日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第2話『異世界の真珠湾』

 港町カルトアルパスの港湾管理局は多忙を極めていた。

「出航? 〈グレードアトラスター〉が? 会議はまだ明日も明後日もあるんだぞ!」

 ブロントの質問に、部下も困惑しながら答える。

「会議の冒頭で、いきなり席を立ったそうですよ」

「……いったい彼らは何をしに来たんだ?」

「それが……『自分たちに降れ』と、宣言したそうです」

 ブロントは困惑しながらも、自分が辿り着いた推理を確認する。

「全世界に宣戦布告するつもりか!?」

「正確なことは本人に訊いてみないと分かりませんが……普通はそう思いますよね」

 ブロントは今度は渋い顔になった。

「レイフォルを降してつけあがったか……しょせんは文明圏外の蛮族だな。いいだろう。さっさと送り出してやれ!」

 港湾管理局員たちの尽力により、〈グレードアトラスター〉は異例の速やかさでカルトアルパスを出航した。

 

〈ひゅうが〉の艦隊司令施設(FIC)は別の緊張感に包まれていた。

「これが情報収集衛星から受信した画像です」

 通信科の自衛官の説明を聞きながら、第零護衛隊群の高級幹部たちの視線はディスプレイに釘付けにされた。

「これは……戦場じゃないか!」

 その一人が全員を代弁するかのように声をあげる。

 通信科の隊員が画像の一部を拡大する。

「国章を確認したわけではありませんが、この沈みかけている艦は神聖ミリシアル帝国のせん……魔導戦艦です。場所を考えると、第零式魔導艦隊と見て間違いありません」

「これはどこを撮影した画像なんだ?」

 鮫島に問われて、通信科の隊員は説明し忘れていたことに気づく。

「マグドラ群島です。ここカルトアルパスの西、およそ500キロです」

 幹部たちの間からざわめきが起きる。

「至近距離じゃないか!」

「30ノットなら半日足らずだ!」

 自分たちの身近で血なまぐさい戦闘が行われていた。その事実に衝撃を受ける。

「ミリシアルの敵は? まあ想像はつくがな」

「たぶんご想像通りだと思います」

 そう言って、画像を元に戻し、今度は別の部分を拡大する。

「個艦識別までできませんが、どれも旧日本海軍の軍艦によく似ています。グラ・バルカス帝国と見て間違いありません」

 幹部たちの間から、唸り声があがる。

「次に衛星がこの地域を撮影できるのはいつだ?」

「惑星が巨大なうえに、稼働している衛星が4つしか……」

「言い訳を訊いているんじゃない、数字を訊いているんだ」

 これまでの鮫島から想像できない態度に、周囲は軽く驚く。

「……4日後です」

 鮫島は仏頂面になりながらも、質問を続ける。

「衛星の軌道を変えられないか?」

「本国に問い合わせてみないと分かりませんが……難しいと思います」

「推進剤がないのか?」

「技術的な問題ではありません。衛星を利用しているのは防衛省(ウチ)だけではありません。文科省と国交省も利用しています」

「……そうだった」

 幹部たちの間に諦めムードか広がる。

 鮫島は頭をかく。

「グラ・バルカスの暴言は、既に本国に伝えたんだな?」

「はい。第一報を出しました」

「続報を出してくれ。『今日はグラ・バルカスのエイプリルフールではないことが証明された』」

 鮫島はいつもの口調に戻ったが、つられて笑う人間はいなかった。

「背広組にも。通信手段のセキュリティが担保できない場合は、人を会議場に向かわせろ」

 鮫島はわざとらしい咳払いをする。

「この情報は特秘とする。この場にいる者以外には他言するな。政府の許可が下りるまで我慢してくれ」

 そう言ったあと、周囲にいる人間の顔を見回し、全員が納得したのを確認した。

「司令、この後はどうされるおつもりですか?」

 質問をしたのは〈あきづき〉の艦長だった。鮫島とは少々因縁がある。〈あきづき〉に新装備が押しつけられたとき、鮫島はまだ防衛装備庁に出向していた。艦長たちのクレームを処理したのは、鮫島だった。

