CookieClicker   作:natsuki

9 / 14
09

【013】

 

「ちょっと待て」

 

 ルークは少女の話を聞いてもなお、何が何だか理解できなかった。ルークは覚えていない、世界のことだ。確かに突然言われても訳が解らないだろう。

 

「どうしたのかしら。私はきちんと、これまでにあったことを話して私の役目、役割、生き方を凡て言っているつもりなのだけど」

「殆ど意味同じだからな、それ」

 

 ルークのツッコミに少女は「あう」と言う。厳しいところを言われたらしい。

 ルークは早く帰りたかった。こんな戯言に付き合っている暇など、余裕など、なかったからだ。

 

「そういえば、幻想郷にもクッキー工場ができたとか噂がある。それくらいにクッキーは盛り上がっているし、それで正しいんじゃないのか。クッキーで世界が成り立っている。それはそれで合っているだろ」

「いいや、あなたはこの世界から脱しなくてはならない。そのために、この世界を理解せねばならない。そして、私の役目をも理解する必要があります」

「だったら話してくれよ。君はいったいなんだ」

 

 ルークの言葉を聞いて、再び少女は話し始める。

 

 

 

 

【007】

 

 走るのをしばらく続けると疲れてしまいます。私は疲れこそ身体には感じないのですが、あいにくそう設定されているのですから、疲れ状態になると息がはあはあ上がってしまうものなんです。変態と思われてしまうのでこの状態が非常に嫌いなんですが、そんなことを言っている場合ではないのです。急いで、対象を探さねばならない。そのためには、あの部屋へ向かわなくては――と私はそのために歩を進めていたのですが、

 

「どこへ向かうんだい、侵入者」

 

 ここで、唐突に声が聞こえました。嗄れた声でしたので一発でそれが女性の声ですと気付きました。なんというか、女性の声なんですが、それでも生きるのを見失ったような……いや、生きるのがこれしかないと、逆に生に縋っているような……何を言いたいのか、私にもさっぱり解らなかったんですが、背後からでもその重々しさは伝わってきました。

 振り返るとそこには一人の女性がいました。女性、という年齢でもないかもしれません。おばあさん、といった方が柔らかい表現で好まれることでしょう。おねえさん、という割にはお世辞の塩味が効きすぎていますからね。そんなことはさておき、改めて女性の服装を見ていきます。女性は凡て金色に包まれていました。なんというか、恐ろしいです。これが人なのか、人の果ての姿なのか、と悲観してしまうほどに。そこに立っていたのは、はじめ人間だとは気付かないものだったのです。

 

「聞いているんだよ、どうしてここにいるんだ、と」

 

 少しだけ女性の語気が強まります。きもちも分かりますが、私だって構っていられません。一先ず逃げるが勝ちということで走り出しますが――。

 

 

 ――おや、逃げられません。なんというか、金縛りのようになってしまっている様子。どうしてかしら。

 

 

「逃げようたって無駄だよ。質問に答えてもらわなくちゃあね」

 

 そう言って女性はどんどんと近づいてきます。やだな、そういう余裕だなんて私には微塵も存在しないっていうのに。時間をみじん切りしたら始末の料理というくらい凡て使い果たさないといけないくらいに私には余裕が存在しないというのに。

 女性をどうやって去なすか。そういうことしか私は考えていませんでした。というかそうしないといけないんですから。一先ずは、今逃げられないという状況をどうにかしなくてはいけませんね。そうでないとこの世界を無駄に過ごしたことになってしまいますから。

 そう考えれば、話は早いです。

 

「あのー、この金縛りを解いていただけませんか? 質問に答えろ、と言われましてもこんな状態じゃ答えられる質問も答えられませんよ?」

「そんなことを言っても逃げるつもりでしょう。だったら私はこのままあなたを見えない力で緊縛し続けたほうがいいですから」

「そう……ですかっ」

 

 確かに金縛りとさっきは説明しましたが、どちらかと言えば見えない力で緊縛されている――正しいでしょうね。現にひどく苦しいですもの。私の身体が締め付けられる感覚を犇々と感じます。服が歪んで私のボディラインが露になっちゃっていますが、まあ、そんなことはどうだっていいでしょう。見られて減るものじゃありませんし。

 

「……ならば、さっさと質問すればいいでしょう。あなたは、いつになったらするのですか。これでは、する前に私の息が絶えることすら考えられないのですか?」

 

