迷宮都市に再度訪れ冒険するのは間違っているだろうか(改訂版)   作:汰地宙

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以前書いた文章のお粗末さが光る。そして今回手直しして尚、お粗末です。

年単位で時間が経っているので初投稿です。


第三話 再会、酒場にて

 ダンジョン第一階層。

 地下へと続くダンジョンの入り口に当たる、冒険者たちを迎える最初のフロア。

 どの冒険者にとっても通過点に過ぎないその階層を、流渦は一人歩いていた。

 

 フロアを薄暗く照らし上げる壁面の薄明かりを眺め、ひとつ笑みを落とす。

 

「随分と懐かしいな……五年も経てば当然のことか」

 

 最後にダンジョンに潜ったのは五年前。しかもその時既にLv4に到達していた流渦は、当然第一階層など素通りしている。いつしか何も感じなくなっていたが、こうして改めて景色を眺めてみると、初めて挑戦した時の胸の高鳴りがつい先日のことのように思い出された。

 

 【ファミリア】の先輩冒険者達の背中をがむしゃらに追いかけていた、未熟で青臭ったあの時。今や自分もすっかり大人になってしまったものだ―――酷く懐かしい記憶に、思わず口角が上がる。

 

 その時だった。

 

 ボコリ―――前方から響いた音に足を止め、鋭く壁を睨みつける。視線を向けた先、淡く光る壁面が破られていく。それも一か所ではなく、数か所同時……その数、五。

 壁を突き破って姿を現したのは、恐らくはほとんどの険者が初めて遭遇するであろうモンスター。ダンジョンにおいて最も弱いとされるそのモンスターの名は、ゴブリン。

 

 生まれ落ちて間もないゴブリン達は、赤子のように産声を上げることも無く、佇む流渦へすぐさま敵意を剥き出しにする。

 彼らの懸命な威嚇を、流渦は一笑に付した。

 

「ギギャアッ!!」

「キィ……ギャアァッ!」

 

 その笑みを挑発と取ったか、或いはただの本能か。濁った声と共に二匹のゴブリンが向かってくる。

 爪で流渦を引き裂かんと腕を振り上げ、噛み砕かんと牙を剥いて迫るゴブリン達。それを迎え撃つ流渦はただ、右の拳を微かに持ち上げる。

 

 破裂音。

 

「ギャヒ―――!?」

 

 目にも止まらない速度で打ち出された拳が、先に飛び掛かってきた一匹の頭蓋を無惨な肉片と血しぶきへと変える。戸惑うような声を上げたもう一匹の頭蓋もまた、右の拳で粉砕。

 首を失った体が、どちゃり、生々しい音を立てながら地面に倒れるのを目にして、何が起こったか理解しきれていないゴブリン達。当然その隙を逃す流渦ではない。

 

 地面を蹴る。一瞬にして目の前に現れた流渦に茫然と目を向けたゴブリン達へ、右足を一閃。纏めて蹴り砕かれた三匹の体が、肉が潰れ骨の砕ける不快な音を立てた。

 

 二級冒険者と、ダンジョン最弱モンスター。蹂躙と呼ぶに相応しい、手ごたえのない一方的な戦いだったが……それでも、久々にダンジョンへ足を踏み入れたという実感を十二分に感じられた。気づかぬ内に、また口角が上がっていた。

 

 懐のナイフでさっさと死体から魔石を抉り出し、下の階層へと歩を進める。

 

 目指すは第七階層―――『新米殺し』の出現する階層だ。

 

 

 

***

 

 

「凄い、こんなに……」

 

 流渦がダンジョンから帰還した後、オラリオ西のメインストリート。

 【ファミリア】発足を記念して、食事にでも―――そんな話になって酒場へと足を運ぶ最中、隣を歩くイワナガヒメが目を丸くしながら呟いた。

 その手に乗っているのは、本日の稼ぎが入った布袋。そこそこの重みにほんのり嬉しそうなイワナガヒメとは対照的に、流渦は頭を掻きつつ苦笑を浮かべる。

 

「この程度しか稼げず、申し訳ない」

「そんな……これでも十分、だよ?」

 

 イワナガヒメはふるふると小さく首を横に振るが、流渦はやはり納得がいかなかった。

 