「政府が決断してくれないと、俺たちは何もできん」

 鮫島はそう答えたが、〈あきづき〉の艦長どころか、誰もそれでは納得してくれそうにないことを見て取った。

「最悪の事態を想定して、そのとき俺たちに何ができるかを考えておこう。各艦の首席幕僚は残ってくれ。それ以外は持ち場に戻ってくれ」

 

 世界の国々の艦船が集まっているため、〈あきづき〉が接岸している桟橋には海上自衛官が何人も警備に立っている。艦長は彼らの敬礼に返礼を返しながら艦内に入ろうとしたが、甲板で出迎えた人物を見て足を止めた。

「ご苦労さまです」

「うむ」

「広井二佐は一緒ではないのですか?」

「彼は野暮用で〈ひゅうが〉に残ったよ。副長こそなぜここに? 俺の代りにCICに座っていてくれないと困るぞ」

「艦内の見回りの途中です」

「そうか。俺も付き合おう」

 二人は甲板外周の通路を、艦尾に向かって歩く。

 副長は歩きながら艦長が話を聞かせてくれるものと期待していたが、艦長が何も話そうとしないので、慎重に自分から話を振ってみた。

「なにか厄介事でもありましたか?」

「その通りだ。悪いが今はまだ話せん」

 副長は大体の事情を察した。司令との因縁程度であれば箝口令(かんこうれい)が敷かれることなどないだろう。今の自分たちは外交の場にいる。しかもグラ・バルカス帝国が全世界に宣戦布告をして、〈グレードアトラスター〉で港を出て行った。これだけの材料が出ていれば、大抵は分かる。

 二人は艦尾のヘリポートまで歩みを進めていた。ヘリポートは空の状態だった。

「自分はハワイに行ったことがありますが、ここは真珠湾には似ていませんな」

 副長の言葉を聞いて、艦長は足を止めた。

「ちょっと寒いな。中に入るか」

 艦長はそう言って、ヘリ格納庫を指した。

 

 ヘリポートだけでなく、ヘリ格納庫にもヘリコプターはなかった。それゆえ人気(ひとけ)もない。

「自分は艦長が司令とアレで揉めるのではないかと心配していたんですが……」

 ヘリ格納庫には装備庁から押しつけられたAAM発射装置が置かれていた。

 発射装置は『装置』と呼ぶのも憚れるような簡単なものだった。3本の主柱の間に戦闘機の主翼に見立てた横板が渡してある。その下側に航空自衛隊から譲ってもらった6個の中古のパイロンが取り付けてある。それに修理上り品の〈F-2〉戦闘機の火器管制装置が繋がっており、信号変換器を中継して、〈あきづき〉の火器管制システムに接続されている。

 使うときには発射装置をヘリポートへ移動し、パイロンの下にAAMを取り付ける。後は改造したソフトウェアで火器管制装置に指令(コマンド)を送ればよい。

 材料のほとんどは倉庫からかき集めてきたリサイクル品で、原材料費はほとんどかかっていない。ハードウェア(SAM)が完成すれば不要になるものだ。なるべく金をかけないという姿勢は正しい。

 構造は単純で、使用している部品も実績のあるものばかり。だから信頼性も高そうに見えるが、実は真逆なのだ。

 戦闘機がミサイルを発射するときは、空を飛んでいるときだ。ある程度以上の高度を取り、ある程度以上の対気速度がある。発射の手順(シーケンス)はこうだ。まずパイロンからミサイルを切り離し、少し落下させて距離をとる。このときはミサイルはフィンによって姿勢が安定している。それからミサイルのエンジンに点火する。

