコキュートス、畏レ多クモ今ハナザリック守護ノ任ト共ニ、コノ地ノ統治モ任サレテオリマス。ソシテ今ハ大規模都市開発ノ途中デ御座イマス」

 胸を張り答えるコキュートスに続き、マーレもおどおどしつつも誇らしげに答えた。

「ぼ、僕は、コキュートスさんのお手伝いと補佐で来ています……!」

 その答えを聞いても、ウルベルトには今いち事態が飲み込めなかった。そしてまた、目前の守護者達が親に褒めてと強請る様なキラキラした瞳をしていることに気付く余裕も無かった。

 情報が多すぎる、いや違う何も知らなすぎるし分からなすぎるのだ。算数を知らない人間が数学をいきなり教えられたら、きっとこんな感覚に襲われるのだろうと、ウルベルトは確信する。

(なんで、ナザリックの階層守護者が、ナザリック外を統治して都市開発してるんだよ……!?)

 全く頭が整理できずに、ウルベルトは頭痛を感じた。次の発言も行動も決めかねるウルベルトに、今度はマーレがおどおどと話し掛けてきた。

「あ、あの、アインズ様は、ウルベルト様がここにいらっしゃることを知っているのですか?」

「……アインズ、様?」

 首を傾げたウルベルトに、マーレも可愛らしくこてんと首を傾げ返した。そして何かに気づくとハッとして、あわあわし始める。

「しっ、失礼致しました! アインズ様とは、モモンガ様のことです!」

 その言葉に、ウルベルトは、雷が落ちてきたかのような衝撃を受ける。先程から衝撃のオンパレードだったが、驚きに上限は無いのだと思い知ることになった。

「モモンガさんが、いるのか」

 さすがに頭が限界を突破したらしい。気が遠くなるような感覚に襲われ、ウルベルトは頭を振る。

「あー……、マーレ、コキュートス、少し休めるところが近くにないかな?」

「えっと、ナザリック地下大墳墓に戻られますか?」

「いや、ナザリックではなく、この近くでお願いしたい」

 ナザリック地下大墳墓に行ってみて色々確認したい願望はあるが、こんな混乱状態で更なる情報過多は御免である。ひとまず聞いた情報と見知った情報を、一人になってウルベルトは整理したかった。

「か、かしこまりました……。えと、それなら、僕とコキュートスさんが休憩や寝泊まりで使っている小屋ならありますけど……」

「ウルベルト様ニハ相応シクナイカト思ワレマスガ、アチラニ」

 あの見えている立派なログハウスが自分に相応しくないとは、知らぬ間に自分は偉くなったものだと遠い目をしつつ、マーレに招かれるままウルベルトは脚を進める。そしてふと、自身に向かい平伏したままの周りが目に入り足を止めた。

「コキュートス、作業を再開してくれ。俺のことは気にしないで良いから」

「シカシ……、」

「いいから平伏とかも止めさせて、作業に戻ってくれ。俺のせいで納期に間に合わなかったとか御免だからな!」

「ハッ、畏マリマシタ。御言葉ニ甘エテ務メニ戻ラセテイタダキマス」

 コキュートスの掛け声を合図に周りに作業音が戻ってきたのを確認すると、ウルベルトは歩みを再開した。

 

 

 

 山羊の目による錯覚とかではなく、近づいてもやはり立派なログハウスだ。

 一階建てだが、コキュートスのためにか単に快適さを追求したのか妙に背が高い。そして横にも広く、シンメトリーの中心には両開きのこれまた立派な扉があった。

 先程聞いた話通りならば工事期間の休憩室として作られたはずなのに、それにしては随分と豪勢だ。両開きの扉には細やかな装飾が施され、ステンドグラスまではめ込まれている。

 さらに玄関先ではメイドが待機していた。予想通り、左右に控えていたメイド達はウルベルトが扉前に立つとそれぞれが左右の扉をさっと開け、頭を下げてウルベルトが通るのを待っている。これまでに体験したことのない自動扉に、ウルベルトはなんとも言えない気持ちが沸き上がってくるのを感じた。

「「どうぞ、御入り下さいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様」」

 心底嬉しそうな歓迎の二重奏に若干引きつつ、中に入ろうとして、ウルベルトは足を止める。

「ん? マーレ?」

 先にログハウスに向かっていたマーレが、中に入らず少し離れた所で何か話しているのに気付き、ウルベルトはそちらに視線を遣った。

「独り言か?」

 ウルベルトは首を捻りつつマーレを待つ。

 ウルベルトが先に入室し中で自由に寛いでいても誰も咎めはしないのだが、そんなことは知らないウルベルトは勝手に先に入ることが出来なかったのだ。

 悲しそうにしたと思えば、嬉しそうにして、誰もいない空間に向かいマーレは頭を下げる。

(あんな不思議ちゃん設定だっけか……?)

