〈おうりゅう〉はパッシブソナーで、戦闘海域の戦況を調べようとしていた。
「どんな状況だ?」
艦長の島長の問いかけに、水測員は困ったような表情を浮かべた。
「砲弾の着水音がひどくて、かなりグチャグチャです。艦数は9対1という程度しか、判りません。あと魚雷が12本も航走しています」
「〈ラ・カサミ改〉の89式は6本の筈だが、グラ・バルカス海軍の魚雷か?」
「97式も使ったようです。射程不足で沈降する確率が大ですが」
「89式の方は当たりそうなのか?」
「〈ラ・カサミ改〉は、曳航ソナーは使えない状況でしょうが、艦首ソナーは使えるはずですので、当たる可能性はあります」
「戦闘海域との距離は?」
「この辺りに変温層がないと仮定しての話ですが、18
「間に合うかどうか、微妙ですね」
副長の和泉が発言する。
「あと30分、最低でも20分は頑張ってもらわないと、難しいか」
島長は厳しい表情になる。
「燃費無視で速度を上げますか?」
和泉の問いかけに、島長は頷く。
「最悪、〈とわだ〉か母艦が来るまで海底に着底して待つことになるが、友軍を見捨てるわけにはいかん」
〈おうりゅう〉は巡航速度から加速した。他のそうりゅう型潜水艦と違い、〈おうりゅう〉はリチウムイオン電池を搭載していた。そのため加減速は、柔軟にできた。
〈ラ・カサミ改〉は、必死の回避運動を続けていた。当たらないので砲撃は止めていた。
その様子を〈メイサ〉の艦橋から観察していたメイナードは、オスニエルに命じた。
「無様なダンスは見飽きたな。〈メイサ〉を全速で前進させろ。〈メイサ〉の射撃精度が上がれば、あの珍妙な艦を沈められるだろう」
「両舷全速前進」
オスニエルは司令の命令に従い、部下に命令を伝達した。〈メイサ〉は再び30ノットで、〈ラ・カサミ改〉との距離を縮め始めた。
〈メイサ〉に限らず、イシュタムの射撃精度は上がっていた。何度も撃ち続けて照準を修正し続ければ、当然精度は上がる。
遂に電探士が悲鳴を上げる。
「回避不能!」
「駆逐艦のは被弾しても構わん。戦艦だけは避けろ!」
ミニラルは怒鳴り返した。
〈ラ・カサミ改〉の左舷甲板に、スコルピウス級駆逐艦の127ミリ砲弾が命中する。装備品が破壊され、破片が飛び散る。だが甲板は耐えて、貫通はしなかった。
「損害を報告しろ!」
ミニラルが吠える。
『短魚雷発射管損傷。火災は発生せず』
艦橋の乗組員はほっとした。短魚雷が残っていたら、被害が拡大したかもしれない。だが短魚雷は海中を走っている最中だった。
スコルピウス級駆逐艦〈ジュバ〉の艦橋では、歓声が上がった。
「ついに命中しましたな」
〈ジュバ〉の副長が艦長に、興奮気味に話しかける。
「いいねえ。多数で少数を嬲るというのは。距離5000メートルで雷撃を加えるぞ。突撃だ!」
やはりイシュタムはイシュタムだった。
〈ラ・カサミ改〉は更に3発の砲弾を浴びたが、致命傷には至らなかった。前部CIWSが被弾したときは、誘爆が起きて冷や汗をかいたが、甲板はまたしても耐えてくれた。艦橋は装甲化されていたおかげで、司令部要員には損害は出なかった。
しかし、後部の煙突も被弾してガスタービンの排ガスが後部甲板付近に漂ってきたので、甲板員の多くが前部に集まっていたため、甲板員にはかなり怪我人が出た。
それでも〈ラ・カサミ改〉は健在だった。(〈FCS3改〉の問題はあるが)2基の砲塔も機関も健在で、浸水もしていなかった。
