日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第2話『ラグナルック作戦』

 帝都(ラグナ)強行偵察作戦案をまとめた航空幕僚長は、作戦規模が当初の想定より大きくなったため、承認を得るため、統合幕僚本部を通して防衛大臣に作戦概要を提出した。

 防衛大臣は閣議で作戦案を提出する。

「グラ・バルカス帝国政府が機能していないというのは、本当かね?」

 総理大臣が問う。

「それを確認するのが、本作戦です」

 防衛大臣は、ここぞとばかりにアピールする。

「しかし、たかが偵察に、これだけの規模と予算をつぎ込む価値がありますか?」

 官僚からメモを渡された財務大臣が疑問を述べた。

「なにを仰る! 正しい情報こそ、正しい判断の源です。偵察は地味ですが、戦闘より重要なことも多いのです」

 防衛大臣は、少々ムキになって反論した。

「この作戦案が地味ですか?」

 財務大臣もムキになってやり返した。

「そこまでだ。この作戦は実施する。それだけの価値はあると思う」

 総理大臣の鶴の一声で、強行偵察作戦の実施は決まった。

 

 本田は〈C-130H〉から降りて、ムー大陸の大地を踏んだ。〈XRF-15DJ〉の開発は飛行開発実験団が引き継ぐことになり、彼は岐阜からムーへ飛ばされた。

 本田と一緒に運ばれてきた装備が〈C-130H〉から降ろされる。

「装備庁の本田さんですか?」

 航空自衛官の一人が、本田に話しかけてきた。

「ええ、そうですが、貴方は?」

「〈RF-4E〉のパイロットの深井二等空尉です」

 深井が右手を差し出したので、本田も右手を差し出して握手した。

「『ラグナルック作戦』用の装備を運んできたと聞いたのですが、アレがそうですか?」

 深井は視線で〈C-130H〉から降ろされた真っ白な物を指した。

「ええ、そうです。集塵ポッドです。元々は北朝鮮の核実験を監視するために作られた装備で、大気中の粉塵を集めて、放射性物質が混じってないか調べるんです」

 深井は髭を剃った青い顎に手をやった。

「ミリシアルが核──こっちではコア魔法ですか、それを使ったと疑っているんですか?」

「どちらかというと、通常の大気汚染物質を集めるのが目的だと聞いています」

「ほお」

「大気中の粉塵を調べるだけで、結構色んなことが判るんだそうです。私は分析官じゃないので、あんまり詳しくないですが」

「俺たちはアレをぶら下げて、敵首都上空を飛ぶわけですね」

「ええ、〈T-4〉用の装備なので、〈RF-4E〉に取り付けるためのパイロンも一緒に運んできました」

 深井は髭の剃り跡を撫でるような仕草をした。

「空気抵抗がデカそうですが、超音速で使えるんですか?」

「無理ですね。遷音速の〈T-4〉でしか実績がありませんし、超音速は設計段階で想定していませんから」

 深井は今度は頭を掻いた。

「こいつは戦域航空管制官(コマンダー)に相談しないといけないな」

 どうやら今のは悪いメッセージだったらしい。そう気づいた本田だが、好奇心を抑えられなかった。

「さっき言った作戦名、『ラグナルック作戦』ですか、これはどういう意味なんですか?」

「『帝都(ラグナ)見る(look)』と北欧神話の『最終戦争(ラグナロック)』を引っ掛けた駄洒落です」

「前者はともかく、後者は偵察任務には大げさ過ぎませんか」

 そう言ってから、深井に失礼だったかもしれないと本田は気づいた。だが深井の方は気にする様子はなかった。

「もしグラ・バルカス政府が機能停止に陥っていたら、この戦争を終わらせることができる。上はそう考えているみたいです」

「完全な無政府状態だと、降伏を勧告する相手がいなくて、かえって面倒なことになりそうですが」

「それも含めて確認する必要があるわけです」

 

 戦域航空管制官(コマンダー)もいい顔をしなかった。

「超音速で飛んだだけで、壊れる可能性がある! 作戦案を一部見直すことになるな」

 そう言った後、ぼやいた。

「初の敵首都上空強行偵察だから期待するのは分かるが、あれもこれもと要望を詰め込み過ぎた結果、実行不可能な作戦になっては困る……ああ、失礼。貴方に言うことではありませんね」

