日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第12話『列強の矜持』

 朝田は本国政府に、神聖ミリシアル帝国への技術流出防止法の緩和を要請したが、「まだ早い、待て」と言われた。しかし、日本が多数の潜水艦を沈めている事実は話していいとの許可を取り付けた。

 朝田はミリシアルの外交官との会談までに、徹夜もして、プレゼン用の映像を編集した。

 

 約束の日、朝田はミリシアル外務省を訪ねた。応対したのはフィアームだった。使節として来日したこともある知日派だが、少々面倒臭いところがある女性だ。

 挨拶を済ませると、朝田から用件を切り出した。

「最近、グラ・バルカス帝国と交渉をなさいましたか?」

「……その質問には答えられない」

「やはりそうですよね」

 否定しないのか、やはり交渉しているな。朝田は確信した。

「今日はお見せしたいものがあります」

 朝田は鞄からタブレットを取り出した。計算機で赤っ恥をかいたフィアームは、警戒しながらその様子をうかがっている。

「つい最近まで、第三文明圏では、国籍不明の潜水艦が跋扈(ばっこ)していました」

 朝田が見せたのは、潜水艦の映像だった。

「グラ・バルカス海軍東方艦隊所属、シータス級潜水艦〈カファルジドマ〉。日本の海上自衛隊が鹵獲したものです」

 フィアームは目を剥いた。

「鹵獲に成功したのか!?」

「我が国の領海を侵犯したのを発見したので、攻撃を行い、強制浮上させました」

 フィアームが真ん丸になった目をパチクリさせる。

「同型艦が何度も我が国の船団を襲撃したので、撃沈しました。鹵獲より船団の安全を優先させたもので」

 朝田は最後は言い訳の様に付け加えた。

「我が国が鹵獲もしくは撃沈した潜水艦は、2ヵ月で25隻に登ります」

「……どうやって撃沈したのだ? 我が海軍では不可能だ」

「我が国も潜水艦を保有しているのです。当然、潜水艦の弱点も知っています」

 フィアームは葛藤した。その弱点を教えてもらいたい。できれば潜水艦を攻撃できる兵器を売って欲しい。だがこちらから頭を下げることはできないと思っていた。

 朝田は新たな映像を再生した。護衛艦がシータス級を撃沈する映像だ。

 フィアームが食い入るように見る。

「これは、グラ・バルカス帝国と同じ水中砲弾か?」

「水中砲弾? ああ、魚雷のことですね。全く同じではありませんが、原理は同じです」

 ぜひ売ってくれ、その言葉をフィアームは飲み込んだ。

「我が国はムーの戦艦〈ラ・カサミ〉の修理と改修を、ムーから受注しました。〈ラ・カサミ〉にも魚雷を搭載する予定です」

 フィアームの中の焦りの色が濃くなる。もし朝田の言うことが事実だとすれば、神聖ミリシアル帝国は、日本どころかムーにも後れを取ることになる。

「我が国の自衛隊の活躍により、第三文明圏の海は平和を取り戻しました。ただ──」

 朝田はわざとらしく一拍置いた。

「そのしわ寄せが、貴国に行ってしまったようです」

 フィアームは典型的なミリシアルの外交官だった。傲慢なところはあるが、無能ではなかった。

「済まない。少し席を外させてもらう」

 

 フィアームが戻ってきたときは、リアージュが一緒だった。

「ミリシアル外務省で外交統括官を勤めるリアージュです」

 ずいぶん格上の人間、もといエルフが出てきたな。朝田はシメシメと思った。

「日本国の朝田です。お会いできて光栄です」

「フィアーム君から話を聞いたのですが、その潜水艦の映像を、私にも見せていただけますか?」

「もちろんいいですよ」

 朝田は映像を再び再生して見せる。リアージュも食い入るように見た。再生が終わったところで、リアージュが質問した。

「潜水艦の映像はこれだけですか?」

「まだあります。全部見ますか?」

「ええ、ぜひ」

 リアージュは全ての映像を見た。

 

 リアージュは映像を見終わった後、少し言い難そうに朝田に切り出した。

「この映像を見せたい人間がいるのです。これを譲っていただけますか?」

「お譲りするのは無理ですが──」

 朝田がそう言ったところ、フィアームは驚いたような顔をした。どうやら貢いでもらうのが当たり前の外交をしていたらしい。

「──数日お貸しする程度なら可能です」

 今度はフィアームは納得した顔をしていた。朝田が再び会談する約束(アポ)を欲しがっていると察したのだろう。

「具体的な日にちは後で調整させていただきますので、お借りできますか?」

「どうぞ」

 朝田は基本的な操作方法を教えた。

 

 リアージュは真っ先に、上司であるぺクラス外務大臣にタブレットの映像を見せた。

「この映像は本物なのか?」

「まだ閣下にしかお見せしていないので、真偽はわかりません」

 ぺクラスは直ちにシュミールパオ軍務大臣、アルネウス情報局局長に声をかけた。

 この二人も映像の真贋は鑑定できなかった。アルネウスはトーパ王国で日本の車両を見たライドルカを呼んだが、やはり鑑定は無理だった。

 ぺクラスはルーンポリス魔導学院から魔導工学の権威と言われる大魔導師を呼んだが、やはり潜水艦が本物かはわからなかった。むしろタブレットに興味を示し、調査のために分解させろと言い出したので、魔導学院に追い返した。タブレットは借り物で、壊してしまったら外交問題になりかねない。

