日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第14話『竜母いずも』

 前回の訪問から1ヵ月後、シエリアは再びルーンポリスを訪れていた。

 今回もリアージュが応対したが、シエリアは前回と雰囲気が変わったのを感じた。

「まずは結論を申し上げましょう」

 挨拶抜きでリアージュが切り出す。

「我が神聖ミリシアル帝国は、貴国と休戦協定を結びません」

 シエリアは驚きを隠せなかった。

「ほう、徹底抗戦するつもりか?」

「そちらが出した五条件の中に、こちらが受け入れられないものがありました」

「具体的に、どれが受け入れられない?」

「答える義務も必要もありません。いずれも譲れないと言ったのは、貴女の方ですよ」

 シエリアは内心で(ほぞ)を噛んだ。

(いきなり手札を出し過ぎたか?)

「どうぞ、お引き取りください」

 この無礼な発言に、さすがにシエリアも切れた。

「今の発言、後悔することになるぞ」

 シエリアが背を向けたところで、リアージュが声をかけた。

「そうそう、ひとつ言い忘れていました」

 シエリアは首だけ振り向く。

「我が国は、ムー、エモール王国、そして日本国と軍事同盟を結ぶことになりました」

「な……」

 全くの予想外の展開に、シエリアは絶句した。

「これら3ヵ国への攻撃は、我が国への攻撃とみなします。また我が国への攻撃は、これら3ヵ国から自国への攻撃とみなされます。くれぐれもお忘れなきように」

「……烏合の衆が何人集まろうと、我が国には勝てない」

 シエリアは吐き捨てるように言うと、ミリシアル外務省を立ち去った。

(拙い、拙いぞ。どうしてこうなった!?)

 

 第1護衛隊群は船団護衛の任務に就いていた。今は中央世界東方を航行中だ。

「もう予定の時間を過ぎているのですがね」

〈いずも〉の戦闘指揮所(CIC)で副長が心配の声をあげる。

「国民性の違いというやつじゃないのか? 日本人が時間に神経質過ぎるんだと思うな」

 艦長の方が鷹揚な態度を見せた。

「有事には、それでは困るのですが」

「竜人族の時間感覚が分かったから、対応はおいおい考えよう」

 CICにいた乗組員は、学園ドラマの校長先生と教頭先生のような遣り取りを、慣例行事の感覚で聞いていた。

「艦長、対空レーダーに感あり。方位010、距離70NM(ノーティカル・マイル)、高度3300FT(フィート)、数12、速度250KT(ノット)で接近中」

 艦長が帽子を脱いで、被り直す。彼のルーチンだ。

「どうやらゲストが来たようだな。念のため対空監視を厳にせよ」

 艦長はそう言いながら、対空監視カメラの向きをリモートで操作した。

 

 先頭を飛行していた風竜騎士団団長のウージが、真っ先に船団に気づいた。

「目的地が見えたぞ。我に続け」

 ウージは魔信で部下に指示を出すと、相棒を降下させた。

『眩しいな』

 相棒の言葉に、ウージは首を傾げる。

「そうか?」

『眩しいのは、魔光だ。あの船は、強力な魔光を出している』

「そうなのか? ちょっと待ってろ」

 ウージは魔信を手に取った。

「こちら風竜騎士団。日本の船、しばらく魔光を止めてくれ。相棒の目が眩んでいる」

 

 魔信からのメッセージを受信した〈いずも〉のCICは戸惑った。

「『魔光』とは何でしょう? こちらは魔法など使っていないのに」

 副長の疑問に、艦長が答える。

「おそらく電波だろう。風竜は生体レーダーを持っているそうだからな。電波管制を実施せよ」

 

『魔光が止んだ』

「そうか」

 ウージは魔信のプレストークボタンを押す。

「これより着艦する」

 彼が駆る風竜は降下を開始した。

 

『これより着艦する』

 航空管制官が艦橋からCICに文句を言ってきた。

『艦長、こちらは着艦を許可していません!』

「彼らは着艦手順(プロトコル)を知らないんだ。取り敢えず彼らにやらせてみろ。飛行甲板から甲板員は退避させろ」

 

 ウージの駆る風竜は垂直着陸に近い形で着艦した。慌てて甲板員が出てくる。

「竜騎士殿、竜をこちらに移動させてください」

「何のためにだ?」

「竜を艦内に移動させないと、次の竜が着艦できません」

「そうか」

 ウージは風竜をエレベーターに移動させた。するとエレベーターが下降を始めた。驚いた風竜が、羽ばたいて暴れ出す。

「大丈夫です! 落ち着かせてください!!」

 危うく翼で弾き飛ばされそうになった甲板員が、叫ぶようにウージに頼む。ウージは相棒に語り掛ける。

「大丈夫だ。落ち着け」

 ようやく風竜が落ち着いたとき、ちょうどエレベーターは格納庫まで降りて停止した。

 ウージは目を見張る。

「おお、こんな広い空間が、船の中にあるのか!」

 風竜は好奇心が旺盛なのか、勝手に格納庫の探検を始めて、エレベーターの上から移動した。

 

