日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第12話『男の花道』

「取り舵いっぱい、回避しろ!」

〈グレードアトラスター〉の発砲を確認すると同時に、ミニラルは命じた。乗組員たちは文字通り、全身全力で命令を実行する。

 だが〈ラ・カサミ〉の巨体は簡単には方向転換できない。乗組員全員が、1秒が1分にも1時間にも思える時間を過ごした。

 そして水柱が上がる──〈ラ・カサミ〉の右舷に。最も近い一つは100メートルも離れていなかった。その衝撃は凄まじく、〈ラ・カサミ〉の艦尾が持ち上がり、そして下がった海面に叩きつけられた。ほとんどの乗組員が転倒する。先程とは比較にならない規模で。

「損害を報告しろ!」

 ミニラルが怒鳴るように命じる。

『操舵不能!』

 艦橋にいた全員が、我が耳を疑った。

「もう一度報告しろ」

『操舵不能、舵が効きません!』

 二番目に聞きたくない種類の報告だ。一番目は……言うまでもない。

『こちら機関室。機関が暴走、止められません!』

 これも二番目だ。二つ合わせても一番目よりはマシだが、時間の問題でしかない。

〈ラ・カサミ〉は暴走を始めた。このままだと海岸に乗り上げて座礁する。だがその前に〈グレードアトラスター〉に接近する。良くて座礁、悪ければ轟沈。限りなく一番目に近い二番目だ。

「諦めるな! 最善を尽くせ!」

 ミニラルが声を張り上げる。艦長としては士気を鼓舞するしかない。ひょっとすると、修理できるかもしれない。

 だが艦隊司令の士気の高さは、それ以上だった。

「主砲、砲撃用意。〈グレードアトラスター〉に最接近したところで、一斉射を浴びせる。副砲も準備しろ」

 ブレンダスの命令に、全員の動きが一瞬止まる。だがすぐに動き出す。絶望していた筈の彼らは、うっすら笑みさえ浮かべていた。だって他に何ができるというのだ? 〈ラ・カサミ〉は全速力で暴走している。救命ボートを降ろすことはできない。身一つで海に飛び込むのも危険だ。(ふね)を降りられないのなら、乗り続けるしかない。

 彼らは狂気に感染していた。海軍軍人精神という名の狂気に。

 

「外したか」

 フラグストンの呟きは重かった。砲塔が旋回できないということは、照準を合わせられないということだ。つまり射撃ができないのと同じだ。第一主砲塔内の乗組員たちの士気は崩れかけた。

 だがフラグストンは踏みとどまる。いや、待てよ。本当に照準が合わせられないのだろうか? 砲塔が回せないのなら、(ふね)を回せばよい。普段の自分は、操艦に口を出すことはできない。だが今なら……

「報告ーっ!」

 砲塔の下に行っていた要員の一人が戻ってきた。

「故障の原因が分かったのか?」

 主任砲術士が問う。

「いえ、まだですが……」

「なら早く調べろ」

「いえ、それより重要な報告があります」

 フラグストンは思考から現実に引き戻された。

「ターレットリング(砲塔が載っているリング状の部分)に、大きな亀裂が入っています」

 フラグストンを含め、全員が報告を疑った。主任砲術士が全員の代弁をする。

「そんなわけないだろう。ターレットリングは410ミリの厚さがあるんだぞ。30.5センチなんて豆鉄砲で、亀裂が入るわけがない!」

「しかし、本当に亀裂が入っているんです」

 フラグストンは再び考える。確かに30.5センチ砲弾で、ターレットリングに亀裂を作るのは無理だ。だが表面を凹ます程度なら出来るかもしれない……

「しまった、そういうことか!」

 フラグストンは思わず声をあげた。それが周囲の視線を集める原因になった。フラグストンはとてつもなく気が重くなったが、どのみち話さなければならない。

「いいか? 30.5センチ砲弾では、ターレットリングに亀裂を入れるのは確かに無理だ。だが表面を凹ます程度なら出来るかもしれない。ターレットリングが歪んだら、砲塔の旋回は滑らかにならない。そして歪みがどこかと噛んだら、砲塔が動かなくなる」

