日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第5話『バトル・オブ・イルネティア』

 ドイバ基地に配属となったグラ・バルカス陸軍航空隊のケーニッヒは、哨戒飛行をしていた。間もなく当直時間が終わる。着陸のためにドイバ基地に向かっていたとき、無線で緊急警報を受信した。

『緊急警報、緊急警報! 南東から正体不明のエコーが接近。距離50km、高度200m。時速500kmで接近中。帝都を攻撃した敵航空機の可能性あり。航空隊は直ちに発進せよ!』

 ケーニッヒは即座に無線のプレストークボタンを押した。

「こちらコール7、直ちに向かう」

 ケーニッヒは乗機の〈アンタレス〉を軽くバンクさせて僚機に合図を出すと、南東に針路を変更して急降下に移った。それにわずかに遅れて僚機3機が続く。

「ラグナに殴り込んだ『空飛ぶ車輪』とやらを拝めるのか」

 ケーニッヒはそう呟いたが、彼を待っていたのは別のものだった。

 彼は肉眼で3つの点を確認した。

「目視で敵機を確認。数3、通常の戦闘機だ! 交戦する(エンゲージ)!」

〈アンタレス〉各機は敵機に機首を向けると、そのまま接近した。まるでチキンレースのようだ。先に動いたのはミリシアルの戦闘機群だった。これまで200mの低空を飛んでいたのだが、3機の戦闘機は上昇をしながら散開を始めた。〈アンタレス〉たちは敵を照準に収め続けようと舵を切ったが、急降下中であったため相対速度が速く、射撃の機会が得られないまますれ違った。

 各〈アンタレス〉は急旋回してミリシアル機を追おうとしたところで、異変に気付いた。

「追いつけないぞ!」

 これまでミリシアルの戦闘機は、最高速度で〈アンタレス〉に及ばなかった。だから簡単に捕えることができた。だがこの戦闘機は〈アンタレス〉より速いのだ。

(敵の新型機か!?)

 そう気づいたケーニッヒは、プレストークボタンを押した。

「こちらコール7。敵戦闘機は新型、〈アンタレス〉より速い」

 ドイバ基地から返信が返ってくる。だがいつもより雑音(ノイズ)が多い。だがケーニッヒはそれを気にする暇はなかった。自分たちの後ろから、更に多くの戦闘機群が現れたからだ。

 ケーニッヒは慎重な男だった。彼は僚機に命じて深追いを止め、離脱を優先した。

 

『編隊長殿、見ましたか? 〈アンタレス〉を振り切りましたよ!』

 部下の少々浮かれた声を聞きながら、タウラスは考えた。

 このまま母艦に帰投しても問題はない。チャフの散布は成功した。〈エルペシオ3’〉の優速も証明できた。艦長もよくやったと称賛してくれるだろう。ケーニッヒがタウラスの立場だったら、そうしたかもしれない。

 だがタウラスはそうしなかった。味方が敵と戦っているのに、魔光弾を一発も撃たずに戦場を離れることに後ろめたさがあったし、なによりこの新型機をもっと試してみたいという誘惑が大きかった。

「我々は引き続き友軍の支援を行う」

 

 レッタル・カウランは旗艦〈スケッティア〉の艦橋で、戦況を確認していた。

「敵の対空砲火は散発的。友軍に損害なし」

「離陸した敵戦闘機は10機未満。攻撃隊は全機が敵基地上空へ侵入成功」

 レッタル・カウランは頷いた。

「チャフによるレーダー妨害は効果があったようだな」

「とりあえず数の暴力で、島上空の制空権は確保できるでしょう」

 参謀が答えたが、釘を刺すのも忘れなかった。

「敵の艦載機が出てくるまでの間ですが」

「やはりこの戦場の支配者は時間ということか。艦隊、前進せよ」

 ミリシアル海軍第4艦隊は、旗艦を先頭に突撃を開始した。

「敵艦隊の位置は?」

 レッタルが海図を見ながら参謀に問う。

「『僕の星(にっぽん)』から得られた情報ではここです。一時間前のものですが」

「予想し得る敵の位置に索敵機を飛ばせ。こちらの位置を隠すための通信妨害も忘れるな」

 参謀はこの命令を予想して、あらかじめ立てておいた飛行プランを航空隊司令に渡す。航空隊司令はそれを一瞥すると、部下に回した。

 空母から索敵機とチャフ散布機が離艦する。

「魔力レーダーで敵を補足できるといいが」

「グラ・バルカス人の魔力はあまり高くないと聞いています」

 任務に忠実だが、いささか空気が読めない参謀に、レッタルは僅かな苛立ちを覚えた。

「ですが敵にはこちらのレーダーを妨害する手段がありません」

「それが救いか」

 レッタルの機嫌はすぐに治った。

 