 流渦とて二級冒険者の端くれ。上層などとっくの昔に乗り越え、五年前は中層以降での探索をメインに据えていたのだ。その時の稼ぎに比べれば、今回の稼ぎのなんと微々たることか。今回は慣らし程度にしておこう、と決めて第七階層での稼ぎに留めたのは自分とはいえ、納得のいかないものがあるのも確かだった。

 

 次こそはより深い階層……上層を越え、せめて中層を探索して倍以上の稼ぎを持ち帰ろう。ぐっと拳を固く握り、流渦は一人決意を固めた。

 

「期待しておいて下さい、イワナガヒメ様……!」

「えっと、無理はしないで……ね?」

 

 めらめらと気炎を上げる流渦の隣、へにゃりと柳眉を下げるイワナガヒメは、この子もやっぱり一人の冒険者(おとこ)なんだなと、柔らかく微笑みを零していた。

 

 

 

***

 

 

 

 メインストリートに並ぶ酒場の数々は、夕刻にもなるとダンジョン帰りの冒険者達で連日大層な賑わいを見せる。

 流渦とイワナガヒメが前にしている酒場―――『豊穣の女主人』でもそれは変わりはないようで、店内からは酒を飲み騒ぐ客達が生み出す喧騒が、扉越しにも溢れ出していた。

 

 慣れた流渦は懐かしさに頬を緩めるが、その隣、イワナガヒメはどうにも慣れない様子で小柄な体を更に小さく縮こまらせる。

 

「凄いね……私、こういう所に入るの初めて……だ、大丈夫かなぁ」

「なに、ただ好きな様に楽しめば良いのです。酒でも飲んでいれば喧しいのも気にならないでしょう」

「そ、そうだね……。うん、お酒飲む」

 

 ふんす、と可愛らしく意気込むイワナガヒメは、言っては何だが神様らしい威厳の欠片もなかった。

 

 そんなおのぼりさんの神様を横目に、酒場の戸を開く。途端、遮る扉がなくなり濁流の如くに迫る喧騒。後に続く神様の「ひゃぁ……!」と控えめな驚愕の声が、一瞬で呑まれて掻き消えた。

 

「いらっしゃいませニャー! お二人様ですかニャ?」

「ええ、二人です。空いてます?」

「はいはい、ありますニャー!」

 

 「ご案内しますニャー!」と元気よく歩き出す猫人(キャットピープル)の少女の背を追う形で、流渦とイワナガヒメは店内に足を踏み入れる。

 更に近くなる大音量に圧倒されるイワナガヒメの手を引きつつ、案内された席は壁に近い席。ここなら幸い周りを囲まれてもいないし、イワナガヒメも多少は肩の力を抜いて食事ができるだろう。イワナガヒメもまた同じ事を思ったようで、ほっ、と安堵の息を付いているようだった。

 

「それでは、何かご注文はありますかニャ?」

「俺はエールを。後はそうだな、鳥の香草焼きとパスタを頼みます」

「あ……えっと、私は、じゃあ……同じお酒を」

「承りましたニャー」

 

 厨房の方へと跳ねるような軽やかさで去っていく少女の背を見送り、酒と料理が来るのを暫し歓談しながら待つ。と言ってもイワナガヒメは緊張しきりで「はぁ」だの「へぇ……」だの上の空で、一方的に流渦が話題を提供しているだけの形だったが。

 

「はい、ご注文の品ですニャ!」

 

 それでも次第にイワナガヒメが雰囲気に慣れてきた頃、戻ってきた元気な声と共に、ドンッ! と重々しい音を立てて料理とジョッキがテーブルへと置かれる。香草焼きの香ばしい香りとエールの炭酸の弾ける音に、思わず流渦とイワナガヒメの喉が鳴った。

 

「じゃあ……」

「うん……」

 

 最早言葉は必要なかった。互いにジョッキを手に取り、軽く掲げる。どちらが音頭を取るかと迷うように暫し無言で見つめあい、結局苦笑と共に流渦が口を開く。

 

「では、我々のファミリア発足を祝して……」

「しゅ、祝して……!」

 

『乾杯っ!』

 

 景気よくジョッキをぶつけ合わせ、欲望のままに一気に煽る。

 門出を祝う一杯が爽快な炭酸と共に乾いた喉に染み渡る感覚に、流渦は堪らず破顔した。

 

 

 

 

「ご予約のお客様、ご来店ですニャー!」

 