 ところが護衛艦から発射する場合は、初期条件が全く異なる。護衛艦は空を飛ばない。高度も対気速度もない。同じ手順(シーケンス)で発射しようとすると、こうなる。

 パイロンから切り離されたミサイルは、不安定な姿勢で甲板に落下する。甲板に落下した状態でミサイルのエンジンは点火される。当然ミサイルはどこへ飛ぶか分からない。

 そこで〈F-2〉から取り外した火器管制装置のプログラムに変更が加えられている。新しい手順(シーケンス)では、まずミサイルのエンジンに点火する。それからパイロンから切り離す。そうするとパイロンから切り離された瞬間からミサイルの弾体は加速を開始するので、ごく短時間で十分な対気速度を獲得し、安定した姿勢で飛翔することができる。

 一見もっともらしく聞こえるが、もちろんこのような手順(シーケンス)は前例がない。それに詳細に検討してみると、色々と疑問点が浮かんでくる。例えば、パイロンに取り付けた状態でエンジンに点火すれば、エンジンの推力が発射装置に加わる。それがトラブルの原因になる可能性はないのか?

 艦長たちは一通りの説明を聞いたとき、「これは危ない」と思った。そこで積極的に質問した。自分や乗組員、そして艦の安全に関わるのだから当然である。

 これに防衛装備庁の人間は一つひとつ丁寧に答えた。先程の疑問にはこう答えた。

 横板と主柱の接合部は、一定以上の力が加わると外れるようになっている。つまり想定外の力が加わると、()()()()()()ようになっている。そのときミサイルは横板ごと飛んで、海に落ちる。だから乗組員や艦は安全である。

「自動車のクラッシャブルゾーンと同じですよ」

 そう言われたときは納得したが、よく考えてみると二つは全然別物だ。

「例えば艦対艦ミサイル(SSM)のように発射筒から射出することはできませんか?」

 副長が改善を求めたときは、こう答えた。

「AAMは元々発射筒に収められないんです。SAMやSSMは最初はフィンは本体の中に格納されていて、飛翔を始めてから本体から外に飛び出るようになっています。しかしAAMはそうなっていない。発射筒……VLSも同じですが、入れようとするとフィンが引っ掛かって邪魔になるんです」

「なら新しい発射筒を造れば?」

「今度はそれにお金と時間がかかってしまう。それならハード(SAM)の完成を待った方がいい」

「いっそのこと、そうすることはできないんですか?」

「大規模なソフトの改造は、ハードの改造以上に時間がかかるんです。新しいSAMが配備されたら、今度はイージスシステムが数年間使えなくなりますよ」

 そう言われると、副長も改善要求を引っ込めざるを得ない。

 質問の波が途切れたところで、装備庁の人間はこう切り出した。

「自分としてもコレをみなさんに渡すのは不本意なんですよ。でも人も金も時間もない。人と時間は仕方がない面もありますが、せめて金はなんとかしてほしい。財務官僚には言いたいことがいっぱいありますよ。立場上言えませんけどね」

 これは艦長たち──というより海上自衛隊も同じだった。

 例えばこんごう型イージス艦にはヘリポートはあるが、ヘリを整備する格納庫がない。だからヘリを使った人や物の輸送、ヘリの給油、パイロットがいないヘリの輸送には使えるが、独自にヘリを運用することはできない。これでは不便だし、せっかく造ったヘリポートの価値が低い。

 そこで後継のあたご型では格納庫が造られた……のだが、竣工前に予算の都合でヘリの整備に必要な機材が削られてしまった。

 これにはさすがに防衛省も怒った。だがイージス艦には最初想定していなかった新たな任務が付与されていた。弾道ミサイル防衛(BMD)である。

 近隣国が核兵器とミサイルを開発していることが明らかになり、政府は対応を迫られた。国民を守る(安心させる)ため、艦隊防空のためのイージス艦に、弾道ミサイル迎撃能力を追加した。だが緊張がエスカレートした場合、日本全土を守るためには、日本海に常時3隻のイージス艦を張り付けなければならない。こんごう型4隻では明らかに不足なのだ。そのような状況の中、ヘリ運用能力の問題で、あたご型の配備を遅らせていいのか?

