前回の訪問から1ヵ月後、シエリアは再びルーンポリスを訪れていた。
今回もリアージュが応対したが、シエリアは前回と雰囲気が変わったのを感じた。
「まずは結論を申し上げましょう」
挨拶抜きでリアージュが切り出す。
「我が神聖ミリシアル帝国は、貴国と休戦協定を結びません」
シエリアは驚きを隠せなかった。
「ほう、徹底抗戦するつもりか?」
「そちらが出した五条件の中に、こちらが受け入れられないものがありました」
「具体的に、どれが受け入れられない?」
「答える義務も必要もありません。いずれも譲れないと言ったのは、貴女の方ですよ」
シエリアは内心で
(いきなり手札を出し過ぎたか?)
「どうぞ、お引き取りください」
この無礼な発言に、さすがにシエリアも切れた。
「今の発言、後悔することになるぞ」
シエリアが背を向けたところで、リアージュが声をかけた。
「そうそう、ひとつ言い忘れていました」
シエリアは首だけ振り向く。
「我が国は、ムー、エモール王国、そして日本国と軍事同盟を結ぶことになりました」
「な……」
全くの予想外の展開に、シエリアは絶句した。
「これら3ヵ国への攻撃は、我が国への攻撃とみなします。また我が国への攻撃は、これら3ヵ国から自国への攻撃とみなされます。くれぐれもお忘れなきように」
「……烏合の衆が何人集まろうと、我が国には勝てない」
シエリアは吐き捨てるように言うと、ミリシアル外務省を立ち去った。
(拙い、拙いぞ。どうしてこうなった!?)
第1護衛隊群は船団護衛の任務に就いていた。今は中央世界東方を航行中だ。
「もう予定の時間を過ぎているのですがね」
〈いずも〉の
「国民性の違いというやつじゃないのか? 日本人が時間に神経質過ぎるんだと思うな」
艦長の方が鷹揚な態度を見せた。
「有事には、それでは困るのですが」
「竜人族の時間感覚が分かったから、対応はおいおい考えよう」
CICにいた乗組員は、学園ドラマの校長先生と教頭先生のような遣り取りを、慣例行事の感覚で聞いていた。
「艦長、対空レーダーに感あり。方位010、距離70
艦長が帽子を脱いで、被り直す。彼のルーチンだ。
「どうやらゲストが来たようだな。念のため対空監視を厳にせよ」
艦長はそう言いながら、対空監視カメラの向きをリモートで操作した。
先頭を飛行していた風竜騎士団団長のウージが、真っ先に船団に気づいた。
「目的地が見えたぞ。我に続け」
ウージは魔信で部下に指示を出すと、相棒を降下させた。
『眩しいな』
相棒の言葉に、ウージは首を傾げる。
「そうか?」
『眩しいのは、魔光だ。あの船は、強力な魔光を出している』
「そうなのか? ちょっと待ってろ」
ウージは魔信を手に取った。
「こちら風竜騎士団。日本の船、しばらく魔光を止めてくれ。相棒の目が眩んでいる」
魔信からのメッセージを受信した〈いずも〉のCICは戸惑った。
「『魔光』とは何でしょう? こちらは魔法など使っていないのに」
副長の疑問に、艦長が答える。
「おそらく電波だろう。風竜は生体レーダーを持っているそうだからな。電波管制を実施せよ」
『魔光が止んだ』
「そうか」
ウージは魔信のプレストークボタンを押す。
「これより着艦する」
彼が駆る風竜は降下を開始した。
『これより着艦する』
航空管制官が艦橋からCICに文句を言ってきた。
『艦長、こちらは着艦を許可していません!』
「彼らは
ウージの駆る風竜は垂直着陸に近い形で着艦した。慌てて甲板員が出てくる。
「竜騎士殿、竜をこちらに移動させてください」
「何のためにだ?」
「竜を艦内に移動させないと、次の竜が着艦できません」
「そうか」
ウージは風竜をエレベーターに移動させた。するとエレベーターが下降を始めた。驚いた風竜が、羽ばたいて暴れ出す。
「大丈夫です! 落ち着かせてください!!」
危うく翼で弾き飛ばされそうになった甲板員が、叫ぶようにウージに頼む。ウージは相棒に語り掛ける。
「大丈夫だ。落ち着け」
