日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第3章『イルネティア危機(クライシス)
第1話『ミリシアルの変心』


 日本国防衛省で、横田と堀山は帝都ラグナの画像を解析していた。

「これ、カメラの故障じゃないよな」

「故障じゃないでしょう。他の地域はちゃんと撮れていますから」

 二人は再び上司に報告した。今度は防衛大臣まで報告が届いた。

帝都(ラグナ)で停電が頻繁に起きている?」

 情報分析官から報告を受けた防衛大臣は、思わず訊き返した。

「はい。不規則ですが夜間の撮影で、しばしば帝都の照明が写らないことがあります。〈パル・キマイラ〉による爆撃で、都市機能(インフラ)に深刻なダメージを受けた可能性があります。首都でありながら速やかな復旧ができていないということは、都市機能に(とど)まらず政府機能もダメージを受けた可能性があります」

 分析官は別の写真も示した。

「港湾施設には損害が見当たらないのですが、港に出入りする船の数が、急激に落ち込んでいます。本当なら支援や復興のために多量の物資が運び込まれるはずですが、軍艦の数は増えたものの、非軍用の輸送船の数が急激に落ち込んでいます」

「首都の復興もままならないほど、政府は機能していないのか」

「その可能性は高いと思われますが、それを前提に行動していいほどの確証は、まだありません」

「確証を得るためにはどうすればいい?」

「〈RF-4E〉による強行偵察が、最もリスクが小さいかと思われます」

 防衛大臣は思案する。

「相手はダメージを受けているとはいえ、敵首都上空に偵察機を飛ばして大丈夫かね?」

「上空を超音速で何度か通過して写真を撮るのなら、大丈夫だと思われます」

 防衛大臣は、統合幕僚長に偵察作戦の立案と実行を命令した。

 

「えっ、アレも本当に使うんですか?」

 防衛装備庁航空装備研究所の本田は、既視感を覚えた。

「そうだ。〈ATD-X2〉は、〈XRF-15DJ〉に名称を変えて、実戦配備を目指すことになった」

 所長の言葉に本田は首を捻る。

「〈F-15J〉の偵察機()型は、計画が流れたはずですが?」

「あの時とは前提条件が違う。情報を提供してくれる同盟国はいないし、惑星の大きさに比べて衛星の数が全然足りない。それに〈RF-4〉は機体の寿命が迫っているから、代替機が必要なんだ」

「それは分かりますが……」

 本田はそう答えつつ、考えた。

「〈ATD-X2〉に〈RF-4EJ〉*1の偵察用ポッドを搭載するという方向でいいですか?」

 所長は数秒考えた。

「それが一番手っ取り早いな。とりあえずはそれでいい」

「ポッドを外せば、超音速巡行(スーパークルーズ)が可能な〈スーパーイーグル〉になりますしね」

「だがカメラ等を機体に内蔵することは検討しておいてくれ。超音速巡行(スーパークルーズ)能力を活かすためには、空気抵抗の源は無い方がいい」

「その点は大丈夫だと思います。〈T-4〉と違って、〈F-15J〉は機内容積も電力も余裕がありますから。ホント、贅沢な機体ですよ。カメラもソニーのCMOSイメージセンサーが使えれば、小型軽量化と高性能化が期待できます」

「あれは民生品だろう」

「調達数は少数ですから、センサーをロットで買って選別するという手もあります。それでも特注にするよりは、二桁か三桁は安上がりになりますよ」

 その後も本田の妄想スレスレのアイディアは続いた。

 

 オタハイトの酒場では、マイラスが三菱重工業の大山と飲んでいた。

「大山さん、あの技術供与の話、進展はありましたか?」

 マイラスに訊かれて、大山はグラスを置いた。

「ありましたよ。どうやら実現しそうです」

「本当ですか! それは良かった」

 二人が話題にしているのは、〈YS-11〉をムーでライセンス生産する話だった。

「新世界技術流出防止法に引っかかる部品はブラックボックス化して日本から提供しますが、それ以外は図面を渡してムーで生産することになりそうです」

「どの程度がブラックボックスになりそうですか?」

 興奮気味なマイラスが訊く。

「エンジンのタービンや、半導体を使っている電装品などですね」

 マイラスは半分納得、半分悔しそうな表情をした。

「なるほど。図面だけもらっても、我が国では作れない物ばかりですね」

「成功すれば、日本も逆輸入することになります。第三文明圏に供与できる機体として、期待されていますよ。三菱重工業(ウチ)としても成功して欲しいんです。スペースジェット*2がトラブル続きでして、当面の飯のタネとしてライセンス料収入に期待が集まっているんです。期待しているのウチだけじゃありませんよ。〈YS-11〉には多くのメーカーが携わっていましたからね」

