日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第11話『手負いの魔王と番犬たち』

 カン・ブリッドへ向かう列車は、JRが収益改善のために投入している豪華列車以上の内装と調度品を備えていた。先進11ヵ国会議の出席者を乗せるため、神聖ミリシアル帝国がそれなりに気を配ったのだろう。ただ残念なことに、乗り心地は日本の鉄道と比べると、かなり見劣りがする。

 日本人から見ると、やたらとガタガタと揺れる列車の客室の中で、外務大臣はかなり萎縮していた。何しろ相手は四本の角を生やした偉丈夫だ。人間種にとっては十分余裕のある天井でも、彼にとっては窮屈そうだった。

 外務大臣は近藤からのアドバイスを念頭に、下手に出る。

「我が国としてはいつでも大歓迎ですが、この急な会談の申し入れの真意を伺ってもよろしいでしょうか? モーリアウル閣下」

 モーリアウルはソファのサイズが小さいのか、少し身体を揺すって何とか落ち着く姿勢を見つける。

「そちらも既に分かっているのではないか?」

「さて? 私には心当たりがありませんが」

「今、カルトアルパスで戦いが行われている」

「はい。その通りですが、それが何か?」

 モーリアウルは相手がとぼけているのか、本当にバカなのか、図りかねていた。

「言うまでもない。艦隊級対空殲滅魔法と誘導魔光弾だ」

 近藤が慌てて外務大臣にメモを渡す。

『相手は自衛隊の武器を魔法と勘違いしているかもしれません。艦隊ナントカはイージス、誘導ナントカはミサイルと思われます』

 外務大臣は技術供与の要請らしいと気づく。

「つまり我が国の武器が欲しいと?」

 モーリアウルは大げさに頷く。

「魔力に関しては、我ら竜人族は人間種より遥かに上。貴殿らよりも上手く使いこなして見せよう」

 竜人族は魔力至上主義の選民思想の持ち主と聞いていたが、さすがにこれは日本人には斜め上過ぎた。根拠のない自信とは、まさにこのことだ。

「それで、仮に武器を提供したとして、それが我が国にとって何の益になるのですか?」

 モーリアウルは相手が本当にバカではないかと疑い始めた。

「会議の冒頭で『空間占い』について述べたのは覚えているか?」

 近藤はまたメモを渡す。

「古の魔法帝国の復活ですか?」

「ウム、ラヴァーナル帝国の復活は確実となった。それに備えねばならない」

「それには同意しますが、だから武器を寄越せと?」

 日本人たちは開いたままになりそうな口を塞ぐので精一杯だった。こんな一方的な要求を押しつけてくるとは……パーパルディア皇国ほどではないが、国交を結んだ国にしては横暴である。ムーについてはある程度相互理解が進んでいるが、やはり列強の神聖ミリシアル帝国もこんな調子なのだろうか? 外務大臣たちはカルトアルパスの戦いの様子を見ていないので、『世界最強』というミリシアルの看板をまだ信じていた。

 近藤はまたメモを渡す。

『ここは舐められてはいけません。外交使節を日本に招いて、日本の国力を見せるしかありません。でも機嫌を損ねないように』

 大臣は疑問の視線を近藤に向ける。

(ここまで下手に出なければいけないのかね?)

 近藤も視線で返す。

(堪えてください)

 その二人の様子を見ていた井上は、「さすがは近藤大使だ」と、やや見当違いな感心をする。

「ですが、武器の輸出は我が国の安全に関わる重要問題です。私の一存では決められません」

 モーリアウルはやや不機嫌になる。

「では誰なら決められるのだ?」

「権限者は首相ですが、国民の多数が同意しなければ無理です。ですが我が国はこの世界では新参者、竜人族のことをよく存じません。そこでエモール王国から外交使節団を我が国に派遣していただけないでしょうか? 竜人族の姿を直接目にすれば、国民の理解も進むでしょう」

 でもマスコミのインタビューや記者会見は、制限しないといけないな。外務大臣は捕らぬ狸の餌の心配をした。

「我ら竜人族に、東の地の果てに足を運べと申すか?」

 モーリアウルの言葉に、外務大臣はブチ切れかけた。

(きた)るべき魔法帝国との戦いにおける人間(ひと)種との協調より、竜人族の自尊心の方が大切だと仰るなら、それは致し方ありませんな」

 モーリアウルは、貴族たちを説得する苦労を想像した。

「本国に持ち帰って、検討しよう」

 モーリアウルが帰った後、一同はほっとした。だがそれは少々早かった。

「大臣、アガルタ法国の大使が面会を求めています」

 面会を希望する国は次々と現れた。外務大臣たちにとって幸運だったのは、文明国は日本を列強の一員と認めていて、下手に出てくれたことだけだった。

 