ようやく風竜が落ち着いたとき、ちょうどエレベーターは格納庫まで降りて停止した。
ウージは目を見張る。
「おお、こんな広い空間が、船の中にあるのか!」
風竜は好奇心が旺盛なのか、勝手に格納庫の探検を始めて、エレベーターの上から移動した。
このような調子で、12騎の風竜を〈いずも〉に着艦させるのに、3時間もかかった。
ウージは艦橋で、艦長と対面した。二人は互いに名乗った後、お互いの国の方法で敬礼した。
「ムーまでの旅路、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
艦長はそう答えた後、窓に視線をやって、ウージに訊いた。
「あの竜たちは、何をやっているんですか?」
飛行甲板では、3騎の風竜が翼を広げて寝そべっている。
「魔素浴だ」
「魔素浴とは、なんですか?」
「ああやって、時々日光に含まれる魔素を浴びせる必要があるのだ*1」
「そうでしたか。知りませんでした」
風竜を遠巻きに、甲板員たちが、飛行甲板に付いた風竜の爪痕を修理していた。
着艦の光景は、ミニラルも見ていた。〈ラ・カサミ改〉の艦橋は露天から装甲化されたので、強化ガラス越しに見ることになった。
ミニラルは改めて改修された乗艦の甲板を見下ろす。主砲は連装のままだが(
このように第1砲塔は新たに作成されたのだが、第2砲塔は時間切れで、退役した護衛艦から取り外された、単装127ミリ両用砲が搭載されている。
両舷の副砲は撤去され、三連装短魚雷発射管、中距離多目的誘導弾格納容器が実装されている。艦橋前方下と煙突後方下には
エンジンはディーゼルエンジンから、〈ひゅうが〉型で使われているIHIのガスタービンエンジン4基に変更された。これらのエンジンで2軸のスクリューを駆動する。抗堪性を考慮して、エンジンは市松模様に配置されている。
ここまで来ると、〈ラ・カサミ〉のオリジナルは、側と甲板しか残っていない。
エンジン換装と艦形の改良により、18ノットは最高速度から巡航速度になった(最高速度は32ノット)。だが今の〈ラ・カサミ改〉は10ノットで航行している。ソナーを曳航しているからだ。水測員の訓練のためだった。
ミニラルは風竜の着艦が終わったのを確認して、命令を出した。
「曳航ソナーを収容せよ。間もなく巡航速度に移行する」
この1日後、第1護衛隊群の船団は、神聖ミリシアル帝国の第1魔導艦隊と合流した。
「どうしてこうなった?」
カイザルはシエリアを前に、シエリアが思っていたことを口に出した。
「私にも判りません。最初の会談では、手応えを掴んだのですが……」
「列強が日本を巻き込んで徒党を組むなんて、最悪だぞ。日本とミリシアルの合同艦隊が、ムー大陸へ向かっている。日本で修理したムーの戦艦も一緒だ。レイフォル地区も、安全とは言えなくなった」
カイザルは煙草を取り出して、火を点ける。シエリアは煙草の煙が嫌いだが、カイザルに遠慮して何も言えなかった。
「情報局もロクな情報を上げてこない。ムーの情報網が壊滅したのが痛いらしい」
そちらは自分の責任ではない。シエリアは心の中で呟いた。
「すまん、つまらん愚痴だ。忘れてくれ」
「私は気にしていません」
シエリアは社交辞令を口にした。
「私が口を出すべきではありませんが、ムー大陸に向かっている艦隊を見過ごすおつもりですか?」
カイザルは深呼吸するように、煙草の煙を大きく吸い込んだ。
「相手が日本では、手が出せない。戦艦も駄目、航空機も駄目、潜水艦も駄目、お手上げだ。だからこそ、中央世界を防波堤にしたかったんだが……今更言っても仕方ないことだな」
カイザルは煙草を灰皿に押し付けて、火を消した。
「だが攻略方法が無いわけではない。あまりやりたくない方法だが」
シエリアは、そろそろ引き際だと思った。
「では、私はこれで失礼します」
シエリアが椅子から立ち上がると、カイザルも律義に椅子から立ち上がって敬礼する。
