日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第1章『鉄血海峡』
第1話『第零護衛隊群』


 港町カルトアルパスの港湾管理局は多忙を極めていた。

『第一文明圏トルキア王国軍、戦列艦7、使節船1、計8隻到着』

『第一文明圏アガルタ法国、魔法船団6、民間船2、計8隻到着』

「……この辺りのは変わり映えせんな」

 港湾管理責任者のブロントは、魔信でのやりとりを聞きながら、管理局の窓から様子を眺める。

 軍艦マニアの彼は、カルトアルパスで二年に一度開催される先進11ヵ国会議が大好きだった。世界各国が国の威信をかけて、最新鋭の艦隊を「使節を護衛する」という名目で送り出してくる。彼にとっては港湾管理者の仕事は、半ば趣味を兼ねているようなものだが、このときばかりは趣味が九割ぐらいを占めている。

「ここに第零式魔導艦隊があれば、各国の艦隊も貧相に見えただろうにな」

 神聖ミリシアル帝国が誇る最新鋭の第零式魔導艦隊は、諸事情から会議中はカルトアルパスの西方のマグドラ群島で訓練をするのが慣例になっている。

 そんな彼が期待している国が二つある。

 ひとつは第二文明圏の列強レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国。

 もうひとつは第三文明圏の列強パーパルディア皇国を解体した日本国。

 どちらも文明圏外の新興国である。文明圏外国家が列強に勝つなど、前代未聞である。いったいどんな艦隊を擁しているのか、軍艦マニアなら興味が沸かないわけがない。

『第三文明圏外日本国、海上自衛隊第零護衛隊群、巡洋艦7、空母1、計8隻到着』

「来たか」

 ブロントは身を乗り出して双眼鏡をのぞいた。

 双眼鏡には灰色一色の艦が8隻映った。艦型を見れば、1隻は明らかに空母と分かる。残りの7隻は大きさから巡洋艦と現場の作業員が判断したのだろう。それでも隣のスペースに停泊しているムーの戦艦〈ラ・カサミ〉と比べると、大きいものは同じくらいの大きさがある。

「そういえば、この区割りはムーの希望を取り入れたんだっけな」

 ブロントは、ムーが「日本の艦隊を自国の艦隊の隣に停泊させて欲しい」と申し入れをしていたことを思い出した。ムーも日本に興味があるらしい。列強の中では最初に日本と国交を結んだという。

 彼は知らなかったが、エモール王国も日本に大変な興味を持っている。その理由の一部はこの会議で明かされるはずだった。

「しかし第零護衛隊群とは……我が国の第零式魔導艦隊の真似をしたのか? あの小さい巡洋艦は、ミスリル級魔導戦艦に似てなくもないな」

 そうだとすると日本の最新型に違いない。ブロントはステルス性を考慮して、傾斜した平面を多用した〈あきづき〉の艦体を双眼鏡で見ながらつぶやいた。

 もし全てが駆逐艦──潜水艦や魚雷が存在しないミリシアル帝国では小型艦──だと聞いたら、彼は目を白黒させたかもしれない。

 

「本当にほとんどの国が軍艦を連れてきているとは……こんな露骨な砲艦外交は初めてだよ」

 ヘリ搭載型護衛艦〈ひゅうが〉の艦橋で、この使節団の事務方のトップを務める近藤は、感嘆ともぼやきとも区別がつかない言葉を発した。

御園(みその)大使の情報は正しかったですね。巡視船だけで来たら、外国に舐められてましたよ」

 近藤の補佐役の井上が相槌を打つ。

 ムーに駐在大使として赴任した御園は、ムー政府から先進11ヵ国会議の様子について情報を入手した。その結果、参加国は国力を誇示するために、最新の軍艦を連れてくるのが慣例だと知ったのだ。

「舐められるのは日パ戦争(日本側で使われている俗称)でコリゴリです。寄せ集めでも護衛艦を連れてきて良かった」

「おい」

 近藤は井上に注意した。

「お気になさらず。事実、寄せ集めですから」

 普段は艦隊司令施設(FIC)に籠もっている、護衛隊群司令の鮫島(さめじま)海将補が気配りを示す。

 

 海上自衛隊は4個の護衛隊群を保有している。この4個がローテーションを組んで、任務に就いている。

 まず1個は整備や修理・改修のためにドック入りしている。当然出動することはできない。

 さらにドックから出てきたばかりの1個は、乗組員や護衛艦の一部が入れ代わったことにより、慣熟訓練に追われる。これもとても出動できる状態ではない。

 そうなると任務に投入できるのは、額面通りの戦闘力を発揮できる高練度と、それには及ばない低練度の2個のみである。

 ところがこのローテーションは、日パ戦争で崩れてしまった。エストシラント沖大海戦では、主戦場に限界の2個護衛隊群を投入した。そのためデュロ方面には訓練未了の護衛隊群を派遣するはめになった。

