成層圏ではクイズ大会が開かれていた。
『ゴクウ、この中で一番陸自に向いているのは誰ですか?』
「やっぱりマッチョじゃないか」
『じゃあマッチョ、バズーカ砲って知ってる?』
『まあ……名前だけは知ってる』
『バズーカ砲は、なんでバズーカって言うの?』
『えっ……発射音が「バズーン」だから?』
『ボケーっと生きてんじゃねえよ!』
げらげらと笑い声が無線で響く。
NHQのバラエティ番組、『デコちゃんに怒られる!』を真似したクイズである。
睡魔と戦っていたパイロットたちは、一人で努力するより皆で協力した方がよいと気がついた。本来は規則違反だが
『俺、知ってる』
『はい、ドップ』
『発明者の名前がボブ・バーンズだから』
『……ボケーっと生きてんじゃねえよ!』
『えっ、違うの?』
『正解は……当時人気があったコメディアン、ボブ・バーンズが使った小道具のトランペットに似ていたから』
無線でブーイングが流れる。
『そんなの分かるかよ!』
クイズの筈が、オタ知識自慢になってしまっている。
御空が参戦する。
「サルト、そいつは間違いだ。ボブ・バーンズのラッパはトロンボーンだ」
『……つまんねー奴だな。デコってんじゃねえよ!』
ちなみにこれは、正解者に対する褒め言葉である。
『
TACネームではなくコールサインで呼ばれたことで、パイロットたちのスイッチが切り替わる。
『
「こちらTOPAZ1、戦艦と空母が攻撃対象に入ってませんが?」
『空母は艦載機が全滅している。戦艦と空母は鹵獲したいというのが、ZEBRAHQの意向だ』
無線で驚きの声が流れる。
『こちらTOPAZ2、こんな過酷な作戦を立てる人間を信用していいんですか?』
ヘギーが疑問を投げかける。
『信用するしかないだろう。指揮権は向こうにあるんだ。少なくとも航空機の殲滅と、<グレードアトラスター>の撃退は成功している』
『兵器の性能差を考えたら、出来て当然じゃないですか?』
『じゃあおまえが意見してやれ。唯我独尊の
『こちらTOPAZ8、私たちは
テンニョ──空自唯一の女性F-2ライダー、遠藤真琴二等空尉が訊く。8~10番機は攻撃目標が割り当てられていない。
『そうだ。第一次攻撃で不発があった場合は、TOPAZ8が追加攻撃を行う。9と10は敵が降伏を拒否した場合、戦艦を攻撃する』
『やった! ボクは戦艦を
興奮したのか、コールサインを忘れて9番機のアムロ(天然パーマの髪型がアニメキャラに似ていることからついたTACネーム、特にエースというわけではない)が訊く。
『あ、いいな』
『俺も戦艦
『『『せーんかん! せーんかん! せーんかん!……』』』
無線で戦艦コールが起きる。こいつら、切り替えが出来てないじゃないか!
「TOPAZ1よりTOPAZSQ、いい加減にしろ! 遊びの時間は終わりだ。さっさと
さすがに戦艦コールが止む。
『ECHO1よりTOPAZSQ、作戦開始は30分後だ』
旗艦〈カレドヴルフ〉の艦橋で報告が行われる。
「カルトアルパス海軍基地から報告。『日本艦隊空母から煙が消失、同時に約30ノットへ増速。フォーク海峡通過は約30分後に早まる』」
「煙は敵航空隊を引きずり出すための擬態というわけか」
レッタル・カウランが顔を
「30分では我が艦隊は間に合いませんな。ですが、これ以上の増速は無理です」
タグスが応じる。
第1魔導艦隊は2隻の小型艦(駆逐艦相当)を護衛に付けた足の遅い補助艦艇を置き去りにして、主力戦闘艦のみ30ノットでフォーク海峡に向かっていた。
「途中参加になるのも止むを得んか」
「それまでに戦いが終わらなければの話ですが」
〈ひゅうが〉の飛行甲板から〈
X-OSがダウンしたため、〈SH-60K〉のレーダー情報を、護衛隊群で共有できるようになった。アメリカ製の通信システム〈Link16〉により、〈E-767改〉のレーダーでもミサイル誘導が出来る筈だが、〈E-767改〉は改修したばかりなので、安全を取って〈SH-60K〉を使うことにした。
〈SH-60K〉はグラ・バルカス艦隊を捕捉するため、上昇する。敵航空隊は殲滅した。
間もなく〈ひゅうが〉のディスプレイ群に、グラ・バルカス艦隊の影が映る。その距離、約60キロ。
「敵の無線に割り込めるか?」
鮫島の問いに電子戦担当が答える。
「航空機用の無線なら可能です。周波数、変調とも分かっています。暗号通信も分かっていますが、解読はまだです。でも時間の問題です」
「暗号には手を出すな。航空機用に割り込むぞ」
「司令、何をなさるのですか?」
