日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第4話『アルミニウムの嵐』

 首都オタハイトの空は、雲一つない晴天。濃い蒼穹が宇宙まで広がっている。

 ブルーインパルスの編隊長、ダンク(TACネーム)は、アイナンク空港の滑走路わきでしばらく空を見上げていたが、ブリーフィングルームへ戻った。

「ダンク、ウェザーチェックの結果は?」

 副編隊長のガリが尋ねる。ブルーインパルスはその日の天候によって、演目を変更する。

「文句なしの第1区分だ。予定通りの演目で行く」

 パイロットたちはヘルメットを手に、駐機場へ向かう。基地や駐屯地での演技なら、機体を格納庫から出して乗り込むところから演技が始まる。だが式典会場は空港から離れているため、そこは省略された。

 

 国王生誕祭は王宮に近く、オタハイトで最大の広場、建国記念広場で執り行われる。

 まずは一般参賀が行われ、国民は国王ラ・ムーからお言葉を賜る。そこから式典が始まるのだが、ブルーインパルスの演技は式典の冒頭に行われた。最も多くの国民が注目する中でやろうという意図だった。

 部隊長の浜中一等空佐が紹介され、演台に立つ。

「自分は日本国を代表する立場にいませんが、一人の人間として、国王陛下にお祝いを申し上げます」

 国王ラ・ムーは右手を挙げて、鷹揚に応える。

「では東の空をご覧ください」

 計ったかのように、ムー国民には聞きなれない重低音のエンジン音が響き出す。そして6機の〈T-4〉が姿を現す。

 6機はスモークを曳きながら、複雑な機動をこなす。あっという間に真っ青な空に、白いムーの国章が描かれる。

「ブルーインパルスから、国王陛下とムー国民の皆様への挨拶です」

 観客席から割れんばかりの拍手が起きる。

 ラ・ムーは傍らに控えていた侍従長を呼ぶ。その侍従長は空軍司令を呼んだ。

「素晴らしい。今は余裕がないが、我が国にもあのような飛行隊が欲しいものだ」

 ラ・ムーは空軍司令に声をかけた。

「はい。仰る通りでございます」

「〈マリン〉には、あれができるかね?」

 空軍司令は最も恐れていた質問をされて、胃を掴まれたような錯覚を覚える。

「優秀なパイロットを選び、十分な訓練をすれば可能かと存じます」

「そうか」

 

「次の演目は、最も初歩的な4ポイントロールです。東から進入する5番機にご注目ください」

 5番機は低空を400ノットの速度で会場上空へと進み、途中で機体を90度、180度、270度に傾け、最後は1回転して会場上空から出て行った。

 国王は再び問う。

「〈マリン〉には、あれができるかね?」

「先ほどと同様かと存じます」

「そうか」

 できるようになる前に事故が起きるだろう。空軍司令はそう思ったが、口にはしなかった。確率がゼロでなければ、不可能ではない。

 

「次は2機によるオポジットコンティニュアスロールです。東西から進入する2機にご注目ください」

 先ほどと同じように5番機が東から、反対の西から6番機が450ノットで進入して、急速に接近する。

 観客席から悲鳴が上がった。2機が衝突したと思って、目を塞いだ女性も少なくなかった。だが彼女たちが恐る恐る目を開いてみると、2機は何事もなかったかのように飛んでいた。

「たった今、2機は50センチの距離ですれ違いました」

 拍手が悲鳴に取って代わった。

 ラ・ムーは再び空軍司令に声をかける。

「あれはやらなくてよいぞ」

「畏まりました」

 

「今度はバーティカルクライムロールです。5番機が垂直上昇をしながら、独楽の様に回転します」

 スモークを曳いた5番機が解説通りの演技をすると、天空に登る白い螺旋階段ができあがった。

「〈マリン〉には、あれができるかね?」

 さすがに嘘はつけなかった。

「残念ながら不可能かと存じます」

「そうか」

 ラ・ムーは、空軍司令の緊張した顔の下から滲み出る無念さを汲み取った。ラ・ムーはそれ以上質問するのを控えた。

 

