『スーパーハンマー作戦』が進行していた裏で、
『バルクルス失陥』のニュースが、イシュタムにも届く。
「陸軍が失態をやらかしたそうだ」
旗艦〈シェアト〉の艦橋で、艦隊司令のメイナードが嬉しそうに言う。
「司令、嬉しそうですな」
空将のネイトが訊いた。
「ムーは航空戦力のほとんどを、レイフォル方面に振り向けていた。そのぶん我々の仕事が楽になる筈だ。偵察機を出せ。いくら蛮族でも、首都の空の守りは固めているだろう。でも、それさえ叩き潰せば、増援はすぐには来ない筈だ」
メイナードの命令は速やかに実行され、偵察機が空母〈シェアト〉から発艦した。
ミニラルは〈ラ・カサミ改〉を指揮して、イシュタムとの会敵を目指していた。日本から送られてきた最新の衛星写真とデーターが、〈ラ・カサミ改〉単艦による艦隊決戦を決断させた。
データー曰く、
〇 敵艦隊の構成は、以下の通り。
・戦艦 1隻
・重巡洋艦 3隻
・軽巡洋艦 3隻
・小型艦 12隻
・大型空母 1隻
・小型空母 1隻
計 21隻
〇 戦艦は旧日本海軍の金剛級と酷似。
金剛級の主な性能諸元
・全長222メートル、排水量32000トン
・最大速力30ノット
・35.6センチ45口径連装砲4基 最大射程35.45キロ
・15.2センチ50口径単装砲16基
・12.7センチ連装高角砲6基
・機銃多数
:
:
戦艦の
とはいえ、首都オタハイトが危機にさらされている以上、放置するわけにもいかない。レイフォリアは
ムー海軍は、一縷の望みを〈ラ・カサミ改〉に託した。日本の技術で改装された〈ラ・カサミ改〉なら、勝てるのではないか。それは希望的観測に過ぎなかったが、それにすがるしかなかった。
ミニラルは艦橋にいた技術士官に問うた。
「いくら日本の技術供与を受けたとはいえ、1:21で勝てると思うかね?」
「やり方次第では、痛み分けには持ち込めますよ」
ミニラルはマイラスの言葉に驚いた。
「〈ラ・カサミ改〉は短納期で改造したため、日本の護衛艦の技術をほぼそのまま使っているんです。例えば火器管制装置は、最新の〈FCS3〉の
「例えば?」
「対空攻撃の全自動化、通称
その言葉を聞いて、ミニラルは考えた。
「すると、我々は対艦攻撃だけを考えればよいわけか」
「ええ。ですがその場合、対空攻撃が可能な兵装は、全て機械任せにしなければなりません。人間が使えるのは、第1砲塔と魚雷だけです」
ミニラルは数秒、考えた。
「それで十分だ。敵航空機が多数出てきた場合は、その
電探士から報告の声があがった。
「対空レーダーに感! 北に機影あり、距離25
艦橋に更なる緊張が走る。
「速度と方位から見て、グラ・バルカス軍機と判断して間違いありません」
マイラスが助言するまでもなく、ミニラルも同じ意見だった。
「発見されたか」
ミニラルは呟くように言った。
偵察機のパイロットは、見慣れぬ船に気づいた。迷わず無線機のスイッチをオンにして、母艦に報告する。
「こちら第4偵察機、未知の巡洋艦クラスの船を発見。方位092、距離62000。これより詳細を確認する」
パイロットは機体をバンクさせ、降下しながら〈ラ・カサミ改〉に接近する。
「海軍旗を確認。国籍はムー、繰り返す国籍はムー!」
だがパイロットはそれ以上の報告を送れなかった。〈ラ・カサミ改〉の第2砲塔の127ミリ両用砲によって、撃墜されたからだ。
両軍の司令部は、がぜん忙しくなる。
「ついに発見されたか。ソナー、敵は補足できたか?」
〈ラ・カサミ改〉の艦橋で、ミニラルが
「この速度では曳航ソナーが使えないので、まだ無理です」
「水上レーダーは?」
「まだ感なし。敵は水平線の向こうと思われます」
副長のローハットがミニラルに忠告する。
「艦長、敵は空母2隻です」
その言葉にミニラルは頷くと、命令を出した。
「多目的誘導弾は、対空弾をセットせよ」
ここで異例なことに、マイラスが進言した。
「艦長、速度を落としてください。曳航ソナーを使います」
ミニラルはマイラスの顔を見た。ローハットは「余計なことは言うな」とばかりに、マイラスを睨んだ。
「敵には35.6センチ砲の戦艦がいます。本艦の主砲では勝てません。勝てるとしたら、魚雷しかありません。魚雷の誘導に必要なスクリューノイズを採取する必要があります」
ミニラルは迷った。彼にとって魚雷は未知の兵器だ。どこまで信用していいか、判らない。だが我が身の危険も顧みず、技術的アドバイスをするため、進んで乗艦してくれたマイラスがそう言っているのだ。無視もできない。
「両舷減速。曳航ソナーを使用せよ」
