日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

40 / 62
第22話『古代兵器(パル・キマイラ)の猛威』

 轟音を轟かせ、〈パル・キマイラ〉1号機が大海原を渡る。

 反重力魔導エンジンの作用か、〈パル・キマイラ〉の真下の海面が乱れる。そのため高度200メートルを飛行しているにもかかわらず、〈パル・キマイラ〉は航跡(ウェーキー)を曳いていた。

 艦橋ではワールマン艦長が乗り心地を楽しんでいた。

「やはり古代の超兵器は素晴らしい……だが時速200キロは、航空機としては情けない速度だな。攻撃目標(ラグナ)に着くまで70時間以上もあるな。乗組員は予定通り、三交代制で休ませろ」

「はっ」

 ワールマンは傍らにいた部下に指示を出した。

 彼らは知識としては知っていたが、全く実感していなかった。自分たちが宇宙から監視されていることを。

 

 日本国防衛省で衛星画像を解析していた横田と堀山は、不思議な被写体に釘付けになっていた。

「これ、本当に空を飛んでいるんだよな?」

 その被写体とは、直径およそ260メートルのリングで、3本のスポークで中心部分を支えている、巨大な車輪だった。

「認めたくないが、間違いない。通達にあった空中戦艦だろう。上の方にも一報を入れよう」

 衛星画像は彼らから上司へ、そしてそのまた上司へと順繰りに、国家安全保障会議(NSC)にまで回された。

 

「これが本当に空を飛んでいるのかね?」

 総理大臣の第一声は、全閣僚の気持ちを代弁していた。

「画像解析の結果です。認めたくありませんが、間違いありません」

 防衛大臣が答えた。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者たちにも見せましたが、未知の原理で飛んでいるという結論しか出ませんでした」

 文部科学大臣が補足した。

「まさに魔法というわけか」

 総理大臣が鼻白む。だが直ぐに防衛大臣に質問した。

「自衛隊は、これを撃墜できるかね?」

「ミリシアルは同盟国ですが?」

 想定外の質問に、外務大臣は思わず間の抜けた返事を返した。

「『古代の超兵器』ということは、これを造ったのは魔法帝国ということになるな」

 全ての閣僚がそれで察した。いずれ戦う魔法帝国への備えとして、対〈パル・キマイラ〉兵器は必要だということを。

「対艦ミサイルを空中の目標も照準できるよう、改造する必要があるかと思います」

「今すぐではないが、いずれ必要になる。忘れずにやっておいてくれ」

「わかりました」

 これで防衛装備庁は、〈ASM-2〉の再プログラミングに追われることになった。それを担当させられたのは、〈ASM-2X〉で実績がある鮫島だった。

 

 メテオスが指揮する〈パル・キマイラ〉2号機は、イルネティア島へ向かっていた。

「艦長、この予定のコースは、ムー大陸を大きく迂回していますね。ここまで迂回する必要があるのですか?」

 コルメドがメテオスに訊いた。

「できればイルネティア島に忽然(こつぜん)と現れたように見せたくてね。いつどこに現れるか判らない神出鬼没というのは、相手にとっては恐怖だと思わないか?」

「なるほど」

 メテオスの言葉に、コルメドは納得した。

 

 空中戦艦〈パル・キマイラ〉の中で、最初に接敵したのは3号機だった。

 グラ・バルカス帝国海軍東方艦隊第47分艦隊のレーダー担当は、我が目を疑った。陸地から遠く離れた洋上で、反応が見つかった。それもエコーの大きさからして、編隊らしい。考えられるのは、敵機動部隊だ。12隻という中途半端な規模の艦隊にとっては、十分過ぎる脅威だ。

 彼は即座に艦橋に報告を上げる。

「レーダーに感! 方位080、距離およそ30NM(ノーティカル・マイル)、高度200メートル。編隊がおよそ速度100ノットで本艦隊に接近中」

 即座に艦隊に警報が流れる。

「参謀、付近に友軍はいたか?」

 艦隊司令が参謀に問う。

「もちろんいません」

「その筈だな。なら敵だろう。高度と速度から見て、おそらく雷撃機か。航空司令、要撃機を出してくれ」

「はっ。すでに空母では発艦準備が始まっています」

 迎撃の準備が淀みなく進む。だがレーダー担当が声を上げた。

「待ってください。相手は編隊ではありません、単機です!」

「なんだと! 偵察機か?」

 艦隊司令はそう言ってから、違和感を覚えた。偵察機が高度200メートルで索敵するだろうか?

