CookieClicker   作:natsuki

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第四話 もう一度


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【012】

 

 二十一世紀があと二年で終わりを迎える、ある冬のことだ。

 チョコチップクッキーの世界シェア一位を誇るリンドンバーグ社は、アメリカ・ニュージャージー州に巨大工場を開いた。そこでは毎秒二千万枚のクッキーが製造出来るという。

 しかし、世界の需要を考えると、それでも足りなすぎた。

 そして、人手はあまりにも足りなすぎた。

 リンドンバーグ社――だけではなく、チョコチップクッキーは『おふくろの味』が売りだった。そのため、パートで六十歳以上の女性のみを雇い、それにより生産されていた。

 しかし、問題が発生する。

 人間には限りがある。それも、この時代、科学技術などそこまで発達しているわけでもなく、世界人口はゆるやかに減少傾向を辿っていた。

 つまりは、人材不足だった。

 少ない人材を、様々な会社が取り合っている。それは、別業界からすれば非常に滑稽なことだが、チョコチップクッキーの業界からすれば死活問題だった。工場を増やすことは簡単だが、味を保つことは非常に難しい。それは自明である。だからこそ、チョコチップクッキーをどこが一番高く払えるか、これが問題であった。

 勿論、リンドンバーグ社はその中でも桁一つ違うチョコチップクッキーの数を提示していて、そのためか、たくさんの女性パートが居るのである。

 リンドンバーグ社は、世界に百以上の工場を持ち、それにそれぞれ百人以上の女性パートがいる。どの工場も毎秒二千万枚のクッキーを生産しているのだが、これを続けても世界の需要を考えると、限界だった。

 

「――そして、世界政府はチョコチップクッキーが足りなくなることを懸念材料としていて、これが今の選挙の議題に上がっているわけだ」

 

 教室の教壇に立つ、老齢な男性教員がそう言うと同時に、終業のチャイムが鳴った。それを聞いて、教室の中からはため息と声が混じってざわついた。

 教員は足早に教科書をカバンに仕舞うと、教室を後にした。

 

「……クッキーが凡て、ねえ。にしても今日の授業、聞き覚えがあるぜ……。これって何ていうんだっけか……」

 

 教室の一番後ろに座っていた少年――ルークは小さく呟いた。

 

「ルーク、まさかお前予習したのか? いや、有り得ない。お前に限って予習するなんて……。ちなみにそれは『デジャヴ』。既視感、ってやつだな。あれ? でも聞いたことがあるってことは、既視感じゃなくて既聴感なのか? ……解らん」

 

 前に座っていた少年――メソトが身体をルークの方に捻って訊ねたが、話の途中で問題にぶつかったらしくぶつぶつと独りごちっていた。

 

「おい、一人の世界に突入するなよ」

「ん? ああ、すまん。ついつい話に夢中になってしまってな……。仕方ないだろ?」

「まあ、お前のそういう癖は今に始まった話じゃないからな」

 

 ルークはそう呟いて、空を見た。

 青い、青い空だった。

 

「そういえばさ、カレーパンが二十クッキーらしいぜ。いつもの半額!」

「マジかよ! 行くっきゃねえな!」

 

 メソトの言葉に、ルークは頷き、立ち上がった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午後五時。

 帰宅時間である。

 ルークもその例に漏れず、とぼとぼと家への帰り道を歩いていた。

 彼は今日の講義について考えていた。別に真面目に勉強に取り組み始めたとかそういうわけではない。

 

「……なんだろう、聞いたことあるんだよな……」

 

 デジャヴ。

 実際は一度も経験したことがないのに、経験したかのように思わせる現象のことである。

 ルークは一度も聞いたことのない講義を、聞いたことがあると認識した。それは、普通ならばおかしな話である。

 

「ねえ」

 

 そこで彼は、背後から声をかけられた。

 気になったので、振り返ると、そこには一人の少女がいた。

 まるで精巧な人形のような少女だった。肌から髪の一本一本までが職人の手で精巧に作られたような――絵に描いたような『完璧』がそこにはあった。

 しかし、ここでもルークは既視感――デジャヴを感じた。見たことがある気がする――だが、見たことはない。その矛盾を、彼は紐解く暇もなかった。

 

「……ごきげんよう、ルーク」

「どうして僕の名前を知っているんだい」

 

 ルークは訊ねると、少女は口に手を当て、優雅に微笑む。

 

「だってあなたとは恐ろしいくらい長い付き合いがあるのですもの。当たり前ですよ」

 

 ルークは頭の中をかき回す。探している情報は、目の前に立っている少女についてだった。

 少女はルークを知っている。だが、ルークは少女を知らない。ならば、どうして少女はルークを知っているのだろうか? それについて、自分の頭の中で何かあるのかもしれない。そんな一抹の期待を、ルークは考慮していた。

 だが、そんな期待も虚しく、ルークは彼女の名前を覚えてはいなかった。

 

「……ごめん、やはり覚えていなかったよ」

「覚えているのであれば、話は早いんですが……。ですが、まだ記憶は若干残っているようですね。今日の講義に関して既視感を覚えたりしませんでしたか?」

「何故それを?」

「何故なら私は今までのパターン、六千七百四十五万九千七百二十八回、凡てを記憶していますから」

 

 パターン――それを聞いて、ルークは何も思い出さなかった。

 それを見て彼女はため息をつく。

 

「……仕方ありません。一先ず、私の説明がてら、私が行ってきたことについて話していきましょう。あれはそう。一個前のパターン、六千七百四十五万九千七百二十七回目の世界での出来事です……」

 

 

 

 

【005】

 

 ビルにこっそりと忍び込んで、私はようやく息をつきました。一先ずこれから何をしようだとかは決まっていましたが、対象を見つけない限りは問題外です。

 ――音が鳴りました。ちょうど、タイヤのゴムと地面のアスファルトが擦れ合う音。即ち、乗用車の停車音が聞こえたのです。ライトは会社の建物側に当たっていましたので、誰が来たのか私はビルの窓から小さく眺めてみることにしました。

 車に乗っていたのは二人だけでした。片方はスーツを着た男。もうひとりは――対象となる人間でした。どうやら、このパターンでは友人は助からなかったのだと直ぐに私は悟ります。もう六千万回以上もパターンを繰り返していると流石になんとなく覚えてしまうのです。ゲームのRTAみたいな感じになっちゃいますね。

 そんな戯言はさておき、私は対象を目視したので目標のエリアへと向かいます。恐らくこのパターンで行けば、部屋にいつものように突入して、この世界軸での『奴らによって停止させられた』私とご対面していると思うので、それまでにその部屋へ向かわなくてはなりません。急がなくちゃ。

 そう呟くと、私は小走りでその部屋へと向かうのだった。

 

 


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