 報告した要員が訊いた。

「それは砲塔が旋回できなくなった説明にはなっていますが、ターレットリングの亀裂の説明には、なっていないと思いますが?」

「反動だ」

 フラグストンは吐き捨てる様に言った。

「三連装の46センチ砲を撃ったときの反動による力は、30.5センチ砲弾を1発被弾したときの比じゃない。正常なら力はターレットリング全体に分散されるから問題ないが、ターレットリングが歪んで噛んでしまったから、一箇所に力が集中してしまったんだ」

 全く切れ込みがない場合と小さくても切れ込みがある場合の違い、と言えば判りやすいだろうか。

 フラグストンは壁を拳で叩いた。

「俺の責任だ! これ以上、主砲は撃てん。たとえ1門でも撃ったら、損害がどこまで拡がるか予測できん。下手をすると砲塔自体が外れるかもしれない。そうなったら、主砲の弾薬庫の揚弾エレベーターがむき出しになる!」

 全員の心に暗雲が立ち込めてきた。

「敵艦、接近してきます。速力20ノット!」

 電子観測員の報告に、全員が青ざめた。

 

〈ラ・カサミ〉はカタログ性能では、速力は18ノットとなっている。これは安全に航行できる範囲での最高速度を示している。機関が暴走した状態は安全とは言えない。〈ラ・カサミ〉は危険な状態に陥っているがゆえに、20ノットの速度が出ていた。イルネティア王国の『レプシロン』の31ノットと比べれば鈍速だが、(ふね)の大きさが桁違いだから、迫力は〈ラ・カサミ〉の方が勝っていた。

 それにここはドイバ沖ではない。フォーク海峡だ。

「意見具申します。最接近時での必中を期すため、予備砲撃による着弾観測を行ってはどうでしょうか。予備砲撃でも命中するかもしれません」

 砲術長がミニラル艦長に意見具申する。予備砲撃でも当てる気満々なのは、容易に見て取れた。

「自由にやりたまえ」

 周囲は驚いた。ミニラルの返事にではなく、ミニラルがブレンダスに無断で決めたことに。

 同様に驚いているブレンダスに、ミニラルは言い放った。

「司令、艦の采配は艦長の私の職権です」

「……その通りだ」

 周囲ははっきりと理解した。ミニラル艦長はブレンダス司令と距離を置くことにしたのだ。自分が指揮する艦を、轟沈か座礁かという運命に引きずり込んだ司令(むのう)に好意的になれる艦長など存在しない。

 機関員(かまたき)たちが絶望的な仕事をしている一方で、砲術員(てっぽうや)たちは生き生きと仕事をしていた。後部の第二砲塔はまだ死角にあって撃てない。前部の第一砲塔が旋回する。

「目標は世界最大の()()()だ。夾叉(きょうさ)(標的の前後に着弾すること)などとケチなことは言わず、当てて見せろ!」

 砲術長は士気を鼓舞するための誇張のつもりだったが、真実はそれに近い。もちろん彼らは知る由もないが。

 第一砲塔の旋回が止まる。正確に言えば、ゆっくりと旋回は続けている。移動する〈グレードアトラスター〉を追尾するために。マイラスの報告書を元に、ムーでも電子制御の射撃装置の研究が始まっていた。だが完成どころか、設計も終わっていない。今は人力で操作を行っていた。

 砲身の仰角が変わる。砲身の仰角によって、砲弾の飛距離が変わる。艦砲は方位よりも距離を合わせる方が難しい。

「撃て!」

 砲術長の号令により、〈ラ・カサミ〉の主砲が炎と煙と砲弾を吐き出す。

「着弾まで10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、今!」

 砲術長のカウントダウンが終わると同時に、〈グレードアトラスター〉の前後で水柱が上がった。夾叉(きょうさ)したのだ。距離は合っている。あとは砲身の精度の問題だ。このまま撃ち続ければ命中する。

 

『敵砲弾、本艦を夾叉(きょうさ)しました!』

 観測員の報告で、第一主砲塔内は浮き立つ。だがフラグストンは必死に考える。

 どうすればいい? 夾叉(きょうさ)されたら、次かその次で当てられるぞ。俺は鉄砲屋だ。艦隊運動なんか分からん──待てよ、艦隊運動が今、関係あるか? 〈グレードアトラスター〉は、今は単艦行動をしているんだ。敵に砲弾(たま)を当てられないことだけ考えりゃいいんだ。俺は鉄砲屋だ。なら、自分がやられたら一番嫌なことをすればいいんだ。

