日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第9話『四者四様』

 ムーの駐日大使のユウヒが、駐在武官を伴って、外務省の花井第二文明圏局長を訪ねてきた。

 両者は挨拶を交わした後、早速本題に入った。

「今回はどのようなご用件でしょうか」

 花井は〈T-4改〉の催促だろうと思ったが、それは半分しか当たっていなかった。

「実は、ムーはレイフォル地区に対する、軍事作戦を検討しているのです」

 花井は表情には出さなかったが、内心では驚いていた。

「詳しくは、彼から説明させます」

「ちょっとお待ちください。こちらも軍事に詳しい人間を呼びますので」

 

 ムーの軍事作戦とは、『オタハイト空襲』に対する報復だった。レイフォリアを〈ヤムート〉で空襲しようというものだった。別に何かを爆撃するわけではなく、一時的にレイフォリア上空の制空権を奪取しようというものだった。よく言えば軍事的な牽制、悪く言えば腹いせである。

 ただ作戦の目的自体は、決して悪くない。我が物顔で領空侵犯を繰り返すグラ・バルカス軍機に対する牽制は必要だからだ。だがタイミングが早過ぎる。〈ヤムート〉は配備が始まったばかりで、数が十分揃っていない。機体は日本に催促すればなんとかなるかもしれないが、パイロットはそうはいかない。

 

「パイロットはどうされるのですか? 十分な数が揃うとは思えませんが」

 急遽呼ばれた内藤一等空佐が訊いた。

「パイロットは訓練時間を短縮して、促成養成する予定です」

 駐在武官の表情を見ると、彼本人は不本意らしい。

「それはお勧めできません。貴重なパイロットと機体を、いたずらに失う結果になると思います」

「ムー空軍上層部は、ブルーインパルスの活躍を高く評価しています。曲技飛行専門のパイロットでもあれだけ活躍できたのですから、戦闘訓練を受けたパイロットなら、多少訓練不足でも……」

「ちょっと待ってください。あなた方は大変な誤解をされているようだ」

 内藤はあわてて説明する。

「ブルーインパルスは曲芸専門ではなく、現役の戦闘機パイロットなのです」

 

 かつて、ブルーインパルスのメンバーは固定されていた。だが現在は三年の任期制になっている。

 ブルーインパルスは隊内から志願者を募り、新たなメンバーを選抜する。選抜されたメンバーは、最初の一年間は訓練に明け暮れる。二年目からは演技を行う。そして三年が経つと、ブルーインパルスから原隊に戻る。空いた穴は、新たな志願者を募る。

 この方法であれば、より多くのパイロットがブルーインパルスを経験できるし、パイロットもキャリア形成の一つとして、ブルーインパルスを考えることができる。

 

「つまりブルーインパルスのメンバーは、それなりの戦闘訓練と経験を積んだパイロットの中から、更に選ばれた者なのです」

「……それは存じませんでした」

 駐在武官はちょっと考えてから、先を続けた。

「このことは本国へ伝えます。作戦は再考されるでしょう」

 

 ムーの無謀な作戦は、統合幕僚監部にまで伝わった。

「やらせればいいんじゃないですか」

 三津木の言葉は無責任に聞こえた。本人も気づいたのか、あわてて付け足す。

「もちろん空自の支援付きです」

「空自のパイロットを、〈T-4改〉に乗せるのか?」

「違います。あくまで、〈F-15J改〉か〈F-2〉による支援です」

「ムーはともかく、日本にメリットのある作戦とは思えんが」

「単独ならそうです。ですが、他の作戦と連動させれば、話は別です」

「他の作戦?」

 三津木は得意げに自説を披露する。

「バルクルス基地の空爆です」

 三津木はレイフォル地区の地図と衛星写真を持ち出す。

「バルクルス基地は、グラ・バルカス陸軍の基地です。明らかにムーの都市、アルーへの侵攻を狙った拠点です。この基地を先制して叩くのです」

「連動させるメリットは?」

「レイフォリアを陽動として使えます。まさか旧首都を陽動に使うとは、敵は思わないでしょう。現在、グラ・バルカス陸軍の〈アンタレス〉戦闘機は、『オタハイト空襲』で著しく数が減っています」