〈グレードアトラスター〉は全長263メートル、満載排水量72800トンという、世界最大の戦艦である。それゆえ巨艦の代名詞にもなっているが、見方を変えると〈グレードアトラスター〉は極めてコンパクトな戦艦なのだ。と言うのも、40センチ砲艦のヘルクレス級と同じ手法で設計した場合、46センチ砲艦は全長280メートル以上、満載排水量は90000トン以上のサイズになるからだ。グラ・バルカス帝国海軍内部でもほとんどの人間が、〈グレードアトラスター〉は長砲身の40センチ砲艦と信じている原因がここにある(さすがにヘルクレス級と同じ45口径だと言われて、信じる者はいない)。

〈グレードアトラスター〉をここまでコンパクトにできたのは、重要防御区画(バイタルパート)を大胆にコンパクトにしたからだ。そもそも重要防御区画(バイタルパート)とは、自身の主砲弾を防げる重装甲を施した空間である。もちろん艦全体を重要防御区画(バイタルパート)にできれば良いが、そうすると装甲の重量がかなり(かさ)み、艦を浮かせるための浮力を確保するために、艦を更に大きくしなければならないという悪循環に陥る。それに檣楼まで重装甲にすると、艦の重心が上がって、転覆しやすくなってしまう。

 そこで艦体の中央のみを重要防御区画(バイタルパート)にして、艦首と艦尾、上部構造物は軽装甲にするという手法が使われる。ヘルクレス級の場合、重要防御区画(バイタルパート)は艦の体積の約70パーセントだった。だが〈グレードアトラスター〉では52パーセントまで縮小している。46センチ砲の徹甲弾を防ぐ410ミリ厚の装甲は、それほど重いのだ。重要防御区画(バイタルパート)を小さくするため、機関を艦中央に寄せて、スクリューのシャフトを不自然なほど長くするといった工夫が施されている。

 戦艦は無制限に大きくできない。理由は二つある。コストと可運用性だ。

 戦艦は大型化するほど建造コストが跳ね上がる。壊れながらも戦闘力を維持して戦う戦艦は、建造コストが高くなってしまう。また艦体が大きくなると乗組員の数も増えるし、維持・運用のコストも高くなってしまう。

 海軍の本来任務は、海上通商路の安全確保である。そのためには多くの軍艦が必要になる。艦隊決戦に勝つために巨艦を建造した結果、必要な数の軍艦を揃えられないのでは本末転倒である。艦隊決戦主義に偏重した旧日本海軍と当時の日本がどうなったかを見れば、その過ちは明らかである。

 大型の船が入港するには、十分な水深と、十分な大きさの桟橋が港に必要である。つまり大型船は小さな港に入港できない。前例のない巨艦を造っても、入港できる港がないのでは、その運用方法はかなり制限される。入渠できるドックも同様である。いくら強くても、インフラがなくて使えないのでは意味がない。

〈グレードアトラスター〉は許される範囲で最強を目指した結果、重要防御区画(バイタルパート)をぎりぎりまで小さくして小型軽量化を図った。だがそのリスクも当然ある。戦艦は重要防御区画(バイタルパート)さえ浸水しなければ、必要な浮力を確保できる。沈没することはない。それは〈グレードアトラスター〉も同じだが、その余裕は在来の戦艦と比べると少ない。

 そのような理由で、フラグストンは緊張を強いられていた。重要防御区画(バイタルパート)の一部である弾薬庫に注水するということは、沈没のリスクを抱えるということだ。もはや重要防御区画(バイタルパート)でなくとも、これ以上の浸水は危険なのだ。

『弾薬庫への注水開始』

 フラグストンは第一主砲塔でダメコン班のリーダーの報告を聞く。前檣楼はもはや使い物にならない。艦全体の指揮を執るための場所は残っていない。フラグストンは唯一使える砲塔(前部副砲に近い第二主砲塔も危険と見なされて放棄された)で、艦内電話と放送を頼りに指揮を執ることにした。

(艦長代理の筈なのに、主任砲術士へ逆戻りか)