 フラグストンは艦内電話の受話器を手に取る。

「操舵手、俺の指示通りに舵を切れ」

〈グレードアトラスター〉はジグザグ航行による回避運動を始めた。

 

〈ラ・カサミ〉の副艦長のシットラスが、艦長のミニラルに近寄る。

「艦長、よろしいですか」

 ささやくように声を掛ける。

「何かね?」

「〈グレードアトラスター〉の動きがおかしいと思いませんか」

 そう言われてミニラルは、〈グレードアトラスター〉を改めて見つめる。

「回避運動に入っているな。こちらの砲撃を恐れているようだ」

「それだけではありません。砲塔が全く動いていません」

 ミニラルの眉間にしわが寄る。

「〈グレードアトラスター〉は攻撃不能に陥っている、と言いたいのかね?」

 今度はシットラスの眉間にしわが寄る。

「楽観は禁物ですが、それ以外に合理的な説明が出来ません」

 ミニラルは、今度は眉間を揉んだ。

「『最大のチャンスは最悪のタイミングでやって来る』」

「は?」

「初日の将官会談で日本の提督から教えてもらった、旧世界(ちきゅう)(ことわざ)らしい。まふナントカの法則というそうだ」

「……説得力がありますな」

「全くだ。君のことだ。言いたいことは、それだけではないだろう」

「はっ。最接近にこだわらず、可能な限り多く射撃を行うべきかと。一撃必殺ではなく──」

「数で勝負か」

「確率論では、それが正解だと愚考します」

「全くの愚考だ」

 ブレンダスが二人の会話に割って入った。ブレンダスにも聞こえていたようだ。

「最接近時に一斉射撃だ。これは命令だ」

「了解しました」

 ブレンダスの念押しに、ミニラルは敬礼で応える。

 ブレンダスが離れたタイミングで、シットラスは本当にささやいた。

「よろしいのですか?」

「仕方あるまい。砲術長に伝えてくれ。『最接近時に一斉射撃をせよ、一撃必中を期せ』と」

 こうして歴史に一つの『If(もし)』が産まれた。もし〈ラ・カサミ〉が複数回射撃を行っていたら──だが、この『If』がムー国内で議論されることは、しばらくはなかった。

 

 フラグストンは必死に操艦を指示していたが、それが些か虚しい努力であることも理解していた。〈グレードアトラスター〉は大き過ぎるのだ。その大きさゆえに、標的としては狙いやすく、かつ遅い。普段であれば重要防御区画(バイタルパート)を守る410ミリ厚の装甲がそれを補って余りあるのだが、今は重要防御区画(バイタルパート)に既に深刻なダメージを負っている。厚い装甲は万能ではなかったのだ。

 あの日本の無人機は──ホールインワンを狙える怪物は──針の穴を通す精度で、〈グレードアトラスター〉の弱点を狙ってきた。あの怪物の前では、自慢の重装甲もデッドウエイトに成り下がってしまった。

 そして今は格下の相手にとって、体のいい標的艦だ。大きくて遅いがゆえに当てやすく、簡単には沈まない。それゆえ、沈めたときの達成感は大きい。あのポケット戦艦の乗組員たちは、子々孫々まで自慢するのだろう。自分は、自分の祖先は、あの〈グレードアトラスター〉を沈めたんだぜ。

 フラグストンは正気に返った。俺は艦長代理だ。子供の遠足だって、家に帰るまでが遠足だ。軍艦は帰港するまでが任務だ。俺はこの(ふね)を味方の軍港に帰す責任がある。沈む前提で考えてどうする?

『敵艦発砲!』

 観測員からの報告に、第一主砲塔内の一同は動揺する。そしてすがるようにフラグストンを見る。

 フラグストンは迷っていた。ここは面舵か、取舵か? 既に後進としては全速を出している。全速を維持するか、減速するか? ええい、今更焦っても、この巨体が動くはずもない。

「速度・進路このまま」

 そんな目で見るな。今開き直らず、いつ開き直るんだ?

