「えっ、元に戻すんですか」
防衛装備庁航空装備研究所の本田は、所長の言葉に驚いた。
「そうだ。〈BP-3C〉を全て〈P-3C〉に戻す」
本田は全ての〈P-3C〉を〈BP-3C〉に改装したときのことを思い出した。あのときの苦労は何だったのか、一瞬そう思った。
「海自からの正式な要請だ。何でもムーとの
「国籍不明って……グラ・バルカスですよね?」
「公には国籍不明ということになっている。政治上、そこはグレーにして置きたいらしい」
「はあ……〈T-4〉の改修の方は、どうするのですか?」
「もちろん、そちらも引き続きやってくれ」
護衛隊群の負担は確かに問題だろう。だが自分の心配はしてくれないのか? 装備庁内部では、「いずれ誰かが過労死する」と言われ続けてきたが、どうやら自分になりそうだ。
本田はそんな不吉なことを考えながらも、日本人の
『こちら「ヤムート10」、レーダーに敵影、エンゲージ、エンゲージ!』
『「ヤムート11」
練習生の交信を聞きながら、ミネイスは〈ヤムート〉を右にバンクさせ、降下を開始する。交信なしで僚機のケスラーが続く。両機はエンジンの推力に重力加速度を加え、カタログ上の最高速度を超える速度で、練習生の〈ヤムート〉に襲いかかる。
『上だ!』
練習生の〈ヤムート〉は左右に散開して逃げようとするが、ミネイスとケスラーはほぼ同時にトリガーを押す。2機のロケット弾ポッドから曳光弾が発射され、練習生の機体を包囲するように飛翔した。
『こちらアイナンク・タワー、「ヤムート10」と「11」は撃墜された。
無線から練習生たちの愚痴が流れてくる。
「こちら『ヤムート1』。おまえら、いつになったらエナジー・ファイトを覚えるんだ? 失速寸前での旋回を繰り返す時代は終わったんだ!」
愚痴が止む。
「訓練終了。アイナンク・タワー、帰投する」
『こちらアイナンク・タワー、「ヤムート1」及び「2」は西滑走路を使え』
「こちら『ヤムート1』、西滑走路へアプローチする」
『
訓練が終わって、ミネイスは軽くため息をつく。
『鬼教官だねえ』
ケスラーがチャチャを入れてくる。
「あいつらのためだよ。あいつらは俺たちの半分の訓練時間で、実戦に投入されるらしいぞ」
『本当かよ!
「上は楽観視してるみたいだな。〈ヤムート〉なら、誰が乗っても〈アンタレス〉に勝てると思っているらしい」
『そんなわけないだろ。ガンダムじゃあるまいし』
「ガンダム? なんだそれ?」
『そうか、おまえは日本のアニメには興味なかったか。ガンダムというのはな……』
ミネイスは帰路、ケスラーのアニオタ話に付き合わされる羽目になった。
クワ・トイネ公国軍務局のハンキ将軍は、次の志願者の書類を見て、顔をしかめた。それでも面接を行うことにした。公務である以上、私情を挟むわけにいかない。ひょっとしたら、本当に適性があるかもしれない。
ハンキは机の上のボタンを押した。日本からの輸入品で、志願者が待っている別室にある電光掲示板に繋がっている。電光掲示板には、次の志願者の入室を促すメッセージが表示されるという仕掛けだ。
間もなくドアがノックされる。
「入りたまえ」
妙齢の女性が入室し、ハンキに敬礼した。
「マイ・ハーク防衛騎士団団長コルメス・イーネ、参上しました」
イーネはコルメス公爵家令嬢である。本来なら軍服ではなくドレスをまとい、基地ではなく社交界に出入りしている種類の人間である。
ところがイーネは人一倍、独立心が強かった。公爵家のくびきから逃れたくて、親に内緒で軍に志願した。イーネが公爵家の人間だと気付かなかった軍務局の職員は、その志願票を受理してしまったのだ。
事態に気づいた公爵家と軍務局は、善後策を話し合った。その結果、イーネは今のポストに収まった。公爵家からは家格に相応しくて安全なポストを要求され、その矛盾する要求に対して軍務局は、マイ・ハーク防衛の責任者のポストを用意したのだ。マイ・ハークが直接攻撃される事態は想定されていなかったのだ。〈P-3C〉が飛来するまでは。