 気遣いをされた本田は、逆に恐縮してしまった。

「いえ……上司の無茶振りに困らされるのは、私にも分かります。私は機付(きつき)たちと打ち合わせをしてきます」

 本田はそう言って、その場を辞退した。

 

 シエリアは監察軍ごと海軍に編入されたグレードアトラスター級戦艦〈バルサー〉で、グラ・バルカス帝国本土から旧レイフォルへ移動する途中だった。

 昼戦艦橋には艦長のラクスタルの他に、東征艦隊司令官のアルカイド提督も座乗していた。ミレケネスの命令で、ラクスタルは海軍大学校の教官から、グレードアトラスターの同型艦の艦長に復帰していた。今の〈バルサー〉は東征艦隊の旗艦として、9隻の駆逐艦と補給艦を引き連れていた。

(講和を請うのに砲艦外交とは)

 シエリアはそう思ったが、過去の自分たちの所業を思い出して、若干意見を修正した。グラ・バルカス帝国にひれ伏した国々の使節たちの惨めさを思い出したのだ。

(ああはなりたくない)

 講和を結ぶにしても、なんとか有利な条件で結びたい。シエリアは改めて決意するのだった。

 そんなシエリアを他所に、アルカイドがラクスタルに語り掛ける。

「この艦はいいな」

「オリオン級は自分も乗艦経験がありますが、あれもいい艦ですよ。この艦と比較するのは可哀そうです」

「それはそうだが、やはり比較してしまうな……それにしても頭上が気になる」

「頭上が気になるのは、自分も同じです」

〈バルサー〉のマストには、白旗が掲げられていた。

 

 グラ・バルカス帝国陸軍帝都防衛隊所属の戦艦〈タビト〉はラグナ沖で対空監視に当たっていた。

 艦長の席にはアイルマンが座っていた。陸軍はアイルマンの責任は問えないと判断した。というより、誰もアイルマンの後を引き継ぎたくなかったのだ。

 それに比べると、他の乗組員は一新されていた。監察軍はリドリーをはじめとする乗組員たちに容赦しなかったのだ。

 もっともアイルマンも、艦長の席が居心地よかったわけではない。むしろ更迭された方がマシだったと思っていた。

 レーダー担当が報告をあげる。

「対空レーダーに感! 東南東、距離130キロ、高度1000メートルに未知の航空機群! 数11、速度時速1000キロで帝都に接近中!」

 アイルマンは同じ失敗を繰り返さなかった。

「ただちに帝都防衛隊に報告せよ!」

 

 帝都防衛隊基地に空襲警報が鳴る。

『未知の航空機11機が東南東より時速1000キロで接近中。繰り返す、未知の航空機11機が東南東より時速1000キロで接近中!』

 基地内に放送が流れる中、パイロットたちがスクランブルのため、格納庫(ハンガー)へ向かっていた。

 その格納庫(ハンガー)では、カニンガムが整備兵と口論していた。

「なんで俺が出ちゃいけないんだ!?」

「新しい隊長の命令です。教官殿は余人をもって替え難いから、出撃させるなって!」

 帝都防衛隊と帝都周辺に駐屯する部隊の航空隊は、先日の〈パル・キマイラ〉の空襲により、著しい損耗を強いられた。帝都の防衛に穴を空けるわけにいかず、パイロットと機体の補充がされたものの、そのほとんどが実戦経験のない新兵だった。そのため数少ない高練度パイロットのカニンガムは、補充兵たちの教官を務めることになった。

「あんなヒヨッコどもに任せられるか!」

「でしたら次までに、任せられる程度までヒヨッコどもを鍛えてください!」

 カニンガムが押し問答をしている間に、補充兵たちの〈アンタレス〉が次々と離陸する。

 

〈E-767改〉は、〈アンタレス〉がスクランブルで上がってくる様子を把握していた。

「ピーチ1よりチャリオットSQ(スコードロン)へ。攻撃を開始せよ」

 戦域航空管制官(コマンダー)の指示により、10機の〈F-15J改〉がAAM-4を発射した。

〈RF-4E〉に搭乗している深井二等空尉と桂城三等空尉は、自機を追い越していくAAM-4とその行く先を、監視していた。

「敵機12機を確認。機種は全て〈アンタレス〉」

 後席の桂城の報告を聞いて、深井は呟いた。

「新型機は無いか」

「今のところは。〈パル・キマイラ〉のときに全滅したのかも。間もなく命中」

 桂城の言葉通り、帝都上空に黒い花が咲いた。

 

