帝都ラグナでは、不毛な議論が繰り広げられていた。
「『バルクルス失陥』の第一義的な責任は、もちろん陸軍にある。だが海軍にも責任がないわけではない。神聖ミリシアル帝国と日本の合同艦隊をみすみす見逃したのは、海軍の怠慢である」
陸軍大臣の弁論を、カイザルはうんざりした気分で聞いていた。
「それはレイフォリアの話でしょう。バルクルスとは直接関係ありません」
カイザルの反論を、陸軍大臣は否定しようとした。
「バルクルス上空が手薄になったのは、レイフォリアが空襲されたからだ」
「レイフォリア上空が手薄になったのは、『オタハイト空襲』を陸軍が強行したからでは?」
陸軍大臣がエキサイトしそうになったのを見て、カーツ帝王府長官が諫める。
「帝王陛下の御前ですぞ」
陸軍大臣は次の言葉が出てこず、口ごもる。
「余は遺憾である」
帝王グラルークスの言葉に、全員が畏まる。
「海軍大臣を更迭し後任も決まらぬうちに、陸軍大臣も空席になるとはな」
陸軍大臣の顔色が変わった。
「実質的な責任者のガオグゲルは敵の捕虜となり、その部下たちも捕虜になるか戦死した。其方の他に責任がとれる者がいない。もう下がってよいぞ」
グラルークスは物憂げにカーツに命じた。
「ジークスを呼べ。あれを陸軍大臣代理に任ずる」
「御意」
帝王の命を受け、カーツが退室する。カーツが退室したタイミングで、グラルークスがカイザルに問う。
「合同艦隊を見逃した理由は何だ?」
「そこに日本がいたからです」
「そこまで日本は恐ろしいか?」
「はい。
「陸はどうだ?」
「小官の専門ではありませんが、『バルクルス失陥』を見れば明らかかと」
「ふむ」
グラルークスは前屈みになり、身を乗り出すような姿勢になった。
「制海権を失えば、どのみち我が国は立ち行かぬ」
「軍事は外交の手段でしかありません。外交で解決を図るのが得策かと」
「外務省は、交渉を有利に進めるためには、勝利が必要だと言っている」
「それは言い訳です。フォーク海峡での勝利を無駄にした連中の
帝王の眼光が鋭くなる。
「どうあっても日本には勝てぬと申すか」
カイザルは慎重に答える。
「何をもって勝利と呼ぶかによります。日本を負かそうというのであれば、物量で対抗するしかありません。日本は資源のほとんどを輸入に頼っています。それもロデニウス大陸のクワ・トイネ公国とクイラ王国に、極端に偏っています。この2ヵ国との通商ラインが日本の生命線です」
「ロデニウス大陸? 確か第三文明圏外だったか」
「御意。我が海軍は第二文明圏と中央世界のみならず、第三文明圏とその周辺まで支配しなければ、日本には勝てません」
「敵の軍艦に勝てる軍艦が必要か。完全な海軍の公理だな」
カーツが戻ってきたので、帝王は姿勢を元に戻した。
「ジークスは間もなくやってきます」
「ウム」
文字通り、ジークスはすぐやって来た。帝都防衛隊長なので、当たり前だが。
ジークスは帝王の前でひざまずく。
「陛下、お召しに従い参上いたしました」
「其方も知っておろう、バルクルスを失陥したのを」
「御意」
「その責任をとって、陸軍大臣が辞職した。正式な後任が決まるまで、其方に代理を命じる」
「御意」
グラルークスはカイザルとジークスに向かって言った。
「二人とも、下がってよいぞ」
帝王の執務室を出た二人は、並んで歩いた。
「ランボールから話は聞いたか?」
カイザルの方から話を振る。
「聞いた」
「返事をまだ聞いていない」
「忙しい」
ジークスは遠回しな表現をしたわけではない。彼はほとんどの会話を一語で済ませる癖がある。某伝説の沈黙提督よりはマシかもしれない。
「日本とガチで戦ったら、確実に負けるぞ。そうなる前に、手を打つ必要がある」
「考えている」
ジークスがそう言うときは、本当に考えているのだ。