 ここまで話すと大山はグラスを手にし、酒を一口飲んだ。

「でも『ラ・カオス』の後継機が日本の設計になることに、ムー国内では反発はないんですか?」

「以前はありましたよ。でも〈ヤムート〉の実績を見て、そういう声はほとんど無くなりました。むしろ本決まりになって発表されたら、『なぜジェット機じゃないんだ?』と疑問の声が挙がりそうです」

 大山は苦笑いした。

「耳が痛いですよ」

 

 海軍大臣になってもカイザルは執務室を変えなかった。引っ越しに割くマンパワーが惜しかったからだ。とにかくどこもかしこも人手不足だ。

 その執務室に、新たな東方艦隊司令長官のミレケネスが乗り込んできた。

「ちょっとカイザル、アンタ正気なの!」

 第一声がこれか。まあ、無理もないが。

「海軍の主計科から人員を半分も引っこ抜くって、兵に飢え死にしろと言うつもり!?」

「被災者は現在進行形で飢えているんだ。国民を守らずして、何のための軍隊だ?」

 物資を必要としているところに必要な量だけ期限以内に送るというのは、意外と大変な作業なのだ。現代日本ならせいぜいコンビニで伝票を書くぐらいに思われているが、その後は集荷、仕分け、輸送、配達といった工程が必要になる。しかも有事(被災も含む)とあっては、人手も輸送手段も限られるのに対し、需要は膨大なものとなる。それを支える裏方の事務作業を担う主計科なしでは、兵站は成り立たない。

「被災者を助けなくていいとは言わない。でも東方艦隊の将兵の命を預かっている立場から、抗議させてもらうわ」

「その抗議は確かに受け取った。だが決定は覆らない。陸軍だって人員を提供するんだ。我慢してくれ」

 ミレケネスは勝ち目なしと見て取ると、さっさと退室した。

 

 帰国後、ヒルカネ・パルぺから〈パル・キマイラ〉2号機の被害調査を命じられたメテオスは、報告のため謁見の間にいた。

 謁見の間には当然皇帝とヒルカネがいた。

「では報告を聞こう」

 ミリシアル8世の言葉で、メテオスは恐る恐る報告を始めた。

「結論から申し上げますと、2号機の修理はかなり困難でして、解体して3号機以下の補修用部品にする方が、稼働機数が増えるものと考察いたします」

「そうか。ではそのようにせよ」

 皇帝があっさり自分の意見を受け入れたので、メテオスはビックリした。

「魔導技術に関しては、余より其方の方が詳しいのだ。艦長としての其方は期待外れだったが、魔導技術者としての其方は評価している」

「あ、ありがとうございます」

 メテオスは感激して、(こうべ)を垂れた。

「信頼できる魔導技術者の其方に訊きたいのだが、20年以内に我が国が〈パル・キマイラ〉を一から建造できるようになると思うか?」

 質問の真意を疑いたくなったが、メテオスは正直に答えた。

「20年では、相当困難と言わざるを得ません」

 

「では何年なら確実にできるようになる?」

「……未来の予測は困難ですが、50年後なら確実かと思われます」

 ミリシアル8世は、苦悩の表情を浮かべた。

「それでは、間に合わんのだ」

「は?」

 メテオスは間の抜けた返事を返してしまった。

「エモール王国の空間占いによると、遅くても25いや24年後には、魔法帝国が復活する」

 メテオスの背中に冷や汗が流れる。先進11ヵ国会議の冒頭で、エモール王国から発表があったことは聞いていた。だがグラ・バルカス帝国の暴挙により、皆それを忘れていた。いや、見て見ぬふりをしていたのだ。目の前の問題にかこつけて、都合の悪い真実から逃避していたのだ。

