日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第18話『揺れる艦橋』

「艦長、敵との距離が39000メートルを切りました」

 マイラスがミニラルに促す。

「砲雷長、魚雷装填」

「既に装填、注水済みです。6本全部を撃ちますか?」

 砲雷長の質問に、ミニラルは頷く。

「もちろんだ」

 砲雷長は部下に命じる。

「発射口開口」

「開口よし」

「魚雷発射」

「魚雷発射、宜候(ようそろ)

 2本の魚雷が発射される。〈ラ・カサミ改〉の乗組員は同じ操作をあと2回繰り返して、計6本の魚雷を発射した。

「魚雷命中まで、最短で15分、最長で23分です」

 マイラスが告げた。

 

 水上では砲戦が続けられていた。

〈ラ・カサミ改〉はキャニス・メジャー級巡洋艦〈フルド〉に照準を合わせていた。

 初弾は3メートルほど外れるが、次弾は喫水線付近に命中。小さいながらも破孔ができ、そこから浸水が始まった。沈没するほどの規模ではなかったが、速度が落ちた。〈フルド〉はさらに砲弾を浴びることになる。

 

「な、なんという醜態!」

 この様子を〈メイサ〉の艦橋で見ていたメイナードは、歯ぎしりした。

 圧倒的に優位な条件のはずなのに、ここまで相手にワンサイドゲームを演じられている。

「〈アマテル〉に〈フルド〉を支援させろ。〈メイサ〉はこのまま敵に直進、最短距離で敵を射程圏に捉えるように!」

「すでに敵に全速で直進しています」

 艦長のオスニエルが答えた。

 

「なかなか沈まんな」

 ミニラルはそう呟いた。スコルピウス級駆逐艦は3~4発の命中弾で沈んだが、軽巡洋艦の〈フルド〉はその倍近い93式を受けても沈まなかった。

 そこにタウルス級巡洋艦〈アマテル〉が両者の間に割って入ろうとしたが、それより一瞬早く、〈フルド〉が10発目の命中弾を浴びた。

 すでに〈フルド〉の第1砲塔には穴が開いていたが、その破孔に93式榴弾が飛び込んで内部で爆発を起こし、弾薬庫に誘爆した。〈フルド〉は真っ二つに折れ、急速に海底に沈んでいった。

 砲雷長はそのまま〈アマテル〉に照準を合わせようとしたが、マイラスが待ったをかけた。

「あの重巡洋艦には、すでに魚雷が向かっています。残り2隻の軽巡洋艦を優先すべきです」

 一瞬、〈ラ・カサミ改〉の艦橋が静かになる。

「技官殿、少々口出しが過ぎるのではないか」

 とうとうローハットが反論した。一触即発の状態になるかと思いきや、マイラスはあっさり引き下がった。

「これは失礼しました」

 マイラスが引き下がったことで、砲雷長は照準を〈アマテル〉に向けた。ミニラルはこの様子を黙って見守っていた。

 後にミニラルは、このときの沈黙を後悔することになる。

 

 そうりゅう型潜水艦〈おうりゅう〉は、オタハイト沖を北上していた。〈おうりゅう〉は第1護衛隊群が護衛した船団に紛れて、ムー大陸に渡航していた。

 防衛省は海外派兵に備えて、潜水艦の海外展開の可能性を検討していた。そのとき参考にしたのが、ある漫画である。タンカーに偽装した潜水母艦。そのアイディアを拝借して、密かに民間船に偽装した潜水母艦を1隻建造していた。その潜水母艦が船団に入っていた。〈おうりゅう〉はその母艦によって、ムー大陸に運ばれた。

「ムー海軍もまた無茶な作戦を立てたものだ」

〈おうりゅう〉の艦長、島長一等海佐がぼやいた。

「いくら実質的に日本製とはいえ、単艦で艦隊に立ち向かわせるとは……これはもはや作戦とは呼べんな」

「それだけ日本ブランドの価値が高いということでしょう」

 副長の和泉二等海佐が応じる。

「結局は運用する側の問題なんだよ」

 もしミニラルが聞いたら、さぞかし耳が痛かっただろう。

「間に合えばいいんですが」

「もちろんそうだが、やはり未知の海域での海戦はぞっとせんな」

〈おうりゅう〉は〈ラ・カサミ改〉を支援すべく、戦闘海域に向かう。

 