「〈アンタレス〉の数が多少変わったとしても、あまり関係ないと思うが」

 三津木は更に上機嫌になる。

「大ありです。爆撃にはムーも参加するのですから」

 その場にいた者たちが呆気に取られている瞬間に、三津木は更に畳み込むように話した。

「まずは〈F-15J改〉で制空権を確保した後、〈F-2〉から〈LJDAM〉で、滑走路と対空銃座を精密爆撃します。その後はムーの航空隊に爆撃してもらい、基地の機能を喪失させます」

「だが空爆のみでは、その効果は一時的かつ限定的だろう。デュロのように絨毯爆撃をしたくても、〈BP-3C〉はもうないんだぞ」

「ええ、その通りです。ここからはオプションになりますが、基地の占領もアリかと」

 周囲の人間は、胡散臭そうな顔をする。だが空気が読めない三津木は気づかない。

「今、習志野に来ているお客さんに、留学の成果を披露してもらうんです。不安があれば、第一空挺団も参加させればいいでしょう」

「補給はどうする?」

「第一空挺団で基地を固守するつもりはありません。いったん占領したら、さっさと帰国させます。基地の占領・維持はムーに任せればいいでしょう」

 聞いていた人間は、無責任な作戦案だと思った。

「もちろんムーの同意は必ず必要ですが」

「空爆という美味しいところだけつまみ食いして、面倒な占領はムーに丸投げする気か?」

「同意するかどうかは、ムー次第です。選択権はムーにあります。だからオプションなんです」

 このときは、誰もムーが賛成するとは思わなかった。

 

 ミリシアル8世は、ようやく奏上された作戦案に目を通した。

「派遣するのは第1から第3の3個艦隊か」

「左様でございます」

 アグラ国防長官が、国防省を代表して答える。

「3個艦隊という戦力の根拠を知りたい」

 アグラは言葉に詰まった。まさかクリング案の2とアグラ案の4を足して2で割りました、とは答えられない。

「……それを説明すると、大変長くなりますので……」

「構わぬ。今までさんざん待たされたのだ。説明が長くなっても余は気にせぬ」

「……」

「どうした? クリング提督、指揮はその方が執るのだろう。説明して見せよ」

「そ、それは……」

 皇帝は深い溜息をついた。

「まさかと思ったが、そのまさかとはな。国防省が小田原評定をやっていたという噂は、本当だったのか!?」

「「も、申し訳ありません!」」

 まずアグラ長官とクリング提督が、それに続いて他の国防省の面々が、皇帝に平伏する。

「足して2で割ったような作戦案など採用できるか! 最悪のケースを想定して、練り直せ」

 ミリシアル8世は、追い払うように手を振る。その手から権力という目に見えない暴風が吹いて、国防省の面々を謁見の間から吹き飛ばした。

「アルネウスとヒルカネを呼べ。ただし謁見は別々に行う」

 皇帝は侍従に命じた。

 

 情報局局長のアルネウスは、皇帝に呼ばれたとき、用件はグラ・バルカスのことだろうと思った。だが皇帝からは、別の国のことを訊かれた。

「日本についてですか?」

「そうだ。情報収集はどの程度進んでいる?」

「は、順調に進んでいます。今、資料を取りに行かせます」

 その言葉だけで、アルネウスの部下は謁見の間から退出した。

 アルネウスの部下が持参した資料を見たミリシアル8世は、満足気だった。

「短期間でよくここまで調べたな」

「実は、これらの情報は、日本国内で公開されているのです」

 皇帝の眉間にしわが寄る。

「なんだと? 日本は兵器の性能まで、つまびらかにしているのか?」

「はい。どうやら日本にとって、兵器のカタログ性能は重要ではないようです。重要なのは、その製造方法や運用方法らしいのです」

 皇帝のしわが深くなる。

「真似できるものならしてみろ、というわけか」

 アルネウスは一瞬ためらったが、事実を皇帝に告げることにした。

「残念ながら、我が国の魔導技術では、日本の兵器に匹敵するものは造れません。例えばこの10(ヒトマル)式戦車などは、雷力ロータリー式魔導機関では、この車両を動かすだけの出力は得られません」

