日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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最終話『政治の季節(ターン)

 帝都ラグナの皇城では、善後策が話し合われていた。

「中央官庁区画は壊滅しました。陸軍省と海軍省を除く全ての省庁は、9割の幹部と7割の職員を失いました」

 帝王府長官のカーツが被害を報告する。帝王府も建物が壊滅し、オルダイカ副長官をはじめ幹部が全滅したのだが、カーツはたまたま登城していて難を逃れた。

「不幸中の幸いですが、各省庁の内部資料は戦時情報保全法により、バックアップをとってありました。現在はラグナ市と周辺の自治体の地方公務員を臨時国家公務員として採用し、欠けた人材の穴埋めを行っていますが、機密情報を扱わせるわけにもいかず、慢性的な人手不足の解消のめどはたっていません」

 それまで黙って聞いていた帝王が質問をする。

「被災者の救済はどうなっている?」

 今度はジークスが答えた。

「陸軍が主体となって海軍・消防・警察と連携して行っていますが、規模が大き過ぎて、こちらも深刻な人手不足の状態です。死者・行方不明者の数も、最小で20万、最大で40万と正確な数すら判らない有様です」

 グラルークスはため息をついた。

「政府はマヒ状態というわけか」

「御意」

 カーツが一言で答えた。

 帝王は重い言葉を紡いだ。

「内政は地方公務員の登用で、ある程度は人員を補える。安全保障は陸海軍と監察軍が損害を出しながらも、機能している。問題は外交だな。失った人員は国外に駐在している職員を呼び戻すとして、戦時下という状況はどうにかしなければならない。もはや戦争などという贅沢が許される状況ではない」

 ついにグラ・バルカス帝国が、国策を転換した瞬間だった。

 グラルークスはジークスに告げる。

「不可抗力の側面があったとはいえ、帝都に甚大な被害が出たのだ。誰かが責任をとらねばならぬ」

 ジークスは黙って聞いていた。

「其方を帝都防衛隊隊長の任から解く」

「御意」

 ジークスはそれしか言わなかった。

「だが停滞は許されぬ。後任を推薦せよ」

 この言葉はジークスにとっても意外だったらしい。即答はできなかった。

「……ランボールを推挙いたします」

「ランボールか、其方の推薦なら間違いないだろう。敵空中戦艦撃破の功績により、其方を正式な陸軍大臣に任ずる」

 これにはジークスは驚いて、言葉が出なかった。

「停滞が許されぬのは、政治も同じだ」

 帝王は、今度はカイザルに言った。

「其方も後任を推薦せよ」

「ミレケネスを推挙します」

 カイザルは即答した。ミレケネスは何か言いたそうだったが、帝王の御前だったので黙っていた。

「監察軍はどうする?」

「海軍に統合します。役所を統廃合して、政府をスリム化すべきかと存じます」

「海軍大臣に任じる前に意見か。だが言っていることは間違っていない。ミレケネス、其方はそれでよいか?」

「陛下の御心のままに」

 ミレケネスは殊勝かつ無難な言葉を選んだ。

 

 シエリアはレイフォリアで凶報を受け取った。仮の合同庁舎で残務整理を行っていたとき、通信局の職員が電文を持ってきた。

「これは本国から、第一級秘匿通信で送られてきました。同僚であっても内容は他の方に漏らさぬよう、お気を付けください」

 そう念を押されたシエリアは、個室で電文を読んだ。

 電文を読んだシエリアの顔面が蒼白になる。

 

・帝都ラグナが空襲を受け、20~40万人の犠牲者が出たこと

・外務省本省が爆撃され、職員の7割が死亡または行方不明であること

・本省の業務復旧のため、帰国命令が出されたこと

 

 電文からシエリアは以上のことを知った。

(レイフォリアのみならずラグナまで!)

 シエリアの手は、怒りと恐怖で震えた。

 だがシエリアは気づいた。人員不足の穴を埋めるため、外務省は経験者(OB)を現場に復帰させるだろう。ハイラス殺害事件を機に更迭された非戦派が、現場に復帰することになる。

 シエリアは幸運の女神を呪った。確かに自分は味方を欲した。だがこんな方法は望んでいなかった!