 臨時編成のイルネティア派遣艦隊の司令部は混乱していた。

「ドイバ基地と連絡がとれない? 通信機の故障じゃないのか?」

「空襲警報の直後だぞ! 偶然で済ませられるか!」

「まさか『空飛ぶ車輪』に全滅させられたのか!」

 側近たちの叫び声を聞きながら、キリング提督はヘルクレス級戦艦の艦橋で自分の考えをまとめていた。

 イルネティア島を確保せよ、これは上から与えられた至上命題だ。絶対にイルネティア島は確保しなければならない。そのためには艦隊をすり潰してもやむを得ない。キリング個人には同意し難い命令だったが、優秀な軍人である彼は、命令には従うつもりだった。

 イルネティア島が危機に襲われているのは確実だろう。ならば艦隊を危険に晒しても、助けないわけにはゆくまい。

「索敵機は出したか?」

 キリングが参謀に問う。

「はっ、すでに出しています」

「艦隊針路、イルネティア島。全速で島へ向かえ」

 だが部下が復唱する前に、新たな報告が挙がった。

「敵索敵機を発見! 方位東南、距離3000、高度2500!」

 キリングは被っていた帽子の位置を直した。

「またしても先手を取られたか。〈アンタレス〉を全機上げろ」

 

 ケーニッヒは慎重な男だった。ドイバ基地から緊急発進(スクランブル)した友軍と合流して、敵攻撃隊に立ち向かった。攻撃隊の多くは〈エルペシオ3〉だったので、途中までは無双できたのだが、新型の〈エルペシオ3’〉が参戦してからは状況が変わった。

 四ヵ国同盟を締結したとき、皇帝の方針もあって、神聖ミリシアル帝国は珍しいことに謙虚だった。ミリシアルは魔光呪発式空気圧縮放射エンジンのバイパス比を日本から学んだとき、空中戦の戦術も日本から学んだ。彼らが参考にしたのは、ベトナム戦争のときのF-4〈ファントムⅡ〉の戦術だった。

 速度性能で〈アンタレス〉に勝る一方、旋回性能で劣る〈エルペシオ3’〉は、小型軽量のMig(ミグ)を相手にした〈ファントムⅡ〉と状況が似ていた。そこで〈エルペシオ3’〉のパイロットには、当時の〈ファントムⅡ〉のパイロットが使ったヨーヨー機動が叩き込まれた。旋回と上昇/下降を同時に行うヨーヨー機動は、〈アンタレス〉のパイロットが慣れていないこともあって、かなりの威力を発揮した。

 最後の一兵まで戦うという特攻精神を、陸軍の〈アンタレス〉のパイロットたちは持ち合わせていなかった。大損害を被って蹴散らされると、ケーニッヒをはじめとしたパイロットたちは基地上空を離脱した。

 ここまではケーニッヒは平均的な陸軍のパイロットだった。彼の慎重さは、離脱した針路に友軍艦隊のいる方向を選んだ点に現れていた。

 ケーニッヒは通信機を受信にして、友軍の通信を傍受しようとしていた。目論見通り海軍の通信を傍受する。

「こちらドイバ基地所属陸軍航空隊第401飛行小隊所属、ケーニッヒ少尉。友軍の空母に着艦を要請する。我燃料不足、繰り返す、我燃料不足」

 急な通信で向こうは少し混乱したらしい。少し間を置いてから返信が来た。

『こちらは空母〈サダルバリ〉、ケーニッヒ機応答せよ』

「こちらはケーニッヒ、応答に感謝する」

『可能であればドイバ基地の状況を報せよ』

「ドイバ基地は敵航空機の襲撃を受け、制空権を奪取された」

『敵航空機とは『空飛ぶ車輪』か?』

「違うが、新型の戦闘機だ。〈アンタレス〉より速い。哨戒任務終了間際で襲撃を受けたせいで、本当に燃料が心許ない。着艦許可を求む」

『……付近の海上への着水を勧める。救助は迅速に行う』

 ああ、これだから海軍軍人というやつは!