 集まった一同は鑑定を諦めて、皇帝に報告することにした。

 ミリシアル8世は映像を見た後、確認の質問をした。

「この映像の真贋は、確認できていないのだな」

「御意でございます」

 ぺクラスに代わってリアージュが答える。

 ミリシアル8世は考えた。

「潜水艦は我が国がまだ知らぬもの。真贋が鑑定できないのも、無理はないな。だが無知のままではいられぬ」

 皇帝はそう言うと、ぺクラスに命じた。

「ただちに日本に観戦武官の派遣受け入れを打診しろ」

「観戦武官でありますか?」

 ぺクラスがマヌケ顔で聞き返す。

「そうだ。日本の言うことが本当かは、日本に証明させる。グラ・バルカス帝国の潜水艦を鹵獲したなら、現物があるはずだ。乗組員も捕えたはずだ」

 一同は、「さすがは陛下だ」という顔をした。それを見たミリシアル8世は、「この程度も思いつかないのか!」とがっかりした。

 

 会談の翌日、日本大使館にリアージュが来た。

 朝田は反応の速さに驚きつつ、応対する。

「不意の訪問に対応していただき、有難うございます」

「いえ、当然のことです」

 二人は挨拶を交わした後、本題に入る。

「実は観戦武官を貴国に派遣したいのです」

「観戦武官ですか? 我が国はグラ・バルカス帝国と交戦状態ですが、現在戦闘は発生していませんが」

「貴国が鹵獲したという、グラ・バルカス帝国の潜水艦を見学させて頂きたいのです」

 朝田は感心したふりをする。

「なるほど、慎重かつ賢明な申し出です。本国に問い合わせてみましょう」

 朝田は衛星通信で外務省本省に問い合わせた。正式な回答は30分後に来た。

「本国から回答がありました。観戦武官を受け入れる用意があるとの回答でした」

「ありがとうございます」

「なお鹵獲した潜水艦は日本にありますが、天の浮舟では時間がかかりますね」

 リアージュは言われて初めて気が付いた。

「確かにそうですな」

「貴国が望むなら、日本は政府専用機を出す用意があります。それなら片道は半日で済みます」

 リアージュは目を丸くした。神聖ミリシアル帝国は序列一位とはいえ、ここまで破格の扱いを受けた記憶がない。

「わざわざ政府専用機を出すというのですか?」

「実はエモール王国の使節団を日本に迎えるために、近々専用機をエモール王国に派遣するのです。エモール王国の使節団と同乗でよければ、の話です」

 リアージュはなるほどと思った。他国と同乗というのは少々癪だが、列強の一角のエモール王国なら、文句を言うほどではない。むしろ渡りに船というべきだろう。

「問題はないと思いますが、本省に戻って検討しましょう」

「良い返事を期待しています」

 

 リアージュが外務省に戻ってみると、意外な人物がやってきた。

「統括官、ムーのムーゲ大使が来ています」

「ムーゲ?」

 リアージュは思い出した。つい最近赴任してきたムーの外交官で、元駐パーパルディア大使だ。

「面会の予定はないが」

約束(アポ)なしの訪問です。非礼は詫びるから、会って話をして欲しいと言っています」

 リアージュは多忙を理由に断ろうかと思ったが、列強第二位の大使では、そうそう無碍にもできない。

「15分だ。15分だけなら会おう」

 

 ムーゲは挨拶を済ますと、早々に本題に入った。

「日本の加山大使からうかがったのですが、日本の政府専用機に乗る機会があるそうですね」

 リアージュは内心で不快感を覚えた。ムーゲではなく加山にである。まだ決まってもいないことを他国に漏らすのは、マナー違反である。

「まだ正式に決まっていません」

「そうですか」

 ムーゲは残念そうに答えたが、すぐに気を取り直した。

「もしその機会があれば、我が国の外務大臣も同乗させていただけないでしょうか?」

「なんですと!」

 リアージュは悟った。日本とムーは最初から結託していたのだ。列強4ヵ国の外交担当者が、同じ飛行機の乗客になる。実質的な列強の会合を開こうというのだ。

「私の一存では即答できません。後ほど連絡しますので、いったんはお引き取りください」

 

 リアージュは事の次第を、ミリシアル8世に報告した。

「日本か。なかなか小癪な真似をするな」

「陛下、いかがいたしましょうか」

(けい)はどう思う?」

「はっ、癪ですが潜水艦の件もあります。ここは敢えて日本の誘いに乗るのも、一つの手かと」

 ミリシアル8世は頷いた。

「それでよい。卿に任せる」

「御意」

 

 ルーンポリスのゼノスグラム空港はあいにくの雨だった。横風も強い。天の浮舟なら離着陸を諦めて、空港を閉鎖するところだ。

 だが日本の政府専用機は、轟音と共に舞い降りた。その大きさに空港職員は驚いた。

「何のために?」と疑問に思いつつ用意したタラップを横付けすると、ピタリと乗降口の高さに合った。

 ドアが開いて、何人かが降りてくる。

「機長の山代一等空佐です。日本までの道中のお世話をさせて頂きます」

 男の一人がリアージュたちに挨拶した。リアージュたちが頷くと、次の言葉を発した。

「では機内をご案内します」

 リアージュたちは山代に案内されて、政府専用機に乗り込んだ。

 機内では日本の外務大臣と、エモール王国のモーリアウル外交卿が待っていた。

「お久しぶりです。リアージュ統括官、それにミケーネス外務大臣」

 日本の外務大臣が真っ先に挨拶する。それをきっかけに互いに挨拶を交わす。

 政府専用機が離陸してから、会談が始まった。


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