 シエリアはひとまず感情を押し殺して、帰国の準備を始めた。

 

 ルーンポリスに衝撃が走った。日本から提供された衛星写真が震源地だった。

 ミリシアル8世は、〈パル・キマイラ〉1号機が爆発する瞬間の写真を1分以上も見つめていた。

「〈パル・キマイラ〉1号機が撃墜されたのは、確かなのか?」

 ヒルカネが恐る恐る答える。

「1号機とは連絡が途絶えています。残念ながらおそらくは……」

「古の魔法帝国の超兵器も、無敵ではなかったわけか」

 皇帝はため息をつくと、人払いをした。

「少し一人で考えたい。もう下がってよいぞ」

 

 日本では国家安全保障会議(NSC)が開かれていた。

 防衛省の情報分析官が、衛星写真を解説する。

「このように、グラ・バルカス帝国は、神聖ミリシアル帝国の〈パル・キマイラ〉を撃墜しました。しかしグラ・バルカス帝国の損害も、多大なものと思われます。10万人単位で犠牲者が出たでしょう」

 情報分析官の報告に、閣僚たちは息を呑む。

「東京大空襲のようなものか」

 総理大臣がポツリと言った。

「まさに、その通りです」

 外務大臣が発言を求めた。

「問題は、グラ・バルカス帝国と神聖ミリシアル帝国の今後の態度が予測できないことです。この戦いの結果を両者がどう評価するか、わかりません。グラ・バルカス側の被害の詳細、ミリシアル内での〈パル・キマイラ〉の価値、これらはまだ窺い知れません」

 総理大臣が珍しく苛立ちを露わにする。

「無差別爆撃とは、また浅慮な真似をしてくれたものだ。これで国内世論は、四ヵ国同盟に後ろ向きになる。相手の戦意を挫くにしても、これでは逆効果になりかねん」

 外務大臣も苦い顔をした。

「ミリシアルは小国のあしらい方は上手いですが、自分と対等以上の相手との付き合い方を知らなさ過ぎます。できればグラ・バルカスをこちら側に引き込もうという我が国の意図を、理解していないようです。本当の敵はラヴァーナル帝国であって、グラ・バルカス帝国ではないというのに」

「ミリシアルは、また〈パル・キマイラ〉で無差別爆撃をやらないかね?」

 総理大臣は不信感を露わにした。

「将来は判りませんが、今すぐはないと思われます。〈パル・キマイラ〉は液体魔石を燃料としているそうですが、その燃料が底をついたようです。これまであまり取引が無かったアルタラス王国から、大量の固体の魔石を買いつけています。買いつけた魔石を〈パル・キマイラ〉に使えるよう液体に加工するには、時間がかかると思われます」

 外務大臣の報告で、閣僚たちは胸をなでおろした。

 だが副総理が疑問を出した。

「時間がかかるという情報は、確かなのかね?」

「絶対とまでは言えませんが、あの大きさの機体を動かす量と、必要な工程を掛け算した結果ですから、信憑性は高いかと」

「工程の情報源(ソース)は確かかね?」

「来日中のミリシアルの魔導師から直接聞きました」

「魔導師?」

「ご存じありませんか? キャンディー氏です」

 この後も会議は続いたが、両国の出方を見るという消極策しか出てこなかった。

 

 首相官邸でNSCが開かれていたとき、ルーンポリスでは朝田が加山大使と状況分析をしていた。

「『スーパーハンマーⅡ作戦』の評価、ミリシアルはどう見ているんでしょうね?」

 朝田が訊いた。

「敵艦隊をほぼ一掃できたのと、ラグナを爆撃できたのは、それなりに評価しているでしょう。ですが〈パル・キマイラ〉を1機喪失・1機損傷は、かなり高い代価になりましたね」

「〈パル・キマイラ〉は、やはり貴重なのですか?」

「稼働機体が5機しかなく、新規建造は無理ですから、確かに貴重です。でも数の問題以上に、魔法帝国の遺跡だということが問題なんです」

「どういうことです?」

「ミリシアルが魔法帝国の遺跡をリバースエンジニアリングして、現在の文明を築いたという話は知ってますね」

「ええ」

「ミリシアルにとって、魔法帝国は忌むべき敵であると同時に、文明の母でもあるのです」

 加山の例えは、朝田には解りやすかった。

「なるほど、ミリシアル人は魔法帝国に複雑な感情(コンプレックス)を抱いているわけですね。いずれは自分が越えるはずの壁を、新参の余所者に先に倒されてしまったというわけですか」

「まあ、そんなところです。これは私個人の感想ですが、魔法帝国との戦争を真剣に考えているミリシアル人は、ほとんどいませんよ。ほとんどのミリシアル人は、それは遠い未来の話で、自分とは無関係だと思っています。今は魔法帝国のおかげで手に入れた世界最強の座を、楽しんでいるのです」

