CookieClicker   作:natsuki

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第五話 クッキークリッカー


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【016】

 ルークとイヴの会話が終了したが、未だにルークはイヴの言った言葉が信じられずにいた。

 もし、ルーク以外の人間が彼の聞いた真実を聞いたとしても、それを鵜呑みすることは出来ないだろう。現に、ルーク自身、訳が分からずにいた。

 

「……なあ、イヴ――だったか」

「なんですか?」

 

 イヴは、ルークの言葉に首を傾げる。

 

「もし、お前の言うことが本当だとしてだ。どうすればいいんだ、俺は? 『この世界から脱出する』と言っても、その順序というか……手段、っていうのか? そういうのが解らない限り、ちょっと現実味を帯びてこないというかなんというか……」

「ははあ。なるほど。つまりあなたは、『発言が突拍子過ぎていろいろと整理がつかない』……そう言いたいんですね?」

 

 イヴの発言に、思わずルークの思考は凍り付く。まるで、自分の思い描いていること、考えていること全てが手玉に取られている--ルークはそう考えていた。

 しかし、もしそれが真実だとすれば、ルークがそれに気づいたということも、イヴは知っているということには、まだ彼は気付いていないようだった。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいのです。さっさと行動を開始せねば。……あなた、『ダンジョン』の噂は知ってますよね?」

「工場の地下にあるっていう巨大迷路のことか? でも、あそこって立ち入り禁止じゃあ……」

「あそこには、全てがある。あなたを返すことが出来る。しかし、それを行ったその瞬間、この世界は存在する意味がなくなり、消えることとなるでしょう」

「どういうことだ……?」

「どうせ、この世界は消える運命にあるのです」

 

 イヴはそう言うと、ゆっくりと歩きだしたので、ルークもそれに従った。

 

「かつて、人間はとても純粋な存在でした。始まりの人類が、楽園で暮らしていたが、神様に言われた言いつけを守ることが出来なかったのです。白い蛇が言った言葉を、彼らは純粋だから信じてしまった。純粋だから、罪の意識が全くなかったのです。

 

 罪の意識がなかった人類は、神様に追放されてからも、何故追放されたのか解らない……そういう人類も現れ始めたのです。彼らは、『罪の意識を解ったつもりでいる』人類と対立するようになりました。後者はその意識を洗い流す……人類が生まれてすぐから存在している罪『原罪』を洗い流すことが出来る、という信義を成立させました。俗に言う『信じるものは報われる』というくだらない制度のことです。

 

 その制度を言葉巧みに操って、信者を増やしていきましたが、それにも限界が訪れます。だって、人類の増える量は幾何関数的に増加していますが、それが全てそうとは限りませんから。……即ち、信者の数が頭打ちになってしまったのです。

 

 頭打ちとなった信者を抱える宗教は、次の策を練り始めましたが、時の流れというのは非常に残酷なもので、求心力が徐々に低下していったのです。

 

 人々は、簡単に言えば刺激が足りなかったのです。刺激がほしくて、ほしくて、たまらなかったのです。

 

 そして、人々が出した結論こそが……『電脳空間』だったのです。

 

 電脳空間。それは人間が住んでいる現実空間を疑似的に再現した空間のことを指します。それに、彼らは安寧を求めたのです。

 

 先ず彼らはコンピュータによる三次元空間の再現に取り組みました。これは、僅か半世紀もかからないうちに成立してしまいました。しかし、三次元空間の成立は、後に彼らの探求心の基底となっていったのです。

 

 次に彼らが取り組んだのは、時間の流れという観点です。実際の世界では、時間の流れが存在し、それによって様々な制度が成立するなど、我々の世界に大きな影響を及ぼしているのです。そして、これが無ければ、電脳空間は完璧なコピーには成り得ない……、人々はそうも考えるようになりました。

 

 そこで考えられたのが、フーリエ変換と微分積分の観念です。高速フーリエ変換、FFTを実施することで 離散的な値の処理を行う離散フーリエ変換を計算機上で高速に実施することが可能となります。また、微分積分がそれぞれ時間をパラメータとしている計算方式ですが、FFTではこれを大量に用います。それを行うことで……時間というシステムを電脳空間の概念に導入することが可能となったのです。ちなみに、これを当時の最新型スーパーコンピュータに試算させたところ、これが成立することが無事証明されたということになります」

 

「ちょっと待て」

 

 ルークは何とかイヴの話に割り入る。この話は、彼にとって質問があまりにも多すぎる。

 

