【018β】
「イヴとともに戦うよ。……君を置いてはいけない」
ルークの発言は、イヴだけではなくサルガッソーにとっても予想外の発言だった。
彼のことだから、きっと逃げ出すと思っていたからだ。
逃げ出す姿を見て、イヴに絶望を与え――そして『死ぬ』まで殺す――そういう算段でいたのだ。
しかし、彼の選択はそれを遥かに上回るものだった。
「く、クク……」
思わず笑いがこみ上げてくる。
「本当に……人間というのは心底訳が解らない。予想外の行動を取る……!」
サルガッソーはそう言って、杖を高く掲げる。
見たことのない動作に、彼らは目を見張る。
「そこまで一緒に死にたいなら……一緒に殺してやる!!」
それを聞いて、イヴは思い切りルークを突き飛ばす。彼女は、ある予想を立てていたからだ。ここまでモーションが大きいということは――その分、技も巨大な技となるだろう。
そして、生命力の消費も大きいはずだ。回復もままならないのに、それを使うということは――それが当たれば即死級の威力だということだ。
ここで、ルークが死んでしまえば本当に元も子もない。今まで彼女がやってきたことが凡て無駄になってしまう。
それだけは、避けなくてはならなかった。
だが。
ルークは直ぐに、こちらに向かって走ってきた。
「何をしているんですか!! 急いで向こうへ――」
今更言っても、遅かった。
刹那、ルークとイヴは閃光に包まれた。
◇◇◇
爆裂魔法――エクスプロージョンは、通路の壁を破壊するまでの威力だった。それを見て、サルガッソーは自らの力の強さを笑っていた。自分はこれほどまでに強いのだ、この世界を管理する者よりも強いのだ、と――。
だが、その優越感はすぐに消え去ることとなる。
「残念だったわね」
イヴの声を聞いて、サルガッソーは直ぐにそちらを向いた。
しかし、ワンモーション遅かった。
それが余裕となり、油断となった。
「うおおおおおおおおおお!」
だからこそ、いつもの彼女ならば避けられるものが、避けられなかった。
左から向かってくる、ルークの拳に、まったく気がつかなかったのだ。
彼女がそれに気がついたのは、ルークの拳を受けてからだ。
顔が歪み、徐々にそのエネルギーがサルガッソーの身体へと受け渡される。
サルガッソーの身体が横殴りに吹き飛ばされるまで、約一秒もの時間がかかったが、彼女には一時間にも、二十四時間にも、ともかく果てしなく長い時間に感じられた。
壁に叩きつけられたサルガッソーは、何も話すことはなかった。
気絶していたのだ。
それを見て、イヴとルークは漸く勝利を確信した――。
「結局、彼女の敗因は何だったと思う」
満身創痍の彼女たちが、漸く『始まりの間』へと向かおうとしたその時、背後から声がかかった。
そこに立っていたのは、リンドンバーグ社社長だった。
「まさかあなた直々に来るとはね……。リンドンバーグ社社長……いや、オールストーク・リンドンバーグ」
「その名前で呼ぶのは最早君だけだ。イヴ」
「あなたは一応、私の開発者ですから」
「ならばもう少し可愛げがあってもいいのだがなあ……失敗作だ、そいつは」
オールストークは微笑むと、ルークの方を見る。
「おめでとう、ルークくん。君の勝ちだ。私側……つまりは電脳世界『クッキークリッカー』側の最終兵器であるサルガッソーはああなってしまった。だから、私たちには何もすることは出来ない。君たちの勝ちだ。この世界から抜け出すがいい。いや、寧ろそうすべきだ」
「今までああだこうだ言っていたのはあなたではなかった? オールストーク」
「とうとう呼び捨てとなったか」オールストークは苦笑いする。「だって仕方がないだろう。私が強いといっても、所詮は管理AIには適わんよ。だから、君たちの勝ちだ。この世界は、容赦なく終わってしまうが、それも選択だ」
そして、オールストークはスーツが汚れるのも構わずに、床に寝そべった。
「……そうさ、この世界ももう終わりというわけだ」
「それはちょっと悲しくなりませんか?」
訊ねたのはルークだった。それを聞いて、オールストークは首を傾げる。
「なぜだ?」
「だって、ずっとこの世界で生きてきたから」
「それは造られた過去だ。捏造された過去だ」
「それでも、僕はこの世界で生きてきたんだ」
そう言われてしまえば、オールストークは何も言えなかった。
しかし、
彼を傷つけてしまったのは――少なくとも、オールストークが悪い。
それにも関わらず、彼は凡てを許し、十年もの間閉じ込めてきた世界をも愛していた。
そんな彼を見て――思わず、オールストークの目からは泪が溢れ出ていた。
「……すまなかった、すまなかった……」
謝辞の言葉を、ルークにずっとかけていた。
【019β】
始まりの間。
そこは『間』というのだから、空間があるのかと思っていた。
しかし、そんなわけはなく、ただ通路の行き止まりにぽつんと扉があるだけだった。扉は固く閉ざされていたが、しかし軽く開きそうな感じがルークの中であった。
「それを開ければ、君は目覚める。つまり、現実世界へと帰還することが出来るというわけだ」
「ここを抜けても……世界は変わらないんだよな?」
「そうだな。世界は滅びることもない。……おそらくは」
「おそらくは?」
「確定が出来ない、ということだ。そうとは言えないし、そうとも言える。非科学的な力ではあるが……『希望』があればなんだって出来るみたいな……そんなもんだ」
それを聞いてもなお、ルークは意味が解らなかった。果たしてオールストークの言うことを信じてもいいのだろうか――ルークはそんなことを考えていたが、彼がこの世界の開発者ともなれば、信用してもいいのだろう。
「……じゃあ、信じていいんだな」
「ああ。任せておけ。私は嘘をつかない主義だ」
そう言って、二人は握手を交わす。その後、イヴとも交わして、ルークは扉をゆっくりと開けていく。
扉の中は、光り輝いていて何があるのか見えなかった。
そして――彼はその中へ飛び込んだ――!