 もちろん逃避したからといって、魔法帝国の復活の時期が延びるはずもない。皇帝はそれを直視していたのだ。

「我が国は、これまでの国策を転換せねばならぬ」

 ヒルカネが思わず訊いた。

「まさか、機械文明を導入されるおつもりですか!?」

 ミリシアル8世が、ヒルカネに視線を向ける。ヒルカネは、その視線に斬られたような錯覚を覚えた。

「空間占いでは、カギとなるのは日本だそうだ。ならば日本との付き合い方を、真剣に考えるときが来たようだ。余はそれを確認したかったのだろうな」

 皇帝はそう言った後、二人に退室を申し渡した。

 

 航空自衛隊の幕僚会議では、帝都(ラグナ)偵察作戦が検討されていた。

「大臣は分析官から、超音速での数回のフライパスなら大丈夫と言われたそうだが、どう思う?」

 航空幕僚長が、幕僚たちに問う。

「まあ、間違ってはいないと思います。〈アンタレス〉の最大速度が時速550キロですから。首都なら最新鋭機が配備されている可能性もありますが、仮に〈烈風〉クラスがいたとしても、770キロどまり。〈RF-4E〉なら、その2倍以上の速度が出せます」

 幕僚の一人が答える。

「単なるカタログ性能比較に頼るのは、どうかという気もしますね。やはり護衛を付けて、首都上空の制空権を一時的に奪取した方が良いのでは」

 別の幕僚も意見を出す。

「それだと規模が大きくなり過ぎないか」

「いや、ムーから出撃するとしても、往復でおよそ1万キロも飛行するんだ。空中給油機は必要だ。どのみち護衛戦闘機と早期警戒機は必要になる」

 議論が続く過程で、作戦の規模は徐々に膨れ上がっていった。

 

 イルネティア王国の隠れ家(シェルター)を、外務省の花井第二文明圏局長が訪ねていた。

「急な訪問で申し訳ありません」

「いえ、お気になさらないでください」

 急な訪問を詫びる花井に、ビーリー卿は密かに期待を寄せた。

「実は、貴国の再独立を支援したいという国が現れました」

 エイテス王子がつばを飲み込む。待望の日がやってきたのだ。

「どこの国でしょうか?」

 ビーリー卿が訊く。イルネティア王国一同は、緊張して答えを待った。独立を支援してくれるのは有難いが、頼りにならない国では、かえって困る。

「神聖ミリシアル帝国です。もし貴方たちさえよければ、これから同国の大使館で話し合いを持ちたいと言っています。どうされますか?」

「ぜひお願いします!」

 ビーリー卿が発言する前に、エイテス王子が答えた。もっともビーリー卿も断る理由がなかった。二人は外務省の公用車で、神聖ミリシアル帝国の大使館へ向かった。

 

 大使館では大使が応対した。一通りの挨拶が終わると、大使はすぐに話を切り出した。

「我が国は、イルネティア王国の再独立を支援する用意があります」

「支援の内容を具体的に伺えるでしょうか」

 ビーリー卿は感謝の言葉を述べる前に確認した。感謝の言葉を口にすると、承諾したと受け取られかねないからだ。

「軍事的支援と経済的支援です。我が軍がイルネティア島からグラ・バルカス軍を追い払い、二度と占領されないよう駐留します。また新政府が軌道に乗るまで、経済的な支援を行います」

 エイテス王子は満面の笑みを浮かべる。それに比べれば、ビーリー卿は慎重だった。

「貴国の支援を受け入れることによって、我が国はどのような責任を負うのでしょうか?」

 恩人にはそれ相応の態度をとらなければならないが、国家主権まで侵害されては困る。

「我が軍の駐留を受け入れること、それだけです」

 なるほど、それがミリシアルの目的なのか。グラ・バルカスと対峙する橋頭堡を確保したい、それが真意だろう。

 単に橋頭堡を確保するだけなら、パガンダを占領するという手もある。だが他国に「火事場泥棒を働いた」と陰口を叩かせないためには、正当な血筋の政府を立てて、その政府に招待されたという形を採った方がいい。

「貴国の支援は、いつまで受けられるのでしょうか?」

 ビーリー卿は更に慎重に確認する。祖国解放の途中で引き上げられては困るからだ。

「もちろん危機が去るまでです」

 このときビーリー卿は、満額回答をもらったと思った。

 だが後に後悔することになる。「危機」の定義を確認しなかったことを。

*1
〈RF-4〉には機体にカメラ等を内蔵した〈RF-4E〉と、〈F-4EJ〉に偵察用ポッドを取り付けた〈RF-4EJ〉の2種類がある

*2
三菱重工業が開発中のジェット旅客機、旧称はMRJ。


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