日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第5話『「オペレーション:西遊記」発動』

 航空自衛隊第8航空団/第6飛行隊は本拠地(ベース)の築城基地からシオス王国ゴーマ空軍基地を経由して、新アルタラス王国ルバイル空港に到着した。

 飛行隊長の御空(みそら)二等空佐は乗機の〈F-2B〉戦闘機から降りると、一緒に飛行してきた同僚たちの姿を確認する。既に全機がタキシングを終え、各々が乗機の〈F-2A〉戦闘機から降りてくるところだ。

 全ての〈F-2〉戦闘機が文字通りの最大装備だ。主翼下のパイロンには〈ASM-2〉四発と600ガロンの落下式増槽二個、胴体下には300ガロンの落下式増槽一個、そして両翼端には〈AAM-3〉が一発ずつ。3つのタンクが満タンなら、最大離陸重量ぎりぎりの重装備だ。

 周囲を見回すと大型機の姿が目立つ。中でも目を引くのが〈E-767〉早期警戒管制機(AWACS)。あのレーダードームは見間違いようがない。そしてレーダードーム以外はそっくりな〈KC-767〉空中給油機が2機。さらに多くの〈C-130〉輸送機たち。

「ずいぶん小牧から飛んできましたね」

 いつの間にかそばに立っていた近田一等空尉が話しかけてきた。

「ヘギー違うぞ」

 御空は色違いの〈C-130〉を指す。『ヘギー』というのは近田のTAC(タック)ネームだ。

 航空自衛隊のパイロットたちは無線で呼び合うときのあだ名を決めている。それがTACネームだ。ヘルメットなどの個人装備もTACネームで所有者を印す。これは航空自衛隊だけの慣習で、海上自衛隊にも航空部隊はあるがTACネームは使っていない。

 似たような慣習はアメリカ軍にもあるが、アメリカ軍のパイロットたちはコールサインで呼び合う。コールサインとあだ名が一緒になっているのであって、あだ名をコールサイン代わりに使っているのは空自だけだ。

 この慣習のルーツについては諸説あり、本当のところははっきりしない。ちなみに最新の説は「戦闘機パイロットは中二病でないと務まらないから」というものらしい。

 この説をネットで拾ってきて、隊でネタにしたのはヘギーだった。これを聞いたときは、飛行隊の全員が自虐が混じった笑いを漏らした。御空も例外ではなかった。完全に笑い飛ばせなかったのは、少々自覚があったからだ。

「ありゃあ? 海自の〈C-130R〉だ!」

 ヘギーが素っ頓狂な声をあげる。

「正解。わざわざ海自が参加してるってことは、いよいよきな臭くなってきたな」

「カルトアルパスで火の粉が上がるんですかね」

「それに備えて海自が臨時編成までして護衛隊群を派遣したんだ。だが護衛隊群だけじゃ火消しが足りないらしい」

「きのこ雲が上がったら、俺たちでも消せませんよ」

 グラ・バルカス帝国が核兵器を保有している可能性があることは、自衛官だけでなく一般国民も知っている。

「そのときは政治家が判断するさ。俺たちが心配することじゃない」

 御空はヘギーの肩を叩く。他の同僚たちと合流して、空港施設に向かう。

 その途中で乗機が空港作業員たちによって牽引車で格納庫に搬入されていくのを目撃する。

 最大装備の〈F-2〉戦闘機はいかにも重そうで、全く戦闘機らしくない。

 

〈F-2〉は最初は支援戦闘機と呼ばれていた。

〈FS-X〉(開発当時の〈F-2〉の呼び名)計画が持ち上がったとき、当時の防衛庁が出した要求仕様は「対艦ミサイル4発を搭載可能なこと」というものであった。当時この要求仕様を満たす機体は存在しなかった。

 そこで防衛庁は国内開発を目指したが、当時は日米貿易不均衡が問題となっており、すったもんだの末、アメリカ空軍の〈F-16C〉戦闘機をベースに日米で共同開発することになった。

 当時は航空機を攻撃する軍用機は戦闘機、地上や洋上の目標を攻撃する軍用機は攻撃機と呼ばれていた。対艦攻撃を主任務とする〈F-2〉は攻撃機に分類される。

 ところが「専守防衛の自衛隊が()()機を保有するのは拙い」という霞が関の謎理論により、支援戦闘機という霞が関でしか通用しない謎分類で呼ばれることになった。

 その後、世界の空軍では対空攻撃も対地/対艦攻撃もこなせる多用途(マルチロール)機が主流となり、戦闘機と攻撃機を分類することに意味がなくなった。そこで〈F-2〉も戦闘機と呼ばれるようになった。