「ううむ」

 皇帝はうなったが、それ以上の反応は示さなかった。

「日本からグラ・バルカス帝国の情報は入手できたか?」

「はい。以前地図をお見せしましたが、今度は地名入りの地図を入手しました」

 アルネウスが最新の地図を見せる。

「この地図も日本は公開しているのか?」

「いいえ。これはさすがに非公開です。これを入手するために、日本の情報局と取引をしました」

「見返りは何を渡した?」

「雷力ロータリー式魔導機関です。なんでも、大使館や領事館の発雷機を動かすために使う、と申していました。日本は魔力の代わりに雷力を使っているようです」

 ミリシアル8世は、ピンときた。

「では誘導魔光弾の魔光の正体は、雷光なのか?」

「どうやらそのようです。日本人は雷光ではなく、電波と呼んでいました」

「……なるほどな」

「陛下、今なんと仰いましたか?」

「何でもない。もう下がってよいぞ」

 

 古代兵器分析戦術運用部部長のヒルカネ・パルペは皇帝に呼ばれたとき、用件は海上要塞〈パルカオン〉の解析の進捗のことだろうと思った。だが皇帝からは、別のことを訊かれた。

「空中戦艦〈パル・キマイラ〉は出撃できるか?」

 ヒルカネは、我が耳を疑った。

「恐れながら陛下、〈パル・キマイラ〉はまだ7機しか発見されておらず、稼働可能な機体は5機のみです」

「つまり、最大5機は出撃できるのだな」

「ですが、〈パル・キマイラ〉はまだ全てが解析できておらず、失ったら取り返しがつきません。ご再考を」

「それは分かっておる。余とて国家存亡の危機にでもならぬ限り、使うことはないと思っていた」

 ヒルカネの頭に、不吉な連想が浮かぶ。

「ま、まさか、この帝国が危ういと……」

「まだそこまでは至っておらぬ。だが、その(きざ)しはある」

 ヒルカネは緊張して、皇帝の次の言葉を待った。

「国防省にグラ・バルカス帝国懲罰の策を作るよう命じたら、愚にもつかぬものを出してきおった」

 いきなり話が愚痴になって、ヒルカネは戸惑う。

「慢心が見えるのだ、慢心が。確かに帝国は強い。だが強すぎるのだ」

「強いことが、悪いことなのですか?」

「国家としては良いことだ。だが世界にとっては、そうではない」

 愚痴から急に話がスケールアップして、ヒルカネはついていけない。

「神聖ミリシアル帝国の存在意義とは、何かね?」

 今度は哲学か、そう思いながら、ヒルカネは必死に考えた。

「……国民を養い、その安全を保障することでしょうか?」

「それは全ての国家に当てはまることだ。我が国のみに与えられた使命を、よもや其方(そなた)が忘れるとは……」

 ヒルカネは、自分の仕事を思い出した。

「も、申し訳ありません! いずれ復活するラヴァーナル帝国を斃すことです」

 ミリシアル8世は重々しく頷く。

「全ての種族の敵、古の魔法帝国から世界を救う。その志から帝国は産まれたのだ」

「では兆しとは、空間占いのことでしょうか?」

「それだけではない」

 ミリシアル8世はサイドテーブルにある珠に手をかざした。すぐに侍女がカップを持って現れ、それをサイドテーブルに(うやうや)しく置く。ミリシアル8世はカップから紅茶を一口飲むと、続きを口にした。