『全友軍機、レーダーから消失! 敵1機が帝都上空に侵入!』

 カニンガムは基地内放送を聞いて、東の空を見上げた。幾つもの黒煙の塊が、空に浮かんでいる。

 それより少し高い高度を、プロペラがない後退翼の航空機が、轟音を立てながら飛行している。視力の良いカニンガムは、その航空機の主翼に、赤い丸印が付いているのに気づいた。

「日本か!」

 日本の航空機は2分ほど帝都上空に滞空した後、東の空に去って行った。

「くそっ! あの速度じゃ、〈アンタレス二型〉でも追いつけん!」

 カニンガムは地団駄を踏むしかなかった。

 

「撮影終了」

 後席の桂城の声を聞いて、深井は〈E-767改〉に通信した。

「ブーメラン1よりピーチ1。撮影終了、これより帰投する」

『こちらピーチ1、了解した。チャリオットSQ(スコードロン)も帰投せよ。(給油機との)ランデブーポイントは予定通り』

〈RF-4E〉は帝都を離れ、給油機とのランデブーポイントへ向かった。

 

〈バルサー〉の艦橋では、軽い騒動が起こった。

「海軍省本部から入電です」

 通信担当から報告があがる。

「『帝都が再び空襲される──」

 艦橋に緊張感が(みなぎ)る。

「──空襲したのは日本機。要撃機は全機撃墜されたものの、地上への被害なし。偵察が目的と思われる』。以上です」

 今度は艦橋に安堵感が広がる。

「偵察が目的ということは、先日の空中戦艦の空襲の効果の測定でしょうな」

 ラクスタルがアルカイドに話し掛けた。だがアルカイドが返事をする暇はなかった。

「対空レーダーに感! 西北西、距離140キロ、高度1万メートルに未知の航空機。時速1000キロで接近中!」

 レーダー担当が新たな報告をあげた。

「タイミングから見て、帝都に現れた偵察機の可能性があるな。そのまま監視を──」

 アルカイドは命令を最後まで言えなかった。

「航空機が降下を開始、本艦隊に迫ってきます!」

 レーダー担当の報告で、アルカイドは命令を変更した。

「総員対空戦闘準備。ただし発砲は命令あるまで禁じる!」

 艦内が急に慌ただしくなる。だが1分ほどでそれは収まった。

「高度3000メートルで、未確認機は水平飛行に移行。本艦隊の上空を通過します!」

 レーダー担当がそう報告してすぐに、昼戦艦橋から(くだん)の航空機が見えた。それは急速に上昇して、見えなくなった。

「未確認は高度1万メートルまで上昇……失探(ロスト)しました」

 レーダー担当の報告で、アルカイドは新たな命令を出した。

「対空戦闘配置を解除」

「対空戦闘配置を解除せよ」

 ラクスタルがアルカイドの命令を艦内に下達する。艦内の緊張感が和らぐ。

「どうやら本当に偵察だったようだな」

 アルカイドが首凝りを解すかのように、首を左右に振る。

「本艦が日本式の降伏旗を掲げているのを、確認したでしょうな」

 ラクスタルが応じた。

 

 洋上を飛行していた〈RF-4E〉の中で、桂城が声を上げた。

「140キロ前方にグラ・バルカスと思われる小艦隊。ゼロ*1、降下して写真を撮ろう」

「駄目だ。万一墜とされたら、『ラグナルック作戦』が失敗に終わる。ただの小艦隊なんて放っておけ」

「それがおかしいんだ。戦艦が1隻いるんだが、〈グレードアトラスター〉らしい。しかも白旗を掲げているみたいだ」

 深井は迷った。そこで戦域航空管制官(コマンダー)に判断を仰いだ。

「ブーメラン1よりピーチ1。白旗を掲げた〈グレードアトラスター〉と(おぼ)しき戦艦を発見。降下して写真撮影をしてよいか?」

『ピーチ1よりブーメラン1。撃墜されないよう、慎重に降下せよ』

「了解」

 深井は操縦桿を押し込んで、降下を開始した。

「高度3000でフライパスする。シャッターチャンスを逃すな」

「了解」

 高度3000メートルで深井は操縦桿を戻し、水平飛行に移った。そのまま戦艦の上空を通過すると、今度は操縦桿を引いて上昇に転じた。

「写真は撮れたか?」

「もちろん」

〈RF-4E〉は給油機とのランデブーポイントへ向かった。

 

