迷宮都市に再度訪れ冒険するのは間違っているだろうか(改訂版)   作:汰地宙

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第二話 流渦の不思議

 北のメインストリートから少し外れたところにある、寂れた一軒家。ここが女神様が用意したファミリアのホームらしかった。

 それなりにぼろっちいが、最低ランクの派閥(ファミリア)である現状のホームとしては十分すぎるくらいだろうか。

 

「じゃあ、あの、どうぞ」

「失礼します」

 

 内装はあまりひどくなければいいんだが、と願いながら家の中へと入り―――その内装を目にした流渦は、猛烈な懐かしさに襲われた。

 土間に竈。恐らくは茶の間であろう六畳ほどの場所にはちゃぶ台が一つ。少し戸の空いた押入れには、二組の布団が入っているのが見えた。

 

 外見は随分とぼろかったが、内装は中々悪くない。生活する上で不自由もなさそうだし、何より見慣れたものが多々あるのがいい。勿論流渦はオラリオの一般的な建築様式にだって慣れているが、やはり生まれてすぐから慣れ親しんだものが一番落ち着くというものだ。

 女神様も東洋風の服装だし、オラリオに来たのに極東に里帰りしたような気分の流渦なのであった。

 

 取り敢えずは奥の居間に通され、女神様と向かい合って正座で座る。

 座って互いの顔を見合うなり、流渦は正座したまま深々と頭を下げた。

 

「まずは、俺をファミリアに入れて下さったこと、真に感謝申し上げます」

 

 突然頭を下げてそう礼を述べる流渦に、女神は戸惑うように数度目を泳がせる。

 

「え……えっ!? あっあの、その、私だって団員を探していたんだから、その、気にしないで、ください?」

「ありがとうございます」

 

 気にしないで、と言われたならいつまでも頭を下げているのも逆に失礼だろう。すぐに頭を上げて、再度女神様に視線を向ける。

 

「俺はイシガミ・流渦と申します。五年程前までこのオラリオにて活動していましたが、今日に至るまで極東の方に里帰りをしておりまして。今日、五年ぶりにオラリオに戻ってきた次第です」

「い、以前活動をしていたんですかっ? な、なら何で私なんかのファミリアに……」

 

 流渦が元冒険者であることを知り、女神様が目を丸くする。こちらにも事情があるだろうとさほど驚いてはいない様子だが、それでも経験者の加入は少々意外だったと見える。

 

「新たなスタートと言う意味もありますが……後は、ブランクのある俺でも加入しやすいかなと思った次第でして」

「そ、そうですか……」

「何分、大きいファミリアには簡単に受け入れられるものでもありませんので」

「なるほど……」

 

 素直な理由を苦笑交じりに答えると、女神様も納得した風に何度か頷いた。

 正直なことを言えば、しっかり自分を売り込めば自分を加入させてくれるファミリアはそれなり(・・・・)の数あるだろうとは思っている。

 それでも売り込みをしなかったのは、面倒だとか、実力をひけらかすようなのはいささか矮小なプライドがとか理由は数あるが……まぁ、先程口にした新たなスタートというのを、一番の理由だとしておくことにする。

 

「それはそれとして、女神様」

「あ、はい……?」

「女神様は、いささかご自身を卑下される嫌いがあるようですが」

 

 流渦の指摘に、女神様はぴくりと肩を跳ねさせる。

 

「何か事情がお有りなのでしょうが……もっと、堂々とされてはいかがでしょう」

「……」

 

 何も言わない女神様は、押し黙ったまま俯いてしまう。ただでさえ長い前髪で見えづらい表情は、完全に隠れてしまって流渦の側からは伺えない。

 流渦の言葉には責めるような色はなく、ただ主神としてあるべき態度を指摘すると共に、あまりの自信のなさを心配するような言葉だった。

 

 だからこそ、女神は理由を口にしなかった。流渦の知るところではない、彼女の過去。明かすどころか思い出すのも辛い過去の記憶に。女神は首から下げた首飾りを握り締める。

 もしかして地雷を踏んだだろうか……と、流渦は内心冷や汗ものだった。

 

「貴女はこの【ファミリア】の主神です、女神様」

「……そう、だね」

 

 ようやく得られた返答に、流渦は少なからず安堵した。加入してすぐ仲が険悪になるなんて、幾らなんでも堪えるものがあるし。

 口元に薄い笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

 