「早めに決めてくれ」
「わかった」
そこで二人は別れた。
〈ラ・カサミ改〉はオタハイト港に曳航された後、建造元のリグリエラ・ビサンズ社の造船所にドック入りした。
だがリグリエラ社の技術者たちは、〈ラ・カサミ改〉を見て仰天した。それは、彼らが知っているラ・カサミ級とは全くの別物だったからだ。
同社のアイエン技師は、日本で書かれたスクリューの図面を見せられて、絶句した。
「この図面通りの物を造れと仰るのですか?」
ミニラルとマイラスは頷いた。
「海軍の希望は、一日も早い〈ラ・カサミ〉の戦線復帰です。壊れた兵装は日本から補修用部品として送ってもらうしかありませんが、壊れたスクリューだけでも交換できれば、取り敢えず航行可能になります」
マイラスの説明を聞いたアイエンは、二人の顔と図面を交互に見比べた。
「海軍さんの希望は判りましたが、これと同じ物は造れませんよ」
「何故だ?」
ミニラルが訊いた。本人にはそんなつもりはなかったのだが、アイエンは威圧されたように感じた。
「こんな複雑な形状は、弊社の工作機械では造れません」
「ただのスクリューではないか」
「ちょっと待ってください」
口で言っても分からないだろうと思ったアイエンは、ラ・カサミ級のスクリューの図面を引っ張り出してきた。
「こちらはラ・カサミ級のスクリューの図面です。見比べてください」
二人は図面を覗き込んだ。素人目でも、ラ・カサミ級の方が明らかに平面的だと分かる。
「ご覧の通りです。こんな立体的なスクリューは、弊社では造れません」
「どうしても無理ですか?」
マイラスが粘る。アイエンは困る。
「工作機械ではできませんから、ハンドメイドで作るしかありません。この大きさの物を2個作るとなると、最低でも1年はかかります」
マイラスとミニラルは互いに顔を見合わせた。
「自分は日本側に問い合わせてみます」
マイラスはそう言って、席を立った。
残されたミニラルはアイエンと交渉してみたが、アイエンの結論は変わらなかった。
1時間ほどして、マイラスが戻ってきた。
「日本側と話してみました。日本側も、同じスクリューをムーで作るのは無理だろうと言っていました」
アイエンは、顔も知らない日本人担当者に感謝した。
「航行可能にするだけなら、ラ・カサミ級のスクリューでも可能だろうが、キャビテーション・ノイズ、つまりスクリューが出すノイズが大きくなるので、艦首ソナーが影響を受けるだろうとも言ってました」
ミニラルは、曳航ソナーを捨てたことを思い出して、後悔した。
「日本の工作機械を輸入できませんか?」
アイエンの質問に、マイラスは首を横に振る。
「このスクリューを造れる工作機械は戦略物資に指定されていて、輸出はできないと断られました。その代わり、完成品のスクリューを輸出するという約束は取り付けました」
その場では結論が出せず、二人は問題を海軍本部に持ち帰った。日本からスクリューが届くまで、ラ・カサミ級のスクリューで代替することが、すぐに決まった。
シエリアは、およそ2週間ぶりにレイフォリアに戻ってきた。『スーパーハンマー作戦』の後、レイフォリアは10日近くに渡って無政府状態になった。レイフォリアの行政機関と軍組織が壊滅したせいだ。
荒れた街並みを見て、シエリアは思わず言葉を口にした。
「ひどいものだ」
「艦砲射撃もひどかったですが、その後の暴動による被害の方が大きいですよ」
新しい治安部隊の責任者が言った。
「そんなにひどかったのか?」
「これまで列強と呼ばれて支配する側だったのが、急に支配される側になったんですからね。蛮族どもに不満が溜まるのも、無理はないでしょう」
たぶん不満の理由はそれだけではあるまい。シエリアはそう思ったが、さすがに口には出さなかった。
「ラグナにいた貴女は幸運でしたよ。官庁職員にもかなり犠牲者が出ましたからね」
