日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第4話『空転する世界』

「特秘指定をマル秘指定に更新する」

 第零護衛隊群の高級幹部たちの前で、鮫島はまず結論を伝えた。

「ついさっき井上外交補佐官から連絡があった。今朝のG11でミリシアル政府から公式発表がなされた」

 G11はこの世界にはあらざる略称だが、日本人たちは旧世界の癖で、先進11ヵ国会議をG11と呼んでいた。

「先日未明、マグドラ群島でミリシアルの()()()()が、グラ・バルカス帝国の艦隊の奇襲攻撃を受けて全滅したそうだ」

「大本営発表だな」

 誰かがそう言うと、その場にいた全員が苦笑した。鮫島も相好を崩してみせたが、腹の中は笑っていなかった。

 

 冷静に考えてみれば、こんな嘘がいつまでもつき通せるはずがないのだ。

 正確な数は知らないが、第零式魔導艦隊には将兵が配属されていた。死傷者の数は相当なものだろう。いつまで経っても彼らが帰ってこないことに、乗組員の家族が疑問を持たないはずがない。

 いつまで経っても第零式魔導艦隊が一隻も母港のカルトアルパスに戻ってこないことに、カルトアルパスの市民が疑問を持たないはずがない。

 嘘がばれたとき、どれほど手ひどいしっぺ返しを喰らうことになるか、ミリシアル政府は気づいていないのだろうか。

(たぶん気づいていないのだろう)

 鮫島はそう予想していた。

 市民が疑問を持つことを許さないような、徹底した統制を政府が敷いているのだとしたら、ミリシアル政府は(少なくとも国内では)嘘をつき通すことができるだろう。

 だがそれは最悪のシナリオだ。ミリシアルとグラ・バルカス、どちらに覇権を渡すわけにもいかない。

 ここまで考えて、鮫島は考えることを止めた。そこから先は自衛官が踏み込んではいけない禁忌(タブー)なのだ。

 

「ミリシアル政府は参加国の代表にカルトアルパスからの避難を勧告した……すまん、言い間違えた。開催地の変更を提案した」

 再び笑いが起きる。

 文民統制(シビリアンコントロール)の原則により、自衛官が政治的な発言を行うことはできない。当然政府の批判もできない。しかし()()の政府の失態を笑うのは表現の自由だ。

 鮫島はこの憂うべき事態を、ガス抜きとして利用することにした。そうでもしないとやっていられない。現場のストレスは溜まるばかりだ。

 

 鮫島がミリシアルに冷淡とも思える態度をとったのには、理由がある。実は日本が戦争を回避できる機会が一度だけあった。

 それはマグドラ群島で神聖ミリシアル帝国が勝った場合だった。他力本願だが、その場合はグラ・バルカスはカルトアルパス襲撃を諦めたはずだ。もちろんミリシアルを責めるわけにはいかない。第零式魔導艦隊の将兵たちは敗北のツケを命で払ったのだから。

 それでも「なんで勝ってくれなかった? 『世界最強』はただの自称か?」と思いたくなるのも無理はない。ミリシアルが払い切れなかったツケを、自分たちの命で払う義理などないのだから。

 

「世界最強のホスト国の提案だ。まず間違いなく了承されるだろう。我々は具体的なスケジュールが決まり次第、カルトアルパスから出航する。各艦は準備をしておいてくれ」

「司令、井上外交補佐官からです」

 通信科の隊員が急に割り込んできたことに、鮫島は違和感を覚える。何か急な事案でも発生したのだろうか? 鮫島は身につけていたヘッドセットのスイッチを入れる。

「鮫島です。無事に決まりましたか?……本当ですか?……分かりました。お待ちしています」

 高級幹部たちは、何か想定外(イレギュラー)が発生したのだと悟った。

「予定は未定になった。参加国の代表たちは、カルトアルパスでグラ・バルカス艦隊と戦うと主張しているそうだ。ミリシアルが説得しているが、議論は平行線らしい」

 斜め上の展開に、幹部たちも言葉を失う。それでも一人だけ質問をした幹部がいた。

「司令、我が国はどうするつもりですか?」

〈あきづき〉の艦長の質問に、全員の注目が鮫島に集まる。

「本国に確認するため、井上外交補佐官が来艦する」

 鮫島は事実だけを伝えた。それ以上を言ったら、自衛隊を辞職することになりそうだった。

 