「心配無用だ。アプローチの許可を」

 

〈サダルバリ〉に無事に着艦したケーニッヒは、パイロットの控室へ通された。居並ぶ海軍のパイロットたちの前で、空母の航空司令から質問を受けた。

「陸軍軍人とは思えない見事な着艦だった。だがその技量を持つ貴官でさえ、基地の制空権を奪取されたとは、敵の戦闘機とはどのようなものだ?」

「外見は従来の戦闘機……〈エルペシオ3〉とかいうのとそっくりだ。だがエアインテークが胴体下に付いているのが違う。なにより速度性能が違う。最高速度は600km/hを明らかに超えていた」

 パイロットたちの間にざわめきが起こる。

「蛮族に〈アンタレス〉より速い戦闘機が造れるものか!」

 ケーニッヒが声の主を軽く睨むと、相手は少し怯んだ。ケーニッヒはそいつを相手にしないことにした。

「新型は全体の一部だ。だが旧型と見分けがつきにくいから始末が悪い。下手にシザース機動を挑むと逆に喰われる」

「敵の新型は旋回性能でも上回っているのか?」

 航空司令が問う。

「いや、旋回性能は変わっていない。問題は戦術だ。敵はシザース機動で旋回するとき、必ず上昇旋回をする。それで旋回半径をこちらの内側に無理やり収めてくる」

「それでは速度が落ちるし、水平でも垂直でも〈アンタレス〉に引き離される筈だが?」

「そこから急降下に転じて、一気に距離を詰めてくるんだ。こちらが躱せない速度で射撃を加え、こちらが追い付けない速度で離脱する。部下や同僚が何人もこの手で喰われた」

 ケーニッヒは右手で〈アンタレス〉、左手で〈エルペシオ3’〉を演じて、両者の機動の様子を再現してみせた。その様子に見入ったパイロットたちが沈黙する。

「貴官もそれをやられたのか?」

「ああ、そうだ」

「どうやって逃れた?」

 パイロットたちの視線が自分にグサグサと刺さるのを感じながら、ケーニッヒは右手の〈アンタレス〉を左斜め上に上昇旋回させた。

「左捻り込みを使った」

 左捻り込みは海軍でもエースクラスのパイロットにしか使えない高等テクニックだ。プロペラを右回転させたときの反動の左回転のトルクを利用して、機首を上げて機体を失速寸前の状態にし、この速度でもっとも舵が効くのを利用して姿勢を制御して、(速度を落とす代わりに)高度を落とさずに左旋回するテクニックである。同じ〈アンタレス〉がこれをやられると、左旋回の途中で相手を追い越して、相手の目の前に飛び出してしまう。

 普段は陸軍のパイロットの技量を下に見る海軍のパイロットたちも、自分たちと変わらぬ見事な着艦を披露したケーニッヒの言葉を信じた。

「それで敵を撃墜したのか?」

 だがケーニッヒは首を横に振った。

「敵は右旋回で離脱した。どうも左捻り込みを知っていたようだ」

 今度はパイロットたちの間からざわめきが起きる。

「敵は──」ケーニッヒは今まで以上の大声を出した。「──俺たちを徹底的に研究している。侮ってはいけない!」

 この声で海軍のパイロットたちは再び沈黙した。

「実戦を経験した貴官は、新型の敵戦闘機への対抗手段をどう考える?」

 再び航空司令が問う。

「一対一では分が悪い。ツーマンセルで行動し、常に相棒の背中を互いにカバーし合うようにするしかないだろう」

 航空隊司令は頷いた。

「それでいいだろう。各自、出撃までに相棒を決めておけ」

 だが彼らパイロットには、出撃の機会は回ってこなかった。

 

 ミリシアル海軍パイロット、サレックは〈ジグラント2〉の操縦席で突撃の最中だった。エンジンのバイパス比改善は〈ジグラント2〉でも有効だったが、改造に必要なリソースは制空戦闘機〈エルペシオ3〉に優先的に回されたため、サレックの乗機と彼の僚機は従来型の〈ジグラント2〉のままだった。

 それでもこれまでサレックたちが無事だったのは、海面すれすれを飛ぶシースキミング飛行をしていたからだ。日本から電波レーダーの知識を仕入れたミリシアル軍は、その弱点を突く戦術も日本から学んだ。それがチャフであり、シースキミングだった。

『敵艦隊まであと10km、間もなく水平線上に敵艦隊が見える』

 魔信からアナウンスが流れる。これまでは惑星が遮蔽物となってグラ・バルカスのレーダーから自分たちを隠してくれたが、これからはそうはいかない。だが日本によるとレーダーの電波は海面でも反射するので、海面すれすれの物体はレーダーで捉えることが難しいらしい。日本のレーダーはその弱点を克服したらしいが(その技術は教えてもらえなかった)グラ・バルカスのレーダーは克服できていない(らしい)。だからシースキミングを続けている限り、簡単には撃墜されない(らしい)。

