わらわらと迎撃機が上がってくる。そのほとんどが〈パル・キマイラ〉より高い高度を取っている。
それを見て、ワールマンは安心した。上からの攻撃なら、アトラタテス砲で迎撃できる。15センチ砲でも迎撃はできるが、牛刀で鶏を割くようなもので、色々と効率が悪い。
中でもワールマンが最も心配していたのが、エネルギー効率だ。航続距離ぎりぎりでの作戦行動なので、燃料の液体魔石の残量を気にしなければならない。それに〈パル・キマイラ〉が馬鹿食いする高純度の液体魔石は高いのだ。ワールマンはコストパフォーマンスも気になるタイプだった。
最初、ワールマンは時速200キロで飛行しながら〈ジビル〉を順次投下する作戦を立てた。それなら最小の時間で任務を遂行できるはずだった。だが2号機の爆発事故により、変更を余儀なくされた。〈ジビル〉はこれまで通り、空中に静止した状態で投下するように改めた。静止している間の安全を確保するため、脅威となる敵戦力は、アトラタテス砲と15センチ砲であらかじめ叩いておかなければならない。航空戦力はともかく、地上戦力は〈ジビル〉で殲滅できるのに、わざわざ液体魔石を使って15センチ砲で叩くことに、ワールマンは不快感を覚えた。だが皇帝の
「レーダーに新たな感! 超音速で接近する物体多数、砲弾です!」
レーダー担当の報告に、ワールマンは冷静に対処する。
「念のため回避運動を行え」
〈パル・キマイラ〉は高度を保ったまま、ジグザグ飛行を始めた。
「沿岸砲台が砲撃を開始しました」
「ウム」
帝都防衛隊指令室で、ジークスは報告を受け取った。
(これでは当たらんな)
ジークスは、腹の中ではそう思っていた。洋上の戦艦を攻撃する(追い払う)目的で造られた砲台で、時速200キロでジグザグ飛行をしている標的を狙えるわけがない。砲手の当て推量で撃つしかないのだ。
それでも当たる確率はゼロではない。帝都防衛のためには必要だ。
指令室に、一人の将校が駆け込んできた。
「閣下、偵察機が撮影した写真の現像ができました」
「見せてみろ」
ジークスの前に十数枚の写真が並べられた。いずれも〈パル・キマイラ〉を撮影した写真だ。ジークスはその中の一枚に目を止めた。
「奴は空を飛んでいるんだな?」
「はい、そうであります」
技術士官が答える。
「ではなぜ、奴は
技術士官だけでなく、指令室のほぼ全員が写真に注目した。
「……わかりません。空力学的には、アレが飛べる理由がありませんので、未知の原理で飛んでいるとしか言えません」
技術士官が悔しそうに答える。
ジークスは今度は航空団司令に命令を出した。
「
カニンガム飛行士は、爆装した〈アンタレス二型〉での出撃準備中に、待ったをかけられた。
「この土壇場で、いったい何の用だ?」
出撃準備を中断させられたので、カニンガムは不機嫌になって伝令の兵に訊いた。
「航空団司令がお呼びです」
「
「それが、隊長の特命があるそうです」
「
兵に案内されて、カニンガムは指令室にやって来た。入室早々、敬礼をする。
「カニンガム飛行士、参上しました」
ジークスは無言で手招きをした。
普段は見たこともない高級将校のお歴々の輪の中に、カニンガムが入ってくる。
ジークスは〈パル・キマイラ〉の写真を見せて、カニンガムに命令した。
「こいつの真下の空間に、曳光弾を撃て」
その場にいた全員が戸惑った。
「曳光弾、でありますか?」
カニンガムが確認のため、訊き返す。
「そうだ」
「こいつを下から、曳光弾で撃つのでありますか?」
「違う。こいつの下で、曳光弾がどんな軌道で飛ぶのか知りたい」
「それで、空中戦艦を墜とせるのでありますか?」
「わからん。だが試してみないと始まらん」
ジークスはカニンガムに答えた後、航空団司令に命じた。
「曳光弾の様子は、残さず偵察機で撮影しろ」
ジークスが無駄口を叩かないことは、全員が知っていた。航空団司令とカニンガムが敬礼して、了解の意思を示す。
「サンプルは多い方がいいが、命は無駄にするな」
二人の敬礼に、ジークスは答礼ではなく言葉で答えた。
帝都防衛隊航空団と第1師団航空隊は、最終防衛ラインである海岸線を死守せんと奮戦していた。そこに海軍本国艦隊の航空隊が参加する。一時的に戦闘に参加する軍用機は200機を越えた。
急降下爆撃を試みる〈シリウス〉、水平爆撃を試みる〈アンタレス三型〉、〈パル・キマイラ〉の飛行を妨害せんと特攻スレスレの肉薄爆撃を試みる〈アンタレス〉と『二型』。
だが、彼らの敢闘精神をあざ笑うかのように、アトラタテス砲が空を薙ぎ払う。無慈悲な青い光線は、パイロットたちの決死の覚悟を必死に書き換えてしまう。それはまるで、死神の鎌のようであった。
そんな死闘をよそに、死神の鎌の死角からカニンガム率いる〈アンタレス二型〉の飛行隊が、〈パル・キマイラ〉に接近を試みていた。
「これではまるで雷撃機だな」
カニンガムがそうぼやく。カニンガム隊は〈パル・キマイラ〉より低い高度100メートルで接近を試みていたのだ。陸軍所属のカニンガムは、本当の〈リゲル〉の雷撃の様子を見たことがなかった。
