日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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番外編『ASM-2X開発秘話』

 カルトアルパスから日本に戻る途中、鮫島は質問された。

「しかし〈あきづき〉に〈ASM-2X〉がなぜ積んであったのですか?」

「偶然だよ、偶然」

 周囲は信じなかったが、本当に偶然だった。

 

 日パ戦争でデュロを攻撃する前、防衛省から内閣に説明があった。

 その際〈BP-3C〉による爆撃を行うと知った首相が、精密誘導爆撃を行う手段がないのか訊ねた。

 防衛省幹部は〈LJDAM〉等を挙げたが、数が少なかったので、

「もしくは高くつきますが、〈93式空対艦誘導弾(ASM-2)〉は赤外線イメージ誘導ができるため、理論的には精密爆撃は可能……と思います。実例はないので『おそらく』としか言いようがありませんが」

と付け足した。

 この話を聞いた首相は頭を抱えた。

「……この戦いが終わったら、自衛隊の兵器を根本的に見直す必要があるな」

 首相のこの言葉を聞いた防衛省幹部は、精密爆撃の手段を増やす必要があると考え、防衛装備庁に〈ASM-2〉による精密爆撃の可能性の検討を指示した。

 防衛装備庁は政府の正式な指示と解釈して検討を始めた。スケジュールが年度を跨ぐことが確定したとき、必要な予算を改めて請求した。そこで行き違いが明らかになった。予算請求が通らなかったのだ。

 首相は必要性は感じたが、具体的にそうしろと指示したつもりはなかったのだ。財務省が問い合わせたところ、官邸はそのような研究は指示も承認もしていないと回答してしまったのだ。

 結局、防衛省幹部が勝手に忖度(そんたく)してしまったという結論に落ち着いた。だが納得できないのは防衛装備庁だ。外国からの輸入が途絶え、国産化しなければならない装備・弾薬・部品が山のようにある。ただでさえデスマーチが山積しているのに、首相の指示だと言われたから、このテーマに最優先で取り組んだのだ。二階どころか三、四階まで登ったところで梯子を外された格好になった。

 この研究は中止となり、成果は封印されてしまった──鮫島が目をつけて掘り返すまでは。

 

 一方、〈グレードアトラスター〉に関しては、防衛省は自主的に研究を開始した。特に旧日本海軍の大和級にそっくりだという点で、防衛省内で非常に注目を集めた。

 その中でも特に熱心に研究されたのは、〈グレードアトラスター〉を倒すための兵器である。様々な意見が出されたが、現実的なのはミサイルと魚雷だった。

 だが海上自衛隊の水上艦が装備している魚雷は対潜水艦用の短魚雷のみであり、対水上艦用の長魚雷を発射するプラットフォームは潜水艦しかない。もちろん水上艦を長魚雷を発射できるように改修することは技術的には可能だが、実行するにはローテーションの問題がある。護衛艦は4年に1度、半年間ドック入りして整備や改修を受けることになっている。つまり全ての水上艦を改修しようと思ったら、4年間の時間がかかるのだ。もちろん〈グレードアトラスター〉と海自が向こう4年間は対峙しない保証はないし、そのときの水上艦が改修済みだという保証もない。

 潜水艦は水中での航行速度が遅い。待ち伏せ攻撃に使うのが定石である。〈グレードアトラスター〉を待ち伏せ攻撃できる機会は、どう楽観的に見積もっても、決して多いとは言えない。

 斯くして選択肢はミサイル一択になった。

 それでも議論は続いた。ミサイルの弾頭をどうするかで。〈グレードアトラスター〉が大和級に準じるのであれば、重要防御区画(バイタルパート)は最低でも410ミリの装甲で守られている。どうやってこれを抜くのか?

 海自ではHEAT弾を推す意見が主流になったが、これに待ったを掛ける勢力が現れた。陸自である。現在、装甲防御に最も豊富なノウハウを持っているのは陸自である。陸自に言わせれば、HEAT弾は複合装甲で容易に防げる。そして軍艦は天然の複合装甲だと言うのだ。

 HEAT弾は爆薬を使った弾頭である。その名前から爆発の高温によって装甲を溶かすと誤解されやすいが、実際はノイマン効果(どんなに硬い金属でも、超高速のガスを吹きつけると液体のような性質に変わるという現象)で装甲に穴を開ける弾頭だ。HEAT弾を使えば確かに410ミリの装甲に穴を穿つことはできる。だがその後が続かない。船室という広い空間では穿孔の原動力となるメタル・ジェット(流動化した金属)が拡散してしまうからだ。戦艦の内部は浸水を防ぐために細かく船室が分かれており、一番外側の船室に浸水しただけでは、戦艦を沈めることはできない。