 それから数十分程経ち、流渦もイワナガヒメもそこそこに酔いが回ってきたころ。

 流渦が香草焼きを齧って幸せを噛み締めていると、店員の一人の元気の良い言葉と友に冒険者達のどよめきが耳に入る。

 

「……なんでしょう?」

「流渦君、あれ、あれ」

 

 上げた顔に訝しげな表情を浮かべていたからだろうか、イワナガヒメがその原因がいる方を指差してくれる。その指の先に視線を向けると、「ほう」と自然と声が漏れた。

 

 緋色の髪を揺らす神を中心とした、道化の紋章を持つファミリア―――どよめきの原因は、【ロキ・ファミリア】の誇る、第一級冒険者達だった。

 主神の趣味で美男美女揃いの彼らの中でも特に目立つのは、光を受けて輝く金髪を背に流す、人形のように整った造形美を持つ少女―――

 

「おぉ、えれぇ上玉ッ」

「馬鹿、エンブレムを見ろ。ありゃ『ロキ・ファミリア』だ……」

「げっ……ってことはありゃあ【剣姫】か……」

 

 ―――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 歳若い少女らしく細身な外見とは裏腹に、第一級と呼ばれる最高峰の実力者の一人……Lv.5の冒険者である。

 

 その他の面々もまた、団長である【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナを筆頭とした、オラリオに居て知らぬ者はいない程の有名人達。冒険者達がざわめくのも頷けるというものだ。

 

「ふわぁ、すごい……みんな強そう……」

 

 思わずといった風に零れたイワナガヒメの呟きには、一大ファミリアを率いる神への感嘆と少しの羨望が垣間見える。

 迷宮都市オラリオにおいて【フレイア・ファミリア】と並び最強との呼び声高いファミリア。下界に降りてきて間もないとはいえ、同じ神としては羨ましいと思うのは当然だろう。

 

 周りの視線を対して気にした様子もなく酒場の中心辺りのテーブルを陣取った彼らは、運ばれてきた酒を手に取った。

 そして彼らの主神―――女神ロキがおもむろに立ち上がり、声を張り上げる。

 

「よっしゃあ、みんなダンジョン遠征ご苦労さん! 今日は宴や! 飲めぇ!」

 

 その音頭を皮切りに、彼らの宴もまた始まる。

 一層騒がしくなった酒場の中、流渦は入ってきた彼らを一瞥した後気にする様子もなく酒を飲み続けていた。

 妙に落ち着き払った流渦の様子に、イワナガヒメが小さく首を傾げる。

 

「ねぇ、流渦君。気にならないの? 最高峰のファミリアの冒険者達だよ……?」

「ん? えぇまぁ、気にならないわけではありませんが。結構な間冒険者をやってれば騒ぐ程でも御座いませんので」

「ふーん、そっかぁ……」

 

 流渦の言い分に納得したのだろう、イワナガヒメも時折気にする様子を見せる程度で、またちまちまと酒を飲み始める。

 そんなイワナガヒメを横目に、流渦はもう一度だけ【ロキ・ファミリア】の懐かしい面々(・・・・・・)に目を向けて、何杯目かになるエールをぐいと大きく煽るのだった。

 

 

 

 

「そうだ、アイズ! そろそろお前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 そんな風に唐突に話を切り出したのは、【ロキ・ファミリア】のメンバーの一人、狼人(ウェアウルフ)の青年だった。

 エール独特の苦みに随分と慣れ、それがお気に召したらしいイワナガヒメがちびちびジョッキを傾ける傍ら、流渦は【ロキ・ファミリア】の面々がいる方へと意識を向ける。

 

 他の冒険者たちも耳をそばだてる中、青年に話を振られた剣姫は首を傾げていた。

 

「あの、話……?」

「あれだって、帰る途中で逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が第五階層で始末しただろ!? そんでほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 トマト野郎。

 そのフレーズには聞き覚え……というか、見覚え|(・・・)がある。

 

 冒険者ギルドで再登録を済ませて出て行った際にぶつかった少年。

 確かに足の先まで真っ赤に染まっていたあの少年ならば、『トマト野郎』という形容があまりにもぴったりとあてはまるが―――

 

「……っ」

「……ん?」

 

 その単語に息を詰まらせる細い声を流渦は聞き逃さなかった。声が聞こえたカウンター付近へ目を向けると、妙に身を固くしている白髪の人物が一人。

 