「我が国は強い。それは民たちのたゆまぬ努力の成果だ。その点において、余は何者もくさすつもりはない。だが他国を圧倒した結果、他国に対する驕りが見られる」

 これはヒルカネも心当たりがあった。

「申し訳ございません!」

「其方が謝らずともよい。余が腹を立てたのは、国防省だ。あやつらは、グラ・バルカス帝国の危険性を理解しておらぬ。空間占いどころか魔法帝国の存在すら信ぜず、世界秩序を破壊せんと企む、異界からの闖入者(ちんにゅうしゃ)だ。確実に斃しておかねばならぬ」

「……では、そのための?」

「敵は第零式魔導艦隊を殲滅したのだぞ。決して侮ってよい相手ではない」

 ヒルカネも口の中が乾いてきた。だが紅茶を持ってきてくれる侍女は、彼にはいない。

「畏まりました。全ての〈パル・キマイラ〉が出動可能なように、維持してまいります」

「頼んだぞ。もう下がってよい」

 

「本気ですか?」

 ムーから三津木案に前向きな回答を貰った内藤は、思わず訊き返してしまった。

「はい。本国で検討した結果、バルクルス基地の占領は戦略的に価値があると判断しました」

「ですが、一時的に占領できても、維持できますか?」

 ムーの駐在武官はニヤリとした。彼は日本側の衛星写真を指差した。

「実はこの山脈は空洞山脈と呼ばれており、中が空洞になっているのです。我が軍のリュウセイ基地から、車両でここまで、ほぼ直線で移動できるのです」

「……驚きました」

「さすがに日本の人工衛星でも、そこまでは分からないでしょうね」

 これまで日本に驚かされ続けてきて、溜まったものがあったのだろう。駐在武官は溜飲を下げたようだった。

「バルクルス基地までの補給路ですが、バルクルス基地から国境付近までは、グラ・バルカス側がかなり整備しています。我が国の方も、整備にはさほど時間はかかりません」

 駐在武官は口にしなかったが、アルー防衛には軍事的というより、社会的に必要性があった。ムー政府はアルー市民に疎開を呼び掛けていたが、ほとんどの市民がこれに応じてないのだ。もしアルー市民に犠牲者が出たら、ムー政府は世論の批判の矢面に立たされるだろう。

「ちょっとお待ちください。陸上自衛隊の者を呼びますので」

 統合幕僚監部から仲村一等陸佐と三津木も加わり、話が続く。

「基地の占領を維持するとなると、敵機甲兵力への対抗手段が必要です」

 駐在武官はそう言いながら、グラ・バルカス陸軍の戦車の写真を取り出した。

九七式中戦車(チハ)そっくりだな」

 仲村が驚きの声をあげる。

「チハ?」

「旧日本陸軍の戦車です。後でカタログ性能をお見せします」

「よろしくお願いします」

「性能もチハなら、現行の対戦車兵器で十分対応可能でしょう。無反動(砲)で十分だ」

 三津木が発言する。

「(〈T-4〉の)川崎(重工業)と違って、(無反動砲の)豊和(工業)は増産に応じると思いますよ」

 駐在武官は暗愚な武闘派ではなかった。陸上自衛隊の装備について、勉強していた。

「無反動砲なら戦車を撃破できるでしょうが、射程距離が短いのでは?」

「対戦車陣地について、こちらからノウハウを提供することはできます」

 仲村が提案する。

 こうして話は進み、第二文明圏の諸国にも参加を求める大作戦に発展していった。

 

 カイザルは胃薬が手放せなくなっていた。

 今日もシータス級の行方不明の報せが届く。

(日本は本気で潜水艦狩りを始めたようだな。第三文明圏は諦めて、中央世界まで後退させるしかないか)

 カイザルは真新しい命令書を手にした。

 だがカイザルが欲しかったのは地図だった。まだ着地点は見えない。


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