日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第6話『ナグアノの冒険』

 ナグアノはバミダルに呼び出されたとき、日本に関することだろうと想像した。

「ナグアノ君、私は本国へ一時帰国することになった」

 だからバミダルのこの言葉を聞いたときは、意外だった。

「休暇ですか。羨ましい限りです」

「仕事だよ。日本に関する情報を、改めて海軍首脳と共有することになった。そのためだ」

 やはり日本か。ナグアノは半分ほっと、半分がっかりした。

 日本の情報を集めれば集めるほど、日本は危険な国に思えてくる。日本の危険性にいち早く気付いた自分が誇らしい反面、日本の情報に触れるたびに、祖国の将来が心配になる。自分の仕事の重要性を理解しつつも、「できれば知りたくなかった」と思ってしまうのだ。

 海軍首脳とは誰か? などという余計な詮索はせず、ナグアノは上司のニーズを先回りして読む。

「どのような情報をお望みでしょうか?」

「誰が見ても日本の技術の優位性を理解できるようなモノ、できれば日本の工業製品がいい。細かい選択は任せる」

「分かりました。では収集部に……」

「いや、君自身が現場に行って、選んでくれ」

 ナグアノは、一瞬理解できなかった。

「それは、どういう意味ですか?」

「収集部のエージェントは、旧レイフォル人の蛮族だ。彼らに技術的な評価などできる筈がない。だから君自身がムーに潜入して、日本製品を選んで欲しい」

 ナグアノの背筋に冷たいものが流れる。

「自分は技官です。潜入調査など、やったことがありません」

「君一人で全てをやれとは言わない。収集部に話はつけてある。最大限のサポートは受けれるはずだ」

 バミダルのオフィスのドアがノックされた。

『収集部から来ました』

 そう言うと、返事を待たず、相手はドアを開け、オフィスの中に入ってきた。

 相手の男はどこから見ても平凡だった。印象に残らないタイプだ。

「あなたがナグアノさんですか」

「そうですが、あなたは?」

「アーと呼んでください」

「ずいぶん変わった名前だな。旧レイフォル人かね?」

 バミダルが問う。どうやら初対面らしい。

「生粋の帝国人ですよ。あなた方と同じくね。情報局には外国出身者は入れない、その程度はご存知でしょう」

「じゃあ名前は……」

「『アーと呼んでくれ』とは言いましたが、『アーが名前だ』とは言っていません……部外者には極力本名は知られたくないのでね」

 収集部は変人の巣窟らしい。ナグアノは不安しか覚えなかった。

 

 ナグアノの心配は杞憂に終わった。用意された服を着て、指定された場所に行き、用意された乗り物に乗る。税関では用意された書類を見せ、教えられたとおりに答える。それだけで無事にムーに入国できた。

 ムーにおける収集部のアジトは、予想に反して堂々としたものだ。ちゃんとした商社だ。

「どうやってこんな会社を手に入れたんだ?」

 ナグアノの質問に、アーはつまらなさそうに答える。

「買ったんですよ。日本からの輸入品のせいで潰れた会社を。にっちもさっちも行かなくなった経営者は、現金を目の前にぶら下げたら、喜んで身売りしましたよ。今でも会社の代表を務めています。ここには出禁ですが」

