日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第17話『1:48』

『スーパーハンマー作戦』が進行していた裏で、第52地方隊(イシュタム)はオタハイト沖へ向かっていた。

『バルクルス失陥』のニュースが、イシュタムにも届く。

「陸軍が失態をやらかしたそうだ」

 旗艦〈シェアト〉の艦橋で、艦隊司令のメイナードが嬉しそうに言う。

「司令、嬉しそうですな」

 空将のネイトが訊いた。

「ムーは航空戦力のほとんどを、レイフォル方面に振り向けていた。そのぶん我々の仕事が楽になる筈だ。偵察機を出せ。いくら蛮族でも、首都の空の守りは固めているだろう。でも、それさえ叩き潰せば、増援はすぐには来ない筈だ」

 メイナードの命令は速やかに実行され、偵察機が空母〈シェアト〉から発艦した。

 

 ミニラルは〈ラ・カサミ改〉を指揮して、イシュタムとの会敵を目指していた。日本から送られてきた最新の衛星写真とデーターが、〈ラ・カサミ改〉単艦による艦隊決戦を決断させた。

 データー曰く、

 

〇 敵艦隊の構成は、以下の通り。

 ・戦艦    1隻

 ・重巡洋艦  3隻

 ・軽巡洋艦  3隻

 ・小型艦  12隻

 ・大型空母  1隻

 ・小型空母  1隻

 計     21隻

 

〇 戦艦は旧日本海軍の金剛級と酷似。

 金剛級の主な性能諸元

 ・全長222メートル、排水量32000トン

 ・最大速力30ノット

 ・35.6センチ45口径連装砲4基  最大射程35.45キロ

 ・15.2センチ50口径単装砲16基

 ・12.7センチ連装高角砲6基

 ・機銃多数

  :

  :

 

 戦艦の性能(スペック)を見ただけで、ムー海軍は絶望した。ラ・カサミ級で歯が立つ相手ではない。こんな(ムーから見れば)超戦艦が相手では、出撃しても、いたずらに兵を死なせるだけだ。

 とはいえ、首都オタハイトが危機にさらされている以上、放置するわけにもいかない。レイフォリアは()首都だったが、オタハイトは現役の首都なのだ。首都が火の海になれば、『スーパーハンマー作戦』の勝利も帳消しになってしまう。

 ムー海軍は、一縷の望みを〈ラ・カサミ改〉に託した。日本の技術で改装された〈ラ・カサミ改〉なら、勝てるのではないか。それは希望的観測に過ぎなかったが、それにすがるしかなかった。

 

 ミニラルは艦橋にいた技術士官に問うた。

「いくら日本の技術供与を受けたとはいえ、1:21で勝てると思うかね?」

「やり方次第では、痛み分けには持ち込めますよ」

 ミニラルはマイラスの言葉に驚いた。

「〈ラ・カサミ改〉は短納期で改造したため、日本の護衛艦の技術をほぼそのまま使っているんです。例えば火器管制装置は、最新の〈FCS3〉の下位(サブセット)なんです。全ての機能が使えるわけではありませんが、かなりの機能は日本の護衛艦と同じ機能が使えるんです」

「例えば?」

「対空攻撃の全自動化、通称最終戦争(アルマゲドン)モードです。一度作動させると、全ての航空機を叩き落とすまで作動し続けるという代物です」

 その言葉を聞いて、ミニラルは考えた。

「すると、我々は対艦攻撃だけを考えればよいわけか」

「ええ。ですがその場合、対空攻撃が可能な兵装は、全て機械任せにしなければなりません。人間が使えるのは、第1砲塔と魚雷だけです」

 ミニラルは数秒、考えた。

「それで十分だ。敵航空機が多数出てきた場合は、その最終戦争(アルマゲドン)モードを使おう」

 電探士から報告の声があがった。

「対空レーダーに感! 北に機影あり、距離25NM(ノーティカル・マイル)、高度3300FT(フィート)、数1、速度280KT(ノット)で接近中。IFFに応答なし!」

 艦橋に更なる緊張が走る。

「速度と方位から見て、グラ・バルカス軍機と判断して間違いありません」

 マイラスが助言するまでもなく、ミニラルも同じ意見だった。

「発見されたか」

 ミニラルは呟くように言った。

 