 その癖のある髪は処女雪の様に白い。その白は間違いなく流渦が見覚えのある少年のもので、流渦は意図せず、苦い表情を浮かべてしまう。

 

 これは、余りにも酷だ―――更に険しくなる流渦の顔に気づいたのだろう、イワナガヒメが流渦を不思議そうに見つめる。

 上機嫌に語り始める青年はそんな流渦の事も、ましてや当人が居合わせているなどと気づくはずもない。

 

「ミノタウロスって、十七階層で襲ってきて返り討ちにしたら、逃げ出していった奴?」

「そーそーそれそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層まで逃げていきやがってよぉ、俺たちが必死で追いかけていった奴! 俺たちゃ帰りで疲れてたっつーのによぉ」

 

 青年へと疑問を投じたアマゾネスの少女に、いっそ大げさなくらいのリアクションで青年が返した。

 

「それでよぉ、いたんだよ! いかにも駆け出しっていうひょろくせぇ冒険者ガキが!」

「…………っ!」

 

 青年の容赦のない言葉に、件の少年が更に身を固くする。膝の上で握られる拳から滲む彼の複雑な心境は、察するに余りあった。

 流渦は知らない事であるが、自らの醜態が語られる相手は己の想い人。助けられ、憧憬の念を向けている少女なのだからその心境はそう想像のつくものではない。

 そして尚、狼人の青年の話は続く。

 

「笑いをこらえるのが大変だったぜ、兎みてぇに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可愛そうなくらい震え上がっちまって、顔をひきつらせてやんの!」

「ふむぅ? んで、その後はどうなったん?」

「あぁ、間一髪ってとこで、アイズがミノを細切れにしてやったんだよ。なっ?」

「……」

 

 青年に話題を振られたアイズは、答えない。

 それを意にも介さず、青年はここに一番の気合を入れて、語る。

 

「そしてそいつ、くっせぇ牛の血を全身に浴びてよぉ! トマトみてぇになってやんの!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそうだと言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

 

 二人目のアマゾネスの少女がひきつった苦笑を見せ、青年はとうとう腹を抱えて笑い始める。再度話を振られたアイズは、拗ねたようにそっぽを向いた。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながら逃げるように走りさってよぉ……くくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのっ!」

 

 きっと、笑い話なのだろう。

 事実店内は笑いの渦に包まれているし、語る青年以外の【ロキ・ファミリア】の団員にも笑っている奴らはいる。……流渦の前のイワナガヒメは、戸惑っておろおろしているが。

 

 そして流渦もまた、笑う気にはなれなかった。

 視界に端にいる、白髪の冒険者―――今正に笑われている、当事者。

 彼が心底悔しそうに身を震わせる様を見て笑える程、流渦は薄情でも、人の胸中を察せないわけでもない。

 

 立ち上がってまで話していた青年は、しかし急にその笑みを引いてどかっと椅子に腰かけた。

 そして一転、実に気分が悪いとばかりに吐き捨てる。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって胸糞悪くなったな。なっさけなく泣いちまってよぉ」

「……あらぁ~」

「ほんとざまぁねぇよな。ったく、自分より格上に襲われたからって泣き喚くわ……そんなことなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇって。ドン引きだ……なぁアイズ?」

 

 少年をこき下ろす青年の言葉は、さっきにも増して容赦がない。

 

「あんなのがいるから、俺らの品位が下がるっつーかよぉ……勘弁してほしいぜ」

「いい加減その煩い口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪こそすれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

「おーおー、流石エルフ様々、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツを擁護して何になるってんだ? それはてめぇの失敗をてめぇで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミと言って何が悪い」

「これ、やめぇ。ベートもリヴェリアも。せっかくの酒がマズぅなるわ」

 

 ……流石に、青年──ベートの今の発言はないだろう。

 彼にだってその『弱者』の側であり、彼が言う『品位を下げる』側だった時代があるのだから。彼が幾ら白髪の少年と違って怯え震えるわけでは無かったとして、それでも他人の恥をあげつらう権利などなかろう。

 

 少なくとも流渦は、それを知っている(・・・・・)

 

「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

「……あの状況じゃ、しょうがなかったと思います」

 