【エピローグ】
さて。
ここまでが僕の体験した物語の全てだ。
面白かったかい? はてさてそれとも悲しかったかい?
そいつは失敬、聞くまでもなかったか。
さておき、これからは後日談。
というよりかは、蛇足。
僕と周りの環境がどれだけ変わったかとか、あと、君たちが気になっているクッキークリッカーの世界について。
先ずは僕について。
僕はあのあと目を覚ました。あいにく記憶は失っていなかったし、僕はただ魂の情報が奪われていただとかシナプスに異常があっただとかで植物人間にあったらしい。結局は目を覚ますこととなったので先生も親も驚いていたけれど。
さて、十年も植物状態だったのだ。先ずはその分の知識を蓄えなくてはならなかった。高卒認定試験を受け、大学へ進んだ。そういう話だ。
僕はコンピュータ工学の分野へ進んだ。何故かは知らない。大方オールストークさんを見習おうとでも思ってしまったのかもしれない。そういう僕の言葉も、結局は戯言に過ぎない気がするけれど。
大学生活も慣れたある日、僕はオールストークさんに呼ばれた。そこはとある大学の研究室だった。
「入ってどうぞ」
ノックをする前に言われたので、超能力者ではないかと思ったが、
「そうだ、僕はエスパーなのだよ。実は」
と冗談っぽく言われた。
「そんなことはさておき、君に見せたいものがある。きたまえ」
そう言われて、僕はオールストークさんに従う。
通路を歩き、部屋へとたどり着く。
その部屋は暗く、しかし広かった。
そして、それの半分を覆うほどの大きなスーパーコンピュータが置かれていた。
「……これを集めるのに相当時間はかかった。しかし、成果もそれなりのものを挙げられたよ。これをかぶってみてくれ」
そう言われてオールストークさんが取り出したのはヘルメットとゴーグルがくっついたようなものだった。
言われたとおりかぶると、視界にこのようなものが浮かび上がった。
『クッキークリッカー』
それは、僕がずっと居た世界。
それは、彼女がずっと居た世界。
そして、レソトが居た世界。
全ては0と1で表現されていたのかもしれないけれど、それ以上の何かがあった、世界。
それを見て、僕は感動のあまりなにも言えなかった。
そんな僕を急かすように、視界は変わっていく。
『ログインしますか?』
その言葉と同時に、YESかNOを問う選択肢が出現する。
「ああ――ログインとかが出るが、そいつは勿論君がすきにして構わない」
そうオールストークさんの声が聞こえた。
それに僕は強く頷き――YESと選択した。
世界が広がった。今まで青一面だった無機質な世界が、あっという間に別の世界へと作り替えられる。そして、それはものの数秒で僕が見たことのある世界へと変化を遂げる。
そこは、工場の地下にあるダンジョンだった。背後を振り向くとずっと昔にくぐったような、しかしついさっきくぐったような『扉』がある。
そして、目の前に彼女がいた。彼女は、最後に別れたときと全く変わらなかった。
そして、僕の目を見て――涙目だったが――笑った。
「おかえりなさい」
『クッキークリッカー』
TRUE END
(あとがきにかえて)
キャラメルが砕かれて、細かく撒かれているクッキーをご存知でしょうか。イングリッシュトフィークッキーというらしくて、タリーズコーヒーのお店に置かれています。僕はタリーズコーヒーに入るたびに毎回それを注文しては楽しみにしているのです。ココアと一緒に。
どうも、僕です。クッキーをクリックするだけの簡単なお仕事ゲーム(違う)、クッキークリッカーの二次創作楽しんでいただけたでしょうか。
はじめ、書きたいなあと思ったときは対してファンタジー要素はなく、寧ろSFっぽい雰囲気を醸し出す原案だったと思ったのですが、いざ書き上げてみると、なんだか魔法やら何やらが出て、ファンタジー要素が過多であることが充分であることが理解できます。どうして、こうなった。
主人公であるルークは弱気でありながらも時には勇気を出して仲間を救う、そんな主人公ではあるのですが、実際最後の選択ではイヴに従ってしまいます。大事な所で踏ん切りがつかない――なんともモヤモヤした雰囲気を残してしまい、最終的にクッキーの世界をも忘れてしまう。これは果たしてハッピーエンドと言えるのかは、読んでいる人の感性にかかっていると僕は思います。
――と、ここまでは13までのおはなしとなります。
このバージョン(何て言えば分からないので、『アナザーエンディング』ということで)では『ハッピーエンド』が書かれてあります。誰も消えない、誰もが平和、幸せになるエンディングです。なんだか頑張ってしまったなあというのと、ページが嵩みすぎてやばいなあという感じがあります(ちなみにこれはwordで書いたのですが、二段組65ページです)。
さて、これで彼らのクッキーの物語は一先ず閉めることとなります。またいつか、機会があれば……。
本当はもうちょい書きたかったなあ、と悲しみながら、あとがきにかえて、ここで終わらせていただくこととします。
ありがとうございました。