迷宮都市に再度訪れ冒険するのは間違っているだろうか(改訂版)   作:汰地宙

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これは以前投稿していた小説の改訂版になります。


第一話 帰ってきた者

 ―――迷宮都市オラリオ。

 その名の通り、全世界で唯一『迷宮(ダンジョン)』と呼ばれるものがある都市。

 数多くの冒険者たちが、自分たちの追う夢、あるいは目的の為に訪れる都市。

 

「……オラリオ……か」

 

 そして今日もまた、一人の冒険者が都市へと足を運ぶ。

 しかしその冒険者は、どこか普通とは違っていた―――。

 

 

 

***

 

 

 

 冒険者ギルド。

 迷宮都市オラリオの中心にそびえ立つ白亜の塔……『バベル』の一階に存在する、言わば冒険者たちを管理する機関だ。

 新米冒険者の指導や素材及び魔石の買い取りなど、様々なことをこのギルドが行っている。

 

 そしてエイナ・チュールもまた、ギルドで働く職員の一人だ。

 

 エイナは受付で冒険者らの応対をしながら、ある一人の冒険者のことを頭に思い浮かべる。

 くせっけの白髪に深紅(ルべライト)の瞳を持つ、兎の様な少年―――ベル・クラネル。最近冒険者ギルドに登録した冒険者で、現在エイナがアドバイザーを担当する冒険者だ。

 自分より年下で少し頼りないような印象の彼は、エイナにとってすっかり弟のような存在だ。そのせいもあって少しばかり世話を焼きすぎてしまっている気もするが……実際、彼は傍から見てとても危なっかしい。

 

 ベル・クラネルはダンジョンに夢を見ている―――エイナは彼をそう評している。

 何やら彼を育てて教育を施した人物が、『ハーレムは男の夢だろう!』なんてことを平気で言う人物だったようで、純粋なベルはまたその影響を顕著に受けて育ってしまっている。故に彼は、奥手ながら女性への興味だけは人一倍だ。全く、そのベルを育てた人物に恨み言の一つでも言ってやりたくなる。

 

 そんな夢見がちで純粋な彼は、どうやらダンジョンに異性との運命的な出会いを求めているようなのだ。

 それもまた、彼を育てた人物の影響だということで、本当に傍迷惑な―――

 

「……っと、ちょっと。大丈夫か?」

「えっ、あ、はい! 申し訳ありません……では、これで登録は完了です」

 

 物思いに耽っていたせいか、目の前にいる冒険者に訝しげな視線を向けられている。わたわたとしつつもなんとか対応を終え、その冒険者が去って行った後、エイナは数度首を振った。

 職務中に別のことを考えてしまうなど、自分らしくもない。先程のような失態を犯さないためにも、今は仕事に集中しなければ……と思ったところで、また一人の冒険者がエイナの方に向かってきていた。

 

「あ、ようこそ冒険者ギルドへ」

「あぁ、どうも」

 

 はい慌てない、いつも通りいつも通り。とまだ気持ちの乱れが残る自分に言い聞かせ、いつも通りの自然な笑顔で対応する。新たにギルドを訪れた冒険者の顔を見て―――ん? とエイナは思った。

 

 短く切られた黒髪に、吊っても垂れてもいない半眼。そこに収まる、黒曜石の様な黒い瞳。顎髭を少しばかり生やしている。ぱっと見は17、8歳くらいに見えるのだが、その冒険者が纏う雰囲気や顎鬚のせいか、見た目以上の年齢であるような気もする。そして何より、何故だかどこかで見たことがあるような……。

 

 そんな少々不思議な雰囲気の冒険者は、エイナの視線があまりに不躾だったからだろう。大人びて落ち着いた雰囲気とは少し違う、悪戯っぽい表情で笑う。

 

「……俺の顔、どこか変ですかね?」

「うぇ!? あ、も、申し訳ありません!?」

「いや、お気になさらず」

 

 しまった、またやってしまった。先程に続いての失態に慌てるエイナを見て、その冒険者は悪戯っぽい雰囲気をそのままにからからと笑った。

 この男、落ち着いた雰囲気に反して存外茶目っ気のある性格なのかもしれない。

 からかわれたのには少しむっとしてしまうが、まぁいいかと思考を切り替え、改めてギルドの職員としての職務を果たすことにする。

 

「それでは、本日はどのような御用件でしょうか?」

「実は俺、結構前にギルドに登録してたんですが……事情があって都市の外に居ましてね。再登録って形で処理してもらえないかなと」

「以前ご登録されているなら、まだ情報があるかもしれませんが……一度、お名前を伺えますか?」

「あぁ、確かに。俺は―――」

 