「では4機編隊による演技をご覧ください。ファンブレークです」

 1番機を先頭に2~4番機が菱形の編隊を組んで飛ぶ。各機の距離はおよそ2メートルだが、観客には4機が重なって飛んでいるように見えた。

 4機はそのまま機体を70度傾けて、3G旋回をする。途中から2~4番機がスモークを曳くのも忘れない。

 

 こうしてブルーインパルスの演技は続いたが……

 建国記念広場に、聞き慣れないサイレン音が響く。

「何事かね?」

 ラ・ムーの言葉に、空軍司令が真っ青な顔に冷や汗をかきながら、答える。

「空襲警報です。多数のグラ・バルカス帝国の戦闘機が国境を越えて、こちらに向かってきます。国王陛下、ご案内いたしますので、避難を」

「広場の国民は?」

「まずは陛下の安全を……」

「ならん。国民を王宮に避難させなさい」

「陛下、一般人を王宮に入れるなど、前例がありません」

 侍従長が国王をたしなめようとする。

「では、今の状況は前例があるのかね?」

 そう言われると、二人は沈黙せざるを得なかった。

 

 異変は浜中一等空佐からブルーインパルス各機へと伝えられた。

「ブルーSQ(スコードロン)、こちらHQ(コマンダー)。状況4―4―9、繰り返す、状況4―4―9」

『HQ、こちらブルー1。詳細と指示を送られたし』

「〈アンタレス〉60機以上が国境線を突破。キャップの〈マリン〉を強引に振り切って、オタハイト上空を目指している。準備が整うまで20分ほど時間を稼いでくれ」

『了解』

『こちらブルー2、戦力比1:10とは厳しいですな』

『こちらブルー4、でも正面突破で力押しとは、想定外スレスレです』

 想定外スレスレとは、想定外ではないのだ。

 

出撃()かせてください!」

 アイナンク空港では、ミネイスたちパイロットが上官に直訴していた。

「〈アンタレス〉に対抗できる戦闘機は、自分たちの〈ヤムート〉しかないんです!」

 ブルーインパルスで使用されている〈T-4〉は量産機と異なる。

 演技に欠かせない発煙装置、安全を確保するための低高度警報装置・キャノピーの強化、運動性能向上のための(下手なパイロットには危険な)方向舵の作動範囲の拡大、コクピット内の計器の配置変更などの改造が加えられている。このブルーインパルス向けの〈T-4〉は、第11飛行隊の前身の組織の名前から『戦技研仕様』と呼ばれている。

 一方〈ヤムート〉は、『戦技研仕様』ではなくノーマルの〈T-4〉の改造機である。

 つまり、『戦技研仕様』には〈ヤムート〉の武装はない。

 それでも上官は渋った。

「だが君たちはまだ訓練生だ。〈ヤムート〉も現段階では訓練機に過ぎない」

「ですが、ブルーインパルスのパイロットに万一のことがあったら、外交問題になります。訓練どころではなくなります」

「外交は我々が口を出す問題ではない」

「首都が空襲されているのに、放置するのですか? 国王陛下に万一のことがあったら、上官殿は責任をとれるのですか!」

 ムーでも錦の御旗は絶大な効果を発揮した。

 

 オタハイト上空では、大規模な鬼ごっこが展開していた。

 1番機の後ろに〈アンタレス〉の隊長機が食らいつく。

「こいつが隊長機らしいな。悪いが俺の振り付け通りに踊ってもらう」

〈アンタレス〉隊の隊長は余裕をかましていたが、その余裕は次の瞬間に消えた。

『隊長、後方に注意(チェック・シックス)!』

 通信を聞いた隊長は、条件反射で機体を翻した。2番機が〈アンタレス〉の後ろにいたのだ。

「隊長機を囮にするとは。危うく撃墜……」

〈アンタレス〉の隊長はようやく思い出した。相手が非武装であることを。〈アンタレス〉の隊長の心は折れはしなかったが、少々ひびが入った。

 

「ファンの追っかけは嬉しいが、節度を守ってくれないと、単なる迷惑行為なんだよな」

 5番機のイッペイ(TACネーム、本名は一平ではない)はボヤキながらも周囲の監視を怠らなかった。5番機の後ろには3機の〈アンタレス〉が必死に縋り付いてくる。イッペイは6番機も2機にまとわりつかれているのに気づいた。6番機に通話する。