 井上が通信室に籠もっている間、鮫島は艦隊司令施設(FIC)で港で撮影した写真を鑑賞していた。

 CICもFICも、私物の情報機器は持ち込み禁止だが、これは公務で撮影した写真なので、艦の設備で観ることができた。

「司令は何を観ているのですか?」

 いつの間にか〈あきづき〉の艦長が後ろからのぞき込んでいた。公務で撮影した写真なので、隠す必要はない。

「〈グレードアトラスター〉だよ」

 鮫島は周囲の反応をうかがう。海の男の(さが)か、興味津々の顔が並んでいた。

「メインモニターを貸してくれるか?」

「どうぞ」

 鮫島がオペレーターに声をかけると、メインモニターに〈グレードアトラスター〉が映る。周囲から軽いどよめきが起きる。

「この前檣楼と砲塔は……大和級そっくりですな」

〈あきづき〉の艦長が不思議がる。

「衛星写真を元に図面を書き起こしたら、大和級とほぼ一致したそうだ」

「副砲塔は二つですか」

「二つだ。左右舷の第二、第三副砲塔はない。太平洋戦争末期の後期型だな」

「前檣楼を後ろから撮影した写真はありませんか?」

「ラッタルは左舷だ」

「……大和ですか」

「大和だ」

 少々ディープな会話になってしまった。鮫島はもう少し有意義な話題に切り替えることにする。

「よく見ると大和級と違うところもある。例えば主砲塔だ」

 鮫島はポインタを操作する。

「照準用の望遠鏡や測距儀は大和級と同じだが、大和級には無い物が付いている」

「水上レーダーでしょうか?」

 幹部の一人が声をあげる。

「やっぱりそう思うか。こいつはレーダー照準射撃ができるみたいだ」

 鮫島はポインタを移動する。

「艦中央の対空銃座も違う。大和級は露天だったが、こいつは全部装甲化している。しかも銃身サイズから見て40ミリに強化している。高角砲も連装から三連装に強化している。砲身は……10センチ砲かな?」

 鮫島は写真では分からない情報も伝える。

「レイフォルの竜騎士の生存者からの聞き取りをした結果、こいつの高角砲はどうも近接(VT)信管を使っているらしい」

 さすがに疑問に思ったらしい。周囲からざわめきが起きる。

「確定情報じゃないが、水上レーダーを装備している辺りから見て、電子兵装は太平洋戦争末期の米軍並みと見ていいだろう。あり得ない話じゃない。総合すると対空戦闘力は旧日本海軍の秋月級と同等か、ひょっとするとそれ以上かもしれん」

 秋月級駆逐艦は(当時としては)対空戦闘能力が突出した駆逐艦だった。米海軍機も避けて通ったという逸話(エピソード)が残っているが……信憑性ははっきりしない。ちなみに今の〈あきづき〉は、これから数えて三代目である。

「凶悪ですな」

 その〈あきづき〉の艦長がこぼす。

「太平洋戦争の技術レベルでは、おそらく最強だろう」

「弱点はないんですか?」

 別の幹部が質問した。

「それは前提条件次第だな。太平洋戦争のテクノロジーで戦うのなら、ひたすら潜水艦での待ち伏せ攻撃だな。見たところ対潜装備はなさそうだし、重要防御区画(バイタルパート)も当時の魚雷で浸水した」

 これには意外そうな表情が並ぶ。

「大和級の重要防御区画(バイタルパート)は410ミリ厚の装甲があったが、これを溶接できる技術は当時の日本にはなかった。だからリベットで接合していたんだ」

 リベット接合は溶接と比べると、かなり脆い。特に衝撃に対しては、リベットに大きな力がかかるので、装甲がもってもリベットが千切れてしまう。第一次世界大戦では、リベット接合で造った戦車が、被弾したとたんバラバラになった戦訓がある。現代の戦車は溶接で造るのが常識になっている。