カニンガムたちは出撃前に、15センチ砲に気をつけるよう忠告されたが、砲撃は全くなかった。これはワールマンの判断によるものだった。〈アンタレス〉の機銃は脅威にならない、15センチ砲を戦闘機に使うのは魔石の無駄、それが理由の全てだった。
カニンガムたちは〈パル・キマイラ〉の真下には入らなかったが、〈パル・キマイラ〉の真下に向かって曳光弾を撃ち尽くした。カニンガム隊が離脱したとき、彼らは地上を飛んでいた。最終防衛ラインの海岸線を突破されたのだ。
離脱直後、カニンガムは上空を仰ぎ見た。空を埋め尽くさんばかりにいた軍用機は、四分の一ほどに減っていた。
〈パル・キマイラ〉の艦橋は、楽勝ムードが漂っていた。乗組員たちは、万能感のようなものすら感じていた。
「急に敵が静かになりましたな」
エストマンの言葉に、ワールマンが応えた。
「〈パル・キマイラ〉が上陸したからね。爆撃で的を外すと、自分たちの首都に爆弾を落とすことになる。我々の出方を窺うつもりだろう」
「なるほど」
「それに敵は航空機をかなり失っている。それを補うため、増援を呼び寄せているはずだ。それを待っているのかもしれない」
〈パル・キマイラ〉の艦橋にいた者たちは、ワールマンの明晰な推理に感心した。
その推理は間違っていなかったが、現実は推理のはるか斜め上まで届いていた。
「写真はまだか?」
ジークスは増援より写真を待っていた。
それにタイミングを合わせたかのように、先ほどの将校が駆け込んでくる。
「閣下、現像ができました」
今度は数十枚の写真が、ジークスの前に広げられた。曳光弾を写した写真ばかりだ。
ジークスはそのうちの1枚を手に取った。
「定規を」
たまたまその場にいたランボールが、定規をジークスに手渡した。
ジークスは曳光弾の光跡に何度か定規を当てた。それがすむと写真を別の場所に置き、別の写真を手にした。同じ作業を5回繰り返したところで、新たな命令を出した。
「パイロットを呼べ」
カニンガムが出頭すると、ジークスは尋ねた。
「曳光弾を撃って、違和感は感じたか?」
「はっ、弾は思ったより上へ飛びました」
それを聞いたジークスは、ランボールに無茶な命令を出した。
「カイザルを連れて来い」
〈パル・キマイラ〉1号機は何者にも邪魔されず、
何も知らない人々が見上げる様子を、ワールマンは見下ろす。
「蛮族にしては立派な街だが、汚いな。特に空気がな。淀んだ空気を吹き飛ばしてやるか。ここら辺でよかろう。〈パル・キマイラ〉を停止させよ」
ワールマンの命令で、〈パル・キマイラ〉は広場の一つの上で停止した。
「〈ジビル〉を使用せよ」
〈パル・キマイラ〉1号機が、「ゴウン……ゴウン……」と不気味な音を立て始めた。
カイザルは執務室で忙殺されていた。帝都防衛は陸軍の任務とはいえ、海軍も無為無策とはいかない。元帥の階級を最大限生かして、本国艦隊に〈シリウス〉飛行隊を差し出させた。だが奮戦もむなしく玉砕すると、さらに飛行隊を捻出するよう催促した。
そんな修羅場にランボールが飛び込んできた。
「失礼します。カイザル閣下、お久しぶりです」
ノックをした後、返事を待たずに執務室に入ってきたランボールを見て、カイザルは単刀直入に言った。
「何をしに来た?」
無礼はお互い様だし、気にしている場合ではない。ランボールも単刀直入に言う。
「ジークス閣下が、カイザル閣下にいらして欲しいと仰っています」
「……あいつのことだ。用件はお前さんには話してないだろうな」
「自分は存じません」
ランボールがそう答えたとき、二人は衝撃に襲われた。二人だけではない。海軍省の建物が、衝撃で揺れた。
間もなく副官が執務室に駆け込んでくる。
「閣下、ご無事ですか?」
「俺なら大丈夫だ。それより何が起きた?」
「敵の空中戦艦が、ピカデル広場に大型爆弾を落としました!」
「被害は?」
「ピカデル広場からおよそ5キロ以内は壊滅、瓦礫になりました!」
カイザルとランボールは、一瞬言葉を失う。だがすぐに気を取り直した。
「陸軍と連携を取って、攻撃を再開しろ。瓦礫の上なら、爆弾を落としても構わんだろう」
カイザルは副官に命令を伝えた。
「はっ」
副官が退室すると、カイザルはランボールに言った。
「ジークスの所に連れて行ってくれ」
あまりにもあっさりオーケーを貰ったので、ランボールの方が驚いた。
「よろしいのですか?」
「俺には策が思い浮かばん。だがあいつにはあるらしいからな」
「わたしも同席していいかしら」
気がつくと、ミレケネスが扉を開けて立っていた。
「監察軍だって、協力できるかもしれないわよ」
「ついてこい」
カイザルが勝手に決める。驚くランボールに、カイザルは小声で耳うちした。
「あの女は、断るとかえって面倒だ」
帝都上空では空中戦が再開された。〈シリウス〉や〈アンタレス〉が〈パル・キマイラ〉に襲いかかる。
だが〈パル・キマイラ〉1号機はアトラタテス砲でこれらを掃討し、平然と移動を再開した。
戦闘は〈パル・キマイラ〉が爆撃跡を出ても続いた。当然外れた爆弾は、まだ無傷な市街地に落ちる。だが〈パル・キマイラ〉にまた〈ジビル〉を使用される可能性を考えると、それは許容せざるを得なかったのだ。
グラ・バルカス帝国の損害は、再び急速に増えていく。軍人のみならず、民間人にまでも。