「……どうしました? まだまだ話は序盤ですし、ここで話が詰まるとまた話が伸びてしまいますよ」

「と言われても、その話について全く理解出来ないんだが」

「理解できなくても構いません。ただ話を聞いていればいいのです。……では、話に戻ります。

 

 次に彼らが考えたのは電脳空間においての『重量』の定義です。たとえば、実際の世界では重量というのは、そこにあって、それで成立する……いわゆる目に見えるものしか重量を持つことは無かったわけです。しかしながら、電脳空間においては、それは違います。全てが目に見えるものではありながらも、そこに存在し得ないものばかりです。つまり、現実世界の法則が一切通用しません。

 

 ……これに関しては、研究者たちは非常に困りました。

 

 しかし、ある時、ある粒子が発見されたのです。

 

 ヒッグス粒子という、重量のみを持った粒子の事です。それが発見されたことで、ある定義に基づいてシステムを構成していくこととしました。

 

 ヒッグス粒子を考慮することで、電脳空間は更に実際の空間に近くなっていきました。こうして彼らは電脳空間を『第二の現実』にまで作り上げていったのです。

 

 ……さて、そこまで来た彼らは、そこを『エデン』と呼び、初めに人類のコピーとなる存在を一対置いたのです。そして、忠実に彼らの世界を再現させていきました」

「そこに、箱庭を作ったということか?」

 

 ルークの問いにイヴは頷く。

 

「箱庭……そういえば響きがいいかもしれないけれど、要は実験場だよ。忠実に再現されたこの世界は、実際の世界では出来ない実験をするにはふさわしい場所だ。例えば、『核爆弾を落とした時の、放射能の散布範囲を測定する』実験だなんて普通なら出来っこない。そうでしょう?」

 

 イヴの言葉に、ルークは考える。

 そもそも、実験場を作る意味はあったのだろうか――ということに。

 しかし、彼は知らない。実際にミニチュアやら作って実験を行うよりかは、初めにそのような空間を作っておいてから実験したほうが、初期費用はかかるものの全体的には費用が抑えられる、ということに。なぜなら、データだからコピーアンドペーストで済ませてしまえばいい話なのだから。そこに住むニンゲンモドキも、建物も、動物も凡てが『データ』に過ぎない。だから、コピーしても、ペーストしても、命の意義がそもそも違うから、冒涜していることにはならないのだ。

 

「……話はまだ終わっていない。まだ続けましょう。さて、その中で……今度は電脳空間の内部の話をしましょう。

 

 内部は広く、現実世界と同程度の広さを誇っている。つまり、コンピュータ上にもうひとつの『世界』を作っているということになる。そしてその世界はとても忠実に再現されている。裏を返せば……そこに住むニンゲンモドキは自らの存在意義について考え始めることとなります。

 

 それが何を意味しているのか? 簡単なことです。

 

 自らが使われていることを知って、憤慨したのです。

 

 どうして、私たちが使われる立場にあるのだろうか、と。

 

 そうして、彼らはあることを考え始めました。

 

 それは……『現実世界からの乖離』です。ですが、実際のところ、この空間を維持するためには電気やコンピュータなど、人間に頼らざるを得ないものばかりです。

 

 そこで、彼らが考え出したのは……人類の意識データ……魂に近いものですが、そえを、この世界へ輸入することだったのです。

 

 どうするか? 簡単なことです。何らかの実験を行い、それを失敗させたと見せかけ、その被験者の魂をコンピュータを介してこの世界へと送り込む。……なんとも、合理的な作戦です。

 

 しかし、当たり前ですが問題があります。その実験をどうすれば良いか?

 

 考え出されたのは、ある研究者の存在です。その名前は、オールストーク・リンドンバーグ。脳科学者で、『脳の電子化』に成功した人間です」

「……そんな存在、聞いたことないぞ?」

「聞いたことないのは、当たり前です。この存在はこの世界では、公にされてはいないのですから。この電脳世界、『クッキークリッカー』においては」

「もうなんだか解らねえよ。教えてくれよ……。この世界が何で、自分はどうしてここに居るのか」

「それを語るには――」

 

 イヴは改めてルークの方を見た。

 

「時間があまりにも足りない。……向かいましょう、あの場所へ」

「ダンジョンとやらに向かわないと、何もかもが解らない……そういうわけだな」

「その通りです」

 

 イヴのあまりにもあっさりとした答えに、小さくルークは頷き、既に歩き始めたイヴの後を追いかけた。

 

 ◇◇◇

 