 正論である。誰だって圧倒的な相手を目にすれば恐怖を覚える。

 今でこそ強敵相手だろうと冷静に立ち向かうことの出来るようになった流渦にだってそんな時代はあったし、彼にも、それこそ【剣姫】や【勇者(ブレイバー)】にだって、そんな時代はあったのかもしれないのだから。……いやでも【勇者(ブレイバー)】に限ってそれはなさそうだな、と流渦はどうでもいいことを思う。

 

 肯定が得られない事に納得がいかないのか、或いは酒が回ってきたか。ベートの発言は過激さを増す。

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまってよ。……質問を変えるぜ? あのガキと俺、番にするならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔ってるの?」

「るせぇよ。ほら、アイズ選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

「……私は、そんな事を言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

 

 エルフ―――リヴェリアの情け容赦ない言葉がベートに突き刺さる。

 一転、容赦なく責められたベートが一瞬浮かべた憎々し気な表情。そういう空気ではないと重々理解してはいたものの……しかしそれは、酒で緩んだ流渦の腹筋を容易く粉砕した。

 

 ブフゥッ。

 

 耐え切れずにエールを噴き出した流渦に、一瞬、周囲の視線が一斉に注がれる。それでもあまりの可笑しさに笑いが中々治まらない流渦は、とうとう肩を震わせながら机に突っ伏した。

 

 他人に思い切り笑われたベートはそれだけで人ひとり射殺せそうな程の視線を流渦に向け、実際に向けられたわけでもないイワナガヒメが「ひぇ」と小さく悲鳴を上げる。

 

 周りの客たちが「死んだな、あいつ」と流渦に憐みの視線を向け始めるが、突っ伏した流渦がそれに気づける筈もなく。

 

 結局反論する方を優先したのか、チィ、と舌打ちを零して再度リヴェリアへと向き直ったベートが、語気を強めて言い放つ。

 

 

「雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 

 とどめとばかりに言い放たれた、残酷なまでの、現実。

 その言葉は、きっと未だ若い少年の胸を容赦なく抉っていったことだろう。

 

「ベルさんっ!?」

 

 椅子が倒れる音。流渦の、客の……そして剣姫の視界を、まるで走り去る兎の様な白が横切って行った。それを追う様に駆け出す鈍色の髪の少女。

 

「何だぁ、食い逃げか?」

「うっわぁ……ミア母ちゃんの店で食い逃げするなんて、命知らずなやっちゃなぁ……」

 

 まさか彼が当人だと知るはずもない【ロキ・ファミリア】の面々がそう口にする中、アイズもまたその金髪を揺らして飛び出していった。

 

 しん、と暫し店内を沈黙が支配する

 そんな中流渦は、ひー、ひー、と少し息を荒くしたまま何とか顔を上げる。

 

「……ッでいつまで笑ってやがんだテメェはァ!?」

 

 周囲と同じく駆け出して行ったアイズを怪訝そうに見送っていたベートの矛先が、とうとう流渦へと向けられる。とうとうあいつも終わりかと客が胸の中で手を合わせる中。しかし流渦は臆すことも無くベートの顔を真っすぐに見返す。

 

「いや、だってよぉ。あんまり可笑しいじゃねぇか、あんだけの啖呵を切って『ごめんです』だの『無様』だのと……クク」

「テメェ……」

 

 まずい、笑わないつもりが思い出したらぶり返してきた。口元を押さえて肩を震わせる流渦の態度が彼の神経を逆撫でしたのだろう、ベートの纏う雰囲気がどんどん物騒になっていく。

 

「ちょ、ちょっと……」

「ックク……いや、いや。大丈夫、大丈夫ですとも」

 

 慌てるイワナガヒメへひらひらと手を振り、何とか笑いを押さえ込んで席を立つ。そして獣じみて凶暴な視線を向けてくるベートの正面に、堂々と歩み寄った。

 

「まぁ何だ、ちんちくりんが実に立派に冒険者を語るようになったな、とな」

「ンだよさっきから馴れ馴れしくよォ……何なんだ、テメェは?」

 

 心底不快げなベートに、その背後、最悪ベートが暴れ出しても止められるよう微かに警戒する【ロキ・ファミリア】の面々。自らの背後の、不安げなイワナガヒメ。そして周囲の客―――

 

 数々の双眸に囲まれる中。

 ただ一人、流渦だけは、口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 


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