ル・ブリアスでは、毎日定例の行政会議が開かれていた。
「陛下、今日は良い知らせがあります」
貿易担当相が真っ先に報告する。
「神聖ミリシアル帝国から、かつてない大口の魔石の受注が入りました」
貿易担当相が報告した数字は、これまでの最大取引の3倍の量だった。
「しかも全て最高品質の魔石です。取引金額としては、過去最大の10倍以上になります」
担当相は無邪気に喜んでいたが、ルミエス女王は腑に落ちなかった。
新アルタラス王国は、貿易赤字に苦しんでいた。これまでは貿易の稼ぎ頭は魔石で、最大の顧客はパーパルディア皇国だった。
だがパーパルディア皇国とは国交を断絶し、貿易もストップしている。仮に再開したとしても、列強の座から滑り落ちた皇国に、大量の魔石を買いつける資金力はない。
では元属領の72ヵ国はどうかというと、ある程度の需要はあるが、徐々に細くなっている。日本製品の輸入により、魔力から電力へのエネルギーシフトが進行しているからだ。
新アルタラス王国は、新規顧客の開拓に乗り出した。ターゲットは中央世界である。特に神聖ミリシアル帝国は、魔導工学の最先端を行く国であり、ここの市場に参入できれば、他の国の市場への参入もしやすくなる。神聖ミリシアル帝国を訪問し、トップセールスをやっていた貿易担当相が、自分たちの努力が実ったと喜ぶわけだ。
だが新参者に対する発注にしては、金額が大き過ぎる。ルミエス女王は警戒したが、貿易赤字は無視できない。日本の援助も未来永劫続く保証はない。
ルミエス女王は担当相に商談を進めるよう指示する一方で、密かに近衛騎士団長に情報を集めるように指示した。
新アルタラス王国には、神聖ミリシアル帝国の大使館がない。かつては駐パーパルディア大使がアルタラス王国担当を兼任していたが、パーパルディア皇国との戦争以来のゴタゴタが片付かないまま、その状況が放置されていた。
神聖ミリシアル帝国にしてみれば、東の仮想敵だったパーパルディア皇国の脅威がなくなった一方、西にグラ・バルカス帝国という新たな脅威が発生したのだから、どうしても第三文明圏方面の外交が疎かになってしまった感がある。
そのようなわけで、リルセイドは再び日本大使館をアポなし訪問したのだが、今度の高宮大使は口が堅かった。リルセイドは手ぶらでルミエス女王に報告した。
「そうですか。日本は神聖ミリシアル帝国、エモール王国と軍事同盟を結んだそうですね。我が国を優先させてもらえないのも、仕方ないでしょう」
「御意です。日本の外交官は、クワ・トイネ公国とクイラ王国、そしてムーを『ビッグ3』と呼んでいました。我が国は地政学的条件から、その『ビッグ3』に次ぐ扱いを受けていましたが、陛下がおっしゃた2ヵ国が『ビッグ3』の仲間入りをして、『ビッグ5』になったと推測します」
「日本から見て、我が国の重要性は4位タイから6位タイに下がったというわけですね」
「ですが、我が国が日本にとって重要国であることに、変わりはありません」
二人の政情分析は続いた。
防衛装備庁航空装備研究所の本田は、飛行開発実験団の岐阜試験場で〈ATD-X2〉の試験飛行に立ち会っていた。〈ATD-X2〉といっても〈ATD-X〉とは全く違う機体で、〈F-15DJ〉のエンジンを、P&Wの〈F-100〉からIHIの〈XF9-2〉に換装した機体だ。〈XF9〉は
『
『
見た目は〈F-15DJ〉そのままの機体が、滑り出すように滑走路を走り出す。あっという間に加速して離陸、そのまま上昇する。
「どうかね?」
所長に声をかけられた本田は、モニターを見つめたまま返事をした。
「今のところ順調ですが、こいつは旅客機ではありませんから」
「できれば超音速までテストしたいな」
「はい」
大きく右旋回して滑走路上空に戻ってきた〈ATD-X2〉は、一瞬
「エンジンに異状なし」
「燃費は?」
「ダッシュ1と比べると悪くなっていますが、想定内です。ダッシュ1はベンチマーク向けでしたから」
〈ATD-X2〉は3G以下の軽めの機動を試した後、着陸した。テストは順調に終わった。
本田たちは採取できたデータを確認した。
「機体の変更なしで、
「具体的には?」
「エアインテークはもっと小さくできます。〈
「元々
「ほとんど差はないと思いますが……三次元偏向ノズルを使えば、むしろ上がると思います。不安なら、『P-1』のようにフライ・バイ・ライトにして、〈F-2〉のようにCCVを導入すれば良いかと」
「おいおい、それじゃあ値段が高くなるだろう。それに〈
「そこなんですよ」
本田は酒も煙草もやらない人間で、周囲からは「人生何が楽しいんだ?」と言われる男だが、航空機のことになると熱くなる。
「空自の幕僚たちの方針に疑問を感じるんです。パイロットの命を預かる以上、常に最高のものを求めるのか、目的を達成できれば、そこまで高性能でなくてもいいと割り切るのか、どうも軸がぶれているように見えるんです」
所長はまた始まったかと思いつつ、説明する。
「幕僚は基本的には前者だ。だが財務省は後者だ。連中は人命もバランスシートで管理しているからな」
そこかしこで苦笑が漏れる。
「エンジンの換装は、あくまでMSIP(Multi-Stage Improvement Program)の延長だ。〈F-15J改二〉を作るわけじゃない。〈改+〉にとどめてくれ」
「はい。〈T-4改〉をやった後なので、つい弄りたくなって」