艦隊参謀が問う。
「降伏勧告だよ。やっとかないと、野党寄りのマスコミがうるさいからな。ついでにミリシアルにも中継してやろう。我が国のスタンスをはっきりさせておいた方がいいだろう」
「それは政治ですよ」
艦隊参謀が釘を刺すが、鮫島は反論する。
「ミリシアル艦隊の連中に状況を伝えた方がいい。おそらく第零式魔導艦隊を沈められてカリカリしているだろう。交渉中に手を出されたら困る」
「なるほど」
「やってくれ」
通信担当と電子戦担当は必要な情報交換をした。
旗艦〈ラス・アルゲティ〉の艦橋のスピーカーが突然響く。
『こちらは日本国海上自衛隊第零護衛隊群司令、鮫島海将補である』
〈ラス・アルゲティ〉の艦橋が騒然とする。
『接近中のグラ・バルカス艦隊に告ぐ。直ちに停船して降伏せよ……と言っても無理だろうな』
カオニアもバーツも、艦橋に居た全員が戸惑う。
『降伏するのが嫌なら逃げろ。今日は随分殺し過ぎた。だから追撃はしない』
カオニアの顔が真っ赤になる。それを見たバーツの顔が青くなる。
「司令、冷静になってください」
バーツがカオニアに声をかける。
「自分は冷静だ」
カオニアが答えるが、どう見ても怒っている。
『なお降伏する場合は、合図として白旗を掲げて欲しい。それが嫌なら回れ右しろ。部下を無駄死させるような無能が指揮官でないことを祈っている。以上だ』
カオニアがぶるぶると震えている。
「通信士、返電だ」
「はっ、何と伝えますか?」
「『馬鹿め』だ」
「は?」
「『馬鹿め』だ!」
「は、はい! 『こちらグラ・バルカス東部方面艦隊、馬鹿め。以上』」
「つまらん回答だな」
鮫島がぼやく。
「自分には煽っているように聞こえましたが」
艦隊参謀が冷ややかな視線を向ける。
「煽ったんだよ。命令を忘れたか? 『グラ・バルカス艦隊に可能な限りの損害を与え、戦争継続の意志を奪うこと』、そうだったろ」
「それはそうですが……」
鮫島は〈E-767改〉を呼び出す。
「
『アンタ、いい性格してるな』
「褒め言葉と受け取っておきますよ」
『
〈F-2〉はシースキミング飛行に移行済みだった。
「TOPAZ1よりTOPAZSQへ。各自割り当てに従い攻撃せよ。上昇時はアフターバーナーは使うな。使ったら長過ぎる海水浴をすることになるぞ」
10機のうち7機の〈F-2〉が4発の〈ASM-2〉を発射、上昇飛行に移る。計28発のASMが慣性誘導で目標に向かう。
〈ラス・アルゲティ〉の艦橋に報告が上がる。
「レーダーに感! 東に未知の航空機7機、距離100キロ。高度500で上昇中、速度……」
「どうした」
艦長が言葉に詰まった観測員を促す。
「速度時速1000キロ以上!」
「確かか?」
艦長が思わず確認する。時速1000キロ、それはまだグラ・バルカス帝国では達成できない速度だ。
「レーダーの観測では、そうなっています」
観測員はそう答えるしかなかった。
「敵機の動きは?」
「上昇しながら右旋回……本艦隊から遠ざかって行きます」
その場に居た全員が戸惑う。
「敵機は何をしたかったのだ?」
カオニアが問うが、バーツをはじめ誰も答えられなかった。
だが時速1000キロで接近していたのは、〈F-2〉だけではなかった。ASMを発見したのは、やはりレーダーではなく人間だった。
『前方から何か接近。数……20以上!』
甲板見張り員の報告が、艦橋に上がる。
「レーダー、何やっている!」
艦長から叱責が飛ぶ。だが見張り員の報告には続きがあった。
『海面すれすれを飛んでいます』
「海面反射のノイズで捕捉出来ません」
レーダーを担当する観測員が追加で報告する。
28基のASMが水平線から現れてグラ・バルカス艦隊に到達するまで2分弱の時間しかなかった。だが艦隊にとってこれほど長くて短い2分間は、かつてなかった。
「「「対空戦闘開始」」」
各艦の艦長が一斉に命じる。高角砲と対空機銃がほぼ水平射撃で弾幕を展開する。だがマッハ0.9という未体験の速度に、全く対応できない。頼みの綱の近接信管も、砲弾の破片がASMに追いつけず、役に立たない。
次々とASMが艦艇に命中する。
『重巡〈リゲール〉〈エララ〉大破・炎上!』
『駆逐艦〈ディオネ〉〈タイタン〉〈エウロパ〉轟沈!』
これまた次々と被害報告が上がる。
2分足らずという想定外の短時間に、東部方面艦隊は壊滅に近い損害を受ける。
大戦果にも関わらず、サンゾーは渋い表情だった。1発外れたのだ。
「メーカーに調査依頼をせんといかんな。原因究明まで時間がかかる。また余計な仕事が……」
