日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

14 / 62
第14話『ひゅうが被弾』

〈グレードアトラスター〉の直掩に回ったと思われたベータの〈アンタレス〉隊は、ニグラート連合のワイバーンと交戦状態になった。

 ニグラート連合は自衛隊とカルトアルパス基地、風竜騎士団間の魔信を傍受していた。ニグラート連合の竜母は〈グレードアトラスター〉を追撃中だったが、そのまま南風を利用して、一度は着艦したワイバーンたちを再び発艦させることに成功した。

 それに比べると〈グレードアトラスター〉と一度戦ったムーの〈マリン〉航空隊は、機体の整備に手間取り、発艦がやや遅れた。

 ニグラート連合のワイバーン64騎は編隊を組んで、低空を侵攻する〈アンタレス〉を迎え撃つ。

 ニグラート連合の竜母は4隻、一隻あたり16騎のワイバーンを搭載していた。通常の竜母は10乃至12騎のワイバーンしか搭載できない。だがニグラート連合が連れてきた最新鋭の竜母は、輸送中のワイバーンを冬眠させることによって、16騎まで搭載することに成功した。

 その代わり緊急発進(スクランブル)ができない。冬眠状態のワイバーンを起こすには、時間が掛かるのだ。だが今回は一度発艦していたため、その必要はなかった。

 彼らは戦意が高かった。日本に手も無く捻られた戦闘機なら、容易く叩き落とせる。そんな思い込みがあった。神聖ミリシアル帝国の『エルペジオ3』が一方的に負けたのは知っていたが、戦力比1:5という圧倒的に不利な条件だった。だが今の戦力比は3:1、しかもムーの航空隊が援軍として控えている。「これなら勝てる」と思い込むには十分な条件だった。

「馬鹿め。わざわざ不利な低空を侵入してくるとは。導力火炎弾の一斉射撃を浴びせるぞ!」

 ワイバーン編隊長の指示により、64騎全てが口の中に炎を溜める。それはエストシラント沖大海戦のミニチュア版のようであった。

「引き付けるぞ。まだだ……今!」

 すれ違いざまにワイバーンたちは炎を吐く。その炎の幕は、〈アンタレス〉たちを直撃するコースに乗った……はずだった。

「何ぃっ!」

 竜騎士たちが驚く。〈アンタレス〉はワイバーンの敵前で、予想外の急上昇を行った。それは導力火炎弾どころかワイバーンも躱してしまった。

〈アンタレス〉は編隊飛行のまま、宙返り旋回(インメルマンターン)を決める。気がつくとワイバーンたちは〈アンタレス〉に後方上空を占有されてしまった。あっという間に立場が逆転する。

「なんて上昇性能だ!」

 驚愕する竜騎士たち。だがいつまでも驚いているわけにはいかなかった。

 

「トカゲ共が驚いているな」

 背面飛行のまま、眼下の敵を見下ろしながら、〈アンタレス〉のパイロットが呟く。次の瞬間、〈アンタレス〉は急降下を開始、ワイバーンに肉薄する。

 グラ・バルカスのパイロットたちは、ワイバーン対策を確立していた。低速で水平機動だけしていたのでは、ワイバーンが相手でも不利になる。自分より最高速度が劣るワイバーンには、垂直機動を混ぜた一撃離脱戦法が有効だ。

 本来の最高速度に急降下による速度を加え、ワイバーンが避けられない速度で接近、必中の距離で機銃を浴びせ、当たっても外れてもワイバーンが追いつけない速度で離脱する。あっという間に20騎のワイバーンが墜ちる。3:1だった戦力比が、初撃で2:1にまで縮む。

 

「なんて奴だ!」

 竜騎士たちは歯軋りをする。アレをほぼ百発百中で墜とした日本が異常だったのかと気付く。残念なことに遅すぎたが。

 一騎のワイバーンがパニックを起こし、勝手に逃亡を始める。

 

「トカゲに乗ってると、頭もトカゲ並になるらしい……んっ!」

〈アンタレス〉の編隊長が、逃亡したワイバーンに気付く。これはひょっとしたら行けるかもしれない。そう思った彼は部下に命じる。

「2から4番機は俺に続け。後はいつも通りの手順でトカゲの相手をしてやれ」

 彼は3機の部下を引き連れ、逃亡したワイバーンを追う。

『隊長、どうするつもりですか?』

「あのトカゲ、北へ向かっている。上手く行けば俺たちを連れて行ってくれるぞ」

『何処へですか?』

「日本の艦隊が鎮座している湾にだ。ひょっとしたら、奴らは同士討ちを恐れて、俺たちを攻撃できないかもしれない」

 一瞬の沈黙。

「どうせ俺たちは捨て駒だ。それならトカゲや複葉機ではなく、もっとデカい的に20ミリをぶち込んでみたくないか?」

 部下たちは返電をせず、行動で答えた。彼らはワイバーンを北へ追い込むように機動した。

 