 確かに〈F-2〉戦闘機の空戦力は一世代前の〈F-4〉戦闘機よりも高い。だが同世代の戦闘機の中では苦手な方だった。それは〈F-2〉が攻撃機として開発されたからだ。

 例えばエンジンだ。〈FE110-IHI-129〉のバイパス比は0.76と、戦闘機のエンジンの中ではかなり高い。バイパス比が高いと燃費が良くなるが、高速時の推力が低下する。超音速飛行時の運動性能より、遷音速での巡航飛行の飛行距離を優先した結果がこのバイパス比だ。防衛庁が出した「作戦行動半径は450NM(ノーティカルマイル)(約883キロ)以上」という要求仕様を満たすためだった(ちなみに旅客機のエンジンのバイパス比は〈F-2〉戦闘機の10倍以上だ。成層圏を巡航するときの燃費にフォーカスした結果、巡航より離着陸で使う燃料の方が多くなっている)。

 細かな変更だが、〈F-16〉の風防(キャノピー)はプラスチック製の一体成型のバブル型キャノピーになっている。繋ぎ目がないのでパイロットの視界を遮る物がない。空戦では有利だし、パイロットのストレス軽減にもなる。だが〈F-2〉では普通の強化ガラス製キャノピーを採用している。対艦攻撃を行う際、海面すれすれを飛ぶ〈F-2〉は海鳥と衝突するリスクがある。プラスチックの強度では、バードストライクの衝撃からパイロットを守るのに不十分なのだ。

 このように〈F-2〉戦闘機は対艦攻撃に特化した機体なので、『対艦番長』というあだ名が付いている。

 その『対艦番長』にも多用途(マルチロール)化の波が押し寄せている。空対空ミサイルはアメリカ製の〈AIM-9L(サイドワインダー)〉と〈AIM-7F/M(スパロー)〉、国産の〈AAM-3〉だけだったが、配備から時間が経って陳腐化が目立ってきた。そこで国産の〈AAM-4〉もB型から〈F-2〉戦闘機に搭載できるようになった(〈AAM-4〉は元々は〈F-15J改〉用に開発された和製AMRAAM(アムラーム)だ。アメリカが当初NATO加盟国にしかAMRAAMを提供しない方針を打ち出したため、日本はそれと互角以上のミサイルを自主開発しなければならなかった)。同時にレーダーも〈J/APG-2〉に換装され、空戦力は同世代の平均以下から(旧世界の)極東のトップクラスにまで跳ね上がった。

 このように日本で〈F-2〉の戦闘機化が進む一方、アメリカでは〈F-16〉の攻撃機化が進んでいた。最新の〈F-16E/F〉は様々な地上攻撃用のミサイルや爆弾をより多く搭載するため、追加の燃料タンクを機体の下にぶら下げるのを止め、機体の上側に張り付けた。

 御空は米軍基地で〈F-16F〉を一度見たことがある。背中からゴツゴツと突き出たコンフォーマルタンクは異様でいかにも重そうで、「これはもう戦闘機とは呼べない」という感想を抱いた。〈F-2〉ライダーの御空も主任務は対艦攻撃だが、戦闘機乗りを名乗る以上、やはり男の浪漫は空戦だと思っている。〈F-2〉戦闘機にコンフォーマルタンクは要らない。御空はそんな意見を持つようになった。自分のそういうところは中二臭いという自覚はあった。

 

 ブリーフィングルームとして割り当てられた部屋にパイロットたちが入ってみると、既に何人かの航空自衛官が待っていた。

 ひとりは顔見知りだった。パイロットたちは敬礼する(屋内で無帽だったのでお辞儀だが)。御空は相手が真新しい空将補の階級章を付けていることに気づく。

「閣下、昇進おめでとうございます」

「閣下はやめてくれ。『サンゾー』でいい」

 彼はパイロット時代に使っていたTACネームを名乗った。

 サンゾーは2代前の第8航空団/第6飛行隊の飛行隊長だった。彼が現役だったころと比べると、パイロットの顔ぶれは過半数が入れ替わっていたが、御空はサンゾーの下でしごかれた経験がある。

「もう察しがついていると思うが、俺が戦域航空管制官を務めることになった」

 戦域航空管制官とは転移後に作られたポストで、空自の海外派遣部隊の司令官だ。だからパイロットたちはシンプルに『コマンダー』と呼んでいる。

 

 航空自衛隊は日本を4つのエリアに分け、7つの航空団を配置していた(非戦闘目的の航空団がこの他に2つある)。いわゆるゾーンディフェンスである。専守防衛を掲げていた転移前はこれで十分だった。

