【004】
灰色の煙を常に流している場所。
それが工場だ。
そして、ニュージャージー工場を目の前に見た、ルークのファーストインプレッションが、「荘厳で、巨大で、近寄りがたい」というものだった。
「こんなところに、おばあちゃんはいつも働いているのか……?」
ルークは怪訝な表情を浮かべながらも、改めて工場の正門を眺めた。
正門には警備員の詰所があり、そこから鋭い目を光らせている。おそらくは、あそこで二十四時間監視を行っているのだろう。となると、正門からの突破は勿論のこと不可能だ。
「……だとしたら、」
そう言って、ルークはちらりと目をやった。
「それ以外の方法、だな」
◇◇◇
工場は一面城壁のように高い壁で囲まれている。ルークはどうにかして穴を探したが、そう簡単には見つからなかった。
「そう簡単にはいかないか……」
ルークはそう言いながら、ふと見上げると、
「そうだ」
何かを思いついたようだった。
壁に穴がないなら、よじ登ればいいだけだ。
だが、壁には突っ掛りも見えない。まるで磨いたかのようにツルツルだった。
「普通こんな綺麗にするか……?」
それは、絶対にここに誰も入れないという威信から来ているものだった。だが、それが気付くのは、まだ後のことだ。
どうにかして塀を乗り越える必要が出てきたというわけだが、その手段がまったくもって見つからない。
「どうしたものか……」
そんなことを考えていたルークだったが、直ぐに思考を停止した。
正門の方から、足音が聞こえてきたからだ。
誰か来る。
一瞬でそれを把握した。
足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。ルークは急いで物陰に隠れて、様子を伺う。
格好を見るに、若い男だった。スーツを着て、時折ため息をついていた。
ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
ルークは息をひそめる。
ルークの横に着いた男の背後に素早く立ち、ルークは口を抑える。
「動くな、静かにしろ」
ルークが低い声で言うと、男は両手を挙げた。
男は何かを言っているようだったが、ルークが口を塞いでいるためか、もごもごと篭った声しか聞こえなかった。
仕方ないので、口から手を離すと、男は静かにこう言った。
「わかった。君の言うことを聞こう。だから、乱暴なことはしないでくれないか」
「信じられないな。……おまえ、リンドンバーグ社の社員か?」
「ああ、一応な。俺の名前はレイジだ」
レイジはそう言うと、小さくため息をついた。
「……俺の言うことを聞け」
「ああ、なんでも聞くよ。で、何をすればいいんだ?」
「あの工場に入りたい。お前は社員だから、何とかすれば入ることが出来るだろう?」
ルークはある意味賭けに出ていた。
というよりかは、これしか手段がないのだ。
「……ああ。確かに入ることが出来る。だが、お前はどうするんだ? 俺は社員証があるからそんなボディチェックはされないが、社員証もない素性も得体もしれない人間をそう簡単にほいほいと入れるほど、あの工場も甘くないぞ」
「解っている。だからこそ、だ」
そう言うと、ルークは近くにあった車を指差す。
「あれを運転しろ」
「まだ免許持ってないんだけど」
「乗れ」
「本当?」
「つべこべ言わずに、乗れ」
ルークの言葉に、レイジは渋々と従う。車のドアは既に開いていた。どうやら、先にルークが手を回していたらしかった。
ルークが助手席、レイジが運転席に乗り込むと、レイジが何かに気がついた。
「おい、この車、鍵ないぞ」
「鍵つけっぱなしで捨てておく車がどこにある。簡単だ」
そう言うと、ルークはどこかからかコードを二本取り出した。そのコードは無残にも引きちぎられていた。
ルークはそれを接触させる。接触させると同時に、火花が散る。
暫くこれを行っていると、エンジンの排気音が聞こえ始めた。どうやら、うまく接続されたらしかった。それを見て、コードをつなげ、ゴムで結ぶ。
「よし」
「……エンジンがついたのは、いいんだが、これからどうするんだ?」
「この車は小奇麗だからな、誰もスクラップ寸前だったとは気づきまい。だから、このまま正門に突入する。俺は後部座席に隠れていることにするよ」
「見つからないのか、そんなんで」
レイジは後部座席の床に横たわるルークを見て訊ねる。
「ん? 大丈夫だろ。警備員でも細かく見ないだろ」
「なんでそこまで言える」
「カン」
「おい」
レイジが言うと、ルークは小さく呟いた。
「ま、よろしく頼むぜ。運転手さん」
「乗りかかった船だ。仕方ねえ」
レイジはそう言うと、アクセルを踏み込んだ。
工場の正門にゆっくりと車が突入する。
スカイラインの旧型をベースにあれこれ改造した車だった。騒音こそはひどくないものの、普通の会社員が乗るには、少々敷居の高い感じとなっていた。
「……どうして、こんな車を選んだんだ」
「仕方がないだろ、これしかないんだから」
「にしてもスカイラインの旧型とかどうしてこんな小奇麗な感じで残っていて……、これってもう半世紀以上前に作られたものじゃなかったか?」
「となると、最早生まれていないから解らない」
「俺だって、そうだ」
ルークとレイジはそのような会話を交わし、車を運転していく。
正門に差し掛かると、警備員が近付いてきた。
「……どうなさいました?」
「いやあ、家に帰ろうといざ考えたら、忘れ物をしてしまいましてね。……いいですかね?」
「そうですか。忘れ物ってのは、しちゃいけませんからなあ。誰かに奪われても、それが自分のものと証明出来なかったら、泣き寝入りも視野に入れなくてはならないというものですし。いいですよ、お入りください」
警備員はそう言って、帽子を深く被った。
レイジはお辞儀をして、ゆっくりと車を動かしていく。
工場の脇にある駐車場に車を止めると、レイジは息をついて、後ろを振り返る。
「着いたぞ」
レイジの言葉を聞いて、ルークはゆっくりと起き上がる。
「ここが、工場か。あっさりと侵入できるもんだな」
「リンドンバーグ社の社員なめんなよ」
「はっは、それもそうだ」
ルークはせせら笑うと、車を降りる。
「世話になった。……もう帰っても構わないぜ」
「何を言っているんだ。もう乗っちまったんだ、お前の運転する船にな。逃げることも出来ねえし、逃げ隠れることが出来るのは絶対にありえねえ。……だったら、行けるところまでついて行ってやるよ」
レイジのその言葉に、ルークは微笑む。
「そう言ってもらえると嬉しいね。地獄までついていってもらうかな」
「それは、俺が言うセリフじゃねえのか?」
レイジがいうも、ルークはただ笑うだけだった。
そして、彼らは工場に隣接しているビルの中へと入っていった。