「第4偵察機からの通信が途絶えました。おそらくは撃墜されたものと思われます」
通信士からの報告を受けたメイナードは、驚きを隠せなかった。
「墜とされた? ムーに? あり得ないだろう!」
ネイトが助言する。
「確か日本で修理したムーの戦艦がオタハイトにあったはずです。それが出てきたのでは?」
「しかし報告では巡洋艦と言ってなかったか?」
「彼らの戦艦のサイズは、我々の基準では巡洋艦のサイズなんです」
「……そうだった」
「おそらく日本製の兵器を搭載しているのでしょう。『第一次フォーク海峡海戦』では、東方艦隊の1打群が、日本の8隻の艦隊に後れをとっています」
「日本製の兵器は優秀ということか」
メイナードはそう呟くと、空将ネイトに問うた。
「航空攻撃は危険だと思うか?」
ネイトはニヤリと笑った。
「確かに危険ですな。ムーの戦艦には」
メイナードもニヤリと笑い返した。
「よろしい。航空隊の采配は任せる。思う存分やりたまえ」
「はっ。〈シェアト〉の〈シリウス〉と〈リゲル〉を全機発艦させよ。
ネイトの命令により、〈シェアト〉から〈シリウス〉と〈リゲル〉が次々と発艦していく。
〈ラ・カサミ改〉では、
「敵のノイズはまだ取れないのか?」
ミニラルの催促に、冷や汗をかきながら答える。
「もう少しです。あともう少しです」
そのとき、電探士が報告の声を挙げた。
「対空レーダーに感! 北より航空機が接近、距離26
その直後に
「敵スクリューノイズ、採取できました。敵艦隊は北、距離およそ30
「30ノットか。戦艦にしては速いな」
ミニラルはそう呟くと、命令を発した。
「両舷全速前進。曳航ソナーの回収は間に合わない、投棄せよ。対空戦闘開始、全自動モードだ」
〈シリウス〉の編隊長は、〈ラ・カサミ改〉の
「2時の方向にウェーキー。我に続け!」
無線で部下にそう命じると、彼は乗機を上昇させた。それに呼応して、他の〈シリウス〉も上昇する。
一方〈リゲル〉隊は二手に分かれ、〈ラ・カサミ改〉の両舷から魚雷攻撃を加えるべく、左右へ散開を始めていた。
「巡洋艦1隻に48機、あっという間に海の藻屑だ!」
〈シリウス〉隊の編隊長が予言する。それがいわゆる死亡フラグだとは知らずに。
〈シリウス〉隊は高度3000メートルまで上昇すると、急降下を開始した──
その先頭にいた編隊長機が爆散した。その後続の〈シリウス〉にも、次々と対空ロケット誘導弾が命中する。多目的誘導弾はLOAL能力(発射後にロックオンできる能力)があり、〈FCS3改〉はレーダーで捉えた機数分だけロケット弾を発射すると、後はロケット弾の自己誘導に任せた。
一方、第2砲塔は右舷に旋回し、右舷から接近する〈リゲル〉を一機ずつ狙い撃ちした。ほぼ100パーセントの確率で命中する。毎分45発の発射速度を誇る127ミリ両用砲は、20秒足らずで12機の〈リゲル〉を殲滅した。
第2砲塔は、今度は左舷に旋回する。再び〈リゲル〉を砲撃、同様に20秒足らずで12機のリゲルを撃墜する。
48機の雷爆撃機が2分足らずで全滅。護衛に上がっていた2機の〈アンタレス〉は、慌てて母艦に引き返した。彼らが撃墜されなかったのは、遠距離で滞空していたからだ。多目的誘導弾の射程距離は8000メートル、両用砲の対空射程距離は7000メートルしかない。彼らはその中に入らなかったのだ。
もし攻撃してきたのがレシプロ機でなく超音速機だったら、〈ラ・カサミ改〉は全機を撃墜しきれずに、被弾していただろう。
迎撃を行った当事者の〈ラ・カサミ改〉の乗組員たちも、この結果に呆然とした。
「こ、これがアルマゲドンモードか……」
ミニラルもそう言うのが精一杯だった。
〈ラ・カサミ改〉は、発射機に装填していた誘導弾を撃ち尽くしていた。
「艦長、誘導弾の選択はどうしますか?」
砲雷長の質問に、ミニラルは一瞬考えてから答えた。
「半数を対空弾、残りは対艦弾だ」
攻撃隊全滅の報告を聞いた〈シェアト〉の艦橋は、騒然となった。
「ば、馬鹿な! 48機の攻撃機が、2分で全滅だと! どんな魔術を使ったら、そんなことが出来るのか?!」
空将ネイトが叫ぶ。
『て、敵は百発百中の砲と砲弾を使用しました!』
〈アンタレス〉のパイロットの報告は、艦橋にいた人間には馬鹿げているようにしか聞こえなかった。
「そんなものが存在するわけがない!」
『ほ、本当なんです!!』
このままだと不毛な言い合いにしかならない、そう思ったメイナードが割って入る。
「止めろ。攻撃隊が全滅したのは事実だ。それはレーダーでも確認した」