 だが新世界に転移したことで、国防の前提条件が変わってしまった。アメリカをはじめとする全ての同盟国・友好国を失ってしまった。国内外を問わず、日本は必要に応じて兵力を展開する必要に迫られた。

 最初の試練はロウリア事件だった(日本はロウリア王国を独立国として認めていないので、『王国』や『戦争』という言葉を避けた)。航空自衛隊はジン・ハーク(もちろん『王都』という冠言葉は使わない)上空を制圧し、軍港を空爆した。このときの根拠地は陸上自衛隊にエジェイに滑走路を建設してもらうことで解決したが、誰が飛行隊の指揮を執るかが問題になった。ロデニウス大陸はゾーンディフェンスの対象として検討されていなかったのだ。

 この時は〈F-15J改〉戦闘機と〈F-2〉戦闘機の両方を配備していた西部航空方面隊から飛行部隊を派遣し、指揮は西部航空方面隊司令部が執ることになった。

 だが航空幕僚たちには重い宿題が残った。これがその場凌ぎの窮余の策でしかなかったからだ。

〈F-2〉戦闘機を実戦配備しているのは、北部航空方面隊と西部航空方面隊だけだ。ロウリア事件の方法を踏襲すると、この2つに多大な負担がかかってしまう。航空幕僚たちが出した結論は、海外派遣部隊には国内の指揮系統から独立した司令部を用意し、国内の配置に囚われない柔軟な編成を可能にするというものだった。

 これは各方面隊司令部もおおむね了承した。どう考えてもこれ以上現実的な解決策がないし、臨時とはいえ高級幹部のポストが増えるのは悪い話ではない。自衛隊も防衛省の一部門であり、れっきとした役所なのだ。

 

『オペレーション:西遊記』の説明を受けた御空は、机上の空論だと思った。他のパイロットたちも似たり寄ったりだった。

 ここアルタラス島から西へ〈F-2〉戦闘機10機の編隊を飛ばし、カルトアルパス周辺を遊弋していると思われるグラ・バルカス艦隊を襲撃、再びアルタラス島へ帰還する。言ってみればそれだけなのだが、問題が幾つもある。

 まずアルタラス島とカルトアルパスは大圏コースで飛んでもおよそ一万キロ、往復なら二万キロ弱の距離がある。地球なら日本とブラジルぐらい、つまり星の裏側まで届く距離だ。

〈F-2〉戦闘機は燃費がよい。フル装備でもフェリーフライトなら三千キロは飛べる。だが二万キロの七分の一にしかならない。

 しかも途中で降りることができる空港がない。燃料は空中給油で補給するしかない。それも1回のフライトで最低6回だ。もっとも燃費がいい巡航速度で飛んだ場合、フライト時間はほぼ丸一日にもなる。アフターバーナー(A/B)を使って最高速度で飛べば時間は半分以下になるが、燃費は三分の一に悪化する。機内と追加の燃料タンクが満タンでも、90分足らずで燃料を使い切ってしまう。

 しかも、これらは道中は何も起きないというのが前提だ。もし何かがあったら全ての計算が狂う。例えばグラ・バルカスの航空隊と遭遇したら? 例えば未知のジェット気流に捕まったら? 往路なら最悪でも任務を中止して帰還する選択肢もある。だが復路だったら? 全員が海面に墜落して、何日も漂流するかもしれない。捜索範囲の広大さを考えたら、まず発見されることなく死ぬだろう。

(サンゾーさんは何を考えているんだ?)

 御空はそれが気になった。〈F-2〉ライダーだったサンゾーなら、この程度のことに気づかないわけがない。自分が気がつかないことも気づいたかもしれない。

 御空が知るサンゾーは、(人間として敬愛できるかは別として)信頼できる上官であり、頼りになるパイロットだった。空では何が危険かを誰よりもよく知っているパイロットで、部下を意味もなく危険に晒すような上官ではなかった。パイロットは既に引退したが、人が変わるほど時間が経ったわけではない。空将補の階級章に釣られたとは考えたくない。

 サンゾーなら気づいた問題点を(具体的に誰かは知らないが)上の人間に問い質しただろう。もし納得できなければ、戦域航空管制官は引き受けないはずだ。

(こんな綱渡りをサンゾーさんが受け入れるとは……思っていたより事態はヤバイみたいだな)

 御空はサンゾーを信じることにした。作戦に反対せず、疑問点を洗い出していく。

航法(ナビゲーション)はどうするんですか?」

 御空は最大の疑問を切り出した。

「基本的には慣性航法になる」

 御空をはじめ、パイロットたちは嫌な顔をした。

 