 金属と金属の衝突音、破壊音が響く。砲弾が天蓋を直撃したときよりも、遥かに大きく長い轟音が。それだけではない。艦全体が大きく揺れている。それは30.5センチ砲弾の衝撃ではあり得ない。まるで自身の46センチか、それ以上の砲弾を喰らったような衝撃だ。

 フラグストンはマイクを手に取った。

「損害を報告しろ」

 だが誰からも返事がない。スピーカーからはノイズしか聞こえない。被弾箇所は修羅場、いや地獄のようだ。フラグストンはいても立ってもいられず、立ち上がった。

「待ってください。自分が見に行きます」

 主任砲術士に止められる。そのとき、スピーカーから音声が流れる。

『こちら最上甲板、前檣楼に被弾しました。前檣楼が、前檣楼が……倒壊しました』

 主砲塔内は、一瞬沈黙する。フラグストンは再度マイクを取る。

「倒壊だって?」

『はい。被弾箇所から折れ曲がり、中程から右舷側に傾斜。その後、最上甲板に落下したのち、ほとんどが海へ……』

 フラグストンは部下の静止を振り切って、最上甲板に出た。

 

「……3、2、1、今!」

 砲術長のカウントダウン通りに、〈グレードアトラスター〉で爆発が起きた。〈グレードアトラスター〉の威容を誇った前檣楼がゆっくりと傾き、突如として急速に崩壊した。その上半分は右舷の最上甲板を潰しつつ、大部分は海に落下した。

 あの〈グレードアトラスター〉の巨体が大きく揺れる。

「ザマーミロ! やつの逸物(シンボル)をへし折ってやったぞ!!」

 ブレンダスは品が良いとは言えない気勢を上げて、ドヤ顔を決めた。

 その直後にミニラルが警告を出した。

「総員なにかに掴まれ!」

 今度は〈ラ・カサミ〉が激しい衝撃に襲われた。浅瀬に乗り上げて座礁したのだ。今度は〈ラ・カサミ〉の乗員全員が、転倒かそれに準ずる被害を受けた。

 一番酷かったのが、ドヤ顔を決めていたブレンダスだった。彼は露天艦橋から放り出された。宙に舞った彼は、必死に何かを掴もうとした。そして奇跡的にそれに成功した。

 彼が掴んだのは、転落事故が多発したため通行禁止となった階段の手すりだった。彼は身体を艦橋に強か打ちつけられたが、なんとか片腕でぶら下がることが出来た。

 しかし乗組員たちから『不幸の階段』と呼ばれているそれは、その名に恥じない働きをした。誰も立ち入らないため、そこはメンテナンスされていなかったのだ。手すりは錆びて、脆くなっていた。脆いそれはブレンダスの体重の衝撃に耐えられず、ポッキリ折れてしまった。ブレンダスは結局上甲板に転落したが、一応ブレーキは掛かったので一命は取り留めた。

 

 パテスと違い、ブレンダスのムー国内での評価は高かった。〈グレードアトラスター〉追撃は海軍精神の発露であり、最終的に〈グレードアトラスター〉を戦闘不能にして撤退を強いたことは評価された──真相は、国の威信と軍の名誉を優先した政治的打算(プロパガンダ)だ。

 これには武闘派も穏健派も同意した。箝口令を敷くまでもなく、〈ラ・カサミ〉の乗組員たちはブレンダスの言動について詳しく語ろうとしなかった。それゆえ、「ブレンダスは寡黙な提督」という誤ったイメージが、ムーの歴史観に根付いてしまった。

 ブレンダス本人は転落の戦傷で入院し、それを理由に除隊させられた。治癒しても障害が残るゆえ軍務には耐えられない、という理由付けがされた。退院した本人の抗議は無視された。無能な働き者は見つけ次第放り出せ。それは新旧どちらの世界の軍隊にも共通するルールだった。彼に授けられた勲章が戦傷記章(パープルハート)だという事実が、真相を雄弁に物語っている。

 

 最上甲板に出たフラグストンと部下たちは、目の前の光景に唖然とした。艦首以上の艦の顔である前檣楼が、〈グレードアトラスター〉の威容を代表する存在の、上半分が失われていた。その残骸が右舷の最上甲板にもたれ掛かって押し潰していた。右舷外周は通行不能になっており、艦体もその重さによって少し右舷に傾いていた。これを人力で撤去するのは不可能だろう。