「そ、それが……」

「どうした? はっきりしろ!」

「相手の大きさは、200メートル以上!」

 司令部の全員が、我が耳を疑った。

「馬鹿なっ! 戦艦が空を飛んでいるとでもいうのか?」

「し、しかし、このエコーの大きさは、明らかに……」

 これ以上レーダー担当を叱責しても(らち)が明かない。そう思った艦隊司令は、威力偵察を決断した。

「〈アンタレス〉を上げろ。威力偵察だ!」

 

「敵艦隊をレーダーで捕捉。西南西、距離およそ30NM(ノーティカル・マイル)

 報告を聞いた〈パル・キマイラ〉3号機艦長のコープフは、ため息をついた。

「本当にいたのか。日本の『(しもべ)の星』は、恐ろしく正確だねえ」

「敵空母より艦載機が発進。その数30。時速500キロで本艦に接近中!」

「同時に相手を発見したか。レーダーに関しては、侮れないねえ」

「艦長、こちらから通信を入れますか?」

 通信士が質問した。

「要らないよ。3号機の胴体にはミリシアルの国章が描かれているし、どうせすぐ彼らは死んじゃうんだから。それより戦闘準備だ」

 コープフは事務作業を命じるかのように言った。

「魔素展開開始」

「アトラタテス砲、射撃準備」

 

「なんだありゃ?」

 それが〈パル・キマイラ〉を目視したパイロットの第一声だった。彼は無線機のプレストークボタンを押した。

「目標を肉眼で確認。巨大な円盤が空を飛んでいる。これより接近して詳細を確認する」

〈パル・キマイラ〉より高い高度を飛んでいた彼は、機体をバンクさせて降下する。

「訂正、目標は円盤ではなく車輪。スポークが3本の車輪が横倒しで飛んでいる。回転はしていない。機体に国章らしきものを発見……ミリシアルだ、国章はミリシアル! これより攻撃を行う」

 彼がそう言うのと同時に、〈パル・キマイラ〉が光のベールで包まれた。僚機が彼に続く。

「攻撃開始!」

〈アンタレス〉が一斉に20ミリ機関砲を撃つ。だが光のベールが波打つだけで、手応えがない。

 

「敵、機銃を発砲。されど本艦に影響なし」

「全ての敵機がアトラタテス砲の射程内に入りました」

 コープフは事務的に命じた。

「アトラタテス砲、撃ち方始め」

 

 1時間後、第47分艦隊は全滅した。

 

「最後の敵大型巡洋艦、沈没。敵は全滅しました」

 さすがに〈パル・キマイラ〉3号機の艦橋は、高揚した雰囲気になった──艦長を除いて。

「何を浮かれているのかね? 当然の結果ではないか。それよりあと2回残っているんだ。交替で休憩と睡眠をとりたまえ」

 コープフはそう言うと、艦長室へ仮眠をとりに行った。

 

「全滅したな」

「全滅しましたね」

 日本国防衛省で、横田と堀山は、間欠的に撮影された1時間分の画像を解析していた。

「〈パル・キマイラ〉は光線兵器(ライト・スピード・ウェポン)を装備しているのかな?」

「そういう風にも見えるが、レーザーにしてはおかしくないか? レーザーって、軌道は見えないんじゃないか?」

「光子が大気分子と衝突して散乱した可能性もあるが……ビーム兵器の可能性もあるな。荷電粒子砲か?」

「……まるでSFの世界だ」

「いや、これが魔法なら、ファンタジーだろ」

 二人の分析は続く。

 この画像は、鮫島にも回された。鮫島はアトラタテス砲の弾幕に驚き、「〈ASM-2〉では撃墜される可能性が大。〈XASM-3〉の実用化が必要」という意見を上に具申した。

 だがこの意見具申は、鮫島を〈XASM-3〉の開発に参加させることになり、かえって彼の仕事は増えた。

 

 メテオスの目論見通り、〈パル・キマイラ〉2号機は、忽然とイルネティア島に現れた。

 イルネティア島にあるグラ・バルカス海軍ドイバ基地は、簡易的なレーダー施設しかなかった。〈パル・キマイラ〉を発見したときは、すでに50キロの距離まで迫られていた。

 レーダー担当者はテンプレな反応をし、それを聞いた司令官もテンプレな対応をした。滑走路から威力偵察の〈アンタレス〉が飛び立つ。そしてテンプレ通りに全滅した。

 基地司令は〈シリウス〉と、爆装した〈リゲル〉も空に上げた。だが時速200キロで移動する〈パル・キマイラ〉に爆弾を当てられる筈もない。それどころか、ほとんどの〈シリウス〉と〈リゲル〉は爆弾を投下する前に、アトラタテス砲の餌食になった。