 装備を人質に取ったやり方に怒りを覚えながらも、防衛大臣と財務大臣の直接折衝で、改修で速やかにあたご型にヘリ運用能力を付与することを約束させて、防衛省は財務省と妥協した。

 だが腹芸では財務省が一枚上手だった。折衝後の記者会見で、防衛大臣は合意内容を『確約』と述べたが、財務大臣は『努力目標』と述べたのだ。

 ちなみにあたご型には未だにヘリ運用能力がない。

 その後はしばらくは財務官僚に対する恨み節で話が盛り上がった。その過程で奇妙な一体感が産まれた。相手が財務官僚じゃしょうがない。そう思って艦長たちは妥協した。

 しばらく時間が経ってから、財務官僚を出汁に上手く丸め込まれたと艦長たちが気づいたことは言うまでもない。

 ときどき自衛隊OBのジャーナリストが国産兵器をバッシングしているが、きっと隊にいたときは自分たちと似たような経験をしたのだろう、などと思うようになった。

 そして第零護衛隊群が編成されたとき、あのときの装備庁の人間が自分たちと同じ制服を着て、海将補の階級章を付けて、新しい群司令だと紹介されたときには、驚きより怒りを覚えた。外部の人間だと思っていたのに実は身内だった、それだけでも相当モヤモヤするが、それが自分たちを飛び越して上官になったとあっては、心中穏やかではいられない。

「言っておくが、俺の口からはまだ何も言えん。アレとは別件だとは言えるがな」

 グラ・バルカス帝国は本気で真珠湾攻撃をするつもりなのだろうか? まだ分かっていないのだろう。だから箝口令が敷かれているのだ。

 

 その日の夜、ルーンポリスに急遽呼び出された議長のリアージュは、第零式魔導艦隊の部隊消失を聞かされて驚き、カルトアルパス襲撃の可能性を聞かされて胃に穴が開くような思いがした。もし彼が日本の大使もカルトアルパスのホテルで同じ問題で悩んでいると知ったら、急性胃潰瘍で入院したかもしれない。

「まずい。まずいぞ。このままだと日本は、また戦争に巻き込まれてしまう」

 危機感を露わにする外務大臣。近藤や井上の顔にも、苦悩の色が浮かぶ。

 鮫島もその場に同席していた。普段なら指揮を執るために〈ひゅうが〉の船室で寝泊まりするが、今は軍事の専門家として大臣たちに助言をする必要があった。

「何か戦争を回避する手段はないのか?」

 鮫島は真剣な表情を作っていたが、内心では呆れていた。

(その質問はもう三度目だぞ。いったいいつまで議論の入り口でグルグル回っているつもりなんだ?)

 日本は(他の国と一緒に)宣戦布告を受けている。もうすでに巻き込まれているのだ。もし無理矢理回避しようとすると、かなり危険な外交的な綱渡りをするしかないだろう。だが綱渡りを続ければ、いずれは転落する。

(もう時間がない。仕方がない。ショック療法で行くか)

「大臣、発言してもよろしいでしょうか」

 外務大臣は疑問の眼差しを鮫島に向ける。

「戦争を回避できる手段がひとつだけあります」

「本当か!?」

 外務大臣だけでなく、近藤と井上まで期待のこもった眼差しを向けてくる。鮫島は逆にがっかりした。プロの外交官の近藤と井上は期待できるかと思っていたのだが、どうやら大臣とドングリの背比べらしい。

「グラ・バルカス帝国に降伏するのです」

 三人には斜め上過ぎたらしい。三者三様の変顔が見れた。

「君は本気で言っているのか!」

 外務大臣が吠える。

「グラ・バルカスは既に拳を振り上げました。振り上げてしまったものは、どこかに降ろすしかありません」

 三人は鮫島が言おうとしていることを理解した。

 戦争は既にマグドラ群島で始まってしまったのだ。日本が望む形で終わらせるためには、最低一度は勝つ必要がある。

「これをご覧ください」

 鮫島は各艦の首席幕僚たちと作った資料を取り出し、大臣たちに配った。

 大臣たちは表紙を見て、眉をしかめた。

「『オペレーション:西遊記』?」


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