閣議で、『ラグナルック作戦』の成果を同盟国と共有することが決定された。
朝田はシエリアの来訪が予想されたため、ムーに戻ることになった。その前に、資料を持ってミリシアル外務省を訪問した。
4ヵ国同盟の会合はルーンポリスで行われることになっていた。ムーは首都ですら空襲に遭って安全とはいえないこと、日本は遠過ぎること、エモール王国は不便なことがネックとなり、消去法でミリシアルの首都ルーンポリスにすんなり決まった。
会合の場で、朝田は『ラグナルック作戦』の成果を開示した。
「このようにグラ・バルカス帝国の政府は機能不全状態に陥っており、首都の復興も遅々として進んでいません。当然兵站も破綻しており、補給が途絶えていると思われます。グラ・バルカスはこの状況を軍事ではなく、外交で解決しようと画策しているようです」
真っ先に反応したのがムー陸軍のホクゴウ司令だった。
「ならば外交交渉を有利にするためにも、攻勢に出るべきだ」
国境を接しているムーとしては、当然の反応だった。できればムー大陸からグラ・バルカス軍を追い出したい。補給が途絶えている今なら可能かもしれない。
だが空気が読めない人物が水を差した。
「ですがグラ・バルカス軍も物資の集積はしているでしょう。むやみに攻めても損害を出すだけですよ」
三津木の言っていることは間違ってはいないのかもしれない。しかし言い方というものがあるだろう。朝田はそう思って、三津木の足をテーブルの下で蹴飛ばした。
三津木は一瞬ギョッとした顔を朝田に向けたが、さすがに朝田の意図をすぐに察した。
「まずは空からの強行偵察で物資集積点を調べ、空襲によってそれを潰します。もちろん敵は要撃機を上げてくるでしょうが、今のムー空軍と航空自衛隊が協力すれば撃退できるでしょう。むしろ航空機用燃料を無駄遣いしてくれれば、こちらとしては助かります。陸軍の進撃はそれからでも遅くないかと」
三津木が慌てて自己フォローする。
「ムー大陸における反攻作戦の内容は今後検討するとして、作戦を行うこと自体には反対意見はありますか?」
朝田が各国の代表に問いかけた。反対の意見は出なかったが、ミリシアルのリアージュ外交統括官が質問した。
「今後の外交交渉にも関わる話なので確認したいのだが、グラ・バルカスとの講和での最低条件は、第二文明圏からの排除という認識で宜しいのか?」
「ムーとしてはそれ以上を望みたいのですが、最低条件ならその通りです」
ムーゲ大使が肯定する。
「ムーがそれでよいというのなら、異論はない」
モーリアウル外交卿も肯定した。
「我が国もムーの意向を尊重します」
朝田も肯定した。
「我が国は、それでは不十分だと考えています」
意外なことに、リアージュは否定した。
「皆さんはイルネティア島とパガンダ島をお忘れのようだ。かの島々は文明圏外だがムー大陸に近く、これをグラ・バルカスに渡すと、ムー大陸再侵攻の足掛かりになります。第二文明圏のみならず、この二島からも排除すべきです」
朝田は、ミリシアルがイルネティアの支援に名乗りを上げたことを思い出した。
日本はミリシアルとムーに、イルネティアの支援を打診していた。日本としてはムーを本命視していたのだが、本土防衛を優先せよというムー国内の政治的意見が強く、実現しなかった。その隙にミリシアルが名乗りを上げたのだ。
「我が国はイルネティア王国のエイテス王子を保護しています」
リアージュの言葉を聞いて、ムーゲが疑問の視線を朝田に投げかけた。
「その通りです。エイテス王子と同行の人々は、日本にあるミリシアル大使館にいます」
朝田の言葉を聞いて、イルネティア支援に積極的だったムーゲは、やや残念そうな顔した。
「ということは、貴国はエイテス王子を担いでイルネティア王国を再独立させるつもりか」
モーリアウル卿は確認のつもりで質問した。
「ええ、そのつもりです」
「パガンダはどうする?」
「パガンダ王国の王族は、グラ・バルカス帝国に皆殺しにされたと聞いています。それに今更あの国の復活を望む者が、どの程度いるでしょうか」
その場にいた外交官たちは、微妙な表情になった。グラ・バルカス帝国の暴走のきっかけを作った迷惑な国というのが、各国のパガンダ王国に対する共通認識だ。そんな国の復活を喜ぶ国などないだろう。
「当面は我が同盟の共同統治領としておいて、終戦後においおい考えればよいのではないでしょうか」
これには誰も反対できなかった。
朝田は疑問をリアージュにぶつけた。
「二島の占領は貴国が行うつもりですか?」
「ええ、その通りです。戦後復興の支援も行います。日本がアルタラス王国に行ったように」
アルタラス王国を引き合いに出されると、朝田は反対できなかった。
「そうですか。『スーパーハンマーⅡ作戦』を成功させた貴国がそう仰るなら、間違いないでしょう」
朝田がそう言うと、その議論は収まった。
「グラ・バルカス帝国は交渉の用意があるようですが、どの国がその相手を務めるかも決めておいた方が良いでしょう」
リアージュの言葉は、朝田には意外だった。グラ・バルカスの戦艦が中央世界や第二文明圏の降伏旗ではなく白旗を掲げているのだから、グラ・バルカスが交渉相手に考えているのは明らかに日本だ。だが朝田がそのことを口にする前に、リアージュは次の言葉を継いだ。
「もちろん向こうにも思惑があるでしょうが、わざわざ相手に合わせてやる必要はないでしょう」
正論である。だから朝田は反論できなかった。
(ミリシアルは同盟の中でイニシアティブを握るつもりか)
朝田としては困った。この点において、朝田は明確な指示を受けていなかった。
ミリシアルの顔を立てるのはいい。これまでミリシアルが培ったブランド力を利用できるからだ。だが日本が事態をコントロールできなくなるのは拙い。加山との会話が頭の中に蘇る。この状況を魔法文明対科学文明という
ここでムーゲが挙手した。
「グラ・バルカスの脅威と直接対峙しているのは、我が国です。我が国の代表が交渉の場にいないことは、承服できません」
同じ科学文明のムーの発言に、朝田はほっとした。
リアージュもムーゲの発言に一応の配慮を示した。
「ごもっともです。しかし貴国単独で交渉して、最低条件を勝ち取れますか?」
痛いところを突かれたはずだが、ムーゲは想定済みだったらしい。顔色一つ変えずに答えた。
「残念ながら困難でしょう。他国の代表と共同で交渉に臨むことを希望します」
その後の話し合いで、ミリシアルとムーが共同で交渉にあたることになった。
この会合は、後に「ボタンの掛け違えの始まり」と言われることになる。
レッタル・カウランは洋上でその報せを受け取った。
「司令官閣下、本国より魔信です」
レッタルは通信兵から伝文を受け取った。内容を確認する。
『イルミナヤマノボレ』
レッタルは深呼吸すると、訓練を名目に出港した、再編成されたばかりの第4魔導艦隊に命令を伝えた。
「諸君、我々に新たな命令が下った。これより第4魔導艦隊はムー大陸西岸のイルネティア島に向かい、グラ・バルカス軍から島を奪取する」
艦隊旗艦〈スケッティア〉の艦橋で発せられた言葉は、直ちに艦隊の全艦艇に伝えられた。
こうして掛け違えた最初のボタンが動き始めた。