 このような調子で、12騎の風竜を〈いずも〉に着艦させるのに、3時間もかかった。

 

 ウージは艦橋で、艦長と対面した。二人は互いに名乗った後、お互いの国の方法で敬礼した。

「ムーまでの旅路、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 艦長はそう答えた後、窓に視線をやって、ウージに訊いた。

「あの竜たちは、何をやっているんですか?」

 飛行甲板では、3騎の風竜が翼を広げて寝そべっている。

「魔素浴だ」

「魔素浴とは、なんですか?」

「ああやって、時々日光に含まれる魔素を浴びせる必要があるのだ*1

「そうでしたか。知りませんでした」

 風竜を遠巻きに、甲板員たちが、飛行甲板に付いた風竜の爪痕を修理していた。

 

 着艦の光景は、ミニラルも見ていた。〈ラ・カサミ改〉の艦橋は露天から装甲化されたので、強化ガラス越しに見ることになった。

 ミニラルは改めて改修された乗艦の甲板を見下ろす。主砲は連装のままだが((あずま)は単装を提案したが、断固として拒否した)、30.5センチ砲から15.5センチ砲になったので、如何にも貧相に見えた。それでも自動装填装置により、発射速度は5秒と驚異的に短縮され、砲塔にFCSを搭載したので、命中率も飛躍的に高くなった。

 このように第1砲塔は新たに作成されたのだが、第2砲塔は時間切れで、退役した護衛艦から取り外された、単装127ミリ両用砲が搭載されている。

 両舷の副砲は撤去され、三連装短魚雷発射管、中距離多目的誘導弾格納容器が実装されている。艦橋前方下と煙突後方下には20ミリ機関砲(CIWS)が取り付けられた。近SAMは発射機を取り付けるスペースがなくなったため、91式携帯地対空誘導弾をそのまま艦内に持ち込み、必要に応じて乗組員が使用する形になった。

 エンジンはディーゼルエンジンから、〈ひゅうが〉型で使われているIHIのガスタービンエンジン4基に変更された。これらのエンジンで2軸のスクリューを駆動する。抗堪性を考慮して、エンジンは市松模様に配置されている。

 ここまで来ると、〈ラ・カサミ〉のオリジナルは、側と甲板しか残っていない。

 エンジン換装と艦形の改良により、18ノットは最高速度から巡航速度になった(最高速度は32ノット)。だが今の〈ラ・カサミ改〉は10ノットで航行している。ソナーを曳航しているからだ。水測員の訓練のためだった。

 ミニラルは風竜の着艦が終わったのを確認して、命令を出した。

「曳航ソナーを収容せよ。間もなく巡航速度に移行する」

 この1日後、第1護衛隊群の船団は、神聖ミリシアル帝国の第1魔導艦隊と合流した。

 

「どうしてこうなった?」

 カイザルはシエリアを前に、シエリアが思っていたことを口に出した。

「私にも判りません。最初の会談では、手応えを掴んだのですが……」

「列強が日本を巻き込んで徒党を組むなんて、最悪だぞ。日本とミリシアルの合同艦隊が、ムー大陸へ向かっている。日本で修理したムーの戦艦も一緒だ。レイフォル地区も、安全とは言えなくなった」

 カイザルは煙草を取り出して、火を点ける。シエリアは煙草の煙が嫌いだが、カイザルに遠慮して何も言えなかった。

「情報局もロクな情報を上げてこない。ムーの情報網が壊滅したのが痛いらしい」

 そちらは自分の責任ではない。シエリアは心の中で呟いた。

「すまん、つまらん愚痴だ。忘れてくれ」

「私は気にしていません」

 シエリアは社交辞令を口にした。

「私が口を出すべきではありませんが、ムー大陸に向かっている艦隊を見過ごすおつもりですか?」

 カイザルは深呼吸するように、煙草の煙を大きく吸い込んだ。

「相手が日本では、手が出せない。戦艦も駄目、航空機も駄目、潜水艦も駄目、お手上げだ。だからこそ、中央世界を防波堤にしたかったんだが……今更言っても仕方ないことだな」

 カイザルは煙草を灰皿に押し付けて、火を消した。

「だが攻略方法が無いわけではない。あまりやりたくない方法だが」

 シエリアは、そろそろ引き際だと思った。

「では、私はこれで失礼します」

 シエリアが椅子から立ち上がると、カイザルも律義に椅子から立ち上がって敬礼する。

 シエリアが開けたドアが閉まる前に、女性の腕がドアを受け止めた。腕の主、ミレケネスが姿を見せる。

「ノックぐらいしろよ」

 コンコン。ミレケネスはドアをノックして見せた。

「部屋に入る前に、だ」

「まだ入ってないわよ」

 ミレケネスが部屋に入ってきて、ドアが閉まった。

「他人に見られては困るような事でも、あの()としていたの?」

「そんなわけあるか」

「禁煙は止めたの?」

「……禁酒は続けている」

「その様子じゃ、長続きしなさそうね」

 