「モック、こちらイッペイ。OCRをやれるか?」

無問題(モーマンタイ)

「オポジットコンティニュアスロール、レッツゴー」

 5番機の後ろにいたアルベーシはイライラしていた。相手の後ろを取ったものの、相手は横転(ロール)を繰り返して、振り切ろうとする。ついにブチ切れて20ミリ機関砲を発砲した。

『おい、発砲は許可されてないぞ!』

「こんなのを鹵獲するなんて無理ムリ無理! 墜とせばいいのです」

 それまで横転を繰り返していた相手が、左に90度傾けた姿勢で止まった。

「チャァァーンス!」

 アルベーシは20ミリのトリガーを引く。だがその直前に5番機は昇降舵を使って左へ旋回、50センチの距離で6番機とすれ違った。20ミリの銃弾は、6番機を追い回していた〈アンタレス〉の一機のコクピットに命中した。

 更に5番機と6番機を追い回していた2機の〈アンタレス〉が空中で衝突、合計3機の〈アンタレス〉が地面に落ちる。

『何やってる、バカ者が!』

「わ、わざとやったんじゃない。不可抗力だ!」

 

 アルベーシはこの空戦を生き残ったが、元々性格が悪かったこともあって、仲間から「味方殺し」とか「堕ちたパイロット」などと呼ばれ、蔑まれるようになった。

 

 イッペイは編隊長に呼び掛けた。

「ダンク、今のは撃墜数(スコア)になりますか?」

『とりあえず申請だけはしておけ。だが交戦命令は出ていないから、事故扱いになるだろうな』

「ちぇっ。事故調(査委員会)は日本ですよね? まさかグラ・バルカスじゃないですよね?」

『ここはムーの領空だから、司法権はムーにある』

「前言を撤回します。もう少し観光を楽しめそうだ」

 

 このとき、ムーの歴史が動いた。

 

『ブルーSQ、こちらヤムート1。応答してください』

「こちらブルー1、来たのか」

ヤムート2も(Tow too)

「四人とも、ブルーインパルスに体験入隊してみるか? 命の保証はできないが」

「「お願いします」」

 

〈アンタレス〉の隊長機は再び1番機を追い回していた。

『隊長、後方に注意(チェック・シックス)!』

 だが隊長は動かなかった。

「同じ手を二度も食うか」

 その直後、隊長は後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。見ると左主翼に穴が開いて、燃料が漏れ出している。

〈アンタレス〉隊長機の頭上を7番機が追い越していく。

「あれは、機銃? それに主翼のマークは!」

 隊長はようやく事態に気づいた。

「全機へ! ブルーインパルスの中に、擬態したムーの戦闘機が紛れている。そいつは武装している、気をつけろ!」

 その通信の途中で一機の〈アンタレス〉が炎上した。

 隊長の命を救ったのは防弾板だった。グラ・バルカス帝国の軍用機は、旧日本軍ほど極端に防御性能を犠牲にしていなかった。

 

 この通信で事態は一気に混乱に突入した。疑心暗鬼に駆られた〈アンタレス〉のパイロットたちは、もはや鹵獲しようという意思を失い、目標を撃墜に切り替えた。だが圧倒的多数にもかかわらず、逆に少しずつ数を減らされていった。

 今度は日本側の通信で、事態が動く。

『ブルーSQ(スコードロン)、こちらHQ(コマンダー)。ベースへ帰投せよ』

「こちらブルー1、了解」

 8機の〈T-4〉は増速し、アイナンク空港がある南西を目指した。

「ここまで粘っておいて、なぜ撤退する?」

 その答えはすぐに出た。

『隊長、〈マリン〉の大群が北西から押し寄せてきます』

 遠距離にもかかわらず、目を凝らさずとも霞のような物が見える。

 だが〈アンタレス〉隊の隊長を決断させたのは、別の物だった。8機のうち6機の〈T-4〉がスモークを曳いたのだ。

「バカにしやがって! ブルーインパルスを追うぞ」

『ですが、南部のマイカルには日本艦隊がいますが……』

「マイカルは真南だが、追うのは南西だ」

 陸軍所属の彼は忘れていた。地上に設置した高射砲は、容易なことでは移動できない重装備だ。だが軍艦に搭載した高角砲は、軍艦ごと移動できるのだ。

 