〈アマテル〉は中破状態だったが、戦闘不能ではなかった。甲板と上部構造物は穴が開き、砲塔の一つと多数の高角砲や機銃は潰れていた。だが浸水はなく、機関も健在だった。榴弾を浴びながらも、〈ラ・カサミ改〉へ突撃してくる。

「こいつもなかなか沈まんな」

 ミニラルの呟きを聞いたマイラスは、当然だと思った。重巡洋艦が軽巡洋艦より脆弱なわけがない。だから自分は忠告したのに、それに耳を貸さなかった方が悪い。

 だがマイラスの心配は別にあった。

(そろそろ時間切れだな)

 そう思って〈メイサ〉を見たとき、〈メイサ〉は主砲を撃った直後だった。

「敵戦艦発砲!」

 電探員が叫ぶように報告する。パワープレイの時間は終わったのだ。

「着弾位置を予測せよ。両舷全速前進!」

「両舷全速前進、宜候(ようそろ)

 4基のガスタービンエンジンの騒音が大きくなる。〈ラ・カサミ改〉は、グラ・バルカス海軍の駆逐艦も真っ青の加速度を見せた。

(これで主砲の命中率が下がるな)

 そう思ったマイラスは、砲撃を一時中止するよう進言しようかと思ったが、思いとどまった。別に先ほど諫められたからではない。ある事実を思い出したからだ。

「艦長、93式(長射程榴弾)が底をつきました」

 マイラスの替わりに砲雷長が報告した。

「通常弾と試製徹甲弾の最大射程は30000メートルです」

 マイラスは今度は助言した。だがミニラルの次の命令は予想外だった。

「砲弾を回避しつつ、敵艦隊へ突撃せよ!」

 マイラスは海軍精神など持ち合わせていなかった。あくまで期待値で判断する、合理主義者だった。

「艦長、ここは逃げるべきです」

 たまらずに進言する。

「魚雷は確実に敵艦に向かっています。あと10分、魚雷の命中を待つべきです」

 ミニラルはマイラスを睨む。

「魚雷が命中するという保証があるのか? それで敵戦艦が沈むという保証があるのか?」

 マイラスは理解した。雷撃の経験がない鉄砲屋の認識を改めるのは、容易ではないことを。だがオタハイト市民と自分の命が懸かっているのだ。説得を諦めるわけにはいかない。

「誘導魚雷ですから、高い確率で命中します。重巡洋艦は当たれば確実に沈むでしょう。戦艦は未知の部分はありますが、沈まなくても航行不能ぐらいは期待できます。そうなってから対処するほうが容易です」

「逃げ回っている間に、敵戦艦の砲弾が命中するかもしれん」

「敵は最大射程で撃っているうえに、こちらはレーダーで着弾位置を予測できます。当たる方がどうかしています」

 マイラスの言葉で、ミニラルの心に一瞬迷いが生まれた。だが──

〈メイサ〉の砲弾が海面に着弾し、大きな水柱を上げた。〈グレードアトラスター〉の46センチ砲と比べれば粗末なものだが、ラ・カサミ級の30.5センチ砲よりはかなり大きい。水柱は〈ラ・カサミ改〉から150メートルほど離れていたが、乗組員の危機感を煽るには十分過ぎるものだった。

「突撃だ!」

 そう叫ぶミニラルを、マイラスは理解できなかった。彼は海軍精神を叩き込まれた海軍軍人ではないのだ。

 