 グラ・バルカス帝国海軍本国艦隊第52地方隊(通称イシュタム)の艦隊旗艦〈メイサ〉の司令長官居室に、艦隊司令メイナード、〈メイサ〉艦長オスニエル、そして空将ネイトの3人が集まっていた。

「我々に、ムー国東海岸への限定的な攻撃指示が来たよ」

 いつでも顔色が悪いメイナードが告げた。

「ほう、我々にやっと出番が来るのですね。東方艦隊に指示が下るかと思っていましたが、久しぶりに戦闘ができるわけですな」

 話を聞いたオスニエルは、上機嫌になった。

「ミリシアル国と日本国の合同艦隊が、ムー大陸に向かっている。東海岸で寄港した後、南回りでレイフォル地区沖に向かう見込みだそうだ。その背後をついて、首都オタハイトと商業都市マイカルを攻撃せよとの命令だよ」

「空襲ですか。腕が鳴りますなァ」

 ネイトが面白そうに笑いを漏らした。

「本国艦隊所属の我々にこんな作戦を命じたのだから──むしろ我々の存在を前提に立案したんでしょうねぇ」

 オスニエルも頷く。

 本国艦隊は文字通り、本国防衛が主任務の艦隊だ。普通ならあり得ない命令だ。

「そういうことだね。転移前は占領地艦隊だった我々……イシュタムが適任と判断されたのだ。誰が私たちを推してくれたのかは知らないけど、感謝しないと」

 通称イシュタム。転移前(ユグド)では、グラ・バルカス帝国の占領地護衛艦隊だった。占領地に対する他国の奪回作戦を防ぐのはもちろんのこと、占領地の不穏分子を弾圧するのも任務だった。パーパルディア皇国の属領統治機構に近い。

 そのため被占領民から「死神イシュタム」とあだ名されて、そのまま通称になってしまった。東方艦隊や西方艦隊からは、鼻つまみ者扱いされている。だが本人たちはそれを恥じるどころか、むしろ嬉々として弱い者いじめに興じている。そういう性格の者が集められているのだ。

 この命令は、ムー国軍を「苛め甲斐のある弱者」とみなしている証拠でもある。

 三人は嬉々として作戦立案に励んだ。

 

 合同艦隊はオタハイト港に入港した。戦時にもかかわらず、いや戦時だからこそ、盛大な式典が開催された。

 エモールの風竜たちが上陸した後の〈いずも〉は、ほっとした雰囲気に支配されていた。

「いや全く、護衛艦は竜母には向いてないね」

 艦長がしみじみと言う。

「パーパルディア皇国の竜母乗りの気持ちが、分かったような気がしますよ。船乗りと動物園の飼育員を、同時に体験した気分です」

 副長が応じる。

 二人がそう話している間も、甲板員たちは飛行甲板の爪痕の修理に追われていた。

「〈ラ・カサミ改〉ともお別れか」

 艦長がそういうと、二人の表情が急に引き締まる。

「衛星写真では、北回りでグラ・バルカス海軍の小規模艦隊が接近しているそうですが」

「だが『スーパーハンマー作戦』の前では、これ以上の艦隊戦力を抽出できん。〈ラ・カサミ改〉の健闘を祈るしかあるまい」

 小規模艦隊は第52地方隊(イシュタム)だけではなかった。中央世界にも10以上の艦隊が向かっていた。

 正規軍による、疑似ゲリラ作戦である。

 いくら護衛隊群が(比較的)精強でも、その数は少ない。そこでカイザルは、敢えて戦力集中の原則を無視して、小規模艦隊多数による、後方攪乱作戦を用いてきた。日本の護衛隊群のいるところでは、四ヵ国同盟が必ず勝つだろう。だがいないところでは、グラ・バルカス海軍が勝つ公算が高い。なんとか相手の兵站を疲弊させて、有利な条件で艦隊決戦に持ち込もうという算段だ。だがリスクも相当高い。敵の兵站を破壊しつくす前に、艦隊戦力をすり潰される可能性があるからだ。

「『第二次フォーク海峡海戦』といい、こんな作戦を立てた敵将は、相当な博打(ばくち)うちだな」

「まるで山本五十六長官ですな」

「山本長官は真珠湾では勝ったが、ミッドウェイでは負けた。敵が東郷(平八郎)長官でないことを祈ろう」

 もしカイザルが二人の会話を知ったら、「余計なお世話だ」と言ったに違いない。

*1
エモール人はそう信じているが、実は科学的根拠はない。


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