〈T-4〉は廉価な練習機を目指して作られた機体だ。そのため機体の強度も離陸可能重量もギリギリで、拡張の余地が乏しい。大口径の機銃を付けたくても、機体の強度が足りなくてできない。相手がグラ・バルカス帝国だから7.62ミリ機銃でも役に立っているが、太平洋戦争当時の米軍機だったら、歯が立たなかった筈だ。
それにロケット弾ポッドの〈JLAU-3/A〉は空自に大量に余っている状態なので、現在の〈T-4改〉はロケット弾が標準兵装になっている。
ムーが〈マリン〉の7.92ミリ機銃を搭載できないかと尋ねてきたことがあったが、「試してみるのは自由だが、改造は自己責任でお願いします」と回答した。結局ムーがどうしたのかは知らなかった。
〈T-4改〉に〈F-3〉の名称を与えて、戦闘機として輸出しようという話もあった。そうすると
「肝心の〈F-X〉の方は、あまり進んでいないようですが」
所長が苦い顔をする。
「RCSを測定する設備を作るところから始めているからな。測定器を作っても、それが本当に正しい測定値を出しているか、確認するのは容易じゃない」
「〈
技術者たちの苦労話は続いた。
イルネティア王国の一行は、都内の一軒家を
ところが今日は、外務省に来ていた。
「急にお呼びたてして申し訳ありません」
外務省で、花井第二文明圏局長が応対した。
「実は御国の役に立ちそうな話があるのです」
エイテス王子はすぐに食いつきそうになったが、ビーリー卿は慎重だった。
「まず話というのを聞かせてください」
「アルタラス王国はご存知ですか?」
それだけでビーリー卿はピンときたが、エイテス王子はそうではなかった。
「いえ、存じませんが」
「パーパルディア皇国に一時支配されていましたが、最近解放された国家です」
「それは日本の助力があってのことですね」
エイテス王子と花井の会話に、ビーリー卿が割り込んだ。
「ルミエス女王、当時は王女でしたね、王女が魔信で独立運動を呼び掛けたのは、結構有名な話ですよ」
エイテス王子の泣きそうな顔を見て、ビーリー卿は慌てて付け加えた。
「……第三文明圏では。その放送は、日本で樹立された亡命政権が行ったのでしたね」
「その通りです。第二文明圏なのに、よくご存じですね」
花井がさりげなくフォローする。
「ビーリー侯は、我が国きっての外交通ですから」
エイテス王子が少しいじけた様子で、説明する。
「つまり、イルネティア王国の亡命政権を樹立しようというわけですか」
ビーリー卿が先回りして言ったが、花井は慎重だった。
「その可能性もある、という話です。今はまだその時ではありません。根回しを行っている段階です」
「根回しということは、相手がいるということですね?」
「詳細は話せません。
「分かりました。よい知らせを期待しています」
「結果はお約束できませんが、最善は尽くします」
花井とビーリー卿は握手して別れた。
隠れ家で、ビーリー卿はいじけ気味のエイテス王子に説明した。
「……これがアルタラス王国が再独立した経緯です」
「なるほど。イルネティアも日本で亡命政権を作って、日本の軍事援助で再独立をするわけか」
「いえ、支援してくれるのは日本ではないでしょう」
「えっ!」
驚くエイテス王子に、ビーリー卿が説明する。
「理由は簡単ですよ。日本にとって、イルネティアは守る価値が無いからです」
再びエイテス王子がいじけた表情になりそうになったので、ビーリー卿は慌てて続きを説明した。
「いいですか。アルタラス島は日本にとって、大変価値があるのです。パーパルディア皇国の頭を押さえる橋頭堡になりますし、中央世界への入り口でもあります。だから日本はアルタラス島に、自国の軍隊を展開しているのです」
「……なるほど」
「ですが日本から見れば、イルネティア王国はあまりにも遠く、軍事的にも経済的にも関係がない国です。自国の兵士を危険にさらしてまで、守る理由がないのです」
「……なるほど、そういう意味か」
「今はグラ・バルカス帝国という共通の敵がいます。旧レイフォルを封鎖する拠点として、イルネティア島は絶好の位置にあります。しかしグラ・バルカス帝国を撃退したら、我々と日本の共通の利益は消えてしまいます。日本はそこまで考えて、我々を支援してくれる国家を探しているのです」
「そんな国があるだろうか?」
「候補としては、ムーと神聖ミリシアル帝国が考えられます。日本はそのどちらか、あるいは両方と交渉しているのでしょう。グラ・バルカス帝国を第二文明圏から叩き出すところまでは、日本も協力するでしょう。その協力を見返りにして、イルネティアをどちらかの国に託そうとしているのです」
「ビーリー侯、自分にできることはないだろうか?」
エイテス王子は一転して、真剣な顔で訊いた。その王子の前に、ビーリー卿は1枚の円盤を取り出してみせた。
「それは?」
「ルミエス王女の演説を録画した魔写です。日本の外務省に頼んで、貰っておきました。殿下はこれを見て、演説の練習をしてください」
エリア48から5隻の〈パル・キマイラ〉が離陸する。『スーパーハンマーⅡ作戦』が発動されたのだ。
「いいねえ。5隻の〈パル・キマイラ〉が勢ぞろいするのは壮観だよ」
〈パル・キマイラ〉2号機の艦橋で、メテオスが誰にともなく言う。
「これで我が国は、再び世界最強に返り咲けますね」
補佐役のコルメドが同調する。だがメテオスは冷静だった。
「君、勘違いしてはいけないよ」
「は?」
「〈パル・キマイラ〉を造ったのは、古の魔法帝国だ。我々はその威を借りているだけだ」
「はっ!」
コルメドは、メテオスに対する尊敬を新たにするのだった。