 アーは自分の席らしい椅子に座ると、ナグアノにも椅子を勧めた。

「いいですか、あなたはパガンダ王国の生き残りの従者です」

「私が蛮族の従者?」

 パガンダ王国と聞いて、ナグアノは嫌な顔をした。

「そういう設定です。あの国は生き残りがほとんどいませんからね。偽りの身元がばれる心配がない」

 生き残りがいないのは祖国のせいだ。そうするだけの正当な理由はあった。だが他人事のように言うアーに、ナグアノは不気味さを感じた。

「パガンダ王国の貴族がたまたま外国に滞在していて難を逃れた、そういう設定です」

「私がその貴族か?」

「いいえ、あなたはその貴族の従者です。いくら蛮族の貴族でも、あなたには真似できないでしょう」

 ナグアノは無性に腹が立ったが、言い返せない。

「その貴族のために、あなたは買い物をするわけです」

「……なるほど。では君が私のご主人様か」

 ナグアノの自虐は空振りに終わった。

「いいえ。私は別の任務があるので、あなたには同行できません。彼が一緒に行きます。運転手ですよ」

 アーが自分の頭上を見たので、ナグアノは後ろを振り返った。いつの間にか男が立っていた。

「君のことは何て呼べばいいんだ。ベーか? ツェーか?」

「どちらでも。何ならツェットでもいいですよ」

「……じゃあそれで」

 暖簾(のれん)に腕押しとはこのことか、ナグアノはそう思った。

 

 ドライブは予想以上に長かった。ナグアノは首都のオタハイトで買い物をするものと思い込んでいたが、高速道路を2時間ほど飛ばした。

 ナグアノは自動車の乗り心地に驚いた。ほとんど揺れないし、恐ろしく静かだ。祖国のカルスラインやド・デカテオン系列の自動車と比べても──いや、比べ物にならないくらい快適だ。

「凄いな」

「何がです?」

「この車だよ。ムーにこんな自動車が造れるとは思わなかった」

「これは日本車ですよ」

 ナグアノは、心の中でズッコケた。

「な、なんでこれを祖国に持ち帰らないんだ? 自動車はその国の技術水準を端的に表す製品だぞ!」

「できるのなら、とっくにそうしています。日本製品は輸出規制対象なんです。日本との通商条約でそう決められたんです」

「ムーは世界第2位の列強だろう。何故そんな不平等条約を呑んだんだ?」

「隣を見なさい」

 ツェットにそう言われて、後席に座っていたナグアノは窓の外を見た。自分が乗っている車と比べると、骨董品に見える車が走っている。

「あれがムーの車なんです」

 その一言でナグアノは理解した。ムーと日本の技術格差を。

(これではムーが不平等条約を結ぶのも仕方ないか)

「我々がやろうとしているのは、密輸です」

 ツェットの言葉で、ナグアノは緊張する。

「下手を打って失敗したら、これまで築いた情報網が壊滅するかもしれない。あなたが楽しみにしている本も読めなくなる」

「……どういう物を選んだらいい?」

「それを決めるのは、あなたですよ」

「そうなんだが……密輸しやすい物って、どんな物だ?」

「一口では言えませんね。あなたはそんなことは気にせずに選んでください。その中からこっちで選びます」

 

 車は目的地に着いた。

「ここは?」

「マイカルです。ムー最大の商業都市です。ここは中央世界や文明圏外からも人が来ている。まさに人種と種族の坩堝(るつぼ)だ。紛れ込むには好都合です」

 ナグアノはツェットに案内されて、家電量販店に入った。

「大きな建物だな。『ドドバシカメラ』?」

「日本資本の販売店です。ムーの金持ちのみならず、庶民にも人気の店です」

 ナグアノは何やら観光に来ているような気分になりかけたが、慌てて気を引き締める。

 1階は携帯売り場だ。まだムーではインターネットが解禁されていないので、ガラケーばかりである。

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

 眼鏡をかけた男が声をかけてくる。

「ここでは何を売っているんだ?」

「携帯電話です。こちらをご覧ください」

 男はサンプルを陳列した棚を見せる。ナグアノが、その小ささに驚く。

「この大きさで、本当に通信できるのか?」

「もちろんです」

「通信可能距離は?」

「距離? 通信可能エリアなら、こちらになります」

 男は地図を見せる。それを見たナグアノは、あることに気づいた。

「……うちは圏外だ」

「そうですか。電波が届くようになったら、またいらしてください」

 足早に立ち去るナグアノ。ツェットが追いかけながら訊く。

「買わないんですか? あんな小型の無線機は、見たことがないのに」

「上司からの命令は、『誰が見ても日本の技術力が解る物』だ。通信機を動かすには、通信相手が必要だ」

「二台買えば?」

「電話はトランシーバーじゃない。電話局の交換機を通さないと通話できない。あの店員が見せた地図は、電話局から電波が届く範囲なんだ」

「なるほど、あなたが来た理由が解りましたよ」

 今更かよ! とナグアノはツッコみたくなった。

 