 実際はパーパルディア皇国海軍が舞鶴強襲作戦(日本側の呼称)を敢行したため、この隊の出番はなかったが、更に悪いことに本土防衛の必要に迫られた。整備中の1個も沿岸警備を任務とする地方隊が突破されたときに備えて、まだドック入りしていなかった護衛艦2隻までバックアップとして戦闘待機させるという、綱渡りのやり繰りを強いられたのだ(こちらも出番はなかったが)。

 国民や同盟国・友好国は日本側の人的損害がゼロという結果に大満足したが、海上幕僚本部は手放しでは喜べなかった。旧世界で国土とシーレーンの専守防衛を前提として整備された現行の海上自衛隊の装備では、新世界で生き残るにはあまりにも頼りない。

 そこへ降って湧いたのが、今回の使節団の護衛任務である。だがローテーションが破綻していた既存の護衛隊群の中からは出せない。

 海上幕僚本部は苦肉の策を強いられた。臨時編成である。

 旗艦を務める〈ひゅうが〉は、新世界に備えた新装備の艤装を終えたばかりである。その肝はレーダーの能力向上と和製クラウドシューティングの導入、そして衛星通信能力の向上である。

〈ひゅうが〉には元々『和製イージス』とも呼ばれる〈FCS3〉アクティブ・フェイズド・アレイレーダーを備えていた。これをあきづき型と同等の〈FCS3-A〉に換装した。これで短距離ながら同時に32目標を追尾できる能力を獲得した。

〈ひゅうが〉には16基の垂直発射セル(VLS)があったが、これは撤去された。ヘリ母艦兼輸送艦としては、大きなスペースを食うVLSと弾薬庫は厄介者でしかなかった。最初は単艦でも任務に就けるよう、それなりの自衛力を付与されたが、実際に運用してみると、そのような場面はなかったのだ。現在の〈ひゅうが〉に残っている固定武装は20ミリ機関砲(CIWS)2基のみである。

 ちなみに〈ひゅうが〉から撤去したVLSは、新造護衛艦で再利用される予定だった。高価な装備を〈ひゅうが〉のデッドウエイトにさせておくほどの余裕は、海自にはないのだ。

 武器もないのにイージスシステムだけ積んでどうするのか、この疑問に対する答えが新型艦隊指揮通信システム──いわゆる『和製クラウドシューティング』である。

 艦隊をネットワークで繋ぎ、全ての艦の索敵情報と火器管制を共有する。誰かが見ているものは、全員が見ることができる。誰かが持っている兵器は、誰もが引き金を引ける。護衛隊群全体が、あたかも一つの兵器であるかのように振る舞う。

 もちろん運用の経験(ノウハウ)はこれから積まなければならない。本当に使い物になるかは、これから次第だ。

 最後の衛星通信能力の向上は、情報収集衛星との直接通信能力の付与である。旧世界よりも広大な新世界では必須といえた。

 護衛艦〈あきづき〉もフェン王国の軍祭に参加したあとドック入りしていた。『和製イージス』を搭載したあきづき型の中では新装備開発後に最初にドック入りしたため、新装備が艤装された。といっても国産空対空ミサイル(AAM-4/5)の発射装置である。

 日本には国産の艦対空ミサイル(SAM)がない。保有しているのはアメリカ製の〈SM-1/2〉と〈ESSM〉である。現状では再生産ができないのだ。

 ただ『埋蔵金』はある。在日米軍だ。転移前に在日米軍とは燃料弾薬を相互に融通する協定を結んでいた。それを使えば在日米軍の備蓄を引き出すことはできる。だから今すぐ困るわけではない──と少し前までは思われていた。

 風向きが変わるきっかけになったのは、やはり日パ戦争である。空母を持たない日本は艦隊防空をSAMに頼るしかなく、日パ戦争におけるミサイル消費量は、海自の幕僚達を不安にさせるのに十分すぎるものだった。

 そこで空対空ミサイル(AAM)をSAMに改造する計画が持ち上がった。だがAAMは戦闘機のハードポイントにぶら下げればいいのに対し、SAMはVLSの中に収めなければならない。技術や基幹部品は流用するとしても、ミサイル本体は再設計が必要になる。

 そこでハードウェアの完成を待たずにソフトウェアの開発が進められることになった。『和製イージス』で国産AAMを扱えるように改造する必要がある。ソフトウェアの改造や検証(デバッグ)は机上でもできる。だが最終テストは()()でやらなければならない。

 艦長以下〈あきづき〉の幹部(しかん)たちはこぞって反対した。新装備の必要性は認めるものの、自分がモルモットになるのは誰でも反対するものだ。だが国家公務員が政府に逆らえるはずもなく、彼らに名誉な役が回ってきた。