 偵察機のパイロットは、見慣れぬ船に気づいた。迷わず無線機のスイッチをオンにして、母艦に報告する。

「こちら第4偵察機、未知の巡洋艦クラスの船を発見。方位092、距離62000。これより詳細を確認する」

 パイロットは機体をバンクさせ、降下しながら〈ラ・カサミ改〉に接近する。

「海軍旗を確認。国籍はムー、繰り返す国籍はムー!」

 だがパイロットはそれ以上の報告を送れなかった。〈ラ・カサミ改〉の第2砲塔の127ミリ両用砲によって、撃墜されたからだ。

 両軍の司令部は、がぜん忙しくなる。

「ついに発見されたか。ソナー、敵は補足できたか?」

〈ラ・カサミ改〉の艦橋で、ミニラルが水測(ソナー)員に問う。

「この速度では曳航ソナーが使えないので、まだ無理です」

「水上レーダーは?」

「まだ感なし。敵は水平線の向こうと思われます」

 副長のローハットがミニラルに忠告する。

「艦長、敵は空母2隻です」

 その言葉にミニラルは頷くと、命令を出した。

「多目的誘導弾は、対空弾をセットせよ」

 ここで異例なことに、マイラスが進言した。

「艦長、速度を落としてください。曳航ソナーを使います」

 ミニラルはマイラスの顔を見た。ローハットは「余計なことは言うな」とばかりに、マイラスを睨んだ。

「敵には35.6センチ砲の戦艦がいます。本艦の主砲では勝てません。勝てるとしたら、魚雷しかありません。魚雷の誘導に必要なスクリューノイズを採取する必要があります」

 ミニラルは迷った。彼にとって魚雷は未知の兵器だ。どこまで信用していいか、判らない。だが我が身の危険も顧みず、技術的アドバイスをするため、進んで乗艦してくれたマイラスがそう言っているのだ。無視もできない。

「両舷減速。曳航ソナーを使用せよ」

 

「第4偵察機からの通信が途絶えました。おそらくは撃墜されたものと思われます」

 通信士からの報告を受けたメイナードは、驚きを隠せなかった。

「墜とされた? ムーに? あり得ないだろう!」

 ネイトが助言する。

「確か日本で修理したムーの戦艦がオタハイトにあったはずです。それが出てきたのでは?」

「しかし報告では巡洋艦と言ってなかったか?」

「彼らの戦艦のサイズは、我々の基準では巡洋艦のサイズなんです」

「……そうだった」

「おそらく日本製の兵器を搭載しているのでしょう。『第一次フォーク海峡海戦』では、東方艦隊の1打群が、日本の8隻の艦隊に後れをとっています」

「日本製の兵器は優秀ということか」

 メイナードはそう呟くと、空将ネイトに問うた。

「航空攻撃は危険だと思うか?」

 ネイトはニヤリと笑った。

「確かに危険ですな。ムーの戦艦には」

 メイナードもニヤリと笑い返した。

「よろしい。航空隊の采配は任せる。思う存分やりたまえ」

「はっ。〈シェアト〉の〈シリウス〉と〈リゲル〉を全機発艦させよ。過剰戦力(オーバーキル)だと思うが、小出しにするよりマシだ」

 ネイトの命令により、〈シェアト〉から〈シリウス〉と〈リゲル〉が次々と発艦していく。

 

〈ラ・カサミ改〉では、水測(ソナー)員がプレッシャーと戦っていた。

「敵のノイズはまだ取れないのか?」

 ミニラルの催促に、冷や汗をかきながら答える。

「もう少しです。あともう少しです」

 そのとき、電探士が報告の声を挙げた。

「対空レーダーに感! 北より航空機が接近、距離26NM(ノーティカル・マイル)、高度2000FT(フィート)、数50、速度170KT(ノット)で接近中。IFFに応答なし!」

 その直後に水測(ソナー)員も報告する。

「敵スクリューノイズ、採取できました。敵艦隊は北、距離およそ30NM(ノーティカル・マイル)、速度30ノットで接近中!」

「30ノットか。戦艦にしては速いな」

 ミニラルはそう呟くと、命令を発した。

「両舷全速前進。曳航ソナーの回収は間に合わない、投棄せよ。対空戦闘開始、全自動モードだ」

 