 フラグストンは内心で苦笑したが、顔には出さず、命令を下した。

「機関全速後進、舵戻せ」

『機関全速後進、舵戻せ』

 復唱が返ってくる。

 フラグストンが後進で海峡を目指すことにしたのは、後部砲塔群が全滅したからだ。確かにこのまま取り舵で反転して前進した方が速い。だが相手は巡洋艦だ。すぐに追いつかれる。反撃もできないまま砲撃を受け続けて浸水が進んだら──フラグストンも海軍軍人なのだ。逃げようとして一矢も報いず沈む危険を冒すくらいなら、先に敵を沈める可能性に賭けたのだ。

〈グレードアトラスター〉はゆっくりと後進を開始する。カーブを描きながら。大型船の舵はすぐ効くものではない。早め早めに操舵する必要がある。特に〈グレードアトラスター〉は全長に比べて横幅が広い、ずんぐりした艦型をしている。旋回半径は小さいが、舵の反応(レスポンス)はやたら遅い。

 

『敵艦が後退を始めました』

 神聖ミリシアル帝国南方地方隊の巡洋魔導艦隊旗艦〈ゲイジャルグ〉の艦橋に報告が上がる。

「やはり〈グレードアトラスター〉は生きていましたな」

 艦長のニウムが艦隊司令のパテスに声を掛ける。

「日本の忠告を無視したのは拙かったのでは? 〈グレードアトラスター〉を沈めたとしても、外交上のしこりが残りませんか?」

「それを心配するのは外交官の仕事だ。第零式魔導艦隊の敵を討つ千載一遇のチャンスだぞ。これを見逃して、何が神聖ミリシアル帝国海軍軍人か」

 パテスの言葉の中には、自身の出世欲が混じっていた。ニウムはそれに気づいていたが、諫めはしなかった。

 現在〈グレードアトラスター〉を目指すレースの先頭を走っているのはミリシアル地方艦隊だ。魔導巡洋艦8隻が綺麗に単横陣で並んでいる。

 海戦において横陣を使うのは、文明圏外国家だ。彼らは軍船の硬い衝角を、敵船の脆い横腹にぶつける衝角(ラム)戦を未だに行っている。友軍同士で弱点の横腹を互いにカバーしようとすると、必然的に横に並ぶことになる。

 文明圏になると魔導砲が登場する。すると軍船は魔導戦列艦に替わる。魔導戦列艦では魔導砲の砲口を最も多く向けることができる側面が、攻撃の正面になる。文明国では縦に並ぶ縦陣で、すれ違い様か並走して砲撃を交わすスタイルが海戦の主流になる。風神の涙がある新世界では、旧世界のネルソン・タッチはあまり有効ではないのだ。

 旋回砲塔が登場して戦列艦が退場しても、縦に並ぶ縦陣が海戦の主流のままであった。理由は縦陣の方が艦隊運動が簡単だからだ。基本的に艦は自分の前の艦の後ろに付いていけばよいのだから。にも関わらずミリシアル地方艦隊が単横陣を採っているのは、他国の艦隊の妨害をするためだ。狭い水道では『通せんぼ』という最も原始的な妨害が有効だった。

 だがこの妨害を易々と突破する存在が現れた。ムーの〈マリン〉航空隊である。爆装した〈マリン〉たちはミリシアルの魔導巡洋艦たちの頭上を飛び越えて、〈グレードアトラスター〉へ向かって行った。

 

「測距儀、異状なし」

「光学照準、異状なし」

「揚弾エレベーター、異状なし」

「水上レーダー、異状なし」

 次々と報告が上がる。

「第一主砲塔、異状なし。現在は対空砲弾を装填しています。信管は近接(VT)

 最後に主任砲術士がフラグストンに報告する。

「すまんな。今回は俺にやらせてくれ」

 フラグストンの言葉に、主任砲術士は歯を見せて笑う。

「久しぶりに神業が見られるのですね。次の機会があれば、統制射撃で神業を見せて欲しいものです。もちろん第一砲塔の主任は自分で」

「そうだな。あの世ではなく、この世でしたいな。まずはこの世に留まる努力だ」

「敵航空機群、接近!」

 別の要員の報告を聞いて、フラグストンは水上レーダーのスコープを覗く。敵航空機は高高度からの急降下爆撃ではなく、中高度からの(急ではない)降下爆撃か、低高度での水平爆撃をするつもりらしい。

 別に〈マリン〉のパイロットたちは、急降下爆撃をするつもりがないわけではなかった。ただ〈マリン〉と〈シリウス〉の急降下は別物なのだ。

「全高角砲および機銃、主砲発射と同時に自由射撃開始」

 フラグストンはマイクを手に指示を出す。同時に砲塔固有の水上レーダーのスコープで、敵航空機群の位置を確認する。

 グラ・バルカスで初めて水上レーダーを導入した軍艦は〈グレードアトラスター〉だった。導入するとき技術屋たちはその効能を延々と述べた挙げ句、砲塔の測距儀と光学照準望遠鏡を撤去すると言いだした。

