ナグアノは陸軍のパイロットたちにレクチャーしていた。
「ブルーインパルスは航空自衛隊……空軍というべき組織の、一部隊です。その任務は曲芸飛行です」
パイロットたちの間から笑い声が起きる。
「日本の空軍は曲芸飛行で飯が食えるのか?」
「空軍じゃなくて、サーカス団の間違いじゃないのか?」
やれやれと思いつつ、ナグアノは先を続ける。
「我が軍には音楽隊があります。各種の儀礼のときに必要でしょう?」
「日本人はエンジン音で音楽を奏でるのか?」
また笑い声。ナグアノは、さすがにうんざりしてきた。
「静粛に!」
彼らの上官がそう言うと、ようやく笑い声は収まった。
ナグアノは話を急ぐことにした。
「このブルーインパルスが、来月のムーの国王生誕祭でフライトショーを行うのです。つまり日本の軍用機が、隣国に来るのです」
今度はパイロットたちは笑わなかった。
「我々の
上官がそう告げると、笑い声の代わりにざわめきが起きた。
パイロットの一人が手を挙げる。上官は黙って頷いて、発言を許した。
「鹵獲とは、地上に駐機している機体を盗む、ということですか?」
「違う。フライトショーの最中に襲撃して、こちらの基地に強制着陸させる」
ざわめきが騒音になる。
「ナグアノ君、説明を続けてくれ」
「はい。ブルーインパルスが使用するのは、〈T-4〉練習機です」
騒音がピタリとやんだ。
「〈T-4〉練習機は最高速度が時速1000キロ……」
「「「ええーっ!」」」
一気に喚き声が沸き起こる。
「静粛に! 静粛に! 静粛に!」
上官が三連呼してようやく静まる。
すかさず別のパイロットが手を挙げる。
「これは無理ですよ。〈アンタレス〉の2倍近い速度で飛ぶ相手を、どうやって強制着陸させるんですか?」
「一対一でやる必要はない。多数で包囲して、進路を強制する。ナグアノ君、続けたまえ」
「は、はい。〈T-4〉練習機には、
一瞬、その場に沈黙が下りた。だが間髪を入れず、三人目が手を挙げる。
「ですが、ムーの護衛機が多数
「それがどうした!」
上官は大声で遮った。
「こちらも数を用意する。
「「「
パイロットたちが声をそろえて返事をする。その光景にナグアノはビックリする。
「『
「「「
目を白黒させているナグアノに、上官は続きを促した。
「ナグアノ君、日本の航空機を鹵獲するメリットを、説明してくれたまえ」
ナグアノは戸惑いながらも、説明する。
「もし〈T-4〉練習機を無傷で鹵獲できれば、帝国の科学者たちがその技術を暴くでしょう。そうなれば、帝国の戦闘機も時速1000キロで飛行できるようになります」
「貴様らは、時速1000キロの戦闘機に乗りたいか!?」
「
上官はダメ押しをする。
「これでも参加したくないという者は、参加しなくともよい。志願する者は起立しろ」
即座に全パイロットが起立する。
「よろしい、大変よろしい」
上官は満足気だが、ナグアノは複雑な心境だった。彼は日本の戦闘機が超音速であることを知っていたのだ。
(これは隠ぺいじゃない、士気高揚だ。これは隠ぺいじゃない、士気高揚だ。これは……)
「こいつは海軍に対する当て擦りか?」
「知らないわよ。陸軍に訊けば?」
カイザルの質問に対するミレケネスの返答はそっけなかった。
「
「
グラ・バルカス帝国では、陸軍より海軍の方が人気が高い。
「
「そういう
「しょうがねえだろ。(パイロットの)練度はこっちが高いんだ」
海軍のパイロットは、発着艦という難行を避けられないゆえ、訓練の回数が多くなり、必然的に地上基地しか利用しないパイロットより練度が高くなる傾向がある。
「でも相手は丸腰の練習機で、艦隊はいないんでしょう」
カイザルが身を乗り出す。逆にミレケネスは少し身を引く。
「ところがいるんだ。南部の商業都市マイカルに、1個艦隊が寄港している。船団護衛でムーに派遣された艦隊だ」
「でもフライトショーはオタハイトで行われるのよね?」
「こっちから近づかない限りは大丈夫だとは思うんだが……一応、陸軍に情報は渡してある」
「なら、これ以上気にする必要はないじゃない。高みの見物といきましょう。陸軍のお手並みを拝見しましょう」
カイザルは思う。
(こういうところ、女は冷たいよなあ)
〈T-4改〉練習機はツートーンカラーのままだったが、さすがに国章はムーのそれに描き直されていた。
8番機への〈JLAU-3/A〉の取り付け作業を見学していたミネイスに、同僚のパイロット、ケスラーが声をかける。
「何やってるんだ?」
「見物だよ。対地攻撃用のロケット弾だ」
二人の会話を聞いた整備員が顔をあげる。
「いえ、今付けているのは対空兵装ですよ」
「「え!?」」
ミネイスとケスラーが同時に疑問の声をあげる。
「ロケット弾には、対地ロケット弾と対空ロケット弾があるんです」
「へぇ、そいつは知らなかった」とケスラー。
「対空ロケット弾は
「そうだったのか」
ミネイスは素直に感心したが、ケスラーは少し欲張った。
「どうせなら誘導弾を積んでほしかったな」
「〈T-4〉ベースの機体では無理だそうです。離陸重量に余裕がないし、火器管制装置どころかレーダーまで交換しないといけないし……それなら新しく作った方が早いんだそうです」
「〈
「さすがにそれは無理だろう」
ケスラーの際限ない欲望に、ミネイスがツッコミを入れる。ところが整備員が斜め上の発言をする。
「そうでもないみたいですよ」
「「えっ?」」
再び二人の驚きがハモる。
「
「なぜ?」
「旧式は火器管制装置が古くて、アメリカ……
「なんだ。まだだいぶ先の話じゃないか」
ケスラーががっかりした様子を見せる。
「今すぐ売ってくれても、こっちが困ります。運用できませんから。まずは〈T-4改〉でジェット機のノウハウを身につけないと」
「でも〈ティーフォーカイ〉て、言い難くないか?」
ケスラーは注文が多い。
「ムーでの〈T-4改〉の名前なら決まったぞ」
「なんていうんです?」
整備員もケスラーも、興味津々の様子だ。
「〈ヤムート〉だそうだ」
「ベタすぎるだろう」「カッコいいっすね」
二人の意見は割れた。
「最初は日本で使われている〈ドルフィン〉が提案されたんだが、『ドルフィンって何だ?』という質問が多数出て、誰でも知ってる〈ヤムート〉に落ち着いたらしい」
新世界に野生のイルカはいない。そのことを聞いた空自の隊員が、ムー空軍の研修生を水族館に連れて行って、イルカを見せたことがある。
「アレ、可愛かったですよね」
「……まあ、戦闘機向きじゃないな」
ひょいと整備士長が姿を見せる。
「思い出話はそれくらいにして、そろそろに仕事に戻ってもらえませんかね」
これでその場はお開きになった。