日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第19話『魔の時間帯』

〈おうりゅう〉はパッシブソナーで、戦闘海域の戦況を調べようとしていた。

「どんな状況だ?」

 艦長の島長の問いかけに、水測員は困ったような表情を浮かべた。

「砲弾の着水音がひどくて、かなりグチャグチャです。艦数は9対1という程度しか、判りません。あと魚雷が12本も航走しています」

「〈ラ・カサミ改〉の89式は6本の筈だが、グラ・バルカス海軍の魚雷か?」

「97式も使ったようです。射程不足で沈降する確率が大ですが」

「89式の方は当たりそうなのか?」

「〈ラ・カサミ改〉は、曳航ソナーは使えない状況でしょうが、艦首ソナーは使えるはずですので、当たる可能性はあります」

「戦闘海域との距離は?」

「この辺りに変温層がないと仮定しての話ですが、18NM(ノーティカル・マイル)前後です」

「間に合うかどうか、微妙ですね」

 副長の和泉が発言する。

「あと30分、最低でも20分は頑張ってもらわないと、難しいか」

 島長は厳しい表情になる。

「燃費無視で速度を上げますか?」

 和泉の問いかけに、島長は頷く。

「最悪、〈とわだ〉か母艦が来るまで海底に着底して待つことになるが、友軍を見捨てるわけにはいかん」

〈おうりゅう〉は巡航速度から加速した。他のそうりゅう型潜水艦と違い、〈おうりゅう〉はリチウムイオン電池を搭載していた。そのため加減速は、柔軟にできた。

 

〈ラ・カサミ改〉は、必死の回避運動を続けていた。当たらないので砲撃は止めていた。

 その様子を〈メイサ〉の艦橋から観察していたメイナードは、オスニエルに命じた。

「無様なダンスは見飽きたな。〈メイサ〉を全速で前進させろ。〈メイサ〉の射撃精度が上がれば、あの珍妙な艦を沈められるだろう」

「両舷全速前進」

 オスニエルは司令の命令に従い、部下に命令を伝達した。〈メイサ〉は再び30ノットで、〈ラ・カサミ改〉との距離を縮め始めた。

 

〈メイサ〉に限らず、イシュタムの射撃精度は上がっていた。何度も撃ち続けて照準を修正し続ければ、当然精度は上がる。

 遂に電探士が悲鳴を上げる。

「回避不能!」

「駆逐艦のは被弾しても構わん。戦艦だけは避けろ!」

 ミニラルは怒鳴り返した。

〈ラ・カサミ改〉の左舷甲板に、スコルピウス級駆逐艦の127ミリ砲弾が命中する。装備品が破壊され、破片が飛び散る。だが甲板は耐えて、貫通はしなかった。

「損害を報告しろ!」

 ミニラルが吠える。

『短魚雷発射管損傷。火災は発生せず』

 艦橋の乗組員はほっとした。短魚雷が残っていたら、被害が拡大したかもしれない。だが短魚雷は海中を走っている最中だった。

 

 スコルピウス級駆逐艦〈ジュバ〉の艦橋では、歓声が上がった。

「ついに命中しましたな」

〈ジュバ〉の副長が艦長に、興奮気味に話しかける。

「いいねえ。多数で少数を嬲るというのは。距離5000メートルで雷撃を加えるぞ。突撃だ!」

 やはりイシュタムはイシュタムだった。

 

〈ラ・カサミ改〉は更に3発の砲弾を浴びたが、致命傷には至らなかった。前部CIWSが被弾したときは、誘爆が起きて冷や汗をかいたが、甲板はまたしても耐えてくれた。艦橋は装甲化されていたおかげで、司令部要員には損害は出なかった。