 これには鉄砲屋たちが猛反対した。新兵器というものは、往々にして使い物にならないことがある。実戦で性能が証明済みの道具を手放すわけにはいかない。だが技術屋たちも頑固だった。彼らに言わせれば、砲塔は突起がないツルペタが理想なのだそうだ。

 鉄砲屋と技術屋の間で喧々諤々の議論が行われた。水上レーダーが前檣楼に取り付けられると聞いた鉄砲屋たちは、前檣楼の水上レーダーが使用できなくなった場合を問題にした。一個のレーダーが使用不能になっただけで、全砲塔が照準不能になっては困る。まして戦艦は()()()()()()()()の兵器なのだ。

 遂に技術屋が折れて、各砲塔の測距儀と光学照準望遠鏡は残されることになった。だが改修が終わった〈グレードアトラスター〉を見た鉄砲屋たちは驚いた。各砲塔に予備の水上レーダーが取り付けてあったのだ。これが技術屋の意地かとフラグストンは敬意と呆れが半々の感情を抱いた。

 その技術屋のやり過ぎに、フラグストンは感謝した。鉄砲屋が危惧した状況が、いままさに発生しているのだ。フラグストンは今では水上レーダーにある程度の信頼を置いていた。レーダーで確認した位置情報から、経験によって命中時の未来位置を予測し、砲塔を旋回させた。

()ーっ!」

 フラグストンの号令と共に、三連装の主砲が負けじと咆哮する。対空砲弾が正確にフラグストンの予想した未来位置に飛翔する。そして正しくその位置で近接(VT)信管が作動した。〈マリン〉2個飛行隊が火達磨になって落ちる。

 残りの〈マリン〉は左右に散開する。どうやら対空砲弾が使えるのはここまでのようだ。

「徹甲弾装填」

「徹甲弾装填、宜候(ようそろ)

 これが神業か、そう思いながら要員は復唱する。

 

 先頭の2個飛行隊が火炎に巻き込まれるのを見て、後続の〈マリン〉航空隊長たちは散開を命じた。主砲の射線から大慌てで逃げる。〈グレードアトラスター〉の主砲塔は重量が2000トンもある。急速な旋回はできない。いくら複葉機の〈マリン〉でも、接近すれば避けられる。

〈グレードアトラスター〉の右舷に回り込んだ飛行隊の隊長が命じる。

「急降下爆撃開始、我に続け!」

 果敢にも10機の〈マリン〉が(彼らの基準で)急降下爆撃を開始する。7.92ミリ機銃で敵対空銃砲座を狙うが、装甲化されているので、ほとんど効果がない。逆に近接信管の高角砲や40ミリ対空機銃で、味方がバタバタと落される。

「爆弾投下、今!」

 編隊長の指示で生き残った〈マリン〉は60キロ爆弾を切り離して、急上昇で離脱する。〈マリン〉が投下した爆弾のほとんどは〈グレードアトラスター〉の手前で落ち、隊長機の爆弾だけが上部構造物右舷で爆発する。

 なんとか対空砲火を潜り終えたとき、〈マリン〉の数は半数に減っていた。

(敵は死に損ないじゃなかったのか!?)

〈マリン〉の飛行隊長は忌々しげに思いながら、艦隊司令部に報告する。

「こちら第3飛行隊。命中1、被撃墜5」

『詳しく戦果を報告せよ』

 詳しい戦果報告を求めたのはブレンダスの意向だった。彼は確実な数字にこだわったのだ。

「戦果不明」

『戦果不明は認められない。戦果を確認せよ』

 飛行隊長は心の中で舌打ちする。

「おまえらは一足先に母艦に帰れ」

 部下にそう指示すると、自らは操縦桿を傾け、再び旋回して〈グレードアトラスター〉への接近を図る。だが戦果を確認する前に、至近距離を通過した高角砲の対空砲弾の爆発に巻き込まれ、破片で穴だらけになり、なすすべもなく墜落する。ムーは無意味に練度が高いパイロットを一人失った。

 

『第3隊長機、撃墜された模様』

 ブレンダスは報告を聞いて、イライラ感を態度に出す。

「まともに戦果報告もできんのか!」

 だが口先ではそう言ったものの、自分が無理な命令を出したせいで、飛行隊長が務まるパイロットを失ったことに、罪悪感を覚えた。だから「戦果を確認しろ」という命令は、それ以上は出さなくなった。にも関わらず、命令される前に戦果を確認しようとする飛行隊長は何人も出た。