「しかし戦艦が単独で行動しますかね」

 今度は〈あきづき〉の首席幕僚の広井二佐の発言だった。

「普通は駆逐艦が随伴するな。だがレイフォルを滅ぼしたときは、単艦行動していた。レイフォルの戦列艦の水準は、パーパルディアとほぼ同等だったらしい。潜水艦がいないと分かっていたから、単艦行動が採れたんだろう」

「今、我々が戦うとしたら?」

 やっぱり訊かれたか。さて、どこまで話していいのやら。鮫島が逡巡していると、井上が通信室から出てきた。

「井上さん、政府の結論は?」

「まだ出ていません」

 鮫島を含め、一同から失望と諦めのため息が漏れる。

「なぜ決められないんです?」

 井上は答えるべきか一瞬迷ったようだが、周囲の視線による圧力を感じて、話し出した。

「基本的にはミリシアルの顔を立てる方針ですが……参加国が戦おうとしているのに、自分たちだけ逃げ出したら、外国に舐められるのではないか。そう言い出した閣僚がいたようです」

「それは集団的自衛権そのものですよ」

 何のつもりか井上は答える代りに、両手を合わせて鮫島を拝むような姿勢をみせた。

(言い出したのは留守番役の外務副大臣か。名前は口が裂けても言えないってか?)

 これにはその場にいた自衛官全員が不快感を覚えた。井上は拝むのを止めて、初めて周囲の視線がいっそう厳しくなったことに気づいた。

「井上さんを責めても仕方ないだろう。誰か知らんが言い出したのは別人だし」

 拝まれた鮫島が助け船を出す。そうでもしないと収まりそうにない。

「ムーはどうなんです? 機械文明国の彼らが〈グレードアトラスター〉の実物を見て、その戦闘力を測れないとは思えないんですが」

「それが……グラ・バルカスへの非難決議を提案したのがムーなんです」

 話題が変わったので井上は少しほっとしたが、他の人間は頭を抱えたくなった。こんな砲艦外交をしている世界だ。言い出しっぺが「一抜けた」などと言い出したら、顰蹙(ひんしゅく)の嵐だろう。

 それでも鮫島は疑問が拭えなかった。

「しかし派遣艦隊司令部が反対するはずだ。ムー国人は何人か知り合いがいるが、彼らが無謀な戦いをするとは思えない」

「知り合いがいるんですか?」

 井上が興味がありそうに訊く。

「基地祭に行けば、ほぼ確実にムー国人が来ていますよ」

 これは本当だった。自衛隊の基地が一般公開されるイベントでは、ムーの外交官や駐在武官が必ずと言っていいほど来ていた。それ以外の国からも来ていたが、ムーは突出して人数が多かった。

 だが鮫島は勘違いをしていた。日本に来ているムー国人は、平均的なムー国人ではないのだ。彼らはムー国人の中でも、知的で好奇心が旺盛で、向上心が高い人間だった。鮫島は、まさか愛国心で目が曇った武闘派が、ムー軍部で多数勢力を作っているとは思っていなかった。武闘派は基本的に井の中の蛙だから、(彼らから見て)極東の辺境まで足を運んだりしない。

「それ以外の国は?」

「アニュンリール皇国は『足手まといになるから』という理由で、使節団が帰国しました」

 鮫島は聞き覚えがあった。

「確か政府は関心を持っていましたね」

「ええ、南方の大陸に広い領土を持っているのですが、衛星写真だと列強並みに栄えているんです。ところが鎖国政策を採っていて、外国人の立ち入りが制限されているんです。確かブシュパカ・ラタンとかいう島にしか入れないとか」

 鮫島は画面をスクロールして、一枚の写真を選んだ。

「これは?」

「アニュンリール皇国の使節団の船です」

「絵に描いたような文明圏外国の帆船ですね」

 初見なのか、井上が不思議そうに言う。

「衛星写真だと、ミリシアルの魔導戦艦に似た戦艦を持っているはずなんですよ。G11になぜこんな帆船で……」

 鮫島も気になった。だがもっと優先度が高い問題がある。

「アニュンリール皇国は、今回は関係なさそうでしょう。政府の決定がどこに転ぶか分からないが、最悪の事態を想定して備えるのが自衛隊だ。井上さん、協力してくれますね」

 