「ベータがニグラート連合のワイバーンと交戦状態になりました」

〈ひゅうが〉のCICとFICに報告が上がる。

「ドッグファイトを展開中。このままだと誤射の恐れがあります」

 鮫島はレーダー画面を睨んだ。

「恐れていたケースだ」

「この場合は、戦闘機を投入してのガンファイトしか手がありませんな」

 艦隊参謀も同意する。

「こうなったら、他力本願しかないでしょう」

 艦隊参謀に促されて、鮫島は魔信のプレストークスイッチを押す。

「風竜騎士団長殿、ニグラート連合のワイバーンが敵戦闘機と交戦中です。こちらの武器では味方を誤射する危険があります。戦力の引き剥がしをお願いできますか?」

『ウム、最善を尽くそう。それ以上は約束できぬ』

「それで十分です」

 鮫島はプレストークスイッチから指を離す。

「ムーには要請しないのですか?」

 艦隊参謀の問いに、鮫島は渋い顔をする。

「〈マリン〉じゃ相手が零戦モドキだと歯が立たない。事態を却って悪化させかねない。〈マリン〉を出すかどうかは、ムーの司令部の判断に任せるしかないだろう」

 これには誰も異論を唱えられなかった。

「司令、ワイバーンが一騎逃亡しています。それを敵が4機で追っています」

 それがどうしたと鮫島は思ったが、レーダー画面を見て事態を理解した。

「……味方を盾に艦隊に迫る気か」

「そのときはどうされますか?」

「戦場で人間の盾など通用しない」

「ですが問題になるかもしれません」

「フェン王国の事件の再来か?」

「ニグラート連合がどのような倫理観を持っているのか、まだよく分かっていません」

 鮫島は溜息をついた。

「外交問題になる危険か……それは外務省に任せるしかないだろう。現場は現場の判断で動く。最悪でも俺の首で艦隊の損害が免れるなら、安いものだ。SAM(サム)は撃つな。だが〈CIWS(シウス)〉はオンのままにしておけ」

 鮫島は再び魔信のプレストークスイッチを押す。

「こちらは日本艦隊司令。ニグラート連合のワイバーン、本艦隊に接近し過ぎている。2キロ以内に近づいた場合、自衛のために本艦隊は敵戦闘機を攻撃する。その際誤射する危険がある。直ちに敵を振り切るか、本艦隊から離れろ。繰り返す、直ちに敵を振り切るか、本艦隊から離れろ」

 鮫島はプレストークスイッチから指を離す。

「風竜騎士団は?」

「こちらに向かっていますが、間に合いません」

 鮫島はまた溜息をついた。

「できることは全部やった。後は振った賽の目を確認するだけだ」

 

 結果は第零護衛隊群にとって最悪の目になった。ワイバーンは敵を引き連れて、護衛隊群から2キロ以内に侵入。各護衛艦の〈CIWS〉が自動的に反応し、ワイバーンおよび〈アンタレス〉を迎撃。全機を撃墜したものの、〈アンタレス〉の20ミリ機銃の流れ弾が〈ひゅうが〉に命中した。

〈ひゅうが〉のCICとFICのディスプレイ群が乱れる。何が起こったのか悟った鮫島が命じる。

「X-OSを強制終了しろ」

 すぐにディスプレイ群が復旧する。

「損害を報告しろ」

〈ひゅうが〉の艦長が命じると、即座に返事が返ってくる。

『こちら艦橋(ブリッジ)。敵機銃の流れ弾数発を被弾。SPY損傷、航空管制不能、窓に穴が幾つか開きましたが、露天艦橋にはならずに済みました。軽傷者1名』

「復旧作業と負傷者の応急処置を急げ」

『了解、現在作業中』

 CICにいた一同は、どう反応してよいか迷った。損害は軽微とは言えない。試験用の追加装備が、これで全て駄目になった。しかし人的損害は小さいし、〈ひゅうが〉の能力は完全に損なわれたわけではない。撤去されたVLS以外は、改装前に戻っただけだ。

 だが流れ弾に当たったのは、不運としか言いようがない。その不運を嘆くべきか、実害はないと胸を撫で下ろすべきか。

「クソッタレ。やってくれたな」

 鮫島が妙にドスの効いた声を漏らす。

「危うく部下を靖国に逝かせるところだったじゃないか」

 これまでの飄々としたイメージと全く合わない声だ。周囲は戸惑う。

「艦長、発煙筒を集めてくれ」

 唐突な指示に艦長も戸惑う。

「発煙筒ですか?」

「できれば黒がいいが、多少カラフルでもいい。ミリシアルの巡洋艦のは、そうだからな」

 鮫島の真意を計りかねた艦隊参謀が訊く。

「司令、何をなさるおつもりですか?」

「リベンジだよ、リベンジ。部下を殺されそうになったんだ。この場を何とかやり過ごそうだなんて、思っていたのが間違いだった。だから部下を危険に晒したんだ。脅威は徹底して排除すべきだ。この際、敵航空戦力を殲滅する。必要なら艦隊もだ」

 このとき、魔信から通信が入る。

『こちらカルトアルパス海軍基地。敵艦隊を捕捉。西南西方向、距離100NM(ノーティカル・マイル)(約185キロ)、艦数約30。およそ26ノットで接近中!』

「どうやら敵さんも同じことを考えているようだな」

「同じこと、ですか?」

 艦隊参謀は薄々分かったものの、確認のために訊く。

「そろそろこの海戦に決着をつけるつもりだ。だがこちらの役者が一人足りない。まあ、艦隊決戦まで2時間以上ある。予定通りなら間に合うはずだ」

 

〈ひゅうが〉の艦橋とエレベーターから煙が上がる。同時に〈ひゅうが〉から魔信による送信が行われる。

『我被弾す。されど戦闘に支障なし。これよりフォーク海峡を通過し、敵艦隊と(まみ)える』

 同時に第零護衛隊群が発進する。南へ、フォーク海峡へ向けて。およそ10ノットの速度で。

 これを見たカルトアルパス海軍基地から、魔信によるメッセージが送られた。

『武運を祈る』

 彼らは第零護衛隊群が、討ち死覚悟でグラ・バルカス艦隊に立ち向かうと思ったのだ。艦数を見れば8:30と圧倒的に不利。しかも空母は痛々しく煙を吐き、よろよろと10ノットという低速で航行しているのだから、勘違いするのも無理はない。

 そして、そんな第零護衛隊群の姿を見たのは、味方だけではなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。