 とうとうブレンダスは、「戦果を確認せずとも良い」と朝令暮改の命令を出さざるを得なくなった。

 ほうほうの体で逃げかえった〈マリン〉のパイロットたちから聞き取り調査を行った飛行隊司令は、「60キロ爆弾では有効な打撃を与えられない模様」という報告をブレンダスに送った。

 これを聞いたブレンダスは、〈マリン〉による攻撃を諦めざるを得なくなった。「第二次攻撃隊は出すに及ばず」という命令を航空隊司令に出した。この命令に航空隊司令はホッとした。この調子では、第三次か第四次攻撃で、〈マリン〉は全滅していただろう。

「〈マリン〉では歯が立たないか。やはり航空機で戦艦を沈めるのは無理か」

 マグドラ群島での第零式魔導艦隊の戦訓を知らないブレンダスは、誤った先入観を強化してしまった。

 ブレンダスはラ・カサミ型戦艦による砲戦で決着をつけることを決断する。だが18ノットのラ・カサミ型戦艦は、30ノットで先行するミリシアル巡洋魔導艦隊に引き離されていた。

 

 ミリシアル地方艦隊は自由射撃で〈グレードアトラスター〉に砲撃を加えたものの、まだ命中弾を出せずにいた。

「統制射撃に変更する」

 業を煮やしたパテスが、〈ゲイジャルグ〉の艦橋で命令を出した。

「統制射撃ですか? あれは正規の魔導艦隊の練度でも困難ですが……」

 艦長のニウムが異論を唱える。

「それがどうした? 我らとて訓練は積んでいるんだ。〈ゲイジャルグ〉の魔力探知レーダーを照準に使う。準備急げ!」

 横一線に並んだ巡洋艦の主砲塔計16基が連動して動く。もっとも自動ではなく、人間が魔信でパラメーターを読み上げて伝えているので、機械化されたグラ・バルカスのそれと比べるとぎこちない。

『照準合わせよし』

「撃ち方始め!」

 命令とほぼ同時に16基の砲塔が20.3センチ砲弾を撃ち出す。だが照準合わせに時間がかかったため、〈グレードアトラスター〉のやや前方に水柱が多数上がる。それでも2発が命中、1発は重要防御区画(バイタルパート)の装甲に擦過痕を作っただけだが、もう一発は艦首に命中し、美しい造形の艦首を砕いた。

「見ろ! 当たるではないか。このまま統制射撃を続けろ」

 パテスは続行を命じる。

 

 フラグストンは照準用光学望遠鏡で、艦首が砕かれる様子を見た。

「くそっ! (ふね)の顔を傷つけてくれたな」

 フラグストンはそう言ったが、本当は別のことを心配していた。弾薬庫への注水が進むに連れて、艦の喫水線が上がっていることには嫌でも気づいた。今ので艦首が少し沈んだような気がする。果たして〈グレードアトラスター〉は、後どの程度の浸水に耐えられるのか? その不安が常に頭から離れなかった。

 この不安を絶つ方法はひとつしかない。自分が沈む前に、敵を全て沈めるのだ。フラグストンは海軍精神を発揮して、必中の念を込めた一撃を放った。

 

 敵艦の砲塔1基が爆炎と爆煙を吐き出す。敵も負けじと撃ち返してきたのだ。

(当たるな!)

 ミリシアル地方艦隊の全乗組員がそう願った。相手は巨大戦艦だ。一撃でも致命傷になりかねない。

 だがその願いも虚しく、〈ゲイジャルグ〉の艦体が大きく揺れる。艦橋にいた全員が立っていられず、床に投げ出された。

「な……何が起こった!?」

 頭から血を流すパテスは、誰ともなしに報告を求めた。

「か……艦体前部に被弾! 船首、()()!!」

 艦橋から見える景色は、大きな煙で埋め尽くされていた。

 消滅の意味がわからず、パテスがよろめきながら窓に張り付いて前方を見ると──

「……」

 旗艦〈ゲイジャルグ〉の前方は、1トンを超える巨大砲弾の直撃を受け、船首が文字通り消滅していた。

 海水が一気に艦内に流れ込む。

『総員退艦!!!』

 兵たちが我先にと、艦後方や左右から海に飛び込んでいく。だが艦内の深い区画にいて逃げ遅れた兵は、急速に沈む艦体とともに海に呑まれてしまう。

 顔どころか首まで取られた旗艦は轟沈した。その衝撃は大きかった。だがミリシアル地方艦隊にとって不幸なことに、これは『神業ショー』の開幕でしかなかった。

 パテスはかろうじて艦橋から脱出して、海を漂流していた。頭の傷をはじめ、身体のあちこちが痛く、海水が染みるが、そんなことを気にしている場合ではない。自分と同じ様に漂流していた救命ボートの残骸にしがみつく。

