日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第10話『第二次フォーク海峡海戦』

 神聖ミリシアル帝国の官僚たちは、有能だ。国防省も例外ではない。

 有能な官僚は、トップダウンで仕事を命じていれば、使える道具である。だが道具としての有能さと、指導者としての有能さは別物である。有能な人材は出世するが、自分の能力以上の地位についたとたん、無能になる。結果的にあらゆる階層は無能によって占められる。いわゆるピーターの法則が、神聖ミリシアル帝国の官僚組織を蝕んでいた。国防省も例外ではない。

 国防省は、「最悪のケースを想定して」という皇帝の指示に従い、アグラ案をベースに4個艦隊を動員するという、前代未聞の大規模作戦を立案した。戦闘艦だけで144隻、補助艦艇も含めると300隻を越えるという規模である。

 だが皇帝は危機管理の原則を述べただけで、必ずしも大艦隊を編成しろと命じたわけではなかった。

 不幸なことに、官僚たちはもう一つ間違いを犯した。戦争には相手がいる。相手はこちらの思惑通りに動いてくれない。ましてや自分たちより有能な相手なら。

 

 ツェットはカルトアルパスにいた。ムーの組織が壊滅したため、顔が割れていない中央世界に転属となったのだ。

 酒場で安酒をちびりちびりとやっていると、色々な噂話が耳に飛び込んでくる。

「おおい、兄さん。しみったれた飲み方してるな」

 赤ら顔のドワーフが話しかけてくる。

「故郷がなくなれば、元気もなくなるさ」

 ドワーフが急に真剣な顔になって、話しかけてくる。

「何があったんだ?」

「……俺はイルネティア王国の出身なんだ。俺が商売で国を離れている間に……」

「そりゃ、気の毒だったな」

 ドワーフだけでなく、周囲にいた人間、亜人も同情する。

「元気出せよ。グラ・バルカスなんざ、第二文明圏から叩き出されるさ」

「……本当か?」

 ドワーフは拳で自分の厚い胸板を叩く。

「おうよ。皇帝陛下が5個艦隊を動員して、グラ・バルカスを第二文明圏から叩き出すって話だ」

 ツェットの隣で飲んでいたエルフが、会話に加わる。

「俺が聞いた話だと、4個艦隊のはずだが」

 その後は混沌であった。色々な口から、色々な噂が飛び出した。中には8個艦隊などという、あり得ない話まで飛び出した。

 その混沌に終止符を打ったのは、魔信だった。週3回のカラー放送が始まったのだ。

 

『今日のニュースをお伝えします。国防省の発表によりますと、皇帝陛下の号令により、グラ・バルカス帝国の艦隊を第二文明圏から駆逐するため、西方艦隊の全戦力が出撃……』

 

(この国には防諜という概念がないのか?)

 全員が固唾をのんでニュースに見入る中、ツェットは一人で悩んでいた。

 もちろん防諜という概念が神聖ミリシアル帝国に無いわけではない。だがミリシアルは、強者の論理に染まり過ぎていた。これまでは、どんなにこじれた外交問題でも、ミリシアルが艦隊を派遣すると言えば、それだけで片がついた。そういうやり方に慣れてしまった官僚は、その習性を容易に直すことができないのだ。

 極秘のはずの作戦は、作戦の意図を理解できない無能によって、丸裸にされてしまった。

 

「列強を分断して、個別に講和に持ち込む」

 カイザルはミレケネスに言った。だがミレケネスの反応は薄かった。

「まあ、それしか手はないと思うけど……やはり最初の相手は日本?」

「いや、ミリシアルだ」

 今度のミレケネスの反応は強烈だった。

「アンタ正気? あそこが一番手強いわよ!」

「だからだ。『あのミリシアルでさえ手を打った』となれば、他の国も講和に応じるってものだ」

 ミレケネスはため息をつく。

「本当にそんなことが実現すると思っているの?」

「今のミリシアルでは無理だ。だったら()()()()()()()()()()()()()()()()

「どうやって?」

「もはや自分がナンバー1ではない、ということを知ってもらうんだ」

 ミレケネスが目を細める。ネコ科の動物を連想させる表情だ。

「艦隊決戦で勝つ気?」

「俺は海軍だ。それ以外にどんな方法がある?」

「勝てても、味方にも大損害が出るわよ。痛み分けに終わったら、講和は無理よ」

 カイザルは不敵に笑う。

「ところがワンサイドゲームで勝てるんだ。日本のおかげでな」

 ミレケネスの目が線になる。

「どういう意味? ちゃんと説明して」

 ミレケネスの雰囲気に押されて、カイザルは頭を掻く。

「日本の対潜作戦能力はえげつないぞ。シータス級が紙船みたいに、ボコボコ沈められた。それでたまらず、第三文明圏から中央世界に後退させたんだ。そのタイミングでミリシアルが4個艦隊を出撃させるときたもんだ。こんな美味しい話、見逃す手はない」