 サレックは「そんな安全地帯が都合よく存在するのか?」といささか疑問に思っていたが、それは口にしなかった。それに代わる対案を持っていなかったからだ。対案なき反対は無責任である。彼は軍人生活からそのことを学んでいた。

『跳雷投下まで9km』

 魔信からアナウンスが流れる。〈ジグラント2〉は400km/hで海上を巡航している。9秒で1kmを踏破する速度だ。そして跳雷は目標の1km手前で投下する予定だ。

(これからの72秒は、我が人生で最も長い72秒になるだろう)

 そう直感しながら、サレックは操縦桿を握り直した。

 

 空母〈サダルバリ〉内部に警報が流れる。

『左舷前方より敵雷撃機隊接近! 繰り返す、左舷前方より敵雷撃機隊接近! 直掩機は直ちに迎撃せよ! 本艦は回避運動を行う。各員注意せよ』

 警報と同時に艦内にGがかかる。正確には空母が転進したのに対し、乗員は慣性運動を続けた結果、空母を基準にしたとき乗員は針路に対して横方向に押されることになった。

「激しいな」

 空母への乗艦経験が乏しいケーニッヒが呟いた。

「この程度は当たり前だ」

 そばにいた航空司令が答える。

 

 オフユーカイト級駆逐艦087号の露天艦橋で、艦長のトーンはミリシアル海軍の攻撃隊を目視で確認した。まだ30歳の若い艦長は、張りのあるバリトンで命令を怒鳴った。

「左舷に敵航空機、対空戦闘開始!」

 すかさず部下たちが反応する。

「両舷全速、取り舵いっぱい!」

「各機銃、高射砲照準合わせ!」

 087号は艦体を震わせ、33ノットの速度で〈サダルバリ〉の左舷に躍り出た。

 オフユーカイト級は戦時量産型の駆逐艦である。艦数が多いため個艦に名前は付けられず、番号のみが与えられた。

 艦長以下の乗組員は皆若く、こちらも戦時昇進による急造だった。彼らは本国の海軍学校でラクスタルから薫陶を受けた。

 ラクスタルの薫陶のおかげか、087号は勇敢にも対空射撃をしながら、攻撃隊の正面へと突撃した。

 

 サレックは必死に操縦桿を握っていた。強く握っていたという意味ではない。離脱したいという誘惑と戦っていたのだ。

 敵艦隊が水平線の向こうから見えて間もなく、敵が対空砲火を浴びせてきた。砲弾の上を歩けるのではないかと思うほどの密度だ。それでも撃墜された僚機は少なかった。

 それが一時止んだと思ったら、敵戦闘機が上空から襲ってきた。対空砲火よりも多くの犠牲が出た。

 それでもサレックたち攻撃隊は針路を変えない。今転進したら、離脱して攻撃を諦めなければならない。だが制空権を獲れていない現状では、次の攻撃の機会は保障されていない。

『……3、2、1、投下今!』

 魔信のアナウンスに従って、サレックたちは爆弾を投下した。身軽になった機体を上昇させ、離脱を試みる。だが高度を上げる途中で、サレックの機体は対空砲弾の破片を被弾した。サレックは必死に機体をコントロールしようとしたが、エンジンが停止してしまい、あえなく失速して海面に墜落した。

 サレックの72秒は、永遠に終わらなくなったのだ。

 

「なんだ? あれは!」

 トーンのバリトンの呟きが、露天艦橋に漏れた。だが対空射撃の砲声で、その呟きが他の乗組員に聞かれることはなかった。

 それでも他の乗組員の間にも驚きが広がった。〈ジグラント2〉が投下した爆弾は、海面に着いたとたん跳ね上がったのだ。それはまるで水切りの石のようだった。

 

 ミリシアル海軍は日本だけでなく、日本がいた世界(ちきゅう)の歴史からも学んだ。海戦においてはグラ・バルカス海軍の魚雷は大きな脅威と考えた。こちらも魚雷を装備したい、ミリシアル海軍はそう考えたが、技術供与を打診した日本の返事はつれないものだった。

 日本にしてみれば、水上艦同士の戦いはミサイルが当たり前で、魚雷を使うのは対潜戦闘のみである。ムーには〈ラ・カサミ改〉で89式長魚雷を供与したが、〈ラ・カサミ改〉にはそれ以外にグラ・バルカス海軍の戦艦に対抗できる兵器が無かったが故の、苦肉の策であった。

