日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第23話『破滅の足音』

〈パル・キマイラ〉1号機の中で、ワールマン艦長は〈パル・キマイラ〉2号機損傷の報を受け取った。

「無様だな。他の〈パル・キマイラ〉は無事に任務を果たしたというのに」

 このニュースのために、仮眠中のところを叩き起こされたワールマンは、少し機嫌が悪かった。

「だが〈ジビル〉に早爆の可能性があることは、知っておいてよかった。〈ジビル〉の取り扱いには細心の注意を払うよう、通達したまえ」

「既に通達済みです」

 副長のエストマンが答える。

「よろしい。せっかくメテオスが反面教師になってくれたのだ。教訓を活かさなかったら、彼に申し訳ない」

 ワールマンはメテオスと仲が悪いというわけではない。ただどちらも合理主義が行き過ぎているのだ。そして二人の『合理的』は、本当に微妙なところでずれている。

 

 魔信による映像で、皇帝はメテオスから報告を受けていた。

『……以上が〈パル・キマイラ〉2号機が損傷した経緯です』

「要するに、使わなくてもいい〈ジビル〉を使おうとしたら、爆発事故が起きたということか」*1

 ミリシアル8世に身も蓋もない言い方をされて、メテオスはその場で平伏した。

『も、申し訳ございません!』

「これ以上2号機を損傷させることなく、本国へ帰還しろ」

 皇帝は、カメラの視界から出て姿が見えなくなったメテオスにそう命じると、魔信を切った。

「アレは優秀な男だが、現場向きではないな」

 ミリシアル8世はそう呟くと、ヒルカネ・パルぺに言い渡した。

「メテオスは2号機の艦長から更迭する。だがそれ以上の処罰はしない。あの男の有効な使い方を考えておけ」

「御意」

 ヒルカネは人事ミスを指摘され、冷や汗をかいた。

 

 グラ・バルカス帝国陸軍帝都防衛隊所属の戦艦〈タビト〉はラグナ沖で対空監視に当たっていた。

 陸軍所属の戦艦は異色の存在だ。グラ・バルカス全軍を見渡しても、この〈タビト〉一隻しかない。

〈タビト〉は帝都ラグナに接近する航空機を監視するために改装された、オリオン級戦艦である。主砲塔4基のうち2基と副砲塔を撤去して、替わりにレーダーを設置した早期警戒艦である。航空自衛隊の〈E-767〉が空飛ぶレーダーサイトなら、〈タビト〉は海に浮かぶレーダーサイトである。

〈タビト〉は帝都防衛のために導入が決定された。そのため所属は陸軍の帝都防衛隊になっている。だが実際に運用しているのは監察軍である。さすがに陸軍に戦艦を運用するノウハウはない。そこで監察軍に運用を委託しているのだ。海軍は陸軍の下請けになるのを嫌ったので、監察軍が運用することになった。

〈タビト〉の艦橋で、アイルマン艦長は職務についていた。職務と言っても部下の働きぶりを監視し、ときどき褒めるか叱るかするだけだ。アイルマンは帝都防衛隊所属で、陸軍軍人だ。だが副長以下の部下は全員監察軍の所属である。実質的な艦長は副長のリドリーで、艦長は一種の名誉職になっている。帝都防衛隊の中では、〈タビト〉の艦長はアニュンリール皇国の『タイムスリップ勤務』ほどではないが、人気が無い役職だ。

 アイルマンは2年限りという条件で、〈タビト〉の艦長を引き受けた。そして最近2年目に突入した。1年以上もいると、さすがに部下が何をやっているか、薄々判るようになっていた。今の部下たちは、何かを繰り返し確認している。しかもそれは不都合なことらしい。

 報告が来るのを待つべきか、自分から訊きに行くべきか悩んでいると、部下の一人が副長のリドリーへ相談に行った。これに少々むっと来たアイルマンは、リドリーの所へ足を運んだ。

「何事かね?」

 リドリーはアイルマンより年上で、現場からの叩き上げ組だった。エリートコースの帝都防衛隊とは対照的な存在だった。

「大したことではありません。レーダーの誤作動です」

 アイルマンは我が耳を疑った。この艦の存在意義はレーダーだ。なのにそれが()()()()()だと?