 

「もうお終いか」

 メテオスが物足りなさそうに呟く。

「敵とはいえ無意味に殺生はしたくないが、これではインパクトに欠けるな」

 メテオスの感覚は、やはり常人には理解しがたいようだ。

「地上攻撃に切り替える。15センチ砲の準備をしたまえ」

 無人となった空を、〈パル・キマイラ〉が進む。

 

 旧王都キルクルスの竜舎で、ライカはイルクスの世話をしていた。

「おはよう、今日は顔色が良いね。ご飯は足りてる?」

 運んできた餌を与えながら、ライカはイルクスに語り掛ける。

『うん、足りてるよ。でも外に出るのは、まだ危なそうだね』

 イルクスは竜舎の中で、窮屈そうに羽ばたいてみせる。それから餌を(ついば)む。

「ごめんね。私の力じゃ、あなたを助けてあげられない」

『そんなことはないよ。君が看病してくれたから、僕はまだ生きている』

 イルクスは空戦中にライカを庇って、20ミリを被弾した。それ以来ライカはつきっきりで、イルクスの看護と介護を続けていた。竜舎は周囲の協力で廃墟に偽装した。そのおかげでイルクスは、今までグラ・バルカス軍に発見されずに済んだ。

 だが脱出するタイミングを完全に失ってしまった。

 そのとき、外から騒音が聴こえてきた。多くの足音、喚き声、砲撃の音、等々が。

「私、様子を見てくる」

 ライカは竜舎の外に出た。そこで見たのは、宙に浮く巨大な車輪だった。

 

 グラ・バルカス海軍のドイバ基地は、高射砲を使って〈パル・キマイラ〉を攻撃した。

「勤勉さは認めるが、無駄な努力と気づかないのは、蛮族ゆえかね」

 メテオスに海軍精神が理解できる筈もない。

「さすがに鬱陶しいな。黙らせてあげなさい」

〈パル・キマイラ〉の胴体下から三連装の15センチ砲が出現し、アニオタの日本人が見たらショックカノンを連想させる光線を撃って、次々と高射砲を破壊した。間もなくドイバ基地は沈黙した。

 ゴウゴウという騒音を発しながら、〈パル・キマイラ〉がドイバ基地の真上に移動する。映画オタの日本人が見たら、『未知との遭遇』と『インディペンデンス・デイ』のどちらに似ているかで、議論になりそうな光景だった。

 基地の真上で〈パル・キマイラ〉は静止した。基地にいた軍人たちの頭上に、目に見えるプレッシャーが掛かる。

〈パル・キマイラ〉から、大音量でメテオスの声が流れ出した。

『グラ・バルカス帝国の諸君、自己紹介が遅れたね。私は神聖ミリシアル帝国対魔帝対策省、古代兵器分析戦術運用部のメテオスだ。今は空中戦艦〈パル・キマイラ〉2号機の艦長を勤めている』

 グラ・バルカスの軍人たちには、『神聖ミリシアル帝国』より後の部分は、チンプンカンプンだった。

『君たちも御伽噺(おとぎばなし)で知って……ああ、すまない。君たちは転移国家の人間だったね。私が今座乗している〈パル・キマイラ〉は、古の魔法帝国の遺跡なのだよ。これを見れば、いくら無知蒙昧な君たちでも、魔法帝国、すなわちラヴァーナル帝国の存在を信じざるを得ないだろう』

 メテオスは論理的に説明しているつもりだが、言われた方は馬鹿にされているとしか思えなかった。

『今からでも遅くない。悔い改めて武器を捨てたまえ。反省すれば、我らの同盟に加わる栄誉を分けてやろう。我らと共にラヴァーナル帝国と戦えるのだ。末代まで誇りにできるぞ。さあ、態度で返事を聞かせてもらおう』

 これに対して、地上のスピーカーが大音量でがなり返した。

『誰が降参するか! 馬鹿野郎!!』

 兵舎から兵士たちが駆け出してきて、小銃で〈パル・キマイラ〉を撃つ。もちろん何の効果もないが、もはやそういう問題ではないのだ。

 