 2階はソフト売り場だった。ムーでも最近は光ディスクが普及している。

「これが音楽用のレコード? 再生時間は……74分!」

 本当なら凄いが、インパクトとしては弱い。ナグアノは音楽用CDをパスすることにした。

 だがDVDコーナーでは、そうは行かなかった。

「これは映像フィルムか。『平成二七年度観艦式』?……日本海軍の映像じゃないか! こっちは『陸上自衛隊富士総合火力演習』、陸軍か!」

 ナグアノは自衛隊関係のソフトを買い集める。その姿をツェットが冷ややかな目で眺めていた。

「そんな円盤ばかり買って、どうするんですか?」

「もちろん観るんだよ、もとい、観せるんだよ。再生装置も買わないといけないな」

 ナグアノは2階を立ち去ろうとしたとき、あるコーナーに目を止めた。

「『ゲームソフト』ってなんだ?」

「さあ? せっかくだから、見ますか?」

 ナグアノたちは赤くデコレーションされたゲートをくぐった。そして、生まれて初めてテレビゲームを見た。

「テレビに人工合成した映像を映しているのか!? 確かに理論的には可能だが……こんな高度な装置が、家庭用の娯楽製品として普及しているのか!」

「テクノロジーの無駄遣いですな」

 アメリカからのCPUとGPUの輸入が途絶えたので、日本では最新世代のゲーム機の生産がストップしていた。その結果、一、二世代前のゲーム機が現役に復帰していた。

 だが新世界技術流出防止法に引っかかるため、ムーにはゲームソフトがカートリッジだった世代のゲーム機のレプリカしか輸出されていなかった。旧世界の中国で作られたNin1ゲーム機の正規版である。最新ゲームの開発がストップして苦しんでいたゲームソフト産業の救済策でもあった。同時にテレビゲームという娯楽がないムーに、テレビゲームを根付かせる文化戦略でもあるのだ。

 試遊台で『ゾルダの伝説』と『ソニック・ザ・ヘッドバッド』にハマったナグアノは、『ミンテンドー・マルチ』と『メカドラ・オン・ムー』も買い求めた。

 その姿を見るツェットの視線は、氷点下に下がっていた。

 

 ナグアノたちは3階の白物家電のフロアを飛ばして、4階のAVフロアへ向かった。

 そのフロアの光景に、ナグアノはポカンとした。

「……なんで、放送局か軍指令室にしかないような大画面テレビが、一般消費者向けに売られているんだ?」

 薄型テレビが登場する前のテレビは、ブラウン管テレビである。ブラウン管は真空管の一種で、ガラス製である。そのため重く、大画面にするのが難しい。グラ・バルカス帝国のテレビはブラウン管テレビであり、ナグアノはその常識に縛られていた。

 ムーで大画面テレビが売られているのには、日本側の事情もある。旧世界ではコモディティー化で、日本の液晶パネルメーカーは経営が苦しかった。だが国が転移し、ムーという新たな市場が生まれたことで、液晶パネルメーカーは息を吹き返した。日本は液晶の技術供与を餌に、ムーにテレビ市場の開放を迫ったのだ。

 中央世界や第三文明圏では魔信が主流で、ムーの電波通信はガラパゴス状態だった。だが日本の登場によって、主客が転倒し得る。そう判断したムーは、いち早く日本の放送・通信技術の取り込みを図っていた。