 しかし、後部の煙突も被弾してガスタービンの排ガスが後部甲板付近に漂ってきたので、甲板員の多くが前部に集まっていたため、甲板員にはかなり怪我人が出た。

 それでも〈ラ・カサミ改〉は健在だった。(〈FCS3改〉の問題はあるが)2基の砲塔も機関も健在で、浸水もしていなかった。

「間もなく敵駆逐艦が誘導弾の射程に入ります」

 水上電探士が、悲喜が混じった声で報告する。

「艦長、発射のタイミングは〈FCS3改〉に任せましょう。誘導弾は自己誘導方式ですから、発射後は〈FCS3改〉の影響は受けません」

 砲雷長はやや不満気味だが、艦長のミニラルはマイラスの進言を受け入れた。

「誘導弾の発射は自動にせよ」

「誘導弾の発射は自動、宜候(ようそろ)

 砲雷長は淡々と命令に従った。

 

「突撃、突撃ィー!」

 少々ハイになって、〈ジュバ〉の艦長は叫ぶ。彼の目の前で、〈ラ・カサミ改〉から炎が上がった。

「やったか!?」

 艦長の期待は裏切られた。それは誘導弾の噴射炎だった。8000メートルの距離を誘導弾は数十秒で飛翔した。

〈ジュバ〉は多数の誘導弾を被弾した。艦橋を含む上部構造物は跡形もなく吹き飛び、完全に戦闘能力を失った。

 

「駆逐艦〈ジュバ〉〈ウェズン〉大破、戦闘不能!」

 スコルピウス級駆逐艦〈シャウラ〉の艦長は、その報告を聞いて、新たな命令を出した。

「魚雷発射! 本艦は誘導弾の射程圏から離脱する」

〈シャウラ〉は魚雷を放射状に発射した後、反転して〈ラ・カサミ改〉から離れた。

 反転した〈シャウラ〉の正面に、友軍のタウルス級巡洋艦〈マイア〉があった。その〈マイア〉の横腹に水柱が上がる。その後、〈マイア〉の船体は急速に傾き、海底に沈んでいった。

 

「重巡洋艦〈アマテル〉〈マイア〉〈アトラス〉轟沈!」

〈メイサ〉の艦橋は騒然となった。

「な、何が起きたんだ?」

 メイナードの質問に答えたのは、オスニエルだった。

「おそらく先ほどの魚雷ではないでしょうか」

「な、なんと小癪な!」

 メイナードはそう叫んだが、ひとつ閃いた。

「〈シャウラ〉は魚雷を撃ったな?」

「はい、撃ちました」

「魚雷の射線に、あの船を追い込め! あの船は、砲弾の着弾位置を予想しているみたいだからな。そうでなければ、ここまで持ち堪えられない筈だ」

 性格に問題が無ければ、メイナードはグラ・バルカス海軍の主流でそれなりの出世をしていたかもしれない。

 

 マイラスはカウントダウンを続けていた。

(短魚雷を使ったのは無理があったか)

 着弾予想時間が過ぎても、2隻の軽巡洋艦は健在だった。それどころか砲に加えて魚雷も撃ってきた。当てるというより、こちらの操艦を牽制するのが目的のようだ。

 有難いことに、〈ラ・カサミ改〉の艦橋の揺れは、かなり収まっていた。敵艦の数が一気に半数以下に減ったおかげだ。

 それでも油断はできない。今の〈メイサ〉は〈ラ・カサミ改〉に横腹を見せて、全ての砲塔を使って砲撃を加えていた。主砲の砲弾が1発でも当たれば、〈ラ・カサミ改〉は沈んでもおかしくない。

 正常に戻った〈FCS3改〉は、第1砲塔を制御する。最後の駆逐艦〈シャウラ〉を照準する。

「主砲撃ち方始め」

 ミニラルが命じる。

「撃ち方始め」

 砲雷長が復唱すると、第1砲塔が咆哮する。射撃データーを蓄積した〈FCS3改〉は、初弾を当ててみせた。そのまま立て続けに4発を浴びせたところで、〈シャウラ〉は海底へと沈んだ。だが──

〈ラ・カサミ改〉の船体に衝撃が走る。艦尾に水柱が上がった。

「何事だ?」

 ミニラルが吠える。

『艦尾に魚雷を被弾しました。スクリューを2基とも損傷。本艦は航行不能です』

〈ラ・カサミ〉のときと加えて、通算2回目の絶望が降りてきた。

 