 こうして(多少の不安はあっても)取り敢えず動かせる艦が集められて、臨時の護衛隊群が編成された。野党や野党寄りのマスコミに騒がれないよう、軍拡ではなく臨時編成だと分かるように、第五護衛隊群ではなく第零護衛隊群と名付けられた。

 

 第零護衛隊群はしずしずと入港し、埠頭に着く。

「隣の艦はミリシアル帝国のかね?」

 近藤が誰に訊くわけでもなく、疑問を口にする。

「いいえ、ムーですね。ラ・カサミ型戦艦のネームシップ〈ラ・カサミ〉です。艦橋左舷に階段が付いているでしょう。あの階段で何度も転落事故が起きたので、二番艦からは艦橋内部の階段の幅を広げる改良を施したんです」

 鮫島が解説する。

「詳しいですね」

 感心する井上に、鮫島が苦笑で答える。

「商売ですから。自分は防衛装備庁に出向して新装備の開発に参加していたのですが……呼び戻されて群を任されたのは、責任払いというやつですかね」

 日本人が聞くと勇ましい響きの名前だが、実物の鮫島は学者にしか見えない男だった。「勇ましい」とか「海の男」という修飾語がおよそ似合わない。近藤も井上も初対面のときは、「コイツに任せて大丈夫か?」と思ったほどだ。防衛装備庁に出向していたと聞いたときは、意味もなく納得してしまった。

 このときは二人とも、外交使節団の自分たちが戦争の当事者になるとは、夢にも思っていなかったのだ。

 

〈ラ・カサミ〉の艦橋でも品評会が始まっていた。

「日本は戦艦も空母も保有していないと聞いていたが、我が軍と比較できる立派な艦があるではないか」

 ムー派遣艦隊司令のブレンダスは、〈ラ・カサミ〉艦長のミニラルに問いかける。

「あれらは全て護衛艦というのだそうです」

 ミニラルは訂正するが、武闘派として知られるブレンダスは友好国であるはずの日本に対しても、不信感を拭えない。

「詭弁ではないのか。戦力を過小評価させるための」

 実際は艦艇の運用方法の思想が違うから呼び方に違いが生じているに過ぎないが、自分たちの思想が全てだと思い込んでいる人間が気づくはずもない。

 どちらかといえば穏健派のミニラルは、「また始まったか」と思いつつ対応する。

「日本は旧世界で覇権主義で失敗して、専守防衛に国策を変更した歴史があるそうです。護衛艦という呼び方には、そういう背景もあるのでしょう」

「軟弱だな」

 ミニラルはブレンダスの言葉が、日本だけでなく自国にも向けられたものだと気づいた。世界第二位の列強の地位に昇りながらも、永世中立と融和主義を掲げる政府の姿勢が、ブレンダスには理解できなかったのだ。ブレンダスが首席幕僚だった頃、穏健派から「ナンバー1にしてはいけないナンバー2」と言われた所以(ゆえん)である。

 ムーは世界第二位の列強になってから、世界最強の神聖ミリシアル帝国が融和主義に転じたこともあって、ほとんど戦争を経験していない。ムーに戦争を吹っ掛ける国がいなくなったからだ。だがそれが、ブレンダスのような他国を見くびる、()()()()()()()()()()を生む原因になっている。

 この不毛な品評会は、主役の登場によって中断させられてしまうことになった。

『な、何だ。あの船は?』

『あれは……船なのか!?』

 魔信から流れてきた声を聞いて、艦橋にいた人間は港の入り口を振り返った。

「「「おおお!」」」

〈ラ・カサミ〉の艦橋にいた全員から異口同音に感嘆の声が漏れる。

 全員の目には、グラ・バルカス帝国の伝説の戦艦〈グレードアトラスター〉が映っていた。

 驚いていたのも束の間、〈ラ・カサミ〉の艦橋は〈グレードアトラスター〉の品評会で盛り上がり始めた。それは〈ラ・カサミ〉の艦橋の艦橋に限った話ではなく、港のあちこちで始まっていた。

 

「驚いたな、本当に大和級だ!」

〈ひゅうが〉の艦橋でも鮫島が驚きの声をあげていた。だが〈ラ・カサミ〉のクルーと違って、そこには畏怖の感情がなく、どちらかといえば子供がはしゃぐような雰囲気があった。

「自衛隊はあれに勝てるんですか?」

 あまりにも危機感が感じられない鮫島に、井上が質問した。まるで戦争を前提にしているかのような質問に近藤は顔をしかめたが、重要な情報には違いないと思い、井上に注意するのは我慢した。

「防衛装備庁ではどんな武器が最も効果的か、議論百出の状態です。地球では戦艦はとっくに絶滅していましたからね。まだ()()()()()アイディアは構想の段階です」

「では、あれと今日明日にでも戦うような事態は、回避すべきですね」

 井上は冗談のつもりでそう言った。

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