 いかにもありそうな話だな、朝田はそう思った。

 加山は話を続けた。

「ミリシアル人の心情は置いておくとしても、魔法帝国が最強でないと、ミリシアルが困ることは事実です」

「自身の世界最強の座の正当性を疑われるからですか?」

「その通りです。皇帝陛下の立場になって考えてみれば、『スーパーハンマーⅡ作戦』の意味も変わりますよ」

 ひょっとして自分はテストされているのか? 朝田はそう疑いながらも、考えてみた。

「……まさか、代理戦争? 自分が魔法帝国の代理となって、グラ・バルカス帝国と戦ったということですか!?」

 案外切れる若造だ。若手のホープ扱いされるのも伊達ではない。加山はそう思った。

「そこまで極端ではないでしょうが、魔法文明対機械文明という視点は、皇帝の中にはあったでしょうね」

「ところが〈パル・キマイラ〉が墜とされたことで、魔法文明優位の自信が揺らいでしまったわけですか」

「カルアミーク王国で遺跡が発見された時点で、ショックを受けたかもしれませんね。自分たちが世界の中心だという根拠が揺らいだかもしれませんから」

 朝田は整理することにした。

「つまり、ミリシアルが『スーパーハンマーⅡ作戦』を提案したのは、二つの動機があった。一つは四ヵ国同盟共通の敵であるグラ・バルカス帝国を叩くこと。もう一つは機械文明のグラ・バルカス帝国を叩くことで、魔法文明の優位を証明すること。前者は成功したが、後者は成功したとは言えない。それで皇帝は悩んでいる」

「その可能性はありますね。皇帝本人にしか、心の中は判りません」

 ここまでさんざん人を振り回しておいて、身も蓋もないことをよく平然と言えるな。朝田はそう思った。

 だが状況は整理できた。これでミリシアルが採りそうな選択肢は絞られたし、ミリシアルの選択が明らかになったとき、その真意が推定できそうだ。

 朝田は話題を変えることにした。

「他の列強──同盟国は、『スーパーハンマーⅡ作戦』をどう評価しているのでしょう?」

「御園大使と荒尾大使によると、どちらも高評価のようです。ムーはグラ・バルカスを純粋に脅威として見ており、魔法文明うんぬんは関係ありませんからね。エモール王国は魔法帝国憎しで、対魔法帝国戦の準備が一歩進んだと考えているようです」

「そうすると、一番付き合いが難しいのは、やはりミリシアルですか」

「そうでしょうね。世界最強というプライドと既得権益を捨ててくれれば良いんですが、今の段階でそれを望むのは無理でしょう」

 朝田は、四ヵ国同盟は意外と脆弱だと気付いた。今は対魔法帝国で一致団結しているが、ムーが主敵と考えているのはグラ・バルカス帝国で、神聖ミリシアル帝国は機械文明を潜在的な敵勢力と考えている。エモール王国はアンチ魔法帝国ではブレないが、種族差別が激しい。日本が相当うまく立ち回らないと、この同盟はいつ瓦解してもおかしくない。

(グラ・バルカス帝国と講和になっても、相当難しいことになりそうだな)

 朝田はそう思ったが、これこそ捕らぬ狸の皮算用だと気づいた。相手より一手先を読むのは必要だが、今心配するには早過ぎる。

 朝田と加山の二人の話し合いは、更に続いた。

 

 ラグナに戻ってきたシエリアは、文字通り戦慄した。爆撃跡を見ると、体が震え出した。自分の中で価値観がガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。

 仮設の省舎に入って早々、新任の外務大臣に呼ばれた。

「よく戻ってきてくれた、シエリア部長」

 この言葉にシエリアは戸惑った。

「私は課長です」

「君は昇進したんだ。おめでとう」

 おめでとうか、これほどこの場にそぐわない言葉はないだろうに。シエリアは新しい上司の神経を疑った。

「さっそくだが、君には重要な案件を担当してもらいたい」

 ああ、なるほど。課長クラスでは相手に舐められるような交渉を担当させられるのか。

「四ヵ国同盟との講和をまとめて欲しい」

 シエリアは呆然とした。自分が望んでいた交渉を自分が担当するというのに、全く嬉しくない。自分は贖罪の山羊(スケープゴート)にされるのではないか、そんな不安しか浮かばなかった。


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