〈シリウス〉の編隊長は、〈ラ・カサミ改〉の航跡(ウェーキー)に気づいた。

「2時の方向にウェーキー。我に続け!」

 無線で部下にそう命じると、彼は乗機を上昇させた。それに呼応して、他の〈シリウス〉も上昇する。

 一方〈リゲル〉隊は二手に分かれ、〈ラ・カサミ改〉の両舷から魚雷攻撃を加えるべく、左右へ散開を始めていた。

「巡洋艦1隻に48機、あっという間に海の藻屑だ!」

〈シリウス〉隊の編隊長が予言する。それがいわゆる死亡フラグだとは知らずに。

〈シリウス〉隊は高度3000メートルまで上昇すると、急降下を開始した──

 その先頭にいた編隊長機が爆散した。その後続の〈シリウス〉にも、次々と対空ロケット誘導弾が命中する。多目的誘導弾はLOAL能力(発射後にロックオンできる能力)があり、〈FCS3改〉はレーダーで捉えた機数分だけロケット弾を発射すると、後はロケット弾の自己誘導に任せた。

 一方、第2砲塔は右舷に旋回し、右舷から接近する〈リゲル〉を一機ずつ狙い撃ちした。ほぼ100パーセントの確率で命中する。毎分45発の発射速度を誇る127ミリ両用砲は、20秒足らずで12機の〈リゲル〉を殲滅した。

 第2砲塔は、今度は左舷に旋回する。再び〈リゲル〉を砲撃、同様に20秒足らずで12機のリゲルを撃墜する。

 48機の雷爆撃機が2分足らずで全滅。護衛に上がっていた2機の〈アンタレス〉は、慌てて母艦に引き返した。彼らが撃墜されなかったのは、遠距離で滞空していたからだ。多目的誘導弾の射程距離は8000メートル、両用砲の対空射程距離は7000メートルしかない。彼らはその中に入らなかったのだ。

 もし攻撃してきたのがレシプロ機でなく超音速機だったら、〈ラ・カサミ改〉は全機を撃墜しきれずに、被弾していただろう。

 迎撃を行った当事者の〈ラ・カサミ改〉の乗組員たちも、この結果に呆然とした。

「こ、これがアルマゲドンモードか……」

 ミニラルもそう言うのが精一杯だった。

〈ラ・カサミ改〉は、発射機に装填していた誘導弾を撃ち尽くしていた。

「艦長、誘導弾の選択はどうしますか?」

 砲雷長の質問に、ミニラルは一瞬考えてから答えた。

「半数を対空弾、残りは対艦弾だ」

 

 攻撃隊全滅の報告を聞いた〈シェアト〉の艦橋は、騒然となった。

「ば、馬鹿な! 48機の攻撃機が、2分で全滅だと! どんな魔術を使ったら、そんなことが出来るのか?!」

 空将ネイトが叫ぶ。

『て、敵は百発百中の砲と砲弾を使用しました!』

〈アンタレス〉のパイロットの報告は、艦橋にいた人間には馬鹿げているようにしか聞こえなかった。

「そんなものが存在するわけがない!」

『ほ、本当なんです!!』

 このままだと不毛な言い合いにしかならない、そう思ったメイナードが割って入る。

「止めろ。攻撃隊が全滅したのは事実だ。それはレーダーでも確認した」

 ネイトは発言しようとしたが、言うべき言葉が見つからず、酸素不足の金魚の様に口をパクパクさせるだけに留まった。

「ならば砲戦で決着をつける。たとえ百発百中の砲があったとしても、巡洋艦が戦艦に勝てるわけがない。まして〈メイサ〉は巡洋艦並みの速力を持っている。多少の損害は被るかもしれないが、負けるわけがない」

 メイナードも死亡フラグを口にしてしまった。

 

「水上レーダーに感! 敵艦隊、北方向に距離50000メートル」

〈ラ・カサミ改〉の艦橋に報告があがる。

「艦長、39000メートルで魚雷を発射してください」

 マイラスが進言する。

「その距離なら89式魚雷は55ノットで航走できます。30ノットの戦艦でも確実に当てられます」

 ローハットがまた、「余計なことは言うな」と言いたげな表情をする。もちろんマイラスの役割は理解しているのだが、自分の縄張りを荒らされたという感覚は拭えない。

 ミニラルは一瞬考えて、砲雷長に命じる。

「魚雷6本のうち3本は戦艦にセット。残りは各重巡洋艦に1本ずつセットしろ」

 