 一ヵ月ほど前、北海道の東の洋上で航空事故があった。〈C-2〉輸送機が磁気嵐に巻き込まれ、一時操縦不能に陥った。磁気嵐が収まってみると、元いたはずの位置から千キロ以上も北に移動していた。幸運にも燃料切れになる前に北海道に辿り着いたので、人的・物的損害はなかった。だが移動したことに気づくのが遅かったら、北の海に不時着してもおかしくなかった。

 損害はなかったものの、運輸安全委員会と航空自衛隊は重大インシデントとして調査に乗り出した。

 フライトレコーダーを解析した結果、磁気嵐で操縦不能になっていた時間は1分弱だと分かった。その間に機体は千キロも移動したことになる。〈C-2〉輸送機の最高速度でも不可能だ。

 外部から力が働いたとしか考えられない。だが慣性航法装置(INS)には、不審な加速は記録されていなかった。

 様々な説や憶測が飛んだが、原因は分かっていない。原因不明のまま、「対策としてはINSを過信せず、可能な限り複数の手段で現在位置を確認するのが有効である」という中間報告書が出された。

 当然パイロットたちはそれを読んでいる。

 

「『基本的には』だ。天測も用いる」

 他のパイロットたちは更にいぶかしんだが、御空はピンときた。築城基地で〈F-2B〉に乗るときから感じていた疑問に、答えが出た。

「まさかコクピットに六分儀を持ち込むんですか?」

 ヘギー、そいつは冗談になっていない。コマンダーは本気でそうするつもりだぞ。

「みんなに六分儀が扱えるとは期待していない。紹介しよう」

 サンゾーがそう言うと、一人の若い女性航空自衛官(WAF)が立ち上がった。そして敬礼(お辞儀)をする。

「ルバイル空港業務隊の長谷部綾三等空曹だ。気象予報士で、熱心な天文マニアでもある。天測は長谷部三曹が担当する。ゴクウ、君の後席(ケツ)に長谷部三曹を乗せてくれ」

『ゴクウ』は御空のTACネームだ。その由来は想像通りである。

 

〈F-2〉戦闘機には単座の〈F-2A〉と複座の〈F-2B〉がある。操縦は一人でできるので、通常の任務には〈F-2A〉が使われる。〈F-2B〉はパイロットの訓練に使われるのが普通だ。だがカタログ性能はどちらも同じなので、いざというときは〈F-2B〉も同じように任務がこなせる。

 あまり知られていないが、航空自衛隊のパイロットには、いわゆる愛機というものは存在しない。

 航空自衛隊では、航空整備士には担当する固有の機体が割り当てられる。彼らは機付(きつき)と呼ばれる。担当する機体を常にベストコンディションにしておくことが、彼らの任務である。

 逆にパイロットには固有の機体は割り当てられない。そのときコンディションがいい機体に乗る。だから任務の度に乗る機体は変わる。これには特定のパイロットに負担が集中するのを防ぐ意味もある。戦闘機の中には個人名が書かれた機体もあるが、それは機付整備長の名前で、パイロットの名前ではない。

 

 築城基地を経つとき、御空には〈F-2B〉が割り当てられた。異例のことなので整備士に確認したところ、「これが今一番状態のよい機体です」という返事が返ってきた。機体を機付から借りる立場のパイロットは、そう言われたらそれ以上は何も訊けない。

(あれは〈F-2B〉の中では、という条件付きの答えだったんだな)

 御空はようやく気がついた。全てはサンゾーの差し金なのだろう。

 若いパイロットたちの中からは「ヒューヒュー」とはやし立てる声があがる。そんなに羨ましければ替わってやるぞ、そう思ったが御空は別の言葉を口にした。

「間違っても写メなんか送るなよ。俺は恐妻家なんだ。ワイバーンより女房が怖いんだ」

 もちろん同僚の緊張をほぐすための冗談である。アルタラス島は、インターネットはもちろん携帯電話も開通していない。

 はやし立てる声は爆笑に変わる。

 長谷部三曹は御空に一礼し、緊張した声で挨拶する。

「有名なドラゴンキラーのゴクウさんの機体に同乗できて、光栄です!」

 それを聞いた御空は複雑な心境になる。

 御空はフェン王国の戦いで竜母2隻を撃沈した。またデュロ空爆では空中戦でワイバーンロード3騎を撃墜している。日本人で最も多くのワイバーンを殺した男と言われている。だが本人はそれを自慢できない理由がある。

(俺が殺したのは、竜じゃなくてトカゲなんだよな)




「戦闘機パイロット=中二病」説は私が作ったフィクションです。本気にしないで下さい。

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