〈メイサ〉の艦橋では軽い議論が起きていた。〈ラ・カサミ改〉が砲撃を止めて、突撃してきた意図が分からなかったからだ。

「あの速射です。おそらく砲弾を使い切ったのでは」

〈メイサ〉艦長のオスニエルが意見を述べる。

「ではなぜ突撃してきたのだ?」

 メイナードが問う。

「おそらく雷撃に切り替えたのではないでしょうか」

 グラ・バルカス海軍には、誘導魚雷はない。魚雷は必ず直進する。しかも白い航跡を曳くので、非常に目立つ。敵に早めに発見されると、躱されてしまう。グラ・バルカス海軍では、敵になるべく肉薄してから魚雷を放つのが常識だった。

「だが、この世界には魚雷がないと聞いているぞ」

 メイナードに反論されて、オスニエルは再考する。

「先ほど攻撃機を撃墜したという砲弾はどうでしょう? 〈グレードアトラスター〉を襲ったという、誘導砲弾です」

「あれは日本……なるほど、あの艦は日本で艤装したのだったな。だが〈グレードアトラスター〉のときは、最大射程で撃ち合いになった筈だぞ」

「ムーに与えたのは、射程を短くした誘導砲弾ではないでしょうか。それなら万一ムーが日本と敵対しても、日本には脅威になりません」

 その推理にメイナードは納得する。

「なるほど。では駆逐艦を温存しておく理由はないな。〈メイサ〉は減速して、駆逐艦を前進させろ」

「両舷半速!」

 オスニエルが命じると、〈メイサ〉は30ノットから16ノット付近まで減速した。一方、〈メイサ〉の影に隠れていた駆逐艦の縦列が、〈メイサ〉を躱すように前へ出てきた。

 これは〈ラ・カサミ改〉にとって不幸なことだった。魚雷が〈メイサ〉に命中するまでの時間が、3分ほど伸びてしまったのだ。

〈ラ・カサミ改〉は着弾予測を使って、〈メイサ〉の砲撃を躱しながら突撃する。

「艦長、敵重巡洋艦まで距離30000を切りました」

 副長のローハットが助言する。

「主砲、弾種は徹甲弾。撃ち方始め!」

 ミニラルは砲撃再開を命じる。〈ラ・カサミ改〉のために作られた、試製徹甲弾が砲身から打ち出される。初弾は外れた。〈FCS3改〉は結果をフィードバックして、照準を修正した。

 

「敵艦発砲!」

 この報告に、〈メイサ〉の艦橋は軽い混乱に陥る。

「分からん! 砲弾が残っているのに、なぜ今まで撃たなかったのだ?」

 メイナードの質問に答えられる者はいなかった。オスニエルが逆に質問する。

「〈メイサ〉を加速して、駆逐艦を匿いますか?」

「いや、どうせ後2分ほどで、こちらの駆逐艦も主砲の射程圏に敵を捉えるんだ。このまま前進させろ」

 

〈ラ・カサミ改〉の砲弾が、〈アマテル〉の喫水線付近に破孔を開けた。そこから浸水が始まる。〈アマテル〉を沈没させるほどではないが、その速度はかなり落ちた。

(そろそろ時間切れだな)

 そう思ったマイラスは、不本意な助言をした。

「艦長、敵の駆逐艦が接近してきます。もうすぐ敵の駆逐艦も撃ち返せる距離になります。その前に一隻でも多く、駆逐艦を沈めるべきです」

 今度はミニラルは、マイラスの助言を受け入れた。

「砲雷長、主砲の照準を駆逐艦に変更しろ」

「短魚雷に軽巡洋艦のスクリューノイズをセットして、発射してはどうでしょうか。本来の使い方ではありませんが、当たればダメージを与えられるかもしれません。それに万一の場合を考えると、使わない弾薬を艦に積んでおくのは、得策ではありません」

「分かった。砲雷長、短魚雷を発射だ」

「短魚雷は6本ありますが、1隻に3本ずつでよいでしょうか?」

「それでいい。やってくれ」

〈ラ・カサミ改〉は、艦上の短魚雷発射管から、6本の短魚雷を水中に投下した。この様子は〈メイサ〉の艦橋からも観察できた。

 