「どれも持ち帰るには大き過ぎませんか?」

 ツェットの言葉で、ナグアノは諦めかけた。だがポータブルテレビのコーナーを見つけ、そこへ駆け込んだ。そこにはグラ・バルカス帝国でよく見る画角のテレビが売られていた。だがブラウン管と比べると、恐ろしく軽くて薄い。

 迷わずナグアノはDVDプレーヤーと一緒に買い求める。

 

 5階は日用品コーナーだった。さすがにここには見るべきものはない……と思いきや、ナグアノはとんでもない物を発見してしまった。

「これが、計算機か!?」

 そう、電卓である。

「『太陽の光で動くので、電源が不要』だと! しかも値段が1000円?」

「さすがにそれはインチキでは?」

 ツェットは懐疑的だった。

「いや、こうして堂々と売っているんだ。インチキとは思えない。値段も安いし、買ってみよう」

 ナグアノは電卓も買い求めた。

 

 6階は飲食店のテナントが入っていた。二人はそこで昼食を済ませることにし、ムー資本の海鮮料理店に入った。

 席に着くと、ナグアノはさっそく電卓を取り出した。その場で開梱する。

「食事ぐらい、ゆっくりとったらどうですか」

「こんな興味深い物、放っておけない」

 液晶にはムーの数字で0が表示されていた。適当に数字ボタンを押すと、数字が液晶に反映される。四則演算子のボタンを試す。ナグアノは、あっという間に電卓の使い方を覚えた。

「これは凄い! 本当に計算ができる」

「食事が来ましたよ。お上りさん丸出しの状態は止めてください。目立ちますから」

 ツェットにたしなめられて、ナグアノは大人しく食事をとる。

 それでも食事が終わると、再び電卓に取り組む。

 ナグアノは、今度は太陽電池パネルを手で隠してみる。間もなく液晶が消えた。手をどけると、液晶に再び0が表示された。

「本当に光のエネルギーで動いているのか! たぶん光電子効果で発電しているのだろう。だがそんな微弱なエネルギーで、どうやって動かしているんだ? 真空管1本のヒーターを温めることさえ出来ないはずだぞ」

「それは今悩まなければならないことですか?」

「えっ?」

「持ち帰ってからでも悩めるでしょう。今は怪しまれないように、知恵を絞ってください」

 ナグアノは諦めて、電卓をしまった。

 

 昼食を終えた二人が車に戻ってみると、車の中でアーが待っていた。

「拙いことになった。アジトが警察に捜索されている」

 ナグアノと、さすがにツェットも顔色が青くなった。

「我々の活動がばれたのか?」

 意外なことに、ツェットの質問にアーは首を横に振った。

「会社代表が派手に金を使い過ぎて、国税局に目を付けられたらしい。脱税容疑で強制捜査が入ったんだ。我々の活動は気付かれていないが、ばれるのは時間の問題だな」

 アーはツェットにそう答えると、ナグアノに告げた。

「すぐにレイフォル地区に帰ってもらいます。荷物も可能な限り一緒に。それでいいですね」

 最後は質問ではなく、確認だった。もちろんナグアノに否はない。

 

 結局、税関を誤魔化して、ナグアノは土産持参でレイフォル地区に戻れた。

 ナグアノは電卓を持って、バミダルのオフィスを訪ねた。

「ご覧の通り、『タカラタイリク』の記事は欺瞞情報と決めつけられなくなりました」

 電卓に目を白黒させていたバミダルは、このナグアノの言葉で我に返った。

「他にもあるのかね?」

「はい。日本軍の映像を撮影した円盤と、それを再生する装置、そして『ゲームソフト』です」

「『ゲームソフト』?」

「私から説明するより、直接ご覧になった方が早いかと」

 

 ナグアノの土産はバミダルと一緒に、本国へ送られた。そして『メカドラ・オン・ムー』に収録されていた、『アドバンスト大戦略』が、グラ・バルカス軍の参謀たちの間でひそかに流行るのだが、それはまた別の話である。


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