 メイナードは砲戦の指揮を執るため、乗艦をオリオン級戦艦〈メイサ〉に移していた。

 2隻の空母は2隻の駆逐艦を護衛につけて後方へ退避させ、残りの17隻を率いて〈ラ・カサミ改〉へと向かって行く。

 メイナードは〈メイサ〉の艦橋から、〈ラ・カサミ改〉を確認する。

「なんだ、あの珍妙な艦は?」

 それがメイナードの第一印象だった。その瞬間、〈ラ・カサミ改〉が主砲を発射した。

「敵艦との距離は?」

「40000メートルです」

「何のつもりだ? 届くはずもないのに……」

 だがそれは、届いたのだ。駆逐艦〈レサト〉から10メートルほど離れたところに水柱が立った。

「なっ……」

〈ラ・カサミ改〉が使用したのは、93式長射程榴弾、ベースブリード榴弾だった。砲弾の下側に可燃部分を付けて、飛翔中に可燃部分からガスを放出することによって、空気抵抗を減らすという砲弾だ。その代わり炸薬の量が減るので、威力は通常の砲弾より劣る。

「と、届いたとしても、当たるわけがない」

 初弾から5秒後、二つ目の水柱が立つ。今度は〈レサト〉から2メートルしか離れていない。

 更に5秒後、〈レサト〉から炎が上がる。

「あ、当てた! まぐれか?」

 だがまぐれではなかった。〈レサト〉が沈むまで、更に2発の砲弾と10秒の時間が必要だった。

「て、敵艦との距離は?」

「39690メートルです」

 メイナードは計算した。現在艦隊に随伴している駆逐艦は9隻。仮に310メートル前進するごとに、駆逐艦が1隻沈められるとすると、2790メートル前進したところで、駆逐艦は全滅してしまう。そのときの距離は36900メートル。まだ〈メイサ〉の射程距離に1450メートルも足りない。

「ば、馬鹿な!」

 無意識のうちに、メイナードはネイトと同じ言葉を口にしていた。そのときには、2隻目の駆逐艦が炎上していた。

 

〈ラ・カサミ改〉は停船した状態で、砲撃を行っていた。〈FCS3改〉は未成熟で、まだ遠距離での命中率が悪い。そこで停船して砲撃を行っていた。

 これができるのは、相手の射程圏外から攻撃するアウトレンジ攻撃のときだけだ。こちらが停船していれば、相手の命中率も上がる。ヘビー級とミドル級が足を止めて殴り合えば、必ずヘビー級が勝つ。

 だがリーチはこちらの方が僅かだが長い。ならば接近するまで、そのアドバンテージを利用しない手はない。これはマイラスの進言だった。

 マイラスも計算をしていた。

「駆逐艦1隻を沈めるのに、砲弾が5発必要だとして……全部で50発ですか。砲弾の4分の1を消費しますね」

 マイラスは更に計算する。敵艦の最大速度は30ノット、秒速に直すと15.43メートルである。一方〈ラ・カサミ改〉の主砲の発射速度は5秒。〈ラ・カサミ改〉が1発撃つたびに、敵は77.15メートル距離を詰める。

 もし敵戦艦が金剛級と同等だとすると、その最大射程は35450メートル。40000メートルとの差は4550メートル。これを77.15で割れば、58.98になる。

「敵将が馬鹿なら、駆逐艦は殲滅できますね」

 マイラスは、これが捕らぬ狸の皮算用であることは分かっていた。

 

 メイナードは異常者ではあったが、愚かではなかった。3隻目の駆逐艦が沈んだところで、雷撃のために前に出していた駆逐艦を後退させた。そして〈メイサ〉の陰に隠すように、単縦陣を組ませた。その過程で〈ラ・カサミ改〉は更に2隻の駆逐艦を沈めたが、5隻の駆逐艦が生き残ることになった。

〈ラ・カサミ改〉は照準先を軽巡洋艦に変更した。


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