「敵艦、魚雷らしきものを投下」

「なんだと? ムーには魚雷がないはずなのに!」

 メイナードの疑問に、オスニエルが答える。

「おそらく日本製でしょう」

「……なるほど。日本は侮れんな。魚雷の航跡は?」

「み、見えません!」

「まさか! 日本は我が軍が開発中の酸素魚雷を、既に実用化しているのか!?」

〈ラ・カサミ改〉の短魚雷は、97式魚雷だった。97式はリチウムと六フッ化硫黄の反応熱を利用した閉サイクル蒸気タービン機関を採用した魚雷で、閉サイクルだから排気が出ない。隠密性では、窒素を排気するディーゼル機関はもちろん、二酸化炭素を排気する酸素魚雷よりも優れている。

「海面の監視を厳とするよう、全艦に通達しろ」

 メイナードの命令は、直ちに全艦に通達された。

 

〈ラ・カサミ改〉は何とか2隻の駆逐艦を撃沈したが、そこで敵の全艦の射程圏に入ってしまった。9隻から砲撃を浴びて、右へ左へと必死の回避運動を行う。未成熟な〈FCS3改〉はこの状況に対応できず、〈ラ・カサミ改〉の砲弾は、全く当たらなくなってしまった。

 グラ・バルカス海軍の駆逐艦は、砲撃だけでなく雷撃も加えるべく、酔っぱらいの様にふらふらしている〈ラ・カサミ改〉に接近してくる。

 嵐の中の木の葉のように揺れる〈ラ・カサミ改〉の艦橋の中で、マイラスは船酔いを堪えながら、必死にカウントダウンしていた。

(あと6分だ。6分耐えれば、長魚雷が重巡洋艦に命中する。その1分後には短魚雷、さらに2分後には戦艦が被弾する)

「技官殿、なぜ主砲は当たらなくなったのだ?」

 ミニラルに質問され、マイラスは食道を逆流しかけた物をなんとか飲み込んで答える。

「おそらく〈FCS3改〉は、このような状況を想定していなかったのでしょう。あるいは想定を越えてしまったのかもしれません」

 実は、後者は前者の言い直しだ。

「回避運動を止めなければ、主砲は当たらないのか?」

「グラ・バルカス海軍の神業の持ち主でも、この状況では当てられないでしょう」

 もしフラグストンが聞いたら、「質問の前提が間違っている」と答えたことだろう。フラグストンなら砲撃をする以前の問題として、弾薬庫に積み上げた砲弾の荷崩れを心配する。荷崩れを起こしたら、誘爆を起こしかねないからだ。もちろん砲撃など、言語道断である。

〈ラ・カサミ改〉が曲がりなりにも砲撃が出来ているのは、自動装填装置のおかげである。もしフラグストンが知ったら、さぞかし羨ましがることだろう。

「だが回避運動は止められん。敵の砲弾はこちらより巨大なのだ。一発でも当たったら、本艦は沈みかねない!」

 だから逃げろと言ったのに、マイラスはそう思ったが口には出さなかった。

「何とか敵を誘導弾の射程内に誘い込むしかありません」

「水上レーダー、敵駆逐艦が誘導弾の射程圏に入るまでの時間は?」

「およそ6分です」

〈ラ・カサミ改〉の多目的誘導弾は、陸上自衛隊の中距離多目的誘導弾を、そのまま搭載したものだ。陸上兵器なので、威力と射程距離の不足が心配されたが、あまりの短納期のために改造する時間がなく、そのまま搭載せざるを得なかった。

 結局、〈ラ・カサミ改〉のために新造された兵器は第1砲塔と試製徹甲弾だけで、あとは在り物の寄せ集めになってしまった。戦艦の設計・製造技術を失った日本にしてみれば、これ以外の方法など無く、メイナードの感想も的外れとは言えない。

(また6分か。6分を耐えられれば、〈ラ・カサミ改〉にも勝機がある)

 猛烈な胸焼けに悩むマイラスは、その6分を永遠であるかのように感じた。


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