「この【ファミリア】に加入したい者が居るならば、必ずこの【ファミリア】に惹かれるものがあるからでしょう」

「……そう……かな?」

「どんな理由かは数あるでしょうが……その中にはきっと、貴女に惹かれたから、という者だっていることでしょう」

 

 「少なくとも、私はそうでした」と、流渦は芯のある声音で告げる。

 その言葉で、ようやく女神は顔を上げる。その視線の先にあるのは、力強く口角を上げる流渦の顔。

 

「だから、貴女は顔を上げるべきだ。貴女に惹かれる者の為にも」

「――――――っ」

 

 女神は感極まったようにきゅっと唇を引き結び、何かを堪える様にまた俯いて……すぐに顔を上げる。そこには、淡く儚い笑顔があった。

 萎れた花が、水を与えられて上を向くように、女神は笑った。

 綺麗な笑みを浮かべたまま、女神は今度は自分の番だと言わんばかりに一度咳ばらいをする。

 

「遅れたけど……私は、イワナガヒメ。ようこそ、【イワナガヒメ・ファミリア】へ」

 

 女神―――イワナガヒメ。

 暗く不安気だった彼女は、今ばかりは女神としての一面を見せ。

 これから長く付き合うことになる我が子に、笑いかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 そして流渦は、椅子に座って上半身を晒していた。

 イワナガヒメは流渦の背中側に座り、広く筋肉質な背中をじっと見ている。

 

 言っておくが、特にやましいことをしているわけではない。

 これから行うのは、『恩恵(ファルナ)』の付与。

 団員の背に、ファミリアの主神が自らの『神血(イコル)』を使って、【ステイタス】を刻み込む。

 

 故に今、イワナガヒメは流渦の背中を見ているのだが。その背中には、掠れてはいるが【神聖文字(ヒエログリフ)】とファミリアの刻印が刻まれていた跡があった。

 

 以前冒険者をしていたというのは、嘘偽りない事実だったらしい。まぁ嘘を言えばすぐにわかるのだし、別に流渦が嘘を言っているとは思っていなかったが。自らの目で見てみると、それが本当なのだということが実感を伴って感じられた。

 ……一体どこのファミリアだったんだろう。一体その時の流渦はどんなことを―――

 

「(……って、違う違う)」

 

 ふるふると首を振り、思考の沼に沈みかけた意識を現実に引き戻す。

 今は『恩恵』を与えることに集中しなければ。

 

 左手に持つ小さい針で、右の人差し指を軽く刺す。微かばかり滲む血が、表面張力で丸くドーム状になる。

 その指で、流渦の背に触れる。

 指を流れるように動かすたび、【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれてゆく。

 そしてそれを刻みながら、当然その内容を目にして……瞠目した。

 

「な、なにこれ……!?」

 

 予想外の数値。

 経験を積んでいるんだろうとは思っていた。もしかしたら上級冒険者かも? と淡い期待も抱いていた。

 

 だが。(だれ)が想像するできるだろうか。

 まさか、自分が主神を務める、団員が一人もいない零細ファミリアなんかに―――

 

 ―――『Lv.4』が、加入するなんて。

 

 Lv.4。

 都市でもかなり上位の方に食い込むレベル。

 

 確かにまだ上の冒険者も存在するが、Lv.4ともなれば下にいる人の方が膨大な数だ。何せ冒険者の半数は下級冒険者であり、上級冒険者も上に行くほどその数を減らす。

 それだけの実力を持つ冒険者が今、目の前にいる。

 

 改めて流渦の【ステイタス】の数値を見る。そのレベルもさることながら、補正の数値も軒並み高い。

 

 今も尚、自分の下にある彼の体を見て、思う。

 ―――彼は、いったい何者なのだろうか―――と。

 

 

 

「……ねぇ、流渦」

「……はい?」

 

 ステータスを刻み終え、それを羊皮紙に書き写して流渦に見せている時。

 今まで使っていた敬語を使うことなく―――流渦に、そうするよう説得されたからだ―――イワナガヒメは、流渦の名を呼んだ。

 紙を持ったまま振り向く流渦に、問う。

 

「……流渦は、どれだけの間冒険者をしていたの? ……一体どのファミリアに所属していたの?」

「あぁ、その話ですか」

 

 流渦が語らなかったことを、敢えて直球で問いかける。答えづらいことは答えてもらわなくてもいい、ただ少しでも、自分の眷属のことを知れればそれでいい。

 しかしイワナガヒメの予想に反し、「お答えします」と流渦はあっさりと自らの身の上を語り始める。

 