ネイトは発言しようとしたが、言うべき言葉が見つからず、酸素不足の金魚の様に口をパクパクさせるだけに留まった。
「ならば砲戦で決着をつける。たとえ百発百中の砲があったとしても、巡洋艦が戦艦に勝てるわけがない。まして〈メイサ〉は巡洋艦並みの速力を持っている。多少の損害は被るかもしれないが、負けるわけがない」
メイナードも死亡フラグを口にしてしまった。
「水上レーダーに感! 敵艦隊、北方向に距離50000メートル」
〈ラ・カサミ改〉の艦橋に報告があがる。
「艦長、39000メートルで魚雷を発射してください」
マイラスが進言する。
「その距離なら89式魚雷は55ノットで航走できます。30ノットの戦艦でも確実に当てられます」
ローハットがまた、「余計なことは言うな」と言いたげな表情をする。もちろんマイラスの役割は理解しているのだが、自分の縄張りを荒らされたという感覚は拭えない。
ミニラルは一瞬考えて、砲雷長に命じる。
「魚雷6本のうち3本は戦艦にセット。残りは各重巡洋艦に1本ずつセットしろ」
メイナードは砲戦の指揮を執るため、乗艦をオリオン級戦艦〈メイサ〉に移していた。
2隻の空母は2隻の駆逐艦を護衛につけて後方へ退避させ、残りの17隻を率いて〈ラ・カサミ改〉へと向かって行く。
メイナードは〈メイサ〉の艦橋から、〈ラ・カサミ改〉を確認する。
「なんだ、あの珍妙な艦は?」
それがメイナードの第一印象だった。その瞬間、〈ラ・カサミ改〉が主砲を発射した。
「敵艦との距離は?」
「40000メートルです」
「何のつもりだ? 届くはずもないのに……」
だがそれは、届いたのだ。駆逐艦〈レサト〉から10メートルほど離れたところに水柱が立った。
「なっ……」
〈ラ・カサミ改〉が使用したのは、93式長射程榴弾、ベースブリード榴弾だった。砲弾の下側に可燃部分を付けて、飛翔中に可燃部分からガスを放出することによって、空気抵抗を減らすという砲弾だ。その代わり炸薬の量が減るので、威力は通常の砲弾より劣る。
「と、届いたとしても、当たるわけがない」
初弾から5秒後、二つ目の水柱が立つ。今度は〈レサト〉から2メートルしか離れていない。
更に5秒後、〈レサト〉から炎が上がる。
「あ、当てた! まぐれか?」
だがまぐれではなかった。〈レサト〉が沈むまで、更に2発の砲弾と10秒の時間が必要だった。
「て、敵艦との距離は?」
「39690メートルです」
メイナードは計算した。現在艦隊に随伴している駆逐艦は9隻。仮に310メートル前進するごとに、駆逐艦が1隻沈められるとすると、2790メートル前進したところで、駆逐艦は全滅してしまう。そのときの距離は36900メートル。まだ〈メイサ〉の射程距離に1450メートルも足りない。
「ば、馬鹿な!」
無意識のうちに、メイナードはネイトと同じ言葉を口にしていた。そのときには、2隻目の駆逐艦が炎上していた。
〈ラ・カサミ改〉は停船した状態で、砲撃を行っていた。〈FCS3改〉は未成熟で、まだ遠距離での命中率が悪い。そこで停船して砲撃を行っていた。
これができるのは、相手の射程圏外から攻撃するアウトレンジ攻撃のときだけだ。こちらが停船していれば、相手の命中率も上がる。ヘビー級とミドル級が足を止めて殴り合えば、必ずヘビー級が勝つ。
だがリーチはこちらの方が僅かだが長い。ならば接近するまで、そのアドバンテージを利用しない手はない。これはマイラスの進言だった。
マイラスも計算をしていた。
「駆逐艦1隻を沈めるのに、砲弾が5発必要だとして……全部で50発ですか。砲弾の4分の1を消費しますね」
マイラスは更に計算する。敵艦の最大速度は30ノット、秒速に直すと15.43メートルである。一方〈ラ・カサミ改〉の主砲の発射速度は5秒。〈ラ・カサミ改〉が1発撃つたびに、敵は77.15メートル距離を詰める。
もし敵戦艦が金剛級と同等だとすると、その最大射程は35450メートル。40000メートルとの差は4550メートル。これを77.15で割れば、58.98になる。
「敵将が馬鹿なら、駆逐艦は殲滅できますね」
マイラスは、これが捕らぬ狸の皮算用であることは分かっていた。
メイナードは異常者ではあったが、愚かではなかった。3隻目の駆逐艦が沈んだところで、雷撃のために前に出していた駆逐艦を後退させた。そして〈メイサ〉の陰に隠すように、単縦陣を組ませた。その過程で〈ラ・カサミ改〉は更に2隻の駆逐艦を沈めたが、5隻の駆逐艦が生き残ることになった。
〈ラ・カサミ改〉は照準先を軽巡洋艦に変更した。