「間もなく敵駆逐艦が誘導弾の射程に入ります」
水上電探士が、悲喜が混じった声で報告する。
「艦長、発射のタイミングは〈FCS3改〉に任せましょう。誘導弾は自己誘導方式ですから、発射後は〈FCS3改〉の影響は受けません」
砲雷長はやや不満気味だが、艦長のミニラルはマイラスの進言を受け入れた。
「誘導弾の発射は自動にせよ」
「誘導弾の発射は自動、
砲雷長は淡々と命令に従った。
「突撃、突撃ィー!」
少々ハイになって、〈ジュバ〉の艦長は叫ぶ。彼の目の前で、〈ラ・カサミ改〉から炎が上がった。
「やったか!?」
艦長の期待は裏切られた。それは誘導弾の噴射炎だった。8000メートルの距離を誘導弾は数十秒で飛翔した。
〈ジュバ〉は多数の誘導弾を被弾した。艦橋を含む上部構造物は跡形もなく吹き飛び、完全に戦闘能力を失った。
「駆逐艦〈ジュバ〉〈ウェズン〉大破、戦闘不能!」
スコルピウス級駆逐艦〈シャウラ〉の艦長は、その報告を聞いて、新たな命令を出した。
「魚雷発射! 本艦は誘導弾の射程圏から離脱する」
〈シャウラ〉は魚雷を放射状に発射した後、反転して〈ラ・カサミ改〉から離れた。
反転した〈シャウラ〉の正面に、友軍のタウルス級巡洋艦〈マイア〉があった。その〈マイア〉の横腹に水柱が上がる。その後、〈マイア〉の船体は急速に傾き、海底に沈んでいった。
「重巡洋艦〈アマテル〉〈マイア〉〈アトラス〉轟沈!」
〈メイサ〉の艦橋は騒然となった。
「な、何が起きたんだ?」
メイナードの質問に答えたのは、オスニエルだった。
「おそらく先ほどの魚雷ではないでしょうか」
「な、なんと小癪な!」
メイナードはそう叫んだが、ひとつ閃いた。
「〈シャウラ〉は魚雷を撃ったな?」
「はい、撃ちました」
「魚雷の射線に、あの船を追い込め! あの船は、砲弾の着弾位置を予想しているみたいだからな。そうでなければ、ここまで持ち堪えられない筈だ」
性格に問題が無ければ、メイナードはグラ・バルカス海軍の主流でそれなりの出世をしていたかもしれない。
マイラスはカウントダウンを続けていた。
(短魚雷を使ったのは無理があったか)
着弾予想時間が過ぎても、2隻の軽巡洋艦は健在だった。それどころか砲に加えて魚雷も撃ってきた。当てるというより、こちらの操艦を牽制するのが目的のようだ。
有難いことに、〈ラ・カサミ改〉の艦橋の揺れは、かなり収まっていた。敵艦の数が一気に半数以下に減ったおかげだ。
それでも油断はできない。今の〈メイサ〉は〈ラ・カサミ改〉に横腹を見せて、全ての砲塔を使って砲撃を加えていた。主砲の砲弾が1発でも当たれば、〈ラ・カサミ改〉は沈んでもおかしくない。
正常に戻った〈FCS3改〉は、第1砲塔を制御する。最後の駆逐艦〈シャウラ〉を照準する。
「主砲撃ち方始め」
ミニラルが命じる。
「撃ち方始め」
砲雷長が復唱すると、第1砲塔が咆哮する。射撃データーを蓄積した〈FCS3改〉は、初弾を当ててみせた。そのまま立て続けに4発を浴びせたところで、〈シャウラ〉は海底へと沈んだ。だが──
〈ラ・カサミ改〉の船体に衝撃が走る。艦尾に水柱が上がった。
「何事だ?」
ミニラルが吠える。
『艦尾に魚雷を被弾しました。スクリューを2基とも損傷。本艦は航行不能です』
〈ラ・カサミ〉のときと加えて、通算2回目の絶望が降りてきた。
「おや、停船したな」
「どうやら被雷して、航行不能になったようです」