 ミレケネスは考え込んだ。

「潜水艦のみの艦隊決戦か……前例がないわね。本当に勝てるの?」

「情報局に調べさせたんだが、ミリシアルに潜水艦はない、というより、()()()()()()()()()()()()()。つまり対潜作戦能力が皆無なんだ」

「保有を隠しているだけじゃない?」

「俺も最初はそう思ったんだが、本当に無いらしい。ミリシアルがかなり歪な発展をしていることは、知っているな」

「ええ、古のナントカの遺跡をリバースエンジニアリングしてるって話は、聞いたことがあるけど」

「どうやら本当の話らしい。彼らは自分たちで考えるのではなく、他人が考えたモノをコピーして、知識を身に着けた。だから技術の本質が分かっていない。遺跡として残っていないものは、作れないんだ」

「じゃあ、遺跡が残っていたら、()()()()()()()()()()()ってこと?」

 その場に第三者がいたら、空気がきしむ音が聞こえたに違いない。

「……その可能性は否定できない。そこも情報局に調べさせているが、神話なのか現実なのか、区別がつかない話が多過ぎるんだ。まあ、その程度のリスクは仕方あるまい。未知のものには、備えようがないからな」

 カイザルが開き直ったせいか、ミレケネスは話題を変えた。

「仮に勝てたとして、外務省の方はどうなのかしら」

 カイザルは渋い表情になる。

「シエリアも頑張ってはいるみたいだが、味方集めは上手くいっていないらしい。非戦派のほとんどが、すでに更迭されてしまったのが痛いな」

「私たちにできるのは、停戦交渉のお膳立てまで。外務省にその気がないと、意味ないわよ……そういえば、作戦名は決まったの?」

「正式に決まったわけじゃないが、『非対称(エイシンメトリー)』と呼んでいる」

 

 神聖ミリシアル帝国海軍西方艦隊は、因縁の地、カルトアルパスに集結していた。

 第4から第7の4個艦隊が湾内に集結した様は、観艦式と見紛(みまご)うばかりの豪華さだった。

 だがこの日のカルトアルパスは、悲しみに包まれていた。第零式魔導艦隊の部隊消失が、ミリシアル政府から正式に発表されたのだ。

 追悼式典が開かれ、市民たちが戦死者を悼む。そしてその悲しみの感情は、グラ・バルカス帝国への怒りへと転換される。

 港湾管理責任者のブロントは、多忙を極めていた。これだけの多くの軍艦が入港したのは、カルトアルパス始まって以来だった。

「さすがは我が国だ。これだけの艦隊なら、日本にだって勝てるに違いない」

 ブロントはそう思ったが、これは彼個人だけではなく、艦隊を見たほとんどの人間の感想だった。

 もちろんこれは神聖ミリシアル帝国政府によるプロパガンダだが、これにより政府は重大なミスを犯した。一つのバスケットに全ての卵を入れるというミスを。

 

 ミスリル級魔導戦艦〈スケッティア〉に座乗したクリング提督は、艦隊に出撃を命令する。第4艦隊から順に出港し、カルトアルパス湾をフォーク海峡に向かって南下する。

 カルトアルパス湾は、大陸の南端に打ち込まれた楔のような形をしている。その水深はかなり深く、海溝の始まりとなっている。そのため湾中央は、大型船でも安心して航行できる。地震が多いのが難点だが、カルトアルパスは世界の海の十字路だ。