 こうして議論は紛糾した。陸自や空自に言わせれば、戦艦は無理に沈める必要はなく、無力化すればよい。それなら既存の対艦兵器を大量に使用して、上部構造物をスクラップにすればよい。戦艦のために、装備庁の貴重な開発リソースを割く必要などない。

 実は、この主張は間違っていない。

 だが海自も後に退けない。護衛艦に搭載できる対艦ミサイル(SSM)には限りがあるからだ。対空ミサイル(SAM)と異なり、SSMは完全に国産化している。それ自体は結構なことだが、設計思想が一辺倒なため、全てのSSMに共通する欠点がある。

 全てのSSMは発射筒を使って発射するようになっている。ところが一度発射すると、発射筒へのSSMの再装填が困難なのだ。装填作業は慎重に行う必要があり、通常は入港して行うことを想定している。揺れる洋上で行うのは危険であり、戦闘中ともなれば不可能だ。性能を優先した結果、使い勝手まで気が回らなかったのだ。

 もっとも、それを欠点と呼ぶのは酷である。SSMを設計したとき、戦艦は仮想敵に入っていなかった。一会戦で何度もSSMを連射するという状況は想定できなかったのだ。

 だからといって、陸自や空自がそれを斟酌(しんしゃく)する義理などない。限りある開発リソースを巡って、仁義なき戦いが続いた。それは〈グレードアトラスター〉をどうやって沈めるかという冷静な議論ではなく、単なる泥仕合になってしまうことも多々あった。装備庁の防衛技官たちの一部は積極的に参戦したが、多くは「またか」と白けた気分で虚しい時間を過ごすことになるのだった。

 SAM問題解決のために装備庁に出向した鮫島も、こうした泥仕合を忌々しく思っていた。彼は海上自衛官だが、限りなく技官寄りの人間である。出向してみて、装備庁の職場のブラックぶりに驚いた。自衛隊もかなりブラックだが(特に有事は)、今の装備庁はそれに匹敵するか、ひょっとするとそれ以上だ。貴重な人材を過労死で失ったら、どうするつもりなのか。防衛技官は高度な専門職であり、人材の養成には時間と金がかかる。防衛産業とは特殊な分野であり、民生品の技術者のように、外部からスカウトできる種類の職種ではないのだ。

 

 その日、鮫島は検討会に出席していた。この日の海自は徹甲弾を持ち出した。最終速度がマッハ3に達する〈XASM-3〉(当時は正式採用前で、頭にXナンバーが付いていた)の弾頭を、徹甲弾にするというプランだ。

 さっそく陸自から反論があがる。戦車の戦闘室は狭い。貫通されたら徹甲弾一発だけで確実に乗員は死亡する。だが巨大な戦艦はそうはいかない。貫通できればHEAT弾よりはマシだろうが、戦艦一隻沈めるのに、一体何発必要なのか? そもそも貫通できるのか? 速度さえ速ければ貫通できると考えるのは、大間違いである。

 空自は陸自に味方する。徹甲弾の威力を増すには弾頭の質量を増やす必要がある。劣化ウランかタングステンを使うのだろうが、その結果ミサイルの質量が増えたら、〈F-2〉戦闘機に搭載できる数が減るし、射程距離も短くなる。

 斯くして議論は白熱し、徐々に泥仕合へ変化していく……はずだった。

「あの、発言してよろしいでしょうか?」

 少々間の抜けた声が響いた。鮫島である。それまで議論をしていた者たちは、何者だと詮索する視線を鮫島に向ける。統合幕僚の空将の一人は、「装備庁にもミッキーがいるのか」と思った。

 鮫島は不躾な視線を無視して、話を続ける。

「海自から装備庁に出向している鮫島一佐です。どうもこのままだと、また議論のための議論に陥りませんか」

 それまで議論をしていた者たちは不快感を覚えたが、残念ながら否定はできなかった。

「ここはいったん原点に戻るべきでしょう。そこで戦史を振り返ってみたいと思います」

 鮫島は勝手にプロジェクターのケーブルを、自分のノートPCに繋ぎ替えた。何人かは注意しようとしたが、プロジェクターで映し出された文字を見て、言葉を飲み込んだ。

 

「戦艦大和の致命傷は何か?」

 

 鮫島は次の画面に進む。

 

「急降下爆撃機SB2C〈カーチス・ヘルダイバー〉より投下された数発の1000ポンド半徹甲爆弾のうち1発が、副砲塔のアーマーを貫いて爆発。これが原因で弾薬庫に火災が発生。この火災は戦艦大和沈没まで消えず……結局この一撃が世界一の巨艦〈大和〉の命取りとなった」

 