「おや、停船したな」

「どうやら被雷して、航行不能になったようです」

 メイナードは高笑いした。

「ここまで手こずらせたのは、褒めてやろう。最期は華々しく散らせてやるぞ。全砲塔、敵艦に照準。一斉射を浴びせろ!」

 

〈メイサ〉の砲塔の動きは、〈ラ・カサミ改〉の艦橋でも観察できた。

「みんな、すまん。結局はオタハイトも救えず、みんなを犬死させてしまった」

 完全にお通夜モードに入っているミニラルに、マイラスは語りかけた。

「いいえ、本艦は助からないでしょうが、オタハイトは救うことができました」

 艦橋にいた全員が、マイラスに疑問の視線を向けた。

「どういうことかね?」

「今、判ります」

 マイラスがそう言ったとたん、〈メイサ〉の船腹に水柱が3本立った。

 その光景にポカンとしている一同に、マイラスは語りかけた。

「89式魚雷を撃ったのをお忘れですか?」

 一同が見守る中、〈メイサ〉

 は傾き、転覆して船底を見せて沈んでいった。

「あとは軽巡洋艦2隻です。本艦は助からないでしょうが、差し違えることはできるかもしれません。もっとも、敵にオタハイトを襲撃する戦意が残っているとは、思えませんが」

 ミニラルの目に活力が戻る。

「主砲、敵巡洋艦を撃て」

 ミニラルがそう命令した直後、水測員が悲痛な報告を挙げた。

「ソナーに感! 魚雷2基が本艦に向かってきます!!」

「どちらの巡洋艦からだ?」

「そ、それがどちらでもありません。後方からです!」

 55ノットで航走する2基の89式魚雷は、〈ラ・カサミ改〉の下を通過すると、二手に分かれ、それぞれグラ・バルカス海軍の巡洋艦に命中した。2隻は弾薬庫に誘爆し、炎を上げながら海底に沈んでいった。

 今度はマイラスも含めて、艦橋の全員がポカンとした。

「今の魚雷は、誰が撃ったのだ?」

 ミニラルが呟くように言うと、水測員が答えた。

「せ、潜水艦です。本艦の後方に潜水艦がいます。先ほどの魚雷の航走音は89式魚雷、日本です! 日本の潜水艦です!!」

 

「メインタンク、ブロー。潜望鏡深度へ浮上せよ」

 島長が命じると、復唱が返ってきた。

「メインタンク、ブロー。潜望鏡深度へ浮上」

 メインタンクの排水音が、かすかに聞こえる。

「浮上して、顔を見せないんですか」

 和泉が訊くと、島長はこう答えた。

「無線で十分だ。俺たちの任務のほとんどは、隠れることだからな」

 

 今度は通信士が報告する。

「通信が入って来ました。相手はおそらく潜水艦です」

「繋いでくれ」

 ミニラルが命じる。

『「ラ・カサミ」、応答されたし』

「こちらは〈ラ・カサミ〉、貴艦の所属と艦名を名乗られたし」

『こちらは日本国海上自衛隊所属、潜水艦〈おうりゅう〉。貴艦の健闘を讃える。なおオタハイト海軍基地には連絡済み。間もなく救助艦が来るはずだ。以上』

「貴艦の支援に感謝する。武運を祈る」

「潜水艦が潜航します」

 水測員が報告する。

「反転して当海域を離脱する模様……探知できなくなりました」

 ミニラルが感嘆のため息をつく。

「また日本に助けられたな」

「日本が同盟国でよかったですよ」

 ローハットが応じる。

 ミニラルは艦橋にマイラスがいないことに気づいた。

「技官はどこへ行った?」

 誰も知らなかった。

 マイラスはトイレに駆け込んでいた。安心した途端、こみあげてきた吐き気と格闘していた。

 

 神聖ミリシアル帝国では『スーパーハンマーⅡ作戦』へ向けた動きが始まっていた。

 エリア48と呼ばれる秘密基地では、5隻の〈パル・キマイラ〉の発進準備が進められていた。


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