 ましてや神聖ミリシアル帝国は魔法文明の国である。日本製の兵器が今のミリシアル海軍の艦艇でそのまま使えるとは思えなかった。『スーパーハンマー作戦』で映像を受信する装置を貸し出したとき、雷力ロータリー式魔導機関を利用した発電機も貸さなければならなかったのだ。

 日本から色よい返事を貰えなかったミリシアル海軍は、独自に解決策を探さなければならなくなった。ここでミリシアル海軍は実績のある手堅い策を採った。先人の知恵に学んだのだ。ミリシアル海軍が参考にしたのは、反跳爆弾だった。水切りの石のように水面で跳ねることによって高い命中率を維持しながら射程を延伸し、目標の近くの海中で爆発する爆雷の一種である。第二次大戦中にイギリス軍が対艦用のハイボール爆弾と対ダム用のアップキープ爆弾を実用化した。このうちアップキープ爆弾は、ドイツのルール工業地帯を攻撃したチャスタイズ作戦で実際に使用された。チャスタイズ作戦は成功したが、爆弾を搭載した航空隊が大損害を出したため、アップキープ爆弾は二度と使われることはなかった。

 それでもミリシアル海軍は反跳爆弾を開発した。一から魚雷を開発するより、はるかにハードルが低かったからだ。長年に渡って水魔法と風魔法を使ってきたノウハウを注ぎ込み、命中率と射程距離の改善に取り組んだ。その結果は目を見張るものだった。爆弾は1km以上も反跳を繰り返すようになり、しかも命中率がほとんど落ちなかったのだ。早速ミリシアル海軍はこれを実用化し、跳雷と名付けたのだった。

 

 トーンは反跳を繰り返す跳雷と、自分が護衛すべき空母を見比べて、重い決断を下した。

「操舵を替わろう」

 そう言って航海長から舵輪を受け取ると、新たな命令を発した。

「これより本艦は空母〈サダルバリ〉を護衛するため、敵新兵器を体当たりで止める。各員は速やかに退艦せよ」

 それまで騒音に包まれていた艦上が、一瞬にして静寂に包まれる。だが静寂は長続きせず、再び騒音が戻ってきた。

 トーンは露天艦橋で、部下たちに怒鳴った。

「命令が聴こえなかったのか? 総員退艦だ!」

「艦長、手柄を独り占めはずるいですよ。我々にも勲章を分けてください」

 砲雷長が応じた。

『こちら機関室、艦内通信機が不調の模様。艦長の命令が聞き取れなかった』

 機関室から報告が流れてきた。すると艦内の全部署から同様の報告が殺到した。

「艦長、これは海軍学校で教官殿から習った『賢い不服従』です」

 とどめを刺すように副長が言う。トーンは諦めた。

「あの世で泣き言は聞かんぞ!」

 087号は跳雷の進路に突っ込んでいった。

 

〈サダルバリ〉の艦橋では必死の操艦が続けられていた。

「躱せるか?」

「ほとんどは躱せますが、一発だけ躱せません!」

 艦長の問いに、参謀は冷酷な返答をした。

「後はあの駆逐艦に期待するしかありません」

 参謀に言われて、艦長は海上を改めて見た。そこには敵新兵器の針路に割り込もうとする戦時量産型駆逐艦の姿があった。

 なんと献身的に戦う艦なんだろう、艦長はそう思いながら、彼らと自分たちの運命に見入った。

 

 087号の露天艦橋が特大の轟音に包まれた。跳雷と交差したのだ。

 金属がぶつかる音、ひしゃげる音、そして千切れる音。そして水の音。

 誰もが死を覚悟した。

 だがそれはやって来なかった。

 トーンは思わず目を閉じていた。恐る恐る開いてみると、087号は水上に浮いていた。ただ露天艦橋より高い位置にあったアンテナ類は無くなっている。

 後方から轟音が響いてきた。087号の乗組員のほとんどが振り返った。空母の腹に高い水柱が上がっていた。

 トーンはようやく状況を理解した。跳雷は予想以上に大きくバウンドして、087号の頭上を通過してしまったのだ。

「〈サダルバリ〉に連絡を取って、状況を確認しろ」

 トーンはそう通信士に命じると、改めて周囲を見回した。敵航空機の姿は既にない。

「通信機が不調、アンテナが失われたのが原因と思われます」

 トーンは切り替えて次の命令を出した。

「面舵いっぱい。本艦はこれより〈サダルバリ〉の救助に向かう」

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