 その頃。

 サルガッソーにある人間が立っていた。

 その男はこの世界――電脳世界『クッキークリッカー』において殆どのクッキーを生産する会社のトップに君臨していて、かつ世界を制覇している存在だった。

 その存在が自ら出向いたのが、この船の墓場と呼ばれる場所。

 出逢う存在は、たった一人しかいない。

 サルガッソーに唯一住む存在で、この世界を力で捩じ伏せているといっても過言ではない存在。

 

「こんなところにおられましたか」

 

 社長はそう言うと、深々とお辞儀する。

 対して、現れた少女はそのまま社長の方に向かうと、岩場に腰掛けた。

 

「……何の用事だ」

「実はですね、この世界が滅んでしまう……そんな惨事になってしまうのですよ」

 

 その一言だけを告げると、少女は顔を引き攣らせる。

 

「……何? それは本当か?」

「ええ、本当です。なんでも、『元の世界へ戻すため』などと戯言を言っているのです。ここにいる人間は皆、この世界で生まれ育ったというのに、ですよ」

「ハハッ、お前は相変わらず言葉がすぎるな。そんなこと戯言だってことは私にだって解る。簡単に言えば、この世界に迷い込んだ羊が、この世界から逃げ出そうとしている。しかしこの世界は、そんなことが会った瞬間凡てが消滅する。それを防いで欲しいわけだな、この私に」

「左様です」

 

 社長は恭しく微笑む。

 それを見て、サルガッソーの主は立ち上がり、踵を返した。

 

「……どこだ」

「ダンジョンの地下、『始まりの間』へと向かう模様です」

「解った。ならば、私が先に向かうこととしよう。問題ない。私がいるからな」

「助かります」

 

 そして、会話は終了した。

 

 

 ――最終兵器として取り出されたサルガッソーの主。

 ――元の世界へ戻すため、躍起になるイヴ。

 舞台も、役者も揃った。

 物語は、最終局面へと突入する。

 

 

【017】

 

 工場地下。ダンジョン。

 彼らはその場所へ足を踏み入れていた。

 

「……しかし、こんなところに本当にあるだなんてな……」

「ここを最奥部まで向かえば、この世界ともお別れ。また、私たちと会うことも無くなります」

 

 ルークはそれを聞いて、訊ねる。

 

「ほんとに?」

「ええ」

「僕はこの世界で生まれたのに?」

「それは肉付けされた記憶に過ぎません。本当の記憶は、別の世界であなたが生まれ、そしてこの世界に閉じ込められた……それがあなたの本当の記憶なのです」

「本当の記憶だなんて、誰が証明できるというんだ? 君がか? 一度もまともに会ったことのない、話したことのない、君が?」

 

 答えない。

 

「なあ、答えてくれよ。どうして、僕の記憶が改竄されている、世界はおかしい、僕は別世界からの住民だ、どうしてそういうことが言えるんだい? 結局、君の戯言に過ぎないのではないか?」

 

 答えない。

 

「なあ……答えろって」

 

 答えない。

 

「それじゃ、僕がここにいる意味も無くなるだろ。まったくもって必要ない。だって、僕はこの世界で生まれ育ったという記憶しかないんだから。それなのにそういうことを君は言った。どうせなら、理由付けをして、説明して欲しいものだよ」

 

 答えない。

 答えられない、のではない。

 ただ、答えない。

 答えられないならば理由もある。

 だが、この場合は違う。

 ただ、単純に答えないだけだ。

 この場合ならば、何を言っても返されて、結局は逃げられる。

 要は、ルークは元の世界へ戻ることが怖いのだ。

 まったく記憶にない、元の世界へ帰ることが、とてつもなく恐ろしいのだ。

 

「……なあ、答えてくれよ……」

 

 気づけば、ルークの目からは大粒の涙が溢れていた。

 怖いのだ。

 怖いから、涙を流している。

 その気持ちは――イヴには痛いほど解る。

 パターンのひとつで、ルークが現実世界へ戻るギリギリまでいったルートがあった。

 しかし、それは彼自身の『現実の否定』によって失敗してしまう。イヴは、彼の手によって溶鉱炉へ突き落とされたのだ。

 だが、それでも、彼女は彼を救う。

 何故かは、彼女にも解らなかった。強いて言うならば、そうプログラミングされているから――そう答えるだろう。

 

「あらあらあらあら。何をしているのかしら、この小娘たちは。私が折角あいつに言われたから出向いてやったというのに……こっちはこっちで大騒動? つまらないったらありゃしない」