「今すぐカルトアルパスから護衛隊群を引き上げさせるべきです」

 防衛大臣が主張する。

「議長国のミリシアルが事実上の避難勧告を出しているんです。大義名分としては十分でしょう」

 防衛大臣の主張はリスク回避である。そもそも防衛省は危機管理のための組織なのだから、防衛大臣の意見は当然といえる。

「しかし参加国が協力して戦おうとしているのに、我が国だけ逃げ出しては諸外国からどう見られるか。そもそも何のために護衛隊群を派遣したのですか?」

 外務副大臣は外交という観点から損得勘定をする。これも当然ではあるが、やや視野狭窄なのは否めない。

「もちろん使節団の護衛です。それ以上でもそれ以下でもありません。仮に世界連合軍が結成されるとしても、それに我が国が参加するのは集団的自衛権の行使に該当します。憲法違反を政府ができるわけないでしょう」

「確かにそれは拙いな」

 法務大臣も同意する。彼も職責上、憲法尊重を首肯しなければならない。

 だが外務大臣の外遊中に得点を稼ぎたいのか、外務副大臣は省益を優先する。

「旧世界でも自衛隊の海外派遣は行われてきた。今回も現場の創意工夫で何とかなりませんか? 下手をしたらまた戦争に巻き込まれますよ」

 外務副大臣は日本人の戦争アレルギーを上手く利用したつもりだったが、逆に防衛大臣の怒りに火を点けてしまった。

「旧世界のときは難民が救助対象だった。だが今回は軍隊、つまり国が相手だ。現場に責任を押しつけられるわけないでしょう。フェンの軍祭のときのように、現場の判断で大砲を撃たせて、野党に追求されたら現場の暴走でトカゲの尻尾切りをするつもりか? あれのせいで現場の士気は著しく酷くなった。所管大臣としてはそのような真似は許せませんな」

 防衛大臣は『フェン沖海戦』のときの苦い経験を思い出していた。あのとき〈みょうこう〉の艦長を更迭したら、海自の幕僚達が次々と辞表を持って大臣室に押しかけてきた。人事に対する抗議である。

 そもそもあの人事は、一部のマスコミが騒いだのに便乗した野党をなだめるために行われたようなものだった。しかもマスコミの尻馬に乗ったのは野党だけではない。パーパルディア皇国との関係悪化を危惧した外務省、現場の暴走を恐れた法務省も人事に口を出した。その干渉に何もしなかった自分の下では働けない、海自の幹部たちからそういう三行半(みくだりはん)を突きつけられた形になった。

 その後の『ニシノミヤコの悲劇』そして『パーパルディア皇国による殲滅戦の宣戦布告』で、パーパルディアの危険性が証明された。それは当時の〈みょうこう〉の艦長の判断が正しかったことの証明でもある。日本人虐殺と日パ戦争を回避できなかった外務省の面子は完全に潰れ、法務大臣も『文民統制(シビリアンコントロール)の勘違い』と批判された。

 それゆえ『フェン沖海戦』を持ち出されると、外務副大臣も法務大臣も分が悪い。

「そこまでだ」

 今まで大臣たちの議論を聞いていた総理大臣が発言する。

「今は内輪もめをしている場合ではない。世界大戦が起きるかどうかの瀬戸際だ。この期に及んでコレを縄張り争いに利用するような真似は慎んでほしい」

 そのように言われるのはどの大臣たちも不本意であったが、総理大臣は自分たちの人事権を握っている。ここは黙って続きを聞く。

「グラ・バルカス帝国は世界中に宣戦布告した。それには我が国も含まれている。この認識に間違いはないのだな?」

 官房長官が念のため事務方に確認する。

「間違いありません」

「では総理大臣として、個別的自衛権の行使を命じる。我が国の国益を守るため、グラ・バルカス帝国への武力行使を容認する。現在の武力衝突を拡大させてはいけない。世界平和こそが、我が国の繁栄に必要なのだ」

 総理大臣の発言は、これまでより一歩踏み込んだものだ。旧世界のときのように、アメリカに軍事や外交を依存できる時代は終わったのだ。なにも日本が新世界で世界の警察官をやる必要はない。他の列強に任せられるところは任せていい。だが傍観者ではいられないのだ。


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