 

 

 

 

「―――イシガミ・流渦(りゅうか)と申します」

 

 

 

***

 

 

 

 冒険者ギルドから、一人の冒険者が姿を見せる。

 

 黒髪黒目の、エイナが評するに不思議な雰囲気の冒険者―――流渦は、ぞりぞりと顎鬚を軽く撫でながら街並みを眺めた。

 オラリオの中心にそびえ立つバベル、そしてバベルにあるダンジョンに行くために交錯する数多くの冒険者達。がちゃり、がちゃりと冒険者の武具の金具の鳴る音。そこら中から発せられ、耳に入っては消えていく喧騒。

 ……何もかもが懐かしいと、流渦はくっと笑みを浮かべる。

 

 昔は流渦も、道行く冒険者たちと同じように仲間らと一緒にダンジョンに潜ったものだ……と懐かしみながら、流渦は雑踏に足を踏み入れ―――誰かが飛び出してきたのは、同時だった。

 

 衝撃。そこそこの勢いで飛び出してきた誰かと真っ向からぶつかり、流渦は思わず一歩後ろにたたらを踏む。一方ぶつかった方は「うわぁあ!?」と素っ頓狂な、あるいは少し情けない悲鳴を上げて数(メドル)ほど吹っ飛んだ。……ぶつかった方が吹き飛ぶとは妙な光景だが、ここ(オラリオ)ではままあることだ。

 

「おい、大丈夫か?」

「いてて……あ、はい! す、すいませんっ!?」

 

 吹っ飛ばしてしまった少年は、尻餅をついて痛そうに腰をさすっていた。不注意だったなぁ、と申し訳なく思いながら手を差し出そうとすると、少年は手を取ることなく立ち上がって胸の前で両手を振った。なんともまぁ、元気のいい少年だなぁ……と何の気なしに少年の姿を目に収めた瞬間、暴力的ともいえる衝撃……否、笑撃が流渦の腹部を強襲した。

 

 ……ところどころに見える白から、元は綺麗な白い髪をしているであろうと想像できる、その少年冒険者。

 しかし今、その白は見るも無残に真っ赤に染め上げられていた。いや、白い髪だけではない。少年冒険者の体の前半分は、全て血で真っ赤だった。……形容するなら、中身をぶちまけたトマトだろうか。妙に血なまぐさい辺り、どうやら魔物の血でも頭から浴びてしまったらしい。なんとも運のない少年だ。

 

 しかし街中をそんな姿で駆け抜けてきたとは……あまりに珍妙、あまりに奇怪。

 冒険者の鍛え上げられた腹筋で全力で吹き出すのを抑えながら、わたわたとギルドへ駆けて行った少年を見送って、

 

「……あいつ、あのままギルドに行くのか……」

 

 色んな意味で大丈夫だろうか、と。

 何とか笑いを抑えきった腹を押さえた流渦は、少年冒険者がちょっとばかり心配になった。

 

 

 

***

 

 

 

 あの愉快な少年冒険者とぶつかってから十数分後。

 ぶらぶらとオラリオの北のメインストリートを歩きながら、流渦は一つのことをぼんやりと考えていた。

 

「ファミリア……どこに入ったものかな……」

 

 ファミリア。

 下界に降りてきた『神』達を主とする集団であり、親である神と子である冒険者たちの共同体。冒険者として活動する者らは、必ずこのファミリアに所属する。というよりは、所属しないと活動できない―――と言うべきだろうか。

 

 ファミリアに入ると、そのファミリアの主神より『恩恵(ファルナ)』と呼ばれるものがほぼ例外なく与えられる。

 この恩恵(ファルナ)によって刻まれる数値は『ステイタス』と呼ばれ、これを刻むだけで一般人とは一線を画す能力を得られるのだ。

 逆に言えば、それを得なければモンスターとは到底渡り合えないということでもある。それだけ魔物は強く、ダンジョンは危険極まりない場所なのである。

 

 つまりファミリアに入ることは、冒険者として活動する上で必須条件。

 では問題は、どのファミリアに入るか、ということなのだ。

 

 迷宮都市オラリオで名高いファミリアと言えば、やはり『ロキ・ファミリア』と『フレイア・ファミリア』の名が真っ先に上がるだろう。

 この二つのファミリアがこの迷宮都市におけるツートップであり、絶対的な力を持つファミリア。だがそれだけの強大なファミリアなだけあって、そう簡単に加入できるものではない。まぁ片方(・・)は、何とかなるかもしれないけれど。