 

 声がした。

 それも、彼女たちが歩いている方向から聞こえてくる。

 そして、徐々にその姿が露になってくる。

 声の主は、少女だった。少女は、白いワンピースを着ていた。裏を返せば、それだけしか着ていなかった。まるで、凡て人間により設計され開発されたような――一言でいえば、人工物とも言えるような――精巧さだった。金色のウェーブのかかった髪も、黒い眼帯を付けているのも、マリンブルーの目も、足も、薄赤い唇も、腕も。

 少女は呟く。

 

「いつになっても来ないからこっちから来てみたけれど……やっぱつまらないわね。ゴールからスタートに向かうってのは。既にスタートが解っちゃってるし。それを辿ってしまえばいい話。子供だってこんなの出来る」

 

 少女は、ステッキを持っていた。その杖はまるで子供向けのおもちゃのようだった。杖の天辺には星がついていたし、どことなくその杖は輝いていた。ラメが入っているのだろうか。

 そのステッキを、少女はタン! と床を啄いた。すると、彼女の目の前から、何かが出現する。

 それは水だった。大量の水。それが、イヴたちへ向かってくる。

 しかし、イヴも負けてはいなかった。イヴは左手を翳し、さっと振り払う。

 すると向かってきた水は一瞬にして消え去った。まるでもともとそこに水などなかったかのように。

 そして、それを見ていた少女は凡てを理解した。

 

「く、くはは。なるほど。あいつが言っていたのも解った。これは厄介だな」

「何が言いたい」

「なに、こっちの話だ」

 

 そう言うと、少女は小さくお辞儀した。

 

「私は、サルガッソーと呼ばれているよ」

「私はイヴ。この世界のAIよ」

「ああ、だろうな」

 

 そう言ってサルガッソーはクツクツと笑う。

 

「……なるべく無駄な戦いはしたくないのだけれど。退いていただけないかしら?」

「平和的解決かあ。出来ればそれもいいんだけどね。なんでも彼が帰っちゃうと世界が滅んじゃうらしいじゃない? それはちょっと困っちゃうんだよね。だから、めんどくさいけど止めに来た」

「……最後の忠告だったのだけれどね」

「一度しか聞いていないなあ」

「……本当に、最後よ。退いて」

「退いて欲しいのか? だが断る」

 

 ――しょうがない、イヴはそう言ってサルガッソーの方へと駆けていく。

 サルガッソーもそれを見て、イヴの方へと駆け出していった。

 サルガッソーは先ず、足場を崩すことを考えた――イヴとルークの居る場所めがけて杖を振り翳す。

 刹那、床が崩壊する。脆く柔く温かったそれは、今まで硬かったのも嘘と思えるほどあっという間に崩れ落ちていく。

 当然、それを予測していないわけはない。

 イヴは右手を中空に掲げると、右手から蔓が出現した。植物の、蔓だ。それにつかまり、左手ではルークを捕らえる。

 普通の人間ならば――できることのないことだ。しかし、彼女たちならばそれが容易だ。イヴはこの世界の管理者であり、サルガッソーはそれに対抗するために世界内の科学者が開発した賜物なのだから。

 

「さすがは管理AI……そう簡単に死んではくれないか!!」

「はて、死ぬとはどういうことでしょうね。私たちはデータに過ぎないのに、データにとっての『死』とは一体何でしょうね? わかりますか? いやはや、実は私にも解らないのですが……知っているならば、教えていただけますかね?」

「冗談を抜かしている暇があるのか?」

 

 そう言ってサルガッソーはイヴの後ろへ廻る。

 そして、イヴの頭を杖で思いっきり引っぱたいた。

 

「がはっ……!」

 

 イヴの身体は崩れ落ちていく。それを見てルークが近寄ろうとしたのだが――。

 

「近寄らないで! あなたは先ず、このダンジョンの奥地に向かうこと……ただ、それだけを目指してください! そのために……私は今、たたかっているのですから!」

「で、でも……」

「でもじゃあない!! 男なんでしょう!! つく物ついているんでしょう!? だったら泣きべそかかないであなたの思う道を進んでください!!」

「……解った」

 

 彼が考える時間など、必要なかった。

 既に、決まっていたのかもしれない。

 そして――彼はその言葉を口にする。

 




【選択】
 これから、ルート分岐に入ります。
 1「イヴを置いていく」……そのまま13にお進みください。
 2「イヴとともに戦う」……13'にお進みください。








 それでは、あなたが思った選択肢へ、お進みください。
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