 まあ実際には息絶えても、それはこの世界で失敗しただけ、という話なので私としては一回分のチャンスを失っただけに過ぎないんですが。

 

「そうだね」

 

 女性は舌打ちをして、私に近づき、私の顎を持ちます。

 

「それじゃ、質問させてもらおう。単刀直入に聞いて、あんた、『イヴ』という名前に聞き覚えはないかい?」

「それに答える義理が私にはありますか?」

「何を言っているんだい。あんたに置かれた状況を考えると、答えるか答えないかは直ぐに浮かんでくると思うがね」

 

 はあ、と私はため息をつきました。面倒くさいからです。今まで行った行為を言えば、それに対する面倒くささと言うことはないと言われることですが、今はそんなことは関係ありません。目的として、それをしなくてはならないのですから。

 私の『能力』を使うことさえすればこれから脱出することも余裕でしょう。ですが、それを見られれば余分に相手は警戒してしまう。そうすれば、対象を救うことが出来なくなってしまう(正体は既に敵にバレているでしょうね。彼女のような末端にはバレていない様子ですが)。

 

「言わないなら、仕方ない。口封じのために殺すしかないようだね」

 

 そう言うと、彼女はいつの間にか持っていたナイフを取り出し、私の腹を掻き切りました。

 刹那、恐ろしい程の液体が溢れました。その色はとても赤かったです。絵の具の赤をそのまま垂らしたような着色を、無機質なクリーム色の床にしていきます。服は無残にもちぎられ、上半身は最早服を着ていないと言っても過言ではないでしょう。そして、彼女は私に近づくと私の腹の中に右腕を突っ込みました。その時私の身体が大きく疼き、私の身体が小刻みに震え始めました。暫く体内をかき回した彼女の右腕は、あるものを取り出して戻ってきました。それは黄色い柔らかそうなチューブのようなものでした。そして私は直ぐにそれが、小腸であることを察しました。彼女は、私の小腸を取り出すと、それを口に運びました。さすがに吐き出しそうになりましたが、私はそれをこらえました。

 小腸を引きちぎり、クチュクチュと音を立てて彼女は食べていきます。最早彼女は人間ではなかったのです。人間の形となった、獣に過ぎなかったのです。小腸から大腸、胃、十二指腸、肝臓、腎臓と食べられていきます。しかし、不思議と『死』への恐怖は薄いです。このパターンが初めてだからというのもありますが、なんだか現実味がないですね、自分で言っておいて相当シニカルな発言ですが。

 私は私の肌を見てみます。お腹の肌は不自然に凹んでいました。そうですね、空気を失った風船のように凹んでいました。人間から臓器を引きずり出すと、人間のお腹はこんな感じになるんだな、と一つ学びました。別に生きていく上では一番要らない知識だと思いますけれどね。

 

「まだ生きているとは、人間とは不思議で恐ろしい生き物なんだねえ。まあ、これを食べればお仕舞いだけど、流石に」

 

 そう言って、彼女が取り出したのはこぶし大の大きさの臓器でした。私の腹から強引に引きずり出したものの一つでしょう。それは一定のペースで脈打っていました。そのとき、私は下半身に寒気を感じました。見ると、濡れていました。怖くもないのに、漏らしてしまったらしいです。人間は怖くないと自覚していても、精神の奥深くで怖いとおもっていたら恐怖と同等の状況になるらしいのですが、私もそれに該当したようです。私は関係ないと高を括っていたのですが、これは恥ずかしいことですね。

 ……話がずれてしまいましたが、彼女が持っているものから管が私の腹の中へと伸びています。その管はところどころちぎられ、今も赤い液体がぽつぽつとこぼれ落ちています。まあ、なんとなくですが、もう私は死んでもおかしくないのだと思います。

 

「これはね……心臓さ。心臓って、例え三分でも停止してしまうと脳の機能が停止してしまうそうだよ。蘇生術でもすれば生物学上人間として居られるらしいが、こんな状況であんた以外の味方なぞ存在するはずがない。……つまり、これを失った瞬間、あんたは死ぬというわけだ」

 

 そう言って、彼女は心臓を口に運びます。ぷちぷちと血管のちぎれる音がします。タイムリミットは、近いのかもしれません。

 

 

 

 

 

 ――そして、彼女が心臓を思い切り噛みました。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。