本人がそのことを知っているのかどうかは定かでないが、イーネは官舎での一人暮らしを謳歌していた。つい最近までは。
一体どのような心変わりがあったのか? 男のハンキには予想すらできなかった。
「座りたまえ」
ハンキが椅子を勧めると、イーネは言われた通りに座った。
「まずは志願した動機を聞かせてもらおうか」
「はい、お国のために役に立ちたいと思いました」
なんとも
「君の愛国心を疑うわけではないが、もう少し具体的に聞かせてくれないか。それでは漠然とし過ぎていて、判断しかねる」
「日本の先進的な技術を学び、お国の発展に寄与したいのであります」
「ほう、パイロットではなく、整備士志願かね」
「いいえ、パイロット志願です」
イーネが〈T-4改〉のパイロットに志願したのには、大きな理由と小さな理由がある。大きな理由は日本に行きたかったから。小さな理由は整備士に志願する資格がなかったから。
『オタハイト空襲』で実績を残した〈T-4改〉は、ムー以外の国からも注目された。クワ・トイネ公国も注目した。『ギムの悲劇』の記憶がまだ新しい公国民は、自前の防衛能力を欲した。
だが陸上戦力や海上戦力は、数の暴力で押してこられると分が悪い。日本が圧勝できたのは、ロウリア側にとって絶望的なテクノロジーの差があったからだ。残念ながらクワ・トイネのテクノロジーは、ロウリアと同レベルだ。
そうなれば空戦力で優位に立つしかない。制空権を取った者が戦場を支配する、それはワイバーンであれ、戦闘機であれ、変わらない戦訓だ。
だが日本は容易に〈T-4改〉を売ってくれない。理由は
そこでクワ・トイネはいささか強引な手段に出た。ムーが日本にパイロットと整備士を派遣して訓練を受けさせていたことを知って、独自に日本に派遣する人材の選抜を始めたのだ。もちろん彼らが日本のお眼鏡にかなうという保証はないが、こちらの準備は出来ているぞ、というアピールにはなる。
ハンキは書類を見る。
「なるほど。君は工学系の国家資格を取っていないな。確かに整備士には志願できないな」
「はい」
イーネは少し悔しそうな表情を一瞬見せた。
「ですがパイロットなら、竜騎士でなくても志願できます」
竜騎士以外にもパイロットの応募資格を与えた理由は、竜騎士が極端に減っては困るからだ。クワ・トイネは、ワイバーンはこれまで通り運用する予定で、新たに〈T-4改〉の飛行隊を追加するつもりだった。空戦経験者の方がパイロット向きではあるが、ワイバーンを無くさない以上、竜騎士の数はある程度維持しなければならない。
とはいえ、イーネがまさかパイロットに志願するとは、ハンキを始め軍務局にとっては想定外だった。
ハンキは書類を見直す。健康状態は申し分ない。落とす理由が見当たらない。
さて、どうしたものか。ハンキはちょっと考えたが、問題を神と他人に押し付けることにした。志願者はゴマンといる。競争率は高いし、この面接にも時間はかけられない。どうせ面接を通っても、選抜試験が待っているのだ。
「君の高い志はよくわかった。もう退室してよいぞ」
イーネは少し拍子抜けした様子で、椅子から立ち上がると敬礼して退室した。
ハンキは面接の結果に、合格ぎりぎりのC判定を付けると、再びボタンを押した。
福岡空港は、成田や羽田に負けない国際空港になっていた。ロデニウス大陸からの航空便の過半数は、福岡空港に乗り入れるようになったからだ。
新たに増設された入国カウンターで、職員が一組の団体の対応をしていた。入国に必要な書類を受け取る。神聖ミリシアル帝国の首都ルーンポリスの日本領事館が発行した入国許可証だった。
「イルネティア王国、エイテス王子、ビーリー卿!?」
職員はタブレットでイルネティア王国を検索する。表示された応対マニュアルに従い、対応する。
「別室にご案内します。政府の者が来るまで、しばらくお待ちください」