「どんな誤作動だ、詳しく教えてくれ」

 リドリーは事務的な口調で答えた。

「レーダーがあり得ないものを映したんです」

 あり得ないものだって? ()()()()()()()()()()()()()()()

「何が映ったんだ? 超音速で飛ぶ航空機か?」

「いいえ。全幅が250メートルほどの航空機です」

 なるほど、常識ではあり得ないな。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なぜ私に報告しない。我々は異状に備えるために、ここにいるのだぞ!」

 リドリーは薄ら笑いを浮かべて、アイルマンに言い返した。

「艦長はレーダーの修理ができるのですか? それは知りませんでした」

「そういう話をしているんじゃない!」

 珍しくアイルマンが声を荒げたので、艦橋にいた部下たちは一様に驚いた顔をした。

「帝都に報告すべきか否かは、私が判断する。だから異状があったら私に報告しろ」

 リドリーは再び薄ら笑いを浮かべた。

「でしたらご確認ください。その航空機は、そろそろ本艦からも肉眼で見えるはずです」

 アイルマンはリドリーを無視して、リドリーに報告に来た兵士に訊いた。

「どっちだ?」

「は?」

「航空機はどっちの方角から来る?」

 だが返事を待つ必要はなかった。アイルマンの視界の端っこに、その航空機が映ったのだ。アイルマンは窓辺に駆け寄って確認した。

 それは直径が250メートルほどの、横倒しの車輪だった。リングから3本のスポークが出ていて、中央部分を支えている。リングには神聖ミリシアル帝国の国章が描かれていた。

 その車輪は〈タビト〉を無視して、帝都へと飛び去った。

「帝都に報告しろ。『ミリシアルの国章を付けた巨大飛行物体が、帝都に向かっている』。現在位置、速度、方向などの諸元も一緒にだ!」

 アイルマンに命じられた通信士が、慌てて通信を開始する。その傍らでリドリーは口を開けて間抜け面を晒していた。

 そのリドリーの姿を見たアイルマンは確信した。こいつは無能だ。監察軍でも〈タビト(ここ)〉は人気のない職場なのだろう。艦長が陸軍じゃ無理もないか。

 そして自分も無能の仲間入りだ。椅子に座っているだけの簡単な仕事で、帝都を危機にさらすという大失態を演じたのだ。

 

 ワールマンは拍子抜けした。敵首都上空だから、どんな厳重な迎撃網が待っているかと用心したのに、一機の航空機も一発の砲弾も向かって来ない。さっきは戦艦のそばを通過したが、乗組員は間抜け面で〈パル・キマイラ〉を見物するだけだった。

「ほう」

 ワールマンは感嘆の声を上げた。帝都ラグナの市街地が見え始めたのだ。それはルーンポリスに負けずとも劣らない摩天楼だった。だがルーンポリスと比べると、汚いという印象はぬぐえない。蛮族にしては立派というべきだろう。

「もったいないな。せっかくここまで作った街を焼き払うというのは」

「カルトアルパスの仇です」

 副長のエストマンはやる気満々だった。確かに二度に渡る戦いで、カルトアルパスが被った被害は甚大だ。この都市を焼き払うぐらいが、報復としてはちょうどいいのかもしれない。

「それでは始めるとしよう」

 ワールマンは軽く言ったが、その結果はとてつもなく重いものになった。

 

 帝都防衛隊の航空基地に警報が流れる。訓練以外で警報が流れるのは、転移後は初めてだった。

 待機任務中だったパイロットのアジャッシュは、誰よりも先に格納庫(ハンガー)に駆け込み、整備員がエンジンを起動中の〈アンタレス二型〉*2のコクピットに乗り込んだ。

〈アンタレス二型〉は過給機を強化したエンジンを採用した〈アンタレス〉の改良型で、速度性能と運動性能が改善している。武装も7.7ミリ機銃が13.2ミリ機銃にパワーアップしている。逆に航続距離は四分の三に低下している。また新過給機は故障が多く、稼働率は低めである。これらがネックとなって、海軍ではまだ採用していない。陸軍では帝都防衛隊などの一部のエリート部隊に、試験的に配備されている。

 エンジンが掛かる。三翔のプロペラが回転し、機体が誘導路を前進する。管制塔とやり取りをして、滑走路に出て離陸する。緊急発進(スクランブル)では、上空に上がってから状況を聞くことの方が多い。