 彼の目の前で信じられない光景が展開していた。〈グレードアトラスター〉が主砲を撃つ度に、隷下の魔導巡洋艦が確実に1隻ずつ沈んでいくのだ。〈グレードアトラスター〉が砲弾を放つと、魔導巡洋艦の一部が巨大な鮫に齧られたかのように、大きく欠損する。そしてそこから大量の海水が艦内に浸水し、あっという間に海底に沈んでいく。

 悪夢だ。それ以外に形容する言葉が浮かばない。8隻中6隻が沈められたところで、部下たちは戦意を喪失したようだ。残り2隻は回れ右で、湾へ引き返してくる。

 パテスは近い方の艦に向かって手を振る。運良く向こうは自分の存在に気づいたようだ。こちらに全速で向かってくる。途中でボートを降ろして、自分を含む遭難者を拾い上げた。

「司令、ご無事でしたか」

 冗談じゃない。この姿のどこが無事なんだ? パテスはそう思ったが、言葉を口に出す前に閃光が閃き、轟音が轟いた。

 もう1隻の魔導巡洋艦が真っ二つに折れ、激しく燃えながら沈没していく。どうやら弾薬庫に誘爆したらしい。それを見たパテスは、もはやなりふり構っている場合ではないと覚悟を決める。

「日本だ、日本に支援を求めろ」

 最後の魔導巡洋艦に乗り込んだパテスは、真っ先にそう命じた。

「日本……ですか?」

 部下たちは戸惑う。『御意見無用』と啖呵(たんか)を切っておいて、今更泣きつくのはさすがにどうかと思ったのだ。

「恥も外聞もあるか! このままだと全滅するぞ!」

 パテスは魔信を奪うように手に取ると、日本艦隊を呼び出した。

「こちらミリシアル地方艦隊司令、我全滅の危機にあり。支援を乞う!」

 本当に恥も外聞もなく、『乞う』という言葉を使ったが、返ってきた返事は意外なものだった。

『カルトアルパスを空襲せんとする敵航空艦隊と交戦中。我に余剰戦力なし』

 詰んだ。艦橋にいた全員がそう思った。自分たちの代りに、日本艦隊は自国民を守るために戦っている。「我に余剰戦力なし」と言われれば、自国民を見捨ててでも助けてくれとは、口が裂けても言えない。

 次の瞬間、最後の魔導巡洋艦は46センチ砲弾を被弾した。砲弾は弾薬庫に飛び込み、弾薬に誘爆した。今度のパテスは運に見放された。

 

 どの国からも『神業ショー』と呼ばれているこの砲戦の評価は、国や時代によってかなり変わる。

 フラグストンの砲術士としての技量は誰もが認めるところだが、ミリシアル地方艦隊については評価が揺れている。

 その戦術の拙さを指摘する声が常にある一方、かばう声もある。

 批判の主流は、単横陣ではなく単縦陣を採るべきだったというものだ。このときの〈グレードアトラスター〉は推定で10ノット前後しか速度が出ていなかった(後進であったことと、弾薬庫への注水で喫水線が上がっていたため)。単縦陣で追い越し、統制射撃を行うべきだった、というものだ。

 それならミリシアル側は全ての砲塔を使えるうえ、第一主砲塔の死角からアウトレンジ攻撃ができ、艦尾の非重要防御区画(バイタルパート)部への浸水で〈グレードアトラスター〉を沈没させることもできたのではないか。

 もちろんこれを後知恵と批判する意見もある。〈グレードアトラスター〉の主砲塔は見掛けは全て健在だった。第一主砲塔しか使えなかったとは分からなかった筈だ。もちろん長時間交戦していれば、気づいた可能性はあったが、フラグストンの神業の前では、時間稼ぎなどできるわけがない。

 これに対しては、「単縦陣を採らなかったことではなく、単横陣そのものが間違っていた」という修正した反論がある。単横陣は艦隊運動が難しく、回避運動が十全にとれなかった可能性が高い。『神業ショー』は、実は被害者も協力していたのではないか──という論旨である。