 振り向いたマーレは、ウルベルトを待たせていた事実に気付き驚愕の顔をする。そして、これまた男の娘らしい可愛らしい走り方で駆け寄ってきた。

「ウ、ウルベルト様! 御待たせしてしまい、申し訳ありません! それから、あっ、あの、よろしいでしょうか。アインズ様と、えと、御話をしたので……」

 え、どうやってという驚きと同時にウルベルトの頭にやっと《伝言》魔法が閃く。

「あー……、なるほど。えっと、それでモモンガさんは……、いや、アインズって言った方が良いのかな。……まぁいいや。ひとまずそれで、モモンガさんはなんて言ってたんだ、マーレ」

「はい、アインズ様が直接こちらにいらっしゃるようです。それまで、お待ち頂くようにと仰せでした。お、御食事など運ばせますが、欲しい物があれば何でも申し付けて下さい!」

 マーレはにこにこと機嫌良さそうに屋内の廊下、真ん中奥へと小さい手と指先を向け案内する。

「お、御部屋は真ん中の御部屋をどうぞ。アインズ様が来られた時のための、休憩室ですので」

 メイド達が再度扉を開けに歩き出したが、それをマーレが引き止める。

「ウ、ウルベルト様に御食事を用意してください。後少しで《転移門》が開いて迎えが来ますので。後は、僕が案内します」

「畏まりました、マーレ様」

「御前失礼致します」

 じっと見詰めてくる熱いメイド達の眼差しに、もしかしてと正解に思い当たったウルベルトは戸惑いつつも彼女達に声を掛ける。

「あぁー……、うん、よろしく頼むよ」

 メイド達は、それはそれは嬉しそうに深々と頭を下げてから玄関へと戻って行った。

 玄関をくぐってから少し廊下を歩いた先の中央扉を、先導するマーレが開く。

 目前の扉以外にも左右に廊下が別れていたが、その先はコキュートスとマーレそれぞれの部屋なのだろう。少しそちらも気になりつつ、ウルベルトはマーレに誘われるまま休憩室に入った。

「休憩室……」

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド紋様が大きく描かれた御旗が、室内に入りすぐ視界に入る。

 その前に置かれた、まさに玉座といった風貌の赤く滑らかで細やかな堀細工を施された椅子には、おそらく宝石が埋め込まれているのだろう。大きな輝く粒が所々に見受けられる。床には、ふかふかの絨毯が敷かれており歩くだけで心地が良い程だ。

 さすがに玉座に座す気は起きず、ウルベルトは扉近くにあった黒く大きな椅子に座る。

 頑張れば大人五人は座れそうな椅子は、何か巨大な骨をくり抜き装飾を施したもののようだ。腰を下ろす所と背もたれには綿が埋め込まれ滑らかな革が張られており、座り心地がとても良い。さらに柔らかなクッションまで三つ置かれていて、ここで何時間でも読書ができそうな快適さだ。

 満足そうに座るウルベルトに、嬉しそうなマーレは当前のように問いかける。

「ウルベルト様、僕にできることなら何でもいたします、ご、御命令を」

「あー……、えっと、悪いんだけど、一人で考えたいことがあるから、なるべく誰も近づけないように、お願いできるかな?」

「お願いなどとんでもない! 御命令してくだされば何でもいたします! そ、それじゃあ……、」

 再度《伝言》で会話を始めたマーレに何事だろうかとウルベルトが訝しんでいると、部屋の扉がノックされた。

「あっ、あの、入室させても、よろしいでしょうか?」

 構わない、というか許可をわざわざ取らなくても良いのではないかと思いつつウルベルトは頷く。

「ど、どうぞ、入ってください」

 玄関で見たニ人のメイドがワゴンを押して入り、深々とまた頭を下げた。

 ワゴンに乗せられているのは、色とりどりの大量の料理だ。分厚いステーキから七面鳥丸ごと1匹に加え、フルーツの盛り合わせに糖蜜のベールが輝くタルトまである。さらには数種類のパンが盛られた籠と、海鮮料理に肉料理、フライから焼き、煮込み、生食まで幅広く準備されていた。

「失礼いたします。申し訳ありません、遅くなりました」

 綺麗な一礼を披露してからメイド達はテキパキと働き始めた。

 ウルベルトの前にあるガラスのテーブルに白く染み一つ無いテーブルクロスを掛け、銀食器を並べ華美な皿に乗せられた様々な料理を次々と並べていく。綺麗に並べ終わると、再度彼女達は綺麗な一礼を披露した。

 ウルベルトがぽかんとしている間に、マーレはメイド達に対し必要な指示を済ませていた。

「……畏まりました。退室いたしますが、何かあれば申し付けて下さい」

 先ほどまで興奮した様子のメイド達は明らかに気落ちしていたが、ウルベルトにはそんなことに気付く余裕など全く無い。

「……え、あぁ、うん。よろしく」

 なんとかウルベルトが声を搾り出すと、マーレもメイド達も深々と頭を下げてから退室していった。

「……………………え、なに、この状況」

 ありとあらゆる問題は解決した。というより解決し過ぎた程だ。

 屋根付きの立派な家屋に柔らかいクッションに豪華な椅子、目の前に並ぶ輝かんばかりの食事は肉も魚もフルーツも菓子も、文字通り何でもある。酒に果実水も用意され、ウルベルトのためだけに用意したにしては多すぎる量だ。おそらく、ウルベルトが何を食べたくなっても対処できるようにという配慮なのだろう。

「はぁー……」

 問題が解決し厚遇を受けているのに、頭痛が止まらず気が重いなんて、ウルベルトにとって初めてのことだった。

 


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