 

 なんにせよ、そのような強いファミリアに入りたくともそこらの有象無象の冒険者では門前払いが関の山。

 では狙い目は必然、発足してから日の浅いファミリアということになる。

 

 そういう零細ファミリアの主神たちは、こういう往来で勧誘をしていることも珍しくない。実際、現役時代もそんな神の姿を多々目撃したことがある。同時に気に入られて無理矢理引き抜かれそうになったことも思い出して、ちょっと微妙な気分になった。

 

 とまぁ、そんな勧誘をしている神がいることを期待してわざわざ人通りの多い場所を歩いているわけなのだが、なかなかどうしてこれが見つからない。今日は運が悪かったか、と流渦は頭を掻く。どこでもいいわけではないとはいえ、見つからないというのはそれ以前の問題だし。

 

 もう空も朱色に染まりつつあるし、取り敢えずは宿を探して、ファミリア探しはまた明日にするべきか。明日に回せば時間もあるし、どんなファミリアがあるか確認していいファミリアがあれば―――と思った時、何か変わった気配を感じる。

 

 微かではあったが、その気配は正しく『神気』―――神々が纏う気配。それが感じられたということはつまり、と気配を感じた方向に視線を巡らせてみれば―――いた。

 

 常に人が流れていく往来で、必死に人々に声を掛けようとしている少女―――いや、少し小柄な女性が一人。

 濡れ羽色の艶やかな髪を背に流し、前髪で目元を隠したちょっと暗そうなその女性は、おたおたしながらもなんとか声を掛けようと必死だった。

 

「あの……私の……」

「……」

「うぅ……あっ、あ、あの……」

「……」

「う、うぅ…………」

 

 しかし人々はちらりと目を向けるだけで取り合おうとはせず、女性はしゅんとして下を向いてしまう。まぁいくら神と言っても、あんなにおどおどしていてはついていきたいと思われないのも……失礼ながら、頷けてしまうところはある。

 

 俯く女性は、周りの人々とはかなり違う服装をしている。流渦の生まれ故郷である極東においては、巫女服と呼称される服に酷似した服だ。

 上半身に纏う着物は深い落ち着いた緑色。下半身の袴は夜闇のように深い藍色。そして首元には、暗い赤色の宝玉が埋め込まれた首飾り……極東の文化があまり見られないオラリオでは、はっきり言ってかなり異彩を放つ格好だ。

 

 おどおどしているし、自信は無さげ。それでも彼女は……なんだろう、やはり同じ極東の要素を感じるからだろうか、親しみが持てるしどうにも放っておけなかった。

 はいすいません、ちょっと失礼……と軽く謝りながら人の流れを突っ切り、女性の元へと向かう。

 

「よっと……すいません、少しよろしいですかね」

「ぅ……わっ、あ、ひゃいっ!?」

 

 急に目の前に知らぬ男が現れ驚いたらしいその女性―――女神は、やはりおどおどした様子で口を開く。

 

「え、えっと、何の、御用で……?」

「いや、貴女が団員の勧誘をしているように見えたもので」

「あ、見てたんですか。……そうなんです。えっと、来てくれたってことはもしかして……?」

 

 俯きがちだった女神は、顔を上げて流渦を見つめる。前髪の隙間から覗く瞳は、期待を含みながらも、彼女の不安を表すように微かに揺れる。やっと誰かが来てくれて嬉しいけれど、本当に入ってくれるのかな……、そんな彼女の心の声が聞こえてくるようだった。

 だからこそ、安心させるように大きく笑みを向けてやる。

 

「えぇ。俺も丁度、所属するファミリアを探していたもんで」

「……あ……」

 

 女神の瞳が、一度大きくゆらりと揺れる。不安げではなく、喜びに震える様に。

 おどおどしていて不安げで、どこか頼りない女神様。……しかし自分はそんな女神様を、どうやら支えてあげたくなってしまったようで。

 浮かべた笑みはそのままに、彼女に向けて手を差し出す。

 

「―――俺を、貴女のファミリアに入れてくれませんか? 女神様」

「―――ッ、は、はいッ!! よろしくお願いします!!!」

 

 ぱぁっ、と。

 まるで暗闇で一筋の光が差したような。先程までとは打って変わって明るい笑顔で、女神様は流渦の手をぎゅっと握る。流渦より随分小さなその手を、しっかりと握り返す。

 

 ―――ここから、新たな『眷属の物語(ファミリア・ミィス)』が紡がれる。

 




ぼちぼち更新していければと思います。
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