 これに対する反論ももちろんある。何より真っ先に旗艦〈ゲイジャルグ〉が轟沈し、指揮の混乱を招いたのが大きい。艦列の組み直しを見れば兵の練度は高かったが、将の質はそれに釣り合っていなかった。しょせんは二線級の艦隊で、あれ以外の結果を望む方が無理だった──そういう論旨(というより(あきら)め)だ。

 ただミリシアル地方艦隊を擁護する主張はあっても、司令であるパテス個人を擁護する主張は、全くと言っていいほどない。彼は敵味方双方から、無能な働き者(「間違った努力をして事態を悪化させてしまう、何もしない方がマシな人物」という意味)と見なされている。

 

 ミリシアル地方艦隊が全滅したところで、ラ・カサミ型戦艦2隻が追いついた。

「どけどけどけーっ! 戦艦様のお通りだ。(ふね)と男の価値は、持ち物の大きさで決まるんだ!」

 ブレンダスは少々──いやかなり高揚(トリップ)していた。轟沈しつつある魔導巡洋艦を無視して、〈グレードアトラスター〉へと進む。

 こうして挑戦者(チャレンジャー)が交替して、砲戦は第二幕を迎える。ムー国内で、本海戦が『フォーク海峡追撃戦』と呼ばれる理由になる戦いが始まろうとしていた。

 

『敵巡洋艦、轟沈!』

 さすがに拍手喝采は起きなかったが、〈グレードアトラスター〉の第一主砲塔の雰囲気は沸き立っていた。8隻の巡洋艦を、三連装砲塔1基で全艦撃沈。しかも命中率は100パーセント。約10000メートルという近距離とはいえ、人間業とは思えない。

「正に神業ですね」

 ()主任砲術士の言葉に、フラグストンは少し格好をつけた。

「道具もよくなったからな」

 最後は望遠鏡で確認をしたが、フラグストンは砲塔の水上レーダーを使用した。前檣楼のそれと比べれば探知距離は短いが、この近距離での撃ち合いでは問題なかった。技術屋たちの意地も伊達ではなかったというわけだ。

 だがいつまでも余韻に浸っているわけにいかなかった。ここは戦場なのだ。

「レーダーに新たな感。巡洋艦クラス2隻が接近中。速力18ノット──訂正、速力から見て戦艦。おそらくムーのラ・カサミ型と思われる」

 電子観測員の報告で、弛緩しかけていた空気が一気に緊張を孕む。

「今度はポケット戦艦か」

 フラグストンの呟きに、補佐役になった主任が助言する。

「カタログ性能では、30.5センチ連装砲塔2基、砲身長は40口径となっています。ムーは帝国より半世紀遅れのテクノロジーしか持っていませんから、大した相手じゃないでしょう」

「侮るな。敵も大砲を持っているんだ。これまで相手をしていた巡洋艦(ヤツ)の1.5倍の口径だ。威力は単純計算通りの3.4倍じゃないだろうが、当てられたらかなり痛いぞ」

 フラグストンは望遠鏡で敵の艦影を確認しながら、部下を諭す。俗に大砲の威力は、口径の3乗に比例すると言われている。

 フラグストンが覗いている光景で、艦影から炎と煙が上がる。

「くそっ、先に発砲されたか。徹甲弾装填」

「すでに装填済みです」

(よろ)しい」

 フラグストンは2隻のうち1隻に照準を合わせると、発砲を命じた。

()ーっ!」

〈グレードアトラスター〉はムー海軍精神発揮に応えるべく、自慢の46センチ砲を撃った。

 

『敵艦発砲!』

「バカめ、遅いわ!」

 観測員の報告を聞いて、ブレンダスは不敵に笑った。

『着弾5秒前、4、3、2……』

 砲術長のカウントダウンが終わる前に、〈ラ・カサミ〉の前に3本の巨大な水柱が立った。

 ブレンダスの不敵な笑みが、恐怖で引きつる。

 砲弾の初速は〈グレードアトラスター〉の方が速い。発砲は遅かったが、着弾は〈グレードアトラスター〉の方が早かった。

「面舵いっぱい!」

 ミニラル艦長が水柱を回避するため、命令を下す。それでも〈ラ・カサミ〉は小舟のように翻弄された。何人もの乗組員が転倒し、床を転がる。

「損害を報告せよ」

「軽傷者6名、艦に損害なし」

 それを聞いたブレンダスとミニラルはほっとした。だが現実は少し違った。

 