「五年前まで冒険者だった……と言うのはお話ししましたね。冒険者をしていた期間は……十年程ですね。十歳のころから、ダンジョンに潜り始めたはずです」

「……」

「所属していたファミリアは―――【アストレア・ファミリア】」

「……!! 『アストレア・ファミリア』って……あの?」

「はい。……数年前、無くなったファミリアです」

 

 【アストレア・ファミリア】。

 正義を司る神、アストレアが率いていた【ファミリア】。探索(ダンジョン)系【ファミリア】として活動する傍ら、迷宮都市(オラリオ)の秩序も守っていた……と、聞いたことがある。

 そして数年前、とある【ファミリア】の謀略により消滅した、とも。

 

 流渦は、その構成員の一人だったという。

 

「俺はそこそこ調子よく冒険者をしていました。ファミリア内でもそこそこ強かったんですよ」

「え……ほんと?」

「第二級ですから。……話を戻すと、Lv.4になった年に俺はオラリオを出たんですが―――」

 

 その時ファミリアも脱退しまして、と告げたところで一度言葉を切り、流渦は俯いた。

 

「……ファミリア消滅を聞いたのは故郷でです。風の噂で耳にしました」

「……そう、なの……」

「……死ぬほど後悔しました。何故俺はその時あの場所にいなかった。何故皆を助けられなかった……とね」

 

 俯いた流渦の表情は、悔しさと空しさと悲しみと怒りと……感情が複雑に入り混じっていた。傍から見ているだけのイワナガヒメの胸すらも、きつく掴まれるような感覚に襲われる。

 流渦は顔を俯けたまま、【ステイタス】の写しにちらりと目を向けて、クッと笑う。

 

「……だからかもしれませんね、このスキルが発現していたのは」

 

 それは、気づかぬうちに発現していた己のスキル。

 迷宮都市から遥か離れた故郷の地で、無力感に苛まれた己が力を欲するが故に発現していたような。

 

 ―――もし五年前にこのスキルを持っていて、俺がもう少し長くこの都市に居たら。

 そんなありもしない『もしも』を考える意味などないと、流渦は自嘲気味に笑う。

 

「……していた? 元から持ってたんじゃないの……?」

「……多分、その時に発現して、今日それがようやく日の目を見たんでしょう」

 

 顔を上げた流渦の顔に先程までの複雑な感情はない。

 ただ真っ直ぐに前を向く意思のみがある。

 

「俺はもう後悔しない。だから俺は新たなスタートを切りたくて、この【ファミリア】に入ったんです」

 

 一から始めよう。一からまた自分を見つめ直し、【ファミリア】のために尽力し、今度はあの時のように「守れなかった」と後悔しなくていいように。

 決意を感じさせる表情の流渦は、イワナガヒメの両手をしっかりと握った。不意に手を握られたイワナガヒメは、頬を微かに朱に染める。

 

「えっ……えぇっ!?」

「誓います。俺は絶対にこの【ファミリア】を守る。絶対に貴女と共にいる」

「……」

「だから―――どうか、見守ってください、イワナガヒメ様」

 

 ともすれば、愛の言葉のようなその誓い。

 自分の子供が言ったその言葉は、確かにイワナガヒメの心を揺らす意志の強さがあった。

 

 イワナガヒメは、この時確かに。

 目の前の流渦(こども)のことを、愛おしく思った。

 

 

 




流渦の素性が明かされる回でした。

この下は流渦の【ステイタス】になります。


***

〈ステータス〉

イシガミ・流渦

Lv.4

 力:S989
耐久:A852
器用:B803
敏捷:C671
魔力:S924

・発展アビリティ
狩人:G
正射:G
 ・射撃命中率上昇
 ・射撃威力に補正
強心:H
 ・精神強化
 ・強敵と対峙した時ステータスに補正

【魔法】
 ストリーム
【詠唱式】『押し流せ(シェイド)
     『弾けろ(バースト)
 ・付与魔法(エンチャント)
 ・身体強化

【スキル】
 孤軍奮闘(ストラグル)
・混戦時『力』と『耐久』に補正。
 ・敵の数に応じて効果上昇。

 激流邁進(ノンストップ・ストライヴ)
 ・成長に補正。
 ・向上心(おもい)の丈により効果上昇。
 ・向上心(おもい)が続く限り効果持続。




***



補足ですが、発展アビリティ『正射』『強心』はオリジナルの物です。
激流邁進は、『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』の同類ですね。
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