サンゾーはマイクをオフにしてぼやいた後、マイクをオンにして命令を下す。
「ECHO1よりTOPAZ8へ。追加攻撃だ」
『了解』
テンニョは念のためASMを2発リリースすると、上昇飛行に転じた。
〈ラス・アルゲティ〉の艦橋は混乱状態だった。
「損害をまとめて報告しろ!」
カオニアが吠える。
「逆の方が早いです」
バーツが答える。
「逆だと?」
「無事なのは本艦〈ラス・アルゲティ〉と僚艦〈コルネフォロス〉、巡洋艦〈アルドラ〉、後は4隻の空母のみです。他は大破か沈没です」
「ぜ、全滅ではないか!」
カオニアの言葉は間違っていない。もはや機動部隊は艦隊として機能できない状況になっている。戦闘単位として機能しない状態は、軍隊では全滅と見なされる。むしろ間違っていたのはバーツの方だった。
巡洋艦〈アルドラ〉が炎と轟音に包まれる。その艦体が真っ二つに折れ、見る間に海底に沈んでいく。
「……訂正します。残っているのは戦艦2隻と空母4隻です」
呆然とするカオニア。だが事態の進行は待ってくれない。
「水上レーダーに感! 東の距離50キロに未知の艦影、おそらく日本艦隊です」
『こちらは日本国海上自衛隊第零護衛隊群司令、鮫島海将補である』
再びスピーカーが響く。全員が飛び上がらんばかりに驚く。
『降伏せよ。さもなくば撃沈する』
最後通牒にカオニアは焦る。
「返電しろ。『我撤退す』だ」
だがその必要はなくなった。
『なお撤退は認めない。我々を馬鹿呼ばわりしたからな』
全員の視線がカオニアに集まる。カオニアの顔色が更に悪くなる。
『降伏するなら早い方がいいぞ。
鮫島の言葉を彼らが理解するのに、数分の時間が必要だった。
数分後。
「水上レーダーに新たな感! 日本艦隊の後方に新たな艦影……これは、ミリシアル、ミリシアルの艦艇です! その数10……16……18、18隻です」
ここに至ってカオニアたちは状況を理解した。カオニアは決断する。
「全艦に停戦命令を出せ。白旗を掲げろ」
カオニアはため息を吐くと、通信士に命じた。
「日本艦隊に返電しろ。『我降伏す』だ」
『こちら
TANGO2は〈SH-60K〉のコールサインだ。鮫島はマイクを取る。
「発司令、宛全乗組員。敵は降伏した」
一部の乗組員たちは歓声をあげた。だが鮫島の次の言葉で鎮まる。
「だが任務は終わっていない。自衛隊のお家芸、人命救助の時間だ。敵の戦艦と空母を接収すると同時に、遭難している敵将兵を救助する。可能な限り速やかに行え」
ミリシアル海軍第1魔導艦隊はフォーク海峡前を通過し、更に西へ進む。
旗艦〈カレドヴルフ〉の艦橋で、司令レッタル・カウランは、艦長タグスに問いかける。
「この戦い、歴史はどう評価すると思うかね」
タグスはちょっと思案してから答える。
「我が艦隊の存在が、グラ・バルカス艦隊に降伏を決断させた──少なくとも我が国の教科書には、そう書かれるでしょうな」
「間違ってはいないが、正しくもないな。我々は切り札ではない、見せ札だ。これでは完全に道化ではないか!」
レッタル・カウランのこめかみに血管が浮き出る。それを見たタグスは機転を利かせる。
「我々は陛下のご意向に沿ったのです。そう考えましょう」
「……悪くない考えだ」
第零護衛隊群が救助と接収に走り回っているときだった。
「司令、外務大臣から通信が入ってます」
鮫島は井上に無線機を持たせていたことを思い出した。
「繋いでくれ──こちらは群司令の鮫島です」
『君かね? 出鱈目をばら撒いたのは!』
鮫島は
「大臣、何をおっしゃっているのか、分かりませんが」
『自衛隊の兵器を魔法だと言ったのは、君かと訊いているんだ!』
どうやら地雷を踏んだらしい。鮫島は誤魔化すことにした。
「大臣、それより報告することがあります」
『何かね?』
「勝ちました」
『勝った?』
「はい。敵艦隊を降伏させ、戦艦2隻と空母4隻を無傷で鹵獲しました」
『……』
「なお我が方の損害は〈ひゅうが〉が小破、軽傷者を1名出しました」
『……』
「あの、大臣、聞いておられますか?」
『本当かね』
「本当です」
『大勝利ではないか! でかした!』
そこで通信は切れた。
外務大臣は張り切っていた。
「ここからが外交官の腕の見せ場だ。まずは鹵獲した軍艦の分配だ。カルトアルパスに戻ったら、忙しくなるぞ」
近藤と井上は神妙な顔で聞いていたが、内心はハラハラしていた。
外務大臣はプロの外交官ではなく、政治家なのだ。
翌日、カルトアルパスで
最初に脱落した国の代表を呼び戻そうと言う者は、全くいなかった。