新設された外務省福岡分室から、田中と佐藤の二名の外交官が、福岡空港に駆け付けた。
両者が自己紹介を済ませた後、田中から話を切り出した。
「イルネティア王国が不当にグラ・バルカス軍に占拠され、その過程で多くのイルネティア人が落命したことに、心からお悔やみを申し上げます」
「ありがとうございます」
一行を代表してエイテス王子が答える。
「外務省本省に確認したところ、皆様を首都東京にお連れするようにと、指示を受けました」
イルネティア側一行は、顔を見合わせる。
「ここが首都ではないのですか?」
ビーリー卿が確認する。
「いいえ、ここ福岡は、ただの地方都市です」
エイテス王子もビーリー卿も目を丸くした。田中と佐藤には、この反応は見慣れた光景だった。
イルネティア王国の一行が、新幹線に乗ったとき、大阪や名古屋に停車したとき、そして東京の摩天楼を見たときの反応は、テンプレ通りだった。一行を無事に本省に引き渡すと、田中と佐藤は福岡へトンボ返りした。
本省では花井第二文明圏局長が一行を出迎えた。
「ようこそ日本へ。日本国は皆様を歓迎します」
「ありがとうございます」
再びエイテス王子が返事をする。
「日本を訪問された理由を聞かせていただけますか」
「それは私から話しましょう」
ビーリー卿が話を始める。ムーとミリシアルに援助を求めたこと、大使館建設の下見に来ていた日本人に挨拶したこと、だがミリシアルの腰が重いので、藁にもすがる思いで日本に来たこと。これらを簡潔に要領よく説明した。
花井は少し考えてから、返事をした。
「既にご存知だと思いますが、我が国もグラ・バルカス帝国と交戦状態にあります。イルネティア王国のことは、決して他人事ではありません。皆様のことは外務大臣に報告しておきました。明日の閣議で議題になるでしょう。具体的な話は、その後になるかと存じます」
一行は門前払いされなかったことに安堵した。
「2個で十分です!」
西部方面艦隊を率いるクリング提督は、しつこく主張した。
「我が軍の算出によれば、第1、第2艦隊だけで事足ります」
ルーンポリスにある六芒星の形をした国防省の中で、熱い議論が戦わされていた。
「念のため4個艦隊を派遣してはどうか? この戦いは神聖ミリシアル帝国の威信をかけた戦いだ。失敗は許されないのだぞ」
アグラ国防長官も譲らない。
彼の言う通り、神聖ミリシアル帝国は名誉挽回をかけた一大作戦を計画していた。ミリシアル単独でグラ・バルカスに艦隊決戦を挑み、第二文明圏の制海権を奪取しようというものだった。
海上封鎖をしてしまえば、レイフォル地区を落とすことは容易くなる。逆に海上封鎖をせずに陸戦を挑んでも、泥沼化するだけである。
だが肝心の作戦案が固まらない。国防省の中で意見が割れているのだ。
日本にあっさり負けたグラ・バルカス艦隊の実力をどう評価するか、極端に意見が分かれている。
日本が勝利出来たのは誘導魔光弾を持っていたからであり、それを持たないミリシアル艦隊が勝つのは厳しいと見る意見。
誘導魔光弾はオマケであり、日本が圧勝できたのなら、我々も圧勝できる筈だという意見。
もしグラ・バルカスの戦艦を分析できていたら、水上部隊については、かなり正確な敵戦力の推定ができただろう。だがあいにく、ミリシアルは空の空母しか鹵獲できなかった。空母の規模からグラ・バルカスの飛行隊の規模は推測できたものの、肝心の航空機が得られなかったため、その正確な実力は測れなかった。
それなら日本やムーと情報交換すればいいのだが、この作戦自体を極秘に行うつもりだったので、簡単に訊くわけには行かなかった。神聖ミリシアル帝国にしてみれば、カルトアルパスで日本とムーに借りを作る形になり、これ以上両国に頼るのは、自尊心が許さなかった。
皇帝ミリシアル8世は、国防省から作戦案が上がってくるのを待っている状態だった。もし彼がこの状況を知ったら、全員を一喝しただろう。
だが不毛な議論は続いたのだ。