 一方ラ・カサミ型の砲弾は、〈グレードアトラスター〉の左右に水柱を立てる。

 フラグストンは冷や汗をかいたが、おくびにも出さずに呟く。

「手前に落ちたか。やはり12ノット差は大きいな。敵は距離感は良いようだ。なかなか潰し甲斐がありそうだ」

 第一主砲塔は連続命中記録が途切れたことで、悪い雰囲気になりかけたが、フラグストンが冷静かつ余裕がある態度を見せたので、士気は高いまま保たれた。

「徹甲弾装填」

「徹甲弾装填、宜候(ようそろ)

 フラグストンはよろめいている〈ラ・カサミ〉を後回しにして、もう一隻に照準を合わせる。〈ラ・カサミ〉を狙う方が命中率が高いが、今は敵を沈めるのではなく、〈グレードアトラスター〉を救うのが目的だ。より脅威が高い方を優先する。

 敵は発射速度が遅いようだ。フラグストンは敵の速度を計算し直して、照準を修正する。

〈グレードアトラスター〉から46センチ砲弾が放たれる。『神業ショー』はまだ続いていたのだ。

 

〈ラ・カサミ〉は揺れる艦体をようやく御して、〈グレードアトラスター〉を再び目指す。僚艦の〈ラ・ピズリ〉は先行して、〈グレードアトラスター〉に肉薄せんとする。

〈グレードアトラスター〉の主砲が再び火を噴く。それから遅れて〈ラ・ピズリ〉も主砲を撃つ。

 その直後だった。〈ラ・ピズリ〉の艦中央から炎と煙が上がる。主砲の発射炎とは明らかに異なる、遥かに大きな炎と大量の煙が。〈ラ・ピズリ〉の艦体が中央で折れ曲がり、急速に速度を落とすと同時に、沈んでゆく。

「〈ラ・ピズリ〉轟沈!」

〈ラ・カサミ〉の露天艦橋は、お通夜のような雰囲気に支配される。自国の最新鋭戦艦が、一撃で沈んだ。その衝撃は予想以上に大きかった。

 だが〈ラ・ピズリ〉の最後の一撃は既に放たれた。ムー国内では『奇跡の一撃』と呼ばれるそれが(他国では完全にまぐれだと言われている)。

 その砲弾は次善の結果を叩き出した。一発が〈グレードアトラスター〉の第一主砲塔の天蓋を直撃したのだ。それを見た〈ラ・カサミ〉の艦橋の面々は、一転して期待した。日本のASMが副砲塔の天蓋を貫いて、大爆発を起こしたのを思い出したのだ。

 だが期待は裏切られた。〈グレードアトラスター〉の主砲塔は爆発しなかった。それどころか旋回して、自分たちに砲身を向けた。〈ラ・カサミ〉の乗組員の心に絶望が降りてきた。

 

 金属の衝突音が〈グレードアトラスター〉の第一主砲塔の中に響いた。主砲塔の重量が2000トンもあるのは、46センチ砲弾を防げる装甲を施したからだ。それより威力が小さい30.5センチ砲弾は、主砲塔の天蓋に跳ね返されて、海へ落ちた。

 主砲塔の中にいた要員たちは、ほっとした。さすがに戦艦の砲弾の直撃は、心臓に悪い。

「徹甲弾装填急げ」

「徹甲弾装填、宜候(ようそろ)

 フラグストンは砲塔を旋回させ、〈ラ・カサミ〉を狙うが……異音に気づく。

「何の音だ?」

「おそらく砲塔の旋回機構の音かと……先程の砲弾の衝撃で、どこかに不具合が生じたのでは」

 その予言は当たった。砲塔が途中で旋回しなくなったのだ。戦艦の砲弾の直撃は、人間の心臓だけでなく、(ふね)にも優しくないのだ。

「故障個所の特定を急げ。可能なら修理を急げ」

 主任砲術士が命じると、何名かが砲塔下へ通じる階段を駆け下りる。命じた方も命じられた方も、応急で修理できる可能性が低いことは分かっている。だが努力しないわけにはいかない。

 フラグストンは照準用光学望遠鏡を覗く。幸い砲身は、ほぼ〈ラ・カサミ〉を向いている。後は砲身の仰角しか操作できない。

 フラグストンは思った。何年ぶりだろう、こんな自信の持てない一撃を放つのは。

()ーっ!」

 その覇気溢れる号令は、微塵も内心の不安を感じさせなかった。

 その号令に負けじと、46センチ砲が咆哮する。〈グレードアトラスター〉は、本海戦最後の一撃を放った。


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