治安責任者はそう言った後、小声で付け加えた。
「貴女のような美人は、真っ先に襲われますからね。ホント、蛮族は嫌ですよ」
そう言われて、シエリアはぞっとした。
後で確認したところ、上司のゲスタと部下のダラスは、艦砲射撃と暴動で死亡していた。外務省レイフォリア支局の責任者は、シエリアになった。
シエリアはそれを知ったとき、幸運の女神は残酷なのだと思った。
ルーンポリスでは、皇帝の前で『スーパーハンマーⅡ作戦』の最終確認が行われていた。
クリングの自害と、『スーパーハンマー作戦』の武勲により、新たな西部方面艦隊司令官に昇進したレッタル・カウランは、何も知らされていない状態で、この会議に出席した。
「それでは御前会議を始めます」
進行役の言葉で、会議は始まった。
「この会議の目的は、『スーパーハンマーⅡ作戦』の概要の確認と周知です」
軍部側から軽いざわめきが起きる。
「
ミリシアル8世が発言すると、ざわめきはピタリと止んだ。
「この作戦は極秘裏に進められたからな。同盟3ヵ国ですら、詳細を知らない。我が国単独で行う作戦だ」
ミリシアル8世はそう言うと、ヒルカネ・パルぺに視線をやった。全員がつられてヒルカネを見る。
「では、私から説明させていただきます」
視線に答える形で、ヒルカネが説明する。
「『スーパーハンマーⅡ作戦』は、対魔帝対策省が行います」
この場にいた多くの者は、〈パル・キマイラ〉のことを、噂程度でしか知らなかった。だから「まさか」という想いが湧いた。
「作戦には、5隻の空中戦艦〈パル・キマイラ〉を投入します」
さすがに会議場は、ガヤガヤした。
「静粛に願います」
進行役が制止すると、ガヤガヤは収まった。
「この作戦の目的は、グラ・バルカス帝国本土の襲撃であります。連中に『もはや安全な場所はない』ということを教え、その戦意を挫くことを目的としています」
またガヤガヤが始まる。少々滑稽なことに、神聖ミリシアル帝国では、グラ・バルカス帝国本土の位置が分かったことが、極秘扱いになっていたのだ。
「日本の『
会議場名物の壁面ディスプレイに地図が映し出される。それを見た(レッタルを含む)軍人の間から、感嘆の声が漏れる。
「これが5隻の進攻ルートです」
地図にルートを示す矢印が重ねられた。それを見たミリシアル8世が質問をした。
「グラ・バルカス本土に行くのは1隻だけか?」
「御意。燃料の高純度液体魔石の備蓄に限りがございます。それゆえ、4隻は第二文明圏までしか派遣できません」
「フム。無い物ねだりをしても仕方ないか。その4隻はどこを狙うのだ?」
「3隻は、中央世界を目指していると思われる敵の小艦隊を掃討します」
「ほう、敵艦隊の位置が正確にわかるのか」
「日本が『僕の星』を使って、監視しております」
「残りの1隻は、ムー大陸ではなく、島へ行かせるのか?」
「レイフォル地区は『スーパーハンマー作戦』ですでに叩いており、再度同じことをしても心理的効果が薄いと、判断しました」
「その島、イルネティア島か、そこを選んだ理由は?」
「日本国の要望です。可能であれば叩いて欲しい、とのことです」
日本はイルネティア島への上陸作戦を考えているのか? レッタルを含めた多くの軍関係者は、そう疑った。
「それで、グラ・バルカス帝国本土は、どこを叩くのだ」
その場にいた全員が、緊張した。
「残念ながら、〈パル・キマイラ〉の航続距離には限りがあります。一つの都市を襲撃するのが限界です。その都市の名は、グラ・バルカス帝国の首都、ラグナです」
シエリアは間違っていた。幸運の女神は残酷なだけではない。残忍でもあるのだ。
「大体は相分かった。質問のあるものはいるか?」
皇帝がそう言った後は、軍部サイドから山のような質問が出された。