「私を馬鹿呼ばわりしたツケは高いよ!」

 キレるメテオスを見ながら、周囲の人間は「余計なことをしてくれたな」と思った。メテオスに対して「馬鹿」はNGワードなのだ。

「〈ジビル〉を使用したまえ」

 メテオスの言葉に周囲は驚く。

「しかし〈ジビル〉の危害半径をここに当てはめますと、市街地にも被害が及びますが……」

 コルメドが思い止まらせようとするが、完全にキレたメテオスには効果がない。

「市街地にも敵兵が潜んでいるかもしれない。だから戦闘地域だ。それに一発だけなら誤射もある」

 一部の日本人が聞いたら怒りそうなセリフを吐いたメテオスを見て、「これはダメだ」と思った周囲は、〈ジビル〉の発射準備を始めた。

 

 ライカはこの様子を不安な気持ちで見ていた。

『大丈夫、僕が守るよ』

 念話で話しかけられ、ライカはびっくりした。いつの間にかイルクスがライカのそばに来ている。

「駄目よ、隠れてなきゃ!」

『誰も僕のことなんか気にしないよ。アレのおかげで』

 そのアレこと〈パル・キマイラ〉は、「ゴウン……ゴウン……」と不気味な音を立て始めた。

『アレのせいで、良くないことが起きる』

 イルクスは確信を持って断言する。神竜に予知能力があるのか、単なる思い込みなのかは判断できない。

『だから僕は君を守らなきゃいけないんだ』

〈パル・キマイラ〉の下部の光のベールが、青く強く光り始めた。そして空中戦艦の中央から、かなり長い物が落下した──

 イルクスは〈ジビル〉に向かってレーザー光線を吐いた。それは高度100メートルで命中し、〈ジビル〉の誘爆を誘った。

 本来なら地上で爆発するはずの〈ジビル〉は空中で爆発した。そのため爆発によるエネルギーは、大半が空中に逃げた。それでも地上は損害を完全に免れたわけではなかった。爆風でライカは転倒し、転がる。それをイルクスは受け止め、両翼でライカを覆った。そのまま一頭と一人は、地面に伏せて爆風をやり過ごした。

 ドイバ基地は、もっと悲惨な状況だった。爆発の真下にあったため、爆風によるダウンバーストが直撃した。基地施設は暴風で残らず吹き飛び(外で小銃を撃っていた兵士たちは、全員即死した)、中にいた人間も高温の空気に肺や喉を焼かれて、死に至った。

 

〈パル・キマイラ〉は水属性の魔素を展開していたが、想定の4倍の熱と衝撃を受け、魔素による中和が追い付かず、機体の各所が損傷した。

「そ、損害を報告せよ!」

 メテオスが吠える。

「第2、第6反重力魔導エンジン、第3補助エンジン停止!」

「第1砲塔沈黙、アトラタテス砲の20パーセントが使用不能!」

 その他、細々とした損害報告が次々と艦橋に上がってくる。それでも弾倉内の〈ジビル〉への誘爆は免れたおかげで、轟沈には至らなかった。

 メテオスは真っ青になっていた。

「な、なんということだ! 陛下からお借りした貴重な〈パル・キマイラ〉を損傷させてしまうとは!!……て、撤退だ!」

〈パル・キマイラ〉は煙を吐きつつ、様々な部品を落下させながら、ヨタヨタとイルネティア島から離脱した。

 

 ライカは目を覚ました。視界全体が白い。自分の目はどうかしてしまったんだろうか? 一瞬そう思ったが、すぐにイルクスの翼に包まれていることに気づいた。

「イルクス!」

 ライカは叫んで立ち上がり、イルクスの容体を調べた。白かった翼は一部が焼け焦げ、いくつもの様々なガレキが刺さっている。

 ライカは嗚咽が止まらなかった。

『ライカ、なぜ泣いているんだい? 僕は君を守ったし、僕だって生きているよ』

「また……また、イルクスを傷つけちゃった……」

『大丈夫だよ』

 無事だったライカは、イルクスに慰められて、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

 ドイバ基地は全滅した。イルネティア島に置かれた基地は、ドイバ基地だけだった。だがレイフォリアと違って、無政府状態には陥らなかった。イルネティア島は短い時間だったが、主権を取り戻したのだ。

 

 2号機損傷の報は、ルーンポリスを揺るがせた。

 ヒルカネは(こうべ)を垂れて、ミリシアル8世に報告した。

「原因はなんだ?」

 皇帝はぶっきらぼうに問うた。

「〈ジビル〉が落下中に早爆した事故でございます」

「事故か……2号機は帰還の途に就いたのだな」

「御意」

「帰還したら、調査は徹底的にやれ」

「御意……1号機を呼び戻しますか?」

「それではこの作戦をやった意味が無いではないか。詳細はワールマンに伝え、事故防止を徹底させよ」

「ははっ」

 

 こうして『スーパーハンマーⅡ作戦』は、最終ミッションを迎えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。