シエリアが開けたドアが閉まる前に、女性の腕がドアを受け止めた。腕の主、ミレケネスが姿を見せる。
「ノックぐらいしろよ」
コンコン。ミレケネスはドアをノックして見せた。
「部屋に入る前に、だ」
「まだ入ってないわよ」
ミレケネスが部屋に入ってきて、ドアが閉まった。
「他人に見られては困るような事でも、あの
「そんなわけあるか」
「禁煙は止めたの?」
「……禁酒は続けている」
「その様子じゃ、長続きしなさそうね」
グラ・バルカス帝国海軍本国艦隊第52地方隊(通称イシュタム)の艦隊旗艦〈メイサ〉の司令長官居室に、艦隊司令メイナード、〈メイサ〉艦長オスニエル、そして空将ネイトの3人が集まっていた。
「我々に、ムー国東海岸への限定的な攻撃指示が来たよ」
いつでも顔色が悪いメイナードが告げた。
「ほう、我々にやっと出番が来るのですね。東方艦隊に指示が下るかと思っていましたが、久しぶりに戦闘ができるわけですな」
話を聞いたオスニエルは、上機嫌になった。
「ミリシアル国と日本国の合同艦隊が、ムー大陸に向かっている。東海岸で寄港した後、南回りでレイフォル地区沖に向かう見込みだそうだ。その背後をついて、首都オタハイトと商業都市マイカルを攻撃せよとの命令だよ」
「空襲ですか。腕が鳴りますなァ」
ネイトが面白そうに笑いを漏らした。
「本国艦隊所属の我々にこんな作戦を命じたのだから──むしろ我々の存在を前提に立案したんでしょうねぇ」
オスニエルも頷く。
本国艦隊は文字通り、本国防衛が主任務の艦隊だ。普通ならあり得ない命令だ。
「そういうことだね。転移前は占領地艦隊だった我々……イシュタムが適任と判断されたのだ。誰が私たちを推してくれたのかは知らないけど、感謝しないと」
通称イシュタム。
そのため被占領民から「死神イシュタム」とあだ名されて、そのまま通称になってしまった。東方艦隊や西方艦隊からは、鼻つまみ者扱いされている。だが本人たちはそれを恥じるどころか、むしろ嬉々として弱い者いじめに興じている。そういう性格の者が集められているのだ。
この命令は、ムー国軍を「苛め甲斐のある弱者」とみなしている証拠でもある。
三人は嬉々として作戦立案に励んだ。
合同艦隊はオタハイト港に入港した。戦時にもかかわらず、いや戦時だからこそ、盛大な式典が開催された。
エモールの風竜たちが上陸した後の〈いずも〉は、ほっとした雰囲気に支配されていた。
「いや全く、護衛艦は竜母には向いてないね」
艦長がしみじみと言う。
「パーパルディア皇国の竜母乗りの気持ちが、分かったような気がしますよ。船乗りと動物園の飼育員を、同時に体験した気分です」
副長が応じる。
二人がそう話している間も、甲板員たちは飛行甲板の爪痕の修理に追われていた。
「〈ラ・カサミ改〉ともお別れか」
艦長がそういうと、二人の表情が急に引き締まる。
「衛星写真では、北回りでグラ・バルカス海軍の小規模艦隊が接近しているそうですが」
「だが『スーパーハンマー作戦』の前では、これ以上の艦隊戦力を抽出できん。〈ラ・カサミ改〉の健闘を祈るしかあるまい」
小規模艦隊は
正規軍による、疑似ゲリラ作戦である。
いくら護衛隊群が(比較的)精強でも、その数は少ない。そこでカイザルは、敢えて戦力集中の原則を無視して、小規模艦隊多数による、後方攪乱作戦を用いてきた。日本の護衛隊群のいるところでは、四ヵ国同盟が必ず勝つだろう。だがいないところでは、グラ・バルカス海軍が勝つ公算が高い。なんとか相手の兵站を疲弊させて、有利な条件で艦隊決戦に持ち込もうという算段だ。だがリスクも相当高い。敵の兵站を破壊しつくす前に、艦隊戦力をすり潰される可能性があるからだ。
「『第二次フォーク海峡海戦』といい、こんな作戦を立てた敵将は、相当な
「まるで山本五十六長官ですな」
「山本長官は真珠湾では勝ったが、ミッドウェイでは負けた。敵が東郷(平八郎)長官でないことを祈ろう」
もしカイザルが二人の会話を知ったら、「余計なお世話だ」と言ったに違いない。