「先任、あれを」

 主任砲術士に言われて、フラグストンは彼の指が指す方向を見る。〈ラ・カサミ〉が浅瀬に乗り上げて座礁している。

「あいつら、何をしたかったんでしょう?」

 フラグストンは状況を理解した。

「たぶん途中から操船不能だったんだろう。好き好んでこっちに突っ込んで来たわけじゃなかったわけだ」

「迷惑な連中ですね」

「いや、福の神だ」

 そう言ってフラグストンはニヤリとする。戸惑う部下たちに、フラグストンは説明した。

「前檣楼の重量が失われたおかげで、喫水線が下がっている。これで当分は沈没の心配はしなくていい」

〈グレードアトラスター〉は反転して、前進でフォーク海峡を通過した。

 

 この砲戦が終わる頃には、一部の戦列艦は追いついていた。

 第2文明圏に属するマギカライヒ共同体の機甲戦列艦7隻の艦隊が、その先頭だった。ムーの機械技術を取り入れた、蒸気機関を搭載した外輪船だ。武器は魔導砲だが、改良によって射程距離を3キロに伸ばしている。元列強のパーパルディア皇国やレイフォルでも2キロであることを考えると、文明国の中ではかなり最先端を走っている。

 旗艦〈マギ〉に座乗している艦隊司令のギライズは、日本製の双眼鏡から目を離した。最近文明国の海軍軍人の間では、日本製の双眼鏡がブームになっている。

 国によって事情は違うが、艦長や副長クラスになれば、双眼鏡は軍から支給される。文明国では双眼鏡は高価なのだ。あえて自分の双眼鏡を持つというのは、海軍将校にとって一種のステータスになる。だが官給品より質の悪い物を持っても意味がない。これまではムー製の双眼鏡が鉄板だった。

 だが日本製の登場によって、市場は様変わりした。ムー製より性能が良いのに、価格は安い。価格が安いのは、技術流出防止法に引っ掛からない民生品だからだ。こんなところでも、日本製品はムー製品を駆逐しつつある。それでもムーが何も言わないのは、日本の技術が欲しいからに他ならない。

「〈グレードアトラスター〉は今の戦闘で、更に傷ついています。追撃しましょう」

 艦隊参謀の言葉に、ギライズは白い視線を返す。

「君の目は節穴かね?」

「は?」

「君はミリシアルの魔導艦の残骸を見なかったのか?」

「……見ました」

「今の砲戦を見なかったのか?」

「見ました」

「なら、どうしてそんな進言をするんだ? 私をミリシアルの司令以下の無能にしたいのかね?」

 艦隊参謀は返す言葉が出てこなかった。

「対魔弾鉄鋼式装甲があるとはいえ、機甲戦列艦(こちら)は木造船だぞ。あの鉄と鉄との殴り合いに割って入って、勝てると思うのかね、生き残れると思うのかね?」

「……ですが、国と軍の威信と面子が……」

「返り討ちに遭って、部下を犬死させたとあっては、それこそ面目丸潰れではないか。それよりボートの準備をしろ」

「ボートですか?」

「あれだ」

 ギライズが指さしたのは、〈ラ・カサミ〉だった。

「ムーの戦艦の生き残りを救助する。ここはムーに恩を売っておくのが最善だ。満身創痍とはいえ単艦でレイフォルを滅ぼした怪物を、なんとか追い返したんだ。さすがは列強と言うべきだろう。グラ・バルカスは、あわよくばカルトアルパスでレイフォリアの再現を狙っていたに違いない。神聖ミリシアル帝国も、その点では日本とムーに恩を感じるだろう。とにかくムーに恩を売って損はない」

 やや呆然としている艦隊参謀を、ギライズは急かした。

「早く命令を伝えたまえ」

 慌てて駆けだす艦隊参謀の背中を、ギライズは冷たい視線で眺めた。早めに無能な働き者が見つかってよかった。あいつはさっさと俺の艦隊から追い出そう。

 

 こうして大量の鉄と血を海に流した『フォーク海峡追撃戦』は終わった。

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