メイナードは高笑いした。
「ここまで手こずらせたのは、褒めてやろう。最期は華々しく散らせてやるぞ。全砲塔、敵艦に照準。一斉射を浴びせろ!」
〈メイサ〉の砲塔の動きは、〈ラ・カサミ改〉の艦橋でも観察できた。
「みんな、すまん。結局はオタハイトも救えず、みんなを犬死させてしまった」
完全にお通夜モードに入っているミニラルに、マイラスは語りかけた。
「いいえ、本艦は助からないでしょうが、オタハイトは救うことができました」
艦橋にいた全員が、マイラスに疑問の視線を向けた。
「どういうことかね?」
「今、判ります」
マイラスがそう言ったとたん、〈メイサ〉の船腹に水柱が3本立った。
その光景にポカンとしている一同に、マイラスは語りかけた。
「89式魚雷を撃ったのをお忘れですか?」
一同が見守る中、〈メイサ〉
は傾き、転覆して船底を見せて沈んでいった。
「あとは軽巡洋艦2隻です。本艦は助からないでしょうが、差し違えることはできるかもしれません。もっとも、敵にオタハイトを襲撃する戦意が残っているとは、思えませんが」
ミニラルの目に活力が戻る。
「主砲、敵巡洋艦を撃て」
ミニラルがそう命令した直後、水測員が悲痛な報告を挙げた。
「ソナーに感! 魚雷2基が本艦に向かってきます!!」
「どちらの巡洋艦からだ?」
「そ、それがどちらでもありません。後方からです!」
55ノットで航走する2基の89式魚雷は、〈ラ・カサミ改〉の下を通過すると、二手に分かれ、それぞれグラ・バルカス海軍の巡洋艦に命中した。2隻は弾薬庫に誘爆し、炎を上げながら海底に沈んでいった。
今度はマイラスも含めて、艦橋の全員がポカンとした。
「今の魚雷は、誰が撃ったのだ?」
ミニラルが呟くように言うと、水測員が答えた。
「せ、潜水艦です。本艦の後方に潜水艦がいます。先ほどの魚雷の航走音は89式魚雷、日本です! 日本の潜水艦です!!」
「メインタンク、ブロー。潜望鏡深度へ浮上せよ」
島長が命じると、復唱が返ってきた。
「メインタンク、ブロー。潜望鏡深度へ浮上」
メインタンクの排水音が、かすかに聞こえる。
「浮上して、顔を見せないんですか」
和泉が訊くと、島長はこう答えた。
「無線で十分だ。俺たちの任務のほとんどは、隠れることだからな」
今度は通信士が報告する。
「通信が入って来ました。相手はおそらく潜水艦です」
「繋いでくれ」
ミニラルが命じる。
『「ラ・カサミ」、応答されたし』
「こちらは〈ラ・カサミ〉、貴艦の所属と艦名を名乗られたし」
『こちらは日本国海上自衛隊所属、潜水艦〈おうりゅう〉。貴艦の健闘を讃える。なおオタハイト海軍基地には連絡済み。間もなく救助艦が来るはずだ。以上』
「貴艦の支援に感謝する。武運を祈る」
「潜水艦が潜航します」
水測員が報告する。
「反転して当海域を離脱する模様……探知できなくなりました」
ミニラルが感嘆のため息をつく。
「また日本に助けられたな」
「日本が同盟国でよかったですよ」
ローハットが応じる。
ミニラルは艦橋にマイラスがいないことに気づいた。
「技官はどこへ行った?」
誰も知らなかった。
マイラスはトイレに駆け込んでいた。安心した途端、こみあげてきた吐き気と格闘していた。
神聖ミリシアル帝国では『スーパーハンマーⅡ作戦』へ向けた動きが始まっていた。
エリア48と呼ばれる秘密基地では、5隻の〈パル・キマイラ〉の発進準備が進められていた。