 国王ラ・ムーは一部始終を目撃した。彼は自らに課したタブーを破って、空軍司令に声をかけた。

「敵の戦闘機を撃墜したブルーインパルスは、日本ではなく我が国の国章を付けていなかったか?」

「はい陛下。あれはブルーインパルスではありません。ブルーインパルスの機体を元にした、我が国の戦闘機〈ヤムート〉です」

「そうか。よい機体だな」

「お褒めに預かり、光栄です」

「グラ・バルカス帝国の戦闘機を我が国が撃墜したのは、これが初めてかね?」

「カルトアルパスでは、海軍の〈マリン〉が雷撃機の〈リゲル〉を撃墜していますが、戦闘機の〈アンタレス〉はこれが初めてです」

「そうか」

 そこへ侍従長がやってきた。

「陛下、申し訳ございません」

「どうかしたのかね?」

「実は国民より陛下に献上するはずだった陛下の銅像に、事故がありまして……」

「事故とは何かね?」

「墜落した敵戦闘機が衝突して……陛下の銅像が壊れました」

「良いではないか」

 その場にいた者は呆気にとられた。

「それは国民の責任ではない。謝罪には及ばぬ。それにモニュメントなら、もっと良いものが手に入った」

「……恐れながら、モニュメントとは何を仰っているのでしょうか?」

「墜落したグラ・バルカス帝国の戦闘機だ。記念にはそれを飾るがよい」

 

「『備えよ』とは、よく言ったものだ」

 第4護衛隊群の群司令、三浦はぼやいた。彼は前日になって命令を言い渡されたのだ。

「休暇がパーになっても、それで正当化されるんだからな」

「半舷上陸(乗組員の半数が上陸を許されること)を取り消されて、乗組員の士気も下がっています」

 参謀が賛同する。

「パーになった休暇は、どこかで取り返すさ。今は『働き方改革』の時代だ。そうしないと海自は人が集まらん」

 旗艦〈かが〉の艦隊司令施設(FIC)に報告が上がる。

『レーダーに感。〈T-4〉8機と、それを追撃する機影多数』

「さっさと片付けるぞ。対空戦闘開始」

 イージス艦〈ちょうかい〉のVLSが開口し、〈SM-2〉ミサイルが撃ち上げられる。

 

〈アンタレス〉隊はブルーインパルスを追っていたが、不意に1機が爆散した。

「何が起きた?」

 隊長は無線で呼びかけたが、その答えは自分で見つけた。〈SM-2〉ミサイルを目撃したのだ。

「日本軍の無人機だ。回避、回避!」

 次の瞬間、彼は〈SM-2〉の餌食になった。更に彼の部下たちも。だが回避命令が早く出されたため、全滅には至らなかった。

 

「撃ち方止め」

 三浦は攻撃中止を命じた。〈マリン〉が接近してきたため、誤射の危険が生じたからだ。それに〈アンタレス〉は全機が尻尾を巻いて逃げ出している。

「やはり敵味方識別装置(IFF)なしじゃ、共同作戦は難しいな」

「その旨は、戦闘報告書に書いておきます」

 

 8機の〈T-4〉は、アイナンク空港に帰投した。

 ミネイスがコクピットから降りて、ヘルメットを脱いだ。ヘルメットを脱ぎながらケスラーが近づいてくる。

「何機墜とした?」

「3機」

「俺は4機だ」

 ドヤ顔を決めているケスラーに、ミネイスは反論した。

「機銃を当てたのは4機だ。だが1機は火が点かなかった。やはり対空ロケット弾の方が有利じゃないのか」

「そうとも言い切れないぞ。ロケット弾は誘導兵器じゃない。何発かまとめて撃たないと命中しない。あのポッドには19発しか装填できないんだ」

 後席の二人も加わって、熱い議論が始まった。

 

 ムーの歴史書には、この日の事はこう記されている。

『この年の国王生誕祭は、晴天の中、アルミニウムの嵐が吹き荒れた』


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