 これを見た自衛官たちの反応は芳しくなかった。

「それがどうかしたのかね? その程度の仮説は言われなくても知っているよ」

 海自の幕僚が声をあげる。もちろん全ての海上自衛官が戦史マニアではないが、マニアはどこにでもいるものだ。

「〈グレードアトラスター〉は明らかに大和級と同じ設計思想で造られています。ならば弱点も同じではないでしょうか」

「では何かね。〈Mk82〉を満載した〈F-2〉の編隊で〈グレードアトラスター〉を爆撃しろ、とでも言うのかね」

 鮫島を『ミッキー』こと三津木になぞらえた空将が質問(の形をした侮蔑)をした。

「まさか。無誘導爆弾では効率が悪すぎます。精密誘導兵器を使用すべきです」

 コイツは本気で言っているのか? そんな都合のいい兵器は、今の自衛隊にはない。そう思った自衛官たちは、次の鮫島の言葉に驚いた。

「自分も装備庁に出向してから知ったのですが、装備庁では〈ASM-2〉の赤外線(IR)イメージ誘導を利用した、精密誘導爆撃を研究していたんです。現在は予算の問題で、凍結されていますが」

 それまで白けていた技官たちが、一斉に真剣な表情に変わった。

「〈グレードアトラスター〉は衛星写真から描き起こしたCADデータがあります。不完全な部分があれば、大和級のデータで補ってやればよいでしょう。つまり必要なデータは、既に揃っているのです」

 鮫島がノートPCのキーを押す。プロジェクターが〈グレードアトラスター〉のCGモデルを表示する。

「開発に必要なリソースは、精密爆撃の研究をしていた技官数名と、人数分のソフトウェア開発環境、あと試射は必要ですから〈ASM-2〉の実弾が最低4発、できれば8発──そんなところでしょうか。必要な工数は、自分より、研究に携わっていた技官に見積もってもらった方が、正確でしょう」

「よろしいですか?」

 技官の一人が手を挙げる。

「工数は試作品の完成までなら、3乃至4ヵ月で足りると思います」

 議場はざわつく。

「実際はもう少し必要だと思います。ダメコンを妨害するハラスメント攻撃も行いたいので」

 鮫島がそう発言した後は、議場の様子は一変した。その主人公たちは腐っていた技官たちで、ときどき乗り気でない海自の自衛官が質問に応じるという形で進行した。

 この検討会で、〈ASM-2改〉開発計画は、事実上決定した。海自にできたことは、〈ASM-2改〉が失敗したときに備えて、新弾頭ミサイルの研究の続行を認めさせることだけだった。

 

 この検討会は鮫島の人物評価に大きな影響を与えた。技官たちの評価は、「海自が送り込んだ得体のしれない人物」から「海自で唯一話が分かる人物」に急上昇した。逆に海自では、「裏切り者」とか「もう装備庁の人間」と暴落した。

 鮫島本人は、「これは一種の最前線症候群(フロントライン・シンドローム)だな」と割り切っていた。客観的に見れば、新弾頭ミサイルの研究は継続されるのだから、海自は損はしていない。むしろいつ完成するか分からない新弾頭ミサイルが失敗した場合の保険として〈ASM-2改〉が登場したのだから、喜んでもおかしくない筈だ。

 しかし鮫島は恨まれている。最前線で戦う兵士が、敵ではなく、後方で楽をしている(と勝手に思い込んでいる)味方を恨むのと同じ……かどうかは微妙だが、恨まれていることに変わりはない。鮫島は定年まで装備庁に出向(しまながし)ぐらいは覚悟していた。自分がエリートコースから外れたことは分かっていたし、入庁(当時はまだ防衛庁だった)するとき、自衛官になるか防衛技官になるか悩んだ経験があるので、それも悪くない程度にしか思っていなかった。

 まさか技官たちの信頼を得たことで、将官に昇進するとは予想もできなかった。

 

〈ASM-2X〉はカルトアルパスで結果を出した。だが正式採用されて〈ASM-2改〉になることはなかった。

 グラ・バルカス帝国海軍はバカではなかった。カルトアルパスの戦訓から学んだ。

 グラ・バルカスの戦艦は順にドック入りし、改修工事を受けた。副砲塔は撤去され、そこは重要防御区画(バイタルパート)にふさわしい装甲が施された。

 艦橋は撤去されなかったが、その役割は索敵や着弾観測など限定されたものになった。代りに副砲塔の弾薬庫跡に発令所が造られ、艦長はそこに座乗して各部署からの報告を受け、各部署に命令を発するようになった。

〈ASM-2X〉はあまりにも鮮やかなデビューを飾ったため、グラ・バルカスは迅速すぎる対策を講じた。〈ASM-2X〉は正式採用される前に、時代後れになってしまったのだ。




第11話『男の花道』は来週投稿の予定です。

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