「こちら第11飛行隊、状況を報せ」

『南南東からミリシアルの飛行物体が接近中。ただちに迎撃せよ』

「ミリシアル? 敵空母が帝都近くにいるのか?」

『敵は艦載機ではない。超大型航空機、一機だけである』

「爆撃機か?」

『詳細は不明。現場で確認せよ』

「了解」

 分からないことだらけだが、敵に向かうしかない。アジャッシュは僚機に合図を出すと、南南東に針路をとった。

 

 のんびりムードだった〈パル・キマイラ〉1号機の艦橋に、緊張感が走った。

「レーダーに感! 敵戦闘機5機が方位260から接近中。距離およそ5NM(ノーティカル・マイル)、速度310ノット! 〈アンタレス〉の速度ではありません。敵の新型です!」

「敵は馬鹿ばかりではないようだな。備えていた者もいたようだ」

 ワールマンの言葉に、エストマンが応じる。

「多少性能が上がっても、〈パル・キマイラ〉に敵うはずもありません」

「魔素を展開したまえ。アトラタテス砲の射撃準備もだ」

〈パル・キマイラ〉1号機は、光のベールをまとった。

 

「おい、冗談だろ……」

 アジャッシュは、それ以外の言葉が出てこなかった。

『第11飛行隊、状況を報告せよ』

 アジャッシュは無線機のプレストークボタンを押した。

「敵はバカでかい車輪だ。直径250メートルかそれ以上の車輪が、水平になって飛んでいる」

『第11飛行隊、もう一度報告せよ』

「車輪だよ、航空機じゃない。敵はバカでかい車輪を飛ばしてきたんだ!」

『第11飛行隊、まさか酔っているのか?』

「疑うなら貴様がここに来てみろ! こんなもの、どこを攻撃すりゃいいんだ? 監察軍の〈グレードアトラスター〉よりデカいんだぞ。戦爆の〈三型〉*3でも持ってこなきゃ歯が立たん!」

 帝都防衛隊は純粋な防衛部隊なので、戦闘爆撃機や爆撃機、雷撃機は保有していない。戦闘機の〈アンタレス〉と〈アンタレス二型〉しか配備していない。

「偶数番機は上、奇数番機は下から銃撃せよ」

 アジャッシュは即興で策を練って、部下に指示する。自らは部下を率いて、〈パル・キマイラ〉の下側に潜り込もうと低空飛行に移る。

『こちら……』

 部下からの無線が途中で途切れた。アジャッシュが上を見上げると、部下2機が青い対空砲火で撃ち落とされていた。

「くそっ! こいつの上半分はハリネズミだ!」

 そう言いながら首を前に戻すと、三連装砲塔6基がリングの下にぶら下がっているのが見えた。そのうちの1基が青い光線を撃ち出す。

「うわっ!」

 アジャッシュはとっさに機体を左にバンクさせて、光線を躱す。だが自分の右を飛んでいた部下が光線に撃ち落とされた。

「嘘だろ。この戦艦は主砲で戦闘機が撃ち落とせるのか!?」

 アジャッシュと最後の部下は、シザース機動を繰り返しながら、〈パル・キマイラ〉に接近する。ようやく機銃の射程距離まで来たので、機銃を〈パル・キマイラ〉に撃った。だが光のベールが波立っただけで、手応えがない。

「機銃では歯が立たない。繰り返す、機銃では歯が立たない。近隣の部隊に支援を……」

 それがアジャッシュの最期の言葉になった。

 

「友軍全機、レーダーから消失!」

 帝都防衛隊の航空基地司令部は騒然となった。

「戦艦だと? 敵は空飛ぶ戦艦を保有しているというのか!」

「〈アンタレス〉と〈二型〉は爆装して出撃させろ!」

「第1師団に支援要請、〈シリウス〉と〈アンタレス三型〉を出してもらえ……メンツがどうした? 帝都の危機なんだぞ!」

「沿岸砲台と対空陣地は敵を捉え次第攻撃せよ!」

 司令部内を次々と命令が飛び交う。そして戦場では、砲弾が飛び交おうとしていた。

*1
メテオスは嘘をついているわけではない。イルクスのレーザー攻撃に誰も気づかなかったため、事故だと思い込んでいた。

*2
〈アンタレス〉のエンジン強化型(モデルは零戦五三型)。

*3
〈アンタレス〉の戦闘爆撃機バージョン、〈アンタレス三型〉のこと(モデルは零戦六二型)。


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