 異変は艦隊の先頭が、フォーク海峡を通過しようとしたときに起きた。

 艦列の先頭にいたシルバー級魔導巡洋艦〈ベガルタ〉の艦橋にいた艦長が、前方の海に白い線を見つけた。

「あれは何かね?」

 艦長は双眼鏡を渡しながら、副長に訊いた。副長は双眼鏡を覗きながら答えた。

航跡(ウェーキー)のようですが、船が見えません。真っすぐこっちに向かってきます!」

 艦長は万一に備えて命じた。

「前方に未確認船、取り舵いっぱい」

「取り舵いっぱい」

 総舵手が復唱すると同時に、〈ベガルタ〉の艦体が大きく傾く。〈ベガルタ〉は必死に躱そうとしたが、白い航跡の一本が、〈ベガルタ〉の右舷中央の喫水線下に突き刺さった。

 次の瞬間、〈ベガルタ〉に大きな火柱があがった。弾薬庫に誘爆したのだ。〈ベガルタ〉の艦体は真っ二つに折れ、多くの乗組員を乗せたまま海溝へと沈んでいった。

 悲劇はそれだけに留まらなかった。訳も分からぬまま後続の艦にも被害が出る。

 大艦隊は混沌に叩き込まれた。

 第4艦隊旗艦〈スケッティア〉に座乗していたクリング提督は、事態の把握と収拾に努める。

「戦艦〈ワランティ〉大破、航行不能!」

「巡洋艦〈サネズイ〉、〈ケスリス〉轟沈!」

 次々と艦橋に上がる被害報告。対応が追い付かない。

「これは敵襲である!」

 クリングが吠える。

「総員周囲を警戒、異状があれば直ちに報告せよ!」

 この命令は正しかった。

『こちら戦艦〈ハルベルト〉、右舷より白い航跡(ウェーキー)が接近!』

「船は? 船は確認したのか?」

『船は見えません。航跡だけです!』

 魔導戦艦〈ハルベルト〉の右舷に水柱が上がる。

『こちら〈ハルベルト〉、何かを被弾! 船腹に穴が開いて浸水、ダメージコントロール作業中!』

 クリングの手と声が震える。

「馬鹿なっ! グラ・バルカスは、見えない船でも持っているというのか?」

「提督、どうやら本艦も見えない船に狙われたようです。左舷から4本の航跡が接近してきます」

 艦長の声を聞くと、クリングは艦橋左舷に駆け寄って、海面を見た。海面には白い航跡が4本、高速で〈スケッティア〉に突っ込んで来る。

「回避しろ!」

 クリングがそう怒鳴る直前から、艦長は回避運動を命じていた。〈スケッティア〉は前方の艦との衝突を避けるため、やや取り舵で加速していた。艦尾を掠めるように、1本、2本と航跡が通過する。だがそのうちの1本が、浸水によって速度が落ちていた〈ハルベルト〉に命中、水柱を上げた。

 ここに至って、ようやくクリングは気づいた。

「まさか? まさか、海中か? 海中から攻撃されているのか?」

〈スケッティア〉の艦橋が揺さぶられる。1本躱しそこなったのだ。艦尾に水柱があがる。

「損害を報告しろ!」

 そう吠えた後、艦長はクリングの心配をした。

「提督、ご無事ですか」

 尻もちをついたクリングは自力で立ち上がると、新たな命令を発した。

「カルトアルパス海軍基地に連絡せよ。『我、海中から攻撃を受ける。爆装したジグラントで、海中の敵艦を爆撃せよ』」

 

「これは鴨打状態だな」

 シータス級潜水艦〈シャマリー〉の艦橋は沸いていた。対潜装備を持たない軍艦が、狭い水道に密集しているのだ。魚雷を撃てば当たるという状況に、沸かない方がおかしい。

「1番から6番、魚雷装填よし」

「1番から6番、発射」

「1番から6番、発射、宜候(ようそろ)

 魚雷が発射管から放たれる。

「艦長、対空レーダーに感! 航空機です」

〈シャマリー〉の艦長は潜望鏡から目を離すと、直ちに命じた。

「急速潜航」

「急速潜航、宜候(ようそろ)

 艦長はつばが邪魔にならぬよう、帽子の前後を逆にして被っていたが、その帽子の向きを直した。

「残念ながら、鴨打は終わりだ。深度50で方位180に転進、5ノットで南下する」

 

 半信半疑ながらもジグラント3の編隊が到着したとき、カルトアルパス港からフォーク海峡へ続く水道は、火の海になっていた。

 

「嘘だろ……」

 ブロントは、炎の海を見て呆然とした。4個艦隊が出撃直後に全滅。しかもこの大惨事では、カルトアルパス港は閉鎖せざるを得ない。世界の海上交通の十字路が使えなくなったのだ。経済的損害は莫大なものになる。被害は神聖ミリシアル帝国にとどまらない。おそらく影響を受けない国はないだろう。

 

 この『第二次フォーク海峡海戦』は世界を震撼させた。

 48隻ものシータス級潜水艦を狭い水道に潜ませ、神聖ミリシアル帝国の艦隊の艦列が伸びきったところで、繰り返し飽和攻撃。二次元機動しかできない水上艦は、狭い水道で身動きが取れず、魚雷攻撃に晒された。一方、三次元機動が可能な潜水艦は、敵航空機が出てきたところで、海溝を通って悠々と脱出した。

 神聖ミリシアル帝国の損害が、補助艦艇も含めると、中破以上が(312隻中)170隻だったのに対し、グラ・バルカス帝国の損害はゼロであった。

「グラ・バルカス帝国、恐るべし」、世界は改めて認識した。

 

 報告を受けたミリシアル8世は言葉を失い、しばらく自室に引き籠った。クリング提督は航行不能になった〈スケッティア〉から救助されたものの、ルーンポリスに向かう途上、拳銃で自害した。

 一方、グラ・バルカス帝国は戦果に酔いしれた。『第一次フォーク海峡海戦』で落ちたカイザルの株価は暴騰した。だがカイザルは、自分の首が飛ぶ覚悟をしていた。カイザルは帝王グラルークスに、講和を進言するつもりだった。

 

 後日、カイザルがマスコミのインタビューを受けたとき、こんなやりとりがあった。

「2回の『フォーク海峡海戦』で、勝敗を分けたのは何ですか?」

「簡単だ。そこに日本がいたか、いなかったかだ」

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