 鮫島は市ヶ谷*2に出勤すると、出向先の防衛装備庁のデスクに向かった。そして防衛省から呼び出しが掛かっていることを知ると、ロッカールームでスーツから制服に着替え、同じ建物にある防衛省へ向かった。

 防衛省で鮫島は、分析官から何枚かの写真を見せられた。

「〈RF-4E〉が帝都(ラグナ)沖で撮影した写真です」

「グレードアトラスター級の戦艦ですね」

 鮫島は即答した。

「副砲塔が撤去されて三連装両用砲に置き換えられていますが、間違いありません。副砲塔を撤去したのは、カルトアルパスの戦訓から学んだ結果でしょう」

「だが〈グレードアトラスター〉は大破して、まだ時間が経っていませんが?」

 鮫島は写真のうちの一枚を取り上げた。

「自分は『グレードアトラスター級』と言ったんです。同型艦の可能性が高いですね。ほら、前檣楼後部のラッタルが右舷に付いています。〈グレードアトラスター〉は左舷でした。まあ、〈グレードアトラスター〉は前檣楼の上半分を失っていますから、新たに造った前檣楼の可能性は残りますが」

 鮫島は別の写真を取り上げた。

「副砲塔を撤去したので、護衛の駆逐艦を引き連れているのでしょう。しかし白旗を掲げているとは……」

「有難うございました。後はこちらで分析します」

 用が済んだらこれか。鮫島は自分が島流し状態であることを再確認した。

 

 鮫島に会ったのとは別の分析官が、防衛大臣に偵察結果を報告した。

「採取した空中粉塵から、放射性物質は検出されませんでした。ミリシアルの説明通り、〈ジビル〉という爆弾は核爆弾ではありませんでした」

「グラ・バルカスの核開発も否定されたのかね?」

「そこまでは言えません。首都で核実験はしないでしょうから」

「……もっともだな」

「なお帝都(ラグナ)の空気はかなり汚れています。石炭が主な燃料として使用されているようです。我々に例えると、1940年代の東京に近いですね」

「グラ・バルカスは(日本より)70年遅れという推測と一致するわけか」

「推測を補強する材料になります」

 分析官は、ラグナを撮影した画像を張り合わせた物を提示した。

「複数の捕虜からの聞き取りにより作成した地図と重ねますと、中央官庁区画と呼ばれる区域が爆撃されています。陸軍省と海軍省を除く官庁があった区域です。中央政府の人員の多くが死亡したものと思われます」

「では中央政府は機能していないのか?」

「いいえ。復興作業は細々と行われていますから、無政府状態にはなっていません。機能停止ではなく機能不全といったところでしょうか」

「攻めるとしたら、好機ではあるのか」

「その通りですが、自衛隊にはムー大陸やグラ・バルカス本土まで陸戦力を展開する能力はありません。同盟国頼みになります」

 防衛大臣は微妙な表情になった。

「ムーはある程度計算ができるが、他の2ヵ国の陸戦力は評価が難しいな」

「攻める以外の選択肢もありそうです」

 分析官は、今度は〈バルサー〉を写した写真を提示した。

「ラグナ沖で撮影した写真です。〈グレードアトラスター〉の同型艦が白旗を掲げて、ムー大陸に向かっています。この状況でこの様な行動をとるとしたら、考えられる可能性はかなり絞られます」

「グラ・バルカスは、外交で局面を打開するつもりか」

「後方が麻痺して継戦能力が無くなった以上、当然の選択です」

「これは閣議に上げる必要があるな」

 防衛大臣は分析官に資料の取